北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
19時15分。腕にLEDライト、胸ポケットにラジオを入れて外に出ました。ぽつん、と小さな雨粒が顔に当たるのを感じながらも、外に出た以上は雨が多少強くなろうが決めた距離は走ります。私には雨も雪も関係はありません(ムキになっているわけではありません)。習慣、とは恐ろしいものですね。
私はラジオ世代で、今でもラジオ番組を楽しんでいます。居間に一台のテレビを家族揃って見るという環境ではなかったことから、私は小さな頃からラジオを聴いていました。野球、音楽、バラエティと、スピーカからの音声から想像を膨らませ、頭の中に映像化することを好んでいました。好きが乗じて短波ラジオを買って海外の番組を聴き、英和辞書片手にラジオ局に手紙を書くようなこともしていました。そうすると返信カードが届くんですよ、あなたはリスナーだと。海外の消印が押されたカードがとにかく嬉しかった。
さて、夜のランニングはラジオをかけながら走っています。周囲にラジオの音が聞こえると、ここに私がいますというアピールになります。美唄市内はそうでもありませんが、自宅に帰ると歩道を歩く人が多いので、真っ先に音で人が近づいていることを知らせてあげるのが親切だろう、と私なりに考えてのことです。暗がりでいきなり背後から人が接近してきたら驚かせるのでそうさせないように。
結局誰ともすれ違いませんでしたがいいことがありました。美唄で今年初の桜を見ることができたのです。雨の気配はあったけれど家を出て良かった。やめていたら見ることができなかった桜です。
総合福祉センター敷地の一本桜。三分咲きといったところでしょうか。街灯に照らされて咲いていました。
桜、いいですね。
「手術記念日なんだよ」「それじゃ、ケーキ買わないとダメだよね、で、いつだっけ」「だって今日だよ、もう遅いじゃん、でも13年かぁ、早いなぁ」夕食での妻と私の会話でした。長男が中学生になるタイミングで入学式を見届けてからの手術でした。それは妻のたっての願いでもありました。記念日と言ってのけるほどのメンタルの強さに私は正直負けたなと思いました。自分なら果たしてそう言えるだろうか・・・私はやはりそこまで強くはないはず。ただ、あの出来事があったから、ふと訪れる幸せな時間を愛おしく感じることができています。
私たちにとっての13年は、過ぎ去ってしまえば言葉のとおりあっという間だったかもしれないけれど、自らの命と向き合ってきた妻の13年とそれをただ見守ってきた私の13年は、言葉では言い尽くせない長い長い時間でもありました。そんな簡単にやり過ごせる時間ではありませんでした。
この冬の札幌は大雪に見舞われ妻は除雪により右腕を痛め、先日知人に教えてもらった円山(札幌)にある整体の先生に予約を入れ診てもらったようです。先生が身体に触れ治療に入る前にこう言ったらしいです。「消化器系が弱くそこから痛みが発生していますね。自分の思いや考えを上手に言えない性格で、それ故我慢したり自分の中に無理矢理思いを押し込めてしまってそれが原因で消化器系に負担をかけてきたんですね」13年前に手術したことなど話もしていないのに、身体のツボやその人が発する気を捉えて原因を突き止めたのがすごいです。わかる方にはわかるのですね。東洋医学って不思議ですよね。
さて、妻に一人ひとりの生徒と面談ではなくおしゃべりを昼休みと放課後に校長室で30分間しているんだよ、と話をしたら妻が私にこう言いました。「私、自己表現できない人の気持ちすごくわかるよ。言いたいけど言えないその気持ち。私はずっとそうだったから。人を不愉快にさせないためにいつも気を遣って我慢ばかりしてたから。だからね、生徒の気持ちを聴いてあげる先生の存在ってとても大事だと思う。世の中の学校の先生がみんなそうなるといいね。生徒が思いを言えるようになれば消化器系に負担をかけない人が増えて私みたいにならなくて済むからね」妻は笑いました。なんだか妙に説得力のある言葉でときり、としました。
私も経緯は違えど真っ直ぐに話を聴いてくれた先生がいたから今があります。最初はずいぶん失礼な物言いや態度をとったものですが、毎日のように私の前に現れては声をかけてくる先生にやがて心を開くことができたわけです。一人の先生の存在は人生を変えるほどの影響力がある。私は実体験からそう思っています。
モエレ沼公園内に咲いていたエゾエンゴサクです。この花の花言葉は 「妖精のような」「幸せな時間」「静かな喜び」です。本日の話とわずかながらつながるでしょうか。
春一番に咲く花。キバナノアマナ。花言葉が素敵です。「運が向いてくる」「幸福が訪れる」
昨日、金曜日に仕事で東京から札幌に戻ってきた長男を新千歳空港まで送り、その帰り道南幌町で開催されているイベントを覗いて、午後2時から今年初めてのモエレ沼公園で妻と軽いランニングを楽しみました。この公園は自宅から自動車で5分のところにあり、園内が円形で1周3.75kmとなっており、周回で距離がわかりやすいのとビルドアップやスピード走に使い勝手が良く、私は誠に勝手ながらホームグランド、聖地として利用させていただいております。
その園内に早春の花が咲いていました。エゾエンゴサクと御覧のキバナノアマナ、そしてイチゲも。やはり例年より1週間は早い開花です。桜の枝もピンク色の蕾で染まり、今週末にはちらほら花が咲くような雰囲気です。もしかするとゴールデンウィーク前に満開になるかもしれません。
それにしても冒頭に書いた花言葉いいですね。誰もが待っていた春に「運が向いてくる」「幸福が訪れる」なんていうのはわくわくしますよね。いいことがありそうな。意外と身近なところで咲く花ですから見かけたら屈んで見てください。上を向け前を向けと言ってしまいますし言われますけど、私はそうは思いません。後ろを振り返り下を向いて歩いてもいいじゃないですか。そうすることによって見えるものがあるのですから。上と前ばかりだと見失うものも多く疲れますよね。
生徒とのおしゃべりタイムをお昼休みと放課後に行っています。「私の母がホームページ見てます。掲載された写真を見てこれあなたじゃないとか話をします。校長先生が書いている日記も毎日読んでいるみたいです。今日私が校長先生と話をするのも母は知っています。」そうなんだぁ。そういう家族間の会話がしっかりなされていることが嬉しかったです。私が高校生の頃は親とほぼ会話なし。母に何か言われても「あぁ」「わかった」「知らない」「うん」だけ。父とは会話した記憶がない。
会話が面倒だったからか。年頃だったからか。一方的に会話を拒んでいたからか。私は家に帰ると自室に閉じ籠もり小説を読み音楽を聴いていた。階下で「御飯だよ」の母の声。私は「あぁ」と返事をし階段を降りる。そそくさと夕食を食べまた自室へ。高校3年間は毎日これの繰り返しでした。もう少し話をすべきだったか・・・今さらですが。
自分がこうだったから子どもたちも私と同じでした。妻とはそこそこ会話を楽しんでいたようですが、私とはほとんど会話はなかったかな。私がくだらない言葉でちょっかいをかけても構ってくれず無視。そういうこと自体が煩わしい。それもわかるような気もしますが、反応なしは正直寂しかった。もしかすると父も私と同じ感情を抱えていたか。
おしゃべりタイムは、多くの発見や気づきを私に与えてくれます。進路相談や教育相談の場ではありません。美唄尚栄高校をさらに魅力的にするためにおしゃべりしています。生徒の皆さんは堅くならずに気楽にお越しください。
私は極端な寒がりです。身体が一度冷え切ってしまうと一日中ざわざわして、特に手が異常に冷たくなります。冷え性なのか血流が悪いのかはわかりませんが、冷えた手が身体全体を冷やしてしまうような感じになります。10月から4月が終わるまでこれが続きますから、かなりしんどいです。握手をしたらあまりの冷たさに相手の方はびっくりすると思います。ちょっとした隙間風だったり、足元に冷気を感じたときには手がかじかんでしまっていて、パソコンでの作業に限らず何も手に付かない状態になります。本当に困ったものです。でも、これからしばらくは大丈夫です。
さて、本当は一年中開放したいのですが上述の事情から校長室で冬ごもりしていました。ここのところ少しずつ暖かくなってきましたから、御覧のとおり校長室の扉を開放しています。いつでもウェルカムです。
昨年度は生徒がひょっこりのぞき込んだり、校長室ってこうなっているんだと小さな声でささやき合ったりする様子が見られました。ノックして入ってくる生徒も多数おりました。閉めきっていると感じることのできない生徒の様子に触れることができ、そこが楽しいです。教職員も校長(私)を近くに感じられるでしょうからメリットがあるのでは、と勝手に思ったりしています。
話は変わります。自宅の庭も花たちの芽があちらこちらから顔を出し始めています。雪が消えて真っ先に花を咲かせるのはクリスマスローズです。「クリスマスローズ咲いたよ」と妻が教えてくれたのは先週のこと。小さな一株を庭に降ろしたのは8年くらい前になるでしょうか。漸く咲いた花から毎年種を採っては庭の隙間に種を蒔き少しずつ増やしてきました。雪の下になること数年、時をかけて株が成長しあちらこちらで可愛らしい花を咲かせています。
たっぷりお花に関われる季節がやってきました。暴雨や積雪により薔薇のアーチや支えが破損したのでまずはそれを直すところからスタートです。そうした作業を含め朝から晩まで庭で過ごす時間を持てることが私にとっては一番の幸せです。
北海道もどうやら桜が咲いたようです。例年よりも2週間ほど早いのでしょうか。桜が咲くのはとても嬉しいのですが、環境の変化によって早まっているのだとしたら複雑です。道央ですとゴールデンウィークに咲く - これは子どもの頃から変わることなく近年まで脈々と続いてきたように思います。今年度だけが早いのか・・・そうであって欲しいです。
4月、新入生、新入社員という言葉をよく耳にします。環境がいきなり変わって、自分の立ち位置がわからなくなる時期です。隣にいる人が要領よく生活しているのを見ると、自分は出遅れてしまったなとか早く周りに合わせていかないとマズイなと焦ってしまいます。そうなると自分のことよりも周囲のことばかり気になって、自分のパフォーマンスが発揮できなくなります。スタートを切ったばかりです。ゆっくりやりましょう。
昨日のニュース番組で新入社員のマナー教室の様子を伝えるコーナーがあり、そこでは電話対応、名刺交換、印鑑の押し方、挨拶の仕方等が丁寧に語られていました。大学を卒業してすぐにこの世界に入った私。当時、マナーを教えてくれる方はいませんでした。ですから、私は私なりに考えて行動したのを覚えています。あとは人の動きを観察して真似をするようにしていました。
入学式の飾り花の桜が職員玄関で咲いています。
数学は習熟度別の授業を展開しています。授業中に後ろ側から入ってみました。単元『集合』になるのでしょうか。教科担任とのやりとりがとても楽しそうです。教科担任が私を見て「校長先生、私の授業みんなわかりやすいと言ってくれています」と胸を張って言うものですから、私は「わかりやすいと思う人手を挙げて」と生徒に聞いたら、なんと全員が真っ直ぐに手を挙げました。本当にそうだから手を挙げたんだな、と思える手の挙げ方でした。生徒は素直です。すべての学校に言えることですが、生徒の授業評価を私たち教職員はしっかりと受け止め、授業改善に励まなければなりません。
私の場合、中学校に入学して真っ先に数学につまずきました。これが転落の人生につながっていきます。わからない、つまらない、邪魔をする、先生の言うことに反発する、これが国語社会理科英語の主要教科に波及し、体育、技術にも広がっていく・・・わからないのであれば先生に聞けばいいのに、その姿をクラスの人に見せたくなくて、どんどん深みにハマっていく感じになっていきました。すべて自分が悪いわけですが、先生や周りのせいにして逃げていた・・・これが恥ずかしながらある一時期の私の姿です。
生涯学習 - その意味は多岐にわたりますが、私の場合はまず中学生の頃に戻り、ほぼ空白にしていた時間の学習を取り戻したい。戻したところで人生はやり直せないところまで進んでしまってはいるけれど、その年齢でしか得られない何か大切なものを置き忘れてしまったと思うからです。放課後に個人的に勉強を教えてくれた佐藤先生のおかげで、置き忘れになるはずだったもののいくつかは取り戻すことはできたわけですが。本当に失敗しました。
長男が高校受験の勉強をしていたとき、「父さん、この問題どうやってやるのか教えて」と質問されました。私の苦手とする中学の数学です。20分くらいかかって私なりに答えを導き、得意になって長男に説明しました。「答えは同じでもそのやり方なら時間がかかりすぎてだめだ」「どうして」「限られた時間の試験で他の問題に手が付けられなくなる、もっと効率よく解ける方法ないの」「ないな」「じゃもう聞かない」そのあたり(解答するための)の思考回路が私の中で断絶してしまっていることを感じた瞬間でした。こうしたところに綻びが出てくるわけです。
数学の習熟度別授業からずいぶんと話が広がってしまいました。
1週間で1万アクセスずつカウンタが上がっております。美唄尚栄高校の生徒を応援してくださりありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
本校の公式マスコットキャラクタの『かなうさ』
尚栄高校の”尚”と夢は”叶(かな)うさ”を掛け合わせた可愛らしいキャラクタです。「尚栄高校でなら夢は叶うさ」尚の中に口の字がありますが、この口が跳び箱になっていて、かなうさが跳び箱を跳んでいる。発想がいいですよね。グッド・アイデアです。
かなうさを何とかしたい - 昨年からずっと考えていることです。写真は工業系列の教員が3Dプリンタで昨年製作してくれたもの。もっと小さいサイズにして全校生徒に配布してカバンやリュックに下げてもらったらどうだろう。暗がりで歩いたときに車のヘッドライトに反射するキーホルダにしたらどうだろう。制服の上着(左側のラペル(下襟)にある「フラワーホール」に付ける)に付けるピンバッジにしたらどうだろう。ぬいぐるみが流行っていますからカバンに下げられるくらいの大きさで作ったらどうだろうか・・・アイデアは多々あるのですが、何かおもしろい意見等があればお寄せください。
そんなの意味がない、と言ったり聞いたりすることないですか。簡単に口にしてしまいがちですが、私は意味がないものってないと思います。かなうさもそうです。意味があってキャラクタになっています。ただただ眠らせておくのはもったいない。意味があるのだから意味を持たせる何かを生み出したいのです。それは今ここで働く教職員が中心となって考えなければなりません。道立学校で公式キャラクタを持っている高校が果たしていくつあるでしょうか。調べてはいませんがそう多くはないはず。そういう特異性のあるものだからこそ利用しない手はないと。
フラワーホールに校章を付けてもらっていますが、その横にかなうさピンバッジを並べて付けたら良さそうだな、と思ったりしていますが如何でしょうか。インターネットでいろいろ調べてみると300個の大量受注で6~7万円ほどで製作できるようです。そうすると1個あたり300円。手に届きそうな金額かなと思うところです。
本日からスタートします。3年次生から一人ずつ順番に実施してすべての生徒と最低1回は校長室でおしゃべりを楽しむ企画です。校長と『面談』するとなると、堅苦しくなりますから、名のとおりの『おしゃべりタイム』と銘打ちました。お昼休みに当たった人はお弁当持参です。放課後は飲み物持参で構いません。肩を張らずにやっていきましょう。緊張せずに自分の順番がきたら足を運んでください。
昨年度、声掛けをせずとも多くの生徒が私のところに訪れてくれました。それとは別に着任時から本企画を考えていたところであり、1年間宙ぶらりんになってしまったことに今さらながら反省しています。前3年次生はすでに卒業してしまい、貴重な機会を見す見す逃してしまった・・・思いついたら即実行を信念とする私ですが、何故やらなかったのだろう。後悔先に立たず。
道内の公立高校は本校に限らず生徒数の確保に頭を悩ませています。それぞれの学校が素晴らしい特色や魅力を発信し、一人でも多くの生徒に入学して欲しいと必死です。当然、私も毎日そのことを考えています。地域、つまり外に向けた情報発信にウェイトを置きがちだけれど、足元をもっと見る必要があるのではないか。このことは教諭の時からずっと考えてきたことで、32年間私は私なりに力を尽くしてきたつもりです。今目の前にいる生徒に対してどのようにアプローチするか。これを無くして外への発信はないと考えます。
大人(教職員)が良かろうと思って取り組むことが、もしかしたら子ども(生徒)の感覚と大きなズレがあるのではないか。私はその感覚に戸惑いズレた時代を過ごした経験がありますから、人より敏感です(現在進行形です)。先週の校長の小部屋では、そのズレたことを悔やむ話を書きましたが、ズレたことにより掴んだモノもあるということです。そう考えると少しはプラス要素になったのかもしれませんね。
子ども(生徒)が本校で見ている景色を上手に発信することで、新しい形の美唄尚栄高校が見えてくるような気がするのです。私も教職員も、「そこは見えていなかったな」というたくさんの盲点に気付かせてくれるのではないか。これはあくまでも私個人の考えですから、やってみて失敗したらまた次を考えます。
「やりもしないでマイナスだけを探す人生はつまらない。やってみたから新たな景色に出会うことができる。その景色が明るいのであればさらに前に進めばいいし、暗いのであれば一度原点に戻って次の景色を見に行く準備をすればいい。その時間にこそ意味がある」何の格言でもありませんが、これが私の考えで、これに基づいて今まで歩いてきました。
さて、生徒たちは私に何を語ってくれるのでしょうか。会話の中から私は生徒たちからたくさんのヒントを得られるわけで、それが楽しみでなりません。
入学式演台の飾り花を職員玄関前に展示中です。生徒の皆さん、ちょこっと足を運び見てください。綺麗ですよ。
大学に行ったのは先にある人生の在り方を考えたとき、どうしてもそのワンステップ必要だったからです。電力会社で働くか、それとも何となく目標としていた恩師(教員)のようになれるのであればそこを目指すのもいいだろうということで。もしも教員になるのであれば、私は中学や高校ではなく小学校の教員になりたかったです。残念ながらそこは叶いませんでした。
物事すべてに反発し中学校における学びを一方的に拒んでいた時期があったので、ギリギリ首の皮一枚で進めた高校からは教育大学を目指すことは困難でした。時すでに遅し - それも人生ではありますが、このことについてはのちに悔やむことになりました。自らが招いたことですから仕方ないのですが、本当に取り返しのつかない無駄な時間を過ごしてしまった、と。あのようなことをして得をしたことはひとつもなかったな、と。だから高校では心入れ替え、これでもかというほど勉強をしました。すべてを取り戻すことはできませんでしたが。
高校ではたくさんの友人に出会い楽しい時間を過ごしました。でも、私には何か物足りなかった。それは友人はいるけれど、親友が一人もいないということでした。高校を卒業した後このままでは親友のいない人生を過ごすことになるかもしれない、という寂しさと焦りみたいなものがありました。だから、先に書いた理由もありますが、親友と出会うために自分には大学が必要だと考えました。これが一番大きな理由です。私自身の大学進学の理由がこれですから、子ども二人がそれぞれ大学に進学したときの理由は、大学の4年間で自分のやりたいことを見つける、でした。そのようなことで果たしていいのでしょうか・・・
さて、親友はどうなったということですが、運良く一人と出逢うことができました。一人いればもうそれで十分です。大学に行って良かったことはこの出逢い。詳細はまたいつかどこかの場面で書けるといいのですが、実はその親友の故郷がここ美唄市です。そこにどのような巡り合わせか私が昨年から生活することになりました。出逢ったときからいつかこういうことになるような縁がきっとあったのでしょうね。見えない糸、って本当にあるのかもしれません。
親友には兄弟がいて、実はそのお子様が本校に入学してくれました。そのことを入学式が終わった一昨日の晩、ちょうどランニングを終えて着替えているときに親友からのLINEで知ることとなりました。気を遣って入学式が終わるまで私に黙っていたのだと思います。そういうことができる奴なのです。だから親友になれたのだろうと思います。
家族や兄弟のことは親友が大学時代に私に紹介してくれて、以後いろいろとお世話になったのですが、当時はまだ幼くて小学生でした。いつの間にか親となり、立派に子どもを育て本校に入学させてくれたのです。ずいぶん前置きが長くなりました。嬉しくて嬉しくてもう言葉が出てきません。
36名が元気に登校し入学式を無事終えることができました。目標とする41名以上には届きませんでしたが、数多くある高等学校の中から美唄尚栄高校を選択し入学してくれて本当にありがとう。その後押しをしていただきました保護者等の皆様大変ありがとうございました。心より感謝申し上げます。
4月8日(水)、多くの御来賓並びに保護者等の皆様の御列席のもと、第16回入学式を挙行いたしました。新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。
式辞
ただいま入学を許可しました三十六名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。
本日、ここに、PTA会長 ●●●●様、美唄市長 桜井 恒(ひさし)様を始め、御来賓の皆様と新入生保護者等の皆様の御列席を賜り、令和8年度第16回入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとって大きな喜びであります。本日、御出席をいただきましたすべての皆様に、教職員一同、心より感謝申し上げます。
新入生の皆さんが、めでたく本校の生徒となりますことに、私たち教職員、並びにすべての在校生とともに、心から歓迎いたします。
今日から、高校生活をスタートするにあたり、こんにちまで皆さんに愛情を注ぎ、大切に育ててくれた、保護者等の皆様を始め、小学校、中学校で御指導いただいた、先生方に感謝する気持ちを持ち、これからの高校生活において、学業や部活動、友人との関係を築く中で、将来の夢を実現させるため、充実した毎日を送ることを期待いたします。
さて、私たちは今、先行きの見えない社会の中で生きています。技術の進化により、一昔前は夢物語の中にあった世界が、目の前に現実のものとして広がっており、生活環境はめまぐるしく変化し続けています。このような時代を生き抜くためには、物事の本質を見極め、「自分の人生を舵取りする力」と「これからの社会の創り手となる力」を身に付けなければなりません。本校で過ごす3年間のその先にある人生を豊かにするため、高校生活の一日一日を大切に過ごしてください。
皆さんの新しい門出に際し、私から3つのメッセージを贈ります。
1つ目、自分だけの「問い」を持つこと。
私たちは今、正解のない時代を生きています。AI(人工知能)が瞬時に答えを提示してくれる便利な世の中ですが、だからこそ大切なのは「提示された答え」を鵜呑みにするのではなく、「なぜそうなるのか」「自分はどう思うのか」という自分自身の問いを持たなければなりません。学びとは、単に知識を蓄えることではありません。未知のものに出会ったとき、自ら問いを立て、調べ、考え、自分自身が納得できる答え、「納得解」を見つけ出すプロセスそのものです。高校生活の中で、ぜひ多くの「なぜ」に出会い、知的好奇心の翼を大きく広げてください。
2つ目、多様性を認め、対話を楽しむこと。
育ってきた環境も、得意なことも、将来の夢も異なる多くの仲間がここに集まっています。自分とは違う意見や価値観に出会ったとき、それを「拒絶」するのではなく、「発見」として受け止めてください。ぶつかり合うことを恐れず、対話を重ねることで、自分一人の視点では見えなかった景色が見えてくるはずです。他者の痛みに寄り添い、互いの個性を尊重し合える関係を築くこと。それは、これから皆さんが社会に出ていく上で、最も重要な力の一つとなります。
最後に、失敗を「成長の糧」にすること。
新しい環境では、思い通りにいかないことや、壁にぶつかることもあるでしょう。しかし、失敗は恥ずかしいことではありません。挑戦した証であり、成長するための貴重なデータです。「失敗した」という事実で立ち止まるのではなく、「次はどうすればいいか」と前を向く強さを持ってください。本校は、皆さんが安心して失敗し、何度でもやり直せる場所でありたいと考えています。私たち教職員は、皆さんの挑戦を全力で応援し、支えていくことを約束します。
3年間の高校生活を全うした先には、再び人生の岐路を迎えます。そこで、たたずんでしまうのか、積極的な進路選択ができるのか、それは、いかに皆さんが充実した高校生活を送るかにかかっています。努力、時間、仲間を大切にして、有意義な高校生活を送っていただきたいと思います。
そして保護者等の皆様、本日はお子様の御入学、誠におめでとうございます。この場をお借りし、保護者等の皆様にお願い申し上げます。子どもたちの成長には、学校と家庭、そして地域が手を取り合い、同じ方向を向いて歩んでいくことが不可欠です。思春期という多感な時期、子どもたちは時に反抗し、時に悩み、立ち止まることもあるかと思います。そんな時は、どうぞ焦らず、温かく見守ってあげてください。私たちも、一人ひとりの可能性を最大限に引き出せるよう、誠心誠意、教育活動に邁進してまいる所存です。お子様の健やかな成長のためには、学校とご家庭との信頼関係が不可欠です。何かご心配なことがあれば、どうぞ遠慮なく『相談』という形でお聞かせください。共に解決の道を探っていければ幸いです。本校の教育活動に、御理解と御協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
結びに、御多忙の中、御臨席を賜りました御来賓の皆様、御列席をいただきました保護者等の皆様方に重ねてお礼を申し上げますとともに、本日入学された新入生の大いなる健闘と成長を心から期待して、式辞といたします。
令和8年4月8日
北海道美唄尚栄高等学校長 日 下 剛
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