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2026年2月の記事一覧

卒業アルバム

 3年次生が家庭学習期間に入っており、校内は静かな毎日が続いています。2年次から興味ある科目を自分で選択して授業に参加するスタイルの学校ですから、10分間の休み時間は各教室に移動する生徒の動きがあり賑やかになります。足音、笑い声、楽しそうな会話などなど、1階の校長室にいる私の耳にも聞こえてきます。

 秋が深まるまで校長室の扉を開放していましたので、移動途中にひょっと中を覗いていく生徒やわざわざ「こんにちは」と挨拶してくれる生徒がいたりして、楽しく過ごさせていただきました。冷え込みが強くなって以降は閉め切りです。早く暖かくなって扉を開け放つ日がくるのを一人楽しみにしています。

 1月の校長会でお話しさせていただいたある学校の校長先生は、年間をとおして校長室の扉を開放しており、生徒が時折来室してお話することがあると伺いました。それを聞いて私も開けようとは思ったものの、目の前の玄関から流れてくる冷気には勝てませんでした。寒がりで冷え性の私にはやせ我慢でも厳しいものがあります。申し訳ないな、と思っています。

 今朝、卒業生代表で答辞を読み上げる生徒が書いた原稿を読ませていただきました。そして先ほど今年度の卒業アルバム(学校保管用)が一冊届けられました。今、その卒業アルバムは私の手元にあります。私の知っている今年の1年、私の知らない2年間。どのような思いで3年間を過ごしてきたのか - そのことが伝わる言葉が綴られていました。そうだったんだな、と思えば思うほど胸に込み上げてくるものがあり、目頭が熱くなる朝になりました。

 だから、私が彼らより先に卒業アルバムを開くわけにはいかない、と思いました。本来は見て点検、確認すべきなのでしょうが、それは教頭先生と担任の先生にお任せします。

 私は、卒業式が終わったあとにゆっくり彼らの時間と足跡を追いかけることにします。

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 本日、株式会社道央メタル様の御協力により、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした技術講習を開催いたしました。美唄市のものづくり企業として、プレス、板金加工、機械加工、溶接・組立、塗装等の業務で御活躍されております。
 
 本校のメカトロ・エンジニア系列では、機械系の実習の中で金属加工を行っていることから、自らの学びの先にある世界を知るきっかけになりますし、地元で自らの夢や将来の実現ができる、そのようなことも感じられたのではないかと思います。大変貴重な時間になりました。ありがとうございました。

 実は美唄中学校の浅利校長先生が道央メタル様との御縁をつないでくださいました。その後、関係する教員が道央メタル様と面会、直接訪問させていただきながら、漸く本日を迎えることができました。

 「縁」 - よく使う言葉です。そして、人はどこかで「縁」を感じて生きているような感じがします。人と人とのつながりに限ったわけではなく、物事のつながりをも含めた宇宙的で究極的な(上手く表現できませんが)何かを持ったものだと思います。ある人との出会いから次の人とのつながりを生む・・・御縁は大切にしなければなりません。

 話は変わります。2040年(もうそう遠くない日)AI・ロボット分野に携わる人材が330万人日本で不足するとされています。不足すると世の中どうなるだろうということを最近よく考えます。小さなエリアで考えると、雪が積もっても除雪が入らない(重機オペレータ不足)、家を建てることが決まったが着工が遅れる(建築会社の人手不足)、道路が凍結により穴が開いている(工事に係る人がいない)、自動車が故障して動かない(見てもらうまでに相当な時間がかかる)、エレベータが調子悪い(則修理に来てくれず階段を使うしかない)・・・

 昨今、人が足りない、それを担う人がいないと言う言葉をよく耳にするようになりました。課題解決の糸口が見えず、ますます不便で不自由な世の中になっているのを実感します。「父さんが育ててきた工業高校生って実はすごい存在だよね。大切にしないとこれからの産業が成り立たなくなるよね。働くようになってわかったわ」普通科高校、大学は文系だった次男が私に言った言葉です。気付いてくれたことが私は嬉しかったです。でも、気付くだけでは社会は成り立ちません。

 本校は総合学科高校です。衣食住に直結する系列(私はそう考えています)を抱える本校での学びは間違いなく2040年の地域を支える力になります。その頃、あなたの年齢は30歳前半。社会の中の主役です。

 技術講習の講師である工場長様の姿を拝見し、自らの手掛けたものが多くの人に喜ばれ、地域社会に大きく貢献しているんだ、という職人としてのプライドを感じました。

 刺激を受けました。ありがとうございました。

 

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イヤフォン

 1月末、雪道を走っている最中、左耳にはめていたイヤフォンが外れ地面に落ちてしまいました。あっ、と思ったときにはすでに遅し。色は違えど雪と同色の白、スピードを上げて走っているのでここで外れたと考えられる位置まで5メートルほど戻り、その辺りを中心に探しました。

 10分ほど探しても見つからず、私はその場から妻に電話をかけました。自宅からそれほど遠くない場所でしたし、二人で探せば見つかるだろうと思ったのです。電話を切ってまもなく前方から走ってきた女性のランナーが私の前に立ち止まり「どうかしましたか」と声をかけてくれました。「イヤフォンを落としてしまって探しているところなんです」と言うと、「じゃ、私も一緒に探してあげますよ、どんなイヤフォンで何色ですか、落とした場所はこの辺ですか」と腰をかがめ一緒に探してくれました。

 「それはAir●●●●だから、もしかしたらスマートフォンの位置情報で見つけられるんじゃないでしょうか」と何かにひらめいたように女性が言いました。実は私このイヤフォン、この日初めて使ったのでした。何のことやらさっぱりわかりません。ランニングで自宅を出る前に、妻が「このイヤフォンでJAZZでも聞きながら走ってみれば、すごく音がいいんだよ」と貸してくれたものでした。初めて使って無くす・・・なんという日なんだと我を恨みました。

 そうこうしているうちに妻が到着し、女性とはお別れしました。同じランナーであることを差し引いても全く知らない人のものを親身になって探してくれるとは。感謝しかありませんし、もしも逆のことがあったらなら私も女性のように探してあげる人になろうと思いました。

 妻のスマートフォンの画面を手がかりに位置情報で探すと、確かに外れたイヤフォンが反応し点滅しています。こっち側に行くと離れてる、逆側に歩くと近づいているなどと繰り返し同じような話をしながら探していると、外れたと想定される位置から私が立ち止まった5メートル先よりも、さらに3メートル先にイヤフォンが転がっていました。物理的に言えば自分の運動している方向と同じ方向に物体も運動しているので、後方ではなく前方に転がっていったものと思われます。普通に考えればそうなのです。ただ、冷静さを失っていました。

 実はこのイヤフォンは長男が大学を卒業し社会人(現在3年目)になって初めてもらった給料で妻にプレゼントしたものでした。だから妻は大切に使っていましたし、その姿を幾度となく見てきましたので、見つからなかったら諦めてまた同じものを買えばいいというものでもありませんでした。ふたつとない大切なイヤフォンですから、私も必死でした。まずいマズイこまった困った。長男の顔と妻の顔が交互に浮かんでは消え久しぶりに動揺してしまいました。

 校長室から見えるグラウンドの様子です。今日の話とは繋がらない写真ですが、ふとイヤフォンのことを想い出しましたので書いてしまいました。

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お弁当

 勤務を終えて借家に帰り真っ先にすることは翌日のお弁当を作ることです。そのあとに夕食を作って食べてランニング。これがルーティーンです。単身赴任が長く続いていますので、これが生活のリズムになっています。このリズムが崩れると案配が悪いです。

 先日妻が札幌からやってきて、帰宅するなり冷蔵庫を空け鍋にお湯を入れ米を研ぎ台所で一作業始めた私を見て、「何してるの」「これから明日の弁当づくりする」「そんなの私が作ってあげるよ」「いや自分でやるからいいよ」「だって帰ってきたばかりでしょ」「いつもこうだから」知らない人が見ると私の行動はいささか不可解なのかもしれません。

 弁当を自分で作って思うことは、作ってくれたお袋や妻への感謝です。当たり前ではないと頭ではわかっていても、そうされることが日常になると、やがてそのことについて考えることすらなくなってしまいます。私だけかもしれませんが。

 そのような私ではありますが、これだけは一応感謝の気持ちとして続けていることがあります。結婚してまもなく30年になりますが、初めてお弁当を持たせてもらった日から食後に弁当箱を洗って返してきました。(これも私のルーティーンになるのだろう、と書きながら思った次第です。)

 恥ずかしいのですが、本日のお弁当です。仕切りは経費削減と環境に配慮し一切使用していません。

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『無』と書

 先日に引き続き、第59回北北海道学生書道展において、『特選』を受賞した1年次生8名の作品(写真の一部を加工しています。)を掲載いたします。受賞おめでとうございます。

 筆を持ち半紙に文字を書いた最後はいつだろう・・・おそらく高校での書道の授業が最後、だと思います。それが高校1年生だったのか2年生だったのかも定かではありませんが、そうなると37年か38年全く書道をしていないことになります。

 この歳になって、週に一度でも書に向き合うようなことをやってみたいと思うようになりました。歳というよりも本校に勤務し生徒の作品にたくさん触れる機会が多くなり、かなりの刺激を受けていることが影響しています。書によって、私の大切にする『無』をもうひとつ増やすことができるのではないか、実はそうした思いもあります。

 子どもたちが巣立ち、私も妻も自分を慈しむ時間をたっぷり持つことができる環境になりました。それまでできなかったことに向き合える新たなゆとりが生まれ、互いに干渉せず自分だけの時間を楽しむ、そのようなことを意識して生活しています。それぞれが自分の時間を大切にして生きていく・・・私の理想とする形が出来上がりつつあります。

 『無』 - 何も考えずに、というのは困難なことで、私の『無』は、ただ走ることだけ、ただJAZZを聴くだけ、ただ本の世界に入り込むだけ、ただ写真を撮ることだけ、という時間の過ごし方になります。それ以外のすべてを排除する時間、排除できる時間を一日24時間の中に設け実践しています。

 26歳から30歳後半までいろいろ苦しみましたから、自分を変える上でとにかく『無』を意識し、40歳あたりから意識せずとも『無』を実践できている自分を感じるようになりました。以後15年、現在もその状態は続いています。これってとても贅沢な時間だなと思います。

 そうした中にもうひとつ書を入れられないか、と考えているわけです。そうすることで自分をさらに変えられるんじゃないかな、と思ったりしています。そんな甘いものではないっ、と書家に叱られそうですが・・・

 どういう在り方が自分のウェルビーイングに結び付けられるのかはわかりません。ただ、私は誰かがそれを与えてくれるものではないと考えています。まずは、自分で自分のウェルビーイングを生み出していく、その努力が必要だと思っています。受け身ではなく自分から。子どもたちに求める学びと同じです。待っていても望んでいても自分の心には宿りません。まずは自分をウェルビーイングにできるものを見つけていくことが大切です。

 生徒の作品からつながりのない私自身の話になってしまいましたが、授業としての書道から人生の趣味としての書道になると、それはそれで素敵だろうな。そういうウェルビーイングがあるな。そんなことを考えるとついつい楽しくなり、長話になってしまいました。

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