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校長の小部屋

お弁当バッグ

 先日、転出する教職員からいただいたお弁当バッグを本日から使わせてもらっています。ありがとうございました。コーヒーが大好きで毎日大きいボトルを持ち歩いていますから、お弁当箱とボトルを入れてもたっぷり余裕があり、特に夏場は熱中症対策でもう一本ボトルを入れますので、バッグのサイズ感が個人的にとても嬉しいです。

 毎日お弁当を作っています(いや、詰め込んでいます)。代わり映えしない毎日同じような食材です。これをほぼ繰り返しています。それでも自分で研いだお米を炊いて湯がいた野菜類を食べると、毎日同じでも美味しいです。野菜はブロッコリ、アスパラ、スナップエンドウ、インゲン、ホウレンソウ、小松菜、オクラが主です。

 そうでした。今はいいのですが学校がスタートしますとお弁当づくりが始まります。朝からまた大変になりますが、お子様の健康維持のため、保護者等の皆様よろしくお願いいたします。そして、生徒の皆さんは、お弁当を持たせてくれる保護者等への感謝を忘れずに。

 学年末休業日学年始休業日はそれぞれ7日ずつ、計14日間与えられています。この間、本校の若手教職員と校長室で昼食をともにしました。生徒が登校してくると慌ただしくなりますから、そう頻繁に一緒に食べることはできなくなります。教職員の動きや表情等を観察しながら、今日なら一緒に食べられるかな、というタイミングで声掛けさせてもらっています。

 昨年度も教職員、生徒と一緒にお弁当を食べる機会を設けました。会食しながらですとざっくばらんな話ができておもしろいですし、人柄や人間性など新たな発見ができるのがとてもいいです。形式的に面と向き合って話をしなければならないこともありますから、そこには管理職と教職員の距離幅を変えてはいけません。上手に使い分けです。お弁当を食べながらという接し方はお勧めです。意外と本音が聞けたりしますし、私がどのような人間なのかを知ってもらうにも好都合です。

 トップページにもありますがアクセス数40万件(1年前は9万件弱でした)を超えました。私が書いている校長の小部屋は脇に置いておき、トップページのトピックスを教職員がしっかりアップしてくれるようになったのが嬉しいです。1年前に教職員にお願いしたことができている - これほど嬉しいことはありません。一人でも二人でも実践してくれると、それがやがて五人、六人と自然に広がりやがて全体のものになっていきます。

 私は中味は薄くとも書くことに抵抗がないので、座席に座って真っ先に頭に浮かんだことを記しています。写真一枚を入れることがそうしたことをスムーズにさせてくれているのかもしれません。学校は話題豊富なところですから、いつもより少しだけ見るポイントを変えると発見の連続になります。そこを取り上げてホームページに掲載すればいいと私は思っています。こんなことは掲載できない、と難しく考えるからアップへの敷居が高くなり更新は途絶えます。

 自分の上げた記事を読んでくれている方がいます。当然そこにはそれ相応の責任を伴います。でも、こうしてカウンタが1日1000件、2000件と増えていくのは、書き手である本校の教職員の励みになりモチベーションの高揚につながっていることは間違いありません。

 今後とも末永くお付き合いくだされば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

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教え

 何度もこの風景を掲載して話をさせていただいております。私の自慢ですのでどうぞ御覧ください。今日は屋上から撮影しました。いつもより一段、二段高いポジションから撮っていますので、見えてくるものが違うと思います。1年前にもここに上がりました。私は各学校の屋上に着任したその日に上がっています。ただ風景を眺めたい、からではありません。

 教頭として初めて勤務した学校は市内で一番の高台にある歴史に名だたる伝統校でした。そこで2年間お仕えした校長先生からはたくさんのことを学ばせていただき、その教えの数々は今も管理職である私の教訓として生きています。今考えると芸術派で新感覚の校長先生、発想が豊かであり古きものにとらわれないおもしろいセンスをお持ちの方でした。そう考えていいんだ、そうしてもいいんだ、と毎日が発見の連続で楽しい時間でした。

 私は手術、退院直後の着任でしたから、極端に体力は落ち患部はじくじくと痛く、あろうことか借家のトイレからは水漏れ、瞬間湯沸かし器は破損、風呂のガス追い焚き機器が破損、水道管の劣化により水が使えないなど、もう毎日が泣きたくなるような生活を3週間、ほぼ4月はこれで終わりました。この時ほど、情けないと思ったことはありません(これも今だから笑えるエピソードです)。

 でも、仕事は別でした。昨日までは教諭、今日から教頭です。校長先生、教職員から「教頭先生」「教頭先生」と呼ばれ、体調がどうしたこうしたと言っていられない状況になりました。全力全開の対応に、こんなにも変わってしまうんだな、と感じる毎日でした。

 私の性格と言いますか、とにかく先回りして準備をし安心しておきたい、次から次に舞い込んでくる仕事にゆとりを持って向き合いたい、期限があったら4、5日前までに、こうくるだろうと思ったことは事前に調べておく、など一風変わった側面を持っています(損な性格です)。簡単に言うなら慌てたくないということです。ですから、教諭時代にたくさん経験した主任級の仕事で「どうなっているの」と言われたことがありません。いや、言われるのが嫌だったから言われないようにしていました。言われると言われた自分に腹が立ってしまうのです。これは生まれ育った環境の中で身体に染みついてしまったのだろう、と思っています。

 4月のある日、校長先生に「教頭先生、そう言えば校舎の屋上に上がってみたの」と言われました。まったく意味がわかりませんでした。躊躇している私に校長先生はこう仰いました。「南側1キロメートルに海があるでしょ。もしも津波警報が発令されたら教頭先生どうします。高台にあるから安心ですか。垂直に逃げるとき一番高いところは学校のどこになるの」

 私は、はっ、としましたし脂汗をかきました。その視点がまるっきり抜けていました。恥ずかしながら考えもしなかったわけです。そして、やはり自分のふがいなさに腹が立ちました。校長先生がその日私にくれた大切な言葉です。「言われる前にどうすべきかを考えて行動すること。とにかく気がつくようにアンテナを高く張ること。おかしいと思ったこと、現状にそぐわないものは、気がついた者の責任で変えること。あとは教頭先生が考えて仕事をすること」校長先生から言われたのはこの一回だけでした(何も言われないように小さな頭で考え考え行動しました)。

 7年前のことを想い出しました。思いが想いに変わるほど時は流れてしまいました。あの日から私はどれほど成長したのだろう・・・

 先日も書きましたが、人は必ず自分に何か大切なものを残します。いや、残してくれます。それがいったい何なのかに目を向けると新たな自分づくりができると私は考えます。

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春の風景

 美唄市総合体育館から美唄中学校の裏通り(農道)をどこまでもランニングするのが好きです(雪が降ってからはドライバーに迷惑をかけるのでここを走ることは遠慮していました)。昨日、夕焼けがきれいになるだろうな、と思い春の夕刻をのんびりランニングしました。

 どしんと構えた樺戸山系に守られた広大な畑とこの色、この匂い - こうした風景をずっとずっと遠い昔に見ていたような、ここを通るといつも懐かしい気持ちになります。

 空知の生まれ故郷に戻って生活を組み立て直すということは、もう私の人生には訪れないと思われます。ただ、自分の原点は空知にあるんだ、と実感させるのはこのような風景の中にある風の匂いや自然の彩りだったりします。人って、ふとしたときに自分の立ち位置がどこにあるのかを知りたくて原点を求めるのかもしれませんね。私はその頻度が高いかもしれません。

 町が衰退し少子高齢化が加速度的に進む美唄市。人が集まる観光スポットは多々あります。でも、どうでしょうか。わざわざ施設を整えなくてもこうした美しい風景を活用したら。サイクリングで回るツアーを企画したり、農業を営む方が作った野菜や果物を少しずつランニングバックに詰め込むマラニック(マラソンとピクニックを織り交ぜたエンジョイ型ランニング)イベント、5キロ・10キロ・15キロ・20キロのウォーキングコースを巡るスタンプラリーウォーキング、フォトコンテスト・・・いろいろなことができるのでは。

 ランニングをしているときは、タイムと呼吸、疲労具合、身体の乾き具合くらいしか考えないのですが、昨日は珍しく楽しいイベント企画を考えていました。と、いうのは美唄に住んでいらっしゃる方が(本校の生徒や教職員を含め)この風景を知っているのか、知らないのであればそれはずいぶんともったいないことだな、と思ったからでした。

 美唄には美しい風景があります。どこを切りとっても絵になる素敵な町です。写真の腕前が上がればもっといい形で紹介できるのですが(今年は本格的にカメラを復活する予定です)。

 さて、入学予定の皆さん、準備は進んでいますか。まもなく入学式がありますから生活リズムをしっかり整えましょうね。

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2年目に突入です

 昨日、異動する教職員と最後のお別れ。こんなことありましたね、あんなことありましたね、と想い出をいくつか語ってお別れしました。

 そして今朝。昨日までそこに座っていた方に替わって新たな方が座っています。3月31日と4月1日のたった1日を境に変わる環境。人って、組織ってこれを過去に遡って延々と続けてきたんだろうな、ということを考えています。そんなことを思う朝を迎えました。別れは確かに辛いけれどそのことばかりにとらわれてはいられません。今日から心機一転、気持ちを入れ替えて新年度4月1日をスタートさせます。

 この『校長の小部屋』につきましては2年目に突入です。1年前に着任した際、本校の情報発信の課題解決に向けて、私は教職員に対してホームページの充実とインスタグラムの積極的な発信を掲げました。いざ実践に向けてどのような形で進めていくかということを教頭先生と確認していたときに、ブログ発信してみたらおもしろいんじゃないでしょうかね、とアドバイスされました。そうか書くことは苦じゃないからそれならできるな、と。 

 私は自身の性格上、「取り組んでください」という旗振り役に徹することができません。旗を振った以上、自分ならこうやるというものを示さなければ自分を許せないおかしなこだわりがあります。このことは教諭であっても教頭であっても校長でも、私は変わることができません。

 仕事に限らず趣味も言ってみてやってみてでなければ満足できない人間です。ですから言った以上は自分でやってみる若しくは一緒にやる、失敗したら新たなことを考える若しくはきっぱり取り止める - これが私のスタンスです。
 
 『校長の小部屋』の成果はわかりませんが、毎日毎日更新できたのは、読者がいらっしゃるところにあります。アクセスカウンタが順調に増加しているということは、少なくとも失敗ではなかったのかなと受け止めさせていただいております。ホームページはごく限られたコミュニティ向けになりますので、インスタグラムとnoteを含め、末永くお付き合いいただけますと幸いです。

 スタートにふさわしい朝を迎えました。雲ひとつない青空が広がっています。雪はすべて解けました。あたたかでやさしい春風が流れている美唄です。

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箱の名前ではなく

 「お世話になった方が定年退職で送別会があるから札幌に帰る」28日土曜日の夕刻に成田から飛行機に乗り、宴が終わった深夜に帰ってきて我が家で睡眠をとり、翌日の日曜日午前中の便で東京に帰っていきました。朝9時に家を出るという長男を車に乗せ、妻と一緒に新千歳空港まで送りました。転勤がなく札幌で働くことができるという条件で入社した会社ではありましたが、東京における事業の拡充が決まり、「行ってこい」と声が掛かっての異動でした。地下鉄沿線上の便利な新築マンションを引き払って早いもので半年が過ぎようとしています。

 私と妻にとって長男がいくつになろうとも子どもであることには変わりはないのですが、私たちの手を離れなんだかずいぶんと遠いところに行ってしまったな、とまるで他人事のような感覚にとらわれている自分がいます。妻はどう感じているのかは聞いていないのでわかりませんが、私には子どもというよりも私と対等な一人の大人という見方が強まっています。

 大学を卒業したらあとは自分の力だけで生きていきなさい、その代わり父さんも母さんも子どもには一切頼らないから。これが我が家の決め事です。そのとおり東京のど真ん中で逞しく一人で生きている長男の成長をひしひしと感じます。私が同じ25歳26歳の頃よりも物怖じせずに堂々と歩いているその姿に、いかに自分がなっていなかったかを思い知らされることもあります。

 高校受験のことは前に書いたとおりで、長男の場合は恥ずかしいだの行きたくないだのと泣いたところからスタートしたわけですが、そんなことがあったのをみじんも感じさせません。結局、人生の単なる通過点でしかないんだよな、ということを長男が一瞬帰省したときに思ったところです。どこの高校、どこの大学であっても、それが第一志望でなかったとしても、自分が身を置いた場所で精一杯努力し生きていくことが人生の次のステップにつながっていくわけです。

 階段に今置いた右足の先に階段はさらに続いています。時間が進むのと同じように人生も進んでいる。だから左足を持ち上げ次の段に足を置かねばならない。そうした瞬間にそれまであった左足の階段はもう過去のものになっている。つまり、通過点でしかない。階段の名前が大切なのではなく、階段を駆け上がる自分が大切 - そのようなことを日曜日から考えています。

 生徒が作ったフラワーボックスをいただきました。箱の名前が大切なのではなく、箱の中に詰められた想いが大切です。

 宝物がひとつ増えました。ありがとうございました。

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