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校長の小部屋

祭のあと

 7月10日(金)、11日(土)2日間の尚栄祭を無事終えることができました。多くの方々に御来校いただきました。ありがとうございました。

 

 閉祭式での挨拶文(原文のまま)

 ここにいる半分の生徒さんとしかお喋りはできていませんが、『魅力ある学校って何だろう』ということを話すると、ほぼ全員が『行事が楽しい学校じゃないでしょうか』『行事が楽しい学校に人は集まります』そう言います。

 第16回尚栄祭のフィナーレです。やりきった感、ありますか。全てを出し切りましたか。そして、自分のいる学校の、尚栄祭が楽しい、行事が楽しい学校と感じてくれましたか。皆さんを見ていると満足感に溢れています。どうか、楽しかったことを妹、弟、中学生に是非伝えてください。ここにいる皆さんの声が一番の宣伝、コマーシャルになります。どうかプレゼンターになってください。

 さて、私から皆さんにお礼を言わせてください。「尚栄祭を何とか盛り上げていきたい」そのことを私なりにずっと考えていました。何をすべきか、できることは何だろう。そうした中で、『学校祭までカウントダウン企画』を3年次生に持ちかけました。毎回とはならなかったけれど、順繰り回しながら、インスタグラムに更新して学校祭を迎えることができ、私は本当に嬉しかったです。ねらい通りになったかどうかはわかりませんが、できたことに感謝です。皆さん、ありがとうございました。

 先生方にも感謝します。尚栄祭を少しでも盛り上げようと、展示や販売に力を注いでくれました。●●先生のギター演奏、〇〇先生・□□先生・△△△先生のダンスも尚栄祭に花を添えてくれました。そして、※※先生、生徒会執行委員に寄り添って準備をしてくれてありがとうございました。

 これからも行事は続きます。もしかすると新たな行事が生まれるかもしれない。皆さんに伝えます。行事を自分たちがどのようにしていきたいかをしっかり考えること。誰かがやってくれるのを待つのはもうやめること。言うだけではなくて実現に向けてしっかり汗をかくこと。

 想いを形にしたいけどどうしたらそれを実現することができるだろうか - そのことを粘り強く考えてください。それを実現することによってどのような効果があるだろうか、失敗しないようにみんなのものにするのはどうすべきか。考えなければならないことはたくさんあるけれど、乗り越えた先に、自分の手で、自分たちの声で、新たなものを生み出すことができます。そこに大きな意味があり、大きな喜びがある。

 行事は与えられるものではなく、ここにいる皆さんが作り上げていくものです。それが皆さんが言う『行事が楽しい学校』につながっていくと信じています。皆さんならそれができると思います。

 最後になりますが、尚栄祭を何とか盛り上げよう盛り上げようと考え、実践してくれた生徒会執行委員の皆さん、ステージに上がってください。

 さぁ、皆さん、尚栄祭を4月から時間をかけて準備してくれた生徒会執行委員の方々に、感謝の意を込めて拍手を送りましょう。

 ありがとうございました。

 そして、ここにいる生徒の皆さん、本校の先生方、PTAバザーのお手伝いをしてくれた保護者等の方々、尚栄高校に足を運んでくれた人々、そして素敵な時間を過ごすことができた自分に、もう一度拍手をお願いします。

 ありがとうございました。

 以上で閉祭にあたっての挨拶といたします。

        北海道美唄尚栄高等学校長 日 下   剛

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尚栄祭1日目から2日目へ

 発表が終わってすぐの集合写真。若い、ってただそれだけでいい。まるで顔でも洗ったかのような汗に濡れた表情に自らの高校時代を重ねている自分。同じだったのだ、自分も。そう思うと瞼が熱くなる。頬を伝う涙がとまらない。若い、ってただそれだけで素晴らしい。

 今年度は生徒たちがこうしたいということが実現できている - 私はそう評価しています。昨年度は先生方の手を借りなければ乗り切れない、そんな様子が至る所に見られました。体育館内で先生方が顔を引き攣らせ休む間もなく走り回っていたけれど、今年度は生徒がリードできていて、先生方も余裕の姿。そうできるだけの準備をしてきたということなのでしょうが、言葉通りの生徒主体となっています。成長を感じます。

 今日は一日中雨になりそうです。ただ、午前10時からの一般公開に向けて生徒も保護者等の方もお迎えの準備を進めています。是非お越しください!

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学校祭

 7月10日(金)外は生憎の雨。北海道には梅雨はない、と言われているけれど、今朝の気象予報士の言葉では「梅雨のような天気ではなく、もう梅雨と言っていい天気です」北海道も梅雨が訪れる気候に変わってしまったということでしょうか。本日と明日は尚栄祭。私たちの想いは届くことなく梅雨模様の2日間になりそうです。

 高校3年生の学校祭は、中庭で炭火をおこしヤキトリと焼きトウキビを販売しました。トウキビは親父が市場の仲買人に雇われていたこともあって、一本50円あたりで大量に用意してくれて、トラックの荷台に積んだトラックで学校まで届けてくれた記憶があります。あのとき私は親父に何と言ってトウキビの話をしたのだろう。もしかしたらお袋伝いに耳に入れてもらったのか。おそらく後者のような気がする。会話の記憶がどうしても蘇ってこないのです。

 そんなことはどうでもよくて、でも高校最後の学校祭はところどころはっきりと覚えています。あの頃はBOOWY(バンド)が流行りで、体育館を会場にした演奏はそのバンドの楽曲で盛り上がり、本当は上がるなといわれていたステージにわちゃわちゃと駆け上がって踊りました。楽しかったなぁ、本当に。

 形は変われど生徒にとって学校祭は特別なんだな - この仕事に就いていつも思うことです。こんなにも熱くなれるのはどうしてなんだろう・・・若い、ってただそれだけでいい。

 私にとって33回目の学校祭がまもなく始まります。

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人は人と触れ合ってこそ

 7月7日(火)付け北海道新聞朝刊社会面に「SNS漬け」子ども深刻の見出し。高校生に注目して抜き出すと、『自分のスマホを持っている』99.1%、『1日のインターネットの平均利用時間』6時間44分(なんと1日の4分の1)、『SNSなどコミュニケーションに使う』93.2%と、まるで小さなスマートフォン1台に支配されてしまったかのような生活スタイルになっています。どうしたものか・・・

 居間に固定電話が存在感をはなっていた時代。呼び鈴が鳴るとどきっとして家族に緊張が走ったことを想い出します。幼き頃の電話は親のもの、高校生の頃の電話は親に知られたくないものでした。子機付きの電話すらなく、親が寝静まった22時約束の恋人との電話は小声でささやく妙にときめく人生最高の時間でした。もし、あのときにスマートフォンがあったら180度違う世界を見ることができたのかもしれないけれど、私は、固定電話で良かったなと思っています。不便でいろいろ気を遣う面倒な電話ではあったけれど、それはそれで良かった。

 スマートフォン世代の我が校の生徒たち。家に帰ったらSNSでつながる友達も、こうして放課後にお喋りしながら一緒に行動している。これだけでも学校祭の準備作業をしている意味があるな、と感じています。スマートフォンでつながる世界を否定はしないけれど、でも、やはり人は人と触れ合って生きていくからいいのです。

 おそらくそんなことはまるっきり考えもせずここで時間を過ごしているかもしれない。でも、いつか、この日のこの時間がどれほど大切だったかに気づくときがくるはず。それを次の世代に語り継いでいくことが一人ひとりに課せられた宿題なんだろうと考えます。

 記事より ~ スマホ依存を防ぐために推奨される利用時間は、高校生で2時間以内が目安。

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この時間を大切に

 今週末に学校祭(第16回尚栄祭)を控え、午後から準備の時間としています。6月末から準備を進めているクラスもありますが、いよいよ終盤に突入しました。これはあくまでも私の想像ですが、各クラスドラマの連続だったはず。ドラマから目を背けず、この時間を大切にして欲しい。その先に、成長につながる何かがある、私はそう思っています。

 思い通りにならなくて苛立ったこと、言葉の掛け違い、感情のぶつかり合い、喉まで出かかった言葉を飲み込む、誰かのダンスにみんなで笑い、わかってもらえず涙する、絵の具を散らかし、自分の部屋でダンスの振り付けを確認し、あちらこちらから段ボールをかき集め・・・一人ひとりにそれぞれのドラマがある。談笑、葛藤、衝突、歓喜、相談、仲直り。みんなが向かうべきゴールは学校祭でも、そこに至るまでのステップはみんな異なる。その経験こそが宝。

 何かに挑戦しようとするとき、そこには必ず軋轢が生じます。これは何も高校生活の中だけに訪れるものではなく、生きていく上では避けては通れないものです。解決に向けての教科書はありません。最後は仲間を信じ許し認めてあげること。この中にしか答えはないような気がします。

 さて、短い動画を撮ってインスタグラムに、と思っているのですが、先日生徒から指導されました。「校長先生、インスタに動画上げるのをやめてください、私たちのクラスで何やるかバレてしまうじゃないですか」私は「ごめんなさい」と謝りました。そうか、ネタバレ、か。

 写真なら各クラスの作戦が漏れないだろう。それでもいろいろ気を遣いながら写真を撮って回っています。

 17時45分、後片付けをして18時下校を報せる放送が流れました。本日の準備お疲れ様でした。

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職人

 7月3日(金)生産現場におけるものづくりの溶接についての最新技術を学ぶことを目的に、株式会社道央メタル(美唄市東5条南6丁目7-28)様をお招きし、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象に溶接技術講習会を実施しました。第一線で活躍されている職員の溶接技術を目の前で見ること、プライドを持って仕事をしている姿を見ることで、生徒には相当な刺激があったと思います。

 本校も溶接に限らずものづくり、製品づくりをしている学校です。つくることだけに目線を合わせるのではなく、何のためにつくるのか、実際につくってそれがどうなるのかなど、いつも先生方に話をしていますが、つくった先の姿を考える必要があります。つくっておしまいではないということです。

 人に使ってもらうことは人に喜ばれることにつながります。がたがたぐらつかないためにどうしなければならないか、触って怪我をしないようにするためにどのような加工が必要か、長く使ってもらうためにはどうすべきか、壊れたらしっかり直すことが可能か。使ってもらう人からの意見を聞き改良や改善に努めることも必要です。つくったらつくった責任があるということです。

 そう簡単に技術を持った一人前の職人にはなれません。10年15年の年月がかかるでしょう。苦労して辛抱してその積み重ねの先に腕一つで家族を支え会社を支える職人になることができる。今は時代が変わって丁寧に時間をかけて指導してくれるようになってきていますが、それでも覚悟が必要です。

 生徒と一緒にひととおりの作業を見学させていただきました。一日も早く家を出たくて看板職人になろうと考えていたことがありました。看板屋の工場を何度も覗きに行ったものです。あの頃は筆を振るったらすぐに世界が広がると信じていた。結局小さな世界で小さなことしか考えていなかった・・・職人になる覚悟などひとつもなかったな、と恥ずかしながら思った次第です。

 有意義な時間になりました。本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。
 
 ありがとうございました。

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合同チームの夏

 第108回全国高等学校野球選手権南・北海道大会1回戦(対 滝川西高等学校)が6月27日(土)岩見沢市営球場において開催され、砂川高等学校との合同チームで出場しましたが、1対11で残念ながら敗退となりました。

 本校の選手は小学校、中学校と野球経験がほぼない中で入部して活動していますが、試合では着実に練習の成果が表れていることを感じさせるプレーが見られたところです。

 試合が終わった後にミーティングが行われ、最後に撮った集合写真です。選手はもちろんのこと、応援に駆けつけた生徒たちの心にもこの夏の記憶がしっかり焼き付いたと思います。

 大変お疲れ様でした。

 

 砂川高等学校の公式noteも是非御覧ください。
  https://sunagawa-hs.note.jp/n/na66f28a5fc55

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ババロアと水ようかん

 「フードデザインの授業でババロアと水ようかんを作ったので食べてください」3年次生の女子生徒が校長室に。いつも思うのだけれど、食を学び食を考え食を作る学校 - いいですよね。私ごとではありますが、もしも生まれ変わって再度人生を送れるとしたら、間違いなく食に携わる生き方をします(別に生まれ変わらなくても今からでもできるのですが)。そのためにそれが実現できる学校で学びたい。本校に勤務できたからこの気持ちがより一層強くなりました。食の大切さに気づかせてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。

 さて、生徒とのおしゃべりタイムは続いています。ある生徒が座席に座るなり「私が作ったお菓子ですので校長先生どうぞ」と紙袋を差し出しました。おそらく前の晩に作ったのでしょう。美味しそうなスイーツが入っていました。このようなことをして欲しくてお話する時間を設けているわけではないのだけれど、高校生がここまでの気遣いができることに私はただただ驚いています。教師生活33年目、初めての出来事です。お菓子美味しかったです。本当にありがとうございました。

 気温が高めに推移するようです。放課後の学校祭準備、休日に登校してダンスの練習や展示物の準備等をすることと思いますが、ついつい夢中になって水分補給を忘れてしまった・・・ということがないようにしてください。

 また、保護者等の皆様にお願いです。教室に冷房装置を備えておりますが、十分な冷却には至っておりません。お子様に持たせるお弁当に保冷剤を入れてください。よろしくお願いいたします。

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まちに応援される学校へ

 今年度の学校PRポスターを持ってまちを歩いています。担当の先生が半年かけて作成したものでできるだけ多くの人に見てもらいたいなと思っています。見てもらって初めてポスター本来の役割を発揮しますので。事前に電話をかけてから、時には飛び込みで訪問しているのですが、まちの人は本当にあたたかくて「いいですよ、貼りますよ」と言ってくれます。

 学校の教育を学校の中だけで完結する時代はとうに終わり、いかに地域の方々と力を合わせて学校づくりをしていくかが問われる時代。あれこれ考えて躊躇するのではなく、思い切って一步踏み出すことが大切です。「じくじく考えていないでまず動け」私が私自身の背中を押す、長く大切にしている言葉です。そこに座って考えている時間がもったいない。その間に2つ3つのタスクをこなすことができる。考えることはそのあとでも十分できます。

 さて、夕刻のランニングの前半は農道を走り、後半は美唄駅周辺、12号線沿い、そして商店街を抜けて借家までの10キロを走ります。ここ最近通りに面したお店の窓ガラスに本校のポスターが掲示されているのを目にします。本当にうれしいです。勝手なお願いにも関わらず快く御協力をいただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

 ポスターの掲示によって、私たちが望む入学者の増加に直結するかはわかりません。いや、そんな簡単なものではないと承知しています。私は校長として、まずは「まちから応援される美唄尚栄高校」にしていくためのきっかけづくりと開き直って行動しています。

 まちを歩けば本校のポスターをあちらこちらで目にすることができる(エスコンフィールドに向かう道中に球団の旗が取り付けられている) - それは大げさで届かぬ夢ではありますが、数年先にそうしたことがここ美唄のまちの中にできあがればいいな、と思っています。そのためには、本校が質の高い教育を実践し地域に貢献できる生徒を育成している、と理解していただかなければなりません。

 今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。その際はどうぞよろしくお願いいたします。

 御協力いただきました関係者様(敬称略)6月30日現在
・コメリハード&グリーン美唄店 ・イエローグローブ美唄店 ・岩本写真館 ・仙中里 ・ツルハドラッグ美唄南店 ・コープさっぽろびばい店 ・ケーキヤマシタ ・長栄堂 ・タケマツスポーツ ・大坪仏壇店 ・ハウジングサイトウ ・そばまつき ・丸吉 ・マルダイはやし ・株式会社美唄自動車学校 ・コインランドリーリベラ ・ハマナスクラブ ・美唄郵便局 ・吉岡布団店 ・パナプラザいとう ・きものブティックホンゴウ ・JAびばい直売所ららマルシェ ・つぼ八美唄店 ・サンキ美唄店 ・青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ・喫茶鹿 ・的場旅館 ・ピパオイの里プラザ ・美唄市営温水プールすい~む 

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夕刻の部室

 夕暮れ迫る部室
 そこだけは流れていかない時間
 動きを忘れた空気に
 懐かしき高校時代が蘇る

 学校って不思議なところです。自分は一年一年歳をとってゆくのだけれど、巡り会う生徒はいつも十六十七十八なのです。繰り返されるこの潮流の中に自分の時間軸は確実に先へ先へと伸びていきます。時は先へ先へ進んでゆくのだけれど、いつも過去と現在を往還できる楽しみがある。それって一部の限られた人にしか経験できない特殊なものです。私はこのことが教職の魅力なんだろうな、と思っています。

 高校を卒業した後の人生において、自らの高校時代を想い出すことはどれほどあるだろうか。それは年齢を重ねるごとに遠く遠くに押しやられていく - 多くの人はきっとそうなんだろう。ただ、私は違う。高校時代がいつも隣にある。

 私はこの仕事に就いたときから(32年前から)高校生の記憶に浸ることができています。そうしたことは頻回に訪れます。職が違ったらおそらく滅多なことでない限り高校時代を想い出すことはなかっただろうと思います。だから何か特別なものをもらったような感覚があります。想い出せたから何か素晴らしいことがあるというわけでもないのですが、ふと蘇ってくる高校時代の記憶に穏やかで幸せな気持ちになれる。教職というのはすごいな、と思います。

 教職員のなり手不足は深刻な問題となっています。原因はさまざまです。ただ、誰でもなれない特別な職だからこそ、一部の人にしか届かない特別な世界を見たり触れたりすることができる。私が語ることのできるのは『自らの高校時代がずっと自分の近くにあっていつまでも色褪せていかない』ということだろうか。見かけは年齢相応になっても気持ちはいつまでも高校生でいられる(ような)。

 私たちはその職に携わる者として、常に生徒たちに教職の背中を見せていかなければなりません。私たちの姿を見て生徒たちは教職を考えるわけです。私も中学時代の担任、佐藤先生にあこがれたから今があります。

 夕刻の部室 - なんとなく寂しさが漂う。その一方で一日が事故なく無事に終わることへの感謝。明日のドラマへの期待感・・・私はこうした風景の中に時を過ごすのが好きです。

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珈琲教室

 「高校生は珈琲を飲みませんっ」3年次生の生徒との『おしゃべりタイム』で言われ本校の自動販売機ラインナップ変更につながった話は前に書きました。そのことをきっかけとして生徒が飲みたい飲み物に入れ替わっています。すべてが生徒の望み通りになるには珈琲が売れ切れなければならないので、私もたまに自動販売機にコインを入れ珈琲をせこせこ購入しています。

 私は気取ったお洒落な高校生でしたから(自分で言うのも恥ずかしいのですが)ブラックの珈琲を好んで飲んでいました。今ではカフェという言い方をしますが、学校帰りに喫茶店に寄り珈琲を飲んでいました。学校にも珈琲クラブが存在し自分で焙煎するおもしろい企画があり、煎った珈琲の飲み比べも頻繁でした。

 大学時代アルバイトをしていた会社の真裏に室蘭でも有名な自家焙煎珈琲のお店があって(ずっと前に閉店してしまいました)、カウンタに座ってマスタと話をしながら珈琲を飲み、帰りがけにいくつかの豆を買って下宿でも珈琲をドリップしていました。以後お付き合いした何人かの女性といつも珈琲を飲み、やがて知り合った妻と30年以上珈琲の時間を楽しんで現在に至っています。振り返ると私にはたくさんの珈琲の風景があったように思います。

 土曜日、妻と珈琲教室に参加しました。実は5月に申し込んだところ応募多数により急遽抽選となり選考から漏れてしまいました。その後講師の先生の計らいにより今回臨時で実施してくれることになったのです。本当にありがたいことです。2時間の講座でしたが実技を伴うとてもいい時間になりました。もっともっと珈琲の勉強がしたいと思いました。何せ奥が深いのです。

 60歳以降をどう生きるか - 4年半後に迫った人生の節目。私はその日がやってくるのを実はとても楽しみにしています。カフェを、という気持ちは日増しに高まっていますが、それがすぐに叶えられないとしても、私は60歳からスタートする(スタートさせる)新たなステージにわくわくしています。安定という言葉を捨て、冒険へのスタートとチャレンジにする。一度しかない人生、その舵を自分の力で切っていくために、講師の先生が自らの経験をもとに語った「何でもチャレンジする生き方」 - 私の背中を力強く押してくれたのは間違いありません。

 珈琲教室に参加した休日に当サイトの訪問者数が50万を超えたようです。いつも御訪問いただきありがとうございます。毎日訪問者数をノートに書いていますが、昨年(令和7年6月30日)は133,916件と記録されていました。

 50万、という数字がどのような意味を持っているのかはわかりませんが、少なくとも本校の教職員の情報発信に対する意識は従来のものから高めることができただろう、と私は評価しています。「見てくれる方がいるのだから常に新しい話題を提供しなければならない」 - この意識を私たちはいつまでも忘れてはなりません。

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今まで気づきませんでした

 美唄駅の東側。夕刻のランニングではほぼ毎日この周辺を通っています。昨日は電車の不具合なのか、札幌に向かう特急列車が出発できずにいたようです。ホームには状況を報せる放送がわんわんと鳴っていて、なんだろうとホームを見ていたときに一面に咲いている赤い花が目に留まりました。

 もしかして、薔薇か?と近づいていくと、やはり薔薇でした。その他にもさまざまなお花が咲いていて、今まで大事なものを見逃していたことに残念な気持ちやら自分の視野の狭さを反省するやら、なんだか損をしてしまったような気分になってしまいました。薔薇は盛りを過ぎた感じではありましたが、まだまだ見応えがありますので気になる方は是非出掛けてみてください。

 美唄駅周辺は花壇が整備されていていいなと思います。美唄聖華高校、本校の生徒も花壇整備でお手伝いしているところですが、そうした活動の中からお花に興味を持つ人たちが増えていくとそれはまた素敵な話だなと思ったりしています。

 さて、学校祭カウントダウン企画も全校での取組になってきました。同じ生徒ではなく順繰りバトンリレーのようにつながっていって欲しい - 私の思い描いたことが生徒の手で実現できています。高校生にとって学校祭は大きなイベントですから、『尚栄祭』に向かって心をひとつに(全校で心ひとつにできる行事はそう多くはありません)盛り上がってくれたら幸いです。

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あの頃の声が聞こえてくる

 朝から学校で顔を合わせ放課後はグラウンドで野球をやって家にカバンを置くなり広場に集合。夕暮れが深まっていく頃、誰が声をかけるでもなく決まったように「じゃ、明日。バイバイ」立ち並んだハモニカ長屋に灯り始めた電灯の明かりの中に帰って行く・・・

 1年と半年過ごす美唄で一番気に入った場所。夕暮れ迫るこの風景の中に私はいつも少年時代のことを想い出す。あの頃に見た夕暮れと同じだから。走り回った日々、何がおかしかったのかいつまでも響く笑い声、さっきまで仲良く遊んでいたのに突然始まったケンカ、長屋をぐるり取り囲む砂利道道路の自転車レース、道路に掘ったビー玉ゲームの穴 - 懐かしい記憶が次々浮かんでくる。みんな泥だらけになるまで遊んだ日々がつい昨日のことのように感じるのはどうしてなんだろう。

 先日、美唄青年会議所主催の「つながる協働交流会」に参加しました。関係団体が集まり美唄市を活性化するためのイベント等についてグループワークを行い、それを発表するという企画でした。各班から今すぐにでも実現できそうなアイデアが提案され、その中に美唄市の風景写真を集め、その一枚一枚を組み合わせたモザイクアートを制作する企画がありました。思い思いの風景を組み合わせ、さらにひとつの作品にしていく。これはおもしろいな、と思いました。本校の行事にも取り入れることができそうな企画です。

 私は車を運転してあちらこちら出掛けることには消極的です。そこにあまり魅力を感じないのです。自分の足で歩いたり走ったりしながら目の前に広がる風景を楽しむことが好きで、そこに座って大きく息を吸い込み風を感じる時間があればそれでいい(変わっていますよね)。カメラで風景を切り取りながら脳裏に浮かんできたことにただ思いを馳せる時間が好きなのです。やはり変わっていますよね(小学校の先生に変わった子どもだ、困った子どもだとずいぶん言われていたようです お袋談)。

 さて、皆さんは美唄市のどこの風景が好きですか?どこから見る風景がお薦めですか?コンテストのような格式張ったものだと手が出しづらいので、競い合うのではなく市民が切り取った風景をどこか一カ所で見られるイベントがあると素敵だろうな、と考えています。どうでしょう、やってみませんか!

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少しだけお見せします

 今年も薔薇が咲きました。ほんの一部分ですがどうぞ。いつもは6月3週目で満開を迎えるけれど今年は1週遅いようです。これを書いている今日あたりが満開になっているはず。そばで見ることができず残念。私の分まで妻や近所の方が見てくれればそれで良しとしましょうか。

 先週の土曜日、お世話になった先輩夫婦が我が家に来てくれました。薔薇を見ながら珈琲を飲み他愛もない話を - 少し前に奥様が体調を壊してしまい、それが少しずつ快方に向かっていると伺っていたので、それなら気晴らしに薔薇を見に来てください、とお誘いしていたのです。喜んでくれたのでもうそれだけで良し、です。

 妻が大きな手術を終え退院して家に戻ってきた年の初夏から私のガーデニングが始まりました。身近なところに花が咲いていればきっと気分も晴れるだろう、そんな想いでせこせこ土をつくり少しずつお花を植えてきました。そういう私も先の不安を紛らわせたかったのです。

 以後13年かけて今の庭になりました。小さな株だった薔薇たちも大きく成長したくさんの花をつけ、周りの花も次から次に咲いてくれます。併せて妻も私もとりあえず健康に過ごせています。感謝しかありません。

 一昨年昨年と何が悪かったのかアプリコットがかなり弱ってしまいこのまま枯れてしまうかも、と落ち込んでいたのですが(私にとっては薔薇は子どもなので)、オレンジ色の薔薇が漸く元気を取り戻し、4年目にしてこれでもかというくらいの蕾をつけてくれています。薔薇は甘やかしても(肥料をやり過ぎても)ダメですし、厳しすぎても育ちません。子育てと同じく難しい。だから、おもしろい。

 先輩が「北見から帰ってきて美唄から自宅が近くなって良かったね」と言われ、すかさず妻は「帰ってきても午前中にランニングをして、午後からはずっと庭にいるんですよ」と。そのとおりの休日を過ごしている私は「走って薔薇や花をいじって一日を終えるのが何よりの幸せなんだよなぁ、それ以外のことはいらないかな」と答えました。こんな私の生き方が先輩夫婦や妻に受け入れられたのかはわかりません。私はそれだけあれば満足でありそれ以上のものは何も望んでいません。そこに私自身の幸せがあるからです。

 「それじゃ、また来るね」そう言って二人は車に乗り込み大きく手を振りながら帰って行きました。元気になれるきっかけをこの庭から、花たちからプレゼントできたなら、もうそれ以上何も言うことはありません。

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宿泊研修から学校祭まで

 デスクのお花を時折眺めながら仕事をしています。考えごとをしていてもお花が気持ちを切り替えてくれます。ありがたいことです。

 1年次生の宿泊研修を無事終えることができました。昨年度まで4月に実施していたものを今年度から6月に変更しました。4月に実施しても6月にしてもそれぞれにねらいがあります。昨日の解団式の様子を見ていると、生徒の満足度は高く成果があったと考えます。「話を聞くときの姿勢を身に付ける」ことを大きなテーマとしていたようで、このことについてはこれからの学校生活でも全教職員でバックアップしていくことを確認したところです。

 もう30年も前のことなので正確には覚えていませんが、高校に入学して5月か6月に宿泊研修に行った記憶があります。深川の施設に2泊3日。学校生活にも慣れていなかったしクラスメイトともまだそれほど親しくなっていない時期でした。自分のいるクラスでこのような感じですから他のクラス(5クラス)とはほぼ親交ゼロ。行きたくない、という気持ちが先行していたように思います。しぶしぶ参加しました。

 オリエンテーリングで山歩き、グラウンドでソフトボール、体育館で校歌や応援歌の練習、夜は焚き火を囲んでクラス発表を行うなど、ギチギチのプログラムに自由時間はありませんでした。そうしたこともあり、2段ベッドで10人部屋の室内で消灯22時以降が唯一安らぎの時間となりました。

 わずか2拍3日ではありましたが、それまで知らなかったクラスメイトの一面に触れることができ、研修を終了した後はスムーズにコミュニケーションを図ることができるようになりました。宿泊研修が私の高校生活の潤滑剤になったのは間違いありません。1年次生一人ひとりが感じとったものが私の経験と一致するかどうかは別として、私のように行きたくなかったけれども、行ったことで一步でも二歩でも前進できたとするならば、その自分を是非褒めてあげてください。乗り越えた自分の勇気に拍手を送ってください。

 さて、学校祭に向けた準備がスタートしています。学校全体で盛り上がって欲しいと考え、ずいぶん前に3年次生の女子生徒に「カウントダウン企画」を持ちかけました。校長独自のお願い企画。どうなるかな、なんて思ったこともありましたが、とにかく私は生徒の取組に期待しました。なんとかしてくれるだろう、と。

 生徒のアイデアは豊富です。感心します。もっともっと生徒を信じてもっともっと任せてあげる - 私たちが見ることのできなかった景色をたくさん見せてくれるはずです。その景色を生徒と教職員、そして保護者等の皆様と見ていきたいと考えています。

 学校祭カウントダウン動画をインスタグラムに掲載していますので、是非御覧ください。

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展示

 6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。

 10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。

 美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。

 生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。

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月一回のお花

 「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。

 先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。

 「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。

 46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。

 さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。

 皆さんも良き週末を!

 49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。

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まずはやってみましょ

 嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。

 人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。

 特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。

 今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。

 教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・

 やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。

 継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。

 昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。

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よく辛抱したよ

  自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)

 40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。

 「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。

 昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」

 取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。

 卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」

 電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。

 あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。

 管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。

 それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。

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支えられている

 6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。

 感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。

 学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。

 先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。

 学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。

 さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。

 そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。

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