北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。
私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。
昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。
さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」
自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。
昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。
今日は写真2枚。
18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)
生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。
そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。
いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。
さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。
進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。
学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
note https://b-shoei-hs.note.jp/
さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。
今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。
3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。
前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。
それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。
学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。
さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。
夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。
我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。
自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。
尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。
冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。
今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。
岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。
前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。
「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」
唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。
あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。
大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。
5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。
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