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2026年6月の記事一覧

まちに応援される学校へ

 今年度の学校PRポスターを持ってまちを歩いています。担当の先生が半年かけて作成したものでできるだけ多くの人に見てもらいたいなと思っています。見てもらって初めてポスター本来の役割を発揮しますので。事前に電話をかけてから、時には飛び込みで訪問しているのですが、まちの人は本当にあたたかくて「いいですよ、貼りますよ」と言ってくれます。

 学校の教育を学校の中だけで完結する時代はとうに終わり、いかに地域の方々と力を合わせて学校づくりをしていくかが問われる時代。あれこれ考えて躊躇するのではなく、思い切って一步踏み出すことが大切です。「じくじく考えていないでまず動け」私が私自身の背中を押す、長く大切にしている言葉です。そこに座って考えている時間がもったいない。その間に2つ3つのタスクをこなすことができる。考えることはそのあとでも十分できます。

 さて、夕刻のランニングの前半は農道を走り、後半は美唄駅周辺、12号線沿い、そして商店街を抜けて借家までの10キロを走ります。ここ最近通りに面したお店の窓ガラスに本校のポスターが掲示されているのを目にします。本当にうれしいです。勝手なお願いにも関わらず快く御協力をいただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

 ポスターの掲示によって、私たちが望む入学者の増加に直結するかはわかりません。いや、そんな簡単なものではないと承知しています。私は校長として、まずは「まちから応援される美唄尚栄高校」にしていくためのきっかけづくりと開き直って行動しています。

 まちを歩けば本校のポスターをあちらこちらで目にすることができる(エスコンフィールドに向かう道中に球団の旗が取り付けられている) - それは大げさで届かぬ夢ではありますが、数年先にそうしたことがここ美唄のまちの中にできあがればいいな、と思っています。そのためには、本校が質の高い教育を実践し地域に貢献できる生徒を育成している、と理解していただかなければなりません。

 今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。その際はどうぞよろしくお願いいたします。

 御協力いただきました関係者様(敬称略)6月30日現在
・コメリハード&グリーン美唄店 ・イエローグローブ美唄店 ・岩本写真館 ・仙中里 ・ツルハドラッグ美唄南店 ・コープさっぽろびばい店 ・ケーキヤマシタ ・長栄堂 ・タケマツスポーツ ・大坪仏壇店 ・ハウジングサイトウ ・そばまつき ・丸吉 ・マルダイはやし ・株式会社美唄自動車学校 ・コインランドリーリベラ ・ハマナスクラブ ・美唄郵便局 ・吉岡布団店 ・パナプラザいとう ・きものブティックホンゴウ ・JAびばい直売所ららマルシェ ・つぼ八美唄店 ・サンキ美唄店 ・青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ・喫茶鹿 ・的場旅館 ・ピパオイの里プラザ ・美唄市営温水プールすい~む 

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夕刻の部室

 夕暮れ迫る部室
 そこだけは流れていかない時間
 動きを忘れた空気に
 懐かしき高校時代が蘇る

 学校って不思議なところです。自分は一年一年歳をとってゆくのだけれど、巡り会う生徒はいつも十六十七十八なのです。繰り返されるこの潮流の中に自分の時間軸は確実に先へ先へと伸びていきます。時は先へ先へ進んでゆくのだけれど、いつも過去と現在を往還できる楽しみがある。それって一部の限られた人にしか経験できない特殊なものです。私はこのことが教職の魅力なんだろうな、と思っています。

 高校を卒業した後の人生において、自らの高校時代を想い出すことはどれほどあるだろうか。それは年齢を重ねるごとに遠く遠くに押しやられていく - 多くの人はきっとそうなんだろう。ただ、私は違う。高校時代がいつも隣にある。

 私はこの仕事に就いたときから(32年前から)高校生の記憶に浸ることができています。そうしたことは頻回に訪れます。職が違ったらおそらく滅多なことでない限り高校時代を想い出すことはなかっただろうと思います。だから何か特別なものをもらったような感覚があります。想い出せたから何か素晴らしいことがあるというわけでもないのですが、ふと蘇ってくる高校時代の記憶に穏やかで幸せな気持ちになれる。教職というのはすごいな、と思います。

 教職員のなり手不足は深刻な問題となっています。原因はさまざまです。ただ、誰でもなれない特別な職だからこそ、一部の人にしか届かない特別な世界を見たり触れたりすることができる。私が語ることのできるのは『自らの高校時代がずっと自分の近くにあっていつまでも色褪せていかない』ということだろうか。見かけは年齢相応になっても気持ちはいつまでも高校生でいられる(ような)。

 私たちはその職に携わる者として、常に生徒たちに教職の背中を見せていかなければなりません。私たちの姿を見て生徒たちは教職を考えるわけです。私も中学時代の担任、佐藤先生にあこがれたから今があります。

 夕刻の部室 - なんとなく寂しさが漂う。その一方で一日が事故なく無事に終わることへの感謝。明日のドラマへの期待感・・・私はこうした風景の中に時を過ごすのが好きです。

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珈琲教室

 「高校生は珈琲を飲みませんっ」3年次生の生徒との『おしゃべりタイム』で言われ本校の自動販売機ラインナップ変更につながった話は前に書きました。そのことをきっかけとして生徒が飲みたい飲み物に入れ替わっています。すべてが生徒の望み通りになるには珈琲が売れ切れなければならないので、私もたまに自動販売機にコインを入れ珈琲をせこせこ購入しています。

 私は気取ったお洒落な高校生でしたから(自分で言うのも恥ずかしいのですが)ブラックの珈琲を好んで飲んでいました。今ではカフェという言い方をしますが、学校帰りに喫茶店に寄り珈琲を飲んでいました。学校にも珈琲クラブが存在し自分で焙煎するおもしろい企画があり、煎った珈琲の飲み比べも頻繁でした。

 大学時代アルバイトをしていた会社の真裏に室蘭でも有名な自家焙煎珈琲のお店があって(ずっと前に閉店してしまいました)、カウンタに座ってマスタと話をしながら珈琲を飲み、帰りがけにいくつかの豆を買って下宿でも珈琲をドリップしていました。以後お付き合いした何人かの女性といつも珈琲を飲み、やがて知り合った妻と30年以上珈琲の時間を楽しんで現在に至っています。振り返ると私にはたくさんの珈琲の風景があったように思います。

 土曜日、妻と珈琲教室に参加しました。実は5月に申し込んだところ応募多数により急遽抽選となり選考から漏れてしまいました。その後講師の先生の計らいにより今回臨時で実施してくれることになったのです。本当にありがたいことです。2時間の講座でしたが実技を伴うとてもいい時間になりました。もっともっと珈琲の勉強がしたいと思いました。何せ奥が深いのです。

 60歳以降をどう生きるか - 4年半後に迫った人生の節目。私はその日がやってくるのを実はとても楽しみにしています。カフェを、という気持ちは日増しに高まっていますが、それがすぐに叶えられないとしても、私は60歳からスタートする(スタートさせる)新たなステージにわくわくしています。安定という言葉を捨て、冒険へのスタートとチャレンジにする。一度しかない人生、その舵を自分の力で切っていくために、講師の先生が自らの経験をもとに語った「何でもチャレンジする生き方」 - 私の背中を力強く押してくれたのは間違いありません。

 珈琲教室に参加した休日に当サイトの訪問者数が50万を超えたようです。いつも御訪問いただきありがとうございます。毎日訪問者数をノートに書いていますが、昨年(令和7年6月30日)は133,916件と記録されていました。

 50万、という数字がどのような意味を持っているのかはわかりませんが、少なくとも本校の教職員の情報発信に対する意識は従来のものから高めることができただろう、と私は評価しています。「見てくれる方がいるのだから常に新しい話題を提供しなければならない」 - この意識を私たちはいつまでも忘れてはなりません。

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今まで気づきませんでした

 美唄駅の東側。夕刻のランニングではほぼ毎日この周辺を通っています。昨日は電車の不具合なのか、札幌に向かう特急列車が出発できずにいたようです。ホームには状況を報せる放送がわんわんと鳴っていて、なんだろうとホームを見ていたときに一面に咲いている赤い花が目に留まりました。

 もしかして、薔薇か?と近づいていくと、やはり薔薇でした。その他にもさまざまなお花が咲いていて、今まで大事なものを見逃していたことに残念な気持ちやら自分の視野の狭さを反省するやら、なんだか損をしてしまったような気分になってしまいました。薔薇は盛りを過ぎた感じではありましたが、まだまだ見応えがありますので気になる方は是非出掛けてみてください。

 美唄駅周辺は花壇が整備されていていいなと思います。美唄聖華高校、本校の生徒も花壇整備でお手伝いしているところですが、そうした活動の中からお花に興味を持つ人たちが増えていくとそれはまた素敵な話だなと思ったりしています。

 さて、学校祭カウントダウン企画も全校での取組になってきました。同じ生徒ではなく順繰りバトンリレーのようにつながっていって欲しい - 私の思い描いたことが生徒の手で実現できています。高校生にとって学校祭は大きなイベントですから、『尚栄祭』に向かって心をひとつに(全校で心ひとつにできる行事はそう多くはありません)盛り上がってくれたら幸いです。

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あの頃の声が聞こえてくる

 朝から学校で顔を合わせ放課後はグラウンドで野球をやって家にカバンを置くなり広場に集合。夕暮れが深まっていく頃、誰が声をかけるでもなく決まったように「じゃ、明日。バイバイ」立ち並んだハモニカ長屋に灯り始めた電灯の明かりの中に帰って行く・・・

 1年と半年過ごす美唄で一番気に入った場所。夕暮れ迫るこの風景の中に私はいつも少年時代のことを想い出す。あの頃に見た夕暮れと同じだから。走り回った日々、何がおかしかったのかいつまでも響く笑い声、さっきまで仲良く遊んでいたのに突然始まったケンカ、長屋をぐるり取り囲む砂利道道路の自転車レース、道路に掘ったビー玉ゲームの穴 - 懐かしい記憶が次々浮かんでくる。みんな泥だらけになるまで遊んだ日々がつい昨日のことのように感じるのはどうしてなんだろう。

 先日、美唄青年会議所主催の「つながる協働交流会」に参加しました。関係団体が集まり美唄市を活性化するためのイベント等についてグループワークを行い、それを発表するという企画でした。各班から今すぐにでも実現できそうなアイデアが提案され、その中に美唄市の風景写真を集め、その一枚一枚を組み合わせたモザイクアートを制作する企画がありました。思い思いの風景を組み合わせ、さらにひとつの作品にしていく。これはおもしろいな、と思いました。本校の行事にも取り入れることができそうな企画です。

 私は車を運転してあちらこちら出掛けることには消極的です。そこにあまり魅力を感じないのです。自分の足で歩いたり走ったりしながら目の前に広がる風景を楽しむことが好きで、そこに座って大きく息を吸い込み風を感じる時間があればそれでいい(変わっていますよね)。カメラで風景を切り取りながら脳裏に浮かんできたことにただ思いを馳せる時間が好きなのです。やはり変わっていますよね(小学校の先生に変わった子どもだ、困った子どもだとずいぶん言われていたようです お袋談)。

 さて、皆さんは美唄市のどこの風景が好きですか?どこから見る風景がお薦めですか?コンテストのような格式張ったものだと手が出しづらいので、競い合うのではなく市民が切り取った風景をどこか一カ所で見られるイベントがあると素敵だろうな、と考えています。どうでしょう、やってみませんか!

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少しだけお見せします

 今年も薔薇が咲きました。ほんの一部分ですがどうぞ。いつもは6月3週目で満開を迎えるけれど今年は1週遅いようです。これを書いている今日あたりが満開になっているはず。そばで見ることができず残念。私の分まで妻や近所の方が見てくれればそれで良しとしましょうか。

 先週の土曜日、お世話になった先輩夫婦が我が家に来てくれました。薔薇を見ながら珈琲を飲み他愛もない話を - 少し前に奥様が体調を壊してしまい、それが少しずつ快方に向かっていると伺っていたので、それなら気晴らしに薔薇を見に来てください、とお誘いしていたのです。喜んでくれたのでもうそれだけで良し、です。

 妻が大きな手術を終え退院して家に戻ってきた年の初夏から私のガーデニングが始まりました。身近なところに花が咲いていればきっと気分も晴れるだろう、そんな想いでせこせこ土をつくり少しずつお花を植えてきました。そういう私も先の不安を紛らわせたかったのです。

 以後13年かけて今の庭になりました。小さな株だった薔薇たちも大きく成長したくさんの花をつけ、周りの花も次から次に咲いてくれます。併せて妻も私もとりあえず健康に過ごせています。感謝しかありません。

 一昨年昨年と何が悪かったのかアプリコットがかなり弱ってしまいこのまま枯れてしまうかも、と落ち込んでいたのですが(私にとっては薔薇は子どもなので)、オレンジ色の薔薇が漸く元気を取り戻し、4年目にしてこれでもかというくらいの蕾をつけてくれています。薔薇は甘やかしても(肥料をやり過ぎても)ダメですし、厳しすぎても育ちません。子育てと同じく難しい。だから、おもしろい。

 先輩が「北見から帰ってきて美唄から自宅が近くなって良かったね」と言われ、すかさず妻は「帰ってきても午前中にランニングをして、午後からはずっと庭にいるんですよ」と。そのとおりの休日を過ごしている私は「走って薔薇や花をいじって一日を終えるのが何よりの幸せなんだよなぁ、それ以外のことはいらないかな」と答えました。こんな私の生き方が先輩夫婦や妻に受け入れられたのかはわかりません。私はそれだけあれば満足でありそれ以上のものは何も望んでいません。そこに私自身の幸せがあるからです。

 「それじゃ、また来るね」そう言って二人は車に乗り込み大きく手を振りながら帰って行きました。元気になれるきっかけをこの庭から、花たちからプレゼントできたなら、もうそれ以上何も言うことはありません。

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宿泊研修から学校祭まで

 デスクのお花を時折眺めながら仕事をしています。考えごとをしていてもお花が気持ちを切り替えてくれます。ありがたいことです。

 1年次生の宿泊研修を無事終えることができました。昨年度まで4月に実施していたものを今年度から6月に変更しました。4月に実施しても6月にしてもそれぞれにねらいがあります。昨日の解団式の様子を見ていると、生徒の満足度は高く成果があったと考えます。「話を聞くときの姿勢を身に付ける」ことを大きなテーマとしていたようで、このことについてはこれからの学校生活でも全教職員でバックアップしていくことを確認したところです。

 もう30年も前のことなので正確には覚えていませんが、高校に入学して5月か6月に宿泊研修に行った記憶があります。深川の施設に2泊3日。学校生活にも慣れていなかったしクラスメイトともまだそれほど親しくなっていない時期でした。自分のいるクラスでこのような感じですから他のクラス(5クラス)とはほぼ親交ゼロ。行きたくない、という気持ちが先行していたように思います。しぶしぶ参加しました。

 オリエンテーリングで山歩き、グラウンドでソフトボール、体育館で校歌や応援歌の練習、夜は焚き火を囲んでクラス発表を行うなど、ギチギチのプログラムに自由時間はありませんでした。そうしたこともあり、2段ベッドで10人部屋の室内で消灯22時以降が唯一安らぎの時間となりました。

 わずか2拍3日ではありましたが、それまで知らなかったクラスメイトの一面に触れることができ、研修を終了した後はスムーズにコミュニケーションを図ることができるようになりました。宿泊研修が私の高校生活の潤滑剤になったのは間違いありません。1年次生一人ひとりが感じとったものが私の経験と一致するかどうかは別として、私のように行きたくなかったけれども、行ったことで一步でも二歩でも前進できたとするならば、その自分を是非褒めてあげてください。乗り越えた自分の勇気に拍手を送ってください。

 さて、学校祭に向けた準備がスタートしています。学校全体で盛り上がって欲しいと考え、ずいぶん前に3年次生の女子生徒に「カウントダウン企画」を持ちかけました。校長独自のお願い企画。どうなるかな、なんて思ったこともありましたが、とにかく私は生徒の取組に期待しました。なんとかしてくれるだろう、と。

 生徒のアイデアは豊富です。感心します。もっともっと生徒を信じてもっともっと任せてあげる - 私たちが見ることのできなかった景色をたくさん見せてくれるはずです。その景色を生徒と教職員、そして保護者等の皆様と見ていきたいと考えています。

 学校祭カウントダウン動画をインスタグラムに掲載していますので、是非御覧ください。

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展示

 6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。

 10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。

 美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。

 生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。

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月一回のお花

 「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。

 先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。

 「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。

 46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。

 さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。

 皆さんも良き週末を!

 49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。

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まずはやってみましょ

 嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。

 人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。

 特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。

 今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。

 教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・

 やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。

 継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。

 昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。

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よく辛抱したよ

  自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)

 40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。

 「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。

 昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」

 取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。

 卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」

 電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。

 あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。

 管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。

 それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。

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支えられている

 6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。

 感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。

 学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。

 先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。

 学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。

 さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。

 そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。

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プライド

 授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。

 さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。

 私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。

 嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。

 ありがとう。

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思い込みって

 昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。

 幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。

 このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。

 さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・

 今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。

 生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。

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長男からの電話

 予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。

 父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。

 大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。

 子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。

 10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。

 子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。

 当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて

『ありがとうございます』

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オープンスクール

 昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。

 ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。

 多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。

 私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。

 今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。

 人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・

 今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。

 参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様

 「ありがとうございました」

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クワガタ

 

夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。

 小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。

 約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。

 先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。

 本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?

 PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。

 変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。

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珈琲

 いつも御訪問いただきありがとうございます。

 本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。

 本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!

 言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。

 さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。 

 『空を見上げることありますか?』
 『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
 『今日から見上げてみませんか?』

 きっと、いいことがありますよ。

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美唄市立美唄中学校体育祭

 昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。

 雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。

 今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。

 この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。

 お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。

 ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。

 涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。

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フォロワー

 

 「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。

 オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」

 その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。

 昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。

 3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。

 46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。

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