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2026年10月の記事一覧

緑から黄へ

 室蘭、岩見沢、3泊4日の見学旅行と長く職場を離れる日が続き、本日から通常通りの出勤となりました。たくさんの回覧文書と決裁が必要な書類がテーブルに置かれています。日々送られてくるメールについては現地で確認しましたが、今度はそれらをダウンロードしパソコン上のフォルダに整理しなければなりません。落ち着くまで数日かかりそうです。

 10月23日(金)新千歳空港を出発したバスは無事に学校に到着し、お迎えに来てくれた保護者等に生徒を引き渡し20時20分に解散しました。私は翌日早くに自動車の点検とタイヤ交換の約束があり、スーツケースをそのまま自動車に積んで札幌の自宅に帰りました。関西の30℃近くあった気温が札幌は10℃。寒い寒い夜でした。薄着で4日間過ごした生徒が体調を壊さないか心配です。

 さて、私のランニングコース(札幌市北区)はすっかり黄色になってしまいました。先週見た時からわずか1週間で緑から黄へ一気に色を変化させ、おそらく来週は葉を落とし枝が目立つ景色に様変わりすると思われます。

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いつまでも親は若くはない

 気持ちは変わらず三十代四十代、のつもり。この先も変わらずそうでありたいと思います。ただ、まもなく私も56歳。鏡に映る顔には皺、頭もだいぶ白くなって、やはり年相応の姿になっています。認めたくない自分もいますが、多くのことを積み重ねた先に今の自分があるわけですから、年齢と容姿にはもちろん納得しています。若かりし日に戻りたいかと問われれば、NOです。もう二度と若い頃の苦労をしたくないからです。

 先週、室蘭の出張で妻の実家に泊まりました。母親もすっかり年老いてしまい、かつてのようにちゃきちゃき台所を動き回ることができなくなってしまいました。約35年前の学生時代に初めて妻の家に招かれたとき、当時は親父さんも元気で母が緊張する私と親父さんの間を取り持とうとあぁでもないこうでもないと手を回してくれました。あのとき母がこのような姿になることなど考えもしませんでした。35年 - 時が確実に流れていることを実感しました。

 自分の35年、母の35年。自分が歳を重ねるということは、当たり前のことだけれど母も歳を重ねるということです。10月初旬に空知に住むお袋にも会ってきましたが、すっかり老いてしまい、いつまでも親は若くはないんだな、ということを感じて帰ってきたところでした。二人の母親の姿を見てからというもの寂しい気持ちだけが募りますが、とにかく現実を素直に受け止めるしかないんだよ - そんなことを自分に言い聞かせています。

 さて、本日は開校記念日で学校は休みです。校内にいるのは私ひとり。いつもはこの部屋に生徒たちの元気な声が聞こえてきますが、無音です。風にあおられた窓ガラスの揺れる音だけです。私は午後から岩見沢へ出張があり、出かける前にホームページを更新し、先週の回覧文書を処理しています。

 出張続きで明日からは見学旅行で関西に向かいます。しばらくの間当ブログの更新はできませんが、当サイトのトピックは教職員が随時更新しますので、どうぞ御覧ください。また、見学旅行の様子は私が随時インスタグラムに更新してまいります。

 急に気温が下がってきました。風邪など引かぬよう気をつけてお過ごしください。

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テクノロジー

 10月13日(火)の午前中は、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした「レゴを用いたプログラミング」(北海道情報大学総合情報学部システム情報学科 准教授 棚橋二朗様)の出前授業を、午後からは全校生徒を対象とした「半導体関連産業に係る複合拠点化事業」(株式会社アルプス技研北日本事業部札幌営業所とかち分室 数田将大様)の出前授業を実施しました。御多忙の中、本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。

 北海道の工業教育推進校に共通するスクール・ミッションとして、「テクノロジーで 未来を創る 人づくり」が掲げられています。地域と連携しながら最新のテクノロジー(工業技術)を学び、その技術を実践的に身に付けるための教育機関として、持続可能な北海道の発展に貢献する人材育成を目指し、本校においてもメカトロ・エンジニア系列を中心に教育活動を展開しているところです。

 また、本日(10月14日(水))は、「美唄市・北海道美唄尚栄高等学校×Aha! AIアカデミー初回授業」を1年次生を対象に実施いたします。毎日AIに関するニュースが報道される中、本校といたしましても、現在在籍する生徒、これから入学してくる中学生が働き盛りで迎える2040年、2050年をたくましく生きていく力を育んでいく必要があります。

 時代はどんどん変化し、変化のスピードも加速度的です。先を見越した教育について毎日思案しておりますが、やはり「外を見ること」に尽きるのだろうと思います。地域の御理解と御協力をいただかなければ学校教育は成り立ちません。

 美唄市を始めとする関係者の皆様、地元企業、道内の大学の関係者様の御協力に感謝いたします。ありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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どれだけのことを経験、体験してきたか

 10月10日(土)さんフェア2026 第2回北海道農業高校収穫祭inイオンに本校のフード系列の生徒が参加し、肉製品や洋菓子販売、パン製造の実演・販売を行いました。本校のみならず農業を学ぶ道央圏の高校生が参加し、各学校で取り組んでいる成果を披露する素晴らしいイベントで、多くの買い物客で賑わいました。

 フード系列は、実習のテーマの中にパン製造(フランスパン、メロンパン、クロワッサン、あんパンなど)があり、パンを焼く火はいい香りが校舎内に漂います。多くの人にとって、パンは買って食べるもの。いや、パンに限らず食品もモノもお店に行って買うもの。確かにそれは間違いではないし、作る人がいて買う人がいるから需要と供給のバランスが保たれる。みんながみんな作り手であれば、出来上がったものに溢れかえってしまいます。

 買えばいい - 確かに手っ取り早いです。それが悪いとは言いませんが、多くの高校生は何も考えずにそうします。私自身もそうでした。出されたものを食べ、欲しいものはただ買っていました。それって、どうだったんだろうな、と考えたりもします。

 すべてがそうでないとしても、専門高校や総合学科高校で学ぶ生徒たちは、「これって自分で作ることができるよな」と考えることができる。生きるための知恵が、高校段階の学びの中でしっかり身に付き、それをさらに発展させて長い人生を生きていくことができる・・・これって何にも代え難い武器になるんじゃないかな、って思います。

 私もまもなく56歳になります。教職の節目と決めてた日まで4年と少しになり、次に訪れる未経験の人生を思い描いています。若かりし頃は、自分がどこの高校を卒業してどこどこの大学に入りましたという偏差値や学歴が、誰かと比して上だとか下だとかにこだわっていたけれど、そのような経歴が人生を左右することは一度もなかったな、と。そんなことよりも、どれだけのことを経験、体験してきたか - その数の多さが人生を有意義にしていく。できることなら、高校時代にもっと多くの経験、体験をしたかった。

 これはあくまでも私の持論です。「箱の名前」ではなく、「箱の中で何を身に付けたか」自分の子どもにもこのことを話したことがあります。経験的、体験的に身に付けたものが多ければ多いほど、生涯にわたってたくましく生きていけるんだ、と。
 
 専門高校、総合学科高校は箱の中を充実させる学びに溢れている。私はそのように考えて毎日働いています。

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見学旅行にむけて

 本校の見学旅行は、10月20日(火)から23日(金)(3泊4日)。行き先は、奈良県、京都府、大阪府の関西方面。7日(水)は生徒向けの見学旅行オリエンテーションが行われたところです。先のことと思っていましたが、もう目の前に。私もそろそろ準備をしなければなりません。

 昨年度から旅行中の服装は自由としました。私服でも良し制服でも良し。どうするかは生徒自身に考えてもらうようにしています。暖かいところに行く寒いところに行く、そこに行くにふさわしい服装をどうするか。人に指図されるのではなく、自分で考えることです。当然、引率する教員も自分で考えた服装です(さすがに私はジーンズやTシャツでは引率しません)。おしゃべりタイムで3年次生に「昨年の見学旅行の服装を自由にしたけれど結局どうだった?」と聞きましたら、全員が「めっちゃよかったです」と言いました。よかったの意味はそれぞれであっても、取組そのものに意味があったと評価できます。

 私がどうしたではなくて、担任の先生から「私服で行かせたい」という声が上がったので「いいよ」と答えただけです。ただ、私が出した条件は「引率する先生方も自由な服装にしてね」です。生徒と担任が4日間寝食を共にする貴重な時間ですから、そこに生徒と教師という関係性はあっても、普段見ることができないお互いの姿で接することが大事なんだ、と考えるからです。先生も学校を離れるとこんな格好で過ごしているんだなぁ、ということを生徒に感じとってもらうのは大切なことだと思います。

 平成の中頃、校内外の生活が落ち着かない学校に勤務したときの見学旅行の話。6クラスで移動する沖縄での見学旅行でした。担任6人で出した答えは、「制服に縛り付けるのではなく私服で行かせよう。そして担任も私服で行こう」でした。変形学生服が横行していたということもありますが、生徒も先生も普段着で一緒に行動することで信頼関係や絆が深まるのではないか - そうした裏の意図がありました。

 ネクタイ、スーツの教師と学生服の生徒の2軸ではなく、私服となれば身近な大人と子どもになれる、そういうことです。自主研修の時だけ私服を可能としそれ以外は制服を着用することが慣例の学校でしたが、私たちの学年は慣例を打ち破り担任の思いで新たなスタイルをとったわけです。このことで何かが大きく変わったのか・・・すぐに答えが出るのならどの学校も課題は生まれません。答えは先の先。やはり、卒業式なのです。6クラスそれぞれの生徒が、私たち担任団に感動的な涙を流させる本当に素晴らしい生徒になっていました。想い出すだけで涙が出てきます。

 以下、見学旅行のしおり作成に係りお願いされた巻頭言です。(全文)

 関西方面を旅先とする見学旅行の出発を迎えました。元気に美唄を出発し、無事に美唄に帰ってくるまでが旅行です。各自で体調の管理を徹底してください。
 さて、38年前の私の見学旅行の話になります。確か5泊6日の長旅だったような記憶があります。列車で滝川から札幌、乗り継いで函館に到着し、青函連絡船に乗船して青森まで。そこから寝台列車に揺られて京都に到着。奈良と京都(東大寺、奈良公園、薬師寺、清水寺、二条城)で過ごして、新幹線で東京に入りました。東京は自主研修で、友達と原宿、渋谷で服を購入。帰りは羽田から飛行機に乗って千歳空港。これが人生最初の飛行機搭乗です。そこからバスで滝川。列車、船、新幹線、飛行機、バスとあらゆる乗り物を利用した旅行でした。今では考えられません。
 数え数えて今回で14回見学旅行の引率です。沖縄3回、九州3回、関西・関東・東海7回、道内1回となります。どの見学旅行もクラスで、班ごとで楽しむ生徒の姿がありました。お小遣いでお土産を買って、その土地の美味しいものを食べて・・・今回もそうした生徒の皆さんを見るのが楽しみです。
 5年前、6年前は新型コルナウイルスの影響で、見学旅行を実施できず、たくさんの高校生が涙をのみました。教頭として赴任したある学校では、行き先は毎年台湾と決まっていました。これが沖縄から長崎へ、長崎から大阪へ、大阪から山梨、山梨から泣く泣く青森へ、そうしたら直前に青森に緊急事態宣言が出て、岩手ならいいということになり、ただ青森は駅から一步たりとも外に出たらダメだ、という指示が出ました。もともと4泊5日の沖縄旅行が、2泊3日で岩手1泊、函館1泊の旅行になりました。実施日は変更に変更が重なって3月17日出発になりました。生徒たちに期待させては消沈させるようなことが続き、生徒のモチベーションは下がる一方でしたが、担任団が「みんなでとにかく行って想い出作りをしよう」と懸命になって説得し、全員が参加しました。もしかすると、皆さんのお兄さんやお姉さんが通った学校で同様の経験をお持ちかもしれません。
 旅行にはお金がかかります。旅行費用を工面してくれた保護者等に感謝してください。当たり前、ではなくて、ありがとうの気持ちを持ってください。そうすれば1円1円がどれほど貴重で大切なものかを理解できますし、行く先々で目にするもの触れるものすべてが素直にあなたの心に記憶されます。
 個人旅行ではありません。見たいところ買いたいものは人それぞれです。自分の思いを通すことだけを考えるのではなく、行動をともにする仲間の思いも考えましょう。一人ひとりの気遣いが大切です。あなたにとっても、仲間にとっても最高の想い出になる見学旅行にするために。
 それでは、元気に行ってきましょう!!

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