北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。
さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。
私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。
嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。
ありがとう。
昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。
幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。
このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。
さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・
今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。
生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。
予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。
父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。
大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。
子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。
10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。
子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。
当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて
『ありがとうございます』
昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。
ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。
多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。
私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。
今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。
人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・
今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。
参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様
「ありがとうございました」
夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。
小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。
約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。
先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。
本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?
PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。
変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。
いつも御訪問いただきありがとうございます。
本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。
本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!
言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。
さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。
『空を見上げることありますか?』
『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
『今日から見上げてみませんか?』
きっと、いいことがありますよ。
昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。
雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。
今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。
この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。
お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。
ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。
涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。
「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。
オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」
その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。
昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。
3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。
46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。
5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。
この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。
ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。
「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。
幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。
隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。
また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。
5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室
私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。
つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・
黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。
さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。
この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。
チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。
週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。
昨日のGUIDEBOOKに引き続き、ポスターも完成しました。市内外の中学校、各施設等にお配りいたしますので、その際はお手間を取らせますが校舎内への掲示をよろしくお願いいたします。
担当の先生が職員室内にポスター案を提示し投票してもらうともに、生徒の声や意見交換を重ねながら作成してきたものです。ポスター作成担当の先生にすべてお任せというスタイルから脱却しました。大きな進歩です。本校で働く教職員の声、本校で学校生活を送る生徒の声が形になりました。長期間にわたる作業ありがとうございました。
3年次生徒との『おしゃべりタイム』で次の言葉がありました。「何を学びたいか考えてもわからなくて、たくさんの選択肢がある尚栄なら何かが見つかると思った」「中学時代は不登校だったけれど、尚栄なら近いし安心して通えるかなと思って受験した」「〇〇系列で学んだ先に就職があって、間違いなく進路を決められる学校だと思った」「将来就職か進学か決められなくて尚栄にしたけど自分のやりたいことが見つけられた」「今の学校生活に満足している」「いい友人に恵まれて楽しい毎日です」
『おしゃべりタイム』の目的は、教育相談ではなくて学校の現在と未来について意見交換することにあります。意見交換というよりも意見をいただいています。大人視点では気づけなかった生徒視点の言葉に、ハッとさせられることばかりです。そのほとんどを私は見逃していました。自動販売機のラインナップ、SNSの動画発信、校則、行事の在り方、みんなの前で声を上げられない生徒への配慮、学校の見せ方、体験入学や説明会の在り方・・・多くのヒントをもらってすぐにできることはすでに実行しています。実行しなければ意味がないのですから。
参加ではなく参画。学校づくりは、生徒の参加ではなく生徒の参画である - このことを勉強させられる毎日です。これからの学校の魅力化、特色化を考えるとき、今現在本校を選び入学してくれた生徒の視点まで私たちは腰を屈め、そこで同じ景色を見なければならないのだろうと思います。(注 「参画」とは、単に場に加わるだけでなく、企画・計画・意思決定の段階から主体的に関わり、責任を持って意見や行動で物事づくりに加わることを意味する。「参加」よりも深い関与を表す語)
長い時を経て今年度の学校案内パンフレット『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』が完成しました!昨年私は「今までのパンフレットから脱却し、すべてを見直し学校のすべてがわかる形に作り替えてください」と先生方にお願いしました。以後半年、構想を練り写真と原稿を集めて、第1稿、第2稿、第3稿・・・と修正と訂正を繰り返して出来上がった大作です。大変な思いをさせて申し訳なく思っておりますが、私の想像を超えるパンフレットにしてくれました。担当された先生、本当にありがとうございました。感謝しています。
『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』につきましては、今後学校説明会等で配布させていただきますが、本校のホームページトップ『お知らせ』又は『学校案内』のいずれからもダウンロードできますので是非御覧ください。
前年度踏襲が負担なく過ごせる一番楽な道です。同じことを繰り返していれば考えなくていい。それで成果があるのであればそのまま続けていけばいいけれど、そうでないのであればそれらを捨てて新たな形を求めて挑戦しなければなりません。私は先生方に伝えています。「新たなことに挑戦してそれが失敗したのなら思い切ってやめる、そしてまた新しいことを考えましょう」と。そこに仕事の魅力ややりがいがあることを私は経験的に理解しています。変化は確実に人を変えます。
教頭時代に開校60周年記念式典、全道PTA大会、工業高校イベントの課題研究発表大会など、経験したことのない大きな業務を立て続けに担当することになり、正直、マイった、どうしよう、タイミングが悪かったな・・・と不運を責めました。下がっていく気持ちを盛り返せたのは、経験値を上げるために良かったじゃない、この流れを知っていたらこの先困ることはないよな、と思い込ませたことでした。挑戦する、挑戦しなければならないとき、私は最後にはそのように考えます。苦しいけれど楽しんで仕事をしています。挑戦を楽しみ仕事を楽しみお給料をいただく。私のモットーです。
今年度は新たなことに挑戦しています。定期考査の実施をやめました。新しい形の教育課程編成に着手しています。学校PRの形も見直しています。みんなで良い形にしていきましょう。
先日、第1回目を終えたオープンスクールは、来月2回目を実施します。7月にはフェアを兼ねた体験型の見学会を実施します。たくさん参加してくれるに越したことはないけれど、私は人数が●人しか集まりませんでした、ではなくて、●人も来てくれたという発想で物事を見て欲しい。「しか」を「も」に置き換えるだけで考え方、生き方が変わりませんか。初めての企画に●人も参加してくれたことを前向きに捉え、もっとこうすれば、次回はこうしよう、と改善にエネルギーを注ぐ集団になって欲しい。それが私の願いでもあります。
自分の取扱説明書(自分のトリセツ)。1年次生の学校設定科目『産業社会と人間』の成果物が廊下に掲示されています。特徴(性格、好きなこと、苦手なこと)、活用方法(こんなときに力を発揮します、こんなときに機嫌が良くなります、こんなときに機嫌が悪くなります、そんな時はこうしてください)、自由に一言などの項目に基づいて各自記載しています。このように時間が与えられて自分のことをじっくり考えるというのはいいことだなと思います。
じゃ、私の取扱説明書(私のトリセツ)。特徴(性格:物静かでひとりを好む、好きなことにこだわる、無駄なことに手を出さない 好きなこと:ガーデニング、JAZZレコード蒐集・鑑賞、珈琲を飲む、ランニング、読書、カメラ 苦手なこと:高い所)、活用方法(ゴールを決めて走るときに力を発揮、薔薇の手入れをしてるときは機嫌が良くなる、段取りの悪い仕事には機嫌が悪くなる、決まったゴールから前に遡って逆算し計画を立て動いてください)自由に一言(一度きりの人生、端から端まで楽しみましょう)
自由に一言には、たくさん話しかけてください、友達になって欲しいという言葉が多く記載されていました。最初は緊張している様子が見られましたが、最近は登下校、授業、HR内においてみんな明るい表情で活動しており、円滑なコミュニケーションが図られているように感じています。たくさんの友達ができたということでしょうか。
急に想い出しました。ずっと昔、妻にこんなことを言われました。「誰にも邪魔されない時間を求める人だってわかっているから、それを感じる時はそーっとしてあげるようにしている」この言葉を聞いたときの背景はここには書けませんが、きっと私の取扱に気を遣ってくれたのだろうと思います。
自分を知る、相手を知る。たいていはトリセツはありませんから会話をして行動を見て理解していくしかないのでしょう。人とのつながりが続く人生において、知ることは永遠のテーマなのかもしれません。
「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。
今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。
十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。
本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。
さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。
ありがとうございます。
主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。
私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。
昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。
さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」
自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。
昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。
今日は写真2枚。
18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)
生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。
そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。
いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。
さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。
進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。
学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
note https://b-shoei-hs.note.jp/
さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。
今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。
3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。
前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。
それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。
学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。
さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。
夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。
我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。
自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。
尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。
冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。
今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。
岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。
前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。
「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」
唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。
あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。
大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。
5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。
メカトロ・エンジニア系列は工業を幅広く学ぶことができます。工業高校の●●科となりますと、●●に特化した学びになります。例えば電気科であれば電気、というように。本校は、機械、電子機械、電気、情報、建築を体験をとおして学べるおもしろいスタイルをとっています。工業に限ったことではありませんが、電気なら電気だけですべてが成り立つわけではなく、そこには機械や情報など多くの技術が組み合わさっています。幅広く学ぶことで見えてくる世界が変わってきます。
私は電気専門でこの世界に飛び込みました。最初に勤めた学校では電気科と電子科が合体した学科で、当時のH学科長から「電気のプロはわかったから電気は捨てて、これからは電子のプロになってください」初っぱなからわけのわからないお言葉をいただきました。電子回路を理解してものをつくりなさい、ということを指示され、学科長がささっと書いた電子回路を渡され回路づくりをするような日々になりました。こんなはずじゃなかったとは思いましたが、何もわからないのでとにかく一から勉強しました。
2校目は機械科に所属しました。「機械科の中で電気をしっかり教えるように」と校長先生に言われての異動でしたが、I学科長に「ここは機械科だから電気はいらない」と職員室で言われました。悔しくて涙が出ました。自分は何のためにここに来たのだろう、と。初日から辞めることを考えて一年後、機械ができる自分になればいいのではないかと突然ひらめいたわけです。私と同い年の実習助手の先生にお願いして、生徒が下校したあとに旋盤、板金、溶接、鋳造などひととおり教えてもらいました。
この2つの経験がどれほど私を高めたか・・・後に何度もこのことを思いましたし、2名の学科長との出逢いが私の教職としての幅を思い切り広げてくれました。感謝しかありません。スペシャルなことに磨きをかけることも大切ですが、右と左にある世界にも目を向けていくことで自分に備わるモノが増えていくことを教えてくれたわけです。『物事を負に捉えるのではなく正に捉える』私のスタンスが生まれたきっかけでもあります。これは私の生き方をも変えました。本当にありがたいことです。
電気のプロではありますが、機械も電子もそこそこわかる。機械と電子のプロフェッショナルではないけれど、そこに躊躇することなく立ち入ることができる自分がいます。本校のメカトロ・エンジニア系列で学ぶ生徒を見ていて、何故かそこに自分の過去を照らし合わせてしまいます。幅広く多くのことを学べ、と。
すべては経験です。経験があるかないかはその先の人生に何かしらの影響を及ぼす、と私は考えます。経験は宝物です。
(本日から不在ですが、前日のタイマ設定でアップしました)
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