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校長の小部屋

展示

 6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。

 10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。

 美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。

 生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。

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月一回のお花

 「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。

 先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。

 「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。

 46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。

 さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。

 皆さんも良き週末を!

 49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。

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まずはやってみましょ

 嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。

 人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。

 特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。

 今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。

 教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・

 やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。

 継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。

 昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。

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よく辛抱したよ

  自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)

 40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。

 「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。

 昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」

 取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。

 卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」

 電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。

 あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。

 管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。

 それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。

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支えられている

 6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。

 感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。

 学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。

 先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。

 学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。

 さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。

 そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。

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プライド

 授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。

 さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。

 私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。

 嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。

 ありがとう。

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思い込みって

 昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。

 幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。

 このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。

 さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・

 今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。

 生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。

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長男からの電話

 予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。

 父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。

 大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。

 子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。

 10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。

 子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。

 当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて

『ありがとうございます』

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オープンスクール

 昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。

 ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。

 多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。

 私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。

 今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。

 人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・

 今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。

 参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様

 「ありがとうございました」

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クワガタ

 

夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。

 小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。

 約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。

 先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。

 本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?

 PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。

 変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。

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珈琲

 いつも御訪問いただきありがとうございます。

 本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。

 本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!

 言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。

 さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。 

 『空を見上げることありますか?』
 『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
 『今日から見上げてみませんか?』

 きっと、いいことがありますよ。

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美唄市立美唄中学校体育祭

 昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。

 雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。

 今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。

 この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。

 お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。

 ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。

 涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。

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フォロワー

 

 「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。

 オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」

 その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。

 昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。

 3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。

 46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。

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一年前に

 5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。

 この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。

 ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。

 「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。

 幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。

 隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。

 また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。

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こんな風に見えていたのだろうか

 5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室

  私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。

 つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・

 黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。

 さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。

 この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。

 チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。

 週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。

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参加と参画

 昨日のGUIDEBOOKに引き続き、ポスターも完成しました。市内外の中学校、各施設等にお配りいたしますので、その際はお手間を取らせますが校舎内への掲示をよろしくお願いいたします。

 担当の先生が職員室内にポスター案を提示し投票してもらうともに、生徒の声や意見交換を重ねながら作成してきたものです。ポスター作成担当の先生にすべてお任せというスタイルから脱却しました。大きな進歩です。本校で働く教職員の声、本校で学校生活を送る生徒の声が形になりました。長期間にわたる作業ありがとうございました。

 3年次生徒との『おしゃべりタイム』で次の言葉がありました。「何を学びたいか考えてもわからなくて、たくさんの選択肢がある尚栄なら何かが見つかると思った」「中学時代は不登校だったけれど、尚栄なら近いし安心して通えるかなと思って受験した」「〇〇系列で学んだ先に就職があって、間違いなく進路を決められる学校だと思った」「将来就職か進学か決められなくて尚栄にしたけど自分のやりたいことが見つけられた」「今の学校生活に満足している」「いい友人に恵まれて楽しい毎日です」

 『おしゃべりタイム』の目的は、教育相談ではなくて学校の現在と未来について意見交換することにあります。意見交換というよりも意見をいただいています。大人視点では気づけなかった生徒視点の言葉に、ハッとさせられることばかりです。そのほとんどを私は見逃していました。自動販売機のラインナップ、SNSの動画発信、校則、行事の在り方、みんなの前で声を上げられない生徒への配慮、学校の見せ方、体験入学や説明会の在り方・・・多くのヒントをもらってすぐにできることはすでに実行しています。実行しなければ意味がないのですから。

 参加ではなく参画。学校づくりは、生徒の参加ではなく生徒の参画である - このことを勉強させられる毎日です。これからの学校の魅力化、特色化を考えるとき、今現在本校を選び入学してくれた生徒の視点まで私たちは腰を屈め、そこで同じ景色を見なければならないのだろうと思います。(注 「参画」とは、単に場に加わるだけでなく、企画・計画・意思決定の段階から主体的に関わり、責任を持って意見や行動で物事づくりに加わることを意味する。「参加」よりも深い関与を表す語)

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北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026

 長い時を経て今年度の学校案内パンフレット『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』が完成しました!昨年私は「今までのパンフレットから脱却し、すべてを見直し学校のすべてがわかる形に作り替えてください」と先生方にお願いしました。以後半年、構想を練り写真と原稿を集めて、第1稿、第2稿、第3稿・・・と修正と訂正を繰り返して出来上がった大作です。大変な思いをさせて申し訳なく思っておりますが、私の想像を超えるパンフレットにしてくれました。担当された先生、本当にありがとうございました。感謝しています。

 『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』につきましては、今後学校説明会等で配布させていただきますが、本校のホームページトップ『お知らせ』又は『学校案内』のいずれからもダウンロードできますので是非御覧ください。

 前年度踏襲が負担なく過ごせる一番楽な道です。同じことを繰り返していれば考えなくていい。それで成果があるのであればそのまま続けていけばいいけれど、そうでないのであればそれらを捨てて新たな形を求めて挑戦しなければなりません。私は先生方に伝えています。「新たなことに挑戦してそれが失敗したのなら思い切ってやめる、そしてまた新しいことを考えましょう」と。そこに仕事の魅力ややりがいがあることを私は経験的に理解しています。変化は確実に人を変えます。

 教頭時代に開校60周年記念式典、全道PTA大会、工業高校イベントの課題研究発表大会など、経験したことのない大きな業務を立て続けに担当することになり、正直、マイった、どうしよう、タイミングが悪かったな・・・と不運を責めました。下がっていく気持ちを盛り返せたのは、経験値を上げるために良かったじゃない、この流れを知っていたらこの先困ることはないよな、と思い込ませたことでした。挑戦する、挑戦しなければならないとき、私は最後にはそのように考えます。苦しいけれど楽しんで仕事をしています。挑戦を楽しみ仕事を楽しみお給料をいただく。私のモットーです。

 今年度は新たなことに挑戦しています。定期考査の実施をやめました。新しい形の教育課程編成に着手しています。学校PRの形も見直しています。みんなで良い形にしていきましょう。

 先日、第1回目を終えたオープンスクールは、来月2回目を実施します。7月にはフェアを兼ねた体験型の見学会を実施します。たくさん参加してくれるに越したことはないけれど、私は人数が●人しか集まりませんでした、ではなくて、●人も来てくれたという発想で物事を見て欲しい。「しか」を「も」に置き換えるだけで考え方、生き方が変わりませんか。初めての企画に●人も参加してくれたことを前向きに捉え、もっとこうすれば、次回はこうしよう、と改善にエネルギーを注ぐ集団になって欲しい。それが私の願いでもあります。

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自分のトリセツ

 自分の取扱説明書(自分のトリセツ)。1年次生の学校設定科目『産業社会と人間』の成果物が廊下に掲示されています。特徴(性格、好きなこと、苦手なこと)、活用方法(こんなときに力を発揮します、こんなときに機嫌が良くなります、こんなときに機嫌が悪くなります、そんな時はこうしてください)、自由に一言などの項目に基づいて各自記載しています。このように時間が与えられて自分のことをじっくり考えるというのはいいことだなと思います。

 じゃ、私の取扱説明書(私のトリセツ)。特徴(性格:物静かでひとりを好む、好きなことにこだわる、無駄なことに手を出さない 好きなこと:ガーデニング、JAZZレコード蒐集・鑑賞、珈琲を飲む、ランニング、読書、カメラ 苦手なこと:高い所)、活用方法(ゴールを決めて走るときに力を発揮、薔薇の手入れをしてるときは機嫌が良くなる、段取りの悪い仕事には機嫌が悪くなる、決まったゴールから前に遡って逆算し計画を立て動いてください)自由に一言(一度きりの人生、端から端まで楽しみましょう)

 自由に一言には、たくさん話しかけてください、友達になって欲しいという言葉が多く記載されていました。最初は緊張している様子が見られましたが、最近は登下校、授業、HR内においてみんな明るい表情で活動しており、円滑なコミュニケーションが図られているように感じています。たくさんの友達ができたということでしょうか。

 急に想い出しました。ずっと昔、妻にこんなことを言われました。「誰にも邪魔されない時間を求める人だってわかっているから、それを感じる時はそーっとしてあげるようにしている」この言葉を聞いたときの背景はここには書けませんが、きっと私の取扱に気を遣ってくれたのだろうと思います。

 自分を知る、相手を知る。たいていはトリセツはありませんから会話をして行動を見て理解していくしかないのでしょう。人とのつながりが続く人生において、知ることは永遠のテーマなのかもしれません。

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塩パン

 「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。

 今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。

 十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。

 本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。

 さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。

 ありがとうございます。

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作品を飾りましょう

 主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。

 私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
 
 デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。

 昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。

 さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」

 自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。

 昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。

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お花の展示から

 今日は写真2枚。

 18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)

 生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。

 そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。

 いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。

 さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。

 進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。

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生徒に委ねる

 学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
 
 インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
 note https://b-shoei-hs.note.jp/

 さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。

 今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。

 3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。

 前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。

 それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。

 学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
 
 美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。

 さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。

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我田引水

 夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。

 我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。

 自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。

 尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。

 冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。

 今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。

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また、ひとり

 岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。

 前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。

 「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」

 唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。

 あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。

 大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。

 5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。

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経験

 メカトロ・エンジニア系列は工業を幅広く学ぶことができます。工業高校の●●科となりますと、●●に特化した学びになります。例えば電気科であれば電気、というように。本校は、機械、電子機械、電気、情報、建築を体験をとおして学べるおもしろいスタイルをとっています。工業に限ったことではありませんが、電気なら電気だけですべてが成り立つわけではなく、そこには機械や情報など多くの技術が組み合わさっています。幅広く学ぶことで見えてくる世界が変わってきます。

 私は電気専門でこの世界に飛び込みました。最初に勤めた学校では電気科と電子科が合体した学科で、当時のH学科長から「電気のプロはわかったから電気は捨てて、これからは電子のプロになってください」初っぱなからわけのわからないお言葉をいただきました。電子回路を理解してものをつくりなさい、ということを指示され、学科長がささっと書いた電子回路を渡され回路づくりをするような日々になりました。こんなはずじゃなかったとは思いましたが、何もわからないのでとにかく一から勉強しました。

 2校目は機械科に所属しました。「機械科の中で電気をしっかり教えるように」と校長先生に言われての異動でしたが、I学科長に「ここは機械科だから電気はいらない」と職員室で言われました。悔しくて涙が出ました。自分は何のためにここに来たのだろう、と。初日から辞めることを考えて一年後、機械ができる自分になればいいのではないかと突然ひらめいたわけです。私と同い年の実習助手の先生にお願いして、生徒が下校したあとに旋盤、板金、溶接、鋳造などひととおり教えてもらいました。

 この2つの経験がどれほど私を高めたか・・・後に何度もこのことを思いましたし、2名の学科長との出逢いが私の教職としての幅を思い切り広げてくれました。感謝しかありません。スペシャルなことに磨きをかけることも大切ですが、右と左にある世界にも目を向けていくことで自分に備わるモノが増えていくことを教えてくれたわけです。『物事を負に捉えるのではなく正に捉える』私のスタンスが生まれたきっかけでもあります。これは私の生き方をも変えました。本当にありがたいことです。

 電気のプロではありますが、機械も電子もそこそこわかる。機械と電子のプロフェッショナルではないけれど、そこに躊躇することなく立ち入ることができる自分がいます。本校のメカトロ・エンジニア系列で学ぶ生徒を見ていて、何故かそこに自分の過去を照らし合わせてしまいます。幅広く多くのことを学べ、と。

 すべては経験です。経験があるかないかはその先の人生に何かしらの影響を及ぼす、と私は考えます。経験は宝物です。

(本日から不在ですが、前日のタイマ設定でアップしました)

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カラフルタワー

 濃さの異なる塩水(食塩の量を20g、15g、10g、5g)に絵の具で色をつけて、フラスコに濃い順番に一つずつ入れていくと、カラフルな水の層をつくることができます。生徒は液体の比重を理解するため食塩水のカラフルタワーの実験に取り組んでいました。最初に仮説を立てて実際にやってみてその結果どうなるか。仮説のとおりであれば良し、仮説のとおりにならなかったのであればどうしてなのかを考える。教科担任は何も言わずただ見守っていました。答えは自分で見つけなさい、ということです。手取り足取り教えることがすべてではないんだよな、と改めて思ったところです。

 私は一人の生徒に質問しました。「綺麗に色分けされた食塩水だけど撹拌したらどうなるんだろ」たいていは色分けに満足して終わるのでしょうが、意地悪な私はそう生徒に問いかけました。うむ - 生徒は期待と不安交じりにかき混ぜました。さて、答えはどうなるのか。ただそうなったんだではなく、〇〇だからこうなるんだというものを是非掴み取って欲しい。

 実験をしている生徒は楽しそうでした。教室で受けている授業と表情が異なります。もともと選択科目ですから興味津々で参加しているのですが、その姿を見ている私も楽しい気持ちになりました。

 私は選択科目のある高校で学ぶことはなかったので本校の学びのスタイルに興味があります。以前勤めた後志管内の学校も多岐にわたる選択科目があって毎日授業を見て回るのが楽しかったです。

 城谷教授のもとで超伝導物質をつくる研究をしていました。大学時代のことです。ゼミはとにかく厳しかったです。「何故」の攻撃がすさまじかった。私が「これは〇〇〇になります」と言うと「それは何故」と先生が説明を求めてきます。それに対して返答すると再び「何故そうなるの」これが延々続きます。最後の最後は答えられなくなりただただ周りに助けを求める状態に追い込まれる・・・これは先生の意地悪ではありません。先生が求めたことは根拠です。教科書に書いてあるからそうなんだではなく、本質を理解して物事を語りなさいよ、ということです。勉強になりました。

 興味のあることを深く学べる学校っておもしろいですよ。おもしろいから学びが深まるわけです。

 さてしばらく出張等で不在となります。次回の更新は来週です。また来週お会いしましょう。

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作品づくり

 大抵の人はつくることよりも購入することを考えてしまう。いや、そもそもつくることを考えないかもしれません。これから先こうした傾向はさらに強まっていくような気がします。それがいいことなのかどうなのかはわかりませんが。

 管理職になって8年目。この間つくることがなくなってしまいました。それ以前は真空管アンプやFMラジオ、ラジコン、トランシーバなど、役に立つのかはわからないけれど回路図を書いては部品を集め、ハンダごてを右手に電子工作に明け暮れていました。真空管は別として、ほとんどはマイクロコンピュータを回路に組み込みますから、プログラミングもしなければなりません。エラーを修正してはプログラムを転送することを幾度も幾度も繰り返して漸く完成となります。

 お店で2千円程度で売られているラジオも自分で一からつくるとなると5千円程度かかってしまう。レジをとおせば一瞬、つくれば20日。これならやはり商品を購入するとなってしまいますよね。ただ、ここは決定的に違います。『つくることによって本質を理解することができる。理解できた喜びから次なるものをつくりたくなる』

 教科書に書かれた文字を右から左に読んで理解できたからといって、ものがつくれるとは限りません。意外とつくれないと思います。ものづくりは経験とセンスがモノをいうからです。とにかくつくり込まなければ身に付きません。

 デザイン系列の授業でクラフトテープでカゴをつくっていました。説明書を読むだけで終わればそれは唯の読書で終わりです。じゃ、つくってみよう。ここから一人ひとりの世界がスタートします。編み方のコツを掴めばオリジナルの作品をつくることもできます。役に立つ立たないの損得ではなく、つくった経験が新たな挑戦に結びつき、誰かに喜ばれたり自らのウェルビーイングにつながったりしていく。これって素敵なことですよね。教科担任が「じゃここまでやってみて」と指示していますが、コツがわかっておもしろくなって先に先に作業を進行している・・・わかる、その気持ち。ハマると手も気持ちも前に前に進んでしまいます。そこがおもしろさ。ものをつくる魅力。

 教科書に書かれたことをただ記憶に留めておく時代はとっくに終わりました。私たちが高校生の時は知識のある人が優秀、知識偏重でした。今は知識だけでは世界は渡っていけません。それを知って次にどうしていくのかが問われる時代です。

 体験的に学びを深めていく本校の教育のおもしろさを多くの人に知って欲しいと思っています。本校の教育活動に興味を持たれた中学生や保護者等の方がいらっしゃいましたら、いつでも御連絡ください。その都度対応させていただきます。

 43万6千アクセスをいただきました。ありがとうございます。

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初めての作品

 高校に入学したら部活動どうしようかな - 私もそうしたことを考えました。40年も前のことになります。えっ、あれから40年も過ぎてしまったのか。1秒1分1時間を積み重ね前に進んでいく。時は止まらない。積んで積み重ねて1261440000秒。この数字がどれくらいすごいものなのかはわかりませんが、とにかく高校に入学してから歩んできた秒数(時間)です。

 私は落ち着きがなく周囲に迷惑をかける子どもでした。授業中に立ち歩き人を叩いて回ったり、気に食わないことがあると唾をかけたり。ほとんどは忘れてしまいましたが、これだけは今でも鮮明に覚えています。私はあるときテル(通称)に唾をかけ、それを知った担任の先生が泣いているテルに対して「唾をかけられた人の気持ちをわからせるためにあなたも日下くんに同じことをしなさい」と鬼の形相で言ったその日の出来事です。とにかくこんなことばかりしていて、親も学校も困らせていました。

 どうしてそのようなことをしたのかは自分でもわかりません。恥ずかしく情けなくとても自慢できるようなことではありません。戻れるのであればそんなことをしない自分になりたい・・・父にも母にも先生にも叱られてばかりで、でも近くにいた祖父母はやさしくて私にとってはそこが安らぎの場であり唯一の居場所でした。何かそうしたところに原因があるのだろうな、と私なりに考えています。

 この話を書きたかったわけではありません。余計なことを想い出して書いてしまいました。そういう子どもでしたから父が誰に吹き込まれたのかはわかりませんが、ある日突然私をトラックに乗せ(トラックが自家用車でどこに行くのもトラックでした)何も言わず剣道の道場に私を連れて行ったのです。父が剣道着を身につけた人に丁重な姿勢で歩み寄り一言二言言って頭を下げていました。そんな父を見たのは初めてのことでびっくりしたわけですが、それよりも驚いたことは私の意見を聞くでもなくこの日に加入の手続がなされたことでした。「これから毎週火曜日と金曜日の18時からお前はここに来ることになったぞ」父が私の剣道を見に来てくれたことはありません。この日、この1回限りです。私の行動を正すために剣道をさせる、というのが悩んだ末の父の結論だったのかもしれません。

 結局、高校3年生まで剣道を続けました。小学校の野球チームにも所属し、中学では1年生の途中まで野球部に所属しました。いろいろなことがあって(詳しくは書きません)途中で退部しました。高校では別な部活動も考えましたが、そのままの流れで剣道部に入部しました。中学生までは道場備え付けの防具を借りて練習していたので、自分の防具で剣道をしたかったわけです。ずいぶんと高級な防具を買ってもらい3年間剣道に打ち込みました。ですから私は有段者です。

 3年生の高体連で3回戦4回戦と勝ち進んで全道が見えたところで敗退。私はここで剣道ときれいにおさらばすることにしました。もう二度と剣道はしない。防具と竹刀はもう長いこと実家の納戸に眠っています。

 本日の写真は、少し前のものになります。作品づくりをした生徒さんごめんなさい。 もっと早くに掲載してあげれば良かった・・・高校に入って初めて生けたお花はどうでしたか。お花の美しさは当然のことお花自身が発するやさしさやあたたかさに触れられたかな。毎日作品の横を通るすべての生徒もきっと何かを感じてくれているはず。これから先も華道部でお花と向き合う素敵な時間を過ごしてください。

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大型連休

 待つと長くて来てしまうとあっという間。5月の大型連休も終わってしまいました。本日から通常の生活がスタート。何となく身体が重たい・・・これって私だけではないのかもしれません。

 早い桜に連休中の雪と20度を超える気温。風も強く不思議な連休でもありました。次男は大学時代を過ごした岡山に飛び、長男は仕事を兼ねて数日だけ帰ってきたけれど、もう昔のように家族が揃った時間は持てなくなりました。子育てから手が離れ子どもは子どもの生活、私と妻もそれぞれの時間の過ごし方になりました。いつの間にか家族のスタイルが変わってしまいました。

 長男を新千歳空港まで送った帰り道、妻と長沼で軽い飲食を兼ねた8キロのランニング、さらに南幌にも車を停めて6キロのランニングを楽しみました。普段は通過するだけの町ですが、ランニングでぐるぐる駆け巡ると町のつくりや数々のお店と出会うことができ、それはそれで楽しい時間になりました。次はガーデニングで有名な恵庭を走り、庭づくりを勉強しながらランニングしようと話をしているところです。

 結局、ランニングとガーデニングに明け暮れました。自宅から距離にして2キロメートルのところに桜並木があります。大きな公園の遊歩道に沿って桜が綺麗に咲き誇ります。自分の足でそこに向かい来年まで見納めになる桜の下でひとり静かな時間を過ごしました。誰にも邪魔をされない贅沢な時間になりました。

 さて、気温が高くなりそうです。20度、25度という日が出てきます。油断をすると熱中症の危険が出てきますから、こまめな水分補給をしましょう。

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良き連休を

 生徒の皆さんへ。連休を楽しみにしていたはず。部活動の練習や練習試合で予定が埋まっている人や家族との旅行、アルバイト・・・それぞれの過ごし方がありますが、昨日の交通安全・防犯教室における講話のことを頭の片隅において生活してください。特に自転車に乗るときは自動車や歩行者に注意してください。

 やはり今年の桜は10日ほど早かったかも。毎年ここの桜(札幌の新川通)を見に来ています。ゴールデンウィークの後半に満開になりますが今年は4月末の週末で満開でした。

 桜を早く見られるのは嬉しいけれど環境の変化がそうさせているのだとしたら複雑です。来年はゴールデンウィーク後半に満開になって欲しい。

 昨夕、国道沿いを歩いていましたら「あれっ、校長先生?」と声をかけられました。愛犬と散歩中の女性でした。「そうですが」「なんか似ているからそうではないかなと思って声をかけました」

 2年次生の生徒の保護者の方でした。私は直接お話をしたことはありませんが、きっと学校へお越しの際に特徴的な私の顔を見て記憶してくれていたのでしょうね。嬉しいような、緊張するような。校長は町の顔、という言葉をずいぶん前に誰かから聞いたことがありますが、本当にそうなんだなと改めて思った次第です。気を引き締めなければなりません。お声をかけていただきありがとうございました。

 短い距離をお話しながら歩きました。「今年の1年生少なかったんですね。私の子どもの時も人数少なかったけれど、少ないと寂しくなりますよね」「今新しい取組をしていきますのでお気づきのことがあったらいつでも御意見をください。いただいた意見が何かを変えるきっかけになると思いますので」このようなお話をしてお別れしました。

 さて、話は変わりますが、皆さん、良き連休をお過ごしください。

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ありがとうございました

 4月25日(土)本校で開催した授業参観並びにPTA総会ですが、無事に終了いたしました。ありがとうございました。

 今年は、授業参観に多くの保護者等の方がお越しになり、生徒の様子を見ていただくことができました。PTA総会の出席が少なかったのが心残りではありますが、相馬PTA会長の離任と新PTA役員が決定し安心しているところです。学校はPTA役員の方々だけではなく、すべての保護者等の皆様のお力添えをいただき活動を行っていく場でもあります。今後とも御理解と御協力をお願いいたします。

 PTA総会に出席することでPTA会費の取扱や行事計画等を知っていただくことができます。出席するとPTA役員やクラス役員をお願いされるということは一切ありませんので、次年度お気軽に参加ください。

 出張等が続きますので、不定期な更新になるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします。

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地元企業様との御縁

 昨年、美唄市立美唄中学校の浅利校長先生から株式会社道央メタル様を御紹介いただき、メカトロ・エンジニア系列の工業科の教職員が工場見学に伺った、これが縁結びのなれそめになります。私は浅利校長先生から話を受けたあとにホームページを拝見し、数多くの金属加工品を製造されていることを知りました。特にメカトロ・エンジニア系列を選択した生徒が、自らの学びの先にある姿をイメージできる大変興味深い業務を展開されています。

 その後話が進み、昨年度末に工場長様を始めとするスタッフがわざわざ本校に来校し、メカトロ・エンジニア系列の生徒向けに出前授業を行ってくれました。最先端の工作機械を使った金属加工について説明をいただき、生徒にとって大変有意義な時間になりました。工業を専門とする私にとても勉強になりましたし、ものづくりが好きですから働いてみたいなとも思いました。

 前置きはこのくらいにしますが、以前に名刺ケースにまつわる話をブログ内に記述させていただきましたが、ホームページを見て真っ先に心打たれたのがまさに道央メタル様が製造された『名刺ケース』です。私の宝物として、またそのデザイン性から広がる人とのつながりを楽しみに毎日ポケットに入れています。こだわりのアイテムです。

 さて、御縁をいただきたことに感謝していたところに、道央メタル様のお心遣いにより製作された校章エンブレムが届けられました。設計から製造、完成まで3週間を要したまさにこだわりとプロ魂を感じるエンブレムです。

 美唄尚栄高校がここに開校(平成23年4月1日)してから15年が経過し、今までの歴史への敬意とこれからの躍進に向けた象徴的な校章エンブレムである、と受け止めさせていただいております。ここに集う生徒たちが普段から目にできる場所への展示と入学式及び卒業式等の式典や集会時等において演台に飾りたいと考えています。

 生徒向けのお披露目が終わったあとは、職員玄関から入って左手に設置された賞状等を飾る収納ケースで展示いたします。本校にお越しの際は是非御覧ください。

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成長

 昨年度末、本校にとっては大きな転換がありました。『定期考査の実施を廃止する』としたわけです。この4月からその形で動いています。スタートしたばかりですからさまざまな課題は出てくると思いますが、こまめな情報交換と職場内の研修を繰り返して、本校にふさわしい評価スタイルの確立に向けて勉強していきましょう。

 私が感激したのは『廃止したこと』ではなく、これが先生方の声の中から発議され分掌で検討を繰り返し会議のテーブルに上がってきたことでした。学校現場ではここが一番難しく壁が高いのです。よくぞやってくれました - 組織の成長を感じた瞬間でもありましたし、心の中で先生方に対して大きな拍手を送りました。

 数年前に教頭として勤務した学校で、観点別評価の適切な実施に向けて教務部長と一緒に勉強し、どのように学校に落とし込んでいくかを話し合いました。そこで一致した意見は定期考査の廃止でした。その日、その時間の授業で生徒の変容を見取っていくのですから定期考査の実施は必要なのか、となったのです。校長先生に説明申し上げ背中を押していただきました。そこから先生方と議論を重ね結果的に廃止となりました。管内初、おそらく全道でもそう例のないケースだったはずです。

 そのときと今回の本校での動きはまったく異なります。私のような管理職は教育の動向にアンテナが高いのは当たり前で、時代に合わせた学校改革を常に考えています。あぁなれば、こうなれば、ということを考え、それをどのように実現させるかに頭を使う毎日です。その一つひとつを先生方に気付かせてボトムアップで組織を変えていく、またはその逆にトップダウンで変えていく、選択肢はどちらかしかないわけですが、可能な限り前者であるのが望ましいわけです。

 これだけ時代が変化していますので、学校現場もその時代の流れに乗っていかなければならないと考えています。私はこのことを着任早々から先生方にお伝えしています。20年30年前に決められたことが今の時代にあっていないのはいわば当たり前で、学校、教職員、生徒がWin-Winになれるようにどうすべきかを目指すことがストレスフリーになります。踏襲したり昔からこうだからに縛られるとお互いが窮屈になり、答えはすぐ手の届くところにあるのに別な着地をして混乱する。せっかく使うエネルギーならば効果と意味のあるものにすべきです。

 本校の先生方に感謝していることは、必要なものや変えたいことを見つけ動いてくれるようになったことです。自分たちの手で変えることができた、という体験はやりがいや自信につながります。そして次なる疑問や?(はてな)の気づきを生み出します。これが課題解決に向けた一步になり改善に向かっていきます。あとは循環していくだけです。コツを掴めばとにかく回転します。

 誰かの思いやアイデアはまずしっかり聴く - はなから否定するのではなく、「実現できたらおもしろいよね」「実現させるためにどうしたらいいだろ」という姿勢で聴いてみる。本来、変わることっておもしろいことなのですから。小さなことにみんなで磨きをかけていけば学校全体を変える大きな原動力になる。私はそう考えます。

 さて、生徒の皆さん、考査がなくなったという言葉に喜んではいられませんよ。すでに評価の在り方について文書も発出していますし教科担任からも説明があったと思いますが、今日受けたその授業の学びの成果が評価されています。一時間一時間の授業が、今まで以上に重要になった、と考えなければなりません。

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18歳の薔薇

 今年度最初の生け花が届けられました。いつもありがとう。予算があると活動回数も増えるのだけれど、そうならずに申し訳ないなと思っています。華道部員の指導は市内在住の方にお願いしていて、やさしく丁寧な指導により生徒のセンスや技術が毎回向上しています。

 「18歳になった最初の華道部だったのでいろいろ思いながら生けました」私はいつもどのような想いで作品づくりをしたのかを聞いています。「そうなんだ、18歳になったのはいつなの」こんな会話のやりとりをさせてもらって、顧問の先生に写真を撮ってもらいました。18歳を幸せに迎えられたようで何よりです。

 後ろからニューフェースも。どうやら新入部員が入ったようです。水差しを持って先輩の後ろについて歩く姿が何とも言えず初々しい。高校時代に花に触れる時間を持てるのって素敵です。これからも楽しんで続けてください。

 18歳の私、いったい何をしていたのだろう。少なくとも花は見ていなかったなぁ。大学に行くことにしたので勉強はしていた。勉強漬けの夏休みに「お前さ、夏なんだから外で遊んで日焼けするのが高校生だろ。部屋に閉じ籠もって勉強ばかりしてモヤシのように白くていいのか」と親父に言われて、中卒のあんたに言われたくないと口を返したなぁ。勉強を放棄した中学時代に隠した通知表がなぜか親父の手元に渡って、「棒とアヒルしか並んでいないな、中学出たら働け」と言い放ったくせに、いざ勉強したらしたで文句を言う。このあたりの出来事はおもしろいくらい記憶に残っている。おそらく親父と言葉を交わした最後くらいのことだからかもしれない。友達ともたくさん遊んだけれど何かひとつ満たされていない自分を感じていたなぁ・・・でも、私は18歳を全力で生きていました。考えて考えて考えて生きていました。

 18歳って人生の節目になるのでは、と考えています。次の段階にどのように歩を進めるか。自分の人生の行く末を考えなければなりません。ただ、自分の可能性は現実に勝り目の前に開拓できる広大な敷地が広がっています。道ではなく敷地です。私の18歳は道がたくさん用意されていました。どの道を歩むかを考えるだけで良かった。しかし、今は敷地を切り拓き歩む道を自らが作れる時代。仮に道が用意されていたとしても道の脇の敷地を自らの思いで切り拓いていく時代です。決められもしないし決められてもいない。だから目の前の小さなことにとらわれるのではなく自分の周りをぐるっと眺め、18歳の自分の立ち位置を確かめて欲しい。

 また余計な想いを書いてしまいました。真っ赤な薔薇、情熱の薔薇が18歳のエネルギーにふさわしい。

 今しかない高校時代を大切にお過ごしください。

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2週間

 入学してから2週間が過ぎましたね。高校生活のペースに慣れましたか。登校してひととおりの授業を受け、給食からお弁当になり部活動を終えて自宅に戻る - 一日の流れを掴むことができたでしょうか。朝のHR教室を後ろから覗かせてもらいましたが、その後ろ姿からはまだまだ緊張がほどけていないような雰囲気を感じました。もう少し時間がかかりそうですね。

 私は高校に入学してからしばらくの間は座席周辺にいる人としか話ができませんでした。広範にわたる中学校から寄せ集められた40名が狭い教室にぎちぎち詰め込まれ、私は何をどう振る舞って良いのか戸惑う日々でした。だから毎日が緊張でした。自分の高校生活はいったいどうなってしまうのだろう・・・不安も大きかったです。

 教室にいなければクラスメイトと連絡がとれない時代でした。家には固定電話はありましたが、わざわざ電話をかけることはありませんでした。教室で昨日の不手際を謝り明日の約束をする。つまり、面と向かって言葉を交わして物事が成立するわけです。スマートフォンはなく、SNSも通話アプリもないのですから、そうするしかなかったわけです。困ることは何ひとつなかったけれど、もしも便利なものがあったら私の高校時代は変わっていたのだろうか・・・

 わずか37年でアニメキャラクタの異次元ポケットにあったであろう機器が普及し、アプリを介して友達になっていくような時代に様変わりして、どのような姿が良いのかもわからなくなってしまいました。ただ、アプリで繋がるにしても真っ先にすることは互いに言葉を交わすところから。言葉を交わすきっかけ、道具になるのであればそれはそれでいい、と考えるべきでしょうか。

 中学校から高校、高校から大学、大学から社会人の間に10回環境が変わりました。変化するたびに人も仕事も生活スタイルも変わってしまい、緊張やら気を遣いすぎたりと心がどしーんと疲れます。ただ、日本はいいですよね。ちょうど1ヶ月が過ぎたところで休息できる連休がありますから。タイミングとしてベストな時期です。そこで一度呼吸を整え次のステップを踏んでいきましょう!

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桜、見つけました

 19時15分。腕にLEDライト、胸ポケットにラジオを入れて外に出ました。ぽつん、と小さな雨粒が顔に当たるのを感じながらも、外に出た以上は雨が多少強くなろうが決めた距離は走ります。私には雨も雪も関係はありません(ムキになっているわけではありません)。習慣、とは恐ろしいものですね。

 私はラジオ世代で、今でもラジオ番組を楽しんでいます。居間に一台のテレビを家族揃って見るという環境ではなかったことから、私は小さな頃からラジオを聴いていました。野球、音楽、バラエティと、スピーカからの音声から想像を膨らませ、頭の中に映像化することを好んでいました。好きが乗じて短波ラジオを買って海外の番組を聴き、英和辞書片手にラジオ局に手紙を書くようなこともしていました。そうすると返信カードが届くんですよ、あなたはリスナーだと。海外の消印が押されたカードがとにかく嬉しかった。

 さて、夜のランニングはラジオをかけながら走っています。周囲にラジオの音が聞こえると、ここに私がいますというアピールになります。美唄市内はそうでもありませんが、自宅に帰ると歩道を歩く人が多いので、真っ先に音で人が近づいていることを知らせてあげるのが親切だろう、と私なりに考えてのことです。暗がりでいきなり背後から人が接近してきたら驚かせるのでそうさせないように。

 結局誰ともすれ違いませんでしたがいいことがありました。美唄で今年初の桜を見ることができたのです。雨の気配はあったけれど家を出て良かった。やめていたら見ることができなかった桜です。

 総合福祉センター敷地の一本桜。三分咲きといったところでしょうか。街灯に照らされて咲いていました。

 桜、いいですね。

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みんなそうなるといいね

 「手術記念日なんだよ」「それじゃ、ケーキ買わないとダメだよね、で、いつだっけ」「だって今日だよ、もう遅いじゃん、でも13年かぁ、早いなぁ」夕食での妻と私の会話でした。長男が中学生になるタイミングで入学式を見届けてからの手術でした。それは妻のたっての願いでもありました。記念日と言ってのけるほどのメンタルの強さに私は正直負けたなと思いました。自分なら果たしてそう言えるだろうか・・・私はやはりそこまで強くはないはず。ただ、あの出来事があったから、ふと訪れる幸せな時間を愛おしく感じることができています。

 私たちにとっての13年は、過ぎ去ってしまえば言葉のとおりあっという間だったかもしれないけれど、自らの命と向き合ってきた妻の13年とそれをただ見守ってきた私の13年は、言葉では言い尽くせない長い長い時間でもありました。そんな簡単にやり過ごせる時間ではありませんでした。

 この冬の札幌は大雪に見舞われ妻は除雪により右腕を痛め、先日知人に教えてもらった円山(札幌)にある整体の先生に予約を入れ診てもらったようです。先生が身体に触れ治療に入る前にこう言ったらしいです。「消化器系が弱くそこから痛みが発生していますね。自分の思いや考えを上手に言えない性格で、それ故我慢したり自分の中に無理矢理思いを押し込めてしまってそれが原因で消化器系に負担をかけてきたんですね」13年前に手術したことなど話もしていないのに、身体のツボやその人が発する気を捉えて原因を突き止めたのがすごいです。わかる方にはわかるのですね。東洋医学って不思議ですよね。

 さて、妻に一人ひとりの生徒と面談ではなくおしゃべりを昼休みと放課後に校長室で30分間しているんだよ、と話をしたら妻が私にこう言いました。「私、自己表現できない人の気持ちすごくわかるよ。言いたいけど言えないその気持ち。私はずっとそうだったから。人を不愉快にさせないためにいつも気を遣って我慢ばかりしてたから。だからね、生徒の気持ちを聴いてあげる先生の存在ってとても大事だと思う。世の中の学校の先生がみんなそうなるといいね。生徒が思いを言えるようになれば消化器系に負担をかけない人が増えて私みたいにならなくて済むからね」妻は笑いました。なんだか妙に説得力のある言葉でときり、としました。

 私も経緯は違えど真っ直ぐに話を聴いてくれた先生がいたから今があります。最初はずいぶん失礼な物言いや態度をとったものですが、毎日のように私の前に現れては声をかけてくる先生にやがて心を開くことができたわけです。一人の先生の存在は人生を変えるほどの影響力がある。私は実体験からそう思っています。

 モエレ沼公園内に咲いていたエゾエンゴサクです。この花の花言葉は 「妖精のような」「幸せな時間」「静かな喜び」です。本日の話とわずかながらつながるでしょうか。

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運が・・・幸福が・・・

 春一番に咲く花。キバナノアマナ。花言葉が素敵です。「運が向いてくる」「幸福が訪れる」

 昨日、金曜日に仕事で東京から札幌に戻ってきた長男を新千歳空港まで送り、その帰り道南幌町で開催されているイベントを覗いて、午後2時から今年初めてのモエレ沼公園で妻と軽いランニングを楽しみました。この公園は自宅から自動車で5分のところにあり、園内が円形で1周3.75kmとなっており、周回で距離がわかりやすいのとビルドアップやスピード走に使い勝手が良く、私は誠に勝手ながらホームグランド、聖地として利用させていただいております。

 その園内に早春の花が咲いていました。エゾエンゴサクと御覧のキバナノアマナ、そしてイチゲも。やはり例年より1週間は早い開花です。桜の枝もピンク色の蕾で染まり、今週末にはちらほら花が咲くような雰囲気です。もしかするとゴールデンウィーク前に満開になるかもしれません。

 それにしても冒頭に書いた花言葉いいですね。誰もが待っていた春に「運が向いてくる」「幸福が訪れる」なんていうのはわくわくしますよね。いいことがありそうな。意外と身近なところで咲く花ですから見かけたら屈んで見てください。上を向け前を向けと言ってしまいますし言われますけど、私はそうは思いません。後ろを振り返り下を向いて歩いてもいいじゃないですか。そうすることによって見えるものがあるのですから。上と前ばかりだと見失うものも多く疲れますよね。

 生徒とのおしゃべりタイムをお昼休みと放課後に行っています。「私の母がホームページ見てます。掲載された写真を見てこれあなたじゃないとか話をします。校長先生が書いている日記も毎日読んでいるみたいです。今日私が校長先生と話をするのも母は知っています。」そうなんだぁ。そういう家族間の会話がしっかりなされていることが嬉しかったです。私が高校生の頃は親とほぼ会話なし。母に何か言われても「あぁ」「わかった」「知らない」「うん」だけ。父とは会話した記憶がない。

 会話が面倒だったからか。年頃だったからか。一方的に会話を拒んでいたからか。私は家に帰ると自室に閉じ籠もり小説を読み音楽を聴いていた。階下で「御飯だよ」の母の声。私は「あぁ」と返事をし階段を降りる。そそくさと夕食を食べまた自室へ。高校3年間は毎日これの繰り返しでした。もう少し話をすべきだったか・・・今さらですが。

 自分がこうだったから子どもたちも私と同じでした。妻とはそこそこ会話を楽しんでいたようですが、私とはほとんど会話はなかったかな。私がくだらない言葉でちょっかいをかけても構ってくれず無視。そういうこと自体が煩わしい。それもわかるような気もしますが、反応なしは正直寂しかった。もしかすると父も私と同じ感情を抱えていたか。

 おしゃべりタイムは、多くの発見や気づきを私に与えてくれます。進路相談や教育相談の場ではありません。美唄尚栄高校をさらに魅力的にするためにおしゃべりしています。生徒の皆さんは堅くならずに気楽にお越しください。

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 私は極端な寒がりです。身体が一度冷え切ってしまうと一日中ざわざわして、特に手が異常に冷たくなります。冷え性なのか血流が悪いのかはわかりませんが、冷えた手が身体全体を冷やしてしまうような感じになります。10月から4月が終わるまでこれが続きますから、かなりしんどいです。握手をしたらあまりの冷たさに相手の方はびっくりすると思います。ちょっとした隙間風だったり、足元に冷気を感じたときには手がかじかんでしまっていて、パソコンでの作業に限らず何も手に付かない状態になります。本当に困ったものです。でも、これからしばらくは大丈夫です。

 さて、本当は一年中開放したいのですが上述の事情から校長室で冬ごもりしていました。ここのところ少しずつ暖かくなってきましたから、御覧のとおり校長室の扉を開放しています。いつでもウェルカムです。

 昨年度は生徒がひょっこりのぞき込んだり、校長室ってこうなっているんだと小さな声でささやき合ったりする様子が見られました。ノックして入ってくる生徒も多数おりました。閉めきっていると感じることのできない生徒の様子に触れることができ、そこが楽しいです。教職員も校長(私)を近くに感じられるでしょうからメリットがあるのでは、と勝手に思ったりしています。

 話は変わります。自宅の庭も花たちの芽があちらこちらから顔を出し始めています。雪が消えて真っ先に花を咲かせるのはクリスマスローズです。「クリスマスローズ咲いたよ」と妻が教えてくれたのは先週のこと。小さな一株を庭に降ろしたのは8年くらい前になるでしょうか。漸く咲いた花から毎年種を採っては庭の隙間に種を蒔き少しずつ増やしてきました。雪の下になること数年、時をかけて株が成長しあちらこちらで可愛らしい花を咲かせています。

 たっぷりお花に関われる季節がやってきました。暴雨や積雪により薔薇のアーチや支えが破損したのでまずはそれを直すところからスタートです。そうした作業を含め朝から晩まで庭で過ごす時間を持てることが私にとっては一番の幸せです。

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 北海道もどうやら桜が咲いたようです。例年よりも2週間ほど早いのでしょうか。桜が咲くのはとても嬉しいのですが、環境の変化によって早まっているのだとしたら複雑です。道央ですとゴールデンウィークに咲く - これは子どもの頃から変わることなく近年まで脈々と続いてきたように思います。今年度だけが早いのか・・・そうであって欲しいです。

 4月、新入生、新入社員という言葉をよく耳にします。環境がいきなり変わって、自分の立ち位置がわからなくなる時期です。隣にいる人が要領よく生活しているのを見ると、自分は出遅れてしまったなとか早く周りに合わせていかないとマズイなと焦ってしまいます。そうなると自分のことよりも周囲のことばかり気になって、自分のパフォーマンスが発揮できなくなります。スタートを切ったばかりです。ゆっくりやりましょう。

 昨日のニュース番組で新入社員のマナー教室の様子を伝えるコーナーがあり、そこでは電話対応、名刺交換、印鑑の押し方、挨拶の仕方等が丁寧に語られていました。大学を卒業してすぐにこの世界に入った私。当時、マナーを教えてくれる方はいませんでした。ですから、私は私なりに考えて行動したのを覚えています。あとは人の動きを観察して真似をするようにしていました。

 入学式の飾り花の桜が職員玄関で咲いています。

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習熟度別の授業

 数学は習熟度別の授業を展開しています。授業中に後ろ側から入ってみました。単元『集合』になるのでしょうか。教科担任とのやりとりがとても楽しそうです。教科担任が私を見て「校長先生、私の授業みんなわかりやすいと言ってくれています」と胸を張って言うものですから、私は「わかりやすいと思う人手を挙げて」と生徒に聞いたら、なんと全員が真っ直ぐに手を挙げました。本当にそうだから手を挙げたんだな、と思える手の挙げ方でした。生徒は素直です。すべての学校に言えることですが、生徒の授業評価を私たち教職員はしっかりと受け止め、授業改善に励まなければなりません。

 私の場合、中学校に入学して真っ先に数学につまずきました。これが転落の人生につながっていきます。わからない、つまらない、邪魔をする、先生の言うことに反発する、これが国語社会理科英語の主要教科に波及し、体育、技術にも広がっていく・・・わからないのであれば先生に聞けばいいのに、その姿をクラスの人に見せたくなくて、どんどん深みにハマっていく感じになっていきました。すべて自分が悪いわけですが、先生や周りのせいにして逃げていた・・・これが恥ずかしながらある一時期の私の姿です。

 生涯学習 - その意味は多岐にわたりますが、私の場合はまず中学生の頃に戻り、ほぼ空白にしていた時間の学習を取り戻したい。戻したところで人生はやり直せないところまで進んでしまってはいるけれど、その年齢でしか得られない何か大切なものを置き忘れてしまったと思うからです。放課後に個人的に勉強を教えてくれた佐藤先生のおかげで、置き忘れになるはずだったもののいくつかは取り戻すことはできたわけですが。本当に失敗しました。

 長男が高校受験の勉強をしていたとき、「父さん、この問題どうやってやるのか教えて」と質問されました。私の苦手とする中学の数学です。20分くらいかかって私なりに答えを導き、得意になって長男に説明しました。「答えは同じでもそのやり方なら時間がかかりすぎてだめだ」「どうして」「限られた時間の試験で他の問題に手が付けられなくなる、もっと効率よく解ける方法ないの」「ないな」「じゃもう聞かない」そのあたり(解答するための)の思考回路が私の中で断絶してしまっていることを感じた瞬間でした。こうしたところに綻びが出てくるわけです。

 数学の習熟度別授業からずいぶんと話が広がってしまいました。

 1週間で1万アクセスずつカウンタが上がっております。美唄尚栄高校の生徒を応援してくださりありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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尚栄高校でなら夢は叶うさ

 本校の公式マスコットキャラクタの『かなうさ』

 尚栄高校の”尚”と夢は”叶(かな)うさ”を掛け合わせた可愛らしいキャラクタです。「尚栄高校でなら夢は叶うさ」尚の中に口の字がありますが、この口が跳び箱になっていて、かなうさが跳び箱を跳んでいる。発想がいいですよね。グッド・アイデアです。

 かなうさを何とかしたい - 昨年からずっと考えていることです。写真は工業系列の教員が3Dプリンタで昨年製作してくれたもの。もっと小さいサイズにして全校生徒に配布してカバンやリュックに下げてもらったらどうだろう。暗がりで歩いたときに車のヘッドライトに反射するキーホルダにしたらどうだろう。制服の上着(左側のラペル(下襟)にある「フラワーホール」に付ける)に付けるピンバッジにしたらどうだろう。ぬいぐるみが流行っていますからカバンに下げられるくらいの大きさで作ったらどうだろうか・・・アイデアは多々あるのですが、何かおもしろい意見等があればお寄せください。

 そんなの意味がない、と言ったり聞いたりすることないですか。簡単に口にしてしまいがちですが、私は意味がないものってないと思います。かなうさもそうです。意味があってキャラクタになっています。ただただ眠らせておくのはもったいない。意味があるのだから意味を持たせる何かを生み出したいのです。それは今ここで働く教職員が中心となって考えなければなりません。道立学校で公式キャラクタを持っている高校が果たしていくつあるでしょうか。調べてはいませんがそう多くはないはず。そういう特異性のあるものだからこそ利用しない手はないと。

 フラワーホールに校章を付けてもらっていますが、その横にかなうさピンバッジを並べて付けたら良さそうだな、と思ったりしていますが如何でしょうか。インターネットでいろいろ調べてみると300個の大量受注で6~7万円ほどで製作できるようです。そうすると1個あたり300円。手に届きそうな金額かなと思うところです。

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生徒との『おしゃべりタイム』はじめます

 本日からスタートします。3年次生から一人ずつ順番に実施してすべての生徒と最低1回は校長室でおしゃべりを楽しむ企画です。校長と『面談』するとなると、堅苦しくなりますから、名のとおりの『おしゃべりタイム』と銘打ちました。お昼休みに当たった人はお弁当持参です。放課後は飲み物持参で構いません。肩を張らずにやっていきましょう。緊張せずに自分の順番がきたら足を運んでください。

 昨年度、声掛けをせずとも多くの生徒が私のところに訪れてくれました。それとは別に着任時から本企画を考えていたところであり、1年間宙ぶらりんになってしまったことに今さらながら反省しています。前3年次生はすでに卒業してしまい、貴重な機会を見す見す逃してしまった・・・思いついたら即実行を信念とする私ですが、何故やらなかったのだろう。後悔先に立たず。

 道内の公立高校は本校に限らず生徒数の確保に頭を悩ませています。それぞれの学校が素晴らしい特色や魅力を発信し、一人でも多くの生徒に入学して欲しいと必死です。当然、私も毎日そのことを考えています。地域、つまり外に向けた情報発信にウェイトを置きがちだけれど、足元をもっと見る必要があるのではないか。このことは教諭の時からずっと考えてきたことで、32年間私は私なりに力を尽くしてきたつもりです。今目の前にいる生徒に対してどのようにアプローチするか。これを無くして外への発信はないと考えます。

 大人(教職員)が良かろうと思って取り組むことが、もしかしたら子ども(生徒)の感覚と大きなズレがあるのではないか。私はその感覚に戸惑いズレた時代を過ごした経験がありますから、人より敏感です(現在進行形です)。先週の校長の小部屋では、そのズレたことを悔やむ話を書きましたが、ズレたことにより掴んだモノもあるということです。そう考えると少しはプラス要素になったのかもしれませんね。

 子ども(生徒)が本校で見ている景色を上手に発信することで、新しい形の美唄尚栄高校が見えてくるような気がするのです。私も教職員も、「そこは見えていなかったな」というたくさんの盲点に気付かせてくれるのではないか。これはあくまでも私個人の考えですから、やってみて失敗したらまた次を考えます。

 「やりもしないでマイナスだけを探す人生はつまらない。やってみたから新たな景色に出会うことができる。その景色が明るいのであればさらに前に進めばいいし、暗いのであれば一度原点に戻って次の景色を見に行く準備をすればいい。その時間にこそ意味がある」何の格言でもありませんが、これが私の考えで、これに基づいて今まで歩いてきました。

 さて、生徒たちは私に何を語ってくれるのでしょうか。会話の中から私は生徒たちからたくさんのヒントを得られるわけで、それが楽しみでなりません。

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嬉しい出来事

 入学式演台の飾り花を職員玄関前に展示中です。生徒の皆さん、ちょこっと足を運び見てください。綺麗ですよ。

 大学に行ったのは先にある人生の在り方を考えたとき、どうしてもそのワンステップ必要だったからです。電力会社で働くか、それとも何となく目標としていた恩師(教員)のようになれるのであればそこを目指すのもいいだろうということで。もしも教員になるのであれば、私は中学や高校ではなく小学校の教員になりたかったです。残念ながらそこは叶いませんでした。

 物事すべてに反発し中学校における学びを一方的に拒んでいた時期があったので、ギリギリ首の皮一枚で進めた高校からは教育大学を目指すことは困難でした。時すでに遅し - それも人生ではありますが、このことについてはのちに悔やむことになりました。自らが招いたことですから仕方ないのですが、本当に取り返しのつかない無駄な時間を過ごしてしまった、と。あのようなことをして得をしたことはひとつもなかったな、と。だから高校では心入れ替え、これでもかというほど勉強をしました。すべてを取り戻すことはできませんでしたが。

 高校ではたくさんの友人に出会い楽しい時間を過ごしました。でも、私には何か物足りなかった。それは友人はいるけれど、親友が一人もいないということでした。高校を卒業した後このままでは親友のいない人生を過ごすことになるかもしれない、という寂しさと焦りみたいなものがありました。だから、先に書いた理由もありますが、親友と出会うために自分には大学が必要だと考えました。これが一番大きな理由です。私自身の大学進学の理由がこれですから、子ども二人がそれぞれ大学に進学したときの理由は、大学の4年間で自分のやりたいことを見つける、でした。そのようなことで果たしていいのでしょうか・・・

 さて、親友はどうなったということですが、運良く一人と出逢うことができました。一人いればもうそれで十分です。大学に行って良かったことはこの出逢い。詳細はまたいつかどこかの場面で書けるといいのですが、実はその親友の故郷がここ美唄市です。そこにどのような巡り合わせか私が昨年から生活することになりました。出逢ったときからいつかこういうことになるような縁がきっとあったのでしょうね。見えない糸、って本当にあるのかもしれません。

 親友には兄弟がいて、実はそのお子様が本校に入学してくれました。そのことを入学式が終わった一昨日の晩、ちょうどランニングを終えて着替えているときに親友からのLINEで知ることとなりました。気を遣って入学式が終わるまで私に黙っていたのだと思います。そういうことができる奴なのです。だから親友になれたのだろうと思います。

 家族や兄弟のことは親友が大学時代に私に紹介してくれて、以後いろいろとお世話になったのですが、当時はまだ幼くて小学生でした。いつの間にか親となり、立派に子どもを育て本校に入学させてくれたのです。ずいぶん前置きが長くなりました。嬉しくて嬉しくてもう言葉が出てきません。

 36名が元気に登校し入学式を無事終えることができました。目標とする41名以上には届きませんでしたが、数多くある高等学校の中から美唄尚栄高校を選択し入学してくれて本当にありがとう。その後押しをしていただきました保護者等の皆様大変ありがとうございました。心より感謝申し上げます。

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入学おめでとう

 4月8日(水)、多くの御来賓並びに保護者等の皆様の御列席のもと、第16回入学式を挙行いたしました。新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。

 

 式辞

 ただいま入学を許可しました三十六名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。
 本日、ここに、PTA会長 ●●●●様、美唄市長 桜井 恒(ひさし)様を始め、御来賓の皆様と新入生保護者等の皆様の御列席を賜り、令和8年度第16回入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとって大きな喜びであります。本日、御出席をいただきましたすべての皆様に、教職員一同、心より感謝申し上げます。
 新入生の皆さんが、めでたく本校の生徒となりますことに、私たち教職員、並びにすべての在校生とともに、心から歓迎いたします。
 今日から、高校生活をスタートするにあたり、こんにちまで皆さんに愛情を注ぎ、大切に育ててくれた、保護者等の皆様を始め、小学校、中学校で御指導いただいた、先生方に感謝する気持ちを持ち、これからの高校生活において、学業や部活動、友人との関係を築く中で、将来の夢を実現させるため、充実した毎日を送ることを期待いたします。
 さて、私たちは今、先行きの見えない社会の中で生きています。技術の進化により、一昔前は夢物語の中にあった世界が、目の前に現実のものとして広がっており、生活環境はめまぐるしく変化し続けています。このような時代を生き抜くためには、物事の本質を見極め、「自分の人生を舵取りする力」と「これからの社会の創り手となる力」を身に付けなければなりません。本校で過ごす3年間のその先にある人生を豊かにするため、高校生活の一日一日を大切に過ごしてください。
 皆さんの新しい門出に際し、私から3つのメッセージを贈ります。
 1つ目、自分だけの「問い」を持つこと。
 私たちは今、正解のない時代を生きています。AI(人工知能)が瞬時に答えを提示してくれる便利な世の中ですが、だからこそ大切なのは「提示された答え」を鵜呑みにするのではなく、「なぜそうなるのか」「自分はどう思うのか」という自分自身の問いを持たなければなりません。学びとは、単に知識を蓄えることではありません。未知のものに出会ったとき、自ら問いを立て、調べ、考え、自分自身が納得できる答え、「納得解」を見つけ出すプロセスそのものです。高校生活の中で、ぜひ多くの「なぜ」に出会い、知的好奇心の翼を大きく広げてください。
 2つ目、多様性を認め、対話を楽しむこと。
 育ってきた環境も、得意なことも、将来の夢も異なる多くの仲間がここに集まっています。自分とは違う意見や価値観に出会ったとき、それを「拒絶」するのではなく、「発見」として受け止めてください。ぶつかり合うことを恐れず、対話を重ねることで、自分一人の視点では見えなかった景色が見えてくるはずです。他者の痛みに寄り添い、互いの個性を尊重し合える関係を築くこと。それは、これから皆さんが社会に出ていく上で、最も重要な力の一つとなります。
 最後に、失敗を「成長の糧」にすること。
 新しい環境では、思い通りにいかないことや、壁にぶつかることもあるでしょう。しかし、失敗は恥ずかしいことではありません。挑戦した証であり、成長するための貴重なデータです。「失敗した」という事実で立ち止まるのではなく、「次はどうすればいいか」と前を向く強さを持ってください。本校は、皆さんが安心して失敗し、何度でもやり直せる場所でありたいと考えています。私たち教職員は、皆さんの挑戦を全力で応援し、支えていくことを約束します。
 3年間の高校生活を全うした先には、再び人生の岐路を迎えます。そこで、たたずんでしまうのか、積極的な進路選択ができるのか、それは、いかに皆さんが充実した高校生活を送るかにかかっています。努力、時間、仲間を大切にして、有意義な高校生活を送っていただきたいと思います。
 そして保護者等の皆様、本日はお子様の御入学、誠におめでとうございます。この場をお借りし、保護者等の皆様にお願い申し上げます。子どもたちの成長には、学校と家庭、そして地域が手を取り合い、同じ方向を向いて歩んでいくことが不可欠です。思春期という多感な時期、子どもたちは時に反抗し、時に悩み、立ち止まることもあるかと思います。そんな時は、どうぞ焦らず、温かく見守ってあげてください。私たちも、一人ひとりの可能性を最大限に引き出せるよう、誠心誠意、教育活動に邁進してまいる所存です。お子様の健やかな成長のためには、学校とご家庭との信頼関係が不可欠です。何かご心配なことがあれば、どうぞ遠慮なく『相談』という形でお聞かせください。共に解決の道を探っていければ幸いです。本校の教育活動に、御理解と御協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
 結びに、御多忙の中、御臨席を賜りました御来賓の皆様、御列席をいただきました保護者等の皆様方に重ねてお礼を申し上げますとともに、本日入学された新入生の大いなる健闘と成長を心から期待して、式辞といたします。

   令和8年4月8日
          北海道美唄尚栄高等学校長 日 下   剛

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美唄中学校入学式にて

 4月7日(火)美唄市立美唄中学校の入学式に出席させていただきました。担任の先生の呼名に体育館の隅々まで響き渡る「はい」がとても印象的でした。起立したときの凜とした姿も素晴らしかったです。

 小学生、そして中学生までは大きな声で返事をしたり大きな声で歌ったりするのに、高校生になるとたちまち声を出さなくなるのはどうしてなんだろう・・・真っ先にそんなことを考えてしまいました。

 たぼだぼだけど折り目の付いた真新しいブレザーもやがてちょうど良いサイズになっていくのでしょうね。そうなった頃には次のステップ(高校)を考えなければなりません。ここにいる生徒たちが美唄尚栄高校を選び、美唄尚栄高校で学んでくれると嬉しい。そうした学校にしなければならないな、と思ったところです。

 今日から中学校での新生活がスタートしますね。緊張が続く毎日になりますが、焦らず慌てず自分のペースでスタートを切ってください。多少みんなからスタートが遅れたとしても、長い目で見ればどこかで追いつき、3月の卒業式は一緒になります。

 右に合わせなければ前に追いつかなければと我を見失うのではなく、まずは自分の立ち位置を確認するところから始めて見てはどうでしょうか。担任の先生やクラスメイトと会話をしながら小学生から中学生に切り替わった自分を確かめてみる。そうして少しずつ少しずつ慣れていけばいいのではないでしょうか。

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自転車の乗車ルール改正

 4月1日から16歳以上の自転車の交通違反に反則金の納付を通告できる交通反則切符(青切符)制度が始まりました。スマートフォン使用のながら運転が1万2千円、二人乗り3千円、イヤフォン装着5千円、歩道走行6千円など。反則金があるから注意しましょうではなく、まずは自分の命を守るため、歩行者等との事故を防ぐためと考えることが大切です。本校の生徒も明日から自転車での通学となります。今一度、ルールを確認して自転車の乗車をお願いします。また、ヘルメット着用は努力義務ではありますが、可能であれば着用をお願いします。

 今年も交通安全運動に参加しました。ちょうど1年前も同じ場所で旗を持ちました。交通事故を防ぐためには、やはりスピードを出さないことが一番なんだろうと思います。自動車を代えてから、アクセルを踏むと一気に加速するので恐ろしくなり、ついついゆっくり運転になってしまいます。「遅すぎて後ろの車に迷惑になるでしょ」といつも妻に叱られています。先日は助手席に乗った次男にも叱られました。

 車の性能がどんどん向上しているにしても、この狭い日本でスピードが出る車が果たして必要なんだろうかと運転するたびに考えます。高速道路で100キロメートル走行なわけですからそれ以上のスピードはいらないように思うのは、車そのものの構造を知らない人間の勝手な考えになるのでしょうか。私などメータのMaxが80キロの車で十分なのですが。

 私は平日は自動車を運転しませんが、週末は自宅に帰りますから片道1時間ハンドルを握ります。昔から運転がそれほど好きではありませんし、交通事故のリスクを減らすためできるだけ運転しないようにしています。1週間分の食料を買い込んで美唄に戻ってきますので、特に不自由はありません。

 個人的な用事(本が欲しい、レコードを見たい、服を買いたいなど)で買い物に出掛けるときは、夏でも冬でもランニングバッグに着替えを詰め込み目的地まで走って向かいます。できるだけ自動車を利用せず中心街まで距離稼ぎをしながら20キロほど走ります。今年は雪解けが早かったせいか自転車に乗車する方を多く見かけました。歩道を猛スピードで走行したり、スマートフォンで音楽を聴くのはいいとしても大音量だったり、横隊で走行したり。マナーの善し悪しについてはいつも思うことはあります。

 歩道を歩く人も自転車走行する人も、そして自動車を運転する人も交通安全を意識した生活を送ることが求められます。

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お弁当バッグ

 先日、転出する教職員からいただいたお弁当バッグを本日から使わせてもらっています。ありがとうございました。コーヒーが大好きで毎日大きいボトルを持ち歩いていますから、お弁当箱とボトルを入れてもたっぷり余裕があり、特に夏場は熱中症対策でもう一本ボトルを入れますので、バッグのサイズ感が個人的にとても嬉しいです。

 毎日お弁当を作っています(いや、詰め込んでいます)。代わり映えしない毎日同じような食材です。これをほぼ繰り返しています。それでも自分で研いだお米を炊いて湯がいた野菜類を食べると、毎日同じでも美味しいです。野菜はブロッコリ、アスパラ、スナップエンドウ、インゲン、ホウレンソウ、小松菜、オクラが主です。

 そうでした。今はいいのですが学校がスタートしますとお弁当づくりが始まります。朝からまた大変になりますが、お子様の健康維持のため、保護者等の皆様よろしくお願いいたします。そして、生徒の皆さんは、お弁当を持たせてくれる保護者等への感謝を忘れずに。

 学年末休業日学年始休業日はそれぞれ7日ずつ、計14日間与えられています。この間、本校の若手教職員と校長室で昼食をともにしました。生徒が登校してくると慌ただしくなりますから、そう頻繁に一緒に食べることはできなくなります。教職員の動きや表情等を観察しながら、今日なら一緒に食べられるかな、というタイミングで声掛けさせてもらっています。

 昨年度も教職員、生徒と一緒にお弁当を食べる機会を設けました。会食しながらですとざっくばらんな話ができておもしろいですし、人柄や人間性など新たな発見ができるのがとてもいいです。形式的に面と向き合って話をしなければならないこともありますから、そこには管理職と教職員の距離幅を変えてはいけません。上手に使い分けです。お弁当を食べながらという接し方はお勧めです。意外と本音が聞けたりしますし、私がどのような人間なのかを知ってもらうにも好都合です。

 トップページにもありますがアクセス数40万件(1年前は9万件弱でした)を超えました。私が書いている校長の小部屋は脇に置いておき、トップページのトピックスを教職員がしっかりアップしてくれるようになったのが嬉しいです。1年前に教職員にお願いしたことができている - これほど嬉しいことはありません。一人でも二人でも実践してくれると、それがやがて五人、六人と自然に広がりやがて全体のものになっていきます。

 私は中味は薄くとも書くことに抵抗がないので、座席に座って真っ先に頭に浮かんだことを記しています。写真一枚を入れることがそうしたことをスムーズにさせてくれているのかもしれません。学校は話題豊富なところですから、いつもより少しだけ見るポイントを変えると発見の連続になります。そこを取り上げてホームページに掲載すればいいと私は思っています。こんなことは掲載できない、と難しく考えるからアップへの敷居が高くなり更新は途絶えます。

 自分の上げた記事を読んでくれている方がいます。当然そこにはそれ相応の責任を伴います。でも、こうしてカウンタが1日1000件、2000件と増えていくのは、書き手である本校の教職員の励みになりモチベーションの高揚につながっていることは間違いありません。

 今後とも末永くお付き合いくだされば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

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教え

 何度もこの風景を掲載して話をさせていただいております。私の自慢ですのでどうぞ御覧ください。今日は屋上から撮影しました。いつもより一段、二段高いポジションから撮っていますので、見えてくるものが違うと思います。1年前にもここに上がりました。私は各学校の屋上に着任したその日に上がっています。ただ風景を眺めたい、からではありません。

 教頭として初めて勤務した学校は市内で一番の高台にある歴史に名だたる伝統校でした。そこで2年間お仕えした校長先生からはたくさんのことを学ばせていただき、その教えの数々は今も管理職である私の教訓として生きています。今考えると芸術派で新感覚の校長先生、発想が豊かであり古きものにとらわれないおもしろいセンスをお持ちの方でした。そう考えていいんだ、そうしてもいいんだ、と毎日が発見の連続で楽しい時間でした。

 私は手術、退院直後の着任でしたから、極端に体力は落ち患部はじくじくと痛く、あろうことか借家のトイレからは水漏れ、瞬間湯沸かし器は破損、風呂のガス追い焚き機器が破損、水道管の劣化により水が使えないなど、もう毎日が泣きたくなるような生活を3週間、ほぼ4月はこれで終わりました。この時ほど、情けないと思ったことはありません(これも今だから笑えるエピソードです)。

 でも、仕事は別でした。昨日までは教諭、今日から教頭です。校長先生、教職員から「教頭先生」「教頭先生」と呼ばれ、体調がどうしたこうしたと言っていられない状況になりました。全力全開の対応に、こんなにも変わってしまうんだな、と感じる毎日でした。

 私の性格と言いますか、とにかく先回りして準備をし安心しておきたい、次から次に舞い込んでくる仕事にゆとりを持って向き合いたい、期限があったら4、5日前までに、こうくるだろうと思ったことは事前に調べておく、など一風変わった側面を持っています(損な性格です)。簡単に言うなら慌てたくないということです。ですから、教諭時代にたくさん経験した主任級の仕事で「どうなっているの」と言われたことがありません。いや、言われるのが嫌だったから言われないようにしていました。言われると言われた自分に腹が立ってしまうのです。これは生まれ育った環境の中で身体に染みついてしまったのだろう、と思っています。

 4月のある日、校長先生に「教頭先生、そう言えば校舎の屋上に上がってみたの」と言われました。まったく意味がわかりませんでした。躊躇している私に校長先生はこう仰いました。「南側1キロメートルに海があるでしょ。もしも津波警報が発令されたら教頭先生どうします。高台にあるから安心ですか。垂直に逃げるとき一番高いところは学校のどこになるの」

 私は、はっ、としましたし脂汗をかきました。その視点がまるっきり抜けていました。恥ずかしながら考えもしなかったわけです。そして、やはり自分のふがいなさに腹が立ちました。校長先生がその日私にくれた大切な言葉です。「言われる前にどうすべきかを考えて行動すること。とにかく気がつくようにアンテナを高く張ること。おかしいと思ったこと、現状にそぐわないものは、気がついた者の責任で変えること。あとは教頭先生が考えて仕事をすること」校長先生から言われたのはこの一回だけでした(何も言われないように小さな頭で考え考え行動しました)。

 7年前のことを想い出しました。思いが想いに変わるほど時は流れてしまいました。あの日から私はどれほど成長したのだろう・・・

 先日も書きましたが、人は必ず自分に何か大切なものを残します。いや、残してくれます。それがいったい何なのかに目を向けると新たな自分づくりができると私は考えます。

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春の風景

 美唄市総合体育館から美唄中学校の裏通り(農道)をどこまでもランニングするのが好きです(雪が降ってからはドライバーに迷惑をかけるのでここを走ることは遠慮していました)。昨日、夕焼けがきれいになるだろうな、と思い春の夕刻をのんびりランニングしました。

 どしんと構えた樺戸山系に守られた広大な畑とこの色、この匂い - こうした風景をずっとずっと遠い昔に見ていたような、ここを通るといつも懐かしい気持ちになります。

 空知の生まれ故郷に戻って生活を組み立て直すということは、もう私の人生には訪れないと思われます。ただ、自分の原点は空知にあるんだ、と実感させるのはこのような風景の中にある風の匂いや自然の彩りだったりします。人って、ふとしたときに自分の立ち位置がどこにあるのかを知りたくて原点を求めるのかもしれませんね。私はその頻度が高いかもしれません。

 町が衰退し少子高齢化が加速度的に進む美唄市。人が集まる観光スポットは多々あります。でも、どうでしょうか。わざわざ施設を整えなくてもこうした美しい風景を活用したら。サイクリングで回るツアーを企画したり、農業を営む方が作った野菜や果物を少しずつランニングバックに詰め込むマラニック(マラソンとピクニックを織り交ぜたエンジョイ型ランニング)イベント、5キロ・10キロ・15キロ・20キロのウォーキングコースを巡るスタンプラリーウォーキング、フォトコンテスト・・・いろいろなことができるのでは。

 ランニングをしているときは、タイムと呼吸、疲労具合、身体の乾き具合くらいしか考えないのですが、昨日は珍しく楽しいイベント企画を考えていました。と、いうのは美唄に住んでいらっしゃる方が(本校の生徒や教職員を含め)この風景を知っているのか、知らないのであればそれはずいぶんともったいないことだな、と思ったからでした。

 美唄には美しい風景があります。どこを切りとっても絵になる素敵な町です。写真の腕前が上がればもっといい形で紹介できるのですが(今年は本格的にカメラを復活する予定です)。

 さて、入学予定の皆さん、準備は進んでいますか。まもなく入学式がありますから生活リズムをしっかり整えましょうね。

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