ブログ

2026年6月の記事一覧

展示

 6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。

 10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。

 美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。

 生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。

0

月一回のお花

 「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。

 先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。

 「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。

 46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。

 さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。

 皆さんも良き週末を!

 49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。

0

まずはやってみましょ

 嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。

 人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。

 特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。

 今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。

 教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・

 やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。

 継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。

 昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。

0

よく辛抱したよ

  自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)

 40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。

 「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。

 昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」

 取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。

 卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」

 電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。

 あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。

 管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。

 それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。

0

支えられている

 6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。

 感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。

 学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。

 先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。

 学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。

 さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。

 そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。

0

プライド

 授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。

 さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。

 私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。

 嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。

 ありがとう。

0

思い込みって

 昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。

 幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。

 このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。

 さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・

 今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。

 生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。

0

長男からの電話

 予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。

 父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。

 大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。

 子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。

 10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。

 子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。

 当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて

『ありがとうございます』

0

オープンスクール

 昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。

 ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。

 多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。

 私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。

 今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。

 人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・

 今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。

 参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様

 「ありがとうございました」

0

クワガタ

 

夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。

 小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。

 約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。

 先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。

 本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?

 PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。

 変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。

0