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2026年10月の記事一覧

見学旅行の写真

 華道部の生徒が作品を届けてくれました。ありがとうございます。「見たことのない変わった花だねぇ、名前は何というの」「えっ、わかりません」「バナナみたいだよね」「そう言われればバナナ、なんかそんな感じの名前だったような気がします」「Google先生に聞いてみたらわかるよね」「そうですよね」そんな会話をしながら事務長に写真を撮ってもらいました。

 インターネットの向こう側から返ってきた答えになります。カンガルーポー:(名前の由来 英語でカンガルーの足)ふさふさとした毛に覆われた筒状の花姿が前足に似ていることに由来、とあります。カンガルーの前足をまじまじと見たことはありませんが、きっとこの花のような感じなのでしょうね。不思議な花ですが、世の中にはまだまだ見たことのない変わった花があって、おもしろい。

 「校長先生、見学旅行楽しかったですか」「昨年もあなたたちと一緒に行ったけれども、同じくらい楽しかったよ」「今年の2年生いいですよね」「どうして?」「だってインスタ見たら写真がいっぱいあって、私たちの時はそんなに写真上がってなかったですも」「ごめんなさい、それは私の責任だね。もう遅いけれどたくさん写真を撮ってインスタに上げれば良かったね。ごめんなさい。」

 お花をいただいた嬉しさは見学旅行の写真の話で消えてしまいました。失敗した・・・生徒はそこを期待していたのか、ということを痛感しました。生徒にとっては一度しかない高校の見学旅行です。もっとやってあげられることがあった・・・可哀想なことをしました。ごめんなさい。

 お子様の様子を知りたいだろうな、と考えて時間を見つけてはホームページ、インスタグラム、noteに更新をしてきました。でも、生徒の言葉を聞いてまだまだ抜けているところがあるな、と反省しています。生徒が喜んでくれる情報発信の在り方について勉強しなければなりません。

 上述の反省は反省として、29日(木)から30日(金)の24時間でホームページ閲覧数4,000アクセスをいただきました。今までで一番多いアクセス数で驚いております。情報発信をして、それを受け止めてくれる方がいるというのは、本校の教職員にとって何よりの喜びであり、自信や誇りにつながっていきます。毎日御覧になってくれている方、何かの拍子に辿り着いた方、ありがとうございます。今後も生徒の様子、学校の活動を積極的に発信してまいります。よろしくお願いいたします。

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願いを叶えてくれました

 この企画を知ったのは見学旅行から帰ってきてからです。わずか数日前のことです。学校を預かる者としてそんなことでいいのかと叱責されそうですが、私は仮に叱られたとしても、先生方がやってみたいと思うことを、先生方で話し合い盛り上がって挑戦してくれたことに感謝します。いきなり型の提案と実施が逆に嬉しくてありがたくて涙が出てきます。

 本校は体験しながら多くのことを学んでいく学校であり、毎日どこかの教室、実習室で作品や食品がつくられています。パンの焼ける香りや溶接の匂い、甘いスイーツの香りに料理の匂いが漂う幸せな学校です。私は毎日幸せな環境で幸せいっぱいで働いています。どこを探してもこうした学校はないと自負しています。

 本校に着任してすぐに、成果物を展示したり販売する機会を設けたら、と話をしました。商業施設をお借りして市民向けに年一回のフェアを実施していたようですが、私はそれはそれとして、友達がつくった作品や食品を見たり買ったり、本校にお子様を預けてくれた保護者等が気軽に学校に足を運び、学びの成果を手にとることができたらどんなに素敵だろうか、と考えておりました。その願いを先生方がとうとう叶えてくれました。私は幸せ者です。ありがとうございます。

 地域から信頼される学校づくりのために、すべての学校が知恵を出し合い特色を打ち出し成果をあげています。私も毎日どうすべきかを考えていますが、一番は美唄尚栄高校の生徒と保護者等の満足度を如何に高めるか、この視点を大切にしています。ここがブレると地域へどんなに発信しても効果なしです。外の前に内です。

 さて、私は先生方には常に挑戦者であって欲しい、と思っています。そのメッセージを場面場面で発信もしてきました。「やる前から意味がないと決めつけないこと」「どうせやるなら楽しんでやること」「誰かの挑戦を批判するのではなく応援すること」「失敗があれば改善に向けた提案をすること」「やってみて成果が出ないのであれば思いきってやめる勇気を持つこと」「どうしたら成果が出るかを考えてみること」

 想いを形にするのは大変です。しかし、想いを想いのままで終わらせてしまうのはその人にとっても組織にとっても学校にとっても不幸です。「まずやってみよう」その言葉さえあれば、挑戦者になれます。挑戦しない人生よりも挑戦する人生であって欲しい。そこに働く意味、生きる意味があると私は信じます。そして何より先生が挑戦者なら生徒も挑戦者になります。私もここにこれを書いている以上、最後まで挑戦者であり続けます。

 さぁ、明日10月30日(金)14時 マルシェ開店です!

 是非、足を運んでください!お待ちしております。

※1日1つ更新ですが、本日初めて2つ更新しました。

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夜の銀杏

 仕事帰りの道中は雪が降っており、今晩のランニングはどうしようか、休もう、でも、あと25キロで月間300オーバーだから今日の5キロランをするかしないかは大きいしなぁ・・・職場の玄関から借家までのわずか5分間で、どうでもいいような葛藤です。結局、冬用のランニングシューズを札幌の自宅に持ち帰っていなかったら走ることに決めて家に帰りました。下駄箱を開くと持ち帰らずに置いていたシューズが入っていて、夕食後に外に出ました。

 美唄の夜は静かですれ違う人もほぼいません。自分だけに与えられたまちみたいな感覚になります。この贅沢感が気に入っています。贅沢ですよね、まちが自分だけのステージになるわけですから。札幌に帰ると駅から近いこともあって自宅周辺は深夜遅くまで人が行き交います。落ち着かないわけではありませんが、声が聞こえたりエンジンの音が聞こえたりとあまりいい気持ちはしません。

 同じようなコースを1年半ランニングしてきたからこそ、季節の移ろいをまざまざと感じます。春に見せる景色、夏に向けた彩り、秋の寂しさ、冬への衣替え。その時々に見せてくれる風景を楽しんできました。

 自動車の運転席からではなく、自分の足で歩き回ることで、私はまちの良さや素晴らしいまちの風景を心に刻み込んできました。人は「そんなのどこにでもあるただの風景だろうさ」と言うでしょう。それはそのとおりでありそう思われる人が決して悪いわけでもありません。受け止め方ですから。

 市役所の駐車場に差しかかったときに、この銀杏と出逢いました。市長様や教育長様を始めとする多くの市職員への挨拶や打合せでここを訪れていたけれど、この樹をじっくり見たことはありませんでした。何のことはない銀杏ではありますが、私はこの日この時間のこの銀杏をこの先も忘れないだろうと思います。私にはそのような美唄の風景がいくつも心に焼き付けています。当ブログに掲載してきた写真もその一部です。

 さて、道路事情が悪くなりますので、交通機関の乱れや自転車から徒歩への切替など、通学の状況も変化するときです。御家庭におかれましては、お子様の就寝時間や起床時間、健康管理等にお気遣いいただけますと幸いです。お身体御自愛ください。

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いよいよ

 天気予報のとおりの朝になりました。湿った雪がうっすら積もり、玄関を出ると雪が降ってきました。根雪はまだまだ先のことになるのでしょうが、晩秋から初冬へ季節は一步進んでしまいました。来るものは来るのですね。もうため息しか出ません。

 昨日、空知の実家に行きお袋に会ってきました。近くに住むすぐ下の弟も仕事帰りに顔を出し、千葉に在住する一番下の弟の分を含めた兄弟3人からの喜寿祝を渡してきました。お袋が77歳になったのは半年ほど前になりますが、それぞれのスケジュールを合わせることができず集合型のお祝いができないままになっていました。来月上旬にお袋が豪華客船の旅に出ることになり、お祝いを兼ねたお小遣いを渡そうということになったわけです。

 お袋が21歳のときに私が生まれ、2年おきに二人の弟が誕生しました。親父の少ない稼ぎで家族5人がよくもまぁ生活できたものだと、社会人になり初めて給料を手にしたときに思いました。私の初任給以下の給料しかもらっていなかったはず。家計のやりくり以前の問題だったと思います。

 大変な生活なんだ、ということは物心ついたときから感じていました。私の衣類はすべて従兄弟からのお下がりで、私が着られなくなったものは弟たちに引き継がれていきました。擦り切れてつぎはぎだらけで、腕と足の丈はつんつるてん。靴も買ってもらえずキツキツの靴を指を曲げて履いていたので、そのときできたタコは今でも消えることなく右左に残っています。私はクラスの仲間から毎日のように笑われからかわれました。

 ジーンズに作業用ジャンパーで仕事に出て行く親父を見て、私はいつも「ネクタイに背広でする仕事に就くんだ」と自分に言い聞かせていたのを覚えています。同級生の一人が私が住んでいたハモニカ長屋の団地から離れた区画の一軒家に住んでいて、その父親が背広を着た仕事していたから単純にそう思ったのです。

 「さぁ、帰るわ、旅を楽しんでおいで」と私が立ち上がると、「あんた、いいスーツ着ているね。縞のラインがとてもいいね」とお袋が言いました。「オレなんかスーツ着ることないから、礼服ともう一着しかないよ」と弟。こんなやりとりがあって忘れかけていたずいぶん昔のことを唐突に想い出してしまったわけです。

 33年もの間スーツを着る仕事に就いてそれもあと4年で終わります。果たしてそれが良かったのかどうかはわかりません。現時点で答えは出ません。ジャンパーとジーンズ姿の親父は親父なりに精一杯働いていたわけですから、服装がどうしたこうしたの問題ではないのです。当事者がどのような生き方をしてきたか、それに尽きる話です。帰路につく車の中で久しぶりに親父のことや昔の生活のことを考えていました。

 さて、事務室と校長室は扉一枚でつながっています。間に流し台などの水廻りがあり、東向きに陽を取り込む窓ガラスがあります。そこに立つと真正面にトチノキを見ることができます。見事な紅葉です。あと数日で葉を落としますから、これを再び見られるのは一年後。昨年は木の真下に堅いトチの実がごろごろ転がっていましたが、今年は不作なのか見当たりません。トチの実の落下で車のボディが凹む心配がないことから、職員は普通に駐車しています。

※写真は昨日、10月27日(火)のものです。

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私にとっての遊園地

 あれは小学校3年生くらいのこと。記憶が間違っていなければ、私は札幌の中島公園で初めてコーヒーカップの遊具に乗り、ぐるぐる目が回って降りたところで吐いてしまいました(汚い話ですみません)。当時、ハモニカ長屋が集まる団地に住んでいて、仲良くしていたリュウジの家族や親戚が集まって遊園地に行くことになり、どういうわけか私も一緒に連れて行ってくれたのです。私の家の惨状を見て(遊園地どころの生活ではなかった)、可哀想だからということだったのだろうと思います。楽しいはずの遊園地が具合が悪くなる場所として記憶された日になったわけです。

 次に遊園地に行ったのは大学時代です。これが二度目です。恋人(妻)と付き合って一度だけ苫小牧の屋内型遊園地に行きました。あれも乗ろうこれも乗ろうと誘われ、仕方なくジェットコースターに乗って、それ以外は恋人が一人乗る遊具の周りに立って写真を撮っていました。よくもまぁ見捨てられなかったなと思います。三度目は結婚してすぐの東京●●ランド。乗り物には妻が一人、私は一切乗りませんでした。コーヒーカップのトラウマです。

 子どもたちを遊園地に連れて行こうよ、ということになり室蘭から岩見沢まで車を走らせ、私は乗り物に乗る妻と子どもの写真を撮るだけでした。そんなのだから家族で遊園地に出掛けたのはこれ一度きり。

 USJで見る人の顔は皆ニコニコと幸せそう。唯一人憂鬱な顔をしているのは私であり、この場にふさわしくない迷惑なお客です。ごった返す人混みの中で、私は一度しかない家族との時間を、子どもたちが一番行きたかったであろう遊園地で過ごさなかったことに、申し訳なさやら後悔やらを感じなら立ちすくんでいました。遊園地に行きたかったんだろうな、もっとあちらこちらに連れて行ってあげればよかったな・・・もう遅いです。

 確かにトラウマもありますが、苫小牧で単身赴任をしていたとき、冬場に総合体育館のトレーニング室でランニングマシンを走り、ローラーから降りると床が自分に迫ってくる感覚に具合が悪くなりひどい目に遭いました。きっと三半規管が一般の人よりも弱いのか敏感なのかわかりませんが、そこに何かしらの原因があるのだと思います。2、3回続けて前転をしても具合が悪くなります。

 さて、私のことは置いておき、この集合写真は私が撮影しました。生徒と教職員の皆が幸せそうな表情を浮かべていますよね。遊園地顔と言いますか。ここに私が写らなくて本当に良かったです。もしも私が写っていたら写真が台無しになってしまいます。いい写真ですよね。遊ぶときはこういう顔になるんだなぁ・・・幸せな気持ちにさせてくれる一枚です。

 見学旅行の様子につきましては、インスタグラムにアップしております。迎えに来ていた保護者等の方より、「インスタ見てました。楽しそうにしている姿を見ることができて良かったです」とお言葉をいただきました。嬉しかったです。学校祭時期にインスタグラムの効果的な更新テクニックを3年次生N君に教えてもらいました。具体的には閲覧数を上げるもので、アップする時間帯や短時間動画をまとめて更新するなどのレクチャーを受けたわけです。私は閲覧数よりもお子様の表情をとにかくタイムリーにお届けしたいという想いがあります。どちらがいいのかはわかりませんが。

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