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校長の小部屋

それぞれです

 やっぱり見ていただきたいな、と思い、残る3作品掲載します。

(写真を加工しています)

 「校長の小部屋」見てくれているといいのですが・・・特に、作品づくりをした生徒の保護者等の方には。できれば写真ではなく、学校にお越しいただき直接見て欲しいです。閲覧していましたら是非御連絡ください。生け花に限らず、校内の至る所に生徒の作品を飾っていますので、足を運んで見に来てください。

 写真を見るとわかると思いますが、お花の横にあるホルダーには作者である生徒の年次と氏名が記載されています(掲載する都合上モザイク加工しています)。ちょっとしたことなのですが、これがまたいいなぁ、と思っています。クラスメイトが、仲の良い友達が、知っている先輩が、同じ中学校の後輩が・・・名前を見てまた違った見方、感じ方ができるからです。

 同じ花材を与えられても、完成した作品はそれぞれです。当たり前のことですが、これが個性です。自分と似たような人がいたとしても同じ人はいない。同じ花材と書きましたが、これは間違いで同じものはありません。同じように見えても花にもそれぞれ個性があります。同じでないもの同士が組み合わされていけば、それは無限の広がりを見せるわけで、そこがおもしろいところです。それぞれだからそれがいい。

 自分を認めること、他者を認めること - このふたつはそんなに難しいことではありません。自分と違って当たり前、と思う。すごく単純です。私はずいぶん前からそうした考えで生きてきましたから、いちいち悩むことや腹を立てることがなくなりました。自分はみんなと同じでなくていいし、周りの人も自分と違っていい。ただ、それがわがままにつながってはいけません。そのことで迷惑をかけることはいけません。

 ストレス社会ではありますが、意外と自分自身でストレスを作って溜めてしまう - そうしたことが結構あるものです。考え方を変えていくと肩の力が抜けて、リラックスした生き方ができます。

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主役を引き立てる

 20日(金)の朝

 校長室に入って真っ先に目に留まったものがありました。テーブルの上にお花が置かれていたのです。朝から何とも言えない穏やかな気持ちになりました。華道部の3年次生の生徒が生けたお花です。月に一度、私のところに届けてくれるので、まだかまだかとその日を心待ちにしています。贅沢ですよね。

 生徒が生けたお花は、生徒玄関ホール、職員玄関、職員室前にも飾られ、私が校内を歩く動線と重なることから毎日見ることができます。前にも書きましたが、校内にお花があるのはいいな、と思います。

 自宅の庭で薔薇が満開になり、私は写真を撮り、妻は色とりどりの薔薇を花瓶に挿し室内でも観賞できるようにしてくれています。そこにあるだけで明るくなりますし、人の心をやさしくします。花を介しての会話も増えます。小さなお花なのにこんなにも存在感を発揮できるのはどうしてなのでしょうか。不思議です。

 作品づくりをした生徒に校長室まで来ていただき、どのようなことを考えて生けたのかを聞いてみました。「今まで扱ったことのない花材もありましたが、主役のヒマワリをどのようにしたら引き立てることができるかを考えました」と遠慮がちに話してくれました。「この先あなたがお部屋に花を飾るとき、華道部で培った経験でセンスの良い生け方ができるからいいよね」と私が言うと「はい」と笑顔で答てくれました。

 10分位お話ししましたが、卒業後の進路は就職を考えているようです。「あなたにふさわしい就職先が見つかるといいね」と言葉をかけさせていただきました。きれいなお花、ありがとうございました。私のデスクに置いて、毎日見させてもらいます。

 主役を引き立てる - 生徒の言葉から考えさせられることがたくさんあります。教員になったときから自身の教育の柱にしているのですが、学校の主役はまさしく生徒です。生徒一人ひとりをどのように引き立てていくか・・・学校、教員は生徒が何を考え何を思っているのかをしっかり受け止める必要があります。受け止めるためには話を聞いてあげなければなりません。私の人生の方向性を大きく変えてくれた佐藤先生(中学2、3年生の時の担任)が、どうしようもない私の話を黙って聞いてくれたことを想い出します。あれがあったから今がある - 感謝しかありません。

 生徒との短い会話で市外から通学しているということを知りました。毎朝学校に登校するだけで相当なエネルギーを使っているとのこと。2年間よく通ってきましたね。あと8ヶ月ありますが、元気に登校してきてください。大変なこともあるでしょうが、その先にあなたにとっての輝く未来がありますから。

 素晴らしい笑顔で生徒は校長室を後にしました。

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生徒と一緒に歩きました

 雨天のため順延となっていた「さわやか清掃」を6月16日(月)放課後に実施しました。私、正直なところ生徒玄関前に集まった生徒の多さに驚きました。20名も集まればいいところだろうな、と思っていたからです。前もってスタッフの募集をしていたのは知っていましたが、104名の生徒たちが参加してくれるとは。全校生徒の約7割が主体的に参加してくれたことに感謝します。

 言うまでもなく目的があって行事を行うわけで、さわやか清掃の実施の目的は、
(1) 通学路を生徒自ら清掃することで、環境を整備し、かつ環境美化に対する理解を深める
(2) ボランティア活動に積極的に参加する姿勢を養う
(3) 清掃活動を通じて日頃お世話になっている周辺住民への感謝の気持ちを表す
となっています。参加した生徒が、地域の一員としての意識をより一層高めてくれたら嬉しいです。

 美唄駅前をゴールとして、約1キロメートルの距離を生徒と話しながらゴミを拾いました。生徒と話をすると、何か自分の子供と話をしているようですごくおもしろいです。そうは言っても、実際のところ私の子供が高校生の頃、私が話しかけても「あぁ」「そう」「わかってる」「うん」「知らない」だけでした。妻とは会話をするくせに、私には1秒で終わる単語レベルの返答しかなかったです。まぁ、私も父親と会話をした記憶がほとんどないので、そんなものだと理解していましたが、生徒はどういうわけか楽しい会話をしてくれるのです。これは不思議です。

 この日も自転車を趣味とする3年次生が、週末にニセコでサイクリングイベントに参加してきたことを話してくれました。折りたたんだ自転車とともに電車に乗り、途中趣味をともにする札幌の友達と合流しニセコまで。あちらこちらから集まってきた年齢の異なる自転車マニアとの交流がとてもおもしろかったようです。150万円の自転車を持って来た方もいて、大盛り上がりのイベントで満足したと話してくれました。

 マラソン大会で見知らぬ人が何千何万と集まってきますが、私もそこでランニングシューズのことやタイムの話をしてわくわくします。知らない人との会話がとても楽しいのです。笑顔で語る生徒を見て、学校では決して学ぶことのできない素晴らしい経験をしているな、と思いました。今、一度しかない貴重な高校時代、その一分一秒にこのような経験を刻み込んだことは、間違いなく彼の人生を豊かにするはずです。

 私は自らの高校時代に思い残していることはありませんが、受け持ったクラスの生徒たちにはいつも素敵で最高の高校時代を過ごして欲しい - そのことの実現に向けて一人ひとりと向き合ってきました。一緒になってたくさん笑い、一緒になってたくさん泣きました。一人の大人でもなく、一人の教師でもなく、同じ仲間として接した日々が懐かしく愛おしい・・・生徒からかけがえのない時間とたくさんの思い出をもらいました。教師冥利に尽きる、担任冥利に尽きる、とはまさにこのことです。

 脇道に逸れました。話を戻します。

 参加してくれた生徒の皆さん、ありがとう。

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目で見て比べながら心で思う

 

(写真の一部を加工しています)

 先日も紹介いたしましたが、科目「生活に生きる書」の作品から。

 生徒玄関ホールでの挨拶を終えて、教室の様子を伺っている途中、廊下の壁に掲示されていたので読ませていただきました。朝からやさしく穏やかな気持ちにさせてくれる作品でした。生徒も先生も全員に見て欲しい、と思う作品です。

 想 - 「目で見て比べながら心で思う」という意味を表す漢字

 どうしてこの漢字を選んで作品づくりをしたのか、作者である生徒本人から直接聞いてみたい、そう思います。素敵な漢字を選びましたよね。

 想う こと

 ずいぶん昔から何かを想っている自分を感じることがありました。多分、小学生くらいまで遡る話になると思います。どうしてそうなってしまったのかは自分でもわかりませんが、気付いたときからそれは現在も続いています。

 あれは、恥ずかしい話、妻と不仲になったときに、妻から言われたことがありました。「私にわからない何かをいつも想っている。付き合ってから今日までずっとそういうことを他の人よりも大切にしている人なんだなぁ、って思ってた。でも、その何かが私に関わることであればそのことだけは知りたい・・・」私に返す言葉はありませんでした。やっぱり自分はそうだったんだな、自分だけが感じていたのではなく、誰かから見てもそうだったんだ - ただそのことだけを考えていました。

 私の想うことはおそらく生涯ずっと続いていく思います。きっと自分のこと、家族、親、兄弟、学校、仕事、教職員、生徒、教え子、将来、過去・・・過去の自分と比べながら現在の自分を心で思っているのだろうな。たぶん、そういうことなんだろうと思います。

 ただ、その想うことのすべては、私にとっては苦痛ではなくやさしい気持ちになれる大好きな時間になっている。そのことだけは間違いありません。

 この字を見せてくれて「ありがとうございました」

 いろいろなことを考えさせていただきました。

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パイナップルから沖縄を

 美唄市教育委員会様よりパイナップルをいただき、デザイン系列の生徒がジュースと食べやすくカットしたパイナップルを校長室まで持ってきてくれました。美味しくいただきました。いろいろな生徒が校長室に顔を出してくれますが、みんないい笑顔です。保護者等の皆様にも見てもらいたいな、といつも思います。

 「写真を撮ってホームページに掲載していいですか」と聞きましたら快くOKの返事をいただきました。「ありがとうございました」

 いきなりですが、パイナップルで想い出すのが沖縄です。家族で3度、見学旅行の引率で3度の沖縄旅行をしましたが、そこで食べたパイナップルの味が忘れられません。畑に実っているパイナップルを採ってきてそこで食べることができたので、感動的に美味しかったのです。

 室蘭工業高校の定時制に勤務していたときに見学旅行で初めて沖縄を訪れたのですが、妻と子どもにも是非沖縄を見せたい、と思いました。白色系の壁の家、赤瓦の屋根、石垣、白い砂浜、青い海、高い空・・・沖縄にしか流れていない空気と時間を感じとって欲しかったからです。

 家族3度目の沖縄旅行は、妻が受けた大手術から1年半が経過したときになります。子どもがそれぞれ中学2年生と小学6年生になり、成長とともに付随してくる高校受験のことや部活動、そして何より妻の回復のお祝いを兼ねて「これが最後の家族揃っての大旅行になるかもしれないね」ということで出掛けました。沖縄のファンになった子どもたちのリクエストでもありました。その後大学受験を迎えた次男が、琉球大学に行こうかな、なんて言い出すくらい気に入ったようでした。結局、大旅行はそれが最後になりました。思い切って行って良かったです。そのときにシャッタを押してもらった写真の一枚を妻が居間に飾ってから13年の時が過ぎましたが、私は自宅に帰るたびに眺め、ひとり懐かしんでいます。そのことを妻は知らないと思います。

 私も歳をとったのかもしれません。目の前の出来事から唐突に過去の記憶が浮かんできたり、昔を懐かしんだりしてしまうのです。性格は前向きで決して後ろ向きではないのですが。こういうことって若いときはなかったな、と思います。

 教頭先生に本ブログを開設していただき、回数を重ねてまいりましたが、生徒の姿を写真に収めたり生徒と話をしていると、どこか自分自身の中学、高校時代の経験や気持ちがフィードバックしてくるような感覚に陥ります。こうした時間を持てるのは、この職業ならではのことなのかどうかはわかりませんが、つくづく幸せだなと感じながら働かせていただいております。

 明日の更新は都合により控えさせていただきます。

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