北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
今朝は昨朝とは異なりやんわりとあたたかい朝でした。夕べの借家は16℃。朝からざわざわして、帰宅後もざわざわして。身体が芯から冷え切ってしまいした(どうしてこんなにも冷え性なんだろう)。これはダメだと思い、ぐつぐつと湯だった鍋に十数種類の野菜、お肉を入れた一人鍋を夕食にしました。使っていない部屋の扉をすべて閉めて漸く18℃まで。わずか2℃上昇しただけでずいぶんとあたたかくなりました。
ストーブを稼働させる直前に、そうだそうだ炬燵だコタツがあったんだ、と。扉を閉めた隣の部屋は物置代わりにしているのですが、そこに炬燵を収納していたことを思い出したのです。炬燵の存在をすっかり忘れていました。この気づきが昨日一番のヒット、でした。嬉しかった。早速引っ張り出して炬燵布団の中に足を入れると、冷えた身体に血液が勢いよく回りだし寒気がおさまりました。この炬燵、実は長男が大学時代に青森で使っていたもの。昨年から私がお下がりで使っています。
さて、話はまるっきり変わります。今日はタイトル「ちょっとしたこと」
『小さな親切大きなお世話』(良かれと思った親切がかえって迷惑になること)かな、と思いながらも続けていることがあります。紙に穴を開けることです。
学校にはたくさんの業務メールが届き、紙に印刷して回覧します。10センチ幅のストックファイルに収納すると1年間で10から12冊ほどの量になります。このデジタル時代に紙媒体・・・文書保存期間もありますが、もっと効率の良いやり方があるはずなので、そこは私の宿題とさせてください。
1日あたり20通を超えるメール。多いときでは30通を超えます。本校に限らず事務方、校長、教頭の順に文書を回覧し、最後は教頭先生が整理保管という形が主だと思います。私の教頭時代もそうでした。クリップで留められたたくさんの文書を一つひとつ穴を開けてストックファイルに綴じ込んでいく、という作業は単純ではありますが、この単純さに掛かる手間を省けないものか・・・私が教頭時代の6年間ずっと考えていたことでした。つまりは、穴が空いているだけで助かる、ということです(あくまでも私自身のことです)。
校長として1年半が経過して、教頭のときに「こうあったら別なことに時間が割けるたな」と思ったことは、『小さな親切大きなお世話紙』かもしれないけれど、勝手に「ちょっとしたこと」をしています。良かれと思った親切がかえって迷惑になることもありますので、注意が必要ですが。
朝の気温がとうとうひと桁台になってしまいました。放射冷却の影響なんでしょうね。日中はそこそこ暖かいけれど、外套を羽織らなければ身体が冷え切ってしまう状況でした。季節がまた一歩進み秋から晩秋に向かっているようです。借家では我慢をしてまだ暖房を入れていませんが、それもいつまで耐えられるかといった状況になってきました。
夏季休業明けは秋を感じさせるような気温もあり、ジャージーとTシャツでの登校では肌寒いだろうなと感じさせる日もありました。本校では、10月1日から制服着用の登校に切り替わったところですが、今年は気温にマッチした衣替えとなり良かったです。もう10月です。今月末あたりもしかすると雪を目にするかもしれません。いつ降ってもおかしくはない季節だけれど、考えただけで気が重くなります。
私は極端な寒がりなので、今朝はあまりの寒さに慌ててカーディガンを引っ張りだした次第です。Yシャツの上に一枚羽織るだけで暖かいです。ただ、肌がさらされる手だけはどうしようもありません。温まることがなく常に冷たくてざわざわざわざわしています。私は手から身体全体が冷えるので、このくらいの時期から来年の四月くらいまで辛い毎日が続きます。
学校はまだ暖房がONではありませんから、制服の中に一枚多く、登校時は制服の上に一枚羽織って暖かい格好を心掛けましょう。インフルエンザも流行っています。特に2年次生は見学旅行がありますから、体調管理の徹底をお願いします。
敷地内のナナカマドの実が真っ赤っかです。空はどんより。天気予報が当たるとまもなく天候は荒れ、激しい雨が降るようです。
ちょっとした時間に本を広げ、短いことばに目を走らせては、自分の考えや生き方と照らし合わせ確認しています。その本に書かれたことばのとおりに生きていこう、というものではありませんが、そう考えたりそのように生きていければ素敵だな、と思います。
松浦弥太郎著『大切に抱きしめたい お守りのことば』先日も当ブログで大切なことばを紹介したところです。書店でたまたま立ち読みして、素敵なことばが綴られていたので、2冊購入したのが先月のこと。これを手元に置けて良かったと思っています。30分ほどで読み切れますし、好きなことばの部分を繰り返し読めるのもいい。
お昼休みに本を広げたらこんなことばが。タイトルは、『飛び込もう。』
チャンスをものにするかどうかは、思い切って飛び込み、挑戦したかどうかで決まる。思い切って飛び込んで、挑戦したことによって、予測してなかったギフトのような何かを学び成長できる。飛び込んだ人の勝ちということ。(要約)
これって、昨日の始業式の中で私が話したことと同じ。私のことばは軽くても、著者のことばには妙に説得力があります。そのとおりだな、と。
失敗するかもしれないし、苦労するかもしれないけれど、挑戦したからこそ得られる何かがある、私もそう思います(私は私なりの挑戦をしてきました。そしてギフトがありました)。私が挑戦するときは、人様の評価を気にするのではなく、自らを信じ自らを評価するだけことを意識してきました。人目を気にすると挑戦できない、ということです。
良きことばと出逢いましたら、また紹介させていただきます。
それでは、来週お会いしましょう。
※本校のホームページですが64万件を超えるアクセスをいただきました。いつも御覧になっていただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
10月1日(木)後期スタートの今日は朝から雨降りです。生徒は衣替えをしました。長い期間認めていたジャージ登校から制服登校に切り替わりました。生徒の制服姿を見るのはずいぶん久しぶりのことになります。
始業式で私が話した内容の全文です。
2学期制をとっている本校は、昨日9月30日までが前期、今日10月1日から後期となります。その節目となる全校集会となります。
前期の皆さんの活躍を紹介しますが、本校のホームページにアクセスするとスマートフォンの画面に見えてくるものがあります。芸術部の書道で全道大会への出展が2名、新人陸上競技大会男子800mに1名が出場、軽音楽新人大会に出場となりました。
また、そこには記載されていなくとも、本校で開催されたボランティア研究大会、英語弁論大会に参加してくれた生徒もいました。
学校祭の盛り上がりや、校内運動会での活躍、地域の行事に多くの生徒が参加するなど、ここにいる皆さん、一人ひとりが活躍した時間であったように思います。
残念だったけれど、嬉しいお話もありました。きっと誰かが、トイレの窓から落としたゴミ。どうしてそのようなことをするのか理解できませんが、そのゴミを拾ってゴミ箱に捨ててくれた1年次生がいた、と先生方の打合せの時間に報告がありました。
昨年もこの場を借りて、生徒の皆さんに話をしたことがありますが、ものを買って、食べて飲んで、終わりではありません。最後に残るゴミの始末を確実に行って終わりです。ものを買った瞬間に、ゴミをしっかり片付ける責任が発生します。今一度、考えてください。思いついたまま、そこら中にゴミを捨ててしまう、そんな情けない人間にならないでください。
さて、先日の生徒会役員選挙において5名が新任されました。3つの役職に欠員が出ていたところですが、1年次生が立候補してくれて本日を迎えることができました。このことについて、皆さん、どのように考えたでしょうか。
私自身の話をします。23歳でこの仕事に就きました。定年まで生徒と向き合う教諭として生きていこうと覚悟を決めて働いてきました。でも、このように立場が変わってしまいました。ちょうど40歳の時に、当時の校長先生から「教頭として教育に関わらないか」とお話を受け、私は即答で断りました。どうしてか、それは、最後まで生徒と一緒にという、教職をスタートさせたときの覚悟があったからです。
翌年も、その翌年も、6月になると「教頭を頼む」とお願いされ、即答で断る、そうしたことが続きましたが、43歳のときに一度受験しました。そこまでお願いされたら「受験するしかないな」と思ったのです。ただ、そのときは、教諭としての覚悟はあったけれど、教頭になる覚悟はできていませんでした。
だから、当然結果は不合格です。次の年の44歳から48歳までの5年間は、家庭の事情で受験せず、もうこの先受験しないぞ、と腹を決めていましたが、校長先生に「日下、お前な、ずっと受験を勧められて、この5年は事情があって受験しなかっただろう。家庭の目処が一応立ったのだから、私のお願いを単純に断るのではなく、勧められる意味をしっかり考えて、答えを出してくれ」と言われました。考えて、悩んで、私は受験しました。そして、今があります。
ほとんど、多くの人は、自分の置かれる立場が大変になることを望みません。それは、当たり前のことだと思います。ただ、私が、教諭から教頭、教頭から校長と階段を上がる中で、自分に言い聞かせてきたことは、「何事も大変と思わないこと」、「どうせやるなら楽しくやること」です。それだけで、どんな複雑なことが降りかかってきても、大変だとは思わないで仕事ができています。楽しく仕事ができています。要は、考え方ひとつで、仕事に対するスタンスや生き方が変わるということです。
くだらない私の話をしました。
誰かが代表にならなければ組織や集団は回っていきません。皆さんとお喋りをすると、「行事を楽しくしたい」「新しい行事があったらいい」と全員が言います。生徒の代表となって、楽しい行事を作ればいいじゃないですか。新しい行事を生み出してみんなで楽しめばいいじゃないですか。そのために力を注いでみましょうよ。
代表としての時間は永遠に続くわけではなく、1年、2年という本当に短い時間です。重く受け止める必要はありません。部活動に入部しないかわりに生徒会活動にエネルギーをかけてみる。アルバイトがあっても、調整しながら取り組んでみるのもいいでしょう。
少しだけ発想を変えてみましょう。大変と決めつけている自分がいませんか。それは、大変と思わなければいいし、楽しもうと思えばいい。その立場になったから見ることができた景色を大いに楽しんで欲しい。その景色は誰もが見られるものではない、特別な景色なわけですから。
広がった景色に自分の色をどんどん落とし込んでいくことは楽しいですよ。先生や先輩に「立候補して」とお願いされたのであれば、それはそれだけの意味があると考えて欲しい。一人に責任が押しつけられるわけではなく、ここにいる自分を含めた生徒の一代表として、みんなに応援されながら生徒会の仕事をしていくだけです。生徒会は、生徒のための会です。みんなで8名を応援しましょう。盛り上げていきましょう。
始まりがあれば、必ず終わりがあります。終わったときに、「挑戦して本当に良かったな」と必ず実感できる日がきます。一度しかない高校時代に、「やりません」ではなく、「やります」と言える自分であって欲しい。何事にも挑戦する挑戦者であって欲しい。
長い話になりました。
以上でおわります。ありがとうございました。
生徒会役員選挙を行い、会長、副会長、書記、会計の5名が信任されました。しかし、残る3つの委員長への立候補がなくてどうしたものか、と困っていました。選挙が行われてから2週間、きっと信任された5名は気が気ではなかったと思います。
その間、生徒会を担当する先生、担任、年次の先生方、そして生徒会の役員が様々な声掛けをしてくれて、今日を迎えることができました。1年次生の3名が立候補してくれたのです。時間がとれなくて、朝一番放送による演説会になってしまいましたが、意気込みを感じる立派な演説でした。
一步を踏み出す - その勇気が立派です。そんな簡単なことではありません。よく決断しました。ありがとう。
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