北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
登別に住んでいたときに、小学生だった子どもたちが書道を習っていました。週に1回か2回か忘れてしまいましたが、歩いて数分のところにある会館で教室が開かれていたこともあり、友達の家に行くような感覚で出掛けていった姿を覚えています。自分から通いたいと言ったのかどうかも忘れてしまいましたが、「友達もいるから楽しそうだ」おそらくその程度の理由で行くことになったのだろうと思います。その教室は自由に書道を楽しむというのがコンセプトなんだよ、と妻が話してくれ、それはそれでいいことだな、と私は思っていました。
私が仕事から帰ってくると、教室で書いてきた半紙がテーブルの上に置かれていて、それが上手なのか下手なのか私にはよくわかりませんでしたが、小学生ながらに精神を集中して書いてきたであろう文字の一つ一つに、子どもたちの成長をしみじみ感じました。せっかく慣れ親しんだ教室でしたが、大人の都合(転勤)で教室を辞めさせることになり、子どもたちには申し訳ないことをしました。ずっと続けていれば、その教室から書の楽しさや奥深さを学ぶことができたのかもしれない、そんなことを思うと残念です。
さて、放課後に校内を歩いていたら、書道部の教室から女子生徒の楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてきました。お話するときはする、書くときは集中して話をせずに半紙に筆を走らせる。和やかな雰囲気の中で部活動が行われていました。どのような話で盛り上がっていたのかは分かりませんが、友達と楽しく時間を過ごすことが一番です。この日の想い出がいつか集まったときの話題になるかもしれない・・・
あっ、もしかすると私の子どもたちが通った教室も同じような雰囲気だったのかな、と思ってしまいました。
生徒一人一人のかけがえのない高校生活が、それぞれの想い出ノートに刻まれていきます。
3年次生の総合的な探究の時間は、大きく6つのテーマに分かれて実施しています。来週19日(月)に地域の方々が来校し、それぞれのテーマにサポーターとして関わってもらい、課題解決に向けた助言やアドバイスをいただくことになっています。
昨日『防災』をテーマにした班の教室にお邪魔しました。災害が発生したときに必要となるものはなんだろうか、ということについて、優先度の高い順番に黒板に書き出していました。それぞれ思いつくものは異なり、同じことを思いついても優先度が異なるなど、多くの気づきがあったのではないか、と思います。この先の展開が楽しみです。
2018年9月6日に胆振東部地震が発生し、道内全域が2日間に渡ってブラックアウトになったことは記憶に新しいと思います。実は9月4日に四国に台風が上陸し、その影響で札幌市内は暴風が吹き荒れ、市内の樹木があちらこちらでなぎ倒される大変な事態に見舞われました。さらに私の住む北区の地域一帯が停電に見舞われ、翌日も復旧しない中ブラックアウトになりました。私は連続4日間の停電を経験したわけです。
食卓テーブルにろうそくを灯し、たまたまあったインスタントラーメンをカセットコンロで作り、家族4人で顔を突き合わせるようにして食べたことを今でも覚えています。冷凍庫の食材が次から次へと溶け出し、トイレは水が流れず、車のガソリンも給油できず、どこのお店に行っても品物が並んでいない・・・当たり前を失った時間でもあり、今までの生活のことやこれからの生き方について、考え直さずにはいられない状況になりました。
防災について積極的に向き合い、仲間と協働して課題を解決し、自己の在り方生き方を考えていって欲しいと願っています。
昨日から本日にかけて本校のホームページへのアクセス件数が1,100件ございました。御訪問ありがとうございます。
つくられたものを買って食すことが多いわけですが、本校のフード系列では「つくるとはどういうことなんだろう」「安心で安全に食べるとはどういうことなんだろう」「人の手に取ってもらうとはどういうことなんだろう」ということを、体験をとおして学ぶことができる科目を設定しています。
本校の5つの系列については、この後順番に紹介していきますが、生きていくために必要な『食べる』ということについて、早い段階から学ぶことはとても大切です。長く続く人生において食は切っても切り離すことができない命の糧となるものであり、食生活の積み重ねが未来の自分の健康を左右するのは言うまでもありません。
教科書に書いてあることを読んで、知識として蓄積することは大切ではありますが、体験的に知識や技能(技術)を身に付けることができるというのが、本校で学ぶ魅力のひとつです。つくることの大切さと楽しさ、充実感、満足感、達成感・・・深い学びに結びつく授業がそれぞれの系列で展開されています。
いかに体験してきたかということが、人生を豊かにしていくのではないかと思います。あのときあの食材でつくったから、この食材でも同じようなやり方でできるかもしれない・・・体験・経験で得たものが次の世界へ橋渡しをしてくれます。
本校の受験を考えている方が読んでくださっているかもしれませんので、御案内いたしますが、実際に本校を見に来てください。パンフレットやホームページだけでは知ることのできない学校の雰囲気や生徒の様子、学びの実際を目と肌で感じとっていただきたいです。是非、御連絡ください。
長く厳しい寒さを乗り越えこの瞬間に咲き誇る
それは本当に一瞬のことだけれど、一瞬だからこそ、人の心を捉える力を持っているのかもしれません。
ここ数日、ようやく暖かくなってきましたが、いつの間にか桜の花は葉桜に衣替えをしてしまいました。今年も街の至る所で桜を楽しませてもらいましたが、置かれた場所に凛と立ち、置かれた場所で咲き続けてきた桜に勇気や感動をいただきました。
(5月3日 撮影)
次に見るのは一年後。「また一年、健康で元気に過ごさなければならないな」毎年のことですが、不思議とそんな気持ちにさせられます。桜の力はすごいなと思います。
桜の花言葉を調べますと「精神美」と記載されています。桜の花が咲くその姿が日本人の心の美しさや品格を表しており、それだけではなく花びらが散る美しさも日本人の精神に現れていると説明がありました。確かにそのとおりであり、しかし、実に奥が深い言葉です。
自らの生き方や考え方について、桜から学ぶことは多々あるのかもしれません。
5月11日(日)第64回春季北海道高等学校野球大会空知支部予選において、本校は砂川高校と連合チームを組み、栗山高校と対戦いたしました。雨には当たりませんでしたが、常時冷たい風が吹く寒い一日でした。私は、三塁側のスタンドで砂川高校の髙橋校長先生と観戦しました。
試合結果については、本校と砂川高校の連合チームの勝利に終わり、本校の校歌が球場に流れました。試合が行われると言うまでもなく勝者と敗者に分かれ、このことを承知の上で選手は戦うわけです。
勝利の校歌が流れる球場の写真を撮り、改めてその写真から一塁側に整列した栗山高校の選手たちを見ていると、「どんな気持ちで相手チームの校歌を聞いているのだろう」と思ってしまいました。悔しい、勝ちたかった、あの場面で打てたら、あそこでエラーしなかったら・・・
高校時代にある競技に打ち込んでいた私は、顧問の先生から「相手がいて初めて試合ができることに感謝しなさい」と何度も言われました。正直、そのときにその言葉を確実に理解していたとは言えません。勝つか負けるかしか考えていませんでした。やがて自らが教員になり顧問になったときに、当時の顧問の先生が仰ったように「相手がいて初めて試合ができることに感謝しなさい」と生徒たちに話しました。
相手がいなければ試合ができない。当たり前のことですが、この言葉の意味を今一度しっかり考える必要があります。
「勝者を祝い敗者を敬う」
私も理解できなかったことを、高校生の生徒に求めることは難しいですが、相手を敗者を敬うことができる本校の生徒であって欲しい、と改めて思った次第です。
球場からそれぞれの選手が外に出てきて、本校の主将が応援に駆けつけた方々にお礼の言葉を述べた後に、栗山高校の投手がササっと本校の選手のところにやってきて「ありがとうございました」とお礼の言葉を述べる場面に遭遇しました。彼の両目は涙に濡れ、まぶたが腫れていました。
勝つ者と負ける者のそれぞれの想いをしっかり受け止めなければならない - そう思わされた瞬間でもありました。
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