
華道部の活動の日、教室に足を運ぶと生徒は真剣にお花を生けておりました。与えられる花材は同じであっても生ける4名それぞれの個性が表れます。主役の花、引き立てる花などどれに主眼を置くかによって作品は異なります。本当に奥が深いです。
生徒はうーん、と頭を動かし配置を考えながら、さーっと生けていきます。先生が最後にちょっとしたアドバイスを与えて完成です。完成後、スマートフォンを向けて自分の作品を撮影している姿は、前にも書きましたが、とてもいいなと感じます。家に帰って保護者等に見せて(いや、今は見せるのではなく写真をしゃっと送る)くれたらさらにいいのにな、と思いながら見ていました。
一見簡単そうに見えますが、センス良くお花を生けるのは難しい、ということを私は経験的に理解しています。自宅の庭に咲く花々を花瓶に挿して室内でも楽しんでいますが、思うような形にできません。私はそうしたセンスを持ち合わせていないようです。「花を切ったよ」と妻に渡し、妻が花瓶に挿す、という分担になっています。
活動が終わった後、作者の生徒に連れ添って3名が校長室にやってきました。うち1名は華道部に所属していますが、もう1名は仲の良い友達。3名とも3年次生ですから、順調にいけばもう少しで卒業となります。3年次生とはここまで9ヶ月のお付き合いですが、どの生徒も私にきちんと挨拶をしてくれますし、話しかけてくれたり、逆に話しかけても嫌な顔もせず笑顔で応えてくれる・・・どの生徒も可愛らしく、3月のお別れのことを考えると寂しい気持ちが込み上げてきます。
「オレ、校長室初めて入ったぁ」とこそこそ話をしています。生徒にとってはなかなか入る部屋ではないのでしょうね。「結構、いろいろな生徒が校長室来るんだよ」と言うと、「えっ、そうなんですか、何しに来るんですか」と目を大きくしているのがこれまた可愛らしい。「話をしに来てくれたり、何か持ってきてくれたりね」「へぇーっ」
今日あったことを明日想い出すことはできます。でも、その記憶は時間の経過とともにどんどん薄れていきます。あったことのすべてを記憶として残すことはできません。「せっかくだから3人並んで写真を撮ってあげるよ、そしてこの写真をホームページに掲載するよ」と言うと、「オレ、華道部でないから関係ない」などと3名がふざけあっています。こうしたところも高校生らしくていいものです。きっと私にも同じようなことがあったのかもしれないな、思いながら写真を撮りました。
私が撮った1枚のスナップ写真が、3名それぞれの高校時代の記憶を引き出す何かになってくれるのであれば嬉しいですし、そんな願いを込めて撮りました(撮った写真は生徒にお渡ししました。すごく喜んでくれました)。