北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。
10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。
美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。
生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。
「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。
先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。
「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。
46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。
さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。
皆さんも良き週末を!
49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。
嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。
人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。
特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。
今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。
教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・
やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。
継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。
昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。
自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)
40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。
「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。
昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」
取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。
卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」
電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。
あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。
管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。
それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。
6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。
感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。
学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。
先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。
学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。
さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。
そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。
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