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校長の小部屋

今年も残すところ

 昨日、午前中から午後まで美唄市内は強風が吹き荒れました。生徒が下校時刻を迎える頃には風は収まりましたが、校長室の窓ガラスはバタバタガタガタと割れんばかりの音を立てていました。

 あっという間に12月です。今年も残すところ、というところになりました。生徒玄関に立ち、生徒を迎えていると、「今年もあと30日になりましたね」と1年次の男子生徒がニッ、と笑いながら私に話しかけてきました。「あと、30回寝たらお年玉がもらえるね」と私が言うと、「お年玉楽しみですねぇ」と言いながら階段を上がっていきました。4月、5月はどことなく中学生の雰囲気が残る1年次生でしたが、今ではすっかり高校生の顔になりました。みんな成長しました。

 「おはようございます」と先に生徒から挨拶してくれるのが嬉しいです。これが当たり前のようで意外とそうでもないのです。学校の様子は、生徒の挨拶、生徒玄関の下駄箱の使い方、教室の整理整頓でほぼわかります。これができていないと次の段階(授業、行事)に進みません。長い時間をかけて積み上げてきた結果が現在であり、これを維持するとともに、現状に満足せずに更なる高みを目指して教育活動を行わなければなりません。

 話はつながりませんが、昨晩のこと。風が止み、雨が上がったのを機に外に出ました。誰もいない美唄駅のホームです。もしかすると今晩から冬景色のホームに変わるかもしれません。  

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集中して、無心に

 土曜日の夕刻、第69回全道学校書道展(札幌市民ギャラリー)に本校生徒の作品が展示されているので、妻と一緒に見てきました。小学生から高校生までの作品がずらり並び、見つけるのにかなり時間がかかりました。足を運んで自分の作品を見てくれていたら嬉しいな、と思いながら、でも、わざわざ札幌までは遠いだろうし・・・我が子の作品を是非保護者等の方に見て欲しいです。この写真から伝わればいいのですが。

 今回展示された人もそうでなかった人も、作品づくりをしているときの自分を思い返してみてください。その時間だけは余計なことは考えず、集中して、無心に筆を走らせている自分がいませんか。

 先を見通すことが困難な時代、複雑な人間関係の中で生きていますから、頭の中では常にあれやこれや考えてしまっています。見えない答えに不安を抱えたり、時間の流れについていけず疲れたりします。私も同じです。

 私は過去に体調を壊した経験から、あえて考えない自分づくりを大切にしてきました。今も実践中です。物事に向き合わず逃げるということではなく、考えても答えが出ないもの、考えても仕方ないこと、考えても堂々巡りすること、考えても負のスパイラルになることについては、一切考えないことにしています。心に決めてその日から考えない自分になれたか、というとそうではありません。相当な時間がかかりましたが、そうするために、好きなことに集中する(無心になる)時間を一日の中に持つことを意識し実践してきました。それが功を奏したのか、今では肩に力の入らない楽な生き方ができています。

 先ほどの話に戻りますが、書道はまさにそうした時間が作れる絶好の機会ではないでしょうか。一人ひとりの集中と無心が作品の全てになっている - そういうことを考えて作品を見ると、見方が変わると思います。

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テストの終わりに

 本日がテスト最終日。これが終わったら・・・と考えながら、この期間を過ごしてきたはず。部活動のスタート、来月の体育祭に向けた練習、アルバイト、まずは寝る、受験に向けた準備再開、友達の家へ、何かを一緒に食べに行く、などなど、それぞれの時間を過ごすのだろうな。テストが終わるのって、嬉しくて何故かわくわくしますよね。そんなことを思いながら、私は後ろからそーっと教室に入り、写真を撮らせていただきました。

 さて、これが最後になるだろう(本当にそうなりました)と決意して受け持ったクラスの最後の文化体育大会。体育系種目にソフトボールがあって、そこでの優勝を目指し(24クラスの乱戦ですから優勝はすごいことです)、私の知らないところで生徒たちが集まって秘密の練習をしていました。そのことを知ったのは大会の数日前でした。「先生、オレたちね、実は朝とか夕方集まって練習してたんですよ。電子機械科の奴らに勝って優勝しますからっ、優勝したらみんなで焼き肉やりましょ、先生お金出してくださいよ」(残念会の焼き肉はしませんでしたが、卒業式前日に生徒がお店貸切の手配をして、卒業祝いの焼き肉をみんなでやりました)

 学校の外でグローブやバットを持って集まり、わいわい楽しみながら練習していることが、とにかく嬉しかったです。どこに集まっていたのかはわかりませんし、どんな練習をしていたのかも定かではありませんが、こうしたことが高校時代の良き想い出として生徒たちの心に植え付けられるわけです。やがて、大人になりどこかに集まったときに、「あの時練習したけど、勝てなかったよなぁ」と懐かしむことができる - 今はわからないだろうけど、ずっと先にこのことがわかるはず。私はそう思って見守りました。

 教室で見せる顔とは違った姿がグラウンドにありました。失敗を責めない前向きな言葉やスイングに一喜一憂する表情、ファーストベースに全速力で走る姿、ホームベースを踏むごとの歓声、勝った感激に抱き合い飛び上がる姿・・・生徒一人ひとりの成長を感じた瞬間でもありましたし、そのすべてが愛おしい時間でした。そうした姿を見ることが私は大好きでした。

 3年間、いいことも悪いこともたくさんありました。人と人が接触する学校は毎日がドラマであり、何も起こらないことはまずありません。私は起こらないことを望むのではなく、ドラマの脇役(主役は生徒です)として起きたことに誠実に向き合うことを意識してきました。実にさまざまな出来事がありましたが、その一つひとつが生徒一人ひとりを成長させ、教師としての私も成長させてくれました。特に最後となった担任業務の3年間は、40人が私にたくさんの宝物を授けてくれました。この仕事は、生徒に感謝なんだ、と思います。

 テストの終わりに昔を懐かしませていただきました。

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誕生日

 先日、誕生日を迎えました。東京に住む長男からはLINEギフト(時代を感じます)、次男(社会人1年目)は夕食代を持ってくれ、妻からは手袋ともうひとつ大きなプレゼントをもらいました。母からは毎年、お菓子とお祝い金が送られてきます。弟たちからはお祝いのメールが。幸せな55歳の誕生日になりました。

 ひとつずつ歳を重ねていきますが、気持ちだけは20代、30代。ただ、肉体的にはそれなりの状態であることは否定できません。先日、ランニングウォッチが、何かの拍子にデータ解析したようで、いきなり40代前半である旨の画面を表示し、よしよし、と嬉しくなりました。どこかで測定してもらった血管年齢が60代と言われた妻が、あまりに失礼すぎる、とぷんぷん怒っていたのを思い出し、あまり得意にならないように小さな声で妻に伝えた次第です。

 さて、私の弟たちもみんな50代になりました。不思議な感じがしますが、電気技師、ピアニストとしてそれぞれ活躍しています。父が早くに亡くなったこともあり、私は父親代わりであるとの意識をうっすらと持ちながら生きてきました。特に何かをしてきたわけではありませんが、幼き頃から父に「お前は長男なんだから」「長男らしく」と言われ続けてきたことも、そうさせた理由かもしれません。当時、私は大学生で、二人は高校生でしたから、いろいろと不便はあったのだろうと思いますが、さまざまな困難を乗り越え、今では私より立派に生きています。

 何かあれば大学時代に戻りたい、と思っていましたが、もうそう思うことはなくなりました。私は静かに今の自分を受け入れ、50代である自分を楽しみながら生きています。その年齢を楽しむ余裕ができたのかもしれません。50代、それはそれでなかなかいいものです。

 母からもらった小さな包み - 母からすれば私はいつまでも子どもなんだなぁ・・・そう思いながらこれを書いています。私にとっての誕生日は特別です。普段はゆっくり考えない母のこと、妻のこと、子どものこと、弟のこと、そして自分のことに思いを馳せる貴重な一日となります。

 皆様の誕生日はどのような感じでしょうか。

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そば

 授業の中でそばを打ち、できあがったそばを私のところに。味と風味を感じて欲しい、ということで音威子府産新そばと昨年の幌加内産そばを分けて持ってきてくれました。授業の中でそばを打つのは今年度初めての取組とのことです。この先も続けて欲しいです。今年のものと昨年のものでは、香りも味もこんなに違うんだなぁ、と思いながらいただきました。ありがとうございます。

 私はそばは打てません。室蘭の高校に勤務していた時に、学科の研修旅行で一度だけ打ったことがありますが、それ一回きりです。持ってきてくれた生徒は家でもそばを打って家族で食べているとのこと。そんな生徒を私は心から尊敬します。

 美唄尚栄高校はどんな学校何だろう - 私は衣食住をひとつに学べる学校と考えています。物事の基本や成り立ちを知る(文理教養)ことを土台にして、衣(デザイン)食(フード、デザイン)住(情報通信マネジメント、メカトロ・エンジニア)、つまり、人が生きていくために必要なことを学ぶ学校。そのすべてが揃った学校はそう多くはないはず。

 人が生きていくための根幹になる『食べる』ことについて思いを巡らせるとき、食べることは基本中の基本ではあるけれど、食べる前のことができるかできないか、如何でしょう。自分で食材を選んで購入し自分の手でつくる。できる人できない人、している人していない人・・・そう簡単なことではないのではないでしょうか。

 難解な問題を解ける力も必要かもしれませんが、私は人が生きていくために必要な知識と技術、技能を高校生の段階で身に付けることは大切だと思っています。私自身、高校生の時にこのようなスキルを身に付けていたらもっと違う人生があったかもしれない。退職後に専門学校に通うことをイメージしている私にとっては、60歳から身に付けることではなかったかもしれないな・・・と思うところです。早ければ早いほど良かったと。

 「あなたたちは、長い人生の中で何かやろうと思ったとき、そばを打つお店を持ったり、パンのお店、ケーキのお店を持ったりできるよね、今習得している知識でそうした生き方を選択することができるよね。それって誰もができることではないからすごいことだよね。あなたたちがうらやましいよ」二人に話をしている自分がいました。

 決して無責任な発言ではありません。もう、セオリー通りの生き方が求められる時代ではありません。いろいろなことに信念を持ちって挑戦し、実現していける時代です。今のスタンダードが、半年後、1年後、2年後には時代遅れになっている可能性もあります。レールに乗っていることだけが必ずしも安定を生むとは限らない時代になっています。

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