ブログ

校長の小部屋

立春

 私にはとても多く感じますが、どうやら今年の積雪は少ないらしいです。じゃ、例年はどれほど積もるのか - これ以上、を想像するだけでため息が出てきます。降ったり降らなかったりの繰り返しですが、昨年12月は毎朝毎夕10~15センチほどの雪がコンスタントに積もり、スコップを持つことが日常になりました。今日もかぁ、明日もかぁ・・・雪かきが最大のストレスでした。

 2年間住んだ北見の冬はマイナス20℃前後まで冷え込みますが、ほとんど雪が降らず日中はきれいな青空が、夜は一面きらきらと星が輝きます。メリハリのあるきゅんっ、とした天気が私は大好きでした。そのような環境で過ごしましたので、私の中から冬の除雪という概念がすっかり消えていました。こちらに来て慌ててスコップを購入し、なんなんだこの雪は、と思いながら雪かきをしています。

 今日は二十四節気の立春。冬に別れを告げ春の訪れの日。一日一日春に近づいていきます。外を見ると真冬の様相ですが、美唄は日中にかけて気温がプラスになるとのことです。春を感じられる一日になりそうです。

0

パウンドケーキ

 1月30日(金)はたくさんの生徒が校長室に訪問してくれた日。家庭学習に入る直前にお弁当を持った3年次生、1年次生は実習で作ったスコーンを持ってきてくれました。そして、授業の取組として提案のあったプレートの完成で3年次生が、フード系列の2年次生がパウンドケーキの試作を持って登場。一気にたくさんの生徒がやってきてお話を聞いたり写真を撮ったり。でも、すごく楽しく嬉しい出来事になりました。ありがとう。

 今日は2年次生のパウンドケーキの話を。数種類のパウンドケーキを皿に載せ、それぞれに特徴があるので食べて欲しいと言うのです。改良に向けて材料の分量や手順を変えてみんなで考えながら作った、ということを私に一生懸命説明してくれるわけです。教員に言われるままに作れば、ほぼ何も考えないわけですから私を前にして詳しい説明はできません。でも、自分たちで「こうのように工夫して作ったんだ」となれば、そうした理由を含め材料、分量、手順を説明することができます。熱心に説明してくれる姿は頼もしかったです。こうしたことの繰り返しが人を成長させていくのだろうと感じました。

 フード系列で言えば、人の口に入る製品を販売しています。販売することが目的ではありませんが、常に改良は必要です。本校にとって定番であっても、多くの人の定番とはなりません。誰にでも受け入れてもらえる定番を目指すために、例えば試食会で多くの意見をいただく、購入してもらった方にアンケート調査を行う(ラベルにアンケート用QRコードをつけたり、商品と一緒にアンケート用紙を入れる)などの工夫を重ねなければなりません。作りました、美味しかったです、は過去の学びの形であって、時代に即した今の学びは、何のために作るのか、それを作ったことによって何が生まれるのか、その効果は、作った先の課題と改善は・・・PDCAサイクルを確実に回していくことが求められます。

 オーブンの前でケーキのスポンジの焼け具合や膨らみ具合を食い入るように眺めている、クッキーやクロワッサンを焼いているときの楽しそうな妻の姿を目にします。生徒も同じようにわくわくしながら、ドキドキしながら製品づくりをしているのだろうと思います。そうした両者の姿が私の中で重なり、自分もやってみるべきかと考えたりしています。

 失敗か成功か、もう少しかき混ぜるべきだったか、粉が少なかったか、砂糖が多いか、卵の黄身は、白身は、バターは塩は・・・奥が深いから楽しいのかもしれませんね。

 本校はものをつくる、体験的な学びを多く取り入れています。多感な高校時代、十代の早いうちにたくさんの経験を積めるのは貴重なことと考えます。私の高校時代、8割は教室の中で机を前に座り教科書とノートを開き黒板ばかり見ていました。おもしろい学校ですよ、本校は。

0

スコーン

 私は甘いものが大好きです。休日に自宅から札幌中心部や円山地区まで足を伸ばす30km程度のマラニック(ランニングとピクニックを掛け合わせたお遊び的な要素のあるもの)をするときは、道中出会うカフェやパン屋、ソフトクリームにケーキ屋、大福屋やお餅屋など、お店に入り飲食を一年をとおして心底楽しんでいます。真剣に走る日とお遊び要素の強いマラニックを織り交ぜながら走っています。

 ウィークデーは、お店が閉店したあとの時間帯で美唄市内をランニングしますので、甘いもの、となったらコンビニエンスストアに駆け込み、購入させていただいています。何とも言えない食感やひとつ食べるとお腹いっぱいになるスコーンが好きで購入することが多いです。初めてスコーンを食べたとき、世の中にこんな美味しい食べ物があるんだと感動しました。クッキーでもない、パンでもない、ドーナツでもない。

 スコーンの話をさせていただいたのは訳がありまして、先週金曜日のお昼に1年次生の二人がガチガチに緊張して校長室にやってきました。この日は3年次生と一緒にお弁当を食べることにしていましたので、入室したら3年次生がいたことでさらに緊張させてしまったようです。

 「スコーンを作ったので、校長先生食べてください」「どうもありがとう。私スコーン大好きなんだよ」私は二人の緊張を和らげてあげようと「せっかくだから記念写真を撮ろう。ホームページに掲載しても大丈夫かな」と聞きますと「大丈夫です」と返事をしてくれましたので、一緒に並んだところを3年次生に撮影してもらいました。

 校長室に入ってくるときの生徒、入ってきたあとにいろいろなことを喋る生徒の様子を見るのが好きです。私にとって大切な生徒ですが、私以上に保護者等の方にとっては可愛くて愛おしくて大切な子ども。そういう親心をいつも感じながら生徒とお話させてもらっています。

 私は昨年3月、次男の岡山大学卒業を持って子育てを終えました。親らしいことをしてあげたか、と言われると不安になりますが、一応親としての責任を果たしました。その立ち位置から見える風景はそれまでのものと大きく変わりました。何が変わったのかは読者に想像していただきますが、私の人生観、教育観が変わりました。これは教頭から校長に立場が変わったから、というものではないことははっきりしています。

0

プレート

 先ほど完成したプレートを受け取りました。気持ちのこもった世界にひとつしかない 校長室 のプレート。

 今日から遡った数ヶ月前のこと。校内のプレート制作に係るプレゼン発表会を校長室で行いたいとの申し出があり、私は本校の生徒が学校に対してこんなにも熱い想いがあるんだ、と感動しました。自分の想いを何か形に残し捧げたい・・・少なくとも私には持ち合わせていなかった想いです。今を生きる高校生にこれだけのエネルギーがあるんだ、ということに驚かされた瞬間でもありました。

 教頭から校長として採用され10ヶ月になりますが、プレート制作プレゼンが、校長として一番嬉しい出来事になっています。校長に話をしに行こう - その発想と勇気は、やはり私の人生の中にはなかったことであり、もう二度と戻れない高校時代を振り返りながら、もしかしたら大きなチャンスを逃してしまったかもしれないなぁ、もっと自分にもできたことがあったのではないかなぁ・・・何とも言えない後悔の念にとらわれています。

 プレゼンの日から何度か授業を見に行きましたが、校長室 と書いたプレート大の半紙が何十枚も机上に載っていました。書いて書いて書いて・・・百、二百、いやもっと書いてきたのだろうと思います。

 「校長先生は学校をまとめる方なので、力強さみたいなものを表現したいと思っています」プレゼンの時の言葉です。

 明日からは、校長室に入る前にあえてプレートを見ようと思います。今以上に気を引き締め今以上に緊張感を持って業務に当たるために。

 事務室のプレートも受け取りました。心温まる素敵なプレゼントをありがとう。

 本校の生徒を誇りに思います。

0

一年間ありがとう

 一昨日の夕刻、華道部の3年次生2名が校長室に来てくれました。先週私のデスクに作品を置いてくれた生徒と現在職員玄関に展示している作品に携わった生徒です。

 一年間ありがとう - その気持ちを込めて写真を撮らせてもらいました。彼らに続く後輩も含め、4月から今日まで月に一度お花を届けてくれたこと、本当に嬉しかったです。また、届けてくれる生徒とわずかですがお話する時間が持てたことも幸せなことでありました。

 私はできるだけ自分から出会う生徒に声をかけ会話を楽しむようにしています。授業での関わりが持てないので、待っていても生徒は来てもくれないし話かけてもくれません。管理職としてわきまえることはわきまえつつ、それでも教諭時代に教室で生徒と関わっていた時のことが身体に染みついていますから、ついつい話かけてしまうわけです。くだらないことを言ったりしながら。生徒たちはどう感じているのかはわかりませんが、嫌な顔をせず接してくれています(私だけがそう感じているのかもしれませんが)。

 支給タブレットで写真を撮り、写真を二人に渡しました。プリントしたものではなく、Airなんとかという形で一瞬で二人の端末に収められました。二人はスマートフォンの画面を食い入るように見ながら何かを語り合い楽しそうに笑っていました。こういう時間って大切だなぁ、と思いながら二人にの様子を見ていました。

 今日ここでこの写真を撮ったな - そう想ってくれる日がいつか訪れてくれたら私は嬉しいです。

 明日、昼食時間に3年次生と一緒にお弁当をいただくこととしています。何名が参加するのかはわかりませんが楽しみです。

0

ジビエ給食試食会

 27日(火)美唄市立東中学校で開催された『ジビエ給食試食会』に参加させていただきました。ジビエとはフランス語で、狩猟で得た野生鳥獣のお肉を意味する言葉です。

 3年生の「美唄探求」において美唄の食材を活かしたレシピを考える活動の中から、実際に生徒が考案したメニュー『美鹿ボロネーゼ』が本日美唄市内の給食として提供されました。30日(金)の給食は『サスムコギ ビビンバ』が振る舞われるとお聞きしました。

 悪七校長先生より資料をいただきましたので、ここで紹介いたしますが、『ふわふわぴぱおいマフィン』『シカタコス』『たまぽて』『ピパオイ カボッチャン』『近藤シェフの五つ星肉巻き』『BIBAガレット』『鹿肉ドライカレー』『秋がたっぷり美唄の 美もち』『美唄すぎる シカチュー探検隊』のメニューも作成されています。それぞれの班で考え実際に作って食べて、生徒は研究を重ねたようです。

 美唄の食材として用いられたものは、サツマイモ、ジャガイモ、人参、玉葱、ハスカップジャム(本校のフード系列が製造)、ソーセージ(本校のフード系列が製造)、カボチャ、大根、醤油、味噌。そして、鹿肉です。教科書はありません。まさに「0から1を作り出す(美唄市長 桜井様の言葉)」その実践です。よく考えるとすごい学びだなと思います。自分たちで考えるしかない。美唄の食材って何だろう、まずはそこからスタートするわけですから。

 40年前にはなかった授業です。決まったものが与えられて、与えられたものに疑問を持つこともなく、唯一正しい答えを手繰り寄せるために頭を働かせる・・・これが私の学びでした。スタンダードな生き方に軌道修正しながら中学高校大学と学んできたような。それが良いか悪いかではなく、そういうことが求められた時代でした。だから、今の学びがうらやましく感じます。

 鹿肉については、株式会社Mt.代表取締役・HUNTER山本峻也様が狩猟したお肉です。試食会に先立ち、山本様から『いのちをいたたく』と題した講演があり、人間は生き物の命をいただいて生きている、ということについて深く考えさせられました。食の裏で生き物の命がある - 普段考えないことではありますが、改めて感謝の気持ちを持って食を摂らなければならないと思ったところです。短時間の講演ではありましたが、本校の生徒にも是非聞かせたい話でした。機会があればお願いします、と山本様に依頼しました。

 生徒が考案したせっかくのメニューを持続可能な形にする必要があります。ただ作って美味しかったね、では意味はありません。それは40年前の私たちの学びです。作った先です。 このことについては本校の教職員にも伝えています。

 「〇〇の取組を行いました」で完結せず、「取組を行ったその先の生徒はどうなのか」つまり、「それを作ってその先にどのように繋げていくのか」です。東中学校は給食センター等と今後も検討を重ね、持続可能な取組に繋げていく構想を持っています。本校もさまざまな取組を行っています。持続可能についてもっともっと考える必要があります。

 「考えて作りました、作って試食しました、さらに美味しくするためにどうしたらよいかを考えました、私たちの作ったものを美唄市にどのように広めていくかを考察しています、給食メニューもいいけれど、食堂で提供できないでしょうか」この経験をしてきた生徒たちが本校に入学してくるわけです。そのことを肝に銘じ教育活動を展開しなければなりません。

※パスタの麺についても生徒が検討し、特注で作ってもらったとお聞きしました。

0

高校3年間

 先週22日(木)、23日(金)の2日間、釧路市へ出張があり、昨日はお昼まで休暇を取得していたため、校長の小部屋を更新することができませんでした。本日より再開いたしますので、お付き合いください。

 月に一度のお花の日です。久しぶりに校長室に入室し、その瞬間に視線を捉えたのは写真の生け花です。華道部が活動した日に私が不在だったことから、気を利かせてデスクに置いてくれたのでしょう。直接受け取ることができず残念でした。

 お花って別に自己主張しているわけでもないのに、そこにあるだけで人を惹きつける - 不思議な力があります(そこにいるだけで人を惹きつける - 私にはそのような力はありません)。3年次生にとってはこれが高校生活最後の作品になります。どちらかと言うと寂しさが込み上げてきていますが、「ありがとう」と感謝しながら観賞させてもらっています。

 高校3年間はどういう時間だったのかな。思い描いた時間になったのだろうか、良き友人良き教師に巡り会えただろうか、どんなことを身に付けたのだろうか、描いた進路を実現できたのだろうか・・・私はそのようなことを考えています。

 私の長男は希望していた高校に通学することはできませんでしたし、次男の口からは入学した高校に対して満足度の高い話は出てきませんでした。彼らが3年間の高校生活を終え、大学に入学するときに「なんだかんだ言ってもまぁこの高校で良かったかな」と言うのを聞いて、初めて彼らの3年間は有意義だったんだな、と思ったのを覚えています。卒業して時間が経ってから高校への思いが押し寄せてくるものなのかもしれません。

 3年次生は今月一杯は登校してきますから、美唄尚栄高校の3年間どうだった、と聞いてみたいと思います。

0

聞いてもらうための

 昨日の学習成果発表会は、多くの御来賓、保護者等の皆様をお招きし無事に終えることができました。出席いただいたすべての方に感謝申し上げます。

 3年次生の皆さんは、総合的な学習の時間における1年間の取組とその成果について、余すところなく伝えることができたでしょうか。一生懸命にプレゼンしている姿を見て、学びの成果があったんだな、と私は思いました。大変お疲れ様でした。

 「地域の課題を自分たちで見出し、課題解決に向けて何をどのように進めていくかを考えてください」いきなり問いを与えられたわけです。教科書はありません。解答もありません。教員からその手順を教えられたわけでもありません。与えられたのはグループ活動をすることと時間は約9ヶ月であること。

 何もないところからスタートして形にすることの大変さを3年次生全員が感じたはず。自分の考えをまとめ発表する。他者の考えをしっかり聞く。批判ではなく建設的な意見を述べる。ばらばらの考えをひとつにまとめる。次の一歩を踏み出すためにどうする。地域に出るための折衝。試作と検証、改善。成果と積み残しになった課題の整理。桜井市長様が仰っていた『0から1を生む』ことの一端を学んだことは、これからの人生に必ず役立つ時がくると思います。

 お仕えした校長先生から言われた言葉を私は今でも大切にしています。「課題を見抜いたら決して先送りすることなく先生の責任の下で課題を解決すること。次の人次の代のことを考えること。時代の変化を掴み新と旧を見極めること。言われなくても気付いて行動すること」まさに探究の精神です。

 今日の表題「聞いてもらうための」について。発表会は終わってしまいましたが、今一度考えて欲しいことがあります。スライドや発表原稿の善し悪しは二の次三の次。静粛な場にふさわしい発表ができたかどうかを探究のテーマとして与えます。仲間のプレゼンはどうだったか、自分たちのプレゼンはどうだったか。多くの人に「聞いてもらうための」ものになっていたか。発表して終わりではなく、発表を終えて見えてきた課題の整理と検証を進めて欲しいと思います。

0

かまくら

 美唄駅前西口広場はイルミネーションで彩られています。16時30分を過ぎると辺りは薄暗くなってきますので、本校の生徒も部活動を終えて下校する際に目にしているのではないでしょうか。駅は街の玄関口になる場所ですから、こうした演出は来る者去る者の気持ちをほっこりさせてくれます。外国人観光客も多数見かけますので、きっと喜んでくれていると思います。

 ごろんごろんとしたいくつかの雪山はかまくらでした。かまくらを見るとどういうわけかわくわくします。幼き頃に祖父が作ってくれたかまくらの中で、お茶を飲みながらおやつを囓った記憶が残っているからかもしれません。

 お正月、弟家族も集まり賑やかに実家で過ごしました。前にも書きましたが、大晦日に家族で昔の写真を見たこともあって、実家でもお袋が保管している写真を出してもらいみんなで見ました。長男が4歳、次男が2歳(甥っ子、姪っ子も同じ歳)だと思うのですが、実家の庭に積もった雪で私がかまくらを作り、その中に4人を入れて撮った写真が出てきました。狭いから向こうに行けっ、こっちに来いっ、などと狭い穴蔵の中で4人が押し合いへし合いしながらきゃっきゃと騒いでいた覚えがあります。

 「あっ、かまくらのこと覚えてるわ」「ごうちゃん、かまくら作ってくれて写真撮ったの覚えてるよ」二十年以上前のかまくらのことを4人とも覚えていました。私が祖父からもらったかまくらの記憶を、私もこうして子どもたちの記憶に残すことができたんだ・・・感慨深いものがありました。

 デジタル世代の子どもたちではありますが、プリントされた写真の良さを感じたようです。「紙に残る写真っていいもんだね」紙は場所もとりますし重量もありますが、スマートフォンに記憶された写真をちゃっちゃっと指先ではじくように見るのとは訳が違い、一枚一枚に撮り手と映り手の魂みたいなものが宿るような気がします。これはデジタルの善し悪しではなく、アナログでしか味わえないものです。

 さて、本日午後から、3年次生が地域を題材に総合的な探究の時間で取り組んできた成果を発表する学習成果発表会を行います。生徒の発想やアイデアが、今後の美唄市の街づくりの柱として採用されるかもしれません。いつか美唄市の活性化に携わる一人として関わることになるかもしれません。そう考えると興味深いです。

 総合的な探究の時間の経験から、イルミネーションで彩られた駅前づくりのように、人の心に記憶を刻み込めるような、誰かの気持ちをやさしくするような、そのような美唄市の街づくりに尽力する人が本校から出てきてくれると嬉しいです。

0

大寒

 今日の美唄ガチガチの冷凍庫。この冬一番の冷え込みだろうと思います。

 借家から職場まで数百メートルの道中、足元はいつもよりぎゅっと堅く締まっており、ゆっくり瞬きをすると上下が凍結してふっつきました。昨年、一昨年と過ごした北見を想い出させるような朝になりました。

 18歳まで過した空知では睫毛が凍ったり、鼻の粘膜が凍ったりするようなことは当たり前で、冬場はかなりの頻度でそうなっていた記憶があります。でも、いつの頃からかそのような日は数えるだけになってしまったような・・・そんな気がします。

 ピンと張り詰めた冷ややかな空気に包まれた朝だからくっきり山並みが見られたのかもしれません。先週は猛吹雪、どんよりした空模様でこの山並みを見ることはできませんでした。久しぶりに見たような気がします。樺戸山系については校長の小部屋で何度か紹介しておりますが、堂々と、そして美しく、決して見飽きることはありません。

 玄関で生徒のお迎えが終わった後、4階に上がって1年次生の教室⇒2年次生⇒3年次生と回ることを続けています。4階西側の窓からこの山並みを眺めるのが好きです。朝はもちろん、夕暮れ時も素敵な景色を見せてくれます。

 励ましてくれたり背中を押してくれたり。考えごとの答えをくれたり慰めてくれたり。現実に直視することの大切さやずっと昔の記憶を呼び寄せてくれたり。勇気をくれたりやさしい気持ちにさせてくれたり。私にとっては大切な景色になっています。きっと私と同じようにこの山並みとこの景色を大切にしている人がいるのだろうな、と思います。

 さて、明日から1年で最も寒い頃とされる大寒です。二十四節気は、1年間を太陽の軌道をもとに約15日ずつ24に区分し、それぞれに季節を表す名称がつけられていて、大寒はその最終節。大寒の最終日が2月3日の節分、その翌日が立春です。

 北海道はこれからが冬本番で、今週は厳しい冷え込みになるとの予報が出ています。体調管理に気をつけて過ごしましょう。

0

スポットライト

 久しぶりに星が輝く空。綺麗な星を眺めながら8キロのランニングを楽しみました。雪のないオンロードを走るのが一番ですが、ぎゅっぎゅっと雪の踏みしめる音を聞きながら走れるのはこの季節だけ。趣があっていいものです。

 雪上に青い光が見えます。駅前から国道に向かう歩道に投影されていました。なんだろう、と思ってSTAY BIBAI様のホームページにアクセスすると、昨年から影絵スポットライトとして灯されているとのこと。写真を撮って借家まで戻る途中でもう一カ所灯されているところを見つけ、何だか得をした気持ちになりました。

 美唄は一昨日、昨日午前中まで雪が降り続け、路肩の雪も一気に積み上がりました。さすがは豪雪地帯。北見に勤務していた2年間はマイナス20℃以下の寒さが日常でしたが、雪かきは数えるほどしかしていません。2年間楽をさせてもらったので、美唄における毎日の除雪は身体に堪えますし、何せ疲労が蓄積します。冷え込みか積雪かどちらを選ぶ・・・うむ、どちらがいいのでしょうか。
 
 雪などものともせずに生徒は元気に登校しています。さすがは空知っ子です。ただ、ホワイトアウトになって身に危険を感じた場合は、①外に出ないこと②天候が落ち着くまで自宅で待機することをここで再度確認させてください。

 全校集会の場において、私は生徒の皆さんに大きな宿題をひとつ与えました。「自分の身は自分で守ること」環境の変化、天候の変化、災害の発生はいつ起こるかわかりません。平時からすべての人が考えなければならないことです。

 宣伝になりますが、本日16日(金)16時から美唄駅前西口広場にてイルミネーション点灯式が開催されるようです。

0

全校集会でお話したこと

 昨日、生徒は長い休業を終えて久しぶりの登校となりました。大切なスタートの日となりましたが、外は猛吹雪のホワイトアウト。気温も低く大荒れの天候となりました。外套も頭も真っ白にして生徒玄関をくぐってくる生徒は、ホールに立つ私に近寄ってきて「おはようございます」と声をかけてくれました。

 今年度の年末年始の休みは土曜日と日曜日も含めて最大9連休。おそらく社会人になって一番長い休みかもしれません。子どもであっても大人であっても休みに入る前は気持ちがほっとして、心も軽くなります。少し休めるな、と思うだけで嬉しくなります。ただ、休みも後半に入り終わりがちらちら見え始めると妙に落ち着かなくなります。そうした経験をお持ちの方は多いと思います。

 4日(日)夕刻に自宅から美唄の借家に戻りましたが、明日からの仕事のことを思うと、急に緊張しだしそわそわしている自分に気付きます。あれもある、これもしなければならない、久しぶりだからどうなっているだろうなどとあれこれ考えるとどんどん気持ちが重くなってきます。今回に限らず連休の最終日は不思議と私をそうした気持ちにさせてしまいます。

 ここからは全校集会でお話したことです。「世間では、新年を迎え新たな気持ちでスタート、新たな目標や夢に向かって歩いていこうなどと言いますが、私は、そう自分を煽り立てる必要はないと思っています。心穏やかになるまでゆっくりゆっくり時間を過ごし、自分のペースやタイミングを掴んで欲しいです。久しぶりに登校してくるにあたって、わくわくしている人もいれば、緊張していたり、不安を抱えていたりなど、それぞれの心持ちでいるはずです。みんなが揃って、前向きな状態でいるとは考えづらいです。どちらかと言えば、後ろ向きの状態の人が多いと思います。自分のペースを掴むまで、焦らずに、でも一歩一歩進んでいきましょう。さて、年末年始。私は数年ぶりに家族揃って過ごすことができました。子どもが二人いますが、それぞれ大学生の頃は、青森県と岡山県に住んでいましたので、それぞれの用事で、札幌に帰ってくることはありませんでした。どちらも大学を卒業して、社会人になりましたが、そうなったらなったで、もう二度と家族が揃うことはないだろう、と思ったりしていたので、なんだかとても嬉しかったです。そのときに思ったことは、多少お金がなくても、交通事故や大きな怪我や病気をすることもなく、健康で過ごせていることが幸せであり、感謝しなければならない、ということでした。それ以上のものはないし、それ以上のことは望む必要はないと思いました。 - 私が、本日のスタートにあたり、皆さんに伝えたいことは、自分を大切にしてください、ということです。あなたが健康でいることが、あなたの保護者等の方にとって、最高の幸せにつながっています。(一部抜粋)」

 3年次生はまもなく家庭学習期間に入ることから、登校する日も残りわずかになってきました。私の知らない2年間、生徒一人ひとりそれぞれが一日一日の登下校を繰り返し、その中で多くの困難を乗り越えながら今日を迎えている・・・立派に生きてきたんだなと思います。

 3年次生とはお別れが近づいていますから、昨日も今日もちょっぴり寂しい気持ちになりながら「おはよう」と声をかけています。

0

書き初めの記憶

 たくさんの宿題と毎日の日記、読書感想文に絵を一枚、さらに自由研究、そして家の手伝い。小学校の長期休業はやることがたくさんありました。計画的に取り組むことが苦手だった私はそのすべてを後回しにして遊ぶことに専念し、明日から学校が始まるという段階にくると慌てて鉛筆を持ち、母親に怒られ半べそをかきながらやっていました。完成させて提出できたものはほとんどありませんでした。長期休業にいい記憶はありません。

 いつだったか、何を書いたか忘れてしまいましたが、書き初めの宿題が出されたことがあって、広げた新聞紙の上に跪き、これまた母親に怒られながら半紙に筆を走らせていた記憶があります。落ち着きがなく集中力に欠けていた私には半紙に向き合う時間は大変苦痛でした。そんな私に無理矢理取り組ませようとしていた母親も苦痛だったと思います。他の子どもとどこか違う、なんてことを直接担任の先生から言われていた母親にとって、何とかしなければならないと大変なプレッシャだったはずです。

 さて、美唄郵便局のフロアに本校生徒の作品が展示されているので昨日見に行きました。昨年芸術部の活動の中で書かれた作品ですから書き初めではありませんが、作品を眺めているときに、前段の書き初めのことを想い出してしまったわけです。嫌々書いていた私とは違って、ここに展示された作品は一字一字集中し、自由に思いのまま・・・そういう作品なんだということを強く感じました。

 絵心もなく筆も立たなかった私には自分のもの(恥ずかしくて作品とは言えません)が展示された記憶がありません。多くの人に見てもらえる機会は人生においてそう多くあるわけではなく、そう考えるとうらやましい限りです。下校の途中に郵便局に寄って展示されている自分の友達の作品を是非見て欲しいと思います。

 さて、本日から通常登校となりますが、外は吹雪いています。校長室の窓から100メートル先が見通せない状況です。周囲の状況に十分注意し登校してください。

0

本日から

 先週は出張で不在にしていました。本日から校長室で業務を行っています。冬季休業は本日までで明日からいよいよ教育活動再開となります。生徒が登校し静かだった学校が賑やかになります。今から楽しみです。

 冬場に借家を空けると気がかりは積もった雪のことと水道凍結のことです。年が明けた1日(木)空知の実家に帰省する前に借家に寄って雪かきを行い、4日(日)から借家での生活をスタートさせましたが、台所と洗面所の水廻りで3時間、浴室の水廻りに2日を要し、漸く水道を使えるようになりました。水が出たときは心から安心し嬉しくなりました。

 5日(月)に再度水を落とし昨夕久方ぶりに借家に戻りました。車を運転しながら考えたことはやはり雪と水のことです。「駐車スペースどうなっているだろう」「すぐに水が出るだろうか」積雪10センチ、水はすぐに出てきました。雨が降ったりプラス気温になったりが影響したものと思われます。生活に影響が出ないことが一番ではありますが、通常とは異なる気象状況が要因であるとすれば、これは手放しでは喜べないことでもあります。

 写真は本日の様子を撮影したものですが、本来はもっともっと積雪があるのにこの程度となっています。気温も高く暖かいです。

0

よろしくお願いいたします

 1月5日(月)仕事始めです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 年末年始にかけて、穏やかにお過ごしになられたことと思います。9連休の長い休みになりましたが、如何でしたでしょうか。過ぎてしまうとあっという間だったような。

 どちらも社会人になりましたが、子どもたちが青森と岡山で大学生活を送っていたときは、アルバイトや旅行などそれぞれの用事で札幌に帰ってきませんでした。今回6年ぶりに家族が揃い静かな正月を迎えることができました。もう二度とないだろうと思っていたのですが、年末に妻の実家へ年明けに私の実家へ家族揃って出掛けることもできました。

 大晦日から元旦にかけて自宅で過ごしたのも数年ぶりです。大学受験を控えていたとき以来かもしれません。昔の写真を見ようという話になり、二階の屋根裏の納戸からアルバムの一部を降ろしました。私が撮影してきた写真です。そこには二十五年前の私と妻、長男が写っており、そこからさらに数年後に次男が登場してくるという家族の変遷が記録されていました。懐かしいやら恥ずかしいやら、笑いの絶えない時間になりました。

 さて、昨夕から美唄は雪に見舞われています。路肩の雪も高くなりました。本格的な冬はこれからです。

0

お世話になりました

 12月23日(火)フード系列の教員を講師にして、教職員(事務職員も含む)向けのそば打ち研修会を実施しました。以前、授業の中で2年次生の生徒がそばを打ち、是非食べてくださいと私のもとに届けてくれたことがあり、このときに教職員向けのそば打ち研修会を是非開催してください、と担当の教員にお願いしたのです。とうとう実現しました。

 同じ学校に勤務していても、それぞれの系列、個々の専門、一人ひとりの授業、業務がありますから、隣に座っている先生が得意としていることだとか各系列が何に取り組んでいるのかは理解しづらい状況にあります。これは本校に限ったことではなく、他校でも同様です。誰かのことを知ろうと思ったら、時間をともにして話をしながら何かに取り組んでみるのが一番だと私は思っています。

 今回は、『材料費約1000円で自宅で打てる3~4人前そば』をテーマに紹介していただき、参加者全員がそばを打ち茹であげ食すまでを体験しました。3時間の研修はとても有意義なものとなりました。1にコミュニケーション向上、2に経験の幅を広げる、3に新たな学び、4に楽しみや幸せ。私がこの研修に求めた4つの思いは達成できたと考えます。

 さて、年越しそばと言いますが、調べてみますと江戸の中期頃にこの文化の起源があるようです。いろいろ謂れはありますが、(1)健康祈願(そばの実は雨風を受けてもその後の晴天で日光が当たると元気になることから、健康への縁起を担ぐ)(2)長寿祈願(細く長いそばは、延命や長寿につながる)(3)厄払い(そばは切れやすいことから一年の厄災や苦労を切り捨てて翌年に持ち越さない)

 今年最後の『校長の小部屋』への投稿となります。縁起の良いそばで締めくくらせてください。

 本校に着任して9ヶ月を終えようとしていますが、空知っ子そのものを思わせる素朴で素直な生徒に出逢えたことに幸せを感じます。自慢できる生徒たちです。

 すべての保護者等の皆様にお会いすることはできませんでしたが、PTA活動や説明会、行事のたびに足を運んでくれ、学校を応援していただいていることにお礼申し上げます。

 本校の教育活動を多方面から支えていただいております地域の皆様に対しましても感謝申し上げます。

 そして、熱心に教育活動を行い、陰ながら本校の教育環境を整えてくれているすべての教職員の力により今日を迎えています。ありがとうございました。

 今年一年、大変お世話になりました。来る年がすべての皆様にとりまして、幸せで素敵な一年になりますことを祈念して、挨拶に代えさせていただきます。

 ありがとうございました。

0

クリスマスリース

 子どもたちが幼稚園に通っていた頃、家族で沖縄へ飛びクリスマスを過ごしたことがあります。日中は長袖シャツ一枚、陽が暮れても薄手のジャンパーを羽織るだけで街を歩ける暖かなクリスマスでした。地球規模で見たときの日本は本当に小さくて、北海道から那覇までの約3000キロもほんのわずかな距離なのに、こんなにも季節が異なるんだということを体感する旅になったのを覚えています。

 二十数年前のことを急に想い出したのは、雪が少なく暖かなクリスマスを迎えたからかもしれません。24日(水)のお昼休みにこの話を書いているのですが(たいてい翌日掲載分を前日に書いています)、天気予報のとおり雨がぽつりぽつりと空から落ちてきています。5年ぶりの雨のクリスマスイブらしいです。

 雨が降らなければランニングをして普段と何ら変わらない夕食を食べる一夜になりそうですが、せっかくなのでデジタルオーディオプレーヤからクリスマスソングを流し、ちょっとだけクリスマス気分を味わおうと思っています。昨日、デザイン系列の3年次生が制作したクリスマスリースをいただいたので借家に飾って。

 生徒からいろいろなものをいただいていますが、小さなお手紙が添えられているのがとても嬉しいです。作り手の気持ちが受け取る側に伝わりますし、ずっと大切にしようと思わせてくれます。ちょっとした気遣いではありますが、なかなかそこまで気が回らないものです。私も見習わなければなりません。

 先日JAZZレコードのお店でたくさんのレコードを自分にプレゼントした話を書きました。このお店のマスターはかなりの御高齢ではありますが、年に数回オランダまでレコードを買い付けに行っています。世界中の中古JAZZレコードが集められ、世界中のバイヤーがこぞって購入するとお聞きしたことがあります。マスターのお眼鏡に叶ったレコードが船積みされ、やがてそれらがお店に届き、マスターの耳、目、手で一枚一枚厳正な検盤を終えた後、お店に商品として並びます。
 
 いざ販売という段階になると、マスターから「お待ちしております」と書かれたお手紙が届きます。マスターの顔を見に行きたいな、どんなレコードが並んでいるのだろう、探しているレコードがあるだろうか、などとわくわくします。手紙って人の心を揺さぶる何か不思議な力があるな、と感じるのは私だけでしょうか。

 それでは素敵なクリスマスをお過ごしください。

0

美しい姿

 冷え込んだ12月23日(火)の朝、この景色を眺めることができました。

 管理棟4階の一番奥の窓から見える樺戸連山は、真っ白な雪に覆われその美しい姿を朝陽に輝かせていました。とにかく美しい。

 この山を前にして、あまりにちっぽけな自身の存在を思い知らされるとともに、ちっぽけながらも精一杯生きていくことの大切さみたいなものを感じる朝になりました。何十年何百年何千年変わることなくそこにあることの偉大さに圧倒されます。

 私はカメラを持った野山の散策はしますが山登りはしません。いつかはしたいと思うことはありますが、ランニング、読書、レコード、薔薇、映画・・・などすべきことが多々ある中ではその優先順位はどうしても下方に押しやられます。時間が2倍、身体が2つあるといいな、といつも思います。

 ただ、山岳小説(山に登ることを題材にした作品)は大好きです。井上靖、新田次郎、夢枕獏、笹本稜平、湊かなえ、樋口明雄、下村敦史、各氏の作品はほぼすべて購入し読了しています。中でも笹本稜平氏(1951年10月9日 - 2021年11月22日)の作品は、山の美しさ、恐ろしさ、クライマーの心情、友情、孤独、愛、生きることのすべてを描き切っていて、考えさせられることが多々あります。自分の知らない世界だからこそ知りたいというのはありますが、どの作品も自分がその山にいるような感覚を味合わせてくれます。気になる方は是非手に取って読んで欲しいです。

 私が山岳小説に魅せられる理由は、極限において究極の選択をする主人公の心情に惹かれるからです。私の人生における選択は主人公の選択からすると足元にも及びませんが、それでも何か迷ったときやどちらかを選ばなければならないときに参考にしたことが多々あります。

 「ふたつにひとつ、どちらかを選ばなければならないのなら、あえて困難を極める道を選べ」山岳小説の中にあった言葉です。どの著者のどの作品だったかがわからなくなってしまいましたが(付箋を付けておくべきだったな、と後悔しています)、私の人生の選択において力強く背中を押してくれた大切な言葉です。当然のことながら本の中では困難な道を選択した主人公が最後にはその道を選択したことに間違いはなかったという形に収束していくわけですが、私自身のいくつかの選択も今振り返ると間違ってはいなかったなと思います。

 この景色が毎日目の前に広がる - これは本当に贅沢です。生徒が過ごす教室は南向きの窓ですから、残念ながら見ることはできませんが、廊下を挟んだ向かい側の教室を使用するときは是非見て欲しいです。

 在学中にとても素敵な景色を見ていたんだよ - 生徒が高校時代を振り返るときのキーワードになってくれればいいなぁと思っています。

0

贈り物

 今日は樹氷が見られるかもと思い、駐車場脇の針葉樹を見に行きました。予想したとおりでした。陽が上がると解けるでしょうし、明日からのクリスマスは雨の模様ですので、一日早くクリスマスの雰囲気にぴったりな樹氷の贈り物をいただき、得をした気分です。

 クリスマスプレゼントはどうしましたか?誰かのことを想ってプレゼントを用意したり、事前に約束したプレゼントを買いに出掛けたり・・・私は、今年ランニングを始めた妻に相当早い時期にクリスマスと誕生日を兼ねたプレゼントを贈りました。妻からは大きな大きなプレゼントをもらいました。

 もうひとつ、毎年自分にクリスマスプレゼントを贈っています。健康でいられた自分に元気に働くことができた自分に中古のJAZZレコードを何十枚もプレゼントします。インターネットで購入するのではなく、札幌にあるJAZZレコードを扱うお店に足を運び時間をかけて探します。物欲がほとんどない私ですが、レコードとなると別です。いくらあっても欲しい。これが私が私に贈る最高のプレゼントです。

 誰かが心惹かれて手にしたレコードは、やがて何かの事情で手放され、世界のどこかを彷徨い、巡り巡って私の手元に収まります。ジャケットは擦り切れ、ライナーノーツは茶色く色褪せ、レコードもプチプチノイズが入る。でも、それがまたいいのです。何とも言えない浪漫を感じます。

 廃盤になったアルバムを何年、何十年も探して漸く手にできることがあります。滅多なことがないとこうはなりませんが、唐突に巡り合うことがあります。私にとって最高の出逢いで最高の幸せを感じる瞬間です。

 真空管に灯をとおし、ターンテーブルにレコードを載せ針を落とす。一手間二手間かかりますが、最初の音が鳴り出すまでのわずかなじり、ジリ、じィー - この時の緊張感がレコードの魅力のひとつかもしれません。

0

拍手

 開会式の挨拶を頼まれていましたので、あれこれ言うよりも先に生徒の拍手から体育祭をスタートさせたい、と思っていました。ステージの上に立つとすべての生徒の様子が見てとれます。生徒全員が拍手してくれました。本校の生徒の良いところです。ありがたいな、と思います。

 何故拍手か - 目立たない地味な仕事をして本日の体育祭に結び付けてくれた執行委員への感謝の気持ちを持って欲しかったからです。私がいちいち言わなくても気付いている生徒もいます。その一方で言われて気付く生徒もいます。割合的には後者の方が多いのではないでしょうか。

 誰かがお膳立てしてくれたものに乗るのが一番簡単で楽です。そのような環境下に置かれることの方が実に多いです。起こしてくれる、夕食を準備してくれる、お弁当を作ってくれる、学校まで送ってくれる、洗濯をしてくれる、雪かきをしてくれる、風呂を洗ってくれる。考えてみると〇〇してくれることが多くないですか。そして、そのことが当たり前になってしまい、『感謝』をずいぶん遠いところに置き忘れてしまっていませんか。

 お膳立てしてくれた人の苦労や努力を頭の片隅に置き、「ありがとう」の気持ちを持っていれば、文句やわがままは出てこないと思います。感謝の気持ちを持って行動することができます。逆に、自分がお膳立てする側の立場だったら何ができるだろう。両方の視点からものを見られる人になって欲しいと思います。

 立派なことを書きましたが、単身赴任で生活していると反省することだらけです。お弁当作ってくれて「ありがとう」を言ってなかったな。朝夕の御飯を用意してくれて「ありがとう」を言ってなかったな。洗濯してくれて「ありがとう」を言ってなかったな・・・〇〇してくれることが当たり前化していた自分に反省しきりです。自分で何でもやらなければならない状況になって改めて気付くわけです。そういう意味では不自由なことが多いですが、単身赴任も悪いものではありません。

 本日が体育祭最終日です(この話、昨日のお昼に書きました)。閉会式で私はもう一度全校生徒と拍手します。

 執行委員へのお礼と感謝の拍手。クラスメイトと楽しく活動し成長できたことに拍手。最後の大きな行事で仲間の大切さを教えてくれた3年次生への感謝を込めた拍手。そして、体育祭を全員で楽しく終えられたことに拍手。最後に、閉会式まで25分の待ち時間を静かに待てた全員に拍手!!

0

クリスマスプレゼント

 「校長先生ぇ、クリスマスプレゼントでーす」生徒玄関ホールで朝のお迎えをしている私の横にひょっこり現れた2年次生の女子生徒から小さなカルトナージュを受け取りました。「デザイン系列の授業で作ったので、ペン立てとかで使ってくださいね」そう言うと3階の教室に向かって階段を上がっていきました。

(写真を一部加工しています)

 お菓子と手書きの小さな手紙が添えられていて、「ペンを入れたり、コーヒーや砂糖のスティックを入れたりもできますよ!」と書かれていました。ペンを入れるとインク等の汚れがついてしまうので、飴やスティックタイプのコーヒー、お茶を入れようかなと思っています。クリスマスプレゼントありがとうございました。大切に大切に使わせていただきます。

 一文字一文字丁寧に書いたお手紙をいただくのはとても嬉しいです。私くらいの世代の方ですと当たり前のように手紙のやりとりをしていたはずです。私は当時お付き合いをしていた女性とこまめに手紙やはがきのやりとりをしていました。今は指先をしゃしゃしゃーっと滑らせて、ボタンを押して相手にメッセージを届ける時代です。デジタル世代の高校生が、アナログチックな形で相手に気持ちを届ける・・・感慨深いものがあります。

 週末自宅に帰る車内のラジオからクリスマスソングが流れます。胸ポケットに小型ラジオを忍ばせて走る夜のランニングでも、DJがクリスマスにちなんだ話をしていて傍らにクリスマスソングがかかります。美唄には持ってきていませんが、自宅の部屋の棚にクリスマスソングだけで構成されたJAZZアルバムが何枚か入っていて、どういう訳かこの時期だけはターンテーブルに載せてそれらを聴きます。この時期が過ぎると、また1年後・・・ずっとこれを繰り返しているような感じがします(真夏にクリスマスソングは聴かないですよね)。時期的に聴きたくなるのかなぁ。

 大学時代のクリスマスは、友達と、たった一人で、恋人と、というようにいくつかの過ごし方をしました。バブル経済真っ盛りから崩壊までが私の学生時代と密接につながっていて、当時12月は日本中が浮き足立っており、ひとりぼっちで迎えるクリスマスには冷たい視線が注がれていたような雰囲気がありました。とにかく派手で賑やかに、高価なプレゼントを - これがバブル期のクリスマス。

 年内の大学の講義が終わり、新年を迎えるまでの残されたアルバイトの日数を数えながら、下宿の6畳間で寝っ転がりながら小説を読んでいる、いつもと何ら変わらない時間の中に、クリスマスを過ごした夜のことを想い出しています。下宿生のほとんどは帰省し、しーんと静まりかえった建物の中で、私は私なりのクリスマスの夜を静かに過ごしていました。懐かしいです。

 先週、自宅に帰るとクリスマスの飾り付けがされていました。子どもたちが小さかった頃は、狭い居間に不釣り合いな大きなクリスマスツリーを飾ったものですが、それもいつの間にか処分し、2つ3つの飾りを壁に止めるだけになってしまいました。それでも妻は妻なりにクリスマスの雰囲気を味わいたいのだろうなぁ。

 今年のクリスマスも猛吹雪にならない限り夜のランニングを楽しみ、夕食を作り、いつもと何ら変わらない時間を過ごします。単身赴任期間5年目になりますが、毎年同じことを繰り返していますが、これができれば他には何もいりません。

 皆様、素敵なクリスマスを! 

0

体育祭

 本日、明日は体育祭です。この日のために長い時間をかけて執行委員が放課後遅くまで準備に勤しんでくれました。先輩たちが退任し、新体制になって初めての大仕事でいろいろと大変だった思います。まずは、ここまでの準備、ありがとうございました。そして全校生徒の皆さん、運営してくれる執行委員に感謝して楽しんでください。

 どこの学校でもスポーツに親しむ行事を設置していますが、美唄尚栄高校の特長だな、と思うことにポスターが掲示されるというものがあります。執行委員が作成するのではなく、それ以外の生徒が心を込めて描く - これはそうあることではありません。過日実施した校内運動会のときにもポスターが掲示されたのを見て、真っ先に感じたことです。学校から与えられた行事だから何となく参加する、というのではなく、主体的に行事に参加するんだ、という生徒からのメッセージとして私は受け取っています。

 生徒玄関ホールに掲示していますから、全校生徒の目に触れています。ポスターを見て何かが劇的に変化することはないとしても、「体育祭楽しみだな」、「練習しないとな」、「怪我しないように参加しよう」などと、人の心に確実に何かを芽生えさせています。これって、とても大切なメッセージです。ポスターづくりをしてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。私はこのような学校に勤めることができて幸せです。

 体育祭の開催期間、そして終了した後に、クラスの団結力が高まったり協調性がさらに深まってくれることを期待しています。

 体育祭の目的を今一度確認します。

 『体力の向上及びクラスや年次間の団結力や協調性を養う。』

0

『あたたかい心』『信じる心』

 目の前のお花からほんのり甘い香りが漂ってきます。鼻を近づけると青い花が香りを放っています。リューココリーネというお花です。

 野山を歩き花の写真を撮るようになった頃、花の名前が知りたくてずいぶんと高価な図鑑を買いました。撮った写真と見比べながら、名前を覚えていった記憶があります。ただ撮るだけではなくて、名前とセットで覚えていくのはそれはそれでまた違った楽しみがあり、結構のめり込みました。覚えた花のページは端を折り、まだ折っていないページの花との出会いを楽しみに図鑑を眺めていました。

 今年のことになりますが、妻からスマートフォンが図鑑の役割を果たすことを教わりました。写真を撮ってその写真を検索すると、一瞬で花の名前がわかるというものです。毎年、春から初夏にかけて庭にさまざまな宿根草を植えるため、妻といくつかのお店を周りますが、隣接するガーデンに咲く花を見て、「この可愛らしい花の名前は何というのだろうね」と当てもなく言うと、妻がさっと花にスマートフォンを向け、「〇〇だって」と答えます。「どうしてわかったの」と聞くと、「Google先生が教えてくれるよ」と。そうなのか・・・そういう調べ方ができるのか、と。

 先週、生けている生徒にこの花の名前を聞くと「リューココリーネです」と教えてくれました。それから週が明けこの話を書いているのですが、花の名前をすっかり忘れてしまい、写真を撮って検索すると「リューココリーネ」と瞬時に表示されました。そうだ、そうだった。AI、すごい。

 花言葉 - 『あたたかい心』『信じる心』

 『あたたかい心』 - 相手を思いやり、いたわる優しい気持ちや精神
 『信じる心』 - 物事を真実であると受け入れる感情や態度

 どちらもAIの回答になります。なるほど、と納得させられる言葉です。

 翻って自分はどうだろうか・・・ある側面ではできているけれど、そうではない自分もいるなと思ったり。一人の人間として、そうありたいと願うところではありますが、私にはまだまだ手の届かない遠い遠い心の有り様です。

 それでも若いときの自分からは考えられないくらい心は変わりました。歳とともに物事の見方や考え方が大きく変化し、何でも許容でき心乱すことなく穏やかに対応できている自分を感じています。不思議ですが、肩に力の入らないとても楽な生き方ができています。

0

高校時代の記憶

 華道部の活動の日、教室に足を運ぶと生徒は真剣にお花を生けておりました。与えられる花材は同じであっても生ける4名それぞれの個性が表れます。主役の花、引き立てる花などどれに主眼を置くかによって作品は異なります。本当に奥が深いです。

 生徒はうーん、と頭を動かし配置を考えながら、さーっと生けていきます。先生が最後にちょっとしたアドバイスを与えて完成です。完成後、スマートフォンを向けて自分の作品を撮影している姿は、前にも書きましたが、とてもいいなと感じます。家に帰って保護者等に見せて(いや、今は見せるのではなく写真をしゃっと送る)くれたらさらにいいのにな、と思いながら見ていました。

 一見簡単そうに見えますが、センス良くお花を生けるのは難しい、ということを私は経験的に理解しています。自宅の庭に咲く花々を花瓶に挿して室内でも楽しんでいますが、思うような形にできません。私はそうしたセンスを持ち合わせていないようです。「花を切ったよ」と妻に渡し、妻が花瓶に挿す、という分担になっています。

 活動が終わった後、作者の生徒に連れ添って3名が校長室にやってきました。うち1名は華道部に所属していますが、もう1名は仲の良い友達。3名とも3年次生ですから、順調にいけばもう少しで卒業となります。3年次生とはここまで9ヶ月のお付き合いですが、どの生徒も私にきちんと挨拶をしてくれますし、話しかけてくれたり、逆に話しかけても嫌な顔もせず笑顔で応えてくれる・・・どの生徒も可愛らしく、3月のお別れのことを考えると寂しい気持ちが込み上げてきます。

 「オレ、校長室初めて入ったぁ」とこそこそ話をしています。生徒にとってはなかなか入る部屋ではないのでしょうね。「結構、いろいろな生徒が校長室来るんだよ」と言うと、「えっ、そうなんですか、何しに来るんですか」と目を大きくしているのがこれまた可愛らしい。「話をしに来てくれたり、何か持ってきてくれたりね」「へぇーっ」

 今日あったことを明日想い出すことはできます。でも、その記憶は時間の経過とともにどんどん薄れていきます。あったことのすべてを記憶として残すことはできません。「せっかくだから3人並んで写真を撮ってあげるよ、そしてこの写真をホームページに掲載するよ」と言うと、「オレ、華道部でないから関係ない」などと3名がふざけあっています。こうしたところも高校生らしくていいものです。きっと私にも同じようなことがあったのかもしれないな、思いながら写真を撮りました。

 私が撮った1枚のスナップ写真が、3名それぞれの高校時代の記憶を引き出す何かになってくれるのであれば嬉しいですし、そんな願いを込めて撮りました(撮った写真は生徒にお渡ししました。すごく喜んでくれました)。 

0

「ありがとうございます」

 みんなが楽しみにしている体育祭が近づいてきました。体育館での練習にも熱が入ってきている頃だと思います。3年次生にとっては、高校最後の大きな行事となりますから、各種目の優勝を目指して盛り上がっているのでないでしょうか。

 12月11日(木)放課後16時過ぎの生徒会室では、執行委員の面々がパソコンの画面をのぞき込み、体育祭の準備をしていました。新しい執行委員として初の大仕事です。成功させよう、と力を合わせ黙々と仕事をしてくれています。

 おそらくほとんどの生徒はこの姿を知らないはず。本当は全ての生徒に執行委員の姿を見て欲しいのですが、それは難しいので校長の小部屋にて紹介させていただきます。

 誰かがやらなければならない、誰かがやってくれないと成立しない - こうしたことはコミュニティの中で必ず起こってきます。みんながそっぽを向けば次のステップに進まないことはわかっていても、自分から積極的にその誰かになろうとはしません。真っ先に頭に浮かぶのは、面倒なことに足を踏み入れる必要がない、ということです。私自身もかつてはその一人でした。

 意を決してその誰かになってくれる人がいるのなら、そこは素直に応援してあげなければならないと私は考えます。自分の代わりにやってくれていると思ったら、文句ではなく感謝の言葉しか出てこないはずです。私はそういう心を持つ人を育てたいと思っています。何かをしてくれたら「ありがとうございます」と言える人になって欲しい。

 4月に管理職員の初の打ち合わせをしたときに、私は「ありがとうございます」を互いに言える関係でいましょうね、と言わせていただきました。人間関係を築き上げるうえで一番大切なことと信じているからです。これは現在も実践中でありますし、私がこの仕事を終えるまで大切にしたいと思っています。

 「ありがとうございます」すごく簡単な言葉ではありますが、相手を尊敬し、相手に感謝の気持ちがなければそう簡単に言える言葉ではありません。ただ、自分のためにやってくれているんだ、自分の代わりにやってくれているんだ、と発想を転換すれば、自然と「ありがとうございます」は言葉として出てきます。

 少し難しい話をしましたが、執行委員のこの姿を見たら、体育祭で思い通りにいかないことやジャッジのミス、負けたイラ立ちなど個人的感情によって、周囲に迷惑はかけられないな、と思うはずです。いい形で完結させるために自分はどうあるべきか、そう考えるはずです。試合に負けるより勝つ方がいいに決まっています。ただ、それよりももっと大切なことがある、そのことを生徒の皆さんには知って欲しい。そういう体育祭であって欲しいと願っています。

0

音楽室の窓から

 こんなに真っ白になってしまいました。

 最近は、出勤前の除雪、帰宅後の除雪で1日2回の除雪をしています。管理職になって苫小牧と北見に2年ずつ単身赴任し、どちらも冷え込みの厳しい街ではありましたが、雪が少なく、年に数回の除雪をするだけで済みました。札幌の自宅の除雪もここ数年間はしておらず、ずいぶん楽をさせてもらっていました。そうしたこともあって冬の除雪という概念が私の中からすっかり消えていました。

 道内でも有数の豪雪地帯である美唄。中空知出身の私ですが、美唄は違うぞ、と感じる今日この頃です。そのような中にあっても、生徒は毎日元気に登校しています。登校までの道のりで真っ白になりながら、生徒玄関をくぐってきます。「おはようございます」が交わされる生徒玄関ホールに立ち、私は「この子たちは逞しいな」と思いながらお迎えをしています。夏場は自転車でさーっと登校できても、冬場は徒歩になります。てくてく歩きながら何を考え学校に向かってきているのだろう・・・いつもそうしたことを思ってしまいます。

 私は冬以外は自転車で通学していました。雨の日も自転車でした。混み合うバスの車内が苦手でしたし、何より空いた座席に座ると先輩たちから睨まれたり、直接文句を言われることが嫌だったのです。それなら乗らない、と意地を張ったわけです。でも、冬だけはどうしてもバスを利用せざるを得なかったのです。仕方ないとは言え、私にとっては苦痛でした。

 自分は何を考えて登校していたのだろう - 当然のことながら想い出すことはできません。学校のことよりも、別なことを考えていたのかもしれません。高校を出た後のこと、家を出ることへのあこがれ、好きな音楽やレコードのこと、途中になっている小説の続きのこと、恋人のこと、次に買おうと思っている服のこと、札幌でのライブのこと、学校帰りのボウリングのこと、行こうと思っている映画のこと、でも勉強のことも・・・こうしたことを考えて通学していたのかなぁ。

 さて、車を運転する者として道路を歩いたり走ったりする歩行者として、冬の路面状況は大変危険で注意が必要です。道幅も狭くなり、交差点に積み上げられた雪で見通しも悪くなります。

 生徒の皆さんは、登下校はもとより外を歩くときは、周囲の状況を的確に判断し、自分の命を守る意識を今まで以上に高めてください。

0

最先端技術

 本校の教育活動に対し、株式会社岸本組様(美唄市光珠内)からは多大な御支援をいただいており、直近ではポータブルクーラーと大型扇風機の寄贈がありました。感謝の意を込めた感謝状贈呈式を6月上旬に執り行わせていただいた際、短い時間ではありましたが、岸本社長様と懇談いたしました。私は厚かましくも建設業における最先端技術(ドローン技術)を生徒に触れさせたい旨の話をしました。

 「持ち帰ってすぐに検討します」と引き受けてくださり、まもなく授業プランを作成して所属職員とともに私のところに来てくれました。外でドローンを飛ばし、校舎全景を撮影した後に3Dプリンタで校舎模型を作り上げていく、というものでした。想像を超えるプランでありましたが、本校の授業スケジュールの都合もあり、秋の実施が困難になり、冬場の実施になってしまいましたが、室内の授業プランを再構築していただき、昨日(12月9日)とうとう実現したわけです。

 私は、ドローンを操縦することの楽しさだけを知ってもらいたいのではなく、ドローンが何のために使われ、ドローンを使うことによって何ができるのかを知って欲しい。そして、最先端技術を活用した建設業と働く方々の生き生きとした姿に触れて欲しい。そこで働く自分の姿を想像し、進路の在り方を考えて欲しい。こうした思いがあります。今回は、美唄尚栄高校、そして前身の美唄高校の卒業生も岸本組様の一員として来校していただきました。身近な先輩たちの姿を見ることができたのは生徒にとって大きな意味があります。

 岸本組様が高校に出前授業の形で関わるのは初めてのこととお聞きしました。全社員の4分の1を超える方々が御多忙な中、本校の生徒のために時間を割いて来校してくれました。社長様を始めとするすべての方に、この場をかりましてお礼申し上げます。ありがとうございました。

 本日の取組が単年度で終了するのではなく、持続可能な取組になるようにしていかなければなりません。生徒に興味を持たせ、将来美唄市内の建設業界で活躍してくれる人材を育成する責任も私たちには課せられています。

0

真冬の花火

 長男が真冬の花火大会のチケットを送ってくれました。今年も夏から秋にかけてあちらこちらで花火の打ち上げがありましたが、今年はシーズン中に見ることはありませんでした。自宅周辺でも、いくつかの高校の学校祭で花火を打ち上げていたものの、どーん、どーん、と音の響きだけを聞きました。車で数分のモエレ沼公園の花火大会も音だけ、ずっと向こうの豊平川の花火大会もどーん、という音だけに終わりました。

 空知川の河川敷に面した小さなアパートに住んでいた頃、土手の向こう側で打ち上げられる真冬の花火を妻と二人で見たことがあります。おそらく何かのイベントの一環だったような気がします。つーん、と冷え込んだ空に広がる花火を震えながら見た記憶があります。空気が澄み切っているからなのか、それはずいぶん綺麗に見えました。

 あれは学校としても本当に大変な時期で、先生方のほぼすべてが学校祭そのものを実施することに疑問を抱えるような状況下で、でも、生徒会の先生方を中心に「学校として初めての花火を上げるんだ」と奔走していた姿を今でも覚えています。当時、私は3年生の担任でした。6人の担任が集まり、こうしようああしようと、自らのクラスと学年の安定に毎晩頭を揃えて話し合っていました。これは1学年も2学年も同様だったと思います。

 グラウンドに上がった花火。私は、この花火が学校が変わる起点になったと思っています。総勢750人の生徒と教職員が打ち上がる花火に心をひとつにしました。連続する大輪の錦冠菊(にしきかむろぎく)「しだれ柳」が最後静かに暗闇に吸い込まれた後、そこにいたすべてが大きな拍手を送りました。すれ違いだらけだった心がひとつになったその瞬間に私は鳥肌が立ちました。「あぁ、これで大丈夫だ」と。「生徒会はすごいな」と。

 花火を見ると私はいつもあのときのグラウンドを想い出します。人生で一番心に残る花火です。この日、打ち上がる花火にやはりあの時の花火が重なり、苦楽をともにした先生方の顔まで浮かんできました。教え子は33歳になっています。

 花火が終わった後、リフトに乗って展望デッキまで上がりました。札幌の夜がきらきら輝いていました。「昨日が満月だったんだよ。でも、綺麗に見えるね」月の満ち欠けを気にしている妻がそっと言いました。

 白く輝く月はくっきり夜空のたなびきを演出していました。

0

青春時代の公衆電話

 その昔は至る所に公衆電話がありました。駅やバスターミナルには複数台設置されていて、利用したい人が並んで自分の順番が来るのを待っていました。出先ではなくてはならない大切なものだったような気がします。

 長く通話するなら100円を、そうでなければ10円玉を握りしめて、最後の10円玉を入れたら残り通話時間3分。間違っていなければ市外への通話時間はもっと短かったと思います。あれはたしか、中学生に上がるくらいのときに(40年前)テレフォンカードが普及し始めました。500円分、1000円分のテレフォンカードをもらうと嬉しかった。

 これだけ携帯電話が普及したので、公衆電話そのものに目がいかなくなったのですが、本校の正門を出て左側30メートルほどのところに電話ボックスが設置されています。雪が積もったこの日もガラス張りの空間の中に緑色の電話機が灯されていました。

 私は毎日の通勤で電話ボックスの横を通ります。そのたびに電話にまつわる数々の出来事を想い出します。公衆電話に限ったことで言えば、大学時代の下宿に設置された電話機と下宿から50メートル先にあった電話ボックスです。

 「一年は玄関先の電話機の呼び出し音3回以内に出ること」これが下宿のルールでした。20名ほどが居住する大きな下宿で、入学式前に私を含めた1年生が全員入居した夜に、狭い6畳間に集合させられて先輩から言われた最初の言葉でもありました。1年生は5人でしたので、呼び出し音が鳴った瞬間に5名とも廊下に飛び出して電話機に走って行くようなことが毎日でした。

 下宿の電話機に先客があると、私は歩いて電話ボックスに向かいました。そこにも先客があると近辺をぶらぶら散歩して時間を潰しました。そうやって一台の電話機を利用しました。これは私に限ったことではなく、おそらくみんながそうだったと思います。

 当時お付き合いをしていた女性と時間を決めて電話機でつながることが楽しみでもありました。「22時ちょうどに電話するから」という具合に。約束はほとんどが守られましたが、その晩だけは父親らしき人が出て、何が気に入らなかったのかこっぴどく怒られた記憶もあります。すべて懐かしい想い出です。

 気になって総務省のホームページを見ると、公衆電話の設置についてこのように書かれていました。『社会生活上の安全及び戸外における最低限の通信手段を確保する観点から、公道上、公道に面した場所その他の常時利用することができる場所又は公衆が容易に出入りすることができる施設内の往来する公衆の目につきやすい場所に、市街地においては概ね1km四方に1台、それ以外の地域においては概ね2km四方に1台という基準に基づき設置される』とのことです。

0

可愛らしい空間

 昨日に続き、展示の話になりますが、この写真はいかがでしょうか。

 浴衣、ワンピース、エコバッグ、ポーチ、ペンケース、ポケットティッシュケースなど、布細工が所狭しと展示されています。

 デザイン系列で学ぶ生徒の作品が展示された可愛らしい空間(廊下)です。生徒玄関と職員玄関から少し離れた位置にあるので、来校する全ての方の目に留まらないのが残念です。この場所はこの場所として、何とかしてもうひとつ展示場所を動線の多いところにしたい、と考えています。

 ここは、4月に着任して校舎の全てを見て回り、いいなと思った場所のひとつです。これは特色のひとつになる、と思いました。パーっ、と明るく広がりを見せる可愛らしい空間 - 素敵だな、と。勤務してきた学校、出張等で訪問した学校など数々ある中で、このスタイルは見たことがありません。自慢できる場所のひとつです。

 自分で作ったものを多くの人に見てもらえる機会は、そう多くあるものではありません。生徒にとって素晴らしい経験になりますし、こうした展示を積極的に行ってくれる教職員にも私は感謝します。今年度、北海道教育委員会は『生徒を主語にした教育活動』を掲げています。私はこうした取組が実践のそのひとつであると考えます。

 この先の人生、忙しさの中で多くのことを犠牲にしたり後回しにしてしまったり、いつの間にか忘れてしまっていたり・・・慌ただしさの中で見失うものの多さに気付くときがきます。何かの拍子に、?となり、自分に向き合うときが必ず訪れます。

 自分に何ができるだろうか、自分は何かに挑戦できるだろうか、自分が一番やりたいことは何なのだろうか・・・そのときに自分の手でひとつのものを作った経験が生かされるときが来るかもしれない。どこでどうなるかなんて誰にもわからないわけです。

 もう一度、高校のときに作ったバックを作ってみようかなぁ - このことがきっかけになり、作品をインターネット上に紹介し、誰かが興味を示し購入してくれるかもしれない。趣味からやがて起業につながるという展開だってあるかもしれません。

 レールに乗るしかなかった生き方が、今は自分でレールを敷いて生きていく時代に様変わりしています。『探究的な学び』、『体験的な学び』を大切にしている意味は多々ありますが、そのひとつに、「たったひとつの経験が自らのレールを敷き、生きていくことにつながっていくんだ」ということを生徒には知っていてもらいたいです。

 高校時代に素晴らしい経験ができている自分を誇りに思ってください。 

0

小さなほころび

 生徒が作ったものをみんなが見えるところに飾ったり掲示して欲しい、と何度かお話しました。最初は先生方も遠慮気味でしたが、廊下を歩くとたくさんの作品を目にすることができ嬉しいです。私よりも生徒が一番嬉しいと思います。

 学校のことや生徒のことをこのブログ内で褒めるのもどうだろうか、と思いながら書きますが、生徒は誰一人として作品にいたずらするようなことがありません。8ヶ月様子を見てきていますが、皆無です。そんなこと当たり前でしょ、と思われるかもしれません。しかし、学校現場においてはこれが当たり前ではないということを私は経験的に理解しています。どこかがちぎられていたり剥がされていたり、引っ張ったり外したり・・・小さないたずらを私はたくさん見てきました。

 過去に遡り、小さなほころびを見逃すことなく生徒を育ててきた教職員の賜だと思っています。いつまでもいつまでもこの状態が続いていくように、私たちは教育活動を行っていかなければなりません。

 朝一番、そして、下校を迎える時間、私は生徒玄関に足を運び、ツリーのイルミネーションを点灯させています。多少の電気代はかかるかもしれませんが、輝くクリスマスツリーのもとに登校、下校して欲しいのです。気持ちのざわつきがもしかしたら穏やかになるかもしれない - そんな願いを込めて点灯させています。

0

クリスマスツリー

 12月1日(月)の放課後に、生徒会執行委員と担当の教員が中心となって飾り付けをしてくれました。私の身長(180センチ)を超える大きなクリスマスツリーです。飾り付けしてくれた皆さん、ありがとうございます。生徒玄関は、生徒が必ず2回通るところですから、クリスマスツリーを見て、毎朝毎夕気持ちがほっこりしてくれたら嬉しいです。私も嬉しくなって、2日の朝に記念写真を撮りました。

 大人にとっては気にも留めない小さなことかもしれません。でも、多感な生徒にとっては大きなこと。私はクリスマスツリーの展示に大きな意味がある(信仰する宗教等の話は抜きにさせてください)、と思っています。いつからこの取組が始まったのかは確認していませんが、思いつき実行した最初の誰かを私は尊敬します。『生徒の喜ぶ姿を見たい』『生徒のためにやってあげよう』その思いが、こうして現在に至っているのですから。

 生徒と教員の信頼関係の構築は、小さなことの積み上げです。生徒のためにやってあげられる小さなことを重ねていけば、それはやがて学校全体の雰囲気をも変える、そう信じています。

 玄関に立っていると「クリスマスツリー飾ってくれたんですね」と生徒たちが私に話しかけてきます。きっと嬉しかったんだと思います。執行委員の生徒が登校してきたときに、「飾り付けありがとう」と私はお礼を言いました。いい笑顔で「はい」と返してくれました。

 学校祭の終わりに先生方が集まった会で、12月にクリスマスツリーを展示することを聞きました。私はそこでひとつのアイデアを提案しました。そういうことがあってもいいよね、と。それが(ここでは書きませんが)実現するのかしないのかはわかりませんが、何か生徒に考えさせたらどうだろうか - ひとりそんなことを思っています。本校の生徒であれば安心してひとつ預けてやらせてあげていいだろう、と。

 子どもたちが小さい頃、私が設計、製作したロボット工作をクリスマスプレゼントにしていました。まだ、何もわからない二人はセンサーの反応で走行するロボットをきゃっきゃっと床を這いながら追いかけていました。最後は線が切れて、シャーシが壊れて、というのが定番ではありましたが、20年以上も前のことがつい昨日のように思い出されます。私の手づくり電子工作プレゼントを喜んでくれた期間はあまりに短く、次は宇宙戦隊ロボット、野球盤、電子ゲーム機、テレビゲームのソフト、そして最後は哀しくもお小遣いになり、高校を卒業し家を出て行きました。

 親父が何か作ってクリスマスプレゼントくれたよな。そのことを二人が覚えてくれていれば嬉しいのですが・・・またまた私のエピソードを書きました。

 30万アクセスを迎えることができました。今後も本校の教員が、ホームページ、インスタグラム、noteを更新してまいります。お時間のあるときにお読みになっていただけますと幸いです。

 今後とも何卒よろしくお願いいたします。

0

今年も残すところ

 昨日、午前中から午後まで美唄市内は強風が吹き荒れました。生徒が下校時刻を迎える頃には風は収まりましたが、校長室の窓ガラスはバタバタガタガタと割れんばかりの音を立てていました。

 あっという間に12月です。今年も残すところ、というところになりました。生徒玄関に立ち、生徒を迎えていると、「今年もあと30日になりましたね」と1年次の男子生徒がニッ、と笑いながら私に話しかけてきました。「あと、30回寝たらお年玉がもらえるね」と私が言うと、「お年玉楽しみですねぇ」と言いながら階段を上がっていきました。4月、5月はどことなく中学生の雰囲気が残る1年次生でしたが、今ではすっかり高校生の顔になりました。みんな成長しました。

 「おはようございます」と先に生徒から挨拶してくれるのが嬉しいです。これが当たり前のようで意外とそうでもないのです。学校の様子は、生徒の挨拶、生徒玄関の下駄箱の使い方、教室の整理整頓でほぼわかります。これができていないと次の段階(授業、行事)に進みません。長い時間をかけて積み上げてきた結果が現在であり、これを維持するとともに、現状に満足せずに更なる高みを目指して教育活動を行わなければなりません。

 話はつながりませんが、昨晩のこと。風が止み、雨が上がったのを機に外に出ました。誰もいない美唄駅のホームです。もしかすると今晩から冬景色のホームに変わるかもしれません。  

0

集中して、無心に

 土曜日の夕刻、第69回全道学校書道展(札幌市民ギャラリー)に本校生徒の作品が展示されているので、妻と一緒に見てきました。小学生から高校生までの作品がずらり並び、見つけるのにかなり時間がかかりました。足を運んで自分の作品を見てくれていたら嬉しいな、と思いながら、でも、わざわざ札幌までは遠いだろうし・・・我が子の作品を是非保護者等の方に見て欲しいです。この写真から伝わればいいのですが。

 今回展示された人もそうでなかった人も、作品づくりをしているときの自分を思い返してみてください。その時間だけは余計なことは考えず、集中して、無心に筆を走らせている自分がいませんか。

 先を見通すことが困難な時代、複雑な人間関係の中で生きていますから、頭の中では常にあれやこれや考えてしまっています。見えない答えに不安を抱えたり、時間の流れについていけず疲れたりします。私も同じです。

 私は過去に体調を壊した経験から、あえて考えない自分づくりを大切にしてきました。今も実践中です。物事に向き合わず逃げるということではなく、考えても答えが出ないもの、考えても仕方ないこと、考えても堂々巡りすること、考えても負のスパイラルになることについては、一切考えないことにしています。心に決めてその日から考えない自分になれたか、というとそうではありません。相当な時間がかかりましたが、そうするために、好きなことに集中する(無心になる)時間を一日の中に持つことを意識し実践してきました。それが功を奏したのか、今では肩に力の入らない楽な生き方ができています。

 先ほどの話に戻りますが、書道はまさにそうした時間が作れる絶好の機会ではないでしょうか。一人ひとりの集中と無心が作品の全てになっている - そういうことを考えて作品を見ると、見方が変わると思います。

0

テストの終わりに

 本日がテスト最終日。これが終わったら・・・と考えながら、この期間を過ごしてきたはず。部活動のスタート、来月の体育祭に向けた練習、アルバイト、まずは寝る、受験に向けた準備再開、友達の家へ、何かを一緒に食べに行く、などなど、それぞれの時間を過ごすのだろうな。テストが終わるのって、嬉しくて何故かわくわくしますよね。そんなことを思いながら、私は後ろからそーっと教室に入り、写真を撮らせていただきました。

 さて、これが最後になるだろう(本当にそうなりました)と決意して受け持ったクラスの最後の文化体育大会。体育系種目にソフトボールがあって、そこでの優勝を目指し(24クラスの乱戦ですから優勝はすごいことです)、私の知らないところで生徒たちが集まって秘密の練習をしていました。そのことを知ったのは大会の数日前でした。「先生、オレたちね、実は朝とか夕方集まって練習してたんですよ。電子機械科の奴らに勝って優勝しますからっ、優勝したらみんなで焼き肉やりましょ、先生お金出してくださいよ」(残念会の焼き肉はしませんでしたが、卒業式前日に生徒がお店貸切の手配をして、卒業祝いの焼き肉をみんなでやりました)

 学校の外でグローブやバットを持って集まり、わいわい楽しみながら練習していることが、とにかく嬉しかったです。どこに集まっていたのかはわかりませんし、どんな練習をしていたのかも定かではありませんが、こうしたことが高校時代の良き想い出として生徒たちの心に植え付けられるわけです。やがて、大人になりどこかに集まったときに、「あの時練習したけど、勝てなかったよなぁ」と懐かしむことができる - 今はわからないだろうけど、ずっと先にこのことがわかるはず。私はそう思って見守りました。

 教室で見せる顔とは違った姿がグラウンドにありました。失敗を責めない前向きな言葉やスイングに一喜一憂する表情、ファーストベースに全速力で走る姿、ホームベースを踏むごとの歓声、勝った感激に抱き合い飛び上がる姿・・・生徒一人ひとりの成長を感じた瞬間でもありましたし、そのすべてが愛おしい時間でした。そうした姿を見ることが私は大好きでした。

 3年間、いいことも悪いこともたくさんありました。人と人が接触する学校は毎日がドラマであり、何も起こらないことはまずありません。私は起こらないことを望むのではなく、ドラマの脇役(主役は生徒です)として起きたことに誠実に向き合うことを意識してきました。実にさまざまな出来事がありましたが、その一つひとつが生徒一人ひとりを成長させ、教師としての私も成長させてくれました。特に最後となった担任業務の3年間は、40人が私にたくさんの宝物を授けてくれました。この仕事は、生徒に感謝なんだ、と思います。

 テストの終わりに昔を懐かしませていただきました。

0

誕生日

 先日、誕生日を迎えました。東京に住む長男からはLINEギフト(時代を感じます)、次男(社会人1年目)は夕食代を持ってくれ、妻からは手袋ともうひとつ大きなプレゼントをもらいました。母からは毎年、お菓子とお祝い金が送られてきます。弟たちからはお祝いのメールが。幸せな55歳の誕生日になりました。

 ひとつずつ歳を重ねていきますが、気持ちだけは20代、30代。ただ、肉体的にはそれなりの状態であることは否定できません。先日、ランニングウォッチが、何かの拍子にデータ解析したようで、いきなり40代前半である旨の画面を表示し、よしよし、と嬉しくなりました。どこかで測定してもらった血管年齢が60代と言われた妻が、あまりに失礼すぎる、とぷんぷん怒っていたのを思い出し、あまり得意にならないように小さな声で妻に伝えた次第です。

 さて、私の弟たちもみんな50代になりました。不思議な感じがしますが、電気技師、ピアニストとしてそれぞれ活躍しています。父が早くに亡くなったこともあり、私は父親代わりであるとの意識をうっすらと持ちながら生きてきました。特に何かをしてきたわけではありませんが、幼き頃から父に「お前は長男なんだから」「長男らしく」と言われ続けてきたことも、そうさせた理由かもしれません。当時、私は大学生で、二人は高校生でしたから、いろいろと不便はあったのだろうと思いますが、さまざまな困難を乗り越え、今では私より立派に生きています。

 何かあれば大学時代に戻りたい、と思っていましたが、もうそう思うことはなくなりました。私は静かに今の自分を受け入れ、50代である自分を楽しみながら生きています。その年齢を楽しむ余裕ができたのかもしれません。50代、それはそれでなかなかいいものです。

 母からもらった小さな包み - 母からすれば私はいつまでも子どもなんだなぁ・・・そう思いながらこれを書いています。私にとっての誕生日は特別です。普段はゆっくり考えない母のこと、妻のこと、子どものこと、弟のこと、そして自分のことに思いを馳せる貴重な一日となります。

 皆様の誕生日はどのような感じでしょうか。

0

そば

 授業の中でそばを打ち、できあがったそばを私のところに。味と風味を感じて欲しい、ということで音威子府産新そばと昨年の幌加内産そばを分けて持ってきてくれました。授業の中でそばを打つのは今年度初めての取組とのことです。この先も続けて欲しいです。今年のものと昨年のものでは、香りも味もこんなに違うんだなぁ、と思いながらいただきました。ありがとうございます。

 私はそばは打てません。室蘭の高校に勤務していた時に、学科の研修旅行で一度だけ打ったことがありますが、それ一回きりです。持ってきてくれた生徒は家でもそばを打って家族で食べているとのこと。そんな生徒を私は心から尊敬します。

 美唄尚栄高校はどんな学校何だろう - 私は衣食住をひとつに学べる学校と考えています。物事の基本や成り立ちを知る(文理教養)ことを土台にして、衣(デザイン)食(フード、デザイン)住(情報通信マネジメント、メカトロ・エンジニア)、つまり、人が生きていくために必要なことを学ぶ学校。そのすべてが揃った学校はそう多くはないはず。

 人が生きていくための根幹になる『食べる』ことについて思いを巡らせるとき、食べることは基本中の基本ではあるけれど、食べる前のことができるかできないか、如何でしょう。自分で食材を選んで購入し自分の手でつくる。できる人できない人、している人していない人・・・そう簡単なことではないのではないでしょうか。

 難解な問題を解ける力も必要かもしれませんが、私は人が生きていくために必要な知識と技術、技能を高校生の段階で身に付けることは大切だと思っています。私自身、高校生の時にこのようなスキルを身に付けていたらもっと違う人生があったかもしれない。退職後に専門学校に通うことをイメージしている私にとっては、60歳から身に付けることではなかったかもしれないな・・・と思うところです。早ければ早いほど良かったと。

 「あなたたちは、長い人生の中で何かやろうと思ったとき、そばを打つお店を持ったり、パンのお店、ケーキのお店を持ったりできるよね、今習得している知識でそうした生き方を選択することができるよね。それって誰もができることではないからすごいことだよね。あなたたちがうらやましいよ」二人に話をしている自分がいました。

 決して無責任な発言ではありません。もう、セオリー通りの生き方が求められる時代ではありません。いろいろなことに信念を持ちって挑戦し、実現していける時代です。今のスタンダードが、半年後、1年後、2年後には時代遅れになっている可能性もあります。レールに乗っていることだけが必ずしも安定を生むとは限らない時代になっています。

0

心を込めて

 11月8日の記事「生活に生きる書 教室名を作成」で投稿しておりますが、「教室名を筆文字で書いてみる」という生徒の発案により、管理職に向けたプレゼンが行われました。私たちはこういうことをしたいのです、という強いメッセージが、我々管理職にも伝わり、是非お願いします、ということになりました。その後の様子です。

 少し時間ができたので、タブレットを持ちながら3階と4階で行われている授業の様子を見て歩きました。私はいつも遠慮することなく教室の中にずかずか入っていきます。生徒も慣れているので別段驚くこともなく、いつも通りのスタイルを貫いています。私に手を振る生徒、こんにちはと声をかけてくる生徒、ぺこり頭を下げる生徒、居眠りの生徒・・・それがまた自然でいい。こういう所が本校の生徒の良いところで可愛らしところ、と思っています。どのクラスも落ち着いた授業が展開されていて、生徒は安心して学ぶことができる環境にあることもPRさせていただきます。

 さて、熱心に筆を走らせる生徒が3名。書いて書いて書き続けている。ゴールは自らが納得したとき。完成ではなさそうですが、これだけ心を込めて丁寧に書かれたものならば、プレートが掲げられたときの重みを感じます。途中の過程を見ることができて本当に良かったと思いました。下の余白に自らの氏名が刻まれたプレートが校舎内に残るのっていいですよね。こんな素敵なプレートがある学校は日本中どこを探してもないのではないでしょうか。(写真の氏名は加工しております)

 3年次生はまもなく高校卒業のゴールを迎えます。ゴールテープがちらちら見え始めてきている。私は3年次生とはここまで約9ヵ月のお付き合いしかありませんが、その間にも生徒一人ひとりが直面した課題や経験の一端を見聞きしています。楽しかっただろうな、辛かっただろうに、よく登校してきているよね、悲しみをどのように笑顔にかえているんだろ、社会に出る不安でいっぱいでしょ、このまま卒業しないで高校生でいたいよね・・・

 みんなそれぞれに多くのことを抱えて生きている。私は生徒からそのような心の叫びみたいなものを感じ、いつも勝手に胸を目頭を熱くしています。私も高校3年生、たくさんのことを抱えて生きてきて、それと重なる部分がたくさんあって、でも、何とか乗り越えてきました。みんなも乗り越えられるはずです。

 誰かの心のこもったメッセージは、受け取る人の心にじゅわっと奥深いところまで染み込んできます。必ず伝わります。心を込めて話す、心を込めて聴く、心を込めて想う、心を込めて受け止める、心を込めて書く、心を込めて・・・

 いつか心を込めたプレート文字が完成し私のもとに届けられるのでしょう。そのとき、私は生徒の想いや願いをしっかり受け止め、感謝の気持ちで受け取ろうと思っています。

 本日、不在となりますので、タイマー設定でこの記事を更新いたします。

 いつも御訪問いただきましてありがとうございます。

0

そこにあるそのものが

 11月18日 19時34分 美唄駅 

 私は、やはり、今夜もランニングシューズ(冬用)を履いて外に出ていました。

 退勤時、職場から借家までの数百メートルを歩きながら、これからの晩御飯のことを考え、それを終えた後のランニングをどうするかを考え歩いていました。道路はこのとおり滑るし、寒いし、疲れているし、転んだら怪我をするし、面倒だな、どうしようかな・・・外に出ない理由をいくつも頭に並べて借家に到着です。

 毎日ランニングをしている私でも、毎日走る走らないの葛藤をしています。軍配はいつも『走る』。どうでもいいような葛藤ではありますが、このことを13年間毎日繰り返せている自分はある意味幸せなんだろう、と思ったりしています。ずっと昔は、「えっ、走るの?こんな時間から」と妻に言われたものですが、 その言葉はいつの間にかなくなりました。「いつ帰ってくるの」「10キロだから1時間後」「その頃に合わせて風呂入れておくから」「わかった、お願い」

 葛藤の末に走ると必ずいいことに巡り会えます。だから、やめられないのです。走らなければ見られなかった一瞬の景色は、お金に換えられない満足感を与えてくれる。これを知ってしまったが故のランニング。人はありきたりの景色じゃない、と言うでしょう。当たり前の日常でしょ、と言うでしょう。でも、私には感動的な景色です。外に出たことが正解だったな、と毎日思わせてくれる。私の感動した気持ちがこの写真から伝わればいいのですが・・・

 作り上げる美しさよりも、そこにあるそのものが一番美しいのではないか、と思っています。まだまだ美唄の一部分にしか触れていませんが、町の名のとおり、美しい、です。

 札幌の自宅は、徒歩3分、250メートルのところにJR駅があり、私の生活に密着していることもあり、行く先々で駅のある風景、電車が往来する風景が気になります。美唄を拠点としたランニングはいつも駅の界隈を走るコースになっています。

 本校のホームページですが、一昨日から昨日の24時間で4500アクセスをいただきました。本校の教育活動を教職員が熱心に更新しております。これからも御覧ください。よろしくお願いいたします。

0

一歩踏み込む

 毎日デスクのお花を眺めています。花好きの私、ただそれだけで嬉しいです。

 どうですか、この写真。こういう見方をすると違った世界を感じませんか?知らなかった世界が見えませんか?私の趣味とする写真やカメラのことはいくつかの話の中で書いてきたところですが、風景写真だけではなく、クローズアップした花の写真を撮ることも大好きです。

 マクロレンズ越しに見る世界に魅力を感じたのは30代半ば。以後、花を求めてずいぶん野山を歩きました。私の山歩きは頂上を目指すものではないので、名もない裏山でも構いません。途中に咲く花が見られればそれでいい。足元に咲く花を撮影して、そこで満足したら入口だろうが三合目だろうが下山です。頂上を目指す人もたくさんいるのに、人って目的がさまざまで、それぞれ違っていておもしろいですよね。

 作品の全体像は先日お見せしましたが、ここだけに着目した今日の写真と比べてみてください。全体からは見えなかったひとつ、しかもそのひとつを構成する細かな要素にまで目が行き届く・・・おもしろさがわかりますか。

 学校も同じです。廊下から教室を覗く。そこには30人の生徒がいます。一歩教室に踏み込み、一人の生徒を見る。遠くからは見えなかったものが多々あることに気付く。私は『一歩踏み込む』ことを大切にしてきました。

 26歳から30代半ば、出口が見えずあのどうしようもないどんよりした時間の中で、私は多くのものを見失ってきました。何を目指し何が大切で何を間違ったのか。これから自分は何を頼りに何を身に付け何をすべきなのか。辞めるべきか続けるべきか・・・重たいカメラバックを肩に提げ、三脚を左手に、首からぶら下げたカメラに縋って野山を歩きながら、そんなことを自問自答し写真を撮っていました。
 
 望遠レンズでお花を引っ張ってくるのではなく、ゆっくり腰を下ろし、足元の小さな花に顔を近づけ目と鼻で感じ、マクロレンズをとおして一枚に納める - その繰り返しの中で私はぼんやりとした何かを掴みました。マクロレンズの世界の中に、暗闇だった空間にうっすら光が灯り、出口出口へと私を誘ってくれました(体調が良くなるまでにはそこからさらに5年ほどかかりましたが)。振り返ると本当に苦しい経験をしてきたな、と思います。いらない廻り道、でも、それはそれで良かったかも、と思ったりもしています。

 遠く離れて外側だけから見るのではなく、思い切って一歩踏み込みそこだけに着目して見てみる。

 考え方だけではなく、生き方さえも変える出来事になる・・・私自身の経験談です。

0

かなうさ(叶うさ)

 先日、学校見学会に参加していただいた美唄市立東中学校2年生に、メカトロ・エンジニア系列で製作したアクセサリーをお渡ししました。これを見て、私は『合格絵馬』ならぬ『合格かなうさ』だと思っていますが(どうか御利益がありますように)・・・

 本校には公式マスコットキャラクター『かなうさ』が登録されており、私はこの『かなうさ』を何とか活用できないものか、と着任早々思案を巡らせ現在に至っています。北海道内の公立高校で公式マスコットキャラクターを持つ学校はそう多くないはずです。私自身本校で7校目になりますが初めてです。

 他校にはない特色、せっかくのキャラクターなのだから活かすべきだ、と。せめて、美唄市にお住まいの方には「あっ、かなうさだ」と認知してもらえるくらいにはしたい、そう思っています。何か名案がありましたら御一報お願いいたします。

 以前、デザイン系列の生徒が『かなうさクッキー』を焼いて私に届けてくれましたが、この写真の作品も本校の設備を活用して作られています。お金をかけて業者に発注するのではなく、あれこれ考えながら手づくりで、というのを大切にしなければなりません。そこに大きな意味があります。

 さて、話は変わります。昨日も書かせていただきましたが、ホームページやインスタグラムを更新するにあたり、私は基本的に、美唄尚栄高校に通学している生徒とその保護者等が閲覧してくれるものでなければ、地域の方々は閲覧してくれないと思っています。身内が認めないものを他者が認めてくれるはずはありません。本校の生徒一人ひとりがフォロワーになってくれて初めて地域の評価に結び付くものと信じます。

 小さなことでいい。極端なことを言ったら「今日雪が降りました」のタイトルで写真を一枚掲載し、1行文章を添えた日記をホームページにアップする。わずかそれだけでも、本校の様子をお伝えすることができる。だから、歩けば至る所に記事は転がっています、と私は先生方にお話ししています。

 オホーツクのある高校の校長先生が支部の教頭会の講義の中でこのようにお話ししてくれたのが印象的でした。「インスタグラムを立ち上げたら、わずか数日で全校生徒のほとんどがフォロワーになってくれて、そこから口コミで一月も経たないうちにあっという間に1800くらいになったんですよ」学校を応援したいからそうなるんだよなぁ、私はそんなことを考えながら話を聞かせていただきました。自校も何とかしないとダメだと思い、すぐに先生方とインスタグラムを遅まきながら立ち上げ校内研修を行いました。

 生徒と保護者等の学校満足度を高める方策は山ほどあります。そのひとつとして「かなうさ」を活かしたい。そのために、まずは生徒と保護者等の方に「かなうさ」の存在を知ってもらわなければなりません。クッキー、アクセサリ、次は。

 どうするか・・・みんなで考えなければなりません。

0

雨上がりの夕暮れ

 11月13日(木)15時47分 雨上がりの夕暮れ

 赤く染まってゆく西の空と水たまりのグラウンド - これが私の席から見えた景色です。

 太陽の光にはさまざまな色が含まれていて、空が青く見えたり赤く見えたりするのは、太陽の光が大気を通り抜けるとき、大気中の窒素や酸素の分子にぶつかり散乱するからで、その光が空に広がります(理科の先生、合っているでしょうか)。夕暮れ時は太陽の位置が低くなり、太陽の光が地球上の大気を通る距離が日中よりも長く、青い光は散乱し赤い光は残って見る人に届くことから空が赤く見えます。

 空は偉大なんだよぉ、と祖母が言うものだから、私は小学生の頃から空を見上げてお願いごとをしたり、空にまつわる詩を書いたりしていました。私は一風変わった子どもだったと思います(周りでそんなことをしていた子どもはいなかったので)。担任の先生に「他の生徒とずいぶん様子が違うようだ。専門的なところで診てもらったら」と言われ、かなりのショックを受けた、と母が昔に話してくれたことがあります。

 この日もいろいろ考えながら夕焼け空に語りかけていました。答えは返してくれませんが、私のやることをすべて見守ってくれているような気がしました。これ以上望むことはないな、と妙に自分を納得させ、放課後の校舎の見回りに出発しました(この後の出来事が昨日の校長の小部屋につながります)。

 さて、4月23日(95,730)からホームページカウンタをノートに書き込んで現在に至っています。11月14日(金)の朝から17日(月)の朝にかけて、実質3日間ですが11,304件のアクセスがございました。年内の30万件アクセスも見えてきました。

 先日も書かせていただきましたが、読んでくれている方がいるということは、ホームページを日々更新する本校の教職員にとりましても大きな励みになります。

 インスタグラムとnoteへの記事も投稿しております。是非御覧ください。

 今後ともよろしくお願いいたします。

0

放課後

 11月13日(木)の放課後のこと。

 16時くらいにHR教室のある棟を歩きました。放課後は生徒の本当の姿が見られる時間なのでおもしろいです。今でも記憶に残っていますが、受け持ったクラスの生徒と過ごした放課後はとにかく楽しかったです。

 お付き合いをしている他校の女の子のこと、アルバイト先の出来事、オンラインゲームでの対戦のこと、音楽談義、悩み相談、部活動の様子、ファッション、髪型・・・朝のおはよう、帰りのさよならだけでは見えない本音の高校生の姿がそこにはありました。その中にいる自分もまた高校生に戻ったかのようで、その世界観に幸せを感じていました。

 ほとんどの生徒が下校している教室はとても静かです。でも、数名の生徒が教室や廊下に集まって何やら楽しそうに話をして盛り上がっています。それぞれのグループや仲良しがあるのでしょう。ノートを広げている生徒に何事か話しかけている二人。教室に入り「何をしているの」と聞くと、「テストがあるので勉強してました」ノートには英文がびっちり書かれていました。いきなり二人が「飴なめてたらダメじゃん」「なめてないよ」と行ったり来たりのやりとりをしだし、きっと私に何か言って欲しいようでふざけ出す。

 廊下では4人がスマートフォンをのぞき込んで話しています。「なになに、何してるの」と聞くと「ゲームです」と画面を見せてくれました。「ここの4人はこのゲームが好きで、この中に出てくるキャラクターの中にそれぞれの推しがいるんです」短縮用語が飛び交い何が何やらわかりませんが、とにかく仲良く楽しくやっているので、それはそれで良し。

 放課後の様子はあの頃と大きくは変わっていない、同じなんだ、といつも思います。それにしても、授業等で接することのない私が突然教室に入り、話しかけても何一つ嫌な顔をせずに会話してくれることもびっくりです。

 さて、普段照明のともらない教室から光が漏れています。覗いたら華道部が活動していました。月一回校長室に作品のひとつが届けられるのですが、生けているところを見たことがなかった、しまった・・・月一回の活動なのでチャンスを逃していたとは言え、盲点だったな、と反省しつつ教室の中へ。講師の先生の指導を受けながら、生徒がお喋りしながらお花を生けていました。

 完成後、自分で生けた作品をスマートフォンで撮影しており、その姿を見てなんだか嬉しくなりました。自分の作品なんだよ、という想いがその行動から垣間見えたからです。心を込めて生けたから愛情や愛着がわく・・・上手綺麗云々の前に、それ以上に大切なものがある。私はそこを大事にしたい。生徒の心に大切なものがしっかり育っている。嬉しかったです。

 「どのようなイメージで作品づくりをしたの」と聞きましたら、「いつもは横に広がってしまうので、縦にすーっと伸び上がっていくのを意識しました」と答えてくれました。その言葉のとおりの作品です。「私、校長の小部屋見てます」とも言ってくれました。嬉しいの連続です。

 その作品が私のところに届けられました。デスクに置き、正面から横から上からと眺めています。またまた贅沢をさせてもらっています。ありがとうございます。

0

遠くを見ていて

 11月13日(木)美唄市立東中学校の2年生全員と校長先生並びに関係の先生、保護者等の皆様をお迎えし、学校見学会を実施いたしました。先日は美唄中学校の皆様に来校いただき、本校にとりましても地元にある高校(美唄尚栄高校)をPRできる素晴らしい時間になりました。

 地元にあっても学校の中に入れない、どのような雰囲気の学校なのかわからないなど、同じ地域にある義務高と高等学校はまだまだ遠い存在なのかな、と思っています。そうした中でも本校は長年、小学校と中学校と連携した教育活動を展開しておりますので、もっともっと交流が盛んになる取組を検討しなければならない、と考えているところです。

 学校見学会につきましては、PRは本校の生徒が行いますので、このような機会は生徒を成長させる場になります。まさに両者にとってWin-Winです。東中学校並びに美唄中学校の両校が年間授業計画の中に、美唄尚栄高校見学会を盛り込んでいただいておりますことにこの場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございます。

 歳を重ねてわかったことがあります。あくまでも私自身のことではありますが、近くのものを見ず、遠くのものばかりを見てしまっていた - このことを最近特に感じるようになっています。人はそれぞれに目指すものがありますから、今より便利なところ、出世、ブランド、肩書き、お金・・・など先を見続けて生きていく、私も空知の地元を捨てて地方に出て行った人間です。大学に入ったとき、これで故郷から離れられる、そしてもう故郷で生活していくことはないだろう、と思いました。そのとおり故郷を顧みることなく生きてきました。一方ですぐ下の弟は地元を大切にして生きている・・・この違いを私はどうしても考えてしまいます。

 管理職として五十代を迎えた小樽、そして本校に勤務し、生徒たちの総合的な探究の時間の活動を見ていく中で、地元を粗末にしてはいけなかったんだ、という気持ちにさせられている自分がいます。空知に住む母親のことは常に気になるけれど、故郷の発展や将来という視点がまるっきり欠けていたことに気付かされました。遠くを望むことは決して悪いことではないと思いますが、そのことによって近くのものを見失っていたわけです。

 美唄市は小さな町ではありますが、そこに住んでいても意外と知らないことが多いと思います。今回の学校見学会もそうです。冒頭で私は「美唄尚栄高校に今回初めて入った人」と訪ねたらほとんど全員が手を挙げました。こんなに近くにあっても遠いんだな、と。

 総合的な探究の時間をとおして、地域学を取り入れた学校や地域に目を向けた教育活動が積極的に行われています。近くにあるものの良さにたくさん触れて、その上で遠くを見ていく - そうした逆転の発想で生徒を育てていくことが大切なのではないか(個人的に)、と考えているところです。

0

山の雪

 今朝のこと。

 いつも西側のピンネシリ山系ばかり見ていて、その逆の東側の景色を眺めることはなかったな - そんなことを思いながら学校までの道を歩いてきました。どこを見て歩いてきたのかを想い出すことはできませんが、おそらく足元ばかりを見て歩いていたのでしょう。

 もしかすると少し前から雪がかぶっていたのかもしれませんが、東側の山の雪景色を見ることができました。気温は昨日と比べると風は強いながらも暖かくて、平地に雪が降るような感じはありません。山の気温はかなり低いのかもしれません。

 退職したら富士山登りに行こうね、と先日何かの会話をしているときに妻が言いました。そうだね、と私は簡単に返事をしましたが、何かのニュースで富士山もオーバーツーリズムの影響を受け、数珠つなぎの登山とマナーの悪さが課題になっているようです。それはそれとして3000メートル級の山をあと5年少しで登れるのかが不安です。

 結婚してすぐの頃、妻と義父母の4人で黒岳に登山したことを想い出します。あれが私の初登山になります。頂上から見た景色はぼんやりとですが覚えています。登山道の脇に咲く花の写真も撮って歩きました。

 長く忘れていた記憶が目の前に浮かぶ朝を迎えています。

 さて、出勤してすぐに普段は使用していない4階の音楽室まで駆け上がり、そこから東側の山並みを撮影しました。過去に遡って本校にゆかりのある方々が、この場所からこの景色を眺めていたはずです。美唄を離れて暮らす方々が、本校のホームページからこの写真を見てくれていますと幸いです。

0

生命の営み

 週末は自宅のある札幌に帰り、レコードを聴いたりランニングをして過ごします。朝食を食べてから15~30キロのランニングをすることが10年以上に及ぶルーティンですが、二月ほど前から妻もウォーキングとジョギングを始めたので、私のゴール地を丘珠空港緑地公園やモエレ沼公園に設定し、そこで妻と合流し一緒に歩いたり走ったりするようになりました。あれだけ走らない、と断言していたのに不思議です。
 
 さて、自宅から3.5キロメートル離れたところに龍雲寺の大きな銀杏の木を見ることができます。鋤柄松太郎氏が新天地開拓の記念として植えたと伝えられ、樹齢は100年を超えています。私の住む北区内で唯一北海道自然環境等保全条例で保存樹に指定されています。植えたときはきっと小さなものだったのでしょうが、これが100年かと思わせる大木で迫力があります。

 自宅周辺をランニングするか、遠くまで走るかはその日の気分や疲労度により変わりますが、長くやっているとお気に入りのコースができ、その数は何十本にもなります。例えば20キロにしようと思えばこのコースを、10キロはここを、というのがインプットされています。そのひとつに龍雲寺通過コースがあり、毎年、晩秋の龍雲寺に見事に色付いた銀杏を拝み、写真を撮らせてもらってます。

 この写真は11月3日(月)のものになります。1週間後の9日(日)に再びここを通ったら葉は全て落ちてしまっていました。雪が残る歩道は積み重なった落ち葉でふかふかの絨毯になっていて、それはそれで趣はありましたが、今年は見頃の時間が極端に短かったような気がします。

 日照時間の長い春から夏にかけて光合成で栄養を蓄え、秋になり日照時間が短くなると、光合成により生成される栄養が少なくなるため、光合成をやめて冬に向けて葉を落とす - これを百年を超える間(龍雲寺の銀杏だけではありませんが)繰り返し、現在に至っていることに驚かされます。生命の営みはすごいです。私のランニング・ルーティンなど遙か足元にも及びません。

0

絵と手紙

 絵と手紙をいただきました。私が毎日目にする樺戸山系をkitpasでやさしいタッチで描いた素敵な作品です。デスクマットに挟んで毎日見られるようにします。ありがとうございます。

 絵を描ける - うらやましいです。私がまるっきり持ち合わせていない才能やセンスですから。どうしたら人の心を掴む絵が描けるのか。絵心のない私には全く理解できない不思議な世界です。

 自分が描いた絵の講評で唯一覚えていること。それは小学校低学年まで遡ります。夏休みの宿題で、想い出の一コマを画用紙に描くというもので、私は弟たちと虫取り網を持って遊んでいる絵を描きました。

 「どうしてあんたの絵の中の人はいつも全員真正面を向いているの。普通走ったり横を向いたりするでしょ」母から言われた一言です。自分では傑作だと思って母に見せたのに、ずいぶん困った顔をしてそう言われたので、私まで困ってしまいました。果たしてこの絵を提出していいものか、それとも書き直した方がいいものか。すごく困った出来事だったので、今でもその絵のことを中心にいくつかのエピソードが記憶されています。

 夏休みが終わって教室後方の掲示板に貼られた絵を見たとき、母が言うようにクラスメイトの絵の中の人は横を向き、走ったり歩いたりしていました。私の絵だけが全員真正面を向いて笑っていました。クラスメイトとの違いをまざまざと思い知らされたこの日を境に、私は絵を描くことに抵抗感を持つようになりました。

 昔話はこれくらいにしておいて、旅行鞄にスケッチブックとクレヨンを入れて、ちょこっと立ち寄った先の風景をささっと描けたらいいだろうな、と思ったりしています。私には手の届かない夢のような話でありますが・・・

※kitpas キットパス ガラスや鏡などのつるつるとした平滑面に発色良く描け、水拭きで簡単に消去できる、新しい絵具(えぐ)。お米からとれるワックスが原料です。(日本理化学工業株式会社のホームページより)神奈川県川崎市と美唄市の工場で製造・販売

0

朝の私

 やわらかな朝陽が差し込んでいます。1週間のスタートです。午後から天気が再び雨になるとのことですが、わずかな時間でも部屋の中に陽が入るのは嬉しいものです。

 静かな朝の中で私はメールをチェックし、スケジュールを確認して、ホームページに掲載する写真と文章を作成します。事前に写真を撮って文章を書いておくことが多いのですが、今日は席に座り写真を撮り書き始めています。

 毎日こうした朝を過ごしていますが、一通りの作業を終えたあたりに先生方が一人、また一人出勤してきます。職員玄関に出退勤を管理するQRコード読取器があり、出勤時にかざすと電子音が「キンコン」と鳴るので、「一日が始まるぞ」と思うわけです。

 さて、先週、情報発信について記載させていただきましたが、昨年度北海道教育委員会(道教委)が各学校の情報発信を効果的に集約・発信する媒体としてnoteを導入しました。情報発信プラットフォームを構築し、各学校が効果的な情報発信をするとともに、道教委がそれらの情報を集約・発信することを目的としています。

 マニュアルを読んで一日がかりで何とか公式ページを登録することができました。当面は本校のホームページに掲載した記事と並行させて運用していきますが、noteから他校の教育活動等も閲覧できますので、是非御覧ください。

 北海道美唄尚栄高等学校公式note https://b-shoei-hs.note.jp

0

情報発信

(11月5日 16時05分 4階西側に見える夕暮れ)

 今年度、私が校長として掲げた方針のひとつに、『教育活動の積極的な発信』があります。勤務した学校の全てで校長先生が同じような方針を打ち出していましたが、達成に向けての道のりは言葉で言うほど簡単ではない、なかなかにハードルの高いものになっているな、と私は感じていました。

 そう思いながらも、学校が当然やらなければならないことですから、4月に先生方にお願いしました。6月には教頭先生を講師に『ホームページの更新方法』、総務部主催の『インスタグラム及びYouTubeへの投稿』の校内研修会を実施しました。

 朝家を出て夕方帰ってくるまでの8時間、子供がどのような表情でどのように過ごしているのか、今日何を学んで何を身に付けたのか - 保護者等の方が一番知りたいところです。また、本校の教育活動を見てみたい、知りたいと思う地域の方の想いにも答えなければなりません。インターネットを介して本校にアクセスしていただいたのに、記事が一月も更新されていなければそれは失礼に当たります。このことは肝に銘じなければなりません。

 おそらく私の性格が左右しているのだと思いますが、「何でも一緒にやらなければ気が済まない」人間です。一方向的に伝達することを好みません。格好をつけて書くわけではありませんが、伝達するだけのことを裏付けできる自らの実践がなければ自分自身を納得させられません。自分が納得できないことは人様も納得させられない、と考えます。これは生徒に対しても教職員に対しても同じです。

 お願いするのならお願いするだけのことをしなければならない、というのが私のスタンスです - 私は下手ながらもものを書くことに抵抗がありませんので、自ら撮った一枚の写真をつけて自分ができる範囲の情報発信を行っています。そうしている間に先生方がこまめに記事を上げてくれるようになりました。更新の敷居が下がったのだと思います。これほど嬉しいことはありません。

 学校ほど話題豊富なところはないな、と私は思っています。『情報発信 = 学校行事』、『情報発信 = 部活動』と狭い範囲に限定してしまうと、多くのことを見逃してしまいます。変化の連続である学校は歩けば歩くほど情報を手にすることができます。難しく、そして堅く考えずに小さな気づきを発信していけばいい。ただそれだけのことです。

 「今日、こんなことがありました」を私たちが発信していく。「今日、こんなことを知りたいです」と保護者等、地域の方が閲覧する。1日200あったかどうかのアクセス数が、10月末に2000から一昨日は3000を超える訪問者を迎えるまでになりました。インスタグラムのフォロワーも増加中です。これほどありがたいことはありません。

 見てくれている方がいる - これは私たちにとって最高の励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。

0

半導体は欠かせない

 超伝導物質を作る - 大学時代の研究テーマでした。ある条件が整うと電気抵抗が0になる物質で、よく耳にするリニアモーターカーの走行に応用されています。当時、室蘭工業大学では城谷研究室が目指す化合物を作ることができなかったので、高温下高圧下の実験設備がある東京大学の物性研究所に出向き、できあがった化合物の物性は筑波の高エネルギー研究所で寝ずの実験で検証しました。

 室蘭港からフェリーで大洗港、大洗から鹿島臨海鉄道で水戸、水戸から常磐線で北千住で降車し、地下鉄千代田線で乃木坂まで行き(当時物性研究所は六本木にありました)、徒歩で研究所まで。それは一大旅行になりました。

 超伝導物質を作るところから検証までには約2~3週間程度の時間を要するため、その間は東京と茨城に長期滞在しました。遊ぶときは遊びましたが、徹夜徹夜の連続で大変でした。

 私が挑戦した化合物は超伝導物質にはならず、半導体の特性を示すものばかりでしたが、わずか一年で日本最高峰の施設で時間を過ごせたのは幸運なことでした。本当は大学に残る道もありましたが、悩んだ末に今の仕事を選びました。どちらが良かったのかはこの歳になっても未だ結論は出ていません。

 11月4日(火)にメカトロ・エンジニア系列2年次生を対象にした『半導体講座』を実施しました。上述の経緯があることから、個人的にこの日を楽しみにしていました。報道等で話題になっていますので、千歳市に次世代半導体の製造拠点となるRapidus(ラピダス)が進出することはすでに御承知おきかと思います。

 2027年に量産が開始される予定になっており、今後、本校の卒業生や本校で学ぶ生徒が活躍する企業になると思います。北海道、日本全体に新たな可能性をもたらすプロジェクトが動いていることにわくわくします。

 50分の講演でしたが、半導体が身近なところに存在し、誰もがその恩恵を受けていることがわかりましたし、半導体の将来の姿を丁寧に説明していただき、生徒は興味を持って話を聴くことができたと思います。

 本校は、地域の方々や各機関の御協力のもと充実した教育活動を展開しています。いつも並々ならぬ御理解と御支援を賜り感謝申し上げます。

0