北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
祝 第59回北北海道学生書道展
団体賞 学校奨励賞受賞
特選受賞者 1年次生8名 3年次生2名
入選受賞者 1年次生14名 3年次生7名
展覧会 令和8年2月7日(土)10時から18時
令和8年2月8日(日)10時から15時
旭川市民文化会館 展示室
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
祝 第59回北北海道学生書道展
団体賞 学校奨励賞受賞
特選受賞者 1年次生8名 3年次生2名
入選受賞者 1年次生14名 3年次生7名
展覧会 令和8年2月7日(土)10時から18時
令和8年2月8日(日)10時から15時
旭川市民文化会館 展示室
先日、誕生日を迎えました。東京に住む長男からはLINEギフト(時代を感じます)、次男(社会人1年目)は夕食代を持ってくれ、妻からは手袋ともうひとつ大きなプレゼントをもらいました。母からは毎年、お菓子とお祝い金が送られてきます。弟たちからはお祝いのメールが。幸せな55歳の誕生日になりました。
ひとつずつ歳を重ねていきますが、気持ちだけは20代、30代。ただ、肉体的にはそれなりの状態であることは否定できません。先日、ランニングウォッチが、何かの拍子にデータ解析したようで、いきなり40代前半である旨の画面を表示し、よしよし、と嬉しくなりました。どこかで測定してもらった血管年齢が60代と言われた妻が、あまりに失礼すぎる、とぷんぷん怒っていたのを思い出し、あまり得意にならないように小さな声で妻に伝えた次第です。
さて、私の弟たちもみんな50代になりました。不思議な感じがしますが、電気技師、ピアニストとしてそれぞれ活躍しています。父が早くに亡くなったこともあり、私は父親代わりであるとの意識をうっすらと持ちながら生きてきました。特に何かをしてきたわけではありませんが、幼き頃から父に「お前は長男なんだから」「長男らしく」と言われ続けてきたことも、そうさせた理由かもしれません。当時、私は大学生で、二人は高校生でしたから、いろいろと不便はあったのだろうと思いますが、さまざまな困難を乗り越え、今では私より立派に生きています。
何かあれば大学時代に戻りたい、と思っていましたが、もうそう思うことはなくなりました。私は静かに今の自分を受け入れ、50代である自分を楽しみながら生きています。その年齢を楽しむ余裕ができたのかもしれません。50代、それはそれでなかなかいいものです。
母からもらった小さな包み - 母からすれば私はいつまでも子どもなんだなぁ・・・そう思いながらこれを書いています。私にとっての誕生日は特別です。普段はゆっくり考えない母のこと、妻のこと、子どものこと、弟のこと、そして自分のことに思いを馳せる貴重な一日となります。
皆様の誕生日はどのような感じでしょうか。
授業の中でそばを打ち、できあがったそばを私のところに。味と風味を感じて欲しい、ということで音威子府産新そばと昨年の幌加内産そばを分けて持ってきてくれました。授業の中でそばを打つのは今年度初めての取組とのことです。この先も続けて欲しいです。今年のものと昨年のものでは、香りも味もこんなに違うんだなぁ、と思いながらいただきました。ありがとうございます。
私はそばは打てません。室蘭の高校に勤務していた時に、学科の研修旅行で一度だけ打ったことがありますが、それ一回きりです。持ってきてくれた生徒は家でもそばを打って家族で食べているとのこと。そんな生徒を私は心から尊敬します。
美唄尚栄高校はどんな学校何だろう - 私は衣食住をひとつに学べる学校と考えています。物事の基本や成り立ちを知る(文理教養)ことを土台にして、衣(デザイン)食(フード、デザイン)住(情報通信マネジメント、メカトロ・エンジニア)、つまり、人が生きていくために必要なことを学ぶ学校。そのすべてが揃った学校はそう多くはないはず。
人が生きていくための根幹になる『食べる』ことについて思いを巡らせるとき、食べることは基本中の基本ではあるけれど、食べる前のことができるかできないか、如何でしょう。自分で食材を選んで購入し自分の手でつくる。できる人できない人、している人していない人・・・そう簡単なことではないのではないでしょうか。
難解な問題を解ける力も必要かもしれませんが、私は人が生きていくために必要な知識と技術、技能を高校生の段階で身に付けることは大切だと思っています。私自身、高校生の時にこのようなスキルを身に付けていたらもっと違う人生があったかもしれない。退職後に専門学校に通うことをイメージしている私にとっては、60歳から身に付けることではなかったかもしれないな・・・と思うところです。早ければ早いほど良かったと。
「あなたたちは、長い人生の中で何かやろうと思ったとき、そばを打つお店を持ったり、パンのお店、ケーキのお店を持ったりできるよね、今習得している知識でそうした生き方を選択することができるよね。それって誰もができることではないからすごいことだよね。あなたたちがうらやましいよ」二人に話をしている自分がいました。
決して無責任な発言ではありません。もう、セオリー通りの生き方が求められる時代ではありません。いろいろなことに信念を持ちって挑戦し、実現していける時代です。今のスタンダードが、半年後、1年後、2年後には時代遅れになっている可能性もあります。レールに乗っていることだけが必ずしも安定を生むとは限らない時代になっています。
11月8日の記事「生活に生きる書 教室名を作成」で投稿しておりますが、「教室名を筆文字で書いてみる」という生徒の発案により、管理職に向けたプレゼンが行われました。私たちはこういうことをしたいのです、という強いメッセージが、我々管理職にも伝わり、是非お願いします、ということになりました。その後の様子です。
少し時間ができたので、タブレットを持ちながら3階と4階で行われている授業の様子を見て歩きました。私はいつも遠慮することなく教室の中にずかずか入っていきます。生徒も慣れているので別段驚くこともなく、いつも通りのスタイルを貫いています。私に手を振る生徒、こんにちはと声をかけてくる生徒、ぺこり頭を下げる生徒、居眠りの生徒・・・それがまた自然でいい。こういう所が本校の生徒の良いところで可愛らしところ、と思っています。どのクラスも落ち着いた授業が展開されていて、生徒は安心して学ぶことができる環境にあることもPRさせていただきます。
さて、熱心に筆を走らせる生徒が3名。書いて書いて書き続けている。ゴールは自らが納得したとき。完成ではなさそうですが、これだけ心を込めて丁寧に書かれたものならば、プレートが掲げられたときの重みを感じます。途中の過程を見ることができて本当に良かったと思いました。下の余白に自らの氏名が刻まれたプレートが校舎内に残るのっていいですよね。こんな素敵なプレートがある学校は日本中どこを探してもないのではないでしょうか。(写真の氏名は加工しております)
3年次生はまもなく高校卒業のゴールを迎えます。ゴールテープがちらちら見え始めてきている。私は3年次生とはここまで約9ヵ月のお付き合いしかありませんが、その間にも生徒一人ひとりが直面した課題や経験の一端を見聞きしています。楽しかっただろうな、辛かっただろうに、よく登校してきているよね、悲しみをどのように笑顔にかえているんだろ、社会に出る不安でいっぱいでしょ、このまま卒業しないで高校生でいたいよね・・・
みんなそれぞれに多くのことを抱えて生きている。私は生徒からそのような心の叫びみたいなものを感じ、いつも勝手に胸を目頭を熱くしています。私も高校3年生、たくさんのことを抱えて生きてきて、それと重なる部分がたくさんあって、でも、何とか乗り越えてきました。みんなも乗り越えられるはずです。
誰かの心のこもったメッセージは、受け取る人の心にじゅわっと奥深いところまで染み込んできます。必ず伝わります。心を込めて話す、心を込めて聴く、心を込めて想う、心を込めて受け止める、心を込めて書く、心を込めて・・・
いつか心を込めたプレート文字が完成し私のもとに届けられるのでしょう。そのとき、私は生徒の想いや願いをしっかり受け止め、感謝の気持ちで受け取ろうと思っています。
本日、不在となりますので、タイマー設定でこの記事を更新いたします。
いつも御訪問いただきましてありがとうございます。
11月18日 19時34分 美唄駅
私は、やはり、今夜もランニングシューズ(冬用)を履いて外に出ていました。
退勤時、職場から借家までの数百メートルを歩きながら、これからの晩御飯のことを考え、それを終えた後のランニングをどうするかを考え歩いていました。道路はこのとおり滑るし、寒いし、疲れているし、転んだら怪我をするし、面倒だな、どうしようかな・・・外に出ない理由をいくつも頭に並べて借家に到着です。
毎日ランニングをしている私でも、毎日走る走らないの葛藤をしています。軍配はいつも『走る』。どうでもいいような葛藤ではありますが、このことを13年間毎日繰り返せている自分はある意味幸せなんだろう、と思ったりしています。ずっと昔は、「えっ、走るの?こんな時間から」と妻に言われたものですが、 その言葉はいつの間にかなくなりました。「いつ帰ってくるの」「10キロだから1時間後」「その頃に合わせて風呂入れておくから」「わかった、お願い」
葛藤の末に走ると必ずいいことに巡り会えます。だから、やめられないのです。走らなければ見られなかった一瞬の景色は、お金に換えられない満足感を与えてくれる。これを知ってしまったが故のランニング。人はありきたりの景色じゃない、と言うでしょう。当たり前の日常でしょ、と言うでしょう。でも、私には感動的な景色です。外に出たことが正解だったな、と毎日思わせてくれる。私の感動した気持ちがこの写真から伝わればいいのですが・・・
作り上げる美しさよりも、そこにあるそのものが一番美しいのではないか、と思っています。まだまだ美唄の一部分にしか触れていませんが、町の名のとおり、美しい、です。
札幌の自宅は、徒歩3分、250メートルのところにJR駅があり、私の生活に密着していることもあり、行く先々で駅のある風景、電車が往来する風景が気になります。美唄を拠点としたランニングはいつも駅の界隈を走るコースになっています。
本校のホームページですが、一昨日から昨日の24時間で4500アクセスをいただきました。本校の教育活動を教職員が熱心に更新しております。これからも御覧ください。よろしくお願いいたします。
毎日デスクのお花を眺めています。花好きの私、ただそれだけで嬉しいです。
どうですか、この写真。こういう見方をすると違った世界を感じませんか?知らなかった世界が見えませんか?私の趣味とする写真やカメラのことはいくつかの話の中で書いてきたところですが、風景写真だけではなく、クローズアップした花の写真を撮ることも大好きです。
マクロレンズ越しに見る世界に魅力を感じたのは30代半ば。以後、花を求めてずいぶん野山を歩きました。私の山歩きは頂上を目指すものではないので、名もない裏山でも構いません。途中に咲く花が見られればそれでいい。足元に咲く花を撮影して、そこで満足したら入口だろうが三合目だろうが下山です。頂上を目指す人もたくさんいるのに、人って目的がさまざまで、それぞれ違っていておもしろいですよね。
作品の全体像は先日お見せしましたが、ここだけに着目した今日の写真と比べてみてください。全体からは見えなかったひとつ、しかもそのひとつを構成する細かな要素にまで目が行き届く・・・おもしろさがわかりますか。
学校も同じです。廊下から教室を覗く。そこには30人の生徒がいます。一歩教室に踏み込み、一人の生徒を見る。遠くからは見えなかったものが多々あることに気付く。私は『一歩踏み込む』ことを大切にしてきました。
26歳から30代半ば、出口が見えずあのどうしようもないどんよりした時間の中で、私は多くのものを見失ってきました。何を目指し何が大切で何を間違ったのか。これから自分は何を頼りに何を身に付け何をすべきなのか。辞めるべきか続けるべきか・・・重たいカメラバックを肩に提げ、三脚を左手に、首からぶら下げたカメラに縋って野山を歩きながら、そんなことを自問自答し写真を撮っていました。
望遠レンズでお花を引っ張ってくるのではなく、ゆっくり腰を下ろし、足元の小さな花に顔を近づけ目と鼻で感じ、マクロレンズをとおして一枚に納める - その繰り返しの中で私はぼんやりとした何かを掴みました。マクロレンズの世界の中に、暗闇だった空間にうっすら光が灯り、出口出口へと私を誘ってくれました(体調が良くなるまでにはそこからさらに5年ほどかかりましたが)。振り返ると本当に苦しい経験をしてきたな、と思います。いらない廻り道、でも、それはそれで良かったかも、と思ったりもしています。
遠く離れて外側だけから見るのではなく、思い切って一歩踏み込みそこだけに着目して見てみる。
考え方だけではなく、生き方さえも変える出来事になる・・・私自身の経験談です。
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