ブログ

校長の小部屋

春の訪れ

 12月から2月にかけて出張や札幌の自宅に帰る時は、水道の水抜きをしなければなりません。台所、トイレ、浴室、洗面所、ボイラーの5カ所の作業をすると軽く20分はかかります。大元だけを操作すれば良いのではなくあらゆる栓を開けて管内に溜まった水をはき出さないとそれが凍結してしまいます。こうした一連の作業をしなければ後々困ることになるのはわかっていても、大丈夫だろうと高をくくって家を空け、半日以上水が出ないことが2度ありました。水が出ないことがこんなにも人を不安にさせる。水のありがたみを痛感したシーズンになりました。

 いつもより早い雪解けなのかもしれません。あんなにあった雪は陽の当たらない一部分に残すだけになりました。3月の上旬から夏用のランニングシューズで路上を走ることができたのも初めてです。さっさと冬用のランニングシューズを箱に収め片付けました。本校の陸上トラックも今日から走行できる状況です。朝の冷え込みはありますが、春の訪れは例年になく早いのかもしれません。

 昨日、午前中に2時間かけて21キロのランニングを楽しみました。明日ハーフマラソン大会が開催されても飛び込みで走ることができる身体づくりを欠かしません。これは私の決め事としています(どうでもいいのですが)。午後から妻とランニングとウォーキングを織り交ぜた8キロ走に出ました。札幌市北区にある百合が原公園をスタートに繁華街を巡ってぐるり一周のコースです。途中、たい焼き屋さんで腹ごしらえをしてゆっくり春を感じる時間になりました。

 ここのところさくら、さくらと開花を告げるニュースを目にしますが、さくらよりも早く咲いた花を百合が原公園内で見つけました。氷点下や猛吹雪に耐え命を芽吹かせる樹木に感動です。

 マンサク科マンサク属 シナマンサク 中国原産。幼条や葉が軟毛で覆われている。花は香りも強く黄金色。開花時に枯れ葉が残っているのが特徴。

 皆さんに見ていただきたくて掲載いたしました。 

0

パウンドケーキ探究

 想像するだけで楽しくなります。クルミパウンドケーキ(美唄産クルミを使用、米粉を使用)の研究。一緒に研究開発したい、と単純に思ってしまう私。クルミの割合を変化させることで食感は変わりますから、口の中に残るクルミの状態であったりその大きさであったり検討することは次から次に出てくる。万人受けする製品にするために、作っては食べて議論を重ねて・・・美唄尚栄高校はクラブ活動ではなく授業の中でこういうことができる学校です。
 
 前にも書きましたが、人が生きていくために食は必須です。高校の段階で食について学べるのは大きな意味があると思います。与えられたものをただ食べるのではなく、食べてもらうものを自分たちの手で - そこにおもしろさと魅力がある、私はそう考えます。

 パウンドケーキを持ってきてくれた教員が「校長先生、生徒がクルミの割合について探究していいものを作ろうとしています。今まさにそれをしているところでおもしろいですよ」別の業務があってその場に行くことはできなかったのが残念。それにしても生徒だけで取り組んでいることに大きな意味があります。そこに教員が入っていかないのがいい。

 子どもたちは大人(教員)が気づきもしないアイデアをするっと言葉にします。あまりに突拍子もない展開になると、大人(教員)は「それは無理だろう」とついつい軌道修正したくなる。自らの考えに寄せたくなる。それはわからないではありませんが、そこで何かを言うことによってせっかくのアイデアが消えてしまいます。そうならない寄り添いが我々には求められます。

 私は先生方にいつもお話しています。「作りました、売りました、買ってもらいました、寄贈しましたで終わりではありません。作った先、売った先、買ってもらった先、寄贈した先の姿を考えた教育を展開してください」自宅において趣味の範疇で作ったのであればそれはそれで終わっていいのですが、教育活動で作ったのであればその先の展開を常に考えさせなけれなりません。20年30年前に求められていた教育と今の教育は大きく様変わりしています。

 〇〇しました。だから・・・、それで・・・

 だから・・・、それで・・・が問われます。生徒も教員も探究し続けなければなりません。

0

尊重するよ

 札幌の高校に勤務していた3月上旬のこと。「合格したよ」妻から長男の大学合格を知らせるLINEを受け取りました。当時私は3度目の入院を控え、その入院で手術することが決まっていて、体調のすぐれない日が長く続いている時でした。長男の高校受験の顚末については先日書いたとおりなのですが、あれから3年後、今度は大学受験を迎え長男は長男で大変な人生を送ってきたわけです。

 3年間続けると張り切っていた部活動も2年生の途中で辞めてしまいました。私も応援に行きましたが、宮城県気仙沼で開かれたインターハイで強豪校に敗れてしまい、残された1年でどれだけ努力しても全国に名だたる選手のレベルには達しない、と自らの力量を悟っての退部でした。学校から帰ってくる時間は毎晩23時前後で土日もなく、22時前に床に就くことが日課になっていた私は長男とずっとすれ違いの生活になっていました。久々に会う長男は疲れのせいかいつもぐったりしていて、私は部活のために学校に通わせているのか勉強させるために学校に行かせているのか、もっと友達や恋人と遊ぶなど今しかできない青春時代を味わうべきではないのか、などといくつもの疑問を抱えたまま悶々とした日々を過ごしていました。

 「このままでは部活だけの高校生活になってしまう。部活を続けても日本一にはなれない。今から真剣に勉強をしないと大学にも合格できなくなる。中途半端な自分になりたくない。残りは全力で受験勉強をする」という旨のLINEの最後に「今まで部活にお金を使わせてしまって申し訳ないけど、部活辞める、ごめん」と書かれていました。私の知らないところで相当な期間悩んでいたようです。口から出る言葉ではなくLINEというところがいかにも現代を生きる高校生らしい切り口ではありますが、長男の成長を感じた瞬間でもあり、正直嬉しく感じたことを覚えています。私は「考えた末の結論を父親として尊重するよ」と返信しました。

 LINEに書かれた言葉に、私は、高校受験の出来事を長男はずっと意識していたんだな、と思い知らされました。あの時、私はいとも簡単に「それは通過点でゴールではないんだよ」と手紙に記したわけですが、長男はその通過点に引っかかりを抱えたまま今まで生きてきた・・・それを思うだけで胸が一杯になりました。私は大学受験を終えるまで決して何も言うまい、と決意しました。

 9月に北海道で大きな地震があり、偶然にも台風も重なって我が家は長く停電が続き、そのような中でもロウソクを灯して受験勉強をしていました。それから少ししてずっと仲良くしていた友を病により失い、メンタルも体調もボロボロになり満足にモノも食べられない状態になりました。さらに追い込みの12月24日に私が突然腹痛と高熱で寝込むことになり、どうしようもなくなって病院に駆け込むと虫垂が破裂している(虫垂炎)と言われ、29日に緊急入院となりました。共通テストの直前まで入院することになり、応援どころか逆に足を引っ張るダメな父親になってしまいました。どうしてこんな大切なときに虫垂炎になんかになるの、と妻に叱られました。今だからいろいろなことを想い出します。

 長男がどこの大学を目指しているのかすらわかっていませんでした。妻とはいろいろ話をしていたようですが、私には一切話をしてくれませんでした。弘前大学に合格した日に初めてそうなんだ、と知ったわけです。何を暢気にと思われるかもしれませんが、実は非常に悪さをする虫垂炎で、一度退院してからというもの3月末の手術になるまで大変なことになり、長男の大学云々を考える余裕すらなくなる生活をしていました。しかも4月から管理職に、そんな大変なことも私自身抱えていたわけです。自分のことだけで手一杯で長男どころではなかったわけです。

 長男の受験から、自ら「こうしなければならない」と気付き努力している子どもに対して、親として思うところがあったとしても、私は「何も言うまい」、つまり子どもの思いを「尊重してあげる」ことが極めて大切なんだということを経験的に理解しました。がたがたモノを申したら成功することも失敗につながってしまう・・・それが私なりの結論です。

 我が家のどうでもいいような昔話をさせていただきましたが、1月から3月までの受験シーズンは、子どもたちにとって(保護者等にとっても)経験したことのない緊張であったり、大きなプレッシャを抱える時間になります。私たち大人のようにさまざまな人生を巡ってきた者にとっては簡単にやり過ごせることでも、十代の子どもたちにとっては全力で挑戦する一大事。最大の挑戦です。その時に親として何を語り何を伝えるか - 私の経験が何かのお役に立てばいいなと思って書かせていただきました。

0

ちぎり絵カレンダー

 「今度家庭クラブの代表になりました〇〇〇〇です。●●●●です。ちぎり絵カレンダーを作りましたのでどうぞ」2名の女子生徒が役員に就任した報告とカレンダーを持って校長室にわざわざ足を運んでくれました。教職32年、多くの学校で多くの生徒を見てきましたが、生徒が校長室を訪ねる(形式的なことは除いて)という話を聞いたことがありません。節度を持って来てくれる本校の生徒は本当に素晴らしく可愛らしいです。いつもありがとうございます。本校に勤めることができて本当に幸せです。

 2名にお願いです。3年次生が卒業し、今度はあなたがリーダになります。今の活動がその下の代までずっと続いていくように、1年次生、さらにこれから入学してくる新入生への御指導をよろしくお願いいたします。

 私は校長室に来てくれた生徒と必ず写真を撮るようにしています。今年度ずいぶんたくさんの生徒と写真を撮りました(こうしてホームページに掲載することも快く了承してくれます)。担当の先生に行っておいでと言われたのか、生徒同士で盛り上がってちょっと行ってみるかとなったのか、まぁまぁどちらであっても嬉しいですよね、こういうことは。

 「ねぇ、どうする、ピースでもする?」生徒同士の日常会話的な話が聞けることを個人的な楽しみにしています。この場所でピースなどしていいのだろうか・・・迷いや冒険心からもう一步踏み込んでみたい気持ちでこそこそとやりとりしている姿に心が和みます。「ピースでもポーズでも何でもいいんだよ」と私はいつもそうした言葉を返すようにしています。せっかくの機会だから整然と並んだ写真よりありのままの姿で写って欲しいのです。

 生徒を見る視点が昔と大きく変化している自分を感じることが多くなりました。1回目の担任は生徒と9つ違いでしたから友達、お兄さんとしての感覚。2回目と3回目は私自身が父親になった時でしたから兄であり父親、時に友人でもあり。4回目は自分の子どもとしての感覚がすごく強くなりました。5回目は自らの子どもと同じ世代に差しかかっていたので家族としての感覚が強まりました。勝手にそのような思いで人間付き合いをしてきましたから、生徒にしてみるとなんだなんだこの人なんか違うぞ、となっていたかもしれません。

 では今は・・・とっても表現が難しいのですが、生徒すべてを寛容に受け入れられる、そうした感覚です。保護者等の気持ちまでを包み込んだものの見方と受け止め方になっています。知らないうちに自然にそうなってしまいました。どれほど可愛い存在なんだろう、宝物で大切な子どもなんだろうな、そこから物事を出発させている自分がいます。立場がどうしたではなく、自らの子どもたちが家を出て妻と二人だけの生活となり、歳とともに自らのライフスタイルが変化しています。そうしたことが影響しているのか、子ども(生徒)の大切さに思いを馳せる日々が続いています。歳をとっていくことへの戸惑いはありますが、自分の中で教育観が変化していくおもしろさを実感できていることを考えると、歳をとることもまんざらでもないと思ったりしています。

 ちぎり絵カレンダーは私の真後ろにあるキャビネットに並べて貼りました。

0

高校進学を考えている中学生に伝える私たちのことば

 1日に卒業した本校3年次生からのことば(原文のまま)です。北海道教育委員会がとりまとめたアンケートから抜粋しました。私が書いたり話をするよりも、すごく現実味があってすごく説得力があります。是非、お読みください。

●とりあえず挑戦しよう
●将来が決まってないなら総合学科に来た方がいいなぜなら自分がそうだったから
●様々な分野を専門の講師が具体的に説明してくれるので、資格、進路選択に活かせる
●もし、中学校卒業時点で将来どんな仕事についていたいかまだ見つかっていないという人は、総合学科の学校に行くと自分のやりたいことや特技が見つかるので進路に迷ってるならオススメします。
●進路に迷っていたら、とりあえず総合学科に入ると色んなことを学べ経験ができる
●自分にあったコースを見つけることができ、資格を取って進路活動に活かせる。
●就職をしたくても進学をしたくてもどちらにでも悩まず進むことができて、自分が将来どのような進路にしたいかが決まっていない人にすごいいいと思います。または優柔不断だったり色々な資格を取りたかったりする場合にもおすすめだと思います。
●学びたいことをしながら、片手間で他のことについても学べる
●さまざまな科目があるから、就職・進学先は明確になりやすいかもしれないが、進学で学科試験がある人は、本当に努力しなきゃいけないです。
●まだ将来のことが全く想像つかないひとにおすすめ
●どんなことがやりたいかわからなくても、やりたいことを見つけるのに最適な学科
●じぶんに見合った進路を見つけれるようにがんばってください
●高校卒業後の進路が明確じゃなくても総合学科の高校に進学すれば色々な科目を学べてたくさんの資格が取れ、たくさんの資格が取れるから進学・就職どちらにも強い
●自分に合った専門科目を学べるので、高校卒業後の進路に活かせます
●学びたいことが学べるためよい
●勉強があまり好きではなかったりテスト勉強が苦手である人や進学を前提に考えている人。専門的なことを学びたい人、自分に合ったものを見つけたい人などには総合学科はとてもいいと思う。高校選びはとても人生において重要であるし、自分の人生を選ぶ中で選択肢が広いこの学科は適していると言えると思います。
●総合学科は自分にあったやりたいと思える学科を自分で選択して楽しく授業を受けることができるよっていいます言います。
●やりたいことが決まっていなくても二年生からの選択なので時間に余裕があっていいよ

●進学と就職の両方を考えることができる。幅広い分野で学べて自分のやりたいことが明確にわかると思う
●進学と就職の両方で迷っている人は総合学科だとどちらも先生が対応してくれたり相談に相談に乗ってくれるとこところが良いなと思う。選択科目が充実している分、進路に合わせてしっかり考えて選ばないと後々後悔することもあるので、慎重に選んだ方が良いと思う。
●自分がやりたいこと興味のあることを学べる
●まだ将来のことが決まってなければ総合学科は考える時間ができておすすめ
●色々まなべる
●体験授業で、自分の向き不向きを知ってからどの分野を学ぶか決められる点
●総合学科の高校は自分の興味のある分野を学べたり出来るし、高校卒業後の進路が決まっていない人でもじっくりと考えて決めることが出来る。
●高校1年目はまだ何がやりたいのかわからないと思うので、先生の話など、それぞれ違う学科の先輩に話を聞いたりしてしてみてほしい。私は部活に入ることでいろんな先輩と関われた。
●勉強が苦手なら総合学科を選んで自分の興味のある学科を選んで授業を受けた方が意欲的に出来ると思った
●自分が進みたい進路が定まっていても、いなくても自分の興味関心や引く授業が選べるため将来について着実に進めていける。
●総合学科は必須科目だけではなく、農業や家庭、工業の中で自分の進路に合った科目が選択でき、楽しく学ぶことができる。
●総合学科は選択肢が決まってない人などが探す際にとても適しているからそういった人にオススメできます。
●まだ進路が明確に決まっていないのなら、就職も進学もできる総合学科がおすすめだと思う。自分の頑張り次第でいろんな選択肢が見えてくると思うよ。
●総合学科なら色々なことをまなべるという
●自分の将来に合った科目を複数選択することができるので後悔しない三年間を過ごすことができます
●中学校のうちから大学に行きたいと思うなら普通科高校に行くべきだと思うけど、まだ未定なら総合学科に入って体験授業などを通して興味のある科目選択をして進路を選ぶべきだと思う。
●高校入学する前に進路を明確にし、1~2 年間その進路が正しいか判断するために生活する。その手助けに総合学科がいいのかもう一度じっくり考えるとよりよい学校生活と進路活動ができると思う
●総合学科は自由度が高くて、もしも苦手があっても、選択内なら違うものを選択できるし、案外系列ごとで深まる関係というのもあったりする。
●進路が決まっていなくても入学してから決められる点
●やりたいことが特にない人ほどおすすめできる。変に普通科や専門性のあるところに進んでしまうと興味のないことに三年間取り組む地獄が待っている可能性が高い。

 3年次生、ありがとう!!

0

お別れの時、始まりの時

 12日(木)、美唄市立東中学校の卒業式へ。教頭先生は美唄市立美唄中学校の卒業式に出席していただきました。

 式典が終わりに近づき、ステージ前に卒業生全員が並び代表生徒が一人前に出ての答辞。自分の想い、そしてみんなの想いをありのままに、自分の言葉で静かに語る姿に私は心底感動し涙が止まりませんでした。13、14、15歳を全力で生きてきた、その3年間が会場にいるすべての人に伝わる感動的なお話でした。

 目頭を押さえる女の子、溢れ出す涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らす男の子、笑顔から急に泣き顔になった女の子、目を真っ赤にして涙を拭う男の子。そして、入場から式典が終わるまで涙を流し続けた担任の先生。ハンカチで目元を押さえる校長先生・・・それぞれの想いが心の中を駆け巡るから心が震え涙が込み上げてくるのです。何にも代えがたい涙。寂しいけれど幸せで嬉しくて美しい涙。人生にこうした一日があるのは本当に素敵なことです。

 涙の担任の先生を見ていると、自分が担任として巡ってきた5度の卒業式を想い出してしまいました。先生の気持ちが痛いほどわかります。一粒一粒の涙の意味が私には手に取るようにわかります。愛情の数だけ涙が溢れる。あぁ、担任として生徒と一緒に過ごしたい・・・教師としての原点を思うとともに今や叶わぬことを真剣に考えている自分に戸惑いを感じたのも事実です。感動的な卒業式を見た今日くらいそういう気持ちになっている自分を許してください。

 卒業生の合唱、全校での合唱で式典は締めくくられました。みんなで想いをひとつにできるのは合唱の醍醐味であり、大きな魅力だなと改めて思った次第です。声を合わせるっていいですよね、とても。いつまでも聴いていたい、歌の終わりを聴きたくないと正直思いました。終わると、もうお別れ。だから終わらないで、と。

 卒業生の皆様へ。いつもお別れだけではありません。お別れがあれば出会いがあります。人はそれを繰り返しながら生きていく。私自身中学3年生の時には考えもしなかったことだけれど、いつの間にかそうしたことに気付きここまで生きてきました。寂しさの裏に楽しさがあることだけはこの場で伝えさせてください。

 お別れの時、始まりの時、その一つひとつを大切にしたいものです。

 美唄市立東中学校の3年生、美唄市立美唄中学校の3年生の皆様、そして保護者等の皆様、本日は誠におめでとうございます。また、卒園、卒業を迎えられたすべての皆様、おめでとうございます。

 素敵な人生を!!

0

卒業アルバムから

 私の中での区切り。昨夕、見ないままにしていた今年度の卒業アルバムを開きました。満面の笑みにピースサインの高校生が私の心をやわらかくそして穏やかにくしてくれるのだけれど、見ているうちにじんわり涙が出てきてしまい、ひとり校長室で感傷的になってしまいました。どんどん涙もろくなっている自分を感じます。どうしたものか・・・考えても仕方ないのですが。

 そこには私の知らない2年間の姿を見ることができました。全員がマスクの入学式。マスクの宿泊研修。一人ひとりアクリル板で間仕切られたテーブルでの食事。それは彼らだけに与えられた制限ではなかったけれど、ずいぶんと不自由で窮屈なスタートだったということを物語っていました。マスクのないクラスメイトの表情が見られたのは途中から。彼らはどのような思いである日突然マスクを外したのか。そうしたことを考えるだけで胸にじーんと迫ってくるものがあります。

 教室での授業、見学旅行、学校祭、運動会に体育祭。一コマ一コマに彼ら一人ひとりの高校生があります。長い長い人生のどこかの場面でいつかこの卒業アルバムを開くことがあったのなら、写真の中の自分の姿に自分の中の高校生を想い出して欲しい。目の前の時間を止めて、この時の自分は、とゆっくりゆっくり高校生の時間を振り返って欲しい。

 前を見て進むことだけがすべてではありません。私は7割8割は過去を懐かしみ過去に思いを馳せてばかりいる人生です。逆に言うとそれがあるから前に進めるとも思っています。過去に戻ることはできず未来に飛ぶこともできません。果たして自分の現在地が確かなモノになっているか - 過ぎ去った日々を振り返ることでその答え合わせができる、そうした経験が私には多々あります。自分の足跡を確認することを大切にしています。

0

あの日から15年

 3年間の担任業務を終え、入学者選抜に係る業務が続く毎日。あの日、私は担任だけに与えられる職員室(学年室)で生徒指導要録を作成していました。異動することも決まっていて、家に帰れば引越の段ボール箱に囲まれた慌ただしい生活を送っていました。

 14時46分、今までに経験したことのない揺れが突然襲ってきて、いったい何が起こっているのかわかりませんでした。一瞬目に入った窓の向こう側。グラウンド袖に立つ夜間照明の鉄塔はすべてが倒れんばかりに左右に首を振り続け、野球グラウンドはぐにゃっとうねっていました。それを見てこれはただ事ではないと思いました。とんでもない地震が発生していることを理解するまでにかなりの時間を要しました。たまたま午前授業で校内には教職員だけしかいませんでした。600人を超える生徒が校内で授業を受けていたら、相当違った展開になっていただろうと思います。

 あの日からしばらくの間、当時勤めていた学校はどのような対応や対策をしたのか - いくら考えても想い出すことができません。海岸まで1キロメートルに位置していた学校です。管理職の指示の元で行動したのは間違いないのですが。どうしてそこの記憶がすっぽり抜けているのかわからないのです。

 私が住んでいたところは直線距離で海まで500メートルでした。住まいの周辺では避難を呼びかける車がひっきりなし走っていました。どれだけの住民が高台の避難施設に向かったのだろう。少なくとも私を含め近所の方は避難していませんでした。

 あの日から15年。人の命を預かる者として危機管理のアンテナをさらに高くしなければならないと思っています。朝から危機管理マニュアルを確認しているところです。

0

御褒美の名刺ケース

 一目惚れした名刺ケース。今年度の自分への御褒美。私の宝物です。

 私は着るモノ、履くモノ、身に付けるモノに強いこだわりを持っていました(一部、現在進行形ですが)。毎月ファッション雑誌を買って、流行りの動向をチェックし品定めを楽しむ高校生でした。高価なモノというのではなく身の丈に合ったモノ。人とは異なるモノ。自分だけ感があり尚且つお洒落なモノ。アルバイトで貯めたお金を握り旭川や札幌によく出掛ける、そんな高校生活を送っていました。現在はその片鱗すら残っておりませんが、靴や腕時計、鞄や小物類に今でも気持ちがそそられるのは、間違いなく高校時代のなごりです。

 人からどのように評価されているのか - 三十代前半までずいぶん気にしていましたが、そうしたことが良くない精神状態を作り出していることに気付き、それ以後いちいち気にしない自分づくりに勤しみました。「自分に嘘をつかず誠実に向き合い人に迷惑をかけない」そのことだけを考えてきました。それは現在も変わりません。もしもそうしたスタンスが評価されるのだとしたら、それはずっとずっと先のことであり、私の知らないところでいつか誰かが評価するのだろう、と思っています。自分が何かを全うした先に誰かの評価がある。そう考えるようにしています。

 そういう私ですが、自分で自分を評価することは大切にしていて、その中でも一年にひとつ「よくやったよな」と思えることに対して自分への御褒美を忘れないようにしています。思い通りにならないことばかりですが、努力して達成できたことは仕事に限らずプライベートを含め必ずひとつはあるものです。そのひとつをしっかり評価して御褒美を与えています。

 40歳から年に一度の御褒美を続けているのですが、継続している理由はそうすることがさらに自らのモチベーションを高め、次に向かうエネルギーに繋げられていることを経験的に理解しているからです。自分を大切にすることで次の一步に踏み出せる、私はそう考えてここまで生きてきました。特に不自由さを感じたことはありませんから、これからも続けていきます。

 さて、私の御褒美のコンセプトは、決して背伸びをせず、見栄を張らず、あくまでも身の丈に合ったモノ、そしてあまり人が持っていないモノ、です。この名刺ケースはどこにもない個性的な一品でとても素敵です。何とも言えない手作り感とデザイン性が私の気持ちをいつまでも飽きさせません。

 肩書きのある人生も残すところ5年となりましたが、その5年間をともにする名刺ケースです。5年後、最後の役割を終えたあとに子どもに譲ろうと考えています。

0

クッキー

 3月1日の卒業式が終わって、午後の1時過ぎ。とん、とん、と校長室の扉がノックされました。

 「バレンタインデーの日に何も渡せなかったので、校長先生に今日渡そうと思って昨日作りました」そう言うと紙袋の中に手を入れラッピングされたクッキーが私の前に。「もうこれで高校生活が全部終わりました。最後になりました」少しだけ寂しそうな表情に目元はうるんでいました。「何かあったらまたいらっしゃい。いつでも来ていいのだから」私がそう言うと「わかりました。ありがとうございました」と頭を下げ彼は校長室をあとにしました。気持ちが優しくおっとりしていて、笑顔の可愛らしい礼儀正しい生徒でした。

 私は教育に関してはウェルカムのスタンスですから、32年間来る者拒まずで生徒と接することを信条としてきました。教師と生徒と言えども人と人ですから、すべての生徒が私に懐き近寄ってくるということはありません。一定の距離を保ちたい、本当は行きたい、一人では近寄れない、もう少し信頼できる人か見極めてから・・・生徒それぞれに事情はあります。そうした生徒は長年の経験と勘でわかります。ここぞと思うときに私からこっそり寄っていって声をかけてあげるなど、工夫を凝らしながら接するよう心掛けてきました。無視はしない、無理はしない、無駄にしない。ただ、気にかけてあげる。ただ、見てあげる。ずっとそうしてきました。

 管理職になると生徒と遠くなってしまう・・・多くの校長先生にお声掛けいただいたとき真っ先に思ったことはそれでした。60歳で退職するとき自らの教職の締めくくりを卒業生の担任として終えたい - 教師になった最初の日に決意した自分への裏切り。このことが私の決断をいつまでも遅らせた最大の理由でもありました。

 紆余曲折の末に管理職に転向したとき、立場は変わるけれど自らの信条を崩す必要はないんだ、と心に決めました。それが正しいことなのかどうかはわかりませんが、一人の教師として信条を捨て去る必要はない、そう思ったのです。ただ、担任や教師を超えないように一步も二歩も下がって控えめに控えめに。

 卒業生の担任として、という私の中での決め事は残る5年の教職人生で叶えることはできなくなりましたが、管理職としての生徒との関わり方については、現在もそうですが7年間ずっと思いを巡らせています。それは私にとってとても楽しい時間でもあります。生徒から学ばせてもらうこと教えてもらうことがたくさんあり、いつも私の経験値を上げてくれます。大変ありがたいことです。立場が違っても関わり様は多岐にわたっている、これが私の経験から言えることです。

 躓いたとき、話を聞いて欲しいとき、ふと本校の先生方の顔が浮かんできた・・・そうしたら思い切って学校に足を運んでください。美唄尚栄高校が自分の立ち位置を確認したり見直したりできる場所であっていい。私はそう思います。 

0

スマートフォン

 3月4日(水)及び5日(木)は入学者選抜に係る学力検査と面接のため、更新を控えさせていただきました。

 子どもたちの周りではみんなスマートフォンを持っている - そうしたことは妻との会話やランニングチームの仲間からよく聞く話でした。以前は高校生から、それが小学生や中学生にまで下がってきている・・・持たせることは簡単なことではありましたが、私と妻との間で「高校に合格したら持たせよう」と決めていましたし、子どもたちもそれまで我慢するしかないと思っていたはずです。今考えると、一日でも早く持ちたかったんだろうな、と思ったりすることはあります。長男にもそうしましたから、当然2学年下の次男にも同じようにしました。次男の世代はおそらくほぼ全員がスマートフォンを持っていたのかもしれません。

 私立高校の合格は2月下旬にわかっていましたが、公立高校が第一志望でしたから、3月中旬の合格発表で桜が散った日は長男は泣き崩れ、「恥ずかしい、情けない、行きたくない」と部屋に閉じ籠もりました。「何がっ、恥ずかしいんだっ」と喉元まで声が出かかりましたが、それはここで言うべきではない、と私は自らをぎゅっと抑えました。抑えたはいいけれど、感情の高ぶりはなかなか収まりませんでした。

 このまま自分が家にいると良くないな、と考え、そそくさとジャージーに着替え、ジャンパーを羽織り、無言でランニングシューズを履いて外に出ました。あとのことは妻に任せようと思ったのです。あの晩、私は長男のことを考えるとともに父親としてこのあと何をすべきか、ただそれだけを考え、2時間ほど外を走っていました。あの2時間で考えていたこと - 

 私の転勤の都合で、小学5年生への切り替わりのタイミングで無理矢理新しい学校に転校させることになりました。引っ越すギリギリまで転校なんかしたくない、とめそめそ泣いていました。一緒に風呂に入った次男から、「いい考えがあるぞ、お父さんだけ札幌に行け」と言われもしました。子どもたちが納得するまでには結構な時間を要し、私は子どもたちにとって一時敵同然の存在でした。

 新しい環境になって少ししてから「なんか勉強しないとヤバいかも。前の学校と違ってのんびりしていられない感じがする。だから塾に行かせて欲しい」そう言った長男。私は何で小学生から塾なんだという怒りにも似た思いと、でも自分で考えて必要なんだと言った長男の気持ちを認めてあげないと、という複雑な思いの中で妻とどうするか話をしました。

 長男なりに転校してから今日までの5年間、焦りやプレッシャーを抱えながら受験を迎えたということ。転校させなかったらこんな思いをさせなくて済んだのかもしれないということ - 過去に遡って考えるとそもそもの原因が私の都合にあったのではないか・・・

 結局、私は手紙を書いて渡すことに決め、家に帰ったあと自室で夜遅くまでペンを走らせました(このことはずいぶん前にも書きましたので割愛します)。その手紙を渡したあと長男はいつもの顔に戻りました。「よし、今から約束のスマートフォンを買いに行くぞ」と私が言うと、長男は「わかった」と言い服を着替えました。これでいいんだ、ここから始まるんだ、と私は一人納得したのです。

 高校受験を迎えるとき、私はいつもわが家の顚末を想い出します。おそらく残り5年間この仕事に関わっている間は間違いなく想い出すだろうと思います。これも長男がくれた家族の大切な想い出です。

 受験生の皆さん、長きにわたる受験に向けた学習、大変お疲れ様でした。

0

しーん、と

 しーん、とした教室

 しーん、とした時間

 ここからスタートした8時35分
 もうここで教科書を開くことも
 もうここで向き合ってお弁当を食べることも
 もうここでスマートフォンの画面を覗くことも
 ありふれた日常は
 すべて想い出の中へ

 ここで終わる15時25分
 もうここで教科書をカバンに詰め込むことも
 もうここで空になったお弁当箱を持つことも
 もうここでスマートフォンで音楽を鳴らすことも
 ありふれた日常は
 すべて想い出の中へ


 3月3日の朝。玄関の出迎えが終わり、2階のフロアを歩きました。しーん、と静まりかえった教室に入ると、行儀良く並んだ机にまるで時間が止まったような感覚を覚えました。人がいなくなる寂しさとはこういうことなんだろうな、としみじみ感じています。

 卒業アルバムの後ろに真っ白なフリースペースが設けられたのはいつからなのでしょうか。卒業式が終わったあと何人も校長室に来て、「ここに書いてください」とお願いされました。笑顔の生徒、涙を流す生徒・・・一人ひとり思いが私には伝わりました。

 皆さんに出逢うことができて本当に良かったです。
 
 皆さんに出逢わせてくれた縁に感謝の意持ちでいっぱいです。

0

卒業おめでとう

 式辞

 「第15回北海道美唄尚栄高等学校卒業証書授与式」にあたり、PTA会長 〇〇〇〇様、同窓会長 〇〇〇〇様をはじめとする御来賓の皆様と保護者等の皆様の御列席を賜り、本式典を挙行できますことは、私ども教職員にとって大きな喜びであります。本日、御出席いただきましたすべての皆様に、教職員一同心より感謝申し上げます。
 ただいま、卒業証書を授与した卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
 皆さんが手にした一枚の卒業証書には、入学してからの3年間、1,095日の歩みが刻まれています。自らが積み重ねてきた努力、葛藤、悩み、そして喜びのすべてが凝縮された、大変価値あるものです。現在の皆さんは、三年前の入学式とは比べものにならないほど逞しく成長し、自信に満ちあふれています。その成長を心から誇りに思います。
 特色ある総合学科高校で自らの進路実現に向けて学びを深めながら、部活動で汗と涙を流し、放課後の教室で友と語り合い、各種行事における団結等をとおして社会性を身に付けてきた数々の時間は、人間を形作る大切なピースとなるとともに、その時間はすべて本校の歴史として刻まれました。目標に向かって努力し、時には壁にぶつかり、それらを仲間と共に乗り越えてきた経験は、これから皆さんが歩む長い人生において、折れない心の支えとなるはずです。どうか、自信を持って次のステップに進んでください。
 さて、生徒玄関に掲げた書を皆さんは毎日目にしてきました。〇〇教諭が書道展に出展した作品です。私はその力強い言葉に惹かれ、それがRADWIMPS(ラッドウィンプス)の野田洋次郎さんが書き下ろした「正解」という楽曲の一節であることを知りました。生徒に近いところでメッセージを発信したい、その気持ちで作品をいただきあの場所に掲げました。「答えがある問いばかりを教わってきたよ そのせいだろうか 僕たちが知りたかったのは いつも正解などまだ銀河にもない」この一節は、正に今を生きる皆さんの心の代弁であり、同時に強烈なエールであると受け止めました。「いつも正解などまだ銀河にもない」この言葉を、どうか皆さんの胸に深く刻んで欲しいです。
 これから足を踏み入れる社会は、かつてないほどの速さで変化を続けています。デジタル技術の飛躍的な進歩、生成AIの台頭、そしてグローバル化の進展。これらは私たちの生活を便利にする一方で、昨日までの「正解」が、明日には通用しなくなるような、予測困難な時代をもたらしています。このような「正解のない時代」の中で、戸惑いや不安を感じながら生きていくことになります。しかし、変化とは、見方を変えれば「新しい可能性」そのものです。古い枠組みが取り払われ、個人の創意工夫や熱意が、これまでにないほど大きな力を持つ時代が来ているということです。私から皆さんに大切にして欲しいことを2つお話します。
 1つ目は、「問い続ける力」です。「なぜそうなるのか」、「本当にこれでいいのか」という疑問を持つことが重要です。北海道という広大な大地は、かつて先人たちが未開の地に挑み、試行錯誤を繰り返しながら切り拓いてきた歴史があります。皆さんも、「当たり前」を疑い、自らの頭で考え抜くことを恐れないでください。最適解を導き出すのは皆さんです。
 2つ目は、「他者への共感と対話」です。多様性が重んじられる社会では、自分とは異なる背景や考えを持つ人々と協働することが不可欠です。「正解のない問い」に立ち向かうとき、最大の支えとなるのは仲間です。本校で育んだ6つの力(思考力、自己肯定力、意思疎通力、行動力、創造力、発信力)を発揮し、新しい価値を共に創り出せる大人になってください。
 本校で過ごした3年間で、皆さんは時にぶつかり、時に励まし合いながら、友情を育んできました。その経験こそが、財産です。相手の立場に立って考え、対話を通じて新しい価値を創造できる、心豊かな大人であって欲しいと願っています。
 最後になりますが、保護者等の皆様におかれましては、今日まで、深い愛情をもってお子様を育ててこられ、立派に成長されたその姿に、感慨もひとしおかと存じます。改めてお祝いを申し上げますとともに、これまでの本校への多大なる御理解と御協力に、深く感謝申し上げます。
 卒業生の皆さんは、ここまで自身の成長を支えてくれた保護者等並びに多くの方々への感謝の気持ちを忘れずに生きていってください。
 いよいよ別れの時です。皆さんが去った後の校舎は、寂しくなりますが、皆さんの新しい門出を祝し、豊かで幸せな人生を歩まれることを祈念し、式辞といたします。

     令和8年3月1日 北海道美唄尚栄高等学校長 日下 剛 

0

お菓子をいただきました

 20日、2名の生徒が校長室にやってきました。授業で作ったお菓子をわざわざ届けてくれました。ありがとう。持って行ったらと言われたのか、持って行こうとなったのかはわかりませんが、私はこうして校長室に来てくれるのが何よりも嬉しいです。

 前にも書きましたが、次男が「そもそも校長先生の顔も名前も知らないわ」と私に言ったことがあります。普通はそうなんだろうと思います。8間口生徒数960人の高校であれば、一度も話をしたことのない先生がいても不思議ではありません。ましてや校長、教頭と会話をすることなどなくて当たり前です。私も高校時代の校長先生の顔と名前が一致しません。そんなものだと思います。

 本校はこぢんまりした学校ですから、生徒との距離がとても近く、突然話しかけても生徒は驚くこともなく返答してくれます。コミュニケーションが円滑であることが一番いいところだと私は思っています。

 教諭時代の自分が抜けきらなくて、自分から生徒に話しかけることが多いな、と反省しています。ただ、闇雲に声をかけるのではなく、生徒一人ひとりの表情等を見て私の中できちんと整理しています。この仕事に就いてからは、特に意識している(染みついているのですが)ことです。

 顔色を見る - 私は物心ついた頃から父親の表情(顔色)を意識した生活をしてきましたから、おそらく誰よりもそこのアンテナは高いと思っています。それがいいことなのかどうかは別の話になりますが。

 美唄尚栄高校での私の1年がまもなく終わりを迎えます。日々の出来事や思ったこと感じたことを一枚の写真を付けて校長の小部屋に綴ってきました。読み返すことはしていませんが、パソコンに保存したファイルを数えたら、4月から本日まで177回アップしてきたようです。中身のない話でも、塵も積もれば山となります。

 いつもお読みになっていただきありがとうございます。

0

卒業式に向けて

 3月1日の卒業式まであとわずか。その式に向けて1,2年次生がピアノ伴奏で校歌を歌っています。あらかじめCDに録音した音源を流し、校歌をみんなで歌う - そのような校歌斉唱もある中で、味わいがあっていいものだな、と思いながら聴かせてもらっています。

 本校は科目「音楽」を設置していないため、校歌を歌うのは全校集会と儀式の時だけです。メロディラインはわかっていても、歌詞を覚えるまでには至っていないというのが現状です。歌詞とメロディは当サイト学校紹介のコンテンツで紹介していますので、是非アクセスしてください。心に染み入るきれいで流れるような詞が綴られており私は大好きです。

 教頭としてお仕えした校長先生に今後の我が身の在り方を御相談させていただいたときの話になります。「先生がこの先校長に採用されて、そうなれば卒業式で卒業証書を渡すことになるけれど、生徒が階段を一步一步上がってきて自分の前に立ち、ぐっと顔を上げたその瞬間に見せる生徒の表情を是非見てもらいたいんだよ。その表情を見ることができるのは校長だけだから。私はそのときに自分が校長になって良かったなと思えるんだよ。先生にはそれを是非その景色を見て欲しいと思っている」

 自分の器、自分の性格、自分がこの先目指すもの、残された教員生活の締めくくり方、教頭職と校長職、絶対に譲れなかった自分の中での決め事・・・教頭として5年目を迎え、私はこれからの生き方について深く深く考えるようになっていました。私の気持ちを受け止めてくれた校長先生からは本当に多くのアドバイスをいただきました。気持ちの整理をつけるまでにはかなりの時間を要しましたが、振り返るともうそこには感謝の言葉しかありません。

 校長先生が仰った「是非見て欲しい景色」その日が近づいています。そのとき私は生徒一人ひとりの表情から何を受け取り何を思うのだろうか・・・緊張もしますが楽しみでもあります。

0

この時期は

 雪解けが一気に進みました。主要な道路は乾いた舗装が見えています。陽射しも春を感じさせるものに変わってきました。真っ白だった校地内も雪がわずかに残っている、そのような感じになってきました。

 私には十分すぎるほど多かったのですが、職場内で雪の話をすると今シーズンの美唄の積雪はずいぶんと少なかったようです。毎朝毎夕10センチ以上の積雪があり、雪かきするのが苦痛でした。例年はこんなものではない・・・豪雪地帯恐るべしです。ただ、ありがたいことにここ10日間ほど雪かきをしていません。この調子で春に向かってくれるといいのですが。

 昨日の午前中、札幌で打合せがあり、午後の遅い時間に美唄に戻りました。札幌市内も路肩にこんもりと積み上げられた雪が嵩を落とし、歩道を歩く人の姿を運転席から確認できるようになりました。

 お昼過ぎ、制服を着た女子高校生数名が嬉しそうに手を取り合い横断歩道を渡って、そのままファストフード店に入っていきました。この時間にどうしたんだろ、とは思いましたが、おそらく先生方の会議等により午前授業になったのでしょう。異なる制服を着た高校生の姿もありましたので、どこの学校もこの時期ならではの状況になっていると思われます。先生方は忙しいけれど、生徒の立場からするといつもより早く帰宅できる、何だかそれだけで嬉しいですよね。わかるような気がします。

 本校も年度末を迎え会議が立て込んでいますし、入学者選抜試験等の準備で慌ただしくなっています。生徒の皆さんには、短縮授業等で落ち着かない状況になり迷惑をかけますが、校内外の生活に十分気をつけてお過ごしください。

0

中間登校日に

3年間使い続けてきた下駄箱

同じ場所に出し入れしてきた上靴と外靴

もう二度とは戻らない高校生の自分

さよならの日が近づいている

出会いと別れ

笑顔と涙

ある日は手をつなぎ

今日突然仲がこじれ

雨に打たれて帰った日

吹雪の中で髪を濡らした日

すべてを共にしたリュックも

今はすっかり色褪せて

右手になじんだお弁当も

今日でおしまい

口げんかで家を飛び出した日も

あの人に会える朝を楽しみに歩いた日も

一步一步

一日一日

下駄箱だけは待っていた

そこに変わらず立っていた

ありがとう

今までどうもありがとう

 

 本日、3年次生は中間登校日。今まで使ってきた下駄箱の清掃を行いました。きれいになったことが、余計にお別れという現実を実感させるものになり、私はなんだか感傷的になっています。

0

お昼御飯を一緒にいただきながら

 今朝、夕張高校の熊谷校長先生が更新したnoteを拝見し、素晴らしい取組をなされているなと関心しました。実は不定期ではありますが、私も若手教職員とざっくばらんな話をするため、昼食を一緒にする時間を設けてきました。面と向かって一対一で話をするよりも昼食を摂りながらの方が会話も弾むだろうと考えました。私から堅い話をするのではなく、できるだけ言葉を引き出すことに心掛けてきました。成果はあったな、と個人的に思っています。

 それであれば生徒とも。そう思って昨年秋に声をかけると早速お弁当を持ってやってきてくれました(写真は家庭学習に入る直前のもので、ホームページに掲載することを約束していました)。以後何度も開催していますが私はもっぱら聞き役です。でも、一番聞きたいことは「美唄尚栄高校を選択した理由」「美唄尚栄高校の魅力」「美唄尚栄高校の良さ」「美唄尚栄高校の改善点」「美唄尚栄高校で学んできたことに対する満足度」「美唄尚栄高校の今後」何となく話題を振って生徒の会話を聞いている、この時間は大変有意義です。生徒の思いを直接聞ける、これからの学校づくりについて考えさせられる意見がたくさん出てきます。かなり確度の高いヒントとして受け止め、そこに私のアイデアと合致する部分があるか否かをその都度整理させてもらっています。

 担任業務を担っていたとき、たまにお弁当を持って教室に行きました。机を向かい合わせて生徒の会話を聞いている時間が大好きでした。朝はSHRが始まる相当前から教室に行き、入ってくる生徒の表情を見ながら他愛もない会話をして、放課後の清掃では話しかけてくる生徒の声を聞いていました。そこで出てくる話のほとんどは、別れた寄りが戻ったなどの彼らにとっては一大事の恋愛模様が主でしたが、一人ひとりが16歳17歳18歳の今を精一杯生きているんだな、と感じさせるものばかりでした。授業では見られない意外な一面、これをキャッチできる有効な時間であり、結局高校時代の自分と同じだな、ということに気付かせてくれる嬉しい時間でもありました。

 ぽろっ、と本音が聞ける・・・その瞬間を私はとても大切にしています。そこには『信頼』が必要です。信頼される生き方は私の永遠のテーマで、信頼される生き方を目指しその努力を惜しむことはありません(なかなか辿り着きませんが)。誰も信頼しなかった十代にたった一人信頼できる佐藤先生がいてくれたことが今の私につながっている、それがあるからです。現在の言葉で言うならば「ウザい」それくらいいつも私のそばで声をかけてくれ行動してくれました。そうした中でぽろっ、と本音が言えた唯一の先生でした。この人がいてくれて良かったな、そのことに気付いたその気持ちを私は今でも忘れることはありません。

 声を聞く - 大切なことであるのはみんなわかっています。その場面づくりをどうするかが大きなポイントです。私の実践がヒントになるかどうかはわかりませんが、いずれにしても、待っていても訪れない(先日も書きましたが)、これは明らかです。出しゃばらない程度にアプローチしながら、意見が聞ける有意義な時間を今後も作っていこうと思っています。

0

卒業アルバム

 3年次生が家庭学習期間に入っており、校内は静かな毎日が続いています。2年次から興味ある科目を自分で選択して授業に参加するスタイルの学校ですから、10分間の休み時間は各教室に移動する生徒の動きがあり賑やかになります。足音、笑い声、楽しそうな会話などなど、1階の校長室にいる私の耳にも聞こえてきます。

 秋が深まるまで校長室の扉を開放していましたので、移動途中にひょっと中を覗いていく生徒やわざわざ「こんにちは」と挨拶してくれる生徒がいたりして、楽しく過ごさせていただきました。冷え込みが強くなって以降は閉め切りです。早く暖かくなって扉を開け放つ日がくるのを一人楽しみにしています。

 1月の校長会でお話しさせていただいたある学校の校長先生は、年間をとおして校長室の扉を開放しており、生徒が時折来室してお話することがあると伺いました。それを聞いて私も開けようとは思ったものの、目の前の玄関から流れてくる冷気には勝てませんでした。寒がりで冷え性の私にはやせ我慢でも厳しいものがあります。申し訳ないな、と思っています。

 今朝、卒業生代表で答辞を読み上げる生徒が書いた原稿を読ませていただきました。そして先ほど今年度の卒業アルバム(学校保管用)が一冊届けられました。今、その卒業アルバムは私の手元にあります。私の知っている今年の1年、私の知らない2年間。どのような思いで3年間を過ごしてきたのか - そのことが伝わる言葉が綴られていました。そうだったんだな、と思えば思うほど胸に込み上げてくるものがあり、目頭が熱くなる朝になりました。

 だから、私が彼らより先に卒業アルバムを開くわけにはいかない、と思いました。本来は見て点検、確認すべきなのでしょうが、それは教頭先生と担任の先生にお任せします。

 私は、卒業式が終わったあとにゆっくり彼らの時間と足跡を追いかけることにします。

0

 

 本日、株式会社道央メタル様の御協力により、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした技術講習を開催いたしました。美唄市のものづくり企業として、プレス、板金加工、機械加工、溶接・組立、塗装等の業務で御活躍されております。
 
 本校のメカトロ・エンジニア系列では、機械系の実習の中で金属加工を行っていることから、自らの学びの先にある世界を知るきっかけになりますし、地元で自らの夢や将来の実現ができる、そのようなことも感じられたのではないかと思います。大変貴重な時間になりました。ありがとうございました。

 実は美唄中学校の浅利校長先生が道央メタル様との御縁をつないでくださいました。その後、関係する教員が道央メタル様と面会、直接訪問させていただきながら、漸く本日を迎えることができました。

 「縁」 - よく使う言葉です。そして、人はどこかで「縁」を感じて生きているような感じがします。人と人とのつながりに限ったわけではなく、物事のつながりをも含めた宇宙的で究極的な(上手く表現できませんが)何かを持ったものだと思います。ある人との出会いから次の人とのつながりを生む・・・御縁は大切にしなければなりません。

 話は変わります。2040年(もうそう遠くない日)AI・ロボット分野に携わる人材が330万人日本で不足するとされています。不足すると世の中どうなるだろうということを最近よく考えます。小さなエリアで考えると、雪が積もっても除雪が入らない(重機オペレータ不足)、家を建てることが決まったが着工が遅れる(建築会社の人手不足)、道路が凍結により穴が開いている(工事に係る人がいない)、自動車が故障して動かない(見てもらうまでに相当な時間がかかる)、エレベータが調子悪い(則修理に来てくれず階段を使うしかない)・・・

 昨今、人が足りない、それを担う人がいないと言う言葉をよく耳にするようになりました。課題解決の糸口が見えず、ますます不便で不自由な世の中になっているのを実感します。「父さんが育ててきた工業高校生って実はすごい存在だよね。大切にしないとこれからの産業が成り立たなくなるよね。働くようになってわかったわ」普通科高校、大学は文系だった次男が私に言った言葉です。気付いてくれたことが私は嬉しかったです。でも、気付くだけでは社会は成り立ちません。

 本校は総合学科高校です。衣食住に直結する系列(私はそう考えています)を抱える本校での学びは間違いなく2040年の地域を支える力になります。その頃、あなたの年齢は30歳前半。社会の中の主役です。

 技術講習の講師である工場長様の姿を拝見し、自らの手掛けたものが多くの人に喜ばれ、地域社会に大きく貢献しているんだ、という職人としてのプライドを感じました。

 刺激を受けました。ありがとうございました。

 

※35万アクセス到達となりました。御訪問誠にありがとうございます。当サイトの他にインスタグラム及びnoteによる教育活動の情報発信も行っております。是非、御覧ください。

0

イヤフォン

 1月末、雪道を走っている最中、左耳にはめていたイヤフォンが外れ地面に落ちてしまいました。あっ、と思ったときにはすでに遅し。色は違えど雪と同色の白、スピードを上げて走っているのでここで外れたと考えられる位置まで5メートルほど戻り、その辺りを中心に探しました。

 10分ほど探しても見つからず、私はその場から妻に電話をかけました。自宅からそれほど遠くない場所でしたし、二人で探せば見つかるだろうと思ったのです。電話を切ってまもなく前方から走ってきた女性のランナーが私の前に立ち止まり「どうかしましたか」と声をかけてくれました。「イヤフォンを落としてしまって探しているところなんです」と言うと、「じゃ、私も一緒に探してあげますよ、どんなイヤフォンで何色ですか、落とした場所はこの辺ですか」と腰をかがめ一緒に探してくれました。

 「それはAir●●●●だから、もしかしたらスマートフォンの位置情報で見つけられるんじゃないでしょうか」と何かにひらめいたように女性が言いました。実は私このイヤフォン、この日初めて使ったのでした。何のことやらさっぱりわかりません。ランニングで自宅を出る前に、妻が「このイヤフォンでJAZZでも聞きながら走ってみれば、すごく音がいいんだよ」と貸してくれたものでした。初めて使って無くす・・・なんという日なんだと我を恨みました。

 そうこうしているうちに妻が到着し、女性とはお別れしました。同じランナーであることを差し引いても全く知らない人のものを親身になって探してくれるとは。感謝しかありませんし、もしも逆のことがあったらなら私も女性のように探してあげる人になろうと思いました。

 妻のスマートフォンの画面を手がかりに位置情報で探すと、確かに外れたイヤフォンが反応し点滅しています。こっち側に行くと離れてる、逆側に歩くと近づいているなどと繰り返し同じような話をしながら探していると、外れたと想定される位置から私が立ち止まった5メートル先よりも、さらに3メートル先にイヤフォンが転がっていました。物理的に言えば自分の運動している方向と同じ方向に物体も運動しているので、後方ではなく前方に転がっていったものと思われます。普通に考えればそうなのです。ただ、冷静さを失っていました。

 実はこのイヤフォンは長男が大学を卒業し社会人(現在3年目)になって初めてもらった給料で妻にプレゼントしたものでした。だから妻は大切に使っていましたし、その姿を幾度となく見てきましたので、見つからなかったら諦めてまた同じものを買えばいいというものでもありませんでした。ふたつとない大切なイヤフォンですから、私も必死でした。まずいマズイこまった困った。長男の顔と妻の顔が交互に浮かんでは消え久しぶりに動揺してしまいました。

 校長室から見えるグラウンドの様子です。今日の話とは繋がらない写真ですが、ふとイヤフォンのことを想い出しましたので書いてしまいました。

0

お弁当

 勤務を終えて借家に帰り真っ先にすることは翌日のお弁当を作ることです。そのあとに夕食を作って食べてランニング。これがルーティーンです。単身赴任が長く続いていますので、これが生活のリズムになっています。このリズムが崩れると案配が悪いです。

 先日妻が札幌からやってきて、帰宅するなり冷蔵庫を空け鍋にお湯を入れ米を研ぎ台所で一作業始めた私を見て、「何してるの」「これから明日の弁当づくりする」「そんなの私が作ってあげるよ」「いや自分でやるからいいよ」「だって帰ってきたばかりでしょ」「いつもこうだから」知らない人が見ると私の行動はいささか不可解なのかもしれません。

 弁当を自分で作って思うことは、作ってくれたお袋や妻への感謝です。当たり前ではないと頭ではわかっていても、そうされることが日常になると、やがてそのことについて考えることすらなくなってしまいます。私だけかもしれませんが。

 そのような私ではありますが、これだけは一応感謝の気持ちとして続けていることがあります。結婚してまもなく30年になりますが、初めてお弁当を持たせてもらった日から食後に弁当箱を洗って返してきました。(これも私のルーティーンになるのだろう、と書きながら思った次第です。)

 恥ずかしいのですが、本日のお弁当です。仕切りは経費削減と環境に配慮し一切使用していません。

0

『無』と書

 先日に引き続き、第59回北北海道学生書道展において、『特選』を受賞した1年次生8名の作品(写真の一部を加工しています。)を掲載いたします。受賞おめでとうございます。

 筆を持ち半紙に文字を書いた最後はいつだろう・・・おそらく高校での書道の授業が最後、だと思います。それが高校1年生だったのか2年生だったのかも定かではありませんが、そうなると37年か38年全く書道をしていないことになります。

 この歳になって、週に一度でも書に向き合うようなことをやってみたいと思うようになりました。歳というよりも本校に勤務し生徒の作品にたくさん触れる機会が多くなり、かなりの刺激を受けていることが影響しています。書によって、私の大切にする『無』をもうひとつ増やすことができるのではないか、実はそうした思いもあります。

 子どもたちが巣立ち、私も妻も自分を慈しむ時間をたっぷり持つことができる環境になりました。それまでできなかったことに向き合える新たなゆとりが生まれ、互いに干渉せず自分だけの時間を楽しむ、そのようなことを意識して生活しています。それぞれが自分の時間を大切にして生きていく・・・私の理想とする形が出来上がりつつあります。

 『無』 - 何も考えずに、というのは困難なことで、私の『無』は、ただ走ることだけ、ただJAZZを聴くだけ、ただ本の世界に入り込むだけ、ただ写真を撮ることだけ、という時間の過ごし方になります。それ以外のすべてを排除する時間、排除できる時間を一日24時間の中に設け実践しています。

 26歳から30歳後半までいろいろ苦しみましたから、自分を変える上でとにかく『無』を意識し、40歳あたりから意識せずとも『無』を実践できている自分を感じるようになりました。以後15年、現在もその状態は続いています。これってとても贅沢な時間だなと思います。

 そうした中にもうひとつ書を入れられないか、と考えているわけです。そうすることで自分をさらに変えられるんじゃないかな、と思ったりしています。そんな甘いものではないっ、と書家に叱られそうですが・・・

 どういう在り方が自分のウェルビーイングに結び付けられるのかはわかりません。ただ、私は誰かがそれを与えてくれるものではないと考えています。まずは、自分で自分のウェルビーイングを生み出していく、その努力が必要だと思っています。受け身ではなく自分から。子どもたちに求める学びと同じです。待っていても望んでいても自分の心には宿りません。まずは自分をウェルビーイングにできるものを見つけていくことが大切です。

 生徒の作品からつながりのない私自身の話になってしまいましたが、授業としての書道から人生の趣味としての書道になると、それはそれで素敵だろうな。そういうウェルビーイングがあるな。そんなことを考えるとついつい楽しくなり、長話になってしまいました。

0

大切な詞

 2月8日(日)旭川市民文化会館で開催された第59回北北海道学生書道展授賞式において、学校奨励賞をいただいてきました。

 教科芸術において、科目書道Ⅰを履修している1年次生、選択科目で書道Ⅱを履修している2、3年次生の作品を出展し、団体賞として『学校奨励賞受賞』、『特選受賞』1年次生8名及び3年次生2名、『入選受賞』1年次生14名及び3年次生7名の結果をいただきました。ありがとうございました。そして、受賞した生徒の皆さん、おめでとうございます。

 特選を受賞した3年次生2名の作品(写真の一部を加工しています。)を紹介いたします。高校生として最後の作品。保護者等の方はもちろんのこと多くの人に見てもらいたいとの思いで掲載いたします。

 一文字一文字心を込めて書いている - 表現の仕方が適切かどうかわかりませんが、見えない力というか、何か強烈に訴えてくるものがあるというか、魂のこもったエネルギーのようなものを感じます。

 会場には小学生から高校生までの作品がずらり展示されており、一つひとつ見ていく中で、文字、書く、ということについて深く考えさせられた次第です。私自身、文字を書くということを粗末にしてしまっています。反省することばかりです。

 数多くある詞、その中で心に留まった詞を書く。今を生きる上できっと心の支えになっている大切な詞なのでしょう。私も高校時代を思い返すとき、そこにはそのとき聴いていた音楽がバックグラウンドミュージックとして自然に流れてきます。たった一節、その詞で救われ、心慰めてくれたり、崩れそうな心を支えてくれたり・・・そういう音楽と詞を私も確かに持っていました。

 誰かの詞が誰かの心に留まる詞になる - 奥が深いです。

0

連携

 美唄市立中央小学校第4学年の総合的な学習の時間において、美唄市の特産品であるハスカップの加工について、製造から販売までを理解する取組が進められ、本校もお手伝いさせていただきました。フード系列でハスカップジャムの製造の手伝いを、商品販売に向けて情報通信マネジメント系列が瓶に貼付するラベルづくりの補助を担当いたしました。

 6日(金)午後からコアビバイ様を会場に中央小学校4学年によるハスカップジャム販売会が開催され、会場には多くの地域の方が集まり、約70個のジャムはあっという間に完売となりました。製造からラベルづくり、そして販売までを経験した児童の皆さん大変お疲れ様でした。

 また、販売の裏でポスターセッションも行われ、大きな声で一生懸命プレゼンをしている児童の姿も大変立派でした。私の小学生の頃を振り返ると、大勢の人の前で話をすることはできなかったです。恥ずかしいし緊張するし、話をする内容をまとめることもできなかった - そう思います。今の小学生はすごいです。

 今年度、本校は市内小学校2校と中学校2校との間でさまざまな連携をさせていただきました。地域にある小中高の取組が今後も継続できるよう努力させていただきます。

0

将来を決めること

 5日(木)1、2年次生合同で分野別模擬授業を実施しました。『職業について正しく理解させ、望ましい勤労観や職業観を育成する』、『職業の内容・職業に就くための手順や、働くことの厳しさや楽しさなどを体験授業をとおして学ぶ』、『進路実現に向けた自己目標を立て、その準備のきっかけとする』ことを目的にしています。

 専門学校10校の御協力の下、動物、スポーツ、放送・音響、保育、理美容、調理、医療、情報、工業の各分野に分かれ、2時間続きの授業を御準備いただきました。各校の関係者の皆様には本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。ありがとうございました。

 高校卒業後の進路は大きく進学か就職になってきます。早い段階で上級学校の学びの一部に触れることで、自らの進路に向けて意識の変化につながったのではないかと考えます。

 短い時間ですが授業の様子を見学させていただきました。興味を持った分野だから - ただそれだけでこんなにも生徒の表情は変わるんだな、ということを真っ先に感じました。みんないい顔で、楽しそうに授業を受けているのが印象的でした。

 16歳、17歳で将来を決めるというのは難しいですよね。40年前の私もそうでした。自分にはたくさんの可能性があるんだ、何でもできるんだと思っていました。当然夢もありました。高校を卒業したあとの自分の人生と正面から向き合わなければならなくなったときに思い知らされた現実。

 私はもう少し先延ばしし時間をかけて考える時間を大学に求めました。大学で親友と呼べる誰かを見つけたい、そうした強い思いもありました。就職を約束して高校に入った私の急な大学受験に両親はいい顔をしませんでした。「仕送りはできないから自分で学費や生活費を賄えるのなら」それが条件でした。

 ずっと前に「将来どのようにして生きていくんだい」と高校生の長男に聞いたことがあります。「わかんない」、「決めてない」、「考えてもいない」そういう言葉が返ってきました。数年後高校生になった次男にも聞きました。長男と同じでした。「それを求めるために大学に行くから」二人の共通した考えでした。自分と同じ・・・そう思いました。

 いくつか夢を諦めてきたけれど、未だに捨てきれない夢はやはり私にもあって、昨日も生徒の様子を見ていていいなぁと思いました。cafeやお菓子づくりをしっかり学び次の生き方につなげたい - そうした気持ちがさらに強まった自分がここにいます。

0

今年の目標

 管理棟4階の廊下。SHR前の朝学習が静かに行われています。一人一人の学習は国語だったり数学だったり。端末の画面を見ながら各自のペースで取り組んでいます。入学したての頃は慣れない手つきで端末を操作していましたが、もう手慣れたものです。

 それにしても時の過ぎるのは早いです。この前入学してきたと思ったらもう1年が経過しようとしています。あっという間です。

 4階には1年次生のHR教室の他に書道教室があり、書道Ⅰ(1年次生の必履修科目)の授業で書いた作品をみんなが見られるように掲示されています。前に紹介しましたが、デザイン系列の作品展示やフード系列のメッセージボードなど、生徒の作品が校舎内の至る所で目にできるのは嬉しいです。また、仲間の作品を見ることにより、自らの良さや改善点等の気づきがあり、生徒の学びも深まります。

 私は上手だとか下手だとかそういう基準ではなく、「個性そのものが表れた作品のおもしろさ」、「作品に込められた思い」 - そうしたことを私なりに解釈し、楽しく見させてもらっています。

 子ども子どもしていた1年次生ですが、大きく成長を遂げた1年。自分で掲げた目標ですから、言葉だけではなく行動を持って達成して欲しいです。

 写真につきましては一部加工しています。御了承願います。

0

立春

 私にはとても多く感じますが、どうやら今年の積雪は少ないらしいです。じゃ、例年はどれほど積もるのか - これ以上、を想像するだけでため息が出てきます。降ったり降らなかったりの繰り返しですが、昨年12月は毎朝毎夕10~15センチほどの雪がコンスタントに積もり、スコップを持つことが日常になりました。今日もかぁ、明日もかぁ・・・雪かきが最大のストレスでした。

 2年間住んだ北見の冬はマイナス20℃前後まで冷え込みますが、ほとんど雪が降らず日中はきれいな青空が、夜は一面きらきらと星が輝きます。メリハリのあるきゅんっ、とした天気が私は大好きでした。そのような環境で過ごしましたので、私の中から冬の除雪という概念がすっかり消えていました。こちらに来て慌ててスコップを購入し、なんなんだこの雪は、と思いながら雪かきをしています。

 今日は二十四節気の立春。冬に別れを告げ春の訪れの日。一日一日春に近づいていきます。外を見ると真冬の様相ですが、美唄は日中にかけて気温がプラスになるとのことです。春を感じられる一日になりそうです。

0

パウンドケーキ

 1月30日(金)はたくさんの生徒が校長室に訪問してくれた日。家庭学習に入る直前にお弁当を持った3年次生、1年次生は実習で作ったスコーンを持ってきてくれました。そして、授業の取組として提案のあったプレートの完成で3年次生が、フード系列の2年次生がパウンドケーキの試作を持って登場。一気にたくさんの生徒がやってきてお話を聞いたり写真を撮ったり。でも、すごく楽しく嬉しい出来事になりました。ありがとう。

 今日は2年次生のパウンドケーキの話を。数種類のパウンドケーキを皿に載せ、それぞれに特徴があるので食べて欲しいと言うのです。改良に向けて材料の分量や手順を変えてみんなで考えながら作った、ということを私に一生懸命説明してくれるわけです。教員に言われるままに作れば、ほぼ何も考えないわけですから私を前にして詳しい説明はできません。でも、自分たちで「こうのように工夫して作ったんだ」となれば、そうした理由を含め材料、分量、手順を説明することができます。熱心に説明してくれる姿は頼もしかったです。こうしたことの繰り返しが人を成長させていくのだろうと感じました。

 フード系列で言えば、人の口に入る製品を販売しています。販売することが目的ではありませんが、常に改良は必要です。本校にとって定番であっても、多くの人の定番とはなりません。誰にでも受け入れてもらえる定番を目指すために、例えば試食会で多くの意見をいただく、購入してもらった方にアンケート調査を行う(ラベルにアンケート用QRコードをつけたり、商品と一緒にアンケート用紙を入れる)などの工夫を重ねなければなりません。作りました、美味しかったです、は過去の学びの形であって、時代に即した今の学びは、何のために作るのか、それを作ったことによって何が生まれるのか、その効果は、作った先の課題と改善は・・・PDCAサイクルを確実に回していくことが求められます。

 オーブンの前でケーキのスポンジの焼け具合や膨らみ具合を食い入るように眺めている、クッキーやクロワッサンを焼いているときの楽しそうな妻の姿を目にします。生徒も同じようにわくわくしながら、ドキドキしながら製品づくりをしているのだろうと思います。そうした両者の姿が私の中で重なり、自分もやってみるべきかと考えたりしています。

 失敗か成功か、もう少しかき混ぜるべきだったか、粉が少なかったか、砂糖が多いか、卵の黄身は、白身は、バターは塩は・・・奥が深いから楽しいのかもしれませんね。

 本校はものをつくる、体験的な学びを多く取り入れています。多感な高校時代、十代の早いうちにたくさんの経験を積めるのは貴重なことと考えます。私の高校時代、8割は教室の中で机を前に座り教科書とノートを開き黒板ばかり見ていました。おもしろい学校ですよ、本校は。

0

スコーン

 私は甘いものが大好きです。休日に自宅から札幌中心部や円山地区まで足を伸ばす30km程度のマラニック(ランニングとピクニックを掛け合わせたお遊び的な要素のあるもの)をするときは、道中出会うカフェやパン屋、ソフトクリームにケーキ屋、大福屋やお餅屋など、お店に入り飲食を一年をとおして心底楽しんでいます。真剣に走る日とお遊び要素の強いマラニックを織り交ぜながら走っています。

 ウィークデーは、お店が閉店したあとの時間帯で美唄市内をランニングしますので、甘いもの、となったらコンビニエンスストアに駆け込み、購入させていただいています。何とも言えない食感やひとつ食べるとお腹いっぱいになるスコーンが好きで購入することが多いです。初めてスコーンを食べたとき、世の中にこんな美味しい食べ物があるんだと感動しました。クッキーでもない、パンでもない、ドーナツでもない。

 スコーンの話をさせていただいたのは訳がありまして、先週金曜日のお昼に1年次生の二人がガチガチに緊張して校長室にやってきました。この日は3年次生と一緒にお弁当を食べることにしていましたので、入室したら3年次生がいたことでさらに緊張させてしまったようです。

 「スコーンを作ったので、校長先生食べてください」「どうもありがとう。私スコーン大好きなんだよ」私は二人の緊張を和らげてあげようと「せっかくだから記念写真を撮ろう。ホームページに掲載しても大丈夫かな」と聞きますと「大丈夫です」と返事をしてくれましたので、一緒に並んだところを3年次生に撮影してもらいました。

 校長室に入ってくるときの生徒、入ってきたあとにいろいろなことを喋る生徒の様子を見るのが好きです。私にとって大切な生徒ですが、私以上に保護者等の方にとっては可愛くて愛おしくて大切な子ども。そういう親心をいつも感じながら生徒とお話させてもらっています。

 私は昨年3月、次男の岡山大学卒業を持って子育てを終えました。親らしいことをしてあげたか、と言われると不安になりますが、一応親としての責任を果たしました。その立ち位置から見える風景はそれまでのものと大きく変わりました。何が変わったのかは読者に想像していただきますが、私の人生観、教育観が変わりました。これは教頭から校長に立場が変わったから、というものではないことははっきりしています。

0

プレート

 先ほど完成したプレートを受け取りました。気持ちのこもった世界にひとつしかない 校長室 のプレート。

 今日から遡った数ヶ月前のこと。校内のプレート制作に係るプレゼン発表会を校長室で行いたいとの申し出があり、私は本校の生徒が学校に対してこんなにも熱い想いがあるんだ、と感動しました。自分の想いを何か形に残し捧げたい・・・少なくとも私には持ち合わせていなかった想いです。今を生きる高校生にこれだけのエネルギーがあるんだ、ということに驚かされた瞬間でもありました。

 教頭から校長として採用され10ヶ月になりますが、プレート制作プレゼンが、校長として一番嬉しい出来事になっています。校長に話をしに行こう - その発想と勇気は、やはり私の人生の中にはなかったことであり、もう二度と戻れない高校時代を振り返りながら、もしかしたら大きなチャンスを逃してしまったかもしれないなぁ、もっと自分にもできたことがあったのではないかなぁ・・・何とも言えない後悔の念にとらわれています。

 プレゼンの日から何度か授業を見に行きましたが、校長室 と書いたプレート大の半紙が何十枚も机上に載っていました。書いて書いて書いて・・・百、二百、いやもっと書いてきたのだろうと思います。

 「校長先生は学校をまとめる方なので、力強さみたいなものを表現したいと思っています」プレゼンの時の言葉です。

 明日からは、校長室に入る前にあえてプレートを見ようと思います。今以上に気を引き締め今以上に緊張感を持って業務に当たるために。

 事務室のプレートも受け取りました。心温まる素敵なプレゼントをありがとう。

 本校の生徒を誇りに思います。

0

一年間ありがとう

 一昨日の夕刻、華道部の3年次生2名が校長室に来てくれました。先週私のデスクに作品を置いてくれた生徒と現在職員玄関に展示している作品に携わった生徒です。

 一年間ありがとう - その気持ちを込めて写真を撮らせてもらいました。彼らに続く後輩も含め、4月から今日まで月に一度お花を届けてくれたこと、本当に嬉しかったです。また、届けてくれる生徒とわずかですがお話する時間が持てたことも幸せなことでありました。

 私はできるだけ自分から出会う生徒に声をかけ会話を楽しむようにしています。授業での関わりが持てないので、待っていても生徒は来てもくれないし話かけてもくれません。管理職としてわきまえることはわきまえつつ、それでも教諭時代に教室で生徒と関わっていた時のことが身体に染みついていますから、ついつい話かけてしまうわけです。くだらないことを言ったりしながら。生徒たちはどう感じているのかはわかりませんが、嫌な顔をせず接してくれています(私だけがそう感じているのかもしれませんが)。

 支給タブレットで写真を撮り、写真を二人に渡しました。プリントしたものではなく、Airなんとかという形で一瞬で二人の端末に収められました。二人はスマートフォンの画面を食い入るように見ながら何かを語り合い楽しそうに笑っていました。こういう時間って大切だなぁ、と思いながら二人にの様子を見ていました。

 今日ここでこの写真を撮ったな - そう想ってくれる日がいつか訪れてくれたら私は嬉しいです。

 明日、昼食時間に3年次生と一緒にお弁当をいただくこととしています。何名が参加するのかはわかりませんが楽しみです。

0

ジビエ給食試食会

 27日(火)美唄市立東中学校で開催された『ジビエ給食試食会』に参加させていただきました。ジビエとはフランス語で、狩猟で得た野生鳥獣のお肉を意味する言葉です。

 3年生の「美唄探求」において美唄の食材を活かしたレシピを考える活動の中から、実際に生徒が考案したメニュー『美鹿ボロネーゼ』が本日美唄市内の給食として提供されました。30日(金)の給食は『サスムコギ ビビンバ』が振る舞われるとお聞きしました。

 悪七校長先生より資料をいただきましたので、ここで紹介いたしますが、『ふわふわぴぱおいマフィン』『シカタコス』『たまぽて』『ピパオイ カボッチャン』『近藤シェフの五つ星肉巻き』『BIBAガレット』『鹿肉ドライカレー』『秋がたっぷり美唄の 美もち』『美唄すぎる シカチュー探検隊』のメニューも作成されています。それぞれの班で考え実際に作って食べて、生徒は研究を重ねたようです。

 美唄の食材として用いられたものは、サツマイモ、ジャガイモ、人参、玉葱、ハスカップジャム(本校のフード系列が製造)、ソーセージ(本校のフード系列が製造)、カボチャ、大根、醤油、味噌。そして、鹿肉です。教科書はありません。まさに「0から1を作り出す(美唄市長 桜井様の言葉)」その実践です。よく考えるとすごい学びだなと思います。自分たちで考えるしかない。美唄の食材って何だろう、まずはそこからスタートするわけですから。

 40年前にはなかった授業です。決まったものが与えられて、与えられたものに疑問を持つこともなく、唯一正しい答えを手繰り寄せるために頭を働かせる・・・これが私の学びでした。スタンダードな生き方に軌道修正しながら中学高校大学と学んできたような。それが良いか悪いかではなく、そういうことが求められた時代でした。だから、今の学びがうらやましく感じます。

 鹿肉については、株式会社Mt.代表取締役・HUNTER山本峻也様が狩猟したお肉です。試食会に先立ち、山本様から『いのちをいたたく』と題した講演があり、人間は生き物の命をいただいて生きている、ということについて深く考えさせられました。食の裏で生き物の命がある - 普段考えないことではありますが、改めて感謝の気持ちを持って食を摂らなければならないと思ったところです。短時間の講演ではありましたが、本校の生徒にも是非聞かせたい話でした。機会があればお願いします、と山本様に依頼しました。

 生徒が考案したせっかくのメニューを持続可能な形にする必要があります。ただ作って美味しかったね、では意味はありません。それは40年前の私たちの学びです。作った先です。 このことについては本校の教職員にも伝えています。

 「〇〇の取組を行いました」で完結せず、「取組を行ったその先の生徒はどうなのか」つまり、「それを作ってその先にどのように繋げていくのか」です。東中学校は給食センター等と今後も検討を重ね、持続可能な取組に繋げていく構想を持っています。本校もさまざまな取組を行っています。持続可能についてもっともっと考える必要があります。

 「考えて作りました、作って試食しました、さらに美味しくするためにどうしたらよいかを考えました、私たちの作ったものを美唄市にどのように広めていくかを考察しています、給食メニューもいいけれど、食堂で提供できないでしょうか」この経験をしてきた生徒たちが本校に入学してくるわけです。そのことを肝に銘じ教育活動を展開しなければなりません。

※パスタの麺についても生徒が検討し、特注で作ってもらったとお聞きしました。

0

高校3年間

 先週22日(木)、23日(金)の2日間、釧路市へ出張があり、昨日はお昼まで休暇を取得していたため、校長の小部屋を更新することができませんでした。本日より再開いたしますので、お付き合いください。

 月に一度のお花の日です。久しぶりに校長室に入室し、その瞬間に視線を捉えたのは写真の生け花です。華道部が活動した日に私が不在だったことから、気を利かせてデスクに置いてくれたのでしょう。直接受け取ることができず残念でした。

 お花って別に自己主張しているわけでもないのに、そこにあるだけで人を惹きつける - 不思議な力があります(そこにいるだけで人を惹きつける - 私にはそのような力はありません)。3年次生にとってはこれが高校生活最後の作品になります。どちらかと言うと寂しさが込み上げてきていますが、「ありがとう」と感謝しながら観賞させてもらっています。

 高校3年間はどういう時間だったのかな。思い描いた時間になったのだろうか、良き友人良き教師に巡り会えただろうか、どんなことを身に付けたのだろうか、描いた進路を実現できたのだろうか・・・私はそのようなことを考えています。

 私の長男は希望していた高校に通学することはできませんでしたし、次男の口からは入学した高校に対して満足度の高い話は出てきませんでした。彼らが3年間の高校生活を終え、大学に入学するときに「なんだかんだ言ってもまぁこの高校で良かったかな」と言うのを聞いて、初めて彼らの3年間は有意義だったんだな、と思ったのを覚えています。卒業して時間が経ってから高校への思いが押し寄せてくるものなのかもしれません。

 3年次生は今月一杯は登校してきますから、美唄尚栄高校の3年間どうだった、と聞いてみたいと思います。

0

聞いてもらうための

 昨日の学習成果発表会は、多くの御来賓、保護者等の皆様をお招きし無事に終えることができました。出席いただいたすべての方に感謝申し上げます。

 3年次生の皆さんは、総合的な学習の時間における1年間の取組とその成果について、余すところなく伝えることができたでしょうか。一生懸命にプレゼンしている姿を見て、学びの成果があったんだな、と私は思いました。大変お疲れ様でした。

 「地域の課題を自分たちで見出し、課題解決に向けて何をどのように進めていくかを考えてください」いきなり問いを与えられたわけです。教科書はありません。解答もありません。教員からその手順を教えられたわけでもありません。与えられたのはグループ活動をすることと時間は約9ヶ月であること。

 何もないところからスタートして形にすることの大変さを3年次生全員が感じたはず。自分の考えをまとめ発表する。他者の考えをしっかり聞く。批判ではなく建設的な意見を述べる。ばらばらの考えをひとつにまとめる。次の一歩を踏み出すためにどうする。地域に出るための折衝。試作と検証、改善。成果と積み残しになった課題の整理。桜井市長様が仰っていた『0から1を生む』ことの一端を学んだことは、これからの人生に必ず役立つ時がくると思います。

 お仕えした校長先生から言われた言葉を私は今でも大切にしています。「課題を見抜いたら決して先送りすることなく先生の責任の下で課題を解決すること。次の人次の代のことを考えること。時代の変化を掴み新と旧を見極めること。言われなくても気付いて行動すること」まさに探究の精神です。

 今日の表題「聞いてもらうための」について。発表会は終わってしまいましたが、今一度考えて欲しいことがあります。スライドや発表原稿の善し悪しは二の次三の次。静粛な場にふさわしい発表ができたかどうかを探究のテーマとして与えます。仲間のプレゼンはどうだったか、自分たちのプレゼンはどうだったか。多くの人に「聞いてもらうための」ものになっていたか。発表して終わりではなく、発表を終えて見えてきた課題の整理と検証を進めて欲しいと思います。

0

かまくら

 美唄駅前西口広場はイルミネーションで彩られています。16時30分を過ぎると辺りは薄暗くなってきますので、本校の生徒も部活動を終えて下校する際に目にしているのではないでしょうか。駅は街の玄関口になる場所ですから、こうした演出は来る者去る者の気持ちをほっこりさせてくれます。外国人観光客も多数見かけますので、きっと喜んでくれていると思います。

 ごろんごろんとしたいくつかの雪山はかまくらでした。かまくらを見るとどういうわけかわくわくします。幼き頃に祖父が作ってくれたかまくらの中で、お茶を飲みながらおやつを囓った記憶が残っているからかもしれません。

 お正月、弟家族も集まり賑やかに実家で過ごしました。前にも書きましたが、大晦日に家族で昔の写真を見たこともあって、実家でもお袋が保管している写真を出してもらいみんなで見ました。長男が4歳、次男が2歳(甥っ子、姪っ子も同じ歳)だと思うのですが、実家の庭に積もった雪で私がかまくらを作り、その中に4人を入れて撮った写真が出てきました。狭いから向こうに行けっ、こっちに来いっ、などと狭い穴蔵の中で4人が押し合いへし合いしながらきゃっきゃと騒いでいた覚えがあります。

 「あっ、かまくらのこと覚えてるわ」「ごうちゃん、かまくら作ってくれて写真撮ったの覚えてるよ」二十年以上前のかまくらのことを4人とも覚えていました。私が祖父からもらったかまくらの記憶を、私もこうして子どもたちの記憶に残すことができたんだ・・・感慨深いものがありました。

 デジタル世代の子どもたちではありますが、プリントされた写真の良さを感じたようです。「紙に残る写真っていいもんだね」紙は場所もとりますし重量もありますが、スマートフォンに記憶された写真をちゃっちゃっと指先ではじくように見るのとは訳が違い、一枚一枚に撮り手と映り手の魂みたいなものが宿るような気がします。これはデジタルの善し悪しではなく、アナログでしか味わえないものです。

 さて、本日午後から、3年次生が地域を題材に総合的な探究の時間で取り組んできた成果を発表する学習成果発表会を行います。生徒の発想やアイデアが、今後の美唄市の街づくりの柱として採用されるかもしれません。いつか美唄市の活性化に携わる一人として関わることになるかもしれません。そう考えると興味深いです。

 総合的な探究の時間の経験から、イルミネーションで彩られた駅前づくりのように、人の心に記憶を刻み込めるような、誰かの気持ちをやさしくするような、そのような美唄市の街づくりに尽力する人が本校から出てきてくれると嬉しいです。

0

大寒

 今日の美唄ガチガチの冷凍庫。この冬一番の冷え込みだろうと思います。

 借家から職場まで数百メートルの道中、足元はいつもよりぎゅっと堅く締まっており、ゆっくり瞬きをすると上下が凍結してふっつきました。昨年、一昨年と過ごした北見を想い出させるような朝になりました。

 18歳まで過した空知では睫毛が凍ったり、鼻の粘膜が凍ったりするようなことは当たり前で、冬場はかなりの頻度でそうなっていた記憶があります。でも、いつの頃からかそのような日は数えるだけになってしまったような・・・そんな気がします。

 ピンと張り詰めた冷ややかな空気に包まれた朝だからくっきり山並みが見られたのかもしれません。先週は猛吹雪、どんよりした空模様でこの山並みを見ることはできませんでした。久しぶりに見たような気がします。樺戸山系については校長の小部屋で何度か紹介しておりますが、堂々と、そして美しく、決して見飽きることはありません。

 玄関で生徒のお迎えが終わった後、4階に上がって1年次生の教室⇒2年次生⇒3年次生と回ることを続けています。4階西側の窓からこの山並みを眺めるのが好きです。朝はもちろん、夕暮れ時も素敵な景色を見せてくれます。

 励ましてくれたり背中を押してくれたり。考えごとの答えをくれたり慰めてくれたり。現実に直視することの大切さやずっと昔の記憶を呼び寄せてくれたり。勇気をくれたりやさしい気持ちにさせてくれたり。私にとっては大切な景色になっています。きっと私と同じようにこの山並みとこの景色を大切にしている人がいるのだろうな、と思います。

 さて、明日から1年で最も寒い頃とされる大寒です。二十四節気は、1年間を太陽の軌道をもとに約15日ずつ24に区分し、それぞれに季節を表す名称がつけられていて、大寒はその最終節。大寒の最終日が2月3日の節分、その翌日が立春です。

 北海道はこれからが冬本番で、今週は厳しい冷え込みになるとの予報が出ています。体調管理に気をつけて過ごしましょう。

0

スポットライト

 久しぶりに星が輝く空。綺麗な星を眺めながら8キロのランニングを楽しみました。雪のないオンロードを走るのが一番ですが、ぎゅっぎゅっと雪の踏みしめる音を聞きながら走れるのはこの季節だけ。趣があっていいものです。

 雪上に青い光が見えます。駅前から国道に向かう歩道に投影されていました。なんだろう、と思ってSTAY BIBAI様のホームページにアクセスすると、昨年から影絵スポットライトとして灯されているとのこと。写真を撮って借家まで戻る途中でもう一カ所灯されているところを見つけ、何だか得をした気持ちになりました。

 美唄は一昨日、昨日午前中まで雪が降り続け、路肩の雪も一気に積み上がりました。さすがは豪雪地帯。北見に勤務していた2年間はマイナス20℃以下の寒さが日常でしたが、雪かきは数えるほどしかしていません。2年間楽をさせてもらったので、美唄における毎日の除雪は身体に堪えますし、何せ疲労が蓄積します。冷え込みか積雪かどちらを選ぶ・・・うむ、どちらがいいのでしょうか。
 
 雪などものともせずに生徒は元気に登校しています。さすがは空知っ子です。ただ、ホワイトアウトになって身に危険を感じた場合は、①外に出ないこと②天候が落ち着くまで自宅で待機することをここで再度確認させてください。

 全校集会の場において、私は生徒の皆さんに大きな宿題をひとつ与えました。「自分の身は自分で守ること」環境の変化、天候の変化、災害の発生はいつ起こるかわかりません。平時からすべての人が考えなければならないことです。

 宣伝になりますが、本日16日(金)16時から美唄駅前西口広場にてイルミネーション点灯式が開催されるようです。

0

全校集会でお話したこと

 昨日、生徒は長い休業を終えて久しぶりの登校となりました。大切なスタートの日となりましたが、外は猛吹雪のホワイトアウト。気温も低く大荒れの天候となりました。外套も頭も真っ白にして生徒玄関をくぐってくる生徒は、ホールに立つ私に近寄ってきて「おはようございます」と声をかけてくれました。

 今年度の年末年始の休みは土曜日と日曜日も含めて最大9連休。おそらく社会人になって一番長い休みかもしれません。子どもであっても大人であっても休みに入る前は気持ちがほっとして、心も軽くなります。少し休めるな、と思うだけで嬉しくなります。ただ、休みも後半に入り終わりがちらちら見え始めると妙に落ち着かなくなります。そうした経験をお持ちの方は多いと思います。

 4日(日)夕刻に自宅から美唄の借家に戻りましたが、明日からの仕事のことを思うと、急に緊張しだしそわそわしている自分に気付きます。あれもある、これもしなければならない、久しぶりだからどうなっているだろうなどとあれこれ考えるとどんどん気持ちが重くなってきます。今回に限らず連休の最終日は不思議と私をそうした気持ちにさせてしまいます。

 ここからは全校集会でお話したことです。「世間では、新年を迎え新たな気持ちでスタート、新たな目標や夢に向かって歩いていこうなどと言いますが、私は、そう自分を煽り立てる必要はないと思っています。心穏やかになるまでゆっくりゆっくり時間を過ごし、自分のペースやタイミングを掴んで欲しいです。久しぶりに登校してくるにあたって、わくわくしている人もいれば、緊張していたり、不安を抱えていたりなど、それぞれの心持ちでいるはずです。みんなが揃って、前向きな状態でいるとは考えづらいです。どちらかと言えば、後ろ向きの状態の人が多いと思います。自分のペースを掴むまで、焦らずに、でも一歩一歩進んでいきましょう。さて、年末年始。私は数年ぶりに家族揃って過ごすことができました。子どもが二人いますが、それぞれ大学生の頃は、青森県と岡山県に住んでいましたので、それぞれの用事で、札幌に帰ってくることはありませんでした。どちらも大学を卒業して、社会人になりましたが、そうなったらなったで、もう二度と家族が揃うことはないだろう、と思ったりしていたので、なんだかとても嬉しかったです。そのときに思ったことは、多少お金がなくても、交通事故や大きな怪我や病気をすることもなく、健康で過ごせていることが幸せであり、感謝しなければならない、ということでした。それ以上のものはないし、それ以上のことは望む必要はないと思いました。 - 私が、本日のスタートにあたり、皆さんに伝えたいことは、自分を大切にしてください、ということです。あなたが健康でいることが、あなたの保護者等の方にとって、最高の幸せにつながっています。(一部抜粋)」

 3年次生はまもなく家庭学習期間に入ることから、登校する日も残りわずかになってきました。私の知らない2年間、生徒一人ひとりそれぞれが一日一日の登下校を繰り返し、その中で多くの困難を乗り越えながら今日を迎えている・・・立派に生きてきたんだなと思います。

 3年次生とはお別れが近づいていますから、昨日も今日もちょっぴり寂しい気持ちになりながら「おはよう」と声をかけています。

0

書き初めの記憶

 たくさんの宿題と毎日の日記、読書感想文に絵を一枚、さらに自由研究、そして家の手伝い。小学校の長期休業はやることがたくさんありました。計画的に取り組むことが苦手だった私はそのすべてを後回しにして遊ぶことに専念し、明日から学校が始まるという段階にくると慌てて鉛筆を持ち、母親に怒られ半べそをかきながらやっていました。完成させて提出できたものはほとんどありませんでした。長期休業にいい記憶はありません。

 いつだったか、何を書いたか忘れてしまいましたが、書き初めの宿題が出されたことがあって、広げた新聞紙の上に跪き、これまた母親に怒られながら半紙に筆を走らせていた記憶があります。落ち着きがなく集中力に欠けていた私には半紙に向き合う時間は大変苦痛でした。そんな私に無理矢理取り組ませようとしていた母親も苦痛だったと思います。他の子どもとどこか違う、なんてことを直接担任の先生から言われていた母親にとって、何とかしなければならないと大変なプレッシャだったはずです。

 さて、美唄郵便局のフロアに本校生徒の作品が展示されているので昨日見に行きました。昨年芸術部の活動の中で書かれた作品ですから書き初めではありませんが、作品を眺めているときに、前段の書き初めのことを想い出してしまったわけです。嫌々書いていた私とは違って、ここに展示された作品は一字一字集中し、自由に思いのまま・・・そういう作品なんだということを強く感じました。

 絵心もなく筆も立たなかった私には自分のもの(恥ずかしくて作品とは言えません)が展示された記憶がありません。多くの人に見てもらえる機会は人生においてそう多くあるわけではなく、そう考えるとうらやましい限りです。下校の途中に郵便局に寄って展示されている自分の友達の作品を是非見て欲しいと思います。

 さて、本日から通常登校となりますが、外は吹雪いています。校長室の窓から100メートル先が見通せない状況です。周囲の状況に十分注意し登校してください。

0

本日から

 先週は出張で不在にしていました。本日から校長室で業務を行っています。冬季休業は本日までで明日からいよいよ教育活動再開となります。生徒が登校し静かだった学校が賑やかになります。今から楽しみです。

 冬場に借家を空けると気がかりは積もった雪のことと水道凍結のことです。年が明けた1日(木)空知の実家に帰省する前に借家に寄って雪かきを行い、4日(日)から借家での生活をスタートさせましたが、台所と洗面所の水廻りで3時間、浴室の水廻りに2日を要し、漸く水道を使えるようになりました。水が出たときは心から安心し嬉しくなりました。

 5日(月)に再度水を落とし昨夕久方ぶりに借家に戻りました。車を運転しながら考えたことはやはり雪と水のことです。「駐車スペースどうなっているだろう」「すぐに水が出るだろうか」積雪10センチ、水はすぐに出てきました。雨が降ったりプラス気温になったりが影響したものと思われます。生活に影響が出ないことが一番ではありますが、通常とは異なる気象状況が要因であるとすれば、これは手放しでは喜べないことでもあります。

 写真は本日の様子を撮影したものですが、本来はもっともっと積雪があるのにこの程度となっています。気温も高く暖かいです。

0

よろしくお願いいたします

 1月5日(月)仕事始めです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 年末年始にかけて、穏やかにお過ごしになられたことと思います。9連休の長い休みになりましたが、如何でしたでしょうか。過ぎてしまうとあっという間だったような。

 どちらも社会人になりましたが、子どもたちが青森と岡山で大学生活を送っていたときは、アルバイトや旅行などそれぞれの用事で札幌に帰ってきませんでした。今回6年ぶりに家族が揃い静かな正月を迎えることができました。もう二度とないだろうと思っていたのですが、年末に妻の実家へ年明けに私の実家へ家族揃って出掛けることもできました。

 大晦日から元旦にかけて自宅で過ごしたのも数年ぶりです。大学受験を控えていたとき以来かもしれません。昔の写真を見ようという話になり、二階の屋根裏の納戸からアルバムの一部を降ろしました。私が撮影してきた写真です。そこには二十五年前の私と妻、長男が写っており、そこからさらに数年後に次男が登場してくるという家族の変遷が記録されていました。懐かしいやら恥ずかしいやら、笑いの絶えない時間になりました。

 さて、昨夕から美唄は雪に見舞われています。路肩の雪も高くなりました。本格的な冬はこれからです。

0

お世話になりました

 12月23日(火)フード系列の教員を講師にして、教職員(事務職員も含む)向けのそば打ち研修会を実施しました。以前、授業の中で2年次生の生徒がそばを打ち、是非食べてくださいと私のもとに届けてくれたことがあり、このときに教職員向けのそば打ち研修会を是非開催してください、と担当の教員にお願いしたのです。とうとう実現しました。

 同じ学校に勤務していても、それぞれの系列、個々の専門、一人ひとりの授業、業務がありますから、隣に座っている先生が得意としていることだとか各系列が何に取り組んでいるのかは理解しづらい状況にあります。これは本校に限ったことではなく、他校でも同様です。誰かのことを知ろうと思ったら、時間をともにして話をしながら何かに取り組んでみるのが一番だと私は思っています。

 今回は、『材料費約1000円で自宅で打てる3~4人前そば』をテーマに紹介していただき、参加者全員がそばを打ち茹であげ食すまでを体験しました。3時間の研修はとても有意義なものとなりました。1にコミュニケーション向上、2に経験の幅を広げる、3に新たな学び、4に楽しみや幸せ。私がこの研修に求めた4つの思いは達成できたと考えます。

 さて、年越しそばと言いますが、調べてみますと江戸の中期頃にこの文化の起源があるようです。いろいろ謂れはありますが、(1)健康祈願(そばの実は雨風を受けてもその後の晴天で日光が当たると元気になることから、健康への縁起を担ぐ)(2)長寿祈願(細く長いそばは、延命や長寿につながる)(3)厄払い(そばは切れやすいことから一年の厄災や苦労を切り捨てて翌年に持ち越さない)

 今年最後の『校長の小部屋』への投稿となります。縁起の良いそばで締めくくらせてください。

 本校に着任して9ヶ月を終えようとしていますが、空知っ子そのものを思わせる素朴で素直な生徒に出逢えたことに幸せを感じます。自慢できる生徒たちです。

 すべての保護者等の皆様にお会いすることはできませんでしたが、PTA活動や説明会、行事のたびに足を運んでくれ、学校を応援していただいていることにお礼申し上げます。

 本校の教育活動を多方面から支えていただいております地域の皆様に対しましても感謝申し上げます。

 そして、熱心に教育活動を行い、陰ながら本校の教育環境を整えてくれているすべての教職員の力により今日を迎えています。ありがとうございました。

 今年一年、大変お世話になりました。来る年がすべての皆様にとりまして、幸せで素敵な一年になりますことを祈念して、挨拶に代えさせていただきます。

 ありがとうございました。

0

クリスマスリース

 子どもたちが幼稚園に通っていた頃、家族で沖縄へ飛びクリスマスを過ごしたことがあります。日中は長袖シャツ一枚、陽が暮れても薄手のジャンパーを羽織るだけで街を歩ける暖かなクリスマスでした。地球規模で見たときの日本は本当に小さくて、北海道から那覇までの約3000キロもほんのわずかな距離なのに、こんなにも季節が異なるんだということを体感する旅になったのを覚えています。

 二十数年前のことを急に想い出したのは、雪が少なく暖かなクリスマスを迎えたからかもしれません。24日(水)のお昼休みにこの話を書いているのですが(たいてい翌日掲載分を前日に書いています)、天気予報のとおり雨がぽつりぽつりと空から落ちてきています。5年ぶりの雨のクリスマスイブらしいです。

 雨が降らなければランニングをして普段と何ら変わらない夕食を食べる一夜になりそうですが、せっかくなのでデジタルオーディオプレーヤからクリスマスソングを流し、ちょっとだけクリスマス気分を味わおうと思っています。昨日、デザイン系列の3年次生が制作したクリスマスリースをいただいたので借家に飾って。

 生徒からいろいろなものをいただいていますが、小さなお手紙が添えられているのがとても嬉しいです。作り手の気持ちが受け取る側に伝わりますし、ずっと大切にしようと思わせてくれます。ちょっとした気遣いではありますが、なかなかそこまで気が回らないものです。私も見習わなければなりません。

 先日JAZZレコードのお店でたくさんのレコードを自分にプレゼントした話を書きました。このお店のマスターはかなりの御高齢ではありますが、年に数回オランダまでレコードを買い付けに行っています。世界中の中古JAZZレコードが集められ、世界中のバイヤーがこぞって購入するとお聞きしたことがあります。マスターのお眼鏡に叶ったレコードが船積みされ、やがてそれらがお店に届き、マスターの耳、目、手で一枚一枚厳正な検盤を終えた後、お店に商品として並びます。
 
 いざ販売という段階になると、マスターから「お待ちしております」と書かれたお手紙が届きます。マスターの顔を見に行きたいな、どんなレコードが並んでいるのだろう、探しているレコードがあるだろうか、などとわくわくします。手紙って人の心を揺さぶる何か不思議な力があるな、と感じるのは私だけでしょうか。

 それでは素敵なクリスマスをお過ごしください。

0

美しい姿

 冷え込んだ12月23日(火)の朝、この景色を眺めることができました。

 管理棟4階の一番奥の窓から見える樺戸連山は、真っ白な雪に覆われその美しい姿を朝陽に輝かせていました。とにかく美しい。

 この山を前にして、あまりにちっぽけな自身の存在を思い知らされるとともに、ちっぽけながらも精一杯生きていくことの大切さみたいなものを感じる朝になりました。何十年何百年何千年変わることなくそこにあることの偉大さに圧倒されます。

 私はカメラを持った野山の散策はしますが山登りはしません。いつかはしたいと思うことはありますが、ランニング、読書、レコード、薔薇、映画・・・などすべきことが多々ある中ではその優先順位はどうしても下方に押しやられます。時間が2倍、身体が2つあるといいな、といつも思います。

 ただ、山岳小説(山に登ることを題材にした作品)は大好きです。井上靖、新田次郎、夢枕獏、笹本稜平、湊かなえ、樋口明雄、下村敦史、各氏の作品はほぼすべて購入し読了しています。中でも笹本稜平氏(1951年10月9日 - 2021年11月22日)の作品は、山の美しさ、恐ろしさ、クライマーの心情、友情、孤独、愛、生きることのすべてを描き切っていて、考えさせられることが多々あります。自分の知らない世界だからこそ知りたいというのはありますが、どの作品も自分がその山にいるような感覚を味合わせてくれます。気になる方は是非手に取って読んで欲しいです。

 私が山岳小説に魅せられる理由は、極限において究極の選択をする主人公の心情に惹かれるからです。私の人生における選択は主人公の選択からすると足元にも及びませんが、それでも何か迷ったときやどちらかを選ばなければならないときに参考にしたことが多々あります。

 「ふたつにひとつ、どちらかを選ばなければならないのなら、あえて困難を極める道を選べ」山岳小説の中にあった言葉です。どの著者のどの作品だったかがわからなくなってしまいましたが(付箋を付けておくべきだったな、と後悔しています)、私の人生の選択において力強く背中を押してくれた大切な言葉です。当然のことながら本の中では困難な道を選択した主人公が最後にはその道を選択したことに間違いはなかったという形に収束していくわけですが、私自身のいくつかの選択も今振り返ると間違ってはいなかったなと思います。

 この景色が毎日目の前に広がる - これは本当に贅沢です。生徒が過ごす教室は南向きの窓ですから、残念ながら見ることはできませんが、廊下を挟んだ向かい側の教室を使用するときは是非見て欲しいです。

 在学中にとても素敵な景色を見ていたんだよ - 生徒が高校時代を振り返るときのキーワードになってくれればいいなぁと思っています。

0

贈り物

 今日は樹氷が見られるかもと思い、駐車場脇の針葉樹を見に行きました。予想したとおりでした。陽が上がると解けるでしょうし、明日からのクリスマスは雨の模様ですので、一日早くクリスマスの雰囲気にぴったりな樹氷の贈り物をいただき、得をした気分です。

 クリスマスプレゼントはどうしましたか?誰かのことを想ってプレゼントを用意したり、事前に約束したプレゼントを買いに出掛けたり・・・私は、今年ランニングを始めた妻に相当早い時期にクリスマスと誕生日を兼ねたプレゼントを贈りました。妻からは大きな大きなプレゼントをもらいました。

 もうひとつ、毎年自分にクリスマスプレゼントを贈っています。健康でいられた自分に元気に働くことができた自分に中古のJAZZレコードを何十枚もプレゼントします。インターネットで購入するのではなく、札幌にあるJAZZレコードを扱うお店に足を運び時間をかけて探します。物欲がほとんどない私ですが、レコードとなると別です。いくらあっても欲しい。これが私が私に贈る最高のプレゼントです。

 誰かが心惹かれて手にしたレコードは、やがて何かの事情で手放され、世界のどこかを彷徨い、巡り巡って私の手元に収まります。ジャケットは擦り切れ、ライナーノーツは茶色く色褪せ、レコードもプチプチノイズが入る。でも、それがまたいいのです。何とも言えない浪漫を感じます。

 廃盤になったアルバムを何年、何十年も探して漸く手にできることがあります。滅多なことがないとこうはなりませんが、唐突に巡り合うことがあります。私にとって最高の出逢いで最高の幸せを感じる瞬間です。

 真空管に灯をとおし、ターンテーブルにレコードを載せ針を落とす。一手間二手間かかりますが、最初の音が鳴り出すまでのわずかなじり、ジリ、じィー - この時の緊張感がレコードの魅力のひとつかもしれません。

0

拍手

 開会式の挨拶を頼まれていましたので、あれこれ言うよりも先に生徒の拍手から体育祭をスタートさせたい、と思っていました。ステージの上に立つとすべての生徒の様子が見てとれます。生徒全員が拍手してくれました。本校の生徒の良いところです。ありがたいな、と思います。

 何故拍手か - 目立たない地味な仕事をして本日の体育祭に結び付けてくれた執行委員への感謝の気持ちを持って欲しかったからです。私がいちいち言わなくても気付いている生徒もいます。その一方で言われて気付く生徒もいます。割合的には後者の方が多いのではないでしょうか。

 誰かがお膳立てしてくれたものに乗るのが一番簡単で楽です。そのような環境下に置かれることの方が実に多いです。起こしてくれる、夕食を準備してくれる、お弁当を作ってくれる、学校まで送ってくれる、洗濯をしてくれる、雪かきをしてくれる、風呂を洗ってくれる。考えてみると〇〇してくれることが多くないですか。そして、そのことが当たり前になってしまい、『感謝』をずいぶん遠いところに置き忘れてしまっていませんか。

 お膳立てしてくれた人の苦労や努力を頭の片隅に置き、「ありがとう」の気持ちを持っていれば、文句やわがままは出てこないと思います。感謝の気持ちを持って行動することができます。逆に、自分がお膳立てする側の立場だったら何ができるだろう。両方の視点からものを見られる人になって欲しいと思います。

 立派なことを書きましたが、単身赴任で生活していると反省することだらけです。お弁当作ってくれて「ありがとう」を言ってなかったな。朝夕の御飯を用意してくれて「ありがとう」を言ってなかったな。洗濯してくれて「ありがとう」を言ってなかったな・・・〇〇してくれることが当たり前化していた自分に反省しきりです。自分で何でもやらなければならない状況になって改めて気付くわけです。そういう意味では不自由なことが多いですが、単身赴任も悪いものではありません。

 本日が体育祭最終日です(この話、昨日のお昼に書きました)。閉会式で私はもう一度全校生徒と拍手します。

 執行委員へのお礼と感謝の拍手。クラスメイトと楽しく活動し成長できたことに拍手。最後の大きな行事で仲間の大切さを教えてくれた3年次生への感謝を込めた拍手。そして、体育祭を全員で楽しく終えられたことに拍手。最後に、閉会式まで25分の待ち時間を静かに待てた全員に拍手!!

0

クリスマスプレゼント

 「校長先生ぇ、クリスマスプレゼントでーす」生徒玄関ホールで朝のお迎えをしている私の横にひょっこり現れた2年次生の女子生徒から小さなカルトナージュを受け取りました。「デザイン系列の授業で作ったので、ペン立てとかで使ってくださいね」そう言うと3階の教室に向かって階段を上がっていきました。

(写真を一部加工しています)

 お菓子と手書きの小さな手紙が添えられていて、「ペンを入れたり、コーヒーや砂糖のスティックを入れたりもできますよ!」と書かれていました。ペンを入れるとインク等の汚れがついてしまうので、飴やスティックタイプのコーヒー、お茶を入れようかなと思っています。クリスマスプレゼントありがとうございました。大切に大切に使わせていただきます。

 一文字一文字丁寧に書いたお手紙をいただくのはとても嬉しいです。私くらいの世代の方ですと当たり前のように手紙のやりとりをしていたはずです。私は当時お付き合いをしていた女性とこまめに手紙やはがきのやりとりをしていました。今は指先をしゃしゃしゃーっと滑らせて、ボタンを押して相手にメッセージを届ける時代です。デジタル世代の高校生が、アナログチックな形で相手に気持ちを届ける・・・感慨深いものがあります。

 週末自宅に帰る車内のラジオからクリスマスソングが流れます。胸ポケットに小型ラジオを忍ばせて走る夜のランニングでも、DJがクリスマスにちなんだ話をしていて傍らにクリスマスソングがかかります。美唄には持ってきていませんが、自宅の部屋の棚にクリスマスソングだけで構成されたJAZZアルバムが何枚か入っていて、どういう訳かこの時期だけはターンテーブルに載せてそれらを聴きます。この時期が過ぎると、また1年後・・・ずっとこれを繰り返しているような感じがします(真夏にクリスマスソングは聴かないですよね)。時期的に聴きたくなるのかなぁ。

 大学時代のクリスマスは、友達と、たった一人で、恋人と、というようにいくつかの過ごし方をしました。バブル経済真っ盛りから崩壊までが私の学生時代と密接につながっていて、当時12月は日本中が浮き足立っており、ひとりぼっちで迎えるクリスマスには冷たい視線が注がれていたような雰囲気がありました。とにかく派手で賑やかに、高価なプレゼントを - これがバブル期のクリスマス。

 年内の大学の講義が終わり、新年を迎えるまでの残されたアルバイトの日数を数えながら、下宿の6畳間で寝っ転がりながら小説を読んでいる、いつもと何ら変わらない時間の中に、クリスマスを過ごした夜のことを想い出しています。下宿生のほとんどは帰省し、しーんと静まりかえった建物の中で、私は私なりのクリスマスの夜を静かに過ごしていました。懐かしいです。

 先週、自宅に帰るとクリスマスの飾り付けがされていました。子どもたちが小さかった頃は、狭い居間に不釣り合いな大きなクリスマスツリーを飾ったものですが、それもいつの間にか処分し、2つ3つの飾りを壁に止めるだけになってしまいました。それでも妻は妻なりにクリスマスの雰囲気を味わいたいのだろうなぁ。

 今年のクリスマスも猛吹雪にならない限り夜のランニングを楽しみ、夕食を作り、いつもと何ら変わらない時間を過ごします。単身赴任期間5年目になりますが、毎年同じことを繰り返していますが、これができれば他には何もいりません。

 皆様、素敵なクリスマスを! 

0

体育祭

 本日、明日は体育祭です。この日のために長い時間をかけて執行委員が放課後遅くまで準備に勤しんでくれました。先輩たちが退任し、新体制になって初めての大仕事でいろいろと大変だった思います。まずは、ここまでの準備、ありがとうございました。そして全校生徒の皆さん、運営してくれる執行委員に感謝して楽しんでください。

 どこの学校でもスポーツに親しむ行事を設置していますが、美唄尚栄高校の特長だな、と思うことにポスターが掲示されるというものがあります。執行委員が作成するのではなく、それ以外の生徒が心を込めて描く - これはそうあることではありません。過日実施した校内運動会のときにもポスターが掲示されたのを見て、真っ先に感じたことです。学校から与えられた行事だから何となく参加する、というのではなく、主体的に行事に参加するんだ、という生徒からのメッセージとして私は受け取っています。

 生徒玄関ホールに掲示していますから、全校生徒の目に触れています。ポスターを見て何かが劇的に変化することはないとしても、「体育祭楽しみだな」、「練習しないとな」、「怪我しないように参加しよう」などと、人の心に確実に何かを芽生えさせています。これって、とても大切なメッセージです。ポスターづくりをしてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。私はこのような学校に勤めることができて幸せです。

 体育祭の開催期間、そして終了した後に、クラスの団結力が高まったり協調性がさらに深まってくれることを期待しています。

 体育祭の目的を今一度確認します。

 『体力の向上及びクラスや年次間の団結力や協調性を養う。』

0

『あたたかい心』『信じる心』

 目の前のお花からほんのり甘い香りが漂ってきます。鼻を近づけると青い花が香りを放っています。リューココリーネというお花です。

 野山を歩き花の写真を撮るようになった頃、花の名前が知りたくてずいぶんと高価な図鑑を買いました。撮った写真と見比べながら、名前を覚えていった記憶があります。ただ撮るだけではなくて、名前とセットで覚えていくのはそれはそれでまた違った楽しみがあり、結構のめり込みました。覚えた花のページは端を折り、まだ折っていないページの花との出会いを楽しみに図鑑を眺めていました。

 今年のことになりますが、妻からスマートフォンが図鑑の役割を果たすことを教わりました。写真を撮ってその写真を検索すると、一瞬で花の名前がわかるというものです。毎年、春から初夏にかけて庭にさまざまな宿根草を植えるため、妻といくつかのお店を周りますが、隣接するガーデンに咲く花を見て、「この可愛らしい花の名前は何というのだろうね」と当てもなく言うと、妻がさっと花にスマートフォンを向け、「〇〇だって」と答えます。「どうしてわかったの」と聞くと、「Google先生が教えてくれるよ」と。そうなのか・・・そういう調べ方ができるのか、と。

 先週、生けている生徒にこの花の名前を聞くと「リューココリーネです」と教えてくれました。それから週が明けこの話を書いているのですが、花の名前をすっかり忘れてしまい、写真を撮って検索すると「リューココリーネ」と瞬時に表示されました。そうだ、そうだった。AI、すごい。

 花言葉 - 『あたたかい心』『信じる心』

 『あたたかい心』 - 相手を思いやり、いたわる優しい気持ちや精神
 『信じる心』 - 物事を真実であると受け入れる感情や態度

 どちらもAIの回答になります。なるほど、と納得させられる言葉です。

 翻って自分はどうだろうか・・・ある側面ではできているけれど、そうではない自分もいるなと思ったり。一人の人間として、そうありたいと願うところではありますが、私にはまだまだ手の届かない遠い遠い心の有り様です。

 それでも若いときの自分からは考えられないくらい心は変わりました。歳とともに物事の見方や考え方が大きく変化し、何でも許容でき心乱すことなく穏やかに対応できている自分を感じています。不思議ですが、肩に力の入らないとても楽な生き方ができています。

0