北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
今年度最初の生け花が届けられました。いつもありがとう。予算があると活動回数も増えるのだけれど、そうならずに申し訳ないなと思っています。華道部員の指導は市内在住の方にお願いしていて、やさしく丁寧な指導により生徒のセンスや技術が毎回向上しています。
「18歳になった最初の華道部だったのでいろいろ思いながら生けました」私はいつもどのような想いで作品づくりをしたのかを聞いています。「そうなんだ、18歳になったのはいつなの」こんな会話のやりとりをさせてもらって、顧問の先生に写真を撮ってもらいました。18歳を幸せに迎えられたようで何よりです。
後ろからニューフェースも。どうやら新入部員が入ったようです。水差しを持って先輩の後ろについて歩く姿が何とも言えず初々しい。高校時代に花に触れる時間を持てるのって素敵です。これからも楽しんで続けてください。
18歳の私、いったい何をしていたのだろう。少なくとも花は見ていなかったなぁ。大学に行くことにしたので勉強はしていた。勉強漬けの夏休みに「お前さ、夏なんだから外で遊んで日焼けするのが高校生だろ。部屋に閉じ籠もって勉強ばかりしてモヤシのように白くていいのか」と親父に言われて、中卒のあんたに言われたくないと口を返したなぁ。勉強を放棄した中学時代に隠した通知表がなぜか親父の手元に渡って、「棒とアヒルしか並んでいないな、中学出たら働け」と言い放ったくせに、いざ勉強したらしたで文句を言う。このあたりの出来事はおもしろいくらい記憶に残っている。おそらく親父と言葉を交わした最後くらいのことだからかもしれない。友達ともたくさん遊んだけれど何かひとつ満たされていない自分を感じていたなぁ・・・でも、私は18歳を全力で生きていました。考えて考えて考えて生きていました。
18歳って人生の節目になるのでは、と考えています。次の段階にどのように歩を進めるか。自分の人生の行く末を考えなければなりません。ただ、自分の可能性は現実に勝り目の前に開拓できる広大な敷地が広がっています。道ではなく敷地です。私の18歳は道がたくさん用意されていました。どの道を歩むかを考えるだけで良かった。しかし、今は敷地を切り拓き歩む道を自らが作れる時代。仮に道が用意されていたとしても道の脇の敷地を自らの思いで切り拓いていく時代です。決められもしないし決められてもいない。だから目の前の小さなことにとらわれるのではなく自分の周りをぐるっと眺め、18歳の自分の立ち位置を確かめて欲しい。
また余計な想いを書いてしまいました。真っ赤な薔薇、情熱の薔薇が18歳のエネルギーにふさわしい。
今しかない高校時代を大切にお過ごしください。
入学してから2週間が過ぎましたね。高校生活のペースに慣れましたか。登校してひととおりの授業を受け、給食からお弁当になり部活動を終えて自宅に戻る - 一日の流れを掴むことができたでしょうか。朝のHR教室を後ろから覗かせてもらいましたが、その後ろ姿からはまだまだ緊張がほどけていないような雰囲気を感じました。もう少し時間がかかりそうですね。
私は高校に入学してからしばらくの間は座席周辺にいる人としか話ができませんでした。広範にわたる中学校から寄せ集められた40名が狭い教室にぎちぎち詰め込まれ、私は何をどう振る舞って良いのか戸惑う日々でした。だから毎日が緊張でした。自分の高校生活はいったいどうなってしまうのだろう・・・不安も大きかったです。
教室にいなければクラスメイトと連絡がとれない時代でした。家には固定電話はありましたが、わざわざ電話をかけることはありませんでした。教室で昨日の不手際を謝り明日の約束をする。つまり、面と向かって言葉を交わして物事が成立するわけです。スマートフォンはなく、SNSも通話アプリもないのですから、そうするしかなかったわけです。困ることは何ひとつなかったけれど、もしも便利なものがあったら私の高校時代は変わっていたのだろうか・・・
わずか37年でアニメキャラクタの異次元ポケットにあったであろう機器が普及し、アプリを介して友達になっていくような時代に様変わりして、どのような姿が良いのかもわからなくなってしまいました。ただ、アプリで繋がるにしても真っ先にすることは互いに言葉を交わすところから。言葉を交わすきっかけ、道具になるのであればそれはそれでいい、と考えるべきでしょうか。
中学校から高校、高校から大学、大学から社会人の間に10回環境が変わりました。変化するたびに人も仕事も生活スタイルも変わってしまい、緊張やら気を遣いすぎたりと心がどしーんと疲れます。ただ、日本はいいですよね。ちょうど1ヶ月が過ぎたところで休息できる連休がありますから。タイミングとしてベストな時期です。そこで一度呼吸を整え次のステップを踏んでいきましょう!
19時15分。腕にLEDライト、胸ポケットにラジオを入れて外に出ました。ぽつん、と小さな雨粒が顔に当たるのを感じながらも、外に出た以上は雨が多少強くなろうが決めた距離は走ります。私には雨も雪も関係はありません(ムキになっているわけではありません)。習慣、とは恐ろしいものですね。
私はラジオ世代で、今でもラジオ番組を楽しんでいます。居間に一台のテレビを家族揃って見るという環境ではなかったことから、私は小さな頃からラジオを聴いていました。野球、音楽、バラエティと、スピーカからの音声から想像を膨らませ、頭の中に映像化することを好んでいました。好きが乗じて短波ラジオを買って海外の番組を聴き、英和辞書片手にラジオ局に手紙を書くようなこともしていました。そうすると返信カードが届くんですよ、あなたはリスナーだと。海外の消印が押されたカードがとにかく嬉しかった。
さて、夜のランニングはラジオをかけながら走っています。周囲にラジオの音が聞こえると、ここに私がいますというアピールになります。美唄市内はそうでもありませんが、自宅に帰ると歩道を歩く人が多いので、真っ先に音で人が近づいていることを知らせてあげるのが親切だろう、と私なりに考えてのことです。暗がりでいきなり背後から人が接近してきたら驚かせるのでそうさせないように。
結局誰ともすれ違いませんでしたがいいことがありました。美唄で今年初の桜を見ることができたのです。雨の気配はあったけれど家を出て良かった。やめていたら見ることができなかった桜です。
総合福祉センター敷地の一本桜。三分咲きといったところでしょうか。街灯に照らされて咲いていました。
桜、いいですね。
「手術記念日なんだよ」「それじゃ、ケーキ買わないとダメだよね、で、いつだっけ」「だって今日だよ、もう遅いじゃん、でも13年かぁ、早いなぁ」夕食での妻と私の会話でした。長男が中学生になるタイミングで入学式を見届けてからの手術でした。それは妻のたっての願いでもありました。記念日と言ってのけるほどのメンタルの強さに私は正直負けたなと思いました。自分なら果たしてそう言えるだろうか・・・私はやはりそこまで強くはないはず。ただ、あの出来事があったから、ふと訪れる幸せな時間を愛おしく感じることができています。
私たちにとっての13年は、過ぎ去ってしまえば言葉のとおりあっという間だったかもしれないけれど、自らの命と向き合ってきた妻の13年とそれをただ見守ってきた私の13年は、言葉では言い尽くせない長い長い時間でもありました。そんな簡単にやり過ごせる時間ではありませんでした。
この冬の札幌は大雪に見舞われ妻は除雪により右腕を痛め、先日知人に教えてもらった円山(札幌)にある整体の先生に予約を入れ診てもらったようです。先生が身体に触れ治療に入る前にこう言ったらしいです。「消化器系が弱くそこから痛みが発生していますね。自分の思いや考えを上手に言えない性格で、それ故我慢したり自分の中に無理矢理思いを押し込めてしまってそれが原因で消化器系に負担をかけてきたんですね」13年前に手術したことなど話もしていないのに、身体のツボやその人が発する気を捉えて原因を突き止めたのがすごいです。わかる方にはわかるのですね。東洋医学って不思議ですよね。
さて、妻に一人ひとりの生徒と面談ではなくおしゃべりを昼休みと放課後に校長室で30分間しているんだよ、と話をしたら妻が私にこう言いました。「私、自己表現できない人の気持ちすごくわかるよ。言いたいけど言えないその気持ち。私はずっとそうだったから。人を不愉快にさせないためにいつも気を遣って我慢ばかりしてたから。だからね、生徒の気持ちを聴いてあげる先生の存在ってとても大事だと思う。世の中の学校の先生がみんなそうなるといいね。生徒が思いを言えるようになれば消化器系に負担をかけない人が増えて私みたいにならなくて済むからね」妻は笑いました。なんだか妙に説得力のある言葉でときり、としました。
私も経緯は違えど真っ直ぐに話を聴いてくれた先生がいたから今があります。最初はずいぶん失礼な物言いや態度をとったものですが、毎日のように私の前に現れては声をかけてくる先生にやがて心を開くことができたわけです。一人の先生の存在は人生を変えるほどの影響力がある。私は実体験からそう思っています。
モエレ沼公園内に咲いていたエゾエンゴサクです。この花の花言葉は 「妖精のような」「幸せな時間」「静かな喜び」です。本日の話とわずかながらつながるでしょうか。
春一番に咲く花。キバナノアマナ。花言葉が素敵です。「運が向いてくる」「幸福が訪れる」
昨日、金曜日に仕事で東京から札幌に戻ってきた長男を新千歳空港まで送り、その帰り道南幌町で開催されているイベントを覗いて、午後2時から今年初めてのモエレ沼公園で妻と軽いランニングを楽しみました。この公園は自宅から自動車で5分のところにあり、園内が円形で1周3.75kmとなっており、周回で距離がわかりやすいのとビルドアップやスピード走に使い勝手が良く、私は誠に勝手ながらホームグランド、聖地として利用させていただいております。
その園内に早春の花が咲いていました。エゾエンゴサクと御覧のキバナノアマナ、そしてイチゲも。やはり例年より1週間は早い開花です。桜の枝もピンク色の蕾で染まり、今週末にはちらほら花が咲くような雰囲気です。もしかするとゴールデンウィーク前に満開になるかもしれません。
それにしても冒頭に書いた花言葉いいですね。誰もが待っていた春に「運が向いてくる」「幸福が訪れる」なんていうのはわくわくしますよね。いいことがありそうな。意外と身近なところで咲く花ですから見かけたら屈んで見てください。上を向け前を向けと言ってしまいますし言われますけど、私はそうは思いません。後ろを振り返り下を向いて歩いてもいいじゃないですか。そうすることによって見えるものがあるのですから。上と前ばかりだと見失うものも多く疲れますよね。
生徒とのおしゃべりタイムをお昼休みと放課後に行っています。「私の母がホームページ見てます。掲載された写真を見てこれあなたじゃないとか話をします。校長先生が書いている日記も毎日読んでいるみたいです。今日私が校長先生と話をするのも母は知っています。」そうなんだぁ。そういう家族間の会話がしっかりなされていることが嬉しかったです。私が高校生の頃は親とほぼ会話なし。母に何か言われても「あぁ」「わかった」「知らない」「うん」だけ。父とは会話した記憶がない。
会話が面倒だったからか。年頃だったからか。一方的に会話を拒んでいたからか。私は家に帰ると自室に閉じ籠もり小説を読み音楽を聴いていた。階下で「御飯だよ」の母の声。私は「あぁ」と返事をし階段を降りる。そそくさと夕食を食べまた自室へ。高校3年間は毎日これの繰り返しでした。もう少し話をすべきだったか・・・今さらですが。
自分がこうだったから子どもたちも私と同じでした。妻とはそこそこ会話を楽しんでいたようですが、私とはほとんど会話はなかったかな。私がくだらない言葉でちょっかいをかけても構ってくれず無視。そういうこと自体が煩わしい。それもわかるような気もしますが、反応なしは正直寂しかった。もしかすると父も私と同じ感情を抱えていたか。
おしゃべりタイムは、多くの発見や気づきを私に与えてくれます。進路相談や教育相談の場ではありません。美唄尚栄高校をさらに魅力的にするためにおしゃべりしています。生徒の皆さんは堅くならずに気楽にお越しください。
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