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校長の小部屋

初めての作品

 高校に入学したら部活動どうしようかな - 私もそうしたことを考えました。40年も前のことになります。えっ、あれから40年も過ぎてしまったのか。1秒1分1時間を積み重ね前に進んでいく。時は止まらない。積んで積み重ねて1261440000秒。この数字がどれくらいすごいものなのかはわかりませんが、とにかく高校に入学してから歩んできた秒数(時間)です。

 私は落ち着きがなく周囲に迷惑をかける子どもでした。授業中に立ち歩き人を叩いて回ったり、気に食わないことがあると唾をかけたり。ほとんどは忘れてしまいましたが、これだけは今でも鮮明に覚えています。私はあるときテル(通称)に唾をかけ、それを知った担任の先生が泣いているテルに対して「唾をかけられた人の気持ちをわからせるためにあなたも日下くんに同じことをしなさい」と鬼の形相で言ったその日の出来事です。とにかくこんなことばかりしていて、親も学校も困らせていました。

 どうしてそのようなことをしたのかは自分でもわかりません。恥ずかしく情けなくとても自慢できるようなことではありません。戻れるのであればそんなことをしない自分になりたい・・・父にも母にも先生にも叱られてばかりで、でも近くにいた祖父母はやさしくて私にとってはそこが安らぎの場であり唯一の居場所でした。何かそうしたところに原因があるのだろうな、と私なりに考えています。

 この話を書きたかったわけではありません。余計なことを想い出して書いてしまいました。そういう子どもでしたから父が誰に吹き込まれたのかはわかりませんが、ある日突然私をトラックに乗せ(トラックが自家用車でどこに行くのもトラックでした)何も言わず剣道の道場に私を連れて行ったのです。父が剣道着を身につけた人に丁重な姿勢で歩み寄り一言二言言って頭を下げていました。そんな父を見たのは初めてのことでびっくりしたわけですが、それよりも驚いたことは私の意見を聞くでもなくこの日に加入の手続がなされたことでした。「これから毎週火曜日と金曜日の18時からお前はここに来ることになったぞ」父が私の剣道を見に来てくれたことはありません。この日、この1回限りです。私の行動を正すために剣道をさせる、というのが悩んだ末の父の結論だったのかもしれません。

 結局、高校3年生まで剣道を続けました。小学校の野球チームにも所属し、中学では1年生の途中まで野球部に所属しました。いろいろなことがあって(詳しくは書きません)途中で退部しました。高校では別な部活動も考えましたが、そのままの流れで剣道部に入部しました。中学生までは道場備え付けの防具を借りて練習していたので、自分の防具で剣道をしたかったわけです。ずいぶんと高級な防具を買ってもらい3年間剣道に打ち込みました。ですから私は有段者です。

 3年生の高体連で3回戦4回戦と勝ち進んで全道が見えたところで敗退。私はここで剣道ときれいにおさらばすることにしました。もう二度と剣道はしない。防具と竹刀はもう長いこと実家の納戸に眠っています。

 本日の写真は、少し前のものになります。作品づくりをした生徒さんごめんなさい。 もっと早くに掲載してあげれば良かった・・・高校に入って初めて生けたお花はどうでしたか。お花の美しさは当然のことお花自身が発するやさしさやあたたかさに触れられたかな。毎日作品の横を通るすべての生徒もきっと何かを感じてくれているはず。これから先も華道部でお花と向き合う素敵な時間を過ごしてください。

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大型連休

 待つと長くて来てしまうとあっという間。5月の大型連休も終わってしまいました。本日から通常の生活がスタート。何となく身体が重たい・・・これって私だけではないのかもしれません。

 早い桜に連休中の雪と20度を超える気温。風も強く不思議な連休でもありました。次男は大学時代を過ごした岡山に飛び、長男は仕事を兼ねて数日だけ帰ってきたけれど、もう昔のように家族が揃った時間は持てなくなりました。子育てから手が離れ子どもは子どもの生活、私と妻もそれぞれの時間の過ごし方になりました。いつの間にか家族のスタイルが変わってしまいました。

 長男を新千歳空港まで送った帰り道、妻と長沼で軽い飲食を兼ねた8キロのランニング、さらに南幌にも車を停めて6キロのランニングを楽しみました。普段は通過するだけの町ですが、ランニングでぐるぐる駆け巡ると町のつくりや数々のお店と出会うことができ、それはそれで楽しい時間になりました。次はガーデニングで有名な恵庭を走り、庭づくりを勉強しながらランニングしようと話をしているところです。

 結局、ランニングとガーデニングに明け暮れました。自宅から距離にして2キロメートルのところに桜並木があります。大きな公園の遊歩道に沿って桜が綺麗に咲き誇ります。自分の足でそこに向かい来年まで見納めになる桜の下でひとり静かな時間を過ごしました。誰にも邪魔をされない贅沢な時間になりました。

 さて、気温が高くなりそうです。20度、25度という日が出てきます。油断をすると熱中症の危険が出てきますから、こまめな水分補給をしましょう。

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良き連休を

 生徒の皆さんへ。連休を楽しみにしていたはず。部活動の練習や練習試合で予定が埋まっている人や家族との旅行、アルバイト・・・それぞれの過ごし方がありますが、昨日の交通安全・防犯教室における講話のことを頭の片隅において生活してください。特に自転車に乗るときは自動車や歩行者に注意してください。

 やはり今年の桜は10日ほど早かったかも。毎年ここの桜(札幌の新川通)を見に来ています。ゴールデンウィークの後半に満開になりますが今年は4月末の週末で満開でした。

 桜を早く見られるのは嬉しいけれど環境の変化がそうさせているのだとしたら複雑です。来年はゴールデンウィーク後半に満開になって欲しい。

 昨夕、国道沿いを歩いていましたら「あれっ、校長先生?」と声をかけられました。愛犬と散歩中の女性でした。「そうですが」「なんか似ているからそうではないかなと思って声をかけました」

 2年次生の生徒の保護者の方でした。私は直接お話をしたことはありませんが、きっと学校へお越しの際に特徴的な私の顔を見て記憶してくれていたのでしょうね。嬉しいような、緊張するような。校長は町の顔、という言葉をずいぶん前に誰かから聞いたことがありますが、本当にそうなんだなと改めて思った次第です。気を引き締めなければなりません。お声をかけていただきありがとうございました。

 短い距離をお話しながら歩きました。「今年の1年生少なかったんですね。私の子どもの時も人数少なかったけれど、少ないと寂しくなりますよね」「今新しい取組をしていきますのでお気づきのことがあったらいつでも御意見をください。いただいた意見が何かを変えるきっかけになると思いますので」このようなお話をしてお別れしました。

 さて、話は変わりますが、皆さん、良き連休をお過ごしください。

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ありがとうございました

 4月25日(土)本校で開催した授業参観並びにPTA総会ですが、無事に終了いたしました。ありがとうございました。

 今年は、授業参観に多くの保護者等の方がお越しになり、生徒の様子を見ていただくことができました。PTA総会の出席が少なかったのが心残りではありますが、相馬PTA会長の離任と新PTA役員が決定し安心しているところです。学校はPTA役員の方々だけではなく、すべての保護者等の皆様のお力添えをいただき活動を行っていく場でもあります。今後とも御理解と御協力をお願いいたします。

 PTA総会に出席することでPTA会費の取扱や行事計画等を知っていただくことができます。出席するとPTA役員やクラス役員をお願いされるということは一切ありませんので、次年度お気軽に参加ください。

 出張等が続きますので、不定期な更新になるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします。

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地元企業様との御縁

 昨年、美唄市立美唄中学校の浅利校長先生から株式会社道央メタル様を御紹介いただき、メカトロ・エンジニア系列の工業科の教職員が工場見学に伺った、これが縁結びのなれそめになります。私は浅利校長先生から話を受けたあとにホームページを拝見し、数多くの金属加工品を製造されていることを知りました。特にメカトロ・エンジニア系列を選択した生徒が、自らの学びの先にある姿をイメージできる大変興味深い業務を展開されています。

 その後話が進み、昨年度末に工場長様を始めとするスタッフがわざわざ本校に来校し、メカトロ・エンジニア系列の生徒向けに出前授業を行ってくれました。最先端の工作機械を使った金属加工について説明をいただき、生徒にとって大変有意義な時間になりました。工業を専門とする私にとても勉強になりましたし、ものづくりが好きですから働いてみたいなとも思いました。

 前置きはこのくらいにしますが、以前に名刺ケースにまつわる話をブログ内に記述させていただきましたが、ホームページを見て真っ先に心打たれたのがまさに道央メタル様が製造された『名刺ケース』です。私の宝物として、またそのデザイン性から広がる人とのつながりを楽しみに毎日ポケットに入れています。こだわりのアイテムです。

 さて、御縁をいただきたことに感謝していたところに、道央メタル様のお心遣いにより製作された校章エンブレムが届けられました。設計から製造、完成まで3週間を要したまさにこだわりとプロ魂を感じるエンブレムです。

 美唄尚栄高校がここに開校(平成23年4月1日)してから15年が経過し、今までの歴史への敬意とこれからの躍進に向けた象徴的な校章エンブレムである、と受け止めさせていただいております。ここに集う生徒たちが普段から目にできる場所への展示と入学式及び卒業式等の式典や集会時等において演台に飾りたいと考えています。

 生徒向けのお披露目が終わったあとは、職員玄関から入って左手に設置された賞状等を飾る収納ケースで展示いたします。本校にお越しの際は是非御覧ください。

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成長

 昨年度末、本校にとっては大きな転換がありました。『定期考査の実施を廃止する』としたわけです。この4月からその形で動いています。スタートしたばかりですからさまざまな課題は出てくると思いますが、こまめな情報交換と職場内の研修を繰り返して、本校にふさわしい評価スタイルの確立に向けて勉強していきましょう。

 私が感激したのは『廃止したこと』ではなく、これが先生方の声の中から発議され分掌で検討を繰り返し会議のテーブルに上がってきたことでした。学校現場ではここが一番難しく壁が高いのです。よくぞやってくれました - 組織の成長を感じた瞬間でもありましたし、心の中で先生方に対して大きな拍手を送りました。

 数年前に教頭として勤務した学校で、観点別評価の適切な実施に向けて教務部長と一緒に勉強し、どのように学校に落とし込んでいくかを話し合いました。そこで一致した意見は定期考査の廃止でした。その日、その時間の授業で生徒の変容を見取っていくのですから定期考査の実施は必要なのか、となったのです。校長先生に説明申し上げ背中を押していただきました。そこから先生方と議論を重ね結果的に廃止となりました。管内初、おそらく全道でもそう例のないケースだったはずです。

 そのときと今回の本校での動きはまったく異なります。私のような管理職は教育の動向にアンテナが高いのは当たり前で、時代に合わせた学校改革を常に考えています。あぁなれば、こうなれば、ということを考え、それをどのように実現させるかに頭を使う毎日です。その一つひとつを先生方に気付かせてボトムアップで組織を変えていく、またはその逆にトップダウンで変えていく、選択肢はどちらかしかないわけですが、可能な限り前者であるのが望ましいわけです。

 これだけ時代が変化していますので、学校現場もその時代の流れに乗っていかなければならないと考えています。私はこのことを着任早々から先生方にお伝えしています。20年30年前に決められたことが今の時代にあっていないのはいわば当たり前で、学校、教職員、生徒がWin-Winになれるようにどうすべきかを目指すことがストレスフリーになります。踏襲したり昔からこうだからに縛られるとお互いが窮屈になり、答えはすぐ手の届くところにあるのに別な着地をして混乱する。せっかく使うエネルギーならば効果と意味のあるものにすべきです。

 本校の先生方に感謝していることは、必要なものや変えたいことを見つけ動いてくれるようになったことです。自分たちの手で変えることができた、という体験はやりがいや自信につながります。そして次なる疑問や?(はてな)の気づきを生み出します。これが課題解決に向けた一步になり改善に向かっていきます。あとは循環していくだけです。コツを掴めばとにかく回転します。

 誰かの思いやアイデアはまずしっかり聴く - はなから否定するのではなく、「実現できたらおもしろいよね」「実現させるためにどうしたらいいだろ」という姿勢で聴いてみる。本来、変わることっておもしろいことなのですから。小さなことにみんなで磨きをかけていけば学校全体を変える大きな原動力になる。私はそう考えます。

 さて、生徒の皆さん、考査がなくなったという言葉に喜んではいられませんよ。すでに評価の在り方について文書も発出していますし教科担任からも説明があったと思いますが、今日受けたその授業の学びの成果が評価されています。一時間一時間の授業が、今まで以上に重要になった、と考えなければなりません。

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18歳の薔薇

 今年度最初の生け花が届けられました。いつもありがとう。予算があると活動回数も増えるのだけれど、そうならずに申し訳ないなと思っています。華道部員の指導は市内在住の方にお願いしていて、やさしく丁寧な指導により生徒のセンスや技術が毎回向上しています。

 「18歳になった最初の華道部だったのでいろいろ思いながら生けました」私はいつもどのような想いで作品づくりをしたのかを聞いています。「そうなんだ、18歳になったのはいつなの」こんな会話のやりとりをさせてもらって、顧問の先生に写真を撮ってもらいました。18歳を幸せに迎えられたようで何よりです。

 後ろからニューフェースも。どうやら新入部員が入ったようです。水差しを持って先輩の後ろについて歩く姿が何とも言えず初々しい。高校時代に花に触れる時間を持てるのって素敵です。これからも楽しんで続けてください。

 18歳の私、いったい何をしていたのだろう。少なくとも花は見ていなかったなぁ。大学に行くことにしたので勉強はしていた。勉強漬けの夏休みに「お前さ、夏なんだから外で遊んで日焼けするのが高校生だろ。部屋に閉じ籠もって勉強ばかりしてモヤシのように白くていいのか」と親父に言われて、中卒のあんたに言われたくないと口を返したなぁ。勉強を放棄した中学時代に隠した通知表がなぜか親父の手元に渡って、「棒とアヒルしか並んでいないな、中学出たら働け」と言い放ったくせに、いざ勉強したらしたで文句を言う。このあたりの出来事はおもしろいくらい記憶に残っている。おそらく親父と言葉を交わした最後くらいのことだからかもしれない。友達ともたくさん遊んだけれど何かひとつ満たされていない自分を感じていたなぁ・・・でも、私は18歳を全力で生きていました。考えて考えて考えて生きていました。

 18歳って人生の節目になるのでは、と考えています。次の段階にどのように歩を進めるか。自分の人生の行く末を考えなければなりません。ただ、自分の可能性は現実に勝り目の前に開拓できる広大な敷地が広がっています。道ではなく敷地です。私の18歳は道がたくさん用意されていました。どの道を歩むかを考えるだけで良かった。しかし、今は敷地を切り拓き歩む道を自らが作れる時代。仮に道が用意されていたとしても道の脇の敷地を自らの思いで切り拓いていく時代です。決められもしないし決められてもいない。だから目の前の小さなことにとらわれるのではなく自分の周りをぐるっと眺め、18歳の自分の立ち位置を確かめて欲しい。

 また余計な想いを書いてしまいました。真っ赤な薔薇、情熱の薔薇が18歳のエネルギーにふさわしい。

 今しかない高校時代を大切にお過ごしください。

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2週間

 入学してから2週間が過ぎましたね。高校生活のペースに慣れましたか。登校してひととおりの授業を受け、給食からお弁当になり部活動を終えて自宅に戻る - 一日の流れを掴むことができたでしょうか。朝のHR教室を後ろから覗かせてもらいましたが、その後ろ姿からはまだまだ緊張がほどけていないような雰囲気を感じました。もう少し時間がかかりそうですね。

 私は高校に入学してからしばらくの間は座席周辺にいる人としか話ができませんでした。広範にわたる中学校から寄せ集められた40名が狭い教室にぎちぎち詰め込まれ、私は何をどう振る舞って良いのか戸惑う日々でした。だから毎日が緊張でした。自分の高校生活はいったいどうなってしまうのだろう・・・不安も大きかったです。

 教室にいなければクラスメイトと連絡がとれない時代でした。家には固定電話はありましたが、わざわざ電話をかけることはありませんでした。教室で昨日の不手際を謝り明日の約束をする。つまり、面と向かって言葉を交わして物事が成立するわけです。スマートフォンはなく、SNSも通話アプリもないのですから、そうするしかなかったわけです。困ることは何ひとつなかったけれど、もしも便利なものがあったら私の高校時代は変わっていたのだろうか・・・

 わずか37年でアニメキャラクタの異次元ポケットにあったであろう機器が普及し、アプリを介して友達になっていくような時代に様変わりして、どのような姿が良いのかもわからなくなってしまいました。ただ、アプリで繋がるにしても真っ先にすることは互いに言葉を交わすところから。言葉を交わすきっかけ、道具になるのであればそれはそれでいい、と考えるべきでしょうか。

 中学校から高校、高校から大学、大学から社会人の間に10回環境が変わりました。変化するたびに人も仕事も生活スタイルも変わってしまい、緊張やら気を遣いすぎたりと心がどしーんと疲れます。ただ、日本はいいですよね。ちょうど1ヶ月が過ぎたところで休息できる連休がありますから。タイミングとしてベストな時期です。そこで一度呼吸を整え次のステップを踏んでいきましょう!

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桜、見つけました

 19時15分。腕にLEDライト、胸ポケットにラジオを入れて外に出ました。ぽつん、と小さな雨粒が顔に当たるのを感じながらも、外に出た以上は雨が多少強くなろうが決めた距離は走ります。私には雨も雪も関係はありません(ムキになっているわけではありません)。習慣、とは恐ろしいものですね。

 私はラジオ世代で、今でもラジオ番組を楽しんでいます。居間に一台のテレビを家族揃って見るという環境ではなかったことから、私は小さな頃からラジオを聴いていました。野球、音楽、バラエティと、スピーカからの音声から想像を膨らませ、頭の中に映像化することを好んでいました。好きが乗じて短波ラジオを買って海外の番組を聴き、英和辞書片手にラジオ局に手紙を書くようなこともしていました。そうすると返信カードが届くんですよ、あなたはリスナーだと。海外の消印が押されたカードがとにかく嬉しかった。

 さて、夜のランニングはラジオをかけながら走っています。周囲にラジオの音が聞こえると、ここに私がいますというアピールになります。美唄市内はそうでもありませんが、自宅に帰ると歩道を歩く人が多いので、真っ先に音で人が近づいていることを知らせてあげるのが親切だろう、と私なりに考えてのことです。暗がりでいきなり背後から人が接近してきたら驚かせるのでそうさせないように。

 結局誰ともすれ違いませんでしたがいいことがありました。美唄で今年初の桜を見ることができたのです。雨の気配はあったけれど家を出て良かった。やめていたら見ることができなかった桜です。

 総合福祉センター敷地の一本桜。三分咲きといったところでしょうか。街灯に照らされて咲いていました。

 桜、いいですね。

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みんなそうなるといいね

 「手術記念日なんだよ」「それじゃ、ケーキ買わないとダメだよね、で、いつだっけ」「だって今日だよ、もう遅いじゃん、でも13年かぁ、早いなぁ」夕食での妻と私の会話でした。長男が中学生になるタイミングで入学式を見届けてからの手術でした。それは妻のたっての願いでもありました。記念日と言ってのけるほどのメンタルの強さに私は正直負けたなと思いました。自分なら果たしてそう言えるだろうか・・・私はやはりそこまで強くはないはず。ただ、あの出来事があったから、ふと訪れる幸せな時間を愛おしく感じることができています。

 私たちにとっての13年は、過ぎ去ってしまえば言葉のとおりあっという間だったかもしれないけれど、自らの命と向き合ってきた妻の13年とそれをただ見守ってきた私の13年は、言葉では言い尽くせない長い長い時間でもありました。そんな簡単にやり過ごせる時間ではありませんでした。

 この冬の札幌は大雪に見舞われ妻は除雪により右腕を痛め、先日知人に教えてもらった円山(札幌)にある整体の先生に予約を入れ診てもらったようです。先生が身体に触れ治療に入る前にこう言ったらしいです。「消化器系が弱くそこから痛みが発生していますね。自分の思いや考えを上手に言えない性格で、それ故我慢したり自分の中に無理矢理思いを押し込めてしまってそれが原因で消化器系に負担をかけてきたんですね」13年前に手術したことなど話もしていないのに、身体のツボやその人が発する気を捉えて原因を突き止めたのがすごいです。わかる方にはわかるのですね。東洋医学って不思議ですよね。

 さて、妻に一人ひとりの生徒と面談ではなくおしゃべりを昼休みと放課後に校長室で30分間しているんだよ、と話をしたら妻が私にこう言いました。「私、自己表現できない人の気持ちすごくわかるよ。言いたいけど言えないその気持ち。私はずっとそうだったから。人を不愉快にさせないためにいつも気を遣って我慢ばかりしてたから。だからね、生徒の気持ちを聴いてあげる先生の存在ってとても大事だと思う。世の中の学校の先生がみんなそうなるといいね。生徒が思いを言えるようになれば消化器系に負担をかけない人が増えて私みたいにならなくて済むからね」妻は笑いました。なんだか妙に説得力のある言葉でときり、としました。

 私も経緯は違えど真っ直ぐに話を聴いてくれた先生がいたから今があります。最初はずいぶん失礼な物言いや態度をとったものですが、毎日のように私の前に現れては声をかけてくる先生にやがて心を開くことができたわけです。一人の先生の存在は人生を変えるほどの影響力がある。私は実体験からそう思っています。

 モエレ沼公園内に咲いていたエゾエンゴサクです。この花の花言葉は 「妖精のような」「幸せな時間」「静かな喜び」です。本日の話とわずかながらつながるでしょうか。

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