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校長の小部屋

お世話になりました

 12月23日(火)フード系列の教員を講師にして、教職員(事務職員も含む)向けのそば打ち研修会を実施しました。以前、授業の中で2年次生の生徒がそばを打ち、是非食べてくださいと私のもとに届けてくれたことがあり、このときに教職員向けのそば打ち研修会を是非開催してください、と担当の教員にお願いしたのです。とうとう実現しました。

 同じ学校に勤務していても、それぞれの系列、個々の専門、一人ひとりの授業、業務がありますから、隣に座っている先生が得意としていることだとか各系列が何に取り組んでいるのかは理解しづらい状況にあります。これは本校に限ったことではなく、他校でも同様です。誰かのことを知ろうと思ったら、時間をともにして話をしながら何かに取り組んでみるのが一番だと私は思っています。

 今回は、『材料費約1000円で自宅で打てる3~4人前そば』をテーマに紹介していただき、参加者全員がそばを打ち茹であげ食すまでを体験しました。3時間の研修はとても有意義なものとなりました。1にコミュニケーション向上、2に経験の幅を広げる、3に新たな学び、4に楽しみや幸せ。私がこの研修に求めた4つの思いは達成できたと考えます。

 さて、年越しそばと言いますが、調べてみますと江戸の中期頃にこの文化の起源があるようです。いろいろ謂れはありますが、(1)健康祈願(そばの実は雨風を受けてもその後の晴天で日光が当たると元気になることから、健康への縁起を担ぐ)(2)長寿祈願(細く長いそばは、延命や長寿につながる)(3)厄払い(そばは切れやすいことから一年の厄災や苦労を切り捨てて翌年に持ち越さない)

 今年最後の『校長の小部屋』への投稿となります。縁起の良いそばで締めくくらせてください。

 本校に着任して9ヶ月を終えようとしていますが、空知っ子そのものを思わせる素朴で素直な生徒に出逢えたことに幸せを感じます。自慢できる生徒たちです。

 すべての保護者等の皆様にお会いすることはできませんでしたが、PTA活動や説明会、行事のたびに足を運んでくれ、学校を応援していただいていることにお礼申し上げます。

 本校の教育活動を多方面から支えていただいております地域の皆様に対しましても感謝申し上げます。

 そして、熱心に教育活動を行い、陰ながら本校の教育環境を整えてくれているすべての教職員の力により今日を迎えています。ありがとうございました。

 今年一年、大変お世話になりました。来る年がすべての皆様にとりまして、幸せで素敵な一年になりますことを祈念して、挨拶に代えさせていただきます。

 ありがとうございました。

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クリスマスリース

 子どもたちが幼稚園に通っていた頃、家族で沖縄へ飛びクリスマスを過ごしたことがあります。日中は長袖シャツ一枚、陽が暮れても薄手のジャンパーを羽織るだけで街を歩ける暖かなクリスマスでした。地球規模で見たときの日本は本当に小さくて、北海道から那覇までの約3000キロもほんのわずかな距離なのに、こんなにも季節が異なるんだということを体感する旅になったのを覚えています。

 二十数年前のことを急に想い出したのは、雪が少なく暖かなクリスマスを迎えたからかもしれません。24日(水)のお昼休みにこの話を書いているのですが(たいてい翌日掲載分を前日に書いています)、天気予報のとおり雨がぽつりぽつりと空から落ちてきています。5年ぶりの雨のクリスマスイブらしいです。

 雨が降らなければランニングをして普段と何ら変わらない夕食を食べる一夜になりそうですが、せっかくなのでデジタルオーディオプレーヤからクリスマスソングを流し、ちょっとだけクリスマス気分を味わおうと思っています。昨日、デザイン系列の3年次生が制作したクリスマスリースをいただいたので借家に飾って。

 生徒からいろいろなものをいただいていますが、小さなお手紙が添えられているのがとても嬉しいです。作り手の気持ちが受け取る側に伝わりますし、ずっと大切にしようと思わせてくれます。ちょっとした気遣いではありますが、なかなかそこまで気が回らないものです。私も見習わなければなりません。

 先日JAZZレコードのお店でたくさんのレコードを自分にプレゼントした話を書きました。このお店のマスターはかなりの御高齢ではありますが、年に数回オランダまでレコードを買い付けに行っています。世界中の中古JAZZレコードが集められ、世界中のバイヤーがこぞって購入するとお聞きしたことがあります。マスターのお眼鏡に叶ったレコードが船積みされ、やがてそれらがお店に届き、マスターの耳、目、手で一枚一枚厳正な検盤を終えた後、お店に商品として並びます。
 
 いざ販売という段階になると、マスターから「お待ちしております」と書かれたお手紙が届きます。マスターの顔を見に行きたいな、どんなレコードが並んでいるのだろう、探しているレコードがあるだろうか、などとわくわくします。手紙って人の心を揺さぶる何か不思議な力があるな、と感じるのは私だけでしょうか。

 それでは素敵なクリスマスをお過ごしください。

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美しい姿

 冷え込んだ12月23日(火)の朝、この景色を眺めることができました。

 管理棟4階の一番奥の窓から見える樺戸連山は、真っ白な雪に覆われその美しい姿を朝陽に輝かせていました。とにかく美しい。

 この山を前にして、あまりにちっぽけな自身の存在を思い知らされるとともに、ちっぽけながらも精一杯生きていくことの大切さみたいなものを感じる朝になりました。何十年何百年何千年変わることなくそこにあることの偉大さに圧倒されます。

 私はカメラを持った野山の散策はしますが山登りはしません。いつかはしたいと思うことはありますが、ランニング、読書、レコード、薔薇、映画・・・などすべきことが多々ある中ではその優先順位はどうしても下方に押しやられます。時間が2倍、身体が2つあるといいな、といつも思います。

 ただ、山岳小説(山に登ることを題材にした作品)は大好きです。井上靖、新田次郎、夢枕獏、笹本稜平、湊かなえ、樋口明雄、下村敦史、各氏の作品はほぼすべて購入し読了しています。中でも笹本稜平氏(1951年10月9日 - 2021年11月22日)の作品は、山の美しさ、恐ろしさ、クライマーの心情、友情、孤独、愛、生きることのすべてを描き切っていて、考えさせられることが多々あります。自分の知らない世界だからこそ知りたいというのはありますが、どの作品も自分がその山にいるような感覚を味合わせてくれます。気になる方は是非手に取って読んで欲しいです。

 私が山岳小説に魅せられる理由は、極限において究極の選択をする主人公の心情に惹かれるからです。私の人生における選択は主人公の選択からすると足元にも及びませんが、それでも何か迷ったときやどちらかを選ばなければならないときに参考にしたことが多々あります。

 「ふたつにひとつ、どちらかを選ばなければならないのなら、あえて困難を極める道を選べ」山岳小説の中にあった言葉です。どの著者のどの作品だったかがわからなくなってしまいましたが(付箋を付けておくべきだったな、と後悔しています)、私の人生の選択において力強く背中を押してくれた大切な言葉です。当然のことながら本の中では困難な道を選択した主人公が最後にはその道を選択したことに間違いはなかったという形に収束していくわけですが、私自身のいくつかの選択も今振り返ると間違ってはいなかったなと思います。

 この景色が毎日目の前に広がる - これは本当に贅沢です。生徒が過ごす教室は南向きの窓ですから、残念ながら見ることはできませんが、廊下を挟んだ向かい側の教室を使用するときは是非見て欲しいです。

 在学中にとても素敵な景色を見ていたんだよ - 生徒が高校時代を振り返るときのキーワードになってくれればいいなぁと思っています。

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贈り物

 今日は樹氷が見られるかもと思い、駐車場脇の針葉樹を見に行きました。予想したとおりでした。陽が上がると解けるでしょうし、明日からのクリスマスは雨の模様ですので、一日早くクリスマスの雰囲気にぴったりな樹氷の贈り物をいただき、得をした気分です。

 クリスマスプレゼントはどうしましたか?誰かのことを想ってプレゼントを用意したり、事前に約束したプレゼントを買いに出掛けたり・・・私は、今年ランニングを始めた妻に相当早い時期にクリスマスと誕生日を兼ねたプレゼントを贈りました。妻からは大きな大きなプレゼントをもらいました。

 もうひとつ、毎年自分にクリスマスプレゼントを贈っています。健康でいられた自分に元気に働くことができた自分に中古のJAZZレコードを何十枚もプレゼントします。インターネットで購入するのではなく、札幌にあるJAZZレコードを扱うお店に足を運び時間をかけて探します。物欲がほとんどない私ですが、レコードとなると別です。いくらあっても欲しい。これが私が私に贈る最高のプレゼントです。

 誰かが心惹かれて手にしたレコードは、やがて何かの事情で手放され、世界のどこかを彷徨い、巡り巡って私の手元に収まります。ジャケットは擦り切れ、ライナーノーツは茶色く色褪せ、レコードもプチプチノイズが入る。でも、それがまたいいのです。何とも言えない浪漫を感じます。

 廃盤になったアルバムを何年、何十年も探して漸く手にできることがあります。滅多なことがないとこうはなりませんが、唐突に巡り合うことがあります。私にとって最高の出逢いで最高の幸せを感じる瞬間です。

 真空管に灯をとおし、ターンテーブルにレコードを載せ針を落とす。一手間二手間かかりますが、最初の音が鳴り出すまでのわずかなじり、ジリ、じィー - この時の緊張感がレコードの魅力のひとつかもしれません。

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拍手

 開会式の挨拶を頼まれていましたので、あれこれ言うよりも先に生徒の拍手から体育祭をスタートさせたい、と思っていました。ステージの上に立つとすべての生徒の様子が見てとれます。生徒全員が拍手してくれました。本校の生徒の良いところです。ありがたいな、と思います。

 何故拍手か - 目立たない地味な仕事をして本日の体育祭に結び付けてくれた執行委員への感謝の気持ちを持って欲しかったからです。私がいちいち言わなくても気付いている生徒もいます。その一方で言われて気付く生徒もいます。割合的には後者の方が多いのではないでしょうか。

 誰かがお膳立てしてくれたものに乗るのが一番簡単で楽です。そのような環境下に置かれることの方が実に多いです。起こしてくれる、夕食を準備してくれる、お弁当を作ってくれる、学校まで送ってくれる、洗濯をしてくれる、雪かきをしてくれる、風呂を洗ってくれる。考えてみると〇〇してくれることが多くないですか。そして、そのことが当たり前になってしまい、『感謝』をずいぶん遠いところに置き忘れてしまっていませんか。

 お膳立てしてくれた人の苦労や努力を頭の片隅に置き、「ありがとう」の気持ちを持っていれば、文句やわがままは出てこないと思います。感謝の気持ちを持って行動することができます。逆に、自分がお膳立てする側の立場だったら何ができるだろう。両方の視点からものを見られる人になって欲しいと思います。

 立派なことを書きましたが、単身赴任で生活していると反省することだらけです。お弁当作ってくれて「ありがとう」を言ってなかったな。朝夕の御飯を用意してくれて「ありがとう」を言ってなかったな。洗濯してくれて「ありがとう」を言ってなかったな・・・〇〇してくれることが当たり前化していた自分に反省しきりです。自分で何でもやらなければならない状況になって改めて気付くわけです。そういう意味では不自由なことが多いですが、単身赴任も悪いものではありません。

 本日が体育祭最終日です(この話、昨日のお昼に書きました)。閉会式で私はもう一度全校生徒と拍手します。

 執行委員へのお礼と感謝の拍手。クラスメイトと楽しく活動し成長できたことに拍手。最後の大きな行事で仲間の大切さを教えてくれた3年次生への感謝を込めた拍手。そして、体育祭を全員で楽しく終えられたことに拍手。最後に、閉会式まで25分の待ち時間を静かに待てた全員に拍手!!

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