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校長の小部屋

見学旅行に出発します。

 明日から2年次生は3泊4日の見学旅行です。私も引率しますので、今晩はスーツケースに衣類等を詰め込む準備をします。今週から北海道は一気に秋が深まるようで、今朝はそのとおりに空気が冷え込んでいました。薄手のコートが欲しいな、と思わせるような感じでした。旅行先となる関西は日中は25℃を超えるようで、夏物のスーツがちょうど良さそうです。

 飛行機の搭乗は年末年始以来ですので10ヵ月ぶりです。北見に単身赴任していたとき、女満別-丘珠間の飛行機を何度も利用しました。自動車ですと高速道路を利用しても5時間ほど要しますし、特に冬場は交通事故のリスクを避けるため、片道35分の飛行機に搭乗していました。早割ですと片道8000円なので懐にもやさしかったです。
 
 丘珠空港から自宅までは自動車で10分もかかりませんので、妻に迎えに来てもらうとドアtoドアで1時間の移動でした。積極的に飛行機に乗りたいか、というとそうではありませんが、この時ほど飛行機のありがたみを感じたことはありませんでした。早い。離陸してシートベルトの着用サインが消えて機内サービスのアップルジュース(いつもこれをいただきました)を飲み終えると着陸態勢に入ります。19時15分に離陸、20時15分には自宅の玄関です。

 丘珠から女満別に向かう飛行機は風向きによって離陸する向きが変わり、西寄りの風だと飛行機はぐるっと旋回して我が家の上空を飛行します。今度はいつ帰れるだろうか・・・私は小さな窓からこの辺だろうと思われる自宅周辺を眺めては寂しい気持ちになっていたのを覚えています。

 北見での毎晩のランニングにおいて、19時20分頃に女満別を飛び立った飛行機がパッ、パッ、とライトを点滅させて私の頭上を大雪山旭岳方向に飛行していきました。あと30分後に丘珠、そしてこの飛行機に乗っていれば50分後に自宅なんだよな、と思って眺めていました。遠い300キロ先の自宅。今度この飛行機に乗る日のために明日も精一杯仕事をしなければならないな、と自らを励ましていました。

 飛行機の話から私の単身赴任にまつわる話になってしまいました。丘珠空港を飛び立つ飛行機の写真です。

 生徒たちが満足できる見学旅行になることを心から願っています。

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一生懸命に跳ぶこと走ること飛ばすこと、そして、

 一生懸命になっている友を応援し、走った結果を讃え、リレーのゴールにみんなで跳びはねながら喜びを分かち合う。肩を組み、円陣を組み、心をひとつに声を上げる。思い切り助走をつけて跳び、ピストルの号砲でゴールをめがけて全速力、重い球を力の限り向こう側へ飛ばし、大勢でひとつのことに歓喜する時間。そのような機会は人生にそう多くは訪れません。

 人は簡単に一生懸命になりなさい、とは言うけれど、自らの肉体のエネルギーをゼロまで出し切る一生懸命って、人生に何回もあるわけではない、と私は思います。私は市民ランナーですから、年に数度は立ち上がれないくらいの一生懸命はありますが、それはたまたまのことであって、そうでなければ、おそらく高校時代を最後としていただろう、と思ったりしています。

 だからこそ、今、高校生のこの時にその貴重な時間を全身で味わって欲しい。勝っても負けても、1位でも転んでも、運動が得意でも苦手でも、人生の良き一コマを心に焼き付ける時間にして欲しい。一回一回の限られた機会を大切にして欲しい。私はそう願っています。

 恥ずかしい話ではありますが、中学校の陸上競技会のような行事で、全員が100m走を走らされる競技があり、素直でなかった私は意味もなく手を振りながらスタートからゴールまで歩きました。あとのことは全く覚えていません。その記憶しか残っていません。こんな私をみんなはどう見ていたんだろうか。冒頭で書かせていただいたような一生懸命に跳ぶこと走ること飛ばすこと、そして、などとという記憶がありません。寂しい限りです。

 全校生徒が揃う機会は滅多にないので、運動会の開会式前に撮影しました。そのときに、失敗したな、もったいないことをしたな、うらやましいな、と思った次第です。まさに、後悔先に立たず、です。

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疑問の探究

 「それってどうしてなんだろ」1年次生の『現代の国語』で取り組んでいる疑問の探究について、9月2日、3日の中間発表会の様子を校長の小部屋でお伝えしました。その続きとなる発表会が先日行われました。約一月の間に内容やスライドに磨きがかかり、バージョンアップしたプレゼンとなりました。

 真っ先に感じたことはプレゼン力が上がったな、ということです。みんなの前に一人で立つことに抵抗感を持たず、堂々と発表する姿は立派でしたし、質問や提案に対して臆することなく、自らの考えを主張している姿に一人ひとりの成長を感じました。環境が人を変えると言いますが、まさにそのとおりだなと思います。

 このような取組が総合的な探究の時間における発表や就職活動における面接、大学入学選抜試験におけるプレゼン等に結び付いていきます。相手に理解してもらうためには、自らが理解していなければならない。そのためには、物事を掘り下げて学習する必要がある。

 本授業のシラバスを改めて読み返しています。生徒に対し「良いプレゼントは何か、そのためにどのような要素が必要かを考える」とありました。翻って教育職にある私たち向けに言葉を置き換えると「良い授業とは何か、そのためにどのような要素が必要かを考える」となります。教職員一人ひとりに与えられた永遠の課題であり、課題解決に向けた永遠の取組が求められます。

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クッキーとポケットティッシュケース

 9月27日(土)午後から一日体験入学を実施しました。多くの中学生と保護者等の皆様の参加を得て、無事に終了することができました。今回、所用等で参加が叶わなかった方がいらっしゃいましたら、放課後等に校舎の案内や説明をさせていただきますので、本校までお問い合わせください。

 この日の午前中、デザイン系列の2、3年次生3名と担当の先生が校長室を訪れました。デザイン系列の体験を選んだ中学生にお渡しするクッキーとポケットティッシュケースの詰め合わせを私にも、ということでした。心のこもったお手紙が入っていて、この日のために時間をかけて製作し、準備してきた生徒たちの気持ちが伝わってきました。参加してくれた中学生にあなたたちの気持ちは伝わったと思いますよ。

(写真の一部を加工しています)

 ホームページに掲載するけど写真大丈夫、と聞くと「はい、大丈夫です」と生徒たちが了承してくれました。訪れた生徒と一緒に写真を撮ってもらうことが多いのですが、純粋で素直な高校生の姿を見られるのが嬉しいです。みんないい表情で学校生活を送っています。異年次(学年が異なる)であっても仲良く交流しながら学校生活を過ごせるところもいいな、と思います。

 さて、相当昔のことになりますが、私の子どもも高校受験を前にあちらこちらの学校説明会に参加していました(残念ながら当時私が勤務していた学校の体験入学には参加してくれませんでしたが)。あの学校は学校祭が楽しそうだ、国公立大学進学実績に魅力がある、毎日宿題がたくさん出るらしい、家から遠い、制服がない、入試の当日点数を〇〇点くらいとらないとヤバい・・・などと、帰ってくるなり妻にあれこれ話していた姿が目に浮かびます。私はアドバイスらしいことは一切言わず(無関心だったわけではありません)、ただ黙って見守っていました。教育機関に勤めている私が口を挟むと、子どもの選択に何かしらの影響を与えてしまうかもしれない、と思ったからです。いくつか的を絞った高校の中から、自分がここで3年間を過ごしたい、そう思った学校で高校生になってくれれば、それでいいと考えていました。

 二人の子どもが高校受験と大学受験で私と妻をハラハラさせてくれたあの時間を、親として積極的に体験したいとは思いませんが、振り返れば、合格の喜びと思いが叶わなかった子どもの涙、大学受験に向けて勉強する日々・・・子どもたちからいい想い出をもらったかもしれないな、と考えたりもします。

 保護者等の皆様も高校受験を控え落ち着かない日々をお過ごしのことと思います。出願先が決まるまでの間、お子様の思いや悩みを真っ直ぐに受け止め、自らの経験を含めて語ってあげてください。

 御参加いただきました皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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美唄市立東中学校学校祭の合唱より

 9月26日(金)美唄市立東中学校学校祭の合唱を参観させていただきました。その前に開催された美唄中学校学校祭の合唱コンクールで、鳥肌が立つ感動を味わってからというもの、今日のこの日を私は密かな楽しみにしておりました。一人ひとりの声が重なり体育館に響く歌声は、忘れかけていた遠い昔の懐かしい記憶を呼び起こし、私の心をじーん、じーんと震わせ、何とも不思議な世界に誘っていくのです。

(8月26日 校長の小部屋 正解など で掲載)

 3年生の『正解』本校の教職員が書におさめた『いつも正解などまだ銀河にもない』の『正解」。それまで全く知らなかったのに、書を見た後にインターネットでこの曲を聴き、繰り返し歌詞を読みました。その曲がピアノ伴奏に導かれ、「この先に出会うどんな友とも・・・」と合唱が始まったとき、私は不覚にも目頭を熱くしたわけです。

 小学校から一緒に過ごすことが当たり前だった友とあと半年でお別れになる・・・迫ってくる現実(高校受験、卒業、新たにスタートする高校生活)に不安を抱えながらも、今を精一杯生きている生徒たちの歌声に、私は「大丈夫だよ、君たちなら大丈夫」と心の中で静かにエールを送っていました。心をひとつにして歌ったこの曲、この歌詞がいつまでも君たちを支えているのだから大丈夫。

 振り返ると、私の十代から二十代前半までの人生は、教科書に書かれていないこと、誰も教えてくれなかったことに翻弄されていた気がします。あの頃の自分は常に何かに怒りを感じ、ひたすらに寂しくてひたすらに虚しかった。ケンカした友への詫びの入れ方、父親への向き合い方、強がる自分の在り方、好きになった女性への感情の伝え方、告白されたときの断り方、親友の見つけ方、将来の叶え方、フラれたときの割り切り方・・・毎日そんなことばかりを考え、手元にある小説を片っ端から貪り読み、ラジカセのカセットテープから流れてくる歌詞をノートに書き留め、正解を見つける旅をしていました。そうして何かをあきらめ、何かを手にしてあの灰色の時間をくぐり抜けてきました。

 あくまでも個人的にですが、『正解』の歌詞は中学生や高校生の心を的確に捉えていると思います。「答えがすでにある問いなんかに用などはない」、「僕たちが知りたかったのはいつも正解などまだ銀河にもない」、「解答用紙はあなたのこれからの人生」 - このようなメッセージがあの時にあったなら今頃自分はどうなっていただろう・・・

 この歌が、見えない何かを追い求める若者たちを時にやさしく包み、時に力強く支えてくれる、私にはそう聞こえます。

 東中学校の生徒の皆様、素敵な合唱ありがとうございました。

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