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校長の小部屋

塩パン

 「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。

 今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。

 十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。

 本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。

 さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。

 ありがとうございます。

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作品を飾りましょう

 主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。

 私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
 
 デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。

 昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。

 さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」

 自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。

 昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。

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お花の展示から

 今日は写真2枚。

 18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)

 生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。

 そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。

 いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。

 さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。

 進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。

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生徒に委ねる

 学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
 
 インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
 note https://b-shoei-hs.note.jp/

 さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。

 今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。

 3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。

 前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。

 それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。

 学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
 
 美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。

 さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。

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我田引水

 夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。

 我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。

 自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。

 尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。

 冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。

 今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。

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また、ひとり

 岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。

 前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。

 「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」

 唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。

 あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。

 大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。

 5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。

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経験

 メカトロ・エンジニア系列は工業を幅広く学ぶことができます。工業高校の●●科となりますと、●●に特化した学びになります。例えば電気科であれば電気、というように。本校は、機械、電子機械、電気、情報、建築を体験をとおして学べるおもしろいスタイルをとっています。工業に限ったことではありませんが、電気なら電気だけですべてが成り立つわけではなく、そこには機械や情報など多くの技術が組み合わさっています。幅広く学ぶことで見えてくる世界が変わってきます。

 私は電気専門でこの世界に飛び込みました。最初に勤めた学校では電気科と電子科が合体した学科で、当時のH学科長から「電気のプロはわかったから電気は捨てて、これからは電子のプロになってください」初っぱなからわけのわからないお言葉をいただきました。電子回路を理解してものをつくりなさい、ということを指示され、学科長がささっと書いた電子回路を渡され回路づくりをするような日々になりました。こんなはずじゃなかったとは思いましたが、何もわからないのでとにかく一から勉強しました。

 2校目は機械科に所属しました。「機械科の中で電気をしっかり教えるように」と校長先生に言われての異動でしたが、I学科長に「ここは機械科だから電気はいらない」と職員室で言われました。悔しくて涙が出ました。自分は何のためにここに来たのだろう、と。初日から辞めることを考えて一年後、機械ができる自分になればいいのではないかと突然ひらめいたわけです。私と同い年の実習助手の先生にお願いして、生徒が下校したあとに旋盤、板金、溶接、鋳造などひととおり教えてもらいました。

 この2つの経験がどれほど私を高めたか・・・後に何度もこのことを思いましたし、2名の学科長との出逢いが私の教職としての幅を思い切り広げてくれました。感謝しかありません。スペシャルなことに磨きをかけることも大切ですが、右と左にある世界にも目を向けていくことで自分に備わるモノが増えていくことを教えてくれたわけです。『物事を負に捉えるのではなく正に捉える』私のスタンスが生まれたきっかけでもあります。これは私の生き方をも変えました。本当にありがたいことです。

 電気のプロではありますが、機械も電子もそこそこわかる。機械と電子のプロフェッショナルではないけれど、そこに躊躇することなく立ち入ることができる自分がいます。本校のメカトロ・エンジニア系列で学ぶ生徒を見ていて、何故かそこに自分の過去を照らし合わせてしまいます。幅広く多くのことを学べ、と。

 すべては経験です。経験があるかないかはその先の人生に何かしらの影響を及ぼす、と私は考えます。経験は宝物です。

(本日から不在ですが、前日のタイマ設定でアップしました)

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カラフルタワー

 濃さの異なる塩水(食塩の量を20g、15g、10g、5g)に絵の具で色をつけて、フラスコに濃い順番に一つずつ入れていくと、カラフルな水の層をつくることができます。生徒は液体の比重を理解するため食塩水のカラフルタワーの実験に取り組んでいました。最初に仮説を立てて実際にやってみてその結果どうなるか。仮説のとおりであれば良し、仮説のとおりにならなかったのであればどうしてなのかを考える。教科担任は何も言わずただ見守っていました。答えは自分で見つけなさい、ということです。手取り足取り教えることがすべてではないんだよな、と改めて思ったところです。

 私は一人の生徒に質問しました。「綺麗に色分けされた食塩水だけど撹拌したらどうなるんだろ」たいていは色分けに満足して終わるのでしょうが、意地悪な私はそう生徒に問いかけました。うむ - 生徒は期待と不安交じりにかき混ぜました。さて、答えはどうなるのか。ただそうなったんだではなく、〇〇だからこうなるんだというものを是非掴み取って欲しい。

 実験をしている生徒は楽しそうでした。教室で受けている授業と表情が異なります。もともと選択科目ですから興味津々で参加しているのですが、その姿を見ている私も楽しい気持ちになりました。

 私は選択科目のある高校で学ぶことはなかったので本校の学びのスタイルに興味があります。以前勤めた後志管内の学校も多岐にわたる選択科目があって毎日授業を見て回るのが楽しかったです。

 城谷教授のもとで超伝導物質をつくる研究をしていました。大学時代のことです。ゼミはとにかく厳しかったです。「何故」の攻撃がすさまじかった。私が「これは〇〇〇になります」と言うと「それは何故」と先生が説明を求めてきます。それに対して返答すると再び「何故そうなるの」これが延々続きます。最後の最後は答えられなくなりただただ周りに助けを求める状態に追い込まれる・・・これは先生の意地悪ではありません。先生が求めたことは根拠です。教科書に書いてあるからそうなんだではなく、本質を理解して物事を語りなさいよ、ということです。勉強になりました。

 興味のあることを深く学べる学校っておもしろいですよ。おもしろいから学びが深まるわけです。

 さてしばらく出張等で不在となります。次回の更新は来週です。また来週お会いしましょう。

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作品づくり

 大抵の人はつくることよりも購入することを考えてしまう。いや、そもそもつくることを考えないかもしれません。これから先こうした傾向はさらに強まっていくような気がします。それがいいことなのかどうなのかはわかりませんが。

 管理職になって8年目。この間つくることがなくなってしまいました。それ以前は真空管アンプやFMラジオ、ラジコン、トランシーバなど、役に立つのかはわからないけれど回路図を書いては部品を集め、ハンダごてを右手に電子工作に明け暮れていました。真空管は別として、ほとんどはマイクロコンピュータを回路に組み込みますから、プログラミングもしなければなりません。エラーを修正してはプログラムを転送することを幾度も幾度も繰り返して漸く完成となります。

 お店で2千円程度で売られているラジオも自分で一からつくるとなると5千円程度かかってしまう。レジをとおせば一瞬、つくれば20日。これならやはり商品を購入するとなってしまいますよね。ただ、ここは決定的に違います。『つくることによって本質を理解することができる。理解できた喜びから次なるものをつくりたくなる』

 教科書に書かれた文字を右から左に読んで理解できたからといって、ものがつくれるとは限りません。意外とつくれないと思います。ものづくりは経験とセンスがモノをいうからです。とにかくつくり込まなければ身に付きません。

 デザイン系列の授業でクラフトテープでカゴをつくっていました。説明書を読むだけで終わればそれは唯の読書で終わりです。じゃ、つくってみよう。ここから一人ひとりの世界がスタートします。編み方のコツを掴めばオリジナルの作品をつくることもできます。役に立つ立たないの損得ではなく、つくった経験が新たな挑戦に結びつき、誰かに喜ばれたり自らのウェルビーイングにつながったりしていく。これって素敵なことですよね。教科担任が「じゃここまでやってみて」と指示していますが、コツがわかっておもしろくなって先に先に作業を進行している・・・わかる、その気持ち。ハマると手も気持ちも前に前に進んでしまいます。そこがおもしろさ。ものをつくる魅力。

 教科書に書かれたことをただ記憶に留めておく時代はとっくに終わりました。私たちが高校生の時は知識のある人が優秀、知識偏重でした。今は知識だけでは世界は渡っていけません。それを知って次にどうしていくのかが問われる時代です。

 体験的に学びを深めていく本校の教育のおもしろさを多くの人に知って欲しいと思っています。本校の教育活動に興味を持たれた中学生や保護者等の方がいらっしゃいましたら、いつでも御連絡ください。その都度対応させていただきます。

 43万6千アクセスをいただきました。ありがとうございます。

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初めての作品

 高校に入学したら部活動どうしようかな - 私もそうしたことを考えました。40年も前のことになります。えっ、あれから40年も過ぎてしまったのか。1秒1分1時間を積み重ね前に進んでいく。時は止まらない。積んで積み重ねて1261440000秒。この数字がどれくらいすごいものなのかはわかりませんが、とにかく高校に入学してから歩んできた秒数(時間)です。

 私は落ち着きがなく周囲に迷惑をかける子どもでした。授業中に立ち歩き人を叩いて回ったり、気に食わないことがあると唾をかけたり。ほとんどは忘れてしまいましたが、これだけは今でも鮮明に覚えています。私はあるときテル(通称)に唾をかけ、それを知った担任の先生が泣いているテルに対して「唾をかけられた人の気持ちをわからせるためにあなたも日下くんに同じことをしなさい」と鬼の形相で言ったその日の出来事です。とにかくこんなことばかりしていて、親も学校も困らせていました。

 どうしてそのようなことをしたのかは自分でもわかりません。恥ずかしく情けなくとても自慢できるようなことではありません。戻れるのであればそんなことをしない自分になりたい・・・父にも母にも先生にも叱られてばかりで、でも近くにいた祖父母はやさしくて私にとってはそこが安らぎの場であり唯一の居場所でした。何かそうしたところに原因があるのだろうな、と私なりに考えています。

 この話を書きたかったわけではありません。余計なことを想い出して書いてしまいました。そういう子どもでしたから父が誰に吹き込まれたのかはわかりませんが、ある日突然私をトラックに乗せ(トラックが自家用車でどこに行くのもトラックでした)何も言わず剣道の道場に私を連れて行ったのです。父が剣道着を身につけた人に丁重な姿勢で歩み寄り一言二言言って頭を下げていました。そんな父を見たのは初めてのことでびっくりしたわけですが、それよりも驚いたことは私の意見を聞くでもなくこの日に加入の手続がなされたことでした。「これから毎週火曜日と金曜日の18時からお前はここに来ることになったぞ」父が私の剣道を見に来てくれたことはありません。この日、この1回限りです。私の行動を正すために剣道をさせる、というのが悩んだ末の父の結論だったのかもしれません。

 結局、高校3年生まで剣道を続けました。小学校の野球チームにも所属し、中学では1年生の途中まで野球部に所属しました。いろいろなことがあって(詳しくは書きません)途中で退部しました。高校では別な部活動も考えましたが、そのままの流れで剣道部に入部しました。中学生までは道場備え付けの防具を借りて練習していたので、自分の防具で剣道をしたかったわけです。ずいぶんと高級な防具を買ってもらい3年間剣道に打ち込みました。ですから私は有段者です。

 3年生の高体連で3回戦4回戦と勝ち進んで全道が見えたところで敗退。私はここで剣道ときれいにおさらばすることにしました。もう二度と剣道はしない。防具と竹刀はもう長いこと実家の納戸に眠っています。

 本日の写真は、少し前のものになります。作品づくりをした生徒さんごめんなさい。 もっと早くに掲載してあげれば良かった・・・高校に入って初めて生けたお花はどうでしたか。お花の美しさは当然のことお花自身が発するやさしさやあたたかさに触れられたかな。毎日作品の横を通るすべての生徒もきっと何かを感じてくれているはず。これから先も華道部でお花と向き合う素敵な時間を過ごしてください。

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