北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
10月13日(火)の午前中は、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした「レゴを用いたプログラミング」(北海道情報大学総合情報学部システム情報学科 准教授 棚橋二朗様)の出前授業を、午後からは全校生徒を対象とした「半導体関連産業に係る複合拠点化事業」(株式会社アルプス技研北日本事業部札幌営業所とかち分室 数田将大様)の出前授業を実施しました。御多忙の中、本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。
北海道の工業教育推進校に共通するスクール・ミッションとして、「テクノロジーで 未来を創る 人づくり」が掲げられています。地域と連携しながら最新のテクノロジー(工業技術)を学び、その技術を実践的に身に付けるための教育機関として、持続可能な北海道の発展に貢献する人材育成を目指し、本校においてもメカトロ・エンジニア系列を中心に教育活動を展開しているところです。
また、本日(10月14日(水))は、「美唄市・北海道美唄尚栄高等学校×Aha! AIアカデミー初回授業」を1年次生を対象に実施いたします。毎日AIに関するニュースが報道される中、本校といたしましても、現在在籍する生徒、これから入学してくる中学生が働き盛りで迎える2040年、2050年をたくましく生きていく力を育んでいく必要があります。
時代はどんどん変化し、変化のスピードも加速度的です。先を見越した教育について毎日思案しておりますが、やはり「外を見ること」に尽きるのだろうと思います。地域の御理解と御協力をいただかなければ学校教育は成り立ちません。
美唄市を始めとする関係者の皆様、地元企業、道内の大学の関係者様の御協力に感謝いたします。ありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
10月10日(土)さんフェア2026 第2回北海道農業高校収穫祭inイオンに本校のフード系列の生徒が参加し、肉製品や洋菓子販売、パン製造の実演・販売を行いました。本校のみならず農業を学ぶ道央圏の高校生が参加し、各学校で取り組んでいる成果を披露する素晴らしいイベントで、多くの買い物客で賑わいました。
フード系列は、実習のテーマの中にパン製造(フランスパン、メロンパン、クロワッサン、あんパンなど)があり、パンを焼く火はいい香りが校舎内に漂います。多くの人にとって、パンは買って食べるもの。いや、パンに限らず食品もモノもお店に行って買うもの。確かにそれは間違いではないし、作る人がいて買う人がいるから需要と供給のバランスが保たれる。みんながみんな作り手であれば、出来上がったものに溢れかえってしまいます。
買えばいい - 確かに手っ取り早いです。それが悪いとは言いませんが、多くの高校生は何も考えずにそうします。私自身もそうでした。出されたものを食べ、欲しいものはただ買っていました。それって、どうだったんだろうな、と考えたりもします。
すべてがそうでないとしても、専門高校や総合学科高校で学ぶ生徒たちは、「これって自分で作ることができるよな」と考えることができる。生きるための知恵が、高校段階の学びの中でしっかり身に付き、それをさらに発展させて長い人生を生きていくことができる・・・これって何にも代え難い武器になるんじゃないかな、って思います。
私もまもなく56歳になります。教職の節目と決めてた日まで4年と少しになり、次に訪れる未経験の人生を思い描いています。若かりし頃は、自分がどこの高校を卒業してどこどこの大学に入りましたという偏差値や学歴が、誰かと比して上だとか下だとかにこだわっていたけれど、そのような経歴が人生を左右することは一度もなかったな、と。そんなことよりも、どれだけのことを経験、体験してきたか - その数の多さが人生を有意義にしていく。できることなら、高校時代にもっと多くの経験、体験をしたかった。
これはあくまでも私の持論です。「箱の名前」ではなく、「箱の中で何を身に付けたか」自分の子どもにもこのことを話したことがあります。経験的、体験的に身に付けたものが多ければ多いほど、生涯にわたってたくましく生きていけるんだ、と。
専門高校、総合学科高校は箱の中を充実させる学びに溢れている。私はそのように考えて毎日働いています。
本校の見学旅行は、10月20日(火)から23日(金)(3泊4日)。行き先は、奈良県、京都府、大阪府の関西方面。7日(水)は生徒向けの見学旅行オリエンテーションが行われたところです。先のことと思っていましたが、もう目の前に。私もそろそろ準備をしなければなりません。
昨年度から旅行中の服装は自由としました。私服でも良し制服でも良し。どうするかは生徒自身に考えてもらうようにしています。暖かいところに行く寒いところに行く、そこに行くにふさわしい服装をどうするか。人に指図されるのではなく、自分で考えることです。当然、引率する教員も自分で考えた服装です(さすがに私はジーンズやTシャツでは引率しません)。おしゃべりタイムで3年次生に「昨年の見学旅行の服装を自由にしたけれど結局どうだった?」と聞きましたら、全員が「めっちゃよかったです」と言いました。よかったの意味はそれぞれであっても、取組そのものに意味があったと評価できます。
私がどうしたではなくて、担任の先生から「私服で行かせたい」という声が上がったので「いいよ」と答えただけです。ただ、私が出した条件は「引率する先生方も自由な服装にしてね」です。生徒と担任が4日間寝食を共にする貴重な時間ですから、そこに生徒と教師という関係性はあっても、普段見ることができないお互いの姿で接することが大事なんだ、と考えるからです。先生も学校を離れるとこんな格好で過ごしているんだなぁ、ということを生徒に感じとってもらうのは大切なことだと思います。
平成の中頃、校内外の生活が落ち着かない学校に勤務したときの見学旅行の話。6クラスで移動する沖縄での見学旅行でした。担任6人で出した答えは、「制服に縛り付けるのではなく私服で行かせよう。そして担任も私服で行こう」でした。変形学生服が横行していたということもありますが、生徒も先生も普段着で一緒に行動することで信頼関係や絆が深まるのではないか - そうした裏の意図がありました。
ネクタイ、スーツの教師と学生服の生徒の2軸ではなく、私服となれば身近な大人と子どもになれる、そういうことです。自主研修の時だけ私服を可能としそれ以外は制服を着用することが慣例の学校でしたが、私たちの学年は慣例を打ち破り担任の思いで新たなスタイルをとったわけです。このことで何かが大きく変わったのか・・・すぐに答えが出るのならどの学校も課題は生まれません。答えは先の先。やはり、卒業式なのです。6クラスそれぞれの生徒が、私たち担任団に感動的な涙を流させる本当に素晴らしい生徒になっていました。想い出すだけで涙が出てきます。
以下、見学旅行のしおり作成に係りお願いされた巻頭言です。(全文)
関西方面を旅先とする見学旅行の出発を迎えました。元気に美唄を出発し、無事に美唄に帰ってくるまでが旅行です。各自で体調の管理を徹底してください。
さて、38年前の私の見学旅行の話になります。確か5泊6日の長旅だったような記憶があります。列車で滝川から札幌、乗り継いで函館に到着し、青函連絡船に乗船して青森まで。そこから寝台列車に揺られて京都に到着。奈良と京都(東大寺、奈良公園、薬師寺、清水寺、二条城)で過ごして、新幹線で東京に入りました。東京は自主研修で、友達と原宿、渋谷で服を購入。帰りは羽田から飛行機に乗って千歳空港。これが人生最初の飛行機搭乗です。そこからバスで滝川。列車、船、新幹線、飛行機、バスとあらゆる乗り物を利用した旅行でした。今では考えられません。
数え数えて今回で14回見学旅行の引率です。沖縄3回、九州3回、関西・関東・東海7回、道内1回となります。どの見学旅行もクラスで、班ごとで楽しむ生徒の姿がありました。お小遣いでお土産を買って、その土地の美味しいものを食べて・・・今回もそうした生徒の皆さんを見るのが楽しみです。
5年前、6年前は新型コルナウイルスの影響で、見学旅行を実施できず、たくさんの高校生が涙をのみました。教頭として赴任したある学校では、行き先は毎年台湾と決まっていました。これが沖縄から長崎へ、長崎から大阪へ、大阪から山梨、山梨から泣く泣く青森へ、そうしたら直前に青森に緊急事態宣言が出て、岩手ならいいということになり、ただ青森は駅から一步たりとも外に出たらダメだ、という指示が出ました。もともと4泊5日の沖縄旅行が、2泊3日で岩手1泊、函館1泊の旅行になりました。実施日は変更に変更が重なって3月17日出発になりました。生徒たちに期待させては消沈させるようなことが続き、生徒のモチベーションは下がる一方でしたが、担任団が「みんなでとにかく行って想い出作りをしよう」と懸命になって説得し、全員が参加しました。もしかすると、皆さんのお兄さんやお姉さんが通った学校で同様の経験をお持ちかもしれません。
旅行にはお金がかかります。旅行費用を工面してくれた保護者等に感謝してください。当たり前、ではなくて、ありがとうの気持ちを持ってください。そうすれば1円1円がどれほど貴重で大切なものかを理解できますし、行く先々で目にするもの触れるものすべてが素直にあなたの心に記憶されます。
個人旅行ではありません。見たいところ買いたいものは人それぞれです。自分の思いを通すことだけを考えるのではなく、行動をともにする仲間の思いも考えましょう。一人ひとりの気遣いが大切です。あなたにとっても、仲間にとっても最高の想い出になる見学旅行にするために。
それでは、元気に行ってきましょう!!
今朝の玄関で。「校長先生、昨日の夜走っていましたよね」「どこで見たの?」「美唄駅のところ、踏切です」「ごめんね、気づかなくて」確かに言われるところはランニングしていました。確認はしていないけれど、もしかするとその生徒は私とすれ違いざまに声をかけてくれたのかもしれません。そうだとしたら無視する格好となり大変申し訳ないことをしました。
ランニング中はインターネットで配信されるランニングに特化した番組を聴いています(イヤフォンを介しているのであたりの音はうっすらとしか聞こえません)。日本全国、海外を含めた様々なランニング情報、ランナー事情、ランニングウォッチの使い方(私が愛用しているウォッチに特化した使い方講座)等が語られる60分のおもしろい番組です。今は簡単に、個人レベルでラジオステーションをつくることができる時代。私もJAZZやランニング、薔薇を語る番組を作って見ようかな、などと考えたりしています。インスタグラムで情報発信するのと同じくらい敷居が下がっています。本当にすごい時代です。遠い世界だったことが自分の手元にある - 触れられるところにある。
唐突ですが、想い出しました。高校時代にFMトランスミッタに電波をのせて、近くに住む友達と互いのラジオの周波数を一致させ、夜な夜な会話していたことがあった・・・電波の飛ぶ距離が短くて、もう少し先に住む彼女の家まで届けたくて、とにかくそれを実現したくて電子回路に手を加えたりアンテナを長くしたりしていたっけ。夢中になってそんなことにエネルギーを注いだけれど、結局できなくて、22時ぴったりの電話のやりとりをしていたんだよなぁ。携帯電話みたいのがあればどんなに便利だろう - あのとき本当にそうしたことを思っていた・・・そんな時代でした。
まるっきり話は変わります。昨日、一匹の雪虫が私の目の前を頼りなげに飛んでいきました。仲間はいないのだろうかとあたりに目を走らせましたが、この一匹だけ。いつ雪が降ってもおかしくないよなと思うのと同時に、受け継がれてきた命がこうして季節を間違わずに誕生してくる生命の連鎖に感動しました。好き好んで見たい虫ではないのだけれど、地球環境が大きく変化している中でもたくましく命をつないできていることは、改めて考えるとすごいことです。
借家の玄関を出て、今日も一日が始まるな、と思って見上げた空は鱗雲(巻積雲)?、羊雲(高積雲)?雲のできる高度によりカテゴライズされるようです。早足で学校の敷地に向かい一枚撮りました。雪虫もそうですが、空の雲も季節を感じさせるものになってきました。
皆さん、この空をじっくり見ましたか。一日の始まりに空を見上げてみましょう。気持ちがほぐれてすっきりしますよ。
先日の始業式の中で私が生徒に話をした内容については、当ブログ(10月1日)に全文を掲載したところです。その中で私が管理職に挑戦することになった経緯も簡単にまとめて話をしたところです。
教員になりたいなと思ったのは、私を拾い上げてくれた中学校の担任佐藤先生に憧れたからです。一人の大人(教師)が一人の子ども(生徒)、つまり私を変えた - そうするための道のりをまざまざと見せつけてくれた佐藤先生に魅了されたのです。自分もいつか・・・単純にそう思いました。
23歳でその想いは実現しました。決まっていた大学院への進学をあきらめ、電力会社への就職をあきらめての教職の道でした。3つあった選択肢。教職ではない別なくじを引いたら私の人生はどうなっていただろうか・・・そう思うことはありますが、当時、教職を選択した私は「定年まで生徒と。60歳で退職するときに卒業担任で」こう覚悟を決めました。この覚悟を捨てて管理職になってしまう自分に、それはそれでずいぶん悩みました。
立場が変わって7年半の時間が経過し、全力投球で生徒と接していた自分を想い出すと、今でも戻りたいなという気持ちは正直なところあります。ただ、しかし、です。「管理職として生徒との関係性を新たに生み出していけばいいんだ」このことに気付けたのは、やはりこの立場になったからであり、出した答えで実践できている今の自分に満足しています。生徒との距離を近くするか遠くするかは自分次第ということです。
管理職としてこのように生徒と接しなさい、という決まりはありません。自分なりの接し方をすればいい、というのが私の答えです。自らの『スタンス』がその答えを導いてくれるはずです。深い浅い長い短いはあっても、オリジナルの接し方をすればいい。これから管理職に挑戦してみないかと声をかけられる先生や、管理職に挑戦してみようかなと考えている先生、どうぞ御安心ください。オリジナルは批判されません。楽しさを実感しながら自分だけの景色をつくることができますよ。
さて、本校の教頭先生が体育の授業でサポートスタッフとして生徒と一緒に活動しているところを昨日初めて見ました。目立たず控えめに陰ながら生徒に声をかけている・・・こうした姿もまたオリジナルなんだろうと思います。答えはない、のです。こうしたらいいだろうな、ということをただただ実践するだけなのです。日本中どこを探しても時間を持て余している教頭先生はいません。じゃ、それは何か。それは教育に対する『スタンス』です。このような姿を見ることができた本校の先生や生徒は幸せだと思います。
いいなぁ、と思いました。すごいなぁ、とも思いました。同じ管理職として見習うべきことがあるな、と思いました。
一步踏み出し挑戦する先生が一人でも多く出てくることを願う日々です。
65万を超えるアクセスをいただきました。ありがとうございます。昨年のこの日を確認しましたらカウンタ数は205,104でした。主に学校HP、インスタグラム、noteの3本柱で情報発信を行っており、本校の教職員がタイムリーに記事を掲載しています。多くの方に御訪問いただくことが、私たちの励みにもなります。今後も本校の教育活動を積極的に発信してまいりますので、御支援をよろしくお願いいたします。
今朝は昨朝とは異なりやんわりとあたたかい朝でした。夕べの借家は16℃。朝からざわざわして、帰宅後もざわざわして。身体が芯から冷え切ってしまいした(どうしてこんなにも冷え性なんだろう)。これはダメだと思い、ぐつぐつと湯だった鍋に十数種類の野菜、お肉を入れた一人鍋を夕食にしました。使っていない部屋の扉をすべて閉めて漸く18℃まで。わずか2℃上昇しただけでずいぶんとあたたかくなりました。
ストーブを稼働させる直前に、そうだそうだ炬燵だコタツがあったんだ、と。扉を閉めた隣の部屋は物置代わりにしているのですが、そこに炬燵を収納していたことを思い出したのです。炬燵の存在をすっかり忘れていました。この気づきが昨日一番のヒット、でした。嬉しかった。早速引っ張り出して炬燵布団の中に足を入れると、冷えた身体に血液が勢いよく回りだし寒気がおさまりました。この炬燵、実は長男が大学時代に青森で使っていたもの。昨年から私がお下がりで使っています。
さて、話はまるっきり変わります。今日はタイトル「ちょっとしたこと」
『小さな親切大きなお世話』(良かれと思った親切がかえって迷惑になること)かな、と思いながらも続けていることがあります。紙に穴を開けることです。
学校にはたくさんの業務メールが届き、紙に印刷して回覧します。10センチ幅のストックファイルに収納すると1年間で10から12冊ほどの量になります。このデジタル時代に紙媒体・・・文書保存期間もありますが、もっと効率の良いやり方があるはずなので、そこは私の宿題とさせてください。
1日あたり20通を超えるメール。多いときでは30通を超えます。本校に限らず事務方、校長、教頭の順に文書を回覧し、最後は教頭先生が整理保管という形が主だと思います。私の教頭時代もそうでした。クリップで留められたたくさんの文書を一つひとつ穴を開けてストックファイルに綴じ込んでいく、という作業は単純ではありますが、この単純さに掛かる手間を省けないものか・・・私が教頭時代の6年間ずっと考えていたことでした。つまりは、穴が空いているだけで助かる、ということです(あくまでも私自身のことです)。
校長として1年半が経過して、教頭のときに「こうあったら別なことに時間が割けるたな」と思ったことは、『小さな親切大きなお世話紙』かもしれないけれど、勝手に「ちょっとしたこと」をしています。良かれと思った親切がかえって迷惑になることもありますので、注意が必要ですが。
朝の気温がとうとうひと桁台になってしまいました。放射冷却の影響なんでしょうね。日中はそこそこ暖かいけれど、外套を羽織らなければ身体が冷え切ってしまう状況でした。季節がまた一歩進み秋から晩秋に向かっているようです。借家では我慢をしてまだ暖房を入れていませんが、それもいつまで耐えられるかといった状況になってきました。
夏季休業明けは秋を感じさせるような気温もあり、ジャージーとTシャツでの登校では肌寒いだろうなと感じさせる日もありました。本校では、10月1日から制服着用の登校に切り替わったところですが、今年は気温にマッチした衣替えとなり良かったです。もう10月です。今月末あたりもしかすると雪を目にするかもしれません。いつ降ってもおかしくはない季節だけれど、考えただけで気が重くなります。
私は極端な寒がりなので、今朝はあまりの寒さに慌ててカーディガンを引っ張りだした次第です。Yシャツの上に一枚羽織るだけで暖かいです。ただ、肌がさらされる手だけはどうしようもありません。温まることがなく常に冷たくてざわざわざわざわしています。私は手から身体全体が冷えるので、このくらいの時期から来年の四月くらいまで辛い毎日が続きます。
学校はまだ暖房がONではありませんから、制服の中に一枚多く、登校時は制服の上に一枚羽織って暖かい格好を心掛けましょう。インフルエンザも流行っています。特に2年次生は見学旅行がありますから、体調管理の徹底をお願いします。
敷地内のナナカマドの実が真っ赤っかです。空はどんより。天気予報が当たるとまもなく天候は荒れ、激しい雨が降るようです。
ちょっとした時間に本を広げ、短いことばに目を走らせては、自分の考えや生き方と照らし合わせ確認しています。その本に書かれたことばのとおりに生きていこう、というものではありませんが、そう考えたりそのように生きていければ素敵だな、と思います。
松浦弥太郎著『大切に抱きしめたい お守りのことば』先日も当ブログで大切なことばを紹介したところです。書店でたまたま立ち読みして、素敵なことばが綴られていたので、2冊購入したのが先月のこと。これを手元に置けて良かったと思っています。30分ほどで読み切れますし、好きなことばの部分を繰り返し読めるのもいい。
お昼休みに本を広げたらこんなことばが。タイトルは、『飛び込もう。』
チャンスをものにするかどうかは、思い切って飛び込み、挑戦したかどうかで決まる。思い切って飛び込んで、挑戦したことによって、予測してなかったギフトのような何かを学び成長できる。飛び込んだ人の勝ちということ。(要約)
これって、昨日の始業式の中で私が話したことと同じ。私のことばは軽くても、著者のことばには妙に説得力があります。そのとおりだな、と。
失敗するかもしれないし、苦労するかもしれないけれど、挑戦したからこそ得られる何かがある、私もそう思います(私は私なりの挑戦をしてきました。そしてギフトがありました)。私が挑戦するときは、人様の評価を気にするのではなく、自らを信じ自らを評価するだけことを意識してきました。人目を気にすると挑戦できない、ということです。
良きことばと出逢いましたら、また紹介させていただきます。
それでは、来週お会いしましょう。
※本校のホームページですが64万件を超えるアクセスをいただきました。いつも御覧になっていただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
10月1日(木)後期スタートの今日は朝から雨降りです。生徒は衣替えをしました。長い期間認めていたジャージ登校から制服登校に切り替わりました。生徒の制服姿を見るのはずいぶん久しぶりのことになります。
始業式で私が話した内容の全文です。
2学期制をとっている本校は、昨日9月30日までが前期、今日10月1日から後期となります。その節目となる全校集会となります。
前期の皆さんの活躍を紹介しますが、本校のホームページにアクセスするとスマートフォンの画面に見えてくるものがあります。芸術部の書道で全道大会への出展が2名、新人陸上競技大会男子800mに1名が出場、軽音楽新人大会に出場となりました。
また、そこには記載されていなくとも、本校で開催されたボランティア研究大会、英語弁論大会に参加してくれた生徒もいました。
学校祭の盛り上がりや、校内運動会での活躍、地域の行事に多くの生徒が参加するなど、ここにいる皆さん、一人ひとりが活躍した時間であったように思います。
残念だったけれど、嬉しいお話もありました。きっと誰かが、トイレの窓から落としたゴミ。どうしてそのようなことをするのか理解できませんが、そのゴミを拾ってゴミ箱に捨ててくれた1年次生がいた、と先生方の打合せの時間に報告がありました。
昨年もこの場を借りて、生徒の皆さんに話をしたことがありますが、ものを買って、食べて飲んで、終わりではありません。最後に残るゴミの始末を確実に行って終わりです。ものを買った瞬間に、ゴミをしっかり片付ける責任が発生します。今一度、考えてください。思いついたまま、そこら中にゴミを捨ててしまう、そんな情けない人間にならないでください。
さて、先日の生徒会役員選挙において5名が新任されました。3つの役職に欠員が出ていたところですが、1年次生が立候補してくれて本日を迎えることができました。このことについて、皆さん、どのように考えたでしょうか。
私自身の話をします。23歳でこの仕事に就きました。定年まで生徒と向き合う教諭として生きていこうと覚悟を決めて働いてきました。でも、このように立場が変わってしまいました。ちょうど40歳の時に、当時の校長先生から「教頭として教育に関わらないか」とお話を受け、私は即答で断りました。どうしてか、それは、最後まで生徒と一緒にという、教職をスタートさせたときの覚悟があったからです。
翌年も、その翌年も、6月になると「教頭を頼む」とお願いされ、即答で断る、そうしたことが続きましたが、43歳のときに一度受験しました。そこまでお願いされたら「受験するしかないな」と思ったのです。ただ、そのときは、教諭としての覚悟はあったけれど、教頭になる覚悟はできていませんでした。
だから、当然結果は不合格です。次の年の44歳から48歳までの5年間は、家庭の事情で受験せず、もうこの先受験しないぞ、と腹を決めていましたが、校長先生に「日下、お前な、ずっと受験を勧められて、この5年は事情があって受験しなかっただろう。家庭の目処が一応立ったのだから、私のお願いを単純に断るのではなく、勧められる意味をしっかり考えて、答えを出してくれ」と言われました。考えて、悩んで、私は受験しました。そして、今があります。
ほとんど、多くの人は、自分の置かれる立場が大変になることを望みません。それは、当たり前のことだと思います。ただ、私が、教諭から教頭、教頭から校長と階段を上がる中で、自分に言い聞かせてきたことは、「何事も大変と思わないこと」、「どうせやるなら楽しくやること」です。それだけで、どんな複雑なことが降りかかってきても、大変だとは思わないで仕事ができています。楽しく仕事ができています。要は、考え方ひとつで、仕事に対するスタンスや生き方が変わるということです。
くだらない私の話をしました。
誰かが代表にならなければ組織や集団は回っていきません。皆さんとお喋りをすると、「行事を楽しくしたい」「新しい行事があったらいい」と全員が言います。生徒の代表となって、楽しい行事を作ればいいじゃないですか。新しい行事を生み出してみんなで楽しめばいいじゃないですか。そのために力を注いでみましょうよ。
代表としての時間は永遠に続くわけではなく、1年、2年という本当に短い時間です。重く受け止める必要はありません。部活動に入部しないかわりに生徒会活動にエネルギーをかけてみる。アルバイトがあっても、調整しながら取り組んでみるのもいいでしょう。
少しだけ発想を変えてみましょう。大変と決めつけている自分がいませんか。それは、大変と思わなければいいし、楽しもうと思えばいい。その立場になったから見ることができた景色を大いに楽しんで欲しい。その景色は誰もが見られるものではない、特別な景色なわけですから。
広がった景色に自分の色をどんどん落とし込んでいくことは楽しいですよ。先生や先輩に「立候補して」とお願いされたのであれば、それはそれだけの意味があると考えて欲しい。一人に責任が押しつけられるわけではなく、ここにいる自分を含めた生徒の一代表として、みんなに応援されながら生徒会の仕事をしていくだけです。生徒会は、生徒のための会です。みんなで8名を応援しましょう。盛り上げていきましょう。
始まりがあれば、必ず終わりがあります。終わったときに、「挑戦して本当に良かったな」と必ず実感できる日がきます。一度しかない高校時代に、「やりません」ではなく、「やります」と言える自分であって欲しい。何事にも挑戦する挑戦者であって欲しい。
長い話になりました。
以上でおわります。ありがとうございました。
生徒会役員選挙を行い、会長、副会長、書記、会計の5名が信任されました。しかし、残る3つの委員長への立候補がなくてどうしたものか、と困っていました。選挙が行われてから2週間、きっと信任された5名は気が気ではなかったと思います。
その間、生徒会を担当する先生、担任、年次の先生方、そして生徒会の役員が様々な声掛けをしてくれて、今日を迎えることができました。1年次生の3名が立候補してくれたのです。時間がとれなくて、朝一番放送による演説会になってしまいましたが、意気込みを感じる立派な演説でした。
一步を踏み出す - その勇気が立派です。そんな簡単なことではありません。よく決断しました。ありがとう。
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