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校長の小部屋

プライド

 授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。

 さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。

 私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。

 嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。

 ありがとう。

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思い込みって

 昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。

 幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。

 このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。

 さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・

 今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。

 生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。

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長男からの電話

 予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。

 父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。

 大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。

 子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。

 10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。

 子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。

 当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて

『ありがとうございます』

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オープンスクール

 昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。

 ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。

 多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。

 私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。

 今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。

 人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・

 今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。

 参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様

 「ありがとうございました」

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クワガタ

 

夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。

 小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。

 約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。

 先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。

 本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?

 PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。

 変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。

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珈琲

 いつも御訪問いただきありがとうございます。

 本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。

 本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!

 言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。

 さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。 

 『空を見上げることありますか?』
 『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
 『今日から見上げてみませんか?』

 きっと、いいことがありますよ。

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美唄市立美唄中学校体育祭

 昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。

 雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。

 今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。

 この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。

 お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。

 ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。

 涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。

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フォロワー

 

 「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。

 オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」

 その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。

 昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。

 3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。

 46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。

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一年前に

 5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。

 この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。

 ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。

 「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。

 幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。

 隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。

 また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。

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こんな風に見えていたのだろうか

 5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室

  私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。

 つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・

 黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。

 さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。

 この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。

 チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。

 週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。

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