北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
校内運動会におけるPTA活動について、「何か協力をしたい」と前PTA会長からお話をいただいていたところでした。この思いは現PTA会長に引き継がれ、このたび冷たい飲み物を生徒に渡していただくという形で実現しました。受け取った生徒からは「ありがとうございます」という感謝の言葉とよく冷えた飲み物に感激の声が上がっていました。忙しい中でのお手伝い大変ありがとうございました。
昨年度に引き続き保護者等の観覧スペースを設けました(写真中央の校舎とプールのあたりになります)。多くの方にお越しいただきました。お子様並びに本校の生徒の様子をお見せすることができ嬉しく思っています。また、見てもらえる、そのことによる生徒のモチベーションも向上したように感じます。
走る跳ぶ投げるが苦手な生徒もとにかく全力で活動している、クラスの仲間を応援し競技終了後の成績発表では年次を問わず拍手で讃え合う。その姿は言葉では言い表せない感動的な光景でもありました。
閉会式の講評(原稿なしの感じたままの話です)でも話したことですが、人は簡単に『全力を出し切れ』と言う。ただ、果たして人生で何回全力を出し切る場面があるだろうか。ここにいる生徒の皆さんは、体育の授業や運動系の行事で全力を出す場面はあるけれど、年を重ねるにつればったりとそうしたことが遠ざかってしまう。全力を出し切れと言う大人が全力を出し切ることはそう多くない。だから、小学生中学生高校生の活気盛んなこの時に全力を出し切ることは本当に大切なこと。その姿を見せてくれた生徒の皆さんに感動している・・・
自分の全力を人に見られたくない、喜びを分かち合うことが格好悪い、真剣に向き合うことを避ける、などなど私の人生の中にある年齢期における恥ずかしい空白の時間があります。生徒一人ひとりの全力をまじまじと見せつけられることで、それを避けた自分を想い出しては情けなくなってしまいます。もう、戻ることはできません。後悔しかありません。その年齢でしか味わうことのできなかい大切なものはもう二度と拾うことはできません。私の失敗談です。
さて、今回のお手伝いもそうですが、保護者等の方々は学校の活動に関わりたいと思ってくれています。学校としてお願いできることは遠慮せずに、逆にお願いされたことについては実現に向けて真摯に考えなければなりません。PTA会長から「今回の企画をこの先も続けていきましょうね」との言葉をいただきました。今後ともよろしくお願いいたします。
「0(ゼロ)から1(イチ)を生み出す力」昨年度、美唄市長桜井恒様からいただいた言葉です。
昨日9月10日(木)総合的な探究の時間に取り組む3年次生の「探究学習中間発表会」を実施しました。3年次生はもちろんのこと、担当している先生方、そして当日の準備、運営に携わってくれた教職員に感謝します。また、御多忙にもかかわらず御参観くださいました方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。
本校の探究学習については、3年前から地域をフィールドにした取組を進めています。まちづくりに貢献するために自分たちは何ができるかを地域の方々のお力をいただきながら取り組んでいるところです。
約8ヶ月で課題を整理し課題解決に向けた提案に結び付けていくので、ゆっくりのんびりしている時間はありません。週1回の限られた枠組みの中で取り組まなければならないという難しさがありますが、それでもよくここまでの形にできたな、と感心しているところです。
私から気がついたこと。①ポスターセッション形式ですから、1枚の模造紙にかけるエネルギーについて今一度考え直して欲しい(見てもらう、伝えるための気遣いを意識していたでしょうか。いつも話していますが文字の上手下手ではありません)②集まってきた人に聞いてもらえる声量になっていたかを検証して欲しい(事前に会場となる体育館で確認したでしょうか)③原稿を見ないでトークして欲しい(相手の顔を見てメッセージを伝えていたでしょうか)④いただいた意見を精査して欲しい(高校生にしか気づけないことと大人だから気づくことを掛け合わせていくことを意識したでしょうか)①から④までをやっつけ仕事ではなく、丁寧に時間をかけて取り組むことによってさらに素晴らしい発表になると思います。
昔は与えられたことをただこなしていけば良かったわけですが、現在そしてこれからは何もないところ(0 ゼロ)から出発して、形を作り上げる(1 イチ)時代です。困難さはありますが、それ故の楽しさもあります。多くの大人(私も)が経験したことのない学びを経験している生徒がうらやましいです。
積み重なった数字がまもなく60万訪問者数を迎えます。今後も本校の教育活動の情報発信に努めてまいります。何卒よろしくお願いいたします。
4階にある図書館のここに座って数分間本を読んでいます。1話を5分程度で読むことができる短編集。気持ちの切替にはもってこいです。誰もいない静かな図書館は本の香りに包まれています。安らげる場所として私は大切にしています。
今までいくつもの学校に勤務してきましたが、どこの学校も校舎の端の方に図書館が配置されていて、どうしてなんだろうなと疑問に感じてきました。上に上に端に端にとなってしまう図書館が生徒から遠い存在になっているのは学校の大きな課題だと思っています。本来はもっと近くにあるべき場所が遠くになっているのは残念です。
図書局の生徒が放課後に活動していますが、訪れる生徒が少ないとのこと。本離れが進んでいる中、集客の工夫に頭を悩ませています。まずはすぐ手の届くところに本があるというのが理想。そうした環境を何とか作れないものか・・・考えるところです。
インターネットで配信されているランニング番組を聴いて走っていると、最近は聴く読書を楽しんでいる方が多いらしいです。簡単に言えば、活字を目で追うのではなく、読んでくれているものを聴くということです。それはそれで楽しそうとは思うものの、私はやはり本を広げ読むのが一番だと思っています。
9月8日(火)本校において、北海道高等学校文化連盟空知支部第18回ボランティア研究大会を開催(参加校は岩見沢農業高校、岩見沢東高校、岩見沢緑陵高校、本校の4校)しました。ボランティアという共通の志を持った高校生がこうして集まると、これからの世の中もまだまだ大丈夫だぞ、と妙に心強く思ったりします。ボランティア精神は若い世代に確実に引き継がれている・・・何だか嬉しくなりました。
本校が当番校ということもあり顧問の先生を始め生徒たちは準備等で苦労したと思います。用意された大会に参加することが多い中、こうして準備と運営に携われたことは貴重な経験です。人を迎えるに当たって何をしなければならないか。大会の成功は小さな気遣いができるかにかかっています。
さて、私は開会の挨拶の中で次のことを話しました。「せっかくの機会ですから、自校の枠から飛び出して、他校の生徒とのコミュニケーションを積極的に図り、交流を深めて欲しいと思っています。自校のボランティア活動がさらに良きものとなるよう、また他校と連携できる取組がないかなどを考察しながら本日の時間を過ごしていただけると、ここに集まった意味があるのかな、と考えます」
初めて会った人とコミュニケーションを図ることはとっても難しいです。いつからこのような形態がとられるようになったのかは定かではありませんが、ひとつのテーブルに見知らぬ人が一緒になってグループワークをすることが当たり前になっています。教頭会も校長会に参加してもグループが作られ、そこで協議・発表となります。
誰が最初に口火を切るか・・・大人でも腹の探り合いみたいな雰囲気になります。私はその一瞬の沈黙が苦手なので誰から言われるともなく、真っ先に所属先と氏名を言って挨拶をするようにしています。そうすると「じゃ、次私が」という流れになっていきます。誰かが口火を切ったらそのあとは自然に流れていくわけです。最初が肝心です。
どうなるんだろう、と心配半分生徒たちの様子を見ていましたら、スマホ世代、ゲーム世代と言われながらも、ぐるっと一周自己紹介を終えたあとしっかりコミュニケーション活動がなされていて安心しました。後半の体験活動は来客対応のため見ることはできませんでしたが、閉会式では満足した表情が伺えましたから、有意義な時間になったのだろうと思っています。
最後に本校の部長の言葉です。「誰かを思うことからボランティア、防災を始める」誰かを思うことから・・・重くて深くてずしっとくる言葉でした。
昨日から3日間、生徒は4校時授業(午前授業)です。午後からは成績処理や教職員の勉強会(研修会)となっています。昨日は日本医療大学ヒューマンデザイン学部共生社会デザイン学科橋本達志様をお迎えし、14時から特別支援教育に関する研修会を実施しました。
本校では、定例の職員会議を行う日を5分短縮とし、確保した30分でミニ研修を行っているところですが、2時間、3時間を確保するとなると容易ではありません。貴重な時間を有効に活用するため、研修担当の先生方が頭を悩ませながら計画してくれたことに感謝しています。
個人で勉強するのは当たり前ですが、全員が同じテーマで勉強することも大切です。いずれにしても学んだ成果を次のステップにつなげて欲しいと考えます。『課題を消費』することから『価値を創造』することが重要です。本校で今日からできることは何かを考えてスモールステップで実践していけば、学校としての力は必ずアップします。
橋本様、御多忙にもかかわらず本校の研修会のために時間を割いていただきありがとうございました。
9月4日(金)昨年に引き続き美唄市立美唄中学校の学校祭に招待され、合唱コンクールの審査をさせていただきました。合唱の響きはいつ聞いても胸を打つものがあります。遠く懐かしい記憶を蘇らせてくれたり、心の琴線を震わせてくれたり。どうしてか涙が出てしまいます。どうしてなんだろう。
あのとき、みんなと一緒に真剣に歌えば良かった・・・
私はデタラメな中学生でしたから、クラスみんなで合唱など恥ずかしいことと思って、ふざけておかしな声を出したり歌わなかったり。真剣に歌う人たちに多大な迷惑をかけた記憶しかありません。ステージ前に整列しなかった記憶もあります。そのときはこれでいいんだ、と思ってやっていたことが、高校を卒業して大学、社会人となっていく過程で、みんなに申し訳ないことをしてしまったな、と反省や後悔する場面が多くなりました。それは今でも消えることはありません。これに限らず様々な迷惑をかけましたから、中学卒業後のクラス会等には一切顔を出していません。せめてものけじめです。合唱を聞くといつも中学時代の情けない自分を想い出します。恥ずかしいです。
各学年2クラスの合唱からは、繰り返し繰り返し練習してきたんだろうな、と思わせる発声、ハーモニー、表現がありました。私のような生徒はどこにも見当たりませんでした(いるはずがありません)。みんな真剣でした。コンクールに向けての活動時間は、様々な感情に振り回された時間でもあったはず。一度は離れかけた気持ちも今日この時間にきっと心をひとつにすることができたんだろうな、と思います。
合唱がすべての生徒を成長させた(合唱から逃げた私は成長できなかった) - 私はその成長した姿を見ることができて感激です。ありがとうございました。
ステージに飾られた樺戸連山。中学校の校庭から見えるありのままの景色。素敵ですよね。
本日の校内運動会はグラウンドのコンディションが悪く1週間後に延期。グラウンドは御覧のとおりです。
昨日は雨こそなかったものの夕刻から遠いところで雷が鳴り出して、ゆっくりこちら側に近づいてくる感じでした。17時50分あたりから激しい雨が降り出すとともに、雷もひどくなりました。一気にバケツをひっくり返したような雨。人生で初めて経験した雨でした。
校舎内にわりと多く生徒が残っていましたので、雷と雨がおさまるまで外には出ないこと、駐輪場で雨宿りはせず校舎に入ることを放送により指示しました。私がそうする前に退勤前の先生方が手分けをして生徒の対応をしてくれており大変助かりました。また、すべての生徒が状況を理解し対応してくれたのも良かったです。
保護者等の方にお迎えに来てもらって、全ての生徒を引き渡し終わったのは19時10分。その頃には奈井江方面の空が雷で時折光っている状況でしたが、雨は何事もなかったかのようにすっかりやんでいました。職員玄関を出たすぐのところにマンホールがあるのですが、その蓋がガチャンガチャンと金属音を立て今にも吹き飛んできそうになっているのは恐怖でした。
昨日も地球温暖化による気候変動の話を書いたところですが、まさにその日にこのような状況になり、いろいろ思うところがありました。みんな異常だとわかっている。その原因もわかっている。世界の国々もわかっている。でも、個人レベルで何をすべきなのかの肝心なメッセージがない。災害から身を守るメッセージと同時に環境を元に戻していくためのメッセージを発信すべきです。日本だけで1億人。この1億人一人ひとりが共通して小さなことを続けていけば、小さくとも何かが変わっていく - 私はそう考えるのですが・・・
職員玄関を入ると真っ先に目にするお花。朝の打ち合わせのために2階の職員室に行きますが、その入り口に飾られたお花。そして、生徒をお迎えする生徒玄関ホールに置かれたお花。毎朝校内3箇所で見ることができます。今回は鮮やかなオレンジ色の花が目を引きます。見事なオレンジ。この色を見たら朝一番みんな元気になるのではないでしょうか。
自分にもできるかも。そう思っても簡単に生けられるモノではありません。主役をどうするか、脇役の配置、全体のバランス、そして自らの想いも入ってくる。簡単にできそうなことも実際やってみたら・・・そうした経験は誰しもお持ちですよね。やってみて初めてその難しさがわかる。
上手に生けてるな、といつも思います。講師の先生の御指導のお陰ですが、生徒たちの腕も確実に上がっています。先日の書道の作品もそうですが、高校生がこうしたセンスやテクニックを持つことってすごいと思いますし、うらやましいです。
暦は進んでいきます。九月に入りました。今年は夏と秋の線引きがしっかりできる季節の切り替わりになっているように感じます。だらだらといつまでも暑さが継続し、極端に短い秋が過去何年にも渡って訪れていました。久しぶりに秋を感じることができています。
さて、本日(9月3日)の北海道新聞朝刊に深刻な記事(一部抜粋)がありました。
『気温 数年で危機的水準』国連環境計画は、地球温暖化による気温上昇で、災害や健康障害などのリスクが危機的な水準に高まる報告書を提出。化石燃料からの脱却や再生可能エネルギーの拡大が必要と訴えた。
日本のことで言えば、地球温暖化が原因と思われる災害が全国のあちらこちらで発生し、報道はその悲惨さだけしか伝えてきません。私はいつも戸惑いと疑問を感じています。その次のメッセージがないのです。直近で言えば線状降水帯による千葉県、富山県、石川県、青森県の被害。「こうした災害を防ぐために、私たちは地球環境に対して今日から何を始めなければならないのか」災害への対処は語られるけれど、災害を防ぐ話はありません。私は後者のメッセージが欲しいです。
一人ひとりが小さなことに行動を起こしていけば、やがてそれは大きな課題の解決につながっていくはず - そのように考えます。
昨日、9月1日は災害について考える一日として教育活動を実施しました。長い期間をかけて準備をしてくれた教職員に感謝いたします。生徒の皆さんは自分事として考えることができたでしょうか。
日本各地、世界中で災害が発生しています。身近なことで言いますと、線状降水帯の発生により、千葉県、富山県、石川県に甚大な被害が出ています。また、一月前には熊本県で大きな地震が発生しました。他人事ではありません。いつ身の回りで災害が発生するかわからない状況になっています。
今回の一日防災学校の取組について生徒向けの振り返りシートが配信されています。未回答の人は本日中に記入をお願いします。
北海道マラソン2026 - グロスタイム(号砲からの計測タイムが公式記録)3時間35分00秒。スタートラインに到達するまで2分。それを差し引いたとしても結果的に目標としていた3時間29分59秒には届きませんでした。時間にして3分、180秒。このわずかな時間を10年かけても縮めることができません。
昨年は暑さにやられ3時間49分47秒。ゴール直後、両足が攣り歩けなくなり大通公園の芝生の上にひっくり返ったまましばらく立ち上がることができませんでした。夕刻、仲間と打ち上げをした会場で微熱と吐き気が襲ってきて具合が悪かったのを覚えています。おそらく軽い熱中だったと思います。過去10回のマラソンで最悪のゴールでした。
自己ベストは3時間32分17秒。背中が見えてきたサブ3.5を超えることができません。全マラソンランナーの数%しか達成できないと言われる記録。手が届きそう、でも届かない。ゴールの喜びよりも悔しさだけが残るレースです。ゴール前3分、距離にすると600m。本校の陸上トラック2周分の遅れ。悔しくて悔しくて、昨晩、激しい筋肉痛の足で4キロのジョグと2キロのウォーキングをしました。ここからまた1年をかけて練習です。
市民ランナーである私は順位には全く興味はありません(人と争うことは可能な限り避けています)。だから人に勝つ負けるのストレスは発生しません。格好をつけるわけではありませんが、自分との戦いです。今の私の人生を考えるとき、自分と唯一戦えるのはマラソンだけです。
いつも37キロを過ぎると、本格的な自分との戦いが始まります。重くなった足をいかに前に出すか、残り5キロのラストスパートをキロ5分以内に持っていけるか。このふたつの自問自答。今大会は37キロ以降キロ5分20秒となり、それ以上速度を上げることができませんでした。まだまだ、です。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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