北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。
この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。
ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。
「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。
幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。
隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。
また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。
5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室
私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。
つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・
黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。
さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。
この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。
チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。
週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。
昨日のGUIDEBOOKに引き続き、ポスターも完成しました。市内外の中学校、各施設等にお配りいたしますので、その際はお手間を取らせますが校舎内への掲示をよろしくお願いいたします。
担当の先生が職員室内にポスター案を提示し投票してもらうともに、生徒の声や意見交換を重ねながら作成してきたものです。ポスター作成担当の先生にすべてお任せというスタイルから脱却しました。大きな進歩です。本校で働く教職員の声、本校で学校生活を送る生徒の声が形になりました。長期間にわたる作業ありがとうございました。
3年次生徒との『おしゃべりタイム』で次の言葉がありました。「何を学びたいか考えてもわからなくて、たくさんの選択肢がある尚栄なら何かが見つかると思った」「中学時代は不登校だったけれど、尚栄なら近いし安心して通えるかなと思って受験した」「〇〇系列で学んだ先に就職があって、間違いなく進路を決められる学校だと思った」「将来就職か進学か決められなくて尚栄にしたけど自分のやりたいことが見つけられた」「今の学校生活に満足している」「いい友人に恵まれて楽しい毎日です」
『おしゃべりタイム』の目的は、教育相談ではなくて学校の現在と未来について意見交換することにあります。意見交換というよりも意見をいただいています。大人視点では気づけなかった生徒視点の言葉に、ハッとさせられることばかりです。そのほとんどを私は見逃していました。自動販売機のラインナップ、SNSの動画発信、校則、行事の在り方、みんなの前で声を上げられない生徒への配慮、学校の見せ方、体験入学や説明会の在り方・・・多くのヒントをもらってすぐにできることはすでに実行しています。実行しなければ意味がないのですから。
参加ではなく参画。学校づくりは、生徒の参加ではなく生徒の参画である - このことを勉強させられる毎日です。これからの学校の魅力化、特色化を考えるとき、今現在本校を選び入学してくれた生徒の視点まで私たちは腰を屈め、そこで同じ景色を見なければならないのだろうと思います。(注 「参画」とは、単に場に加わるだけでなく、企画・計画・意思決定の段階から主体的に関わり、責任を持って意見や行動で物事づくりに加わることを意味する。「参加」よりも深い関与を表す語)
長い時を経て今年度の学校案内パンフレット『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』が完成しました!昨年私は「今までのパンフレットから脱却し、すべてを見直し学校のすべてがわかる形に作り替えてください」と先生方にお願いしました。以後半年、構想を練り写真と原稿を集めて、第1稿、第2稿、第3稿・・・と修正と訂正を繰り返して出来上がった大作です。大変な思いをさせて申し訳なく思っておりますが、私の想像を超えるパンフレットにしてくれました。担当された先生、本当にありがとうございました。感謝しています。
『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』につきましては、今後学校説明会等で配布させていただきますが、本校のホームページトップ『お知らせ』又は『学校案内』のいずれからもダウンロードできますので是非御覧ください。
前年度踏襲が負担なく過ごせる一番楽な道です。同じことを繰り返していれば考えなくていい。それで成果があるのであればそのまま続けていけばいいけれど、そうでないのであればそれらを捨てて新たな形を求めて挑戦しなければなりません。私は先生方に伝えています。「新たなことに挑戦してそれが失敗したのなら思い切ってやめる、そしてまた新しいことを考えましょう」と。そこに仕事の魅力ややりがいがあることを私は経験的に理解しています。変化は確実に人を変えます。
教頭時代に開校60周年記念式典、全道PTA大会、工業高校イベントの課題研究発表大会など、経験したことのない大きな業務を立て続けに担当することになり、正直、マイった、どうしよう、タイミングが悪かったな・・・と不運を責めました。下がっていく気持ちを盛り返せたのは、経験値を上げるために良かったじゃない、この流れを知っていたらこの先困ることはないよな、と思い込ませたことでした。挑戦する、挑戦しなければならないとき、私は最後にはそのように考えます。苦しいけれど楽しんで仕事をしています。挑戦を楽しみ仕事を楽しみお給料をいただく。私のモットーです。
今年度は新たなことに挑戦しています。定期考査の実施をやめました。新しい形の教育課程編成に着手しています。学校PRの形も見直しています。みんなで良い形にしていきましょう。
先日、第1回目を終えたオープンスクールは、来月2回目を実施します。7月にはフェアを兼ねた体験型の見学会を実施します。たくさん参加してくれるに越したことはないけれど、私は人数が●人しか集まりませんでした、ではなくて、●人も来てくれたという発想で物事を見て欲しい。「しか」を「も」に置き換えるだけで考え方、生き方が変わりませんか。初めての企画に●人も参加してくれたことを前向きに捉え、もっとこうすれば、次回はこうしよう、と改善にエネルギーを注ぐ集団になって欲しい。それが私の願いでもあります。
自分の取扱説明書(自分のトリセツ)。1年次生の学校設定科目『産業社会と人間』の成果物が廊下に掲示されています。特徴(性格、好きなこと、苦手なこと)、活用方法(こんなときに力を発揮します、こんなときに機嫌が良くなります、こんなときに機嫌が悪くなります、そんな時はこうしてください)、自由に一言などの項目に基づいて各自記載しています。このように時間が与えられて自分のことをじっくり考えるというのはいいことだなと思います。
じゃ、私の取扱説明書(私のトリセツ)。特徴(性格:物静かでひとりを好む、好きなことにこだわる、無駄なことに手を出さない 好きなこと:ガーデニング、JAZZレコード蒐集・鑑賞、珈琲を飲む、ランニング、読書、カメラ 苦手なこと:高い所)、活用方法(ゴールを決めて走るときに力を発揮、薔薇の手入れをしてるときは機嫌が良くなる、段取りの悪い仕事には機嫌が悪くなる、決まったゴールから前に遡って逆算し計画を立て動いてください)自由に一言(一度きりの人生、端から端まで楽しみましょう)
自由に一言には、たくさん話しかけてください、友達になって欲しいという言葉が多く記載されていました。最初は緊張している様子が見られましたが、最近は登下校、授業、HR内においてみんな明るい表情で活動しており、円滑なコミュニケーションが図られているように感じています。たくさんの友達ができたということでしょうか。
急に想い出しました。ずっと昔、妻にこんなことを言われました。「誰にも邪魔されない時間を求める人だってわかっているから、それを感じる時はそーっとしてあげるようにしている」この言葉を聞いたときの背景はここには書けませんが、きっと私の取扱に気を遣ってくれたのだろうと思います。
自分を知る、相手を知る。たいていはトリセツはありませんから会話をして行動を見て理解していくしかないのでしょう。人とのつながりが続く人生において、知ることは永遠のテーマなのかもしれません。
「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。
今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。
十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。
本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。
さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。
ありがとうございます。
主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。
私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。
昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。
さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」
自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。
昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。
今日は写真2枚。
18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)
生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。
そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。
いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。
さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。
進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。
学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
note https://b-shoei-hs.note.jp/
さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。
今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。
3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。
前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。
それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。
学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。
さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。
夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。
我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。
自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。
尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。
冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。
今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。
岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。
前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。
「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」
唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。
あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。
大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。
5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。
メカトロ・エンジニア系列は工業を幅広く学ぶことができます。工業高校の●●科となりますと、●●に特化した学びになります。例えば電気科であれば電気、というように。本校は、機械、電子機械、電気、情報、建築を体験をとおして学べるおもしろいスタイルをとっています。工業に限ったことではありませんが、電気なら電気だけですべてが成り立つわけではなく、そこには機械や情報など多くの技術が組み合わさっています。幅広く学ぶことで見えてくる世界が変わってきます。
私は電気専門でこの世界に飛び込みました。最初に勤めた学校では電気科と電子科が合体した学科で、当時のH学科長から「電気のプロはわかったから電気は捨てて、これからは電子のプロになってください」初っぱなからわけのわからないお言葉をいただきました。電子回路を理解してものをつくりなさい、ということを指示され、学科長がささっと書いた電子回路を渡され回路づくりをするような日々になりました。こんなはずじゃなかったとは思いましたが、何もわからないのでとにかく一から勉強しました。
2校目は機械科に所属しました。「機械科の中で電気をしっかり教えるように」と校長先生に言われての異動でしたが、I学科長に「ここは機械科だから電気はいらない」と職員室で言われました。悔しくて涙が出ました。自分は何のためにここに来たのだろう、と。初日から辞めることを考えて一年後、機械ができる自分になればいいのではないかと突然ひらめいたわけです。私と同い年の実習助手の先生にお願いして、生徒が下校したあとに旋盤、板金、溶接、鋳造などひととおり教えてもらいました。
この2つの経験がどれほど私を高めたか・・・後に何度もこのことを思いましたし、2名の学科長との出逢いが私の教職としての幅を思い切り広げてくれました。感謝しかありません。スペシャルなことに磨きをかけることも大切ですが、右と左にある世界にも目を向けていくことで自分に備わるモノが増えていくことを教えてくれたわけです。『物事を負に捉えるのではなく正に捉える』私のスタンスが生まれたきっかけでもあります。これは私の生き方をも変えました。本当にありがたいことです。
電気のプロではありますが、機械も電子もそこそこわかる。機械と電子のプロフェッショナルではないけれど、そこに躊躇することなく立ち入ることができる自分がいます。本校のメカトロ・エンジニア系列で学ぶ生徒を見ていて、何故かそこに自分の過去を照らし合わせてしまいます。幅広く多くのことを学べ、と。
すべては経験です。経験があるかないかはその先の人生に何かしらの影響を及ぼす、と私は考えます。経験は宝物です。
(本日から不在ですが、前日のタイマ設定でアップしました)
濃さの異なる塩水(食塩の量を20g、15g、10g、5g)に絵の具で色をつけて、フラスコに濃い順番に一つずつ入れていくと、カラフルな水の層をつくることができます。生徒は液体の比重を理解するため食塩水のカラフルタワーの実験に取り組んでいました。最初に仮説を立てて実際にやってみてその結果どうなるか。仮説のとおりであれば良し、仮説のとおりにならなかったのであればどうしてなのかを考える。教科担任は何も言わずただ見守っていました。答えは自分で見つけなさい、ということです。手取り足取り教えることがすべてではないんだよな、と改めて思ったところです。
私は一人の生徒に質問しました。「綺麗に色分けされた食塩水だけど撹拌したらどうなるんだろ」たいていは色分けに満足して終わるのでしょうが、意地悪な私はそう生徒に問いかけました。うむ - 生徒は期待と不安交じりにかき混ぜました。さて、答えはどうなるのか。ただそうなったんだではなく、〇〇だからこうなるんだというものを是非掴み取って欲しい。
実験をしている生徒は楽しそうでした。教室で受けている授業と表情が異なります。もともと選択科目ですから興味津々で参加しているのですが、その姿を見ている私も楽しい気持ちになりました。
私は選択科目のある高校で学ぶことはなかったので本校の学びのスタイルに興味があります。以前勤めた後志管内の学校も多岐にわたる選択科目があって毎日授業を見て回るのが楽しかったです。
城谷教授のもとで超伝導物質をつくる研究をしていました。大学時代のことです。ゼミはとにかく厳しかったです。「何故」の攻撃がすさまじかった。私が「これは〇〇〇になります」と言うと「それは何故」と先生が説明を求めてきます。それに対して返答すると再び「何故そうなるの」これが延々続きます。最後の最後は答えられなくなりただただ周りに助けを求める状態に追い込まれる・・・これは先生の意地悪ではありません。先生が求めたことは根拠です。教科書に書いてあるからそうなんだではなく、本質を理解して物事を語りなさいよ、ということです。勉強になりました。
興味のあることを深く学べる学校っておもしろいですよ。おもしろいから学びが深まるわけです。
さてしばらく出張等で不在となります。次回の更新は来週です。また来週お会いしましょう。
大抵の人はつくることよりも購入することを考えてしまう。いや、そもそもつくることを考えないかもしれません。これから先こうした傾向はさらに強まっていくような気がします。それがいいことなのかどうなのかはわかりませんが。
管理職になって8年目。この間つくることがなくなってしまいました。それ以前は真空管アンプやFMラジオ、ラジコン、トランシーバなど、役に立つのかはわからないけれど回路図を書いては部品を集め、ハンダごてを右手に電子工作に明け暮れていました。真空管は別として、ほとんどはマイクロコンピュータを回路に組み込みますから、プログラミングもしなければなりません。エラーを修正してはプログラムを転送することを幾度も幾度も繰り返して漸く完成となります。
お店で2千円程度で売られているラジオも自分で一からつくるとなると5千円程度かかってしまう。レジをとおせば一瞬、つくれば20日。これならやはり商品を購入するとなってしまいますよね。ただ、ここは決定的に違います。『つくることによって本質を理解することができる。理解できた喜びから次なるものをつくりたくなる』
教科書に書かれた文字を右から左に読んで理解できたからといって、ものがつくれるとは限りません。意外とつくれないと思います。ものづくりは経験とセンスがモノをいうからです。とにかくつくり込まなければ身に付きません。
デザイン系列の授業でクラフトテープでカゴをつくっていました。説明書を読むだけで終わればそれは唯の読書で終わりです。じゃ、つくってみよう。ここから一人ひとりの世界がスタートします。編み方のコツを掴めばオリジナルの作品をつくることもできます。役に立つ立たないの損得ではなく、つくった経験が新たな挑戦に結びつき、誰かに喜ばれたり自らのウェルビーイングにつながったりしていく。これって素敵なことですよね。教科担任が「じゃここまでやってみて」と指示していますが、コツがわかっておもしろくなって先に先に作業を進行している・・・わかる、その気持ち。ハマると手も気持ちも前に前に進んでしまいます。そこがおもしろさ。ものをつくる魅力。
教科書に書かれたことをただ記憶に留めておく時代はとっくに終わりました。私たちが高校生の時は知識のある人が優秀、知識偏重でした。今は知識だけでは世界は渡っていけません。それを知って次にどうしていくのかが問われる時代です。
体験的に学びを深めていく本校の教育のおもしろさを多くの人に知って欲しいと思っています。本校の教育活動に興味を持たれた中学生や保護者等の方がいらっしゃいましたら、いつでも御連絡ください。その都度対応させていただきます。
43万6千アクセスをいただきました。ありがとうございます。
高校に入学したら部活動どうしようかな - 私もそうしたことを考えました。40年も前のことになります。えっ、あれから40年も過ぎてしまったのか。1秒1分1時間を積み重ね前に進んでいく。時は止まらない。積んで積み重ねて1261440000秒。この数字がどれくらいすごいものなのかはわかりませんが、とにかく高校に入学してから歩んできた秒数(時間)です。
私は落ち着きがなく周囲に迷惑をかける子どもでした。授業中に立ち歩き人を叩いて回ったり、気に食わないことがあると唾をかけたり。ほとんどは忘れてしまいましたが、これだけは今でも鮮明に覚えています。私はあるときテル(通称)に唾をかけ、それを知った担任の先生が泣いているテルに対して「唾をかけられた人の気持ちをわからせるためにあなたも日下くんに同じことをしなさい」と鬼の形相で言ったその日の出来事です。とにかくこんなことばかりしていて、親も学校も困らせていました。
どうしてそのようなことをしたのかは自分でもわかりません。恥ずかしく情けなくとても自慢できるようなことではありません。戻れるのであればそんなことをしない自分になりたい・・・父にも母にも先生にも叱られてばかりで、でも近くにいた祖父母はやさしくて私にとってはそこが安らぎの場であり唯一の居場所でした。何かそうしたところに原因があるのだろうな、と私なりに考えています。
この話を書きたかったわけではありません。余計なことを想い出して書いてしまいました。そういう子どもでしたから父が誰に吹き込まれたのかはわかりませんが、ある日突然私をトラックに乗せ(トラックが自家用車でどこに行くのもトラックでした)何も言わず剣道の道場に私を連れて行ったのです。父が剣道着を身につけた人に丁重な姿勢で歩み寄り一言二言言って頭を下げていました。そんな父を見たのは初めてのことでびっくりしたわけですが、それよりも驚いたことは私の意見を聞くでもなくこの日に加入の手続がなされたことでした。「これから毎週火曜日と金曜日の18時からお前はここに来ることになったぞ」父が私の剣道を見に来てくれたことはありません。この日、この1回限りです。私の行動を正すために剣道をさせる、というのが悩んだ末の父の結論だったのかもしれません。
結局、高校3年生まで剣道を続けました。小学校の野球チームにも所属し、中学では1年生の途中まで野球部に所属しました。いろいろなことがあって(詳しくは書きません)途中で退部しました。高校では別な部活動も考えましたが、そのままの流れで剣道部に入部しました。中学生までは道場備え付けの防具を借りて練習していたので、自分の防具で剣道をしたかったわけです。ずいぶんと高級な防具を買ってもらい3年間剣道に打ち込みました。ですから私は有段者です。
3年生の高体連で3回戦4回戦と勝ち進んで全道が見えたところで敗退。私はここで剣道ときれいにおさらばすることにしました。もう二度と剣道はしない。防具と竹刀はもう長いこと実家の納戸に眠っています。
本日の写真は、少し前のものになります。作品づくりをした生徒さんごめんなさい。 もっと早くに掲載してあげれば良かった・・・高校に入って初めて生けたお花はどうでしたか。お花の美しさは当然のことお花自身が発するやさしさやあたたかさに触れられたかな。毎日作品の横を通るすべての生徒もきっと何かを感じてくれているはず。これから先も華道部でお花と向き合う素敵な時間を過ごしてください。
待つと長くて来てしまうとあっという間。5月の大型連休も終わってしまいました。本日から通常の生活がスタート。何となく身体が重たい・・・これって私だけではないのかもしれません。
早い桜に連休中の雪と20度を超える気温。風も強く不思議な連休でもありました。次男は大学時代を過ごした岡山に飛び、長男は仕事を兼ねて数日だけ帰ってきたけれど、もう昔のように家族が揃った時間は持てなくなりました。子育てから手が離れ子どもは子どもの生活、私と妻もそれぞれの時間の過ごし方になりました。いつの間にか家族のスタイルが変わってしまいました。
長男を新千歳空港まで送った帰り道、妻と長沼で軽い飲食を兼ねた8キロのランニング、さらに南幌にも車を停めて6キロのランニングを楽しみました。普段は通過するだけの町ですが、ランニングでぐるぐる駆け巡ると町のつくりや数々のお店と出会うことができ、それはそれで楽しい時間になりました。次はガーデニングで有名な恵庭を走り、庭づくりを勉強しながらランニングしようと話をしているところです。
結局、ランニングとガーデニングに明け暮れました。自宅から距離にして2キロメートルのところに桜並木があります。大きな公園の遊歩道に沿って桜が綺麗に咲き誇ります。自分の足でそこに向かい来年まで見納めになる桜の下でひとり静かな時間を過ごしました。誰にも邪魔をされない贅沢な時間になりました。
さて、気温が高くなりそうです。20度、25度という日が出てきます。油断をすると熱中症の危険が出てきますから、こまめな水分補給をしましょう。
生徒の皆さんへ。連休を楽しみにしていたはず。部活動の練習や練習試合で予定が埋まっている人や家族との旅行、アルバイト・・・それぞれの過ごし方がありますが、昨日の交通安全・防犯教室における講話のことを頭の片隅において生活してください。特に自転車に乗るときは自動車や歩行者に注意してください。
やはり今年の桜は10日ほど早かったかも。毎年ここの桜(札幌の新川通)を見に来ています。ゴールデンウィークの後半に満開になりますが今年は4月末の週末で満開でした。
桜を早く見られるのは嬉しいけれど環境の変化がそうさせているのだとしたら複雑です。来年はゴールデンウィーク後半に満開になって欲しい。
昨夕、国道沿いを歩いていましたら「あれっ、校長先生?」と声をかけられました。愛犬と散歩中の女性でした。「そうですが」「なんか似ているからそうではないかなと思って声をかけました」
2年次生の生徒の保護者の方でした。私は直接お話をしたことはありませんが、きっと学校へお越しの際に特徴的な私の顔を見て記憶してくれていたのでしょうね。嬉しいような、緊張するような。校長は町の顔、という言葉をずいぶん前に誰かから聞いたことがありますが、本当にそうなんだなと改めて思った次第です。気を引き締めなければなりません。お声をかけていただきありがとうございました。
短い距離をお話しながら歩きました。「今年の1年生少なかったんですね。私の子どもの時も人数少なかったけれど、少ないと寂しくなりますよね」「今新しい取組をしていきますのでお気づきのことがあったらいつでも御意見をください。いただいた意見が何かを変えるきっかけになると思いますので」このようなお話をしてお別れしました。
さて、話は変わりますが、皆さん、良き連休をお過ごしください。
4月25日(土)本校で開催した授業参観並びにPTA総会ですが、無事に終了いたしました。ありがとうございました。
今年は、授業参観に多くの保護者等の方がお越しになり、生徒の様子を見ていただくことができました。PTA総会の出席が少なかったのが心残りではありますが、相馬PTA会長の離任と新PTA役員が決定し安心しているところです。学校はPTA役員の方々だけではなく、すべての保護者等の皆様のお力添えをいただき活動を行っていく場でもあります。今後とも御理解と御協力をお願いいたします。
PTA総会に出席することでPTA会費の取扱や行事計画等を知っていただくことができます。出席するとPTA役員やクラス役員をお願いされるということは一切ありませんので、次年度お気軽に参加ください。
出張等が続きますので、不定期な更新になるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします。
昨年、美唄市立美唄中学校の浅利校長先生から株式会社道央メタル様を御紹介いただき、メカトロ・エンジニア系列の工業科の教職員が工場見学に伺った、これが縁結びのなれそめになります。私は浅利校長先生から話を受けたあとにホームページを拝見し、数多くの金属加工品を製造されていることを知りました。特にメカトロ・エンジニア系列を選択した生徒が、自らの学びの先にある姿をイメージできる大変興味深い業務を展開されています。
その後話が進み、昨年度末に工場長様を始めとするスタッフがわざわざ本校に来校し、メカトロ・エンジニア系列の生徒向けに出前授業を行ってくれました。最先端の工作機械を使った金属加工について説明をいただき、生徒にとって大変有意義な時間になりました。工業を専門とする私にとても勉強になりましたし、ものづくりが好きですから働いてみたいなとも思いました。
前置きはこのくらいにしますが、以前に名刺ケースにまつわる話をブログ内に記述させていただきましたが、ホームページを見て真っ先に心打たれたのがまさに道央メタル様が製造された『名刺ケース』です。私の宝物として、またそのデザイン性から広がる人とのつながりを楽しみに毎日ポケットに入れています。こだわりのアイテムです。
さて、御縁をいただきたことに感謝していたところに、道央メタル様のお心遣いにより製作された校章エンブレムが届けられました。設計から製造、完成まで3週間を要したまさにこだわりとプロ魂を感じるエンブレムです。
美唄尚栄高校がここに開校(平成23年4月1日)してから15年が経過し、今までの歴史への敬意とこれからの躍進に向けた象徴的な校章エンブレムである、と受け止めさせていただいております。ここに集う生徒たちが普段から目にできる場所への展示と入学式及び卒業式等の式典や集会時等において演台に飾りたいと考えています。
生徒向けのお披露目が終わったあとは、職員玄関から入って左手に設置された賞状等を飾る収納ケースで展示いたします。本校にお越しの際は是非御覧ください。
昨年度末、本校にとっては大きな転換がありました。『定期考査の実施を廃止する』としたわけです。この4月からその形で動いています。スタートしたばかりですからさまざまな課題は出てくると思いますが、こまめな情報交換と職場内の研修を繰り返して、本校にふさわしい評価スタイルの確立に向けて勉強していきましょう。
私が感激したのは『廃止したこと』ではなく、これが先生方の声の中から発議され分掌で検討を繰り返し会議のテーブルに上がってきたことでした。学校現場ではここが一番難しく壁が高いのです。よくぞやってくれました - 組織の成長を感じた瞬間でもありましたし、心の中で先生方に対して大きな拍手を送りました。
数年前に教頭として勤務した学校で、観点別評価の適切な実施に向けて教務部長と一緒に勉強し、どのように学校に落とし込んでいくかを話し合いました。そこで一致した意見は定期考査の廃止でした。その日、その時間の授業で生徒の変容を見取っていくのですから定期考査の実施は必要なのか、となったのです。校長先生に説明申し上げ背中を押していただきました。そこから先生方と議論を重ね結果的に廃止となりました。管内初、おそらく全道でもそう例のないケースだったはずです。
そのときと今回の本校での動きはまったく異なります。私のような管理職は教育の動向にアンテナが高いのは当たり前で、時代に合わせた学校改革を常に考えています。あぁなれば、こうなれば、ということを考え、それをどのように実現させるかに頭を使う毎日です。その一つひとつを先生方に気付かせてボトムアップで組織を変えていく、またはその逆にトップダウンで変えていく、選択肢はどちらかしかないわけですが、可能な限り前者であるのが望ましいわけです。
これだけ時代が変化していますので、学校現場もその時代の流れに乗っていかなければならないと考えています。私はこのことを着任早々から先生方にお伝えしています。20年30年前に決められたことが今の時代にあっていないのはいわば当たり前で、学校、教職員、生徒がWin-Winになれるようにどうすべきかを目指すことがストレスフリーになります。踏襲したり昔からこうだからに縛られるとお互いが窮屈になり、答えはすぐ手の届くところにあるのに別な着地をして混乱する。せっかく使うエネルギーならば効果と意味のあるものにすべきです。
本校の先生方に感謝していることは、必要なものや変えたいことを見つけ動いてくれるようになったことです。自分たちの手で変えることができた、という体験はやりがいや自信につながります。そして次なる疑問や?(はてな)の気づきを生み出します。これが課題解決に向けた一步になり改善に向かっていきます。あとは循環していくだけです。コツを掴めばとにかく回転します。
誰かの思いやアイデアはまずしっかり聴く - はなから否定するのではなく、「実現できたらおもしろいよね」「実現させるためにどうしたらいいだろ」という姿勢で聴いてみる。本来、変わることっておもしろいことなのですから。小さなことにみんなで磨きをかけていけば学校全体を変える大きな原動力になる。私はそう考えます。
さて、生徒の皆さん、考査がなくなったという言葉に喜んではいられませんよ。すでに評価の在り方について文書も発出していますし教科担任からも説明があったと思いますが、今日受けたその授業の学びの成果が評価されています。一時間一時間の授業が、今まで以上に重要になった、と考えなければなりません。
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