北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
1日に卒業した本校3年次生からのことば(原文のまま)です。北海道教育委員会がとりまとめたアンケートから抜粋しました。私が書いたり話をするよりも、すごく現実味があってすごく説得力があります。是非、お読みください。
●とりあえず挑戦しよう
●将来が決まってないなら総合学科に来た方がいいなぜなら自分がそうだったから
●様々な分野を専門の講師が具体的に説明してくれるので、資格、進路選択に活かせる
●もし、中学校卒業時点で将来どんな仕事についていたいかまだ見つかっていないという人は、総合学科の学校に行くと自分のやりたいことや特技が見つかるので進路に迷ってるならオススメします。
●進路に迷っていたら、とりあえず総合学科に入ると色んなことを学べ経験ができる
●自分にあったコースを見つけることができ、資格を取って進路活動に活かせる。
●就職をしたくても進学をしたくてもどちらにでも悩まず進むことができて、自分が将来どのような進路にしたいかが決まっていない人にすごいいいと思います。または優柔不断だったり色々な資格を取りたかったりする場合にもおすすめだと思います。
●学びたいことをしながら、片手間で他のことについても学べる
●さまざまな科目があるから、就職・進学先は明確になりやすいかもしれないが、進学で学科試験がある人は、本当に努力しなきゃいけないです。
●まだ将来のことが全く想像つかないひとにおすすめ
●どんなことがやりたいかわからなくても、やりたいことを見つけるのに最適な学科
●じぶんに見合った進路を見つけれるようにがんばってください
●高校卒業後の進路が明確じゃなくても総合学科の高校に進学すれば色々な科目を学べてたくさんの資格が取れ、たくさんの資格が取れるから進学・就職どちらにも強い
●自分に合った専門科目を学べるので、高校卒業後の進路に活かせます
●学びたいことが学べるためよい
●勉強があまり好きではなかったりテスト勉強が苦手である人や進学を前提に考えている人。専門的なことを学びたい人、自分に合ったものを見つけたい人などには総合学科はとてもいいと思う。高校選びはとても人生において重要であるし、自分の人生を選ぶ中で選択肢が広いこの学科は適していると言えると思います。
●総合学科は自分にあったやりたいと思える学科を自分で選択して楽しく授業を受けることができるよっていいます言います。
●やりたいことが決まっていなくても二年生からの選択なので時間に余裕があっていいよ
●進学と就職の両方を考えることができる。幅広い分野で学べて自分のやりたいことが明確にわかると思う
●進学と就職の両方で迷っている人は総合学科だとどちらも先生が対応してくれたり相談に相談に乗ってくれるとこところが良いなと思う。選択科目が充実している分、進路に合わせてしっかり考えて選ばないと後々後悔することもあるので、慎重に選んだ方が良いと思う。
●自分がやりたいこと興味のあることを学べる
●まだ将来のことが決まってなければ総合学科は考える時間ができておすすめ
●色々まなべる
●体験授業で、自分の向き不向きを知ってからどの分野を学ぶか決められる点
●総合学科の高校は自分の興味のある分野を学べたり出来るし、高校卒業後の進路が決まっていない人でもじっくりと考えて決めることが出来る。
●高校1年目はまだ何がやりたいのかわからないと思うので、先生の話など、それぞれ違う学科の先輩に話を聞いたりしてしてみてほしい。私は部活に入ることでいろんな先輩と関われた。
●勉強が苦手なら総合学科を選んで自分の興味のある学科を選んで授業を受けた方が意欲的に出来ると思った
●自分が進みたい進路が定まっていても、いなくても自分の興味関心や引く授業が選べるため将来について着実に進めていける。
●総合学科は必須科目だけではなく、農業や家庭、工業の中で自分の進路に合った科目が選択でき、楽しく学ぶことができる。
●総合学科は選択肢が決まってない人などが探す際にとても適しているからそういった人にオススメできます。
●まだ進路が明確に決まっていないのなら、就職も進学もできる総合学科がおすすめだと思う。自分の頑張り次第でいろんな選択肢が見えてくると思うよ。
●総合学科なら色々なことをまなべるという
●自分の将来に合った科目を複数選択することができるので後悔しない三年間を過ごすことができます
●中学校のうちから大学に行きたいと思うなら普通科高校に行くべきだと思うけど、まだ未定なら総合学科に入って体験授業などを通して興味のある科目選択をして進路を選ぶべきだと思う。
●高校入学する前に進路を明確にし、1~2 年間その進路が正しいか判断するために生活する。その手助けに総合学科がいいのかもう一度じっくり考えるとよりよい学校生活と進路活動ができると思う
●総合学科は自由度が高くて、もしも苦手があっても、選択内なら違うものを選択できるし、案外系列ごとで深まる関係というのもあったりする。
●進路が決まっていなくても入学してから決められる点
●やりたいことが特にない人ほどおすすめできる。変に普通科や専門性のあるところに進んでしまうと興味のないことに三年間取り組む地獄が待っている可能性が高い。
3年次生、ありがとう!!
12日(木)、美唄市立東中学校の卒業式へ。教頭先生は美唄市立美唄中学校の卒業式に出席していただきました。
式典が終わりに近づき、ステージ前に卒業生全員が並び代表生徒が一人前に出ての答辞。自分の想い、そしてみんなの想いをありのままに、自分の言葉で静かに語る姿に私は心底感動し涙が止まりませんでした。13、14、15歳を全力で生きてきた、その3年間が会場にいるすべての人に伝わる感動的なお話でした。
目頭を押さえる女の子、溢れ出す涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らす男の子、笑顔から急に泣き顔になった女の子、目を真っ赤にして涙を拭う男の子。そして、入場から式典が終わるまで涙を流し続けた担任の先生。ハンカチで目元を押さえる校長先生・・・それぞれの想いが心の中を駆け巡るから心が震え涙が込み上げてくるのです。何にも代えがたい涙。寂しいけれど幸せで嬉しくて美しい涙。人生にこうした一日があるのは本当に素敵なことです。
涙の担任の先生を見ていると、自分が担任として巡ってきた5度の卒業式を想い出してしまいました。先生の気持ちが痛いほどわかります。一粒一粒の涙の意味が私には手に取るようにわかります。愛情の数だけ涙が溢れる。あぁ、担任として生徒と一緒に過ごしたい・・・教師としての原点を思うとともに今や叶わぬことを真剣に考えている自分に戸惑いを感じたのも事実です。感動的な卒業式を見た今日くらいそういう気持ちになっている自分を許してください。
卒業生の合唱、全校での合唱で式典は締めくくられました。みんなで想いをひとつにできるのは合唱の醍醐味であり、大きな魅力だなと改めて思った次第です。声を合わせるっていいですよね、とても。いつまでも聴いていたい、歌の終わりを聴きたくないと正直思いました。終わると、もうお別れ。だから終わらないで、と。
卒業生の皆様へ。いつもお別れだけではありません。お別れがあれば出会いがあります。人はそれを繰り返しながら生きていく。私自身中学3年生の時には考えもしなかったことだけれど、いつの間にかそうしたことに気付きここまで生きてきました。寂しさの裏に楽しさがあることだけはこの場で伝えさせてください。
お別れの時、始まりの時、その一つひとつを大切にしたいものです。
美唄市立東中学校の3年生、美唄市立美唄中学校の3年生の皆様、そして保護者等の皆様、本日は誠におめでとうございます。また、卒園、卒業を迎えられたすべての皆様、おめでとうございます。
素敵な人生を!!
私の中での区切り。昨夕、見ないままにしていた今年度の卒業アルバムを開きました。満面の笑みにピースサインの高校生が私の心をやわらかくそして穏やかにくしてくれるのだけれど、見ているうちにじんわり涙が出てきてしまい、ひとり校長室で感傷的になってしまいました。どんどん涙もろくなっている自分を感じます。どうしたものか・・・考えても仕方ないのですが。
そこには私の知らない2年間の姿を見ることができました。全員がマスクの入学式。マスクの宿泊研修。一人ひとりアクリル板で間仕切られたテーブルでの食事。それは彼らだけに与えられた制限ではなかったけれど、ずいぶんと不自由で窮屈なスタートだったということを物語っていました。マスクのないクラスメイトの表情が見られたのは途中から。彼らはどのような思いである日突然マスクを外したのか。そうしたことを考えるだけで胸にじーんと迫ってくるものがあります。
教室での授業、見学旅行、学校祭、運動会に体育祭。一コマ一コマに彼ら一人ひとりの高校生があります。長い長い人生のどこかの場面でいつかこの卒業アルバムを開くことがあったのなら、写真の中の自分の姿に自分の中の高校生を想い出して欲しい。目の前の時間を止めて、この時の自分は、とゆっくりゆっくり高校生の時間を振り返って欲しい。
前を見て進むことだけがすべてではありません。私は7割8割は過去を懐かしみ過去に思いを馳せてばかりいる人生です。逆に言うとそれがあるから前に進めるとも思っています。過去に戻ることはできず未来に飛ぶこともできません。果たして自分の現在地が確かなモノになっているか - 過ぎ去った日々を振り返ることでその答え合わせができる、そうした経験が私には多々あります。自分の足跡を確認することを大切にしています。
3年間の担任業務を終え、入学者選抜に係る業務が続く毎日。あの日、私は担任だけに与えられる職員室(学年室)で生徒指導要録を作成していました。異動することも決まっていて、家に帰れば引越の段ボール箱に囲まれた慌ただしい生活を送っていました。
14時46分、今までに経験したことのない揺れが突然襲ってきて、いったい何が起こっているのかわかりませんでした。一瞬目に入った窓の向こう側。グラウンド袖に立つ夜間照明の鉄塔はすべてが倒れんばかりに左右に首を振り続け、野球グラウンドはぐにゃっとうねっていました。それを見てこれはただ事ではないと思いました。とんでもない地震が発生していることを理解するまでにかなりの時間を要しました。たまたま午前授業で校内には教職員だけしかいませんでした。600人を超える生徒が校内で授業を受けていたら、相当違った展開になっていただろうと思います。
あの日からしばらくの間、当時勤めていた学校はどのような対応や対策をしたのか - いくら考えても想い出すことができません。海岸まで1キロメートルに位置していた学校です。管理職の指示の元で行動したのは間違いないのですが。どうしてそこの記憶がすっぽり抜けているのかわからないのです。
私が住んでいたところは直線距離で海まで500メートルでした。住まいの周辺では避難を呼びかける車がひっきりなし走っていました。どれだけの住民が高台の避難施設に向かったのだろう。少なくとも私を含め近所の方は避難していませんでした。
あの日から15年。人の命を預かる者として危機管理のアンテナをさらに高くしなければならないと思っています。朝から危機管理マニュアルを確認しているところです。
一目惚れした名刺ケース。今年度の自分への御褒美。私の宝物です。
私は着るモノ、履くモノ、身に付けるモノに強いこだわりを持っていました(一部、現在進行形ですが)。毎月ファッション雑誌を買って、流行りの動向をチェックし品定めを楽しむ高校生でした。高価なモノというのではなく身の丈に合ったモノ。人とは異なるモノ。自分だけ感があり尚且つお洒落なモノ。アルバイトで貯めたお金を握り旭川や札幌によく出掛ける、そんな高校生活を送っていました。現在はその片鱗すら残っておりませんが、靴や腕時計、鞄や小物類に今でも気持ちがそそられるのは、間違いなく高校時代のなごりです。
人からどのように評価されているのか - 三十代前半までずいぶん気にしていましたが、そうしたことが良くない精神状態を作り出していることに気付き、それ以後いちいち気にしない自分づくりに勤しみました。「自分に嘘をつかず誠実に向き合い人に迷惑をかけない」そのことだけを考えてきました。それは現在も変わりません。もしもそうしたスタンスが評価されるのだとしたら、それはずっとずっと先のことであり、私の知らないところでいつか誰かが評価するのだろう、と思っています。自分が何かを全うした先に誰かの評価がある。そう考えるようにしています。
そういう私ですが、自分で自分を評価することは大切にしていて、その中でも一年にひとつ「よくやったよな」と思えることに対して自分への御褒美を忘れないようにしています。思い通りにならないことばかりですが、努力して達成できたことは仕事に限らずプライベートを含め必ずひとつはあるものです。そのひとつをしっかり評価して御褒美を与えています。
40歳から年に一度の御褒美を続けているのですが、継続している理由はそうすることがさらに自らのモチベーションを高め、次に向かうエネルギーに繋げられていることを経験的に理解しているからです。自分を大切にすることで次の一步に踏み出せる、私はそう考えてここまで生きてきました。特に不自由さを感じたことはありませんから、これからも続けていきます。
さて、私の御褒美のコンセプトは、決して背伸びをせず、見栄を張らず、あくまでも身の丈に合ったモノ、そしてあまり人が持っていないモノ、です。この名刺ケースはどこにもない個性的な一品でとても素敵です。何とも言えない手作り感とデザイン性が私の気持ちをいつまでも飽きさせません。
肩書きのある人生も残すところ5年となりましたが、その5年間をともにする名刺ケースです。5年後、最後の役割を終えたあとに子どもに譲ろうと考えています。
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