
今朝の玄関で。「校長先生、昨日の夜走っていましたよね」「どこで見たの?」「美唄駅のところ、踏切です」「ごめんね、気づかなくて」確かに言われるところはランニングしていました。確認はしていないけれど、もしかするとその生徒は私とすれ違いざまに声をかけてくれたのかもしれません。そうだとしたら無視する格好となり大変申し訳ないことをしました。
ランニング中はインターネットで配信されるランニングに特化した番組を聴いています(イヤフォンを介しているのであたりの音はうっすらとしか聞こえません)。日本全国、海外を含めた様々なランニング情報、ランナー事情、ランニングウォッチの使い方(私が愛用しているウォッチに特化した使い方講座)等が語られる60分のおもしろい番組です。今は簡単に、個人レベルでラジオステーションをつくることができる時代。私もJAZZやランニング、薔薇を語る番組を作って見ようかな、などと考えたりしています。インスタグラムで情報発信するのと同じくらい敷居が下がっています。本当にすごい時代です。遠い世界だったことが自分の手元にある - 触れられるところにある。
唐突ですが、想い出しました。高校時代にFMトランスミッタに電波をのせて、近くに住む友達と互いのラジオの周波数を一致させ、夜な夜な会話していたことがあった・・・電波の飛ぶ距離が短くて、もう少し先に住む彼女の家まで届けたくて、とにかくそれを実現したくて電子回路に手を加えたりアンテナを長くしたりしていたっけ。夢中になってそんなことにエネルギーを注いだけれど、結局できなくて、22時ぴったりの電話のやりとりをしていたんだよなぁ。携帯電話みたいのがあればどんなに便利だろう - あのとき本当にそうしたことを思っていた・・・そんな時代でした。
まるっきり話は変わります。昨日、一匹の雪虫が私の目の前を頼りなげに飛んでいきました。仲間はいないのだろうかとあたりに目を走らせましたが、この一匹だけ。いつ雪が降ってもおかしくないよなと思うのと同時に、受け継がれてきた命がこうして季節を間違わずに誕生してくる生命の連鎖に感動しました。好き好んで見たい虫ではないのだけれど、地球環境が大きく変化している中でもたくましく命をつないできていることは、改めて考えるとすごいことです。
借家の玄関を出て、今日も一日が始まるな、と思って見上げた空は鱗雲(巻積雲)?、羊雲(高積雲)?雲のできる高度によりカテゴライズされるようです。早足で学校の敷地に向かい一枚撮りました。雪虫もそうですが、空の雲も季節を感じさせるものになってきました。
皆さん、この空をじっくり見ましたか。一日の始まりに空を見上げてみましょう。気持ちがほぐれてすっきりしますよ。