北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
11月4日(水)本校の教育活動の充実のためクーラー機器等を御寄贈いただいた株式会社高瀬工業(美唄市字茶志内888番地)様に対し、感謝状贈呈式を執り行いました。
写真はセレモニー終了後の一枚です。いつもですと生徒は感謝の言葉を述べ記念品をお渡しして校長室をあとにしますが、少しだけ時間をつくって対話の時間を設けました。毎日接する教職員以外の大人とどのくらい会話ができるのか見てみたいという私なりの想いがありました。私は間に入らずただ見守っておりました。
高瀬様にはかなり気を遣わせてしまいましたが、高校卒業後の進路のこと、先日終えたばかりの見学旅行の様子などのやりとりがありました。もう少し時間があるとぎこちなさがなくなって、スムーズな対話を見ることができたと思います。
初めてお目に掛かる方、自分よりも年上の方との会話に戸惑う若者が多いと聞きます。何を話していいかわからない、聞かれることが昭和的でなんて答えたら良いかわからない・・・社会に出て真っ先にぶち当たる壁なのかもしれません。ただ、難しく考えるのではなく、一歩踏み出しましょう。それで何とかなるものです。
本校は地元の企業様を始めとする多くの方々に支えられています。その期待に応えられるよう教育活動を展開してまいります。
今後とも変わらぬ御支援と御協力をお願いいたします。
札幌に住んで15年。毎年欠かさず出向く場所があります。ここ北海道大学の銀杏並木がそのひとつ(写真は工学部の校舎側から撮影しています)。今年はミラーレス一眼を持ちしっかり写真を撮ろうと出掛け、よしよしと思ったときに強風の雨模様となり、シャッタもそれほど押さずに駐車場に戻る始末。それでも、今年もこの場所に立ちこの景色を眺めることができたのだから良しとしましょう。
あの晩も雨が降ってとにかく寒かったなぁ - 夜のライトアップがきれいなこと、帰りはどこかで御飯を食べて帰ろうという誘い文句で家を出ました。長男が中1、次男が小5ですから13年前のことになります。二人のサッカーと野球の練習が終わった晩だったと思います。妻は大きな手術から半年が経過したものの体調が優れず体力の回復もまだまだという状態でした。
私は、ここでどうしても妻と子どもを写真に収めたかったのです。この先もずっと元気でいられると信じる傍らで、もしかすると・・・などといらないことが脳裏をかすめ、私は私なりの辛い毎日を過ごしていました。言葉では言い表すことのできない不安 - 一時でも考えない時間が欲しかった。何をしたらいいのかもわからない中で、家族のいい時間をしっかり刻むべきなんだろうな、とぼんやりと考えていた時期でもありました。
13条門から少し歩くとそこはもう人でごった返し、さらに雨によって一人ひとりが傘を差すものだからすれ違うのもやっとで、のんびり写真を撮るような状況ではなかったけれど、私は三人を歩道の左側に寄せ、かじかんだ手でシャッタを何度も押しました。子どもたちは銀杏並木もライトアップにもまったく興味を示さず、ただただ御飯のことだけを考えており、さっさと雨の当たらないあたたかなお店に入りたい様子でした。だから、三人を並べて撮った写真の妻は笑っていますが二人は憮然と立っており、それが妙に面白く私にとっては嬉しい写真になりました。
四人でここを歩いたのはあの晩が最初で最後になりましたが、私は昨年に引き続き妻とふたりここを歩くことができました。もう何の贅沢もいりませんし、何の欲もありません。昔のことを静かに懐かしみながら、美しい風景の中を歩く - そんな時間がたまにあるだけでいい・・・そう思いながら過ごす毎日です。
ホームページアクセス数は70万を迎えました。先週末から1日あたり4500を超える訪問をいただけるサイトに成長しました。令和7年4月23日(95,730)の朝から毎日同じ時間にアクセス数をノートに記録しています。翌日の4月24日は96,191、25日は96,696と、1日あたり400アクセスあるかないかの訪問者数で推移しておりました。昨年の11月4日は239,149と記録されています。
学校の教育活動を毎日発信し続けることの大切さを実感しております。興味を持って見てくれる方がいる限り、私たちは発信を滞らせてはなりません。生徒たちの声は、「広がりを考えるならインスタグラムの方がいいですよ」です。確かにそれは私もわかりますが、インスタグラムにはないホームページなりの良さがあるはずだ、と昭和の私は考えています(インスタグラムもnoteもしっかり更新しております)。
新しいことへの挑戦の他に、長きに渡って取り組んできた教育活動に付加価値をつけることを教職員にお願いしてきました。お願いする以上口先だけではなく自らもその背中を見せなければなりません(これは私のスタンスでもあります)。難しいことを宿題にしたつもりはありません。答えは簡単です。誰か任せにしない、学校の中で完結しない。『今まで不足していた情報発信を付け加えること』ただそれだけです。知ってもらうためには胸襟を開かなければなりません。まだまだ情報発信に対する課題はありますが、発信し続けてきたから70万という数字をいただけたと考えています。
何度も書いてきましたが、記事をアップすると必ず見てくれている方がいる - この事実は本校の教職員にとっては励みになりますし、自校の、自らの教育活動に対するモチベーションの向上につながります。また、記事の一つひとつが「これ私だ」「うちのクラスだ」「これってあなたのことじゃない」と生徒と保護者等を結ぶ架け橋になるとも思っています。生徒、保護者等、教職員の三者の気持ちがいい波に乗るように私はただ舵取りをするだけです。
これからも御訪問ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
フード系列2年次生が主体となったマルシェ「Marche KANAU」のオープニングイベントが無事終了しました。14時に開店を迎えましたが、10分程前から開店を待つ保護者等の方もおり、1時間ほどで品物が完売する盛況ぶりでした。
まずは、本校のホームページ及びインスタグラム、教頭先生からマルシェオープンに関する案内を一斉配信により宣伝させていただきました。それらを見てお越しいただいた多くの保護者等の皆様、御来校ありがとうございました。今後も月一回実施してまいります。お友達や親類をお誘いの上お越しいただけますと幸いです。
担当した教職員と2年次生は、準備と当日の運営で慌ただしい時間を過ごしたことと思います。イベントを盛り上げてくれてありがとう。うまくいったことと失敗したことを整理し、2回目(11月20日(金)勤労感謝イベント)はもっといい形になるようにしていきましょう。
自分たちが製造した食品がお客様の手元に届く - 一連の流れを見届けられたことは大変有意義です。一部の生徒は、札幌市内や東京の催事場等で販売スタッフとして参加しておりますが、多くの生徒は製造までしか関わっておりません。食品もモノもつくって終わりではない、ということです。全員が製造から販売まで関われたのはすごいこと。
私が着任時から話していることですが、「つくった先を考えること」「手にしてくれた方の意見をしっかり受け止めること」個人レベルの域で終わるのであればつくって満足も良し。しかし、自分の域を超えるのであれば、それをつくったからどうしたの?という世間一般の意見に対して、納得、理解させるだけの説明が求められます。自己満足から他己満足を考える。ものづくりに求められる大切な視点です。
完売してすぐの生徒たちです。いい顔していませんか!学びに満足しているか、本校の教育活動に満足しているか - この表情が答えなんだと私は考えています。
華道部の生徒が作品を届けてくれました。ありがとうございます。「見たことのない変わった花だねぇ、名前は何というの」「えっ、わかりません」「バナナみたいだよね」「そう言われればバナナ、なんかそんな感じの名前だったような気がします」「Google先生に聞いてみたらわかるよね」「そうですよね」そんな会話をしながら事務長に写真を撮ってもらいました。
インターネットの向こう側から返ってきた答えになります。カンガルーポー:(名前の由来 英語でカンガルーの足)ふさふさとした毛に覆われた筒状の花姿が前足に似ていることに由来、とあります。カンガルーの前足をまじまじと見たことはありませんが、きっとこの花のような感じなのでしょうね。不思議な花ですが、世の中にはまだまだ見たことのない変わった花があって、おもしろい。
「校長先生、見学旅行楽しかったですか」「昨年もあなたたちと一緒に行ったけれども、同じくらい楽しかったよ」「今年の2年生いいですよね」「どうして?」「だってインスタ見たら写真がいっぱいあって、私たちの時はそんなに写真上がってなかったですも」「ごめんなさい、それは私の責任だね。もう遅いけれどたくさん写真を撮ってインスタに上げれば良かったね。ごめんなさい。」
お花をいただいた嬉しさは見学旅行の写真の話で消えてしまいました。失敗した・・・生徒はそこを期待していたのか、ということを痛感しました。生徒にとっては一度しかない高校の見学旅行です。もっとやってあげられることがあった・・・可哀想なことをしました。ごめんなさい。
お子様の様子を知りたいだろうな、と考えて時間を見つけてはホームページ、インスタグラム、noteに更新をしてきました。でも、生徒の言葉を聞いてまだまだ抜けているところがあるな、と反省しています。生徒が喜んでくれる情報発信の在り方について勉強しなければなりません。
上述の反省は反省として、29日(木)から30日(金)の24時間でホームページ閲覧数4,000アクセスをいただきました。今までで一番多いアクセス数で驚いております。情報発信をして、それを受け止めてくれる方がいるというのは、本校の教職員にとって何よりの喜びであり、自信や誇りにつながっていきます。毎日御覧になってくれている方、何かの拍子に辿り着いた方、ありがとうございます。今後も生徒の様子、学校の活動を積極的に発信してまいります。よろしくお願いいたします。
この企画を知ったのは見学旅行から帰ってきてからです。わずか数日前のことです。学校を預かる者としてそんなことでいいのかと叱責されそうですが、私は仮に叱られたとしても、先生方がやってみたいと思うことを、先生方で話し合い盛り上がって挑戦してくれたことに感謝します。いきなり型の提案と実施が逆に嬉しくてありがたくて涙が出てきます。
本校は体験しながら多くのことを学んでいく学校であり、毎日どこかの教室、実習室で作品や食品がつくられています。パンの焼ける香りや溶接の匂い、甘いスイーツの香りに料理の匂いが漂う幸せな学校です。私は毎日幸せな環境で幸せいっぱいで働いています。どこを探してもこうした学校はないと自負しています。
本校に着任してすぐに、成果物を展示したり販売する機会を設けたら、と話をしました。商業施設をお借りして市民向けに年一回のフェアを実施していたようですが、私はそれはそれとして、友達がつくった作品や食品を見たり買ったり、本校にお子様を預けてくれた保護者等が気軽に学校に足を運び、学びの成果を手にとることができたらどんなに素敵だろうか、と考えておりました。その願いを先生方がとうとう叶えてくれました。私は幸せ者です。ありがとうございます。
地域から信頼される学校づくりのために、すべての学校が知恵を出し合い特色を打ち出し成果をあげています。私も毎日どうすべきかを考えていますが、一番は美唄尚栄高校の生徒と保護者等の満足度を如何に高めるか、この視点を大切にしています。ここがブレると地域へどんなに発信しても効果なしです。外の前に内です。
さて、私は先生方には常に挑戦者であって欲しい、と思っています。そのメッセージを場面場面で発信もしてきました。「やる前から意味がないと決めつけないこと」「どうせやるなら楽しんでやること」「誰かの挑戦を批判するのではなく応援すること」「失敗があれば改善に向けた提案をすること」「やってみて成果が出ないのであれば思いきってやめる勇気を持つこと」「どうしたら成果が出るかを考えてみること」
想いを形にするのは大変です。しかし、想いを想いのままで終わらせてしまうのはその人にとっても組織にとっても学校にとっても不幸です。「まずやってみよう」その言葉さえあれば、挑戦者になれます。挑戦しない人生よりも挑戦する人生であって欲しい。そこに働く意味、生きる意味があると私は信じます。そして何より先生が挑戦者なら生徒も挑戦者になります。私もここにこれを書いている以上、最後まで挑戦者であり続けます。
さぁ、明日10月30日(金)14時 マルシェ開店です!
是非、足を運んでください!お待ちしております。
※1日1つ更新ですが、本日初めて2つ更新しました。
仕事帰りの道中は雪が降っており、今晩のランニングはどうしようか、休もう、でも、あと25キロで月間300オーバーだから今日の5キロランをするかしないかは大きいしなぁ・・・職場の玄関から借家までのわずか5分間で、どうでもいいような葛藤です。結局、冬用のランニングシューズを札幌の自宅に持ち帰っていなかったら走ることに決めて家に帰りました。下駄箱を開くと持ち帰らずに置いていたシューズが入っていて、夕食後に外に出ました。
美唄の夜は静かですれ違う人もほぼいません。自分だけに与えられたまちみたいな感覚になります。この贅沢感が気に入っています。贅沢ですよね、まちが自分だけのステージになるわけですから。札幌に帰ると駅から近いこともあって自宅周辺は深夜遅くまで人が行き交います。落ち着かないわけではありませんが、声が聞こえたりエンジンの音が聞こえたりとあまりいい気持ちはしません。
同じようなコースを1年半ランニングしてきたからこそ、季節の移ろいをまざまざと感じます。春に見せる景色、夏に向けた彩り、秋の寂しさ、冬への衣替え。その時々に見せてくれる風景を楽しんできました。
自動車の運転席からではなく、自分の足で歩き回ることで、私はまちの良さや素晴らしいまちの風景を心に刻み込んできました。人は「そんなのどこにでもあるただの風景だろうさ」と言うでしょう。それはそのとおりでありそう思われる人が決して悪いわけでもありません。受け止め方ですから。
市役所の駐車場に差しかかったときに、この銀杏と出逢いました。市長様や教育長様を始めとする多くの市職員への挨拶や打合せでここを訪れていたけれど、この樹をじっくり見たことはありませんでした。何のことはない銀杏ではありますが、私はこの日この時間のこの銀杏をこの先も忘れないだろうと思います。私にはそのような美唄の風景がいくつも心に焼き付けています。当ブログに掲載してきた写真もその一部です。
さて、道路事情が悪くなりますので、交通機関の乱れや自転車から徒歩への切替など、通学の状況も変化するときです。御家庭におかれましては、お子様の就寝時間や起床時間、健康管理等にお気遣いいただけますと幸いです。お身体御自愛ください。
天気予報のとおりの朝になりました。湿った雪がうっすら積もり、玄関を出ると雪が降ってきました。根雪はまだまだ先のことになるのでしょうが、晩秋から初冬へ季節は一步進んでしまいました。来るものは来るのですね。もうため息しか出ません。
昨日、空知の実家に行きお袋に会ってきました。近くに住むすぐ下の弟も仕事帰りに顔を出し、千葉に在住する一番下の弟の分を含めた兄弟3人からの喜寿祝を渡してきました。お袋が77歳になったのは半年ほど前になりますが、それぞれのスケジュールを合わせることができず集合型のお祝いができないままになっていました。来月上旬にお袋が豪華客船の旅に出ることになり、お祝いを兼ねたお小遣いを渡そうということになったわけです。
お袋が21歳のときに私が生まれ、2年おきに二人の弟が誕生しました。親父の少ない稼ぎで家族5人がよくもまぁ生活できたものだと、社会人になり初めて給料を手にしたときに思いました。私の初任給以下の給料しかもらっていなかったはず。家計のやりくり以前の問題だったと思います。
大変な生活なんだ、ということは物心ついたときから感じていました。私の衣類はすべて従兄弟からのお下がりで、私が着られなくなったものは弟たちに引き継がれていきました。擦り切れてつぎはぎだらけで、腕と足の丈はつんつるてん。靴も買ってもらえずキツキツの靴を指を曲げて履いていたので、そのときできたタコは今でも消えることなく右左に残っています。私はクラスの仲間から毎日のように笑われからかわれました。
ジーンズに作業用ジャンパーで仕事に出て行く親父を見て、私はいつも「ネクタイに背広でする仕事に就くんだ」と自分に言い聞かせていたのを覚えています。同級生の一人が私が住んでいたハモニカ長屋の団地から離れた区画の一軒家に住んでいて、その父親が背広を着た仕事していたから単純にそう思ったのです。
「さぁ、帰るわ、旅を楽しんでおいで」と私が立ち上がると、「あんた、いいスーツ着ているね。縞のラインがとてもいいね」とお袋が言いました。「オレなんかスーツ着ることないから、礼服ともう一着しかないよ」と弟。こんなやりとりがあって忘れかけていたずいぶん昔のことを唐突に想い出してしまったわけです。
33年もの間スーツを着る仕事に就いてそれもあと4年で終わります。果たしてそれが良かったのかどうかはわかりません。現時点で答えは出ません。ジャンパーとジーンズ姿の親父は親父なりに精一杯働いていたわけですから、服装がどうしたこうしたの問題ではないのです。当事者がどのような生き方をしてきたか、それに尽きる話です。帰路につく車の中で久しぶりに親父のことや昔の生活のことを考えていました。
さて、事務室と校長室は扉一枚でつながっています。間に流し台などの水廻りがあり、東向きに陽を取り込む窓ガラスがあります。そこに立つと真正面にトチノキを見ることができます。見事な紅葉です。あと数日で葉を落としますから、これを再び見られるのは一年後。昨年は木の真下に堅いトチの実がごろごろ転がっていましたが、今年は不作なのか見当たりません。トチの実の落下で車のボディが凹む心配がないことから、職員は普通に駐車しています。
※写真は昨日、10月27日(火)のものです。
あれは小学校3年生くらいのこと。記憶が間違っていなければ、私は札幌の中島公園で初めてコーヒーカップの遊具に乗り、ぐるぐる目が回って降りたところで吐いてしまいました(汚い話ですみません)。当時、ハモニカ長屋が集まる団地に住んでいて、仲良くしていたリュウジの家族や親戚が集まって遊園地に行くことになり、どういうわけか私も一緒に連れて行ってくれたのです。私の家の惨状を見て(遊園地どころの生活ではなかった)、可哀想だからということだったのだろうと思います。楽しいはずの遊園地が具合が悪くなる場所として記憶された日になったわけです。
次に遊園地に行ったのは大学時代です。これが二度目です。恋人(妻)と付き合って一度だけ苫小牧の屋内型遊園地に行きました。あれも乗ろうこれも乗ろうと誘われ、仕方なくジェットコースターに乗って、それ以外は恋人が一人乗る遊具の周りに立って写真を撮っていました。よくもまぁ見捨てられなかったなと思います。三度目は結婚してすぐの東京●●ランド。乗り物には妻が一人、私は一切乗りませんでした。コーヒーカップのトラウマです。
子どもたちを遊園地に連れて行こうよ、ということになり室蘭から岩見沢まで車を走らせ、私は乗り物に乗る妻と子どもの写真を撮るだけでした。そんなのだから家族で遊園地に出掛けたのはこれ一度きり。
USJで見る人の顔は皆ニコニコと幸せそう。唯一人憂鬱な顔をしているのは私であり、この場にふさわしくない迷惑なお客です。ごった返す人混みの中で、私は一度しかない家族との時間を、子どもたちが一番行きたかったであろう遊園地で過ごさなかったことに、申し訳なさやら後悔やらを感じなら立ちすくんでいました。遊園地に行きたかったんだろうな、もっとあちらこちらに連れて行ってあげればよかったな・・・もう遅いです。
確かにトラウマもありますが、苫小牧で単身赴任をしていたとき、冬場に総合体育館のトレーニング室でランニングマシンを走り、ローラーから降りると床が自分に迫ってくる感覚に具合が悪くなりひどい目に遭いました。きっと三半規管が一般の人よりも弱いのか敏感なのかわかりませんが、そこに何かしらの原因があるのだと思います。2、3回続けて前転をしても具合が悪くなります。
さて、私のことは置いておき、この集合写真は私が撮影しました。生徒と教職員の皆が幸せそうな表情を浮かべていますよね。遊園地顔と言いますか。ここに私が写らなくて本当に良かったです。もしも私が写っていたら写真が台無しになってしまいます。いい写真ですよね。遊ぶときはこういう顔になるんだなぁ・・・幸せな気持ちにさせてくれる一枚です。
見学旅行の様子につきましては、インスタグラムにアップしております。迎えに来ていた保護者等の方より、「インスタ見てました。楽しそうにしている姿を見ることができて良かったです」とお言葉をいただきました。嬉しかったです。学校祭時期にインスタグラムの効果的な更新テクニックを3年次生N君に教えてもらいました。具体的には閲覧数を上げるもので、アップする時間帯や短時間動画をまとめて更新するなどのレクチャーを受けたわけです。私は閲覧数よりもお子様の表情をとにかくタイムリーにお届けしたいという想いがあります。どちらがいいのかはわかりませんが。
室蘭、岩見沢、3泊4日の見学旅行と長く職場を離れる日が続き、本日から通常通りの出勤となりました。たくさんの回覧文書と決裁が必要な書類がテーブルに置かれています。日々送られてくるメールについては現地で確認しましたが、今度はそれらをダウンロードしパソコン上のフォルダに整理しなければなりません。落ち着くまで数日かかりそうです。
10月23日(金)新千歳空港を出発したバスは無事に学校に到着し、お迎えに来てくれた保護者等に生徒を引き渡し20時20分に解散しました。私は翌日早くに自動車の点検とタイヤ交換の約束があり、スーツケースをそのまま自動車に積んで札幌の自宅に帰りました。関西の30℃近くあった気温が札幌は10℃。寒い寒い夜でした。薄着で4日間過ごした生徒が体調を壊さないか心配です。
さて、私のランニングコース(札幌市北区)はすっかり黄色になってしまいました。先週見た時からわずか1週間で緑から黄へ一気に色を変化させ、おそらく来週は葉を落とし枝が目立つ景色に様変わりすると思われます。
気持ちは変わらず三十代四十代、のつもり。この先も変わらずそうでありたいと思います。ただ、まもなく私も56歳。鏡に映る顔には皺、頭もだいぶ白くなって、やはり年相応の姿になっています。認めたくない自分もいますが、多くのことを積み重ねた先に今の自分があるわけですから、年齢と容姿にはもちろん納得しています。若かりし日に戻りたいかと問われれば、NOです。もう二度と若い頃の苦労をしたくないからです。
先週、室蘭の出張で妻の実家に泊まりました。母親もすっかり年老いてしまい、かつてのようにちゃきちゃき台所を動き回ることができなくなってしまいました。約35年前の学生時代に初めて妻の家に招かれたとき、当時は親父さんも元気で母が緊張する私と親父さんの間を取り持とうとあぁでもないこうでもないと手を回してくれました。あのとき母がこのような姿になることなど考えもしませんでした。35年 - 時が確実に流れていることを実感しました。
自分の35年、母の35年。自分が歳を重ねるということは、当たり前のことだけれど母も歳を重ねるということです。10月初旬に空知に住むお袋にも会ってきましたが、すっかり老いてしまい、いつまでも親は若くはないんだな、ということを感じて帰ってきたところでした。二人の母親の姿を見てからというもの寂しい気持ちだけが募りますが、とにかく現実を素直に受け止めるしかないんだよ - そんなことを自分に言い聞かせています。
さて、本日は開校記念日で学校は休みです。校内にいるのは私ひとり。いつもはこの部屋に生徒たちの元気な声が聞こえてきますが、無音です。風にあおられた窓ガラスの揺れる音だけです。私は午後から岩見沢へ出張があり、出かける前にホームページを更新し、先週の回覧文書を処理しています。
出張続きで明日からは見学旅行で関西に向かいます。しばらくの間当ブログの更新はできませんが、当サイトのトピックは教職員が随時更新しますので、どうぞ御覧ください。また、見学旅行の様子は私が随時インスタグラムに更新してまいります。
急に気温が下がってきました。風邪など引かぬよう気をつけてお過ごしください。
10月13日(火)の午前中は、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした「レゴを用いたプログラミング」(北海道情報大学総合情報学部システム情報学科 准教授 棚橋二朗様)の出前授業を、午後からは全校生徒を対象とした「半導体関連産業に係る複合拠点化事業」(株式会社アルプス技研北日本事業部札幌営業所とかち分室 数田将大様)の出前授業を実施しました。御多忙の中、本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。
北海道の工業教育推進校に共通するスクール・ミッションとして、「テクノロジーで 未来を創る 人づくり」が掲げられています。地域と連携しながら最新のテクノロジー(工業技術)を学び、その技術を実践的に身に付けるための教育機関として、持続可能な北海道の発展に貢献する人材育成を目指し、本校においてもメカトロ・エンジニア系列を中心に教育活動を展開しているところです。
また、本日(10月14日(水))は、「美唄市・北海道美唄尚栄高等学校×Aha! AIアカデミー初回授業」を1年次生を対象に実施いたします。毎日AIに関するニュースが報道される中、本校といたしましても、現在在籍する生徒、これから入学してくる中学生が働き盛りで迎える2040年、2050年をたくましく生きていく力を育んでいく必要があります。
時代はどんどん変化し、変化のスピードも加速度的です。先を見越した教育について毎日思案しておりますが、やはり「外を見ること」に尽きるのだろうと思います。地域の御理解と御協力をいただかなければ学校教育は成り立ちません。
美唄市を始めとする関係者の皆様、地元企業、道内の大学の関係者様の御協力に感謝いたします。ありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
10月10日(土)さんフェア2026 第2回北海道農業高校収穫祭inイオンに本校のフード系列の生徒が参加し、肉製品や洋菓子販売、パン製造の実演・販売を行いました。本校のみならず農業を学ぶ道央圏の高校生が参加し、各学校で取り組んでいる成果を披露する素晴らしいイベントで、多くの買い物客で賑わいました。
フード系列は、実習のテーマの中にパン製造(フランスパン、メロンパン、クロワッサン、あんパンなど)があり、パンを焼く火はいい香りが校舎内に漂います。多くの人にとって、パンは買って食べるもの。いや、パンに限らず食品もモノもお店に行って買うもの。確かにそれは間違いではないし、作る人がいて買う人がいるから需要と供給のバランスが保たれる。みんながみんな作り手であれば、出来上がったものに溢れかえってしまいます。
買えばいい - 確かに手っ取り早いです。それが悪いとは言いませんが、多くの高校生は何も考えずにそうします。私自身もそうでした。出されたものを食べ、欲しいものはただ買っていました。それって、どうだったんだろうな、と考えたりもします。
すべてがそうでないとしても、専門高校や総合学科高校で学ぶ生徒たちは、「これって自分で作ることができるよな」と考えることができる。生きるための知恵が、高校段階の学びの中でしっかり身に付き、それをさらに発展させて長い人生を生きていくことができる・・・これって何にも代え難い武器になるんじゃないかな、って思います。
私もまもなく56歳になります。教職の節目と決めてた日まで4年と少しになり、次に訪れる未経験の人生を思い描いています。若かりし頃は、自分がどこの高校を卒業してどこどこの大学に入りましたという偏差値や学歴が、誰かと比して上だとか下だとかにこだわっていたけれど、そのような経歴が人生を左右することは一度もなかったな、と。そんなことよりも、どれだけのことを経験、体験してきたか - その数の多さが人生を有意義にしていく。できることなら、高校時代にもっと多くの経験、体験をしたかった。
これはあくまでも私の持論です。「箱の名前」ではなく、「箱の中で何を身に付けたか」自分の子どもにもこのことを話したことがあります。経験的、体験的に身に付けたものが多ければ多いほど、生涯にわたってたくましく生きていけるんだ、と。
専門高校、総合学科高校は箱の中を充実させる学びに溢れている。私はそのように考えて毎日働いています。
本校の見学旅行は、10月20日(火)から23日(金)(3泊4日)。行き先は、奈良県、京都府、大阪府の関西方面。7日(水)は生徒向けの見学旅行オリエンテーションが行われたところです。先のことと思っていましたが、もう目の前に。私もそろそろ準備をしなければなりません。
昨年度から旅行中の服装は自由としました。私服でも良し制服でも良し。どうするかは生徒自身に考えてもらうようにしています。暖かいところに行く寒いところに行く、そこに行くにふさわしい服装をどうするか。人に指図されるのではなく、自分で考えることです。当然、引率する教員も自分で考えた服装です(さすがに私はジーンズやTシャツでは引率しません)。おしゃべりタイムで3年次生に「昨年の見学旅行の服装を自由にしたけれど結局どうだった?」と聞きましたら、全員が「めっちゃよかったです」と言いました。よかったの意味はそれぞれであっても、取組そのものに意味があったと評価できます。
私がどうしたではなくて、担任の先生から「私服で行かせたい」という声が上がったので「いいよ」と答えただけです。ただ、私が出した条件は「引率する先生方も自由な服装にしてね」です。生徒と担任が4日間寝食を共にする貴重な時間ですから、そこに生徒と教師という関係性はあっても、普段見ることができないお互いの姿で接することが大事なんだ、と考えるからです。先生も学校を離れるとこんな格好で過ごしているんだなぁ、ということを生徒に感じとってもらうのは大切なことだと思います。
平成の中頃、校内外の生活が落ち着かない学校に勤務したときの見学旅行の話。6クラスで移動する沖縄での見学旅行でした。担任6人で出した答えは、「制服に縛り付けるのではなく私服で行かせよう。そして担任も私服で行こう」でした。変形学生服が横行していたということもありますが、生徒も先生も普段着で一緒に行動することで信頼関係や絆が深まるのではないか - そうした裏の意図がありました。
ネクタイ、スーツの教師と学生服の生徒の2軸ではなく、私服となれば身近な大人と子どもになれる、そういうことです。自主研修の時だけ私服を可能としそれ以外は制服を着用することが慣例の学校でしたが、私たちの学年は慣例を打ち破り担任の思いで新たなスタイルをとったわけです。このことで何かが大きく変わったのか・・・すぐに答えが出るのならどの学校も課題は生まれません。答えは先の先。やはり、卒業式なのです。6クラスそれぞれの生徒が、私たち担任団に感動的な涙を流させる本当に素晴らしい生徒になっていました。想い出すだけで涙が出てきます。
以下、見学旅行のしおり作成に係りお願いされた巻頭言です。(全文)
関西方面を旅先とする見学旅行の出発を迎えました。元気に美唄を出発し、無事に美唄に帰ってくるまでが旅行です。各自で体調の管理を徹底してください。
さて、38年前の私の見学旅行の話になります。確か5泊6日の長旅だったような記憶があります。列車で滝川から札幌、乗り継いで函館に到着し、青函連絡船に乗船して青森まで。そこから寝台列車に揺られて京都に到着。奈良と京都(東大寺、奈良公園、薬師寺、清水寺、二条城)で過ごして、新幹線で東京に入りました。東京は自主研修で、友達と原宿、渋谷で服を購入。帰りは羽田から飛行機に乗って千歳空港。これが人生最初の飛行機搭乗です。そこからバスで滝川。列車、船、新幹線、飛行機、バスとあらゆる乗り物を利用した旅行でした。今では考えられません。
数え数えて今回で14回見学旅行の引率です。沖縄3回、九州3回、関西・関東・東海7回、道内1回となります。どの見学旅行もクラスで、班ごとで楽しむ生徒の姿がありました。お小遣いでお土産を買って、その土地の美味しいものを食べて・・・今回もそうした生徒の皆さんを見るのが楽しみです。
5年前、6年前は新型コルナウイルスの影響で、見学旅行を実施できず、たくさんの高校生が涙をのみました。教頭として赴任したある学校では、行き先は毎年台湾と決まっていました。これが沖縄から長崎へ、長崎から大阪へ、大阪から山梨、山梨から泣く泣く青森へ、そうしたら直前に青森に緊急事態宣言が出て、岩手ならいいということになり、ただ青森は駅から一步たりとも外に出たらダメだ、という指示が出ました。もともと4泊5日の沖縄旅行が、2泊3日で岩手1泊、函館1泊の旅行になりました。実施日は変更に変更が重なって3月17日出発になりました。生徒たちに期待させては消沈させるようなことが続き、生徒のモチベーションは下がる一方でしたが、担任団が「みんなでとにかく行って想い出作りをしよう」と懸命になって説得し、全員が参加しました。もしかすると、皆さんのお兄さんやお姉さんが通った学校で同様の経験をお持ちかもしれません。
旅行にはお金がかかります。旅行費用を工面してくれた保護者等に感謝してください。当たり前、ではなくて、ありがとうの気持ちを持ってください。そうすれば1円1円がどれほど貴重で大切なものかを理解できますし、行く先々で目にするもの触れるものすべてが素直にあなたの心に記憶されます。
個人旅行ではありません。見たいところ買いたいものは人それぞれです。自分の思いを通すことだけを考えるのではなく、行動をともにする仲間の思いも考えましょう。一人ひとりの気遣いが大切です。あなたにとっても、仲間にとっても最高の想い出になる見学旅行にするために。
それでは、元気に行ってきましょう!!
今朝の玄関で。「校長先生、昨日の夜走っていましたよね」「どこで見たの?」「美唄駅のところ、踏切です」「ごめんね、気づかなくて」確かに言われるところはランニングしていました。確認はしていないけれど、もしかするとその生徒は私とすれ違いざまに声をかけてくれたのかもしれません。そうだとしたら無視する格好となり大変申し訳ないことをしました。
ランニング中はインターネットで配信されるランニングに特化した番組を聴いています(イヤフォンを介しているのであたりの音はうっすらとしか聞こえません)。日本全国、海外を含めた様々なランニング情報、ランナー事情、ランニングウォッチの使い方(私が愛用しているウォッチに特化した使い方講座)等が語られる60分のおもしろい番組です。今は簡単に、個人レベルでラジオステーションをつくることができる時代。私もJAZZやランニング、薔薇を語る番組を作って見ようかな、などと考えたりしています。インスタグラムで情報発信するのと同じくらい敷居が下がっています。本当にすごい時代です。遠い世界だったことが自分の手元にある - 触れられるところにある。
唐突ですが、想い出しました。高校時代にFMトランスミッタに電波をのせて、近くに住む友達と互いのラジオの周波数を一致させ、夜な夜な会話していたことがあった・・・電波の飛ぶ距離が短くて、もう少し先に住む彼女の家まで届けたくて、とにかくそれを実現したくて電子回路に手を加えたりアンテナを長くしたりしていたっけ。夢中になってそんなことにエネルギーを注いだけれど、結局できなくて、22時ぴったりの電話のやりとりをしていたんだよなぁ。携帯電話みたいのがあればどんなに便利だろう - あのとき本当にそうしたことを思っていた・・・そんな時代でした。
まるっきり話は変わります。昨日、一匹の雪虫が私の目の前を頼りなげに飛んでいきました。仲間はいないのだろうかとあたりに目を走らせましたが、この一匹だけ。いつ雪が降ってもおかしくないよなと思うのと同時に、受け継がれてきた命がこうして季節を間違わずに誕生してくる生命の連鎖に感動しました。好き好んで見たい虫ではないのだけれど、地球環境が大きく変化している中でもたくましく命をつないできていることは、改めて考えるとすごいことです。
借家の玄関を出て、今日も一日が始まるな、と思って見上げた空は鱗雲(巻積雲)?、羊雲(高積雲)?雲のできる高度によりカテゴライズされるようです。早足で学校の敷地に向かい一枚撮りました。雪虫もそうですが、空の雲も季節を感じさせるものになってきました。
皆さん、この空をじっくり見ましたか。一日の始まりに空を見上げてみましょう。気持ちがほぐれてすっきりしますよ。
先日の始業式の中で私が生徒に話をした内容については、当ブログ(10月1日)に全文を掲載したところです。その中で私が管理職に挑戦することになった経緯も簡単にまとめて話をしたところです。
教員になりたいなと思ったのは、私を拾い上げてくれた中学校の担任佐藤先生に憧れたからです。一人の大人(教師)が一人の子ども(生徒)、つまり私を変えた - そうするための道のりをまざまざと見せつけてくれた佐藤先生に魅了されたのです。自分もいつか・・・単純にそう思いました。
23歳でその想いは実現しました。決まっていた大学院への進学をあきらめ、電力会社への就職をあきらめての教職の道でした。3つあった選択肢。教職ではない別なくじを引いたら私の人生はどうなっていただろうか・・・そう思うことはありますが、当時、教職を選択した私は「定年まで生徒と。60歳で退職するときに卒業担任で」こう覚悟を決めました。この覚悟を捨てて管理職になってしまう自分に、それはそれでずいぶん悩みました。
立場が変わって7年半の時間が経過し、全力投球で生徒と接していた自分を想い出すと、今でも戻りたいなという気持ちは正直なところあります。ただ、しかし、です。「管理職として生徒との関係性を新たに生み出していけばいいんだ」このことに気付けたのは、やはりこの立場になったからであり、出した答えで実践できている今の自分に満足しています。生徒との距離を近くするか遠くするかは自分次第ということです。
管理職としてこのように生徒と接しなさい、という決まりはありません。自分なりの接し方をすればいい、というのが私の答えです。自らの『スタンス』がその答えを導いてくれるはずです。深い浅い長い短いはあっても、オリジナルの接し方をすればいい。これから管理職に挑戦してみないかと声をかけられる先生や、管理職に挑戦してみようかなと考えている先生、どうぞ御安心ください。オリジナルは批判されません。楽しさを実感しながら自分だけの景色をつくることができますよ。
さて、本校の教頭先生が体育の授業でサポートスタッフとして生徒と一緒に活動しているところを昨日初めて見ました。目立たず控えめに陰ながら生徒に声をかけている・・・こうした姿もまたオリジナルなんだろうと思います。答えはない、のです。こうしたらいいだろうな、ということをただただ実践するだけなのです。日本中どこを探しても時間を持て余している教頭先生はいません。じゃ、それは何か。それは教育に対する『スタンス』です。このような姿を見ることができた本校の先生や生徒は幸せだと思います。
いいなぁ、と思いました。すごいなぁ、とも思いました。同じ管理職として見習うべきことがあるな、と思いました。
一步踏み出し挑戦する先生が一人でも多く出てくることを願う日々です。
65万を超えるアクセスをいただきました。ありがとうございます。昨年のこの日を確認しましたらカウンタ数は205,104でした。主に学校HP、インスタグラム、noteの3本柱で情報発信を行っており、本校の教職員がタイムリーに記事を掲載しています。多くの方に御訪問いただくことが、私たちの励みにもなります。今後も本校の教育活動を積極的に発信してまいりますので、御支援をよろしくお願いいたします。
今朝は昨朝とは異なりやんわりとあたたかい朝でした。夕べの借家は16℃。朝からざわざわして、帰宅後もざわざわして。身体が芯から冷え切ってしまいした(どうしてこんなにも冷え性なんだろう)。これはダメだと思い、ぐつぐつと湯だった鍋に十数種類の野菜、お肉を入れた一人鍋を夕食にしました。使っていない部屋の扉をすべて閉めて漸く18℃まで。わずか2℃上昇しただけでずいぶんとあたたかくなりました。
ストーブを稼働させる直前に、そうだそうだ炬燵だコタツがあったんだ、と。扉を閉めた隣の部屋は物置代わりにしているのですが、そこに炬燵を収納していたことを思い出したのです。炬燵の存在をすっかり忘れていました。この気づきが昨日一番のヒット、でした。嬉しかった。早速引っ張り出して炬燵布団の中に足を入れると、冷えた身体に血液が勢いよく回りだし寒気がおさまりました。この炬燵、実は長男が大学時代に青森で使っていたもの。昨年から私がお下がりで使っています。
さて、話はまるっきり変わります。今日はタイトル「ちょっとしたこと」
『小さな親切大きなお世話』(良かれと思った親切がかえって迷惑になること)かな、と思いながらも続けていることがあります。紙に穴を開けることです。
学校にはたくさんの業務メールが届き、紙に印刷して回覧します。10センチ幅のストックファイルに収納すると1年間で10から12冊ほどの量になります。このデジタル時代に紙媒体・・・文書保存期間もありますが、もっと効率の良いやり方があるはずなので、そこは私の宿題とさせてください。
1日あたり20通を超えるメール。多いときでは30通を超えます。本校に限らず事務方、校長、教頭の順に文書を回覧し、最後は教頭先生が整理保管という形が主だと思います。私の教頭時代もそうでした。クリップで留められたたくさんの文書を一つひとつ穴を開けてストックファイルに綴じ込んでいく、という作業は単純ではありますが、この単純さに掛かる手間を省けないものか・・・私が教頭時代の6年間ずっと考えていたことでした。つまりは、穴が空いているだけで助かる、ということです(あくまでも私自身のことです)。
校長として1年半が経過して、教頭のときに「こうあったら別なことに時間が割けるたな」と思ったことは、『小さな親切大きなお世話紙』かもしれないけれど、勝手に「ちょっとしたこと」をしています。良かれと思った親切がかえって迷惑になることもありますので、注意が必要ですが。
朝の気温がとうとうひと桁台になってしまいました。放射冷却の影響なんでしょうね。日中はそこそこ暖かいけれど、外套を羽織らなければ身体が冷え切ってしまう状況でした。季節がまた一歩進み秋から晩秋に向かっているようです。借家では我慢をしてまだ暖房を入れていませんが、それもいつまで耐えられるかといった状況になってきました。
夏季休業明けは秋を感じさせるような気温もあり、ジャージーとTシャツでの登校では肌寒いだろうなと感じさせる日もありました。本校では、10月1日から制服着用の登校に切り替わったところですが、今年は気温にマッチした衣替えとなり良かったです。もう10月です。今月末あたりもしかすると雪を目にするかもしれません。いつ降ってもおかしくはない季節だけれど、考えただけで気が重くなります。
私は極端な寒がりなので、今朝はあまりの寒さに慌ててカーディガンを引っ張りだした次第です。Yシャツの上に一枚羽織るだけで暖かいです。ただ、肌がさらされる手だけはどうしようもありません。温まることがなく常に冷たくてざわざわざわざわしています。私は手から身体全体が冷えるので、このくらいの時期から来年の四月くらいまで辛い毎日が続きます。
学校はまだ暖房がONではありませんから、制服の中に一枚多く、登校時は制服の上に一枚羽織って暖かい格好を心掛けましょう。インフルエンザも流行っています。特に2年次生は見学旅行がありますから、体調管理の徹底をお願いします。
敷地内のナナカマドの実が真っ赤っかです。空はどんより。天気予報が当たるとまもなく天候は荒れ、激しい雨が降るようです。
ちょっとした時間に本を広げ、短いことばに目を走らせては、自分の考えや生き方と照らし合わせ確認しています。その本に書かれたことばのとおりに生きていこう、というものではありませんが、そう考えたりそのように生きていければ素敵だな、と思います。
松浦弥太郎著『大切に抱きしめたい お守りのことば』先日も当ブログで大切なことばを紹介したところです。書店でたまたま立ち読みして、素敵なことばが綴られていたので、2冊購入したのが先月のこと。これを手元に置けて良かったと思っています。30分ほどで読み切れますし、好きなことばの部分を繰り返し読めるのもいい。
お昼休みに本を広げたらこんなことばが。タイトルは、『飛び込もう。』
チャンスをものにするかどうかは、思い切って飛び込み、挑戦したかどうかで決まる。思い切って飛び込んで、挑戦したことによって、予測してなかったギフトのような何かを学び成長できる。飛び込んだ人の勝ちということ。(要約)
これって、昨日の始業式の中で私が話したことと同じ。私のことばは軽くても、著者のことばには妙に説得力があります。そのとおりだな、と。
失敗するかもしれないし、苦労するかもしれないけれど、挑戦したからこそ得られる何かがある、私もそう思います(私は私なりの挑戦をしてきました。そしてギフトがありました)。私が挑戦するときは、人様の評価を気にするのではなく、自らを信じ自らを評価するだけことを意識してきました。人目を気にすると挑戦できない、ということです。
良きことばと出逢いましたら、また紹介させていただきます。
それでは、来週お会いしましょう。
※本校のホームページですが64万件を超えるアクセスをいただきました。いつも御覧になっていただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
10月1日(木)後期スタートの今日は朝から雨降りです。生徒は衣替えをしました。長い期間認めていたジャージ登校から制服登校に切り替わりました。生徒の制服姿を見るのはずいぶん久しぶりのことになります。
始業式で私が話した内容の全文です。
2学期制をとっている本校は、昨日9月30日までが前期、今日10月1日から後期となります。その節目となる全校集会となります。
前期の皆さんの活躍を紹介しますが、本校のホームページにアクセスするとスマートフォンの画面に見えてくるものがあります。芸術部の書道で全道大会への出展が2名、新人陸上競技大会男子800mに1名が出場、軽音楽新人大会に出場となりました。
また、そこには記載されていなくとも、本校で開催されたボランティア研究大会、英語弁論大会に参加してくれた生徒もいました。
学校祭の盛り上がりや、校内運動会での活躍、地域の行事に多くの生徒が参加するなど、ここにいる皆さん、一人ひとりが活躍した時間であったように思います。
残念だったけれど、嬉しいお話もありました。きっと誰かが、トイレの窓から落としたゴミ。どうしてそのようなことをするのか理解できませんが、そのゴミを拾ってゴミ箱に捨ててくれた1年次生がいた、と先生方の打合せの時間に報告がありました。
昨年もこの場を借りて、生徒の皆さんに話をしたことがありますが、ものを買って、食べて飲んで、終わりではありません。最後に残るゴミの始末を確実に行って終わりです。ものを買った瞬間に、ゴミをしっかり片付ける責任が発生します。今一度、考えてください。思いついたまま、そこら中にゴミを捨ててしまう、そんな情けない人間にならないでください。
さて、先日の生徒会役員選挙において5名が新任されました。3つの役職に欠員が出ていたところですが、1年次生が立候補してくれて本日を迎えることができました。このことについて、皆さん、どのように考えたでしょうか。
私自身の話をします。23歳でこの仕事に就きました。定年まで生徒と向き合う教諭として生きていこうと覚悟を決めて働いてきました。でも、このように立場が変わってしまいました。ちょうど40歳の時に、当時の校長先生から「教頭として教育に関わらないか」とお話を受け、私は即答で断りました。どうしてか、それは、最後まで生徒と一緒にという、教職をスタートさせたときの覚悟があったからです。
翌年も、その翌年も、6月になると「教頭を頼む」とお願いされ、即答で断る、そうしたことが続きましたが、43歳のときに一度受験しました。そこまでお願いされたら「受験するしかないな」と思ったのです。ただ、そのときは、教諭としての覚悟はあったけれど、教頭になる覚悟はできていませんでした。
だから、当然結果は不合格です。次の年の44歳から48歳までの5年間は、家庭の事情で受験せず、もうこの先受験しないぞ、と腹を決めていましたが、校長先生に「日下、お前な、ずっと受験を勧められて、この5年は事情があって受験しなかっただろう。家庭の目処が一応立ったのだから、私のお願いを単純に断るのではなく、勧められる意味をしっかり考えて、答えを出してくれ」と言われました。考えて、悩んで、私は受験しました。そして、今があります。
ほとんど、多くの人は、自分の置かれる立場が大変になることを望みません。それは、当たり前のことだと思います。ただ、私が、教諭から教頭、教頭から校長と階段を上がる中で、自分に言い聞かせてきたことは、「何事も大変と思わないこと」、「どうせやるなら楽しくやること」です。それだけで、どんな複雑なことが降りかかってきても、大変だとは思わないで仕事ができています。楽しく仕事ができています。要は、考え方ひとつで、仕事に対するスタンスや生き方が変わるということです。
くだらない私の話をしました。
誰かが代表にならなければ組織や集団は回っていきません。皆さんとお喋りをすると、「行事を楽しくしたい」「新しい行事があったらいい」と全員が言います。生徒の代表となって、楽しい行事を作ればいいじゃないですか。新しい行事を生み出してみんなで楽しめばいいじゃないですか。そのために力を注いでみましょうよ。
代表としての時間は永遠に続くわけではなく、1年、2年という本当に短い時間です。重く受け止める必要はありません。部活動に入部しないかわりに生徒会活動にエネルギーをかけてみる。アルバイトがあっても、調整しながら取り組んでみるのもいいでしょう。
少しだけ発想を変えてみましょう。大変と決めつけている自分がいませんか。それは、大変と思わなければいいし、楽しもうと思えばいい。その立場になったから見ることができた景色を大いに楽しんで欲しい。その景色は誰もが見られるものではない、特別な景色なわけですから。
広がった景色に自分の色をどんどん落とし込んでいくことは楽しいですよ。先生や先輩に「立候補して」とお願いされたのであれば、それはそれだけの意味があると考えて欲しい。一人に責任が押しつけられるわけではなく、ここにいる自分を含めた生徒の一代表として、みんなに応援されながら生徒会の仕事をしていくだけです。生徒会は、生徒のための会です。みんなで8名を応援しましょう。盛り上げていきましょう。
始まりがあれば、必ず終わりがあります。終わったときに、「挑戦して本当に良かったな」と必ず実感できる日がきます。一度しかない高校時代に、「やりません」ではなく、「やります」と言える自分であって欲しい。何事にも挑戦する挑戦者であって欲しい。
長い話になりました。
以上でおわります。ありがとうございました。
生徒会役員選挙を行い、会長、副会長、書記、会計の5名が信任されました。しかし、残る3つの委員長への立候補がなくてどうしたものか、と困っていました。選挙が行われてから2週間、きっと信任された5名は気が気ではなかったと思います。
その間、生徒会を担当する先生、担任、年次の先生方、そして生徒会の役員が様々な声掛けをしてくれて、今日を迎えることができました。1年次生の3名が立候補してくれたのです。時間がとれなくて、朝一番放送による演説会になってしまいましたが、意気込みを感じる立派な演説でした。
一步を踏み出す - その勇気が立派です。そんな簡単なことではありません。よく決断しました。ありがとう。
子どもたちが騒ぎ走り回るかつての賑やかさは遠い昔の出来事になってしまいました。平日は妻が一人で、週末だけ私が帰る家になり、二人で読書をしていると、居間の壁時計の刻む音がカチッ、カチッと聞こえてきます。静かな静かな家になりました。
居間でサッカーボールのリフティングやスポンジボールで野球をしていたのは、ついこの前のことのような気がしますが、現在の自分の年齢や子どもの年齢から遡って考えないと、何年前のことだったかも定かでなくなるくらい時間が流れてしまいました。
子どもたちの部屋を大きくしたので私の部屋はずいぶんと狭くなりましたが、いつか子どもたちが家を出て行ったら、広い部屋にオーディオ機器のすべてを移動し思う存分レコードを聴いてやりましょう、と考えていました。それが私の密かな楽しみでもありました。
7年も8年も前に大学生活を送るため、子どもたちが順番に家を出て行き、いよいよそのときを迎えたのに、結局は移動させずに今日に至っています。面倒になったわけではなく、長く使ってきたこの部屋にいることが自分に合っているような気がしているからです。この空間でモノをつくったり、レコードを聴いて、本を読み、あれやこれや一人で思案したり・・・私にとっては15年の想い出が詰まった大切な部屋です。いざ、移動するとなると未練が残るわけです。
先日来、断捨離をしようと思い立って、ゴタゴタだった自室を整理しました。そのときに、本命としていた高校に合格とならなかった長男からもらった手紙が出てきました。以前にも書きましたが、私は全くダメな父親で、泣きじゃくる長男にあたたかな言葉を直接かけることができず、手紙を書いて渡しました。その返事となる長男の手紙です。
中学を卒業するまで携帯電話を買い与えていなかったこともあり、手紙という形で私と長男は気持ちを伝え合ったわけです。持たせていたら、携帯電話を介した文字のやりとりになっていたかもしれません。どちらが良かったのかはわかりませんが、結局、長男の高校受験の失敗が、その後の長男の人生を揺るがす事態になったかというと、決してそのようなことはなく、その瞬間だけは一大事であっても、長い目で見るとそれはただの通過点に過ぎない出来事でした。「人生の通過点でゴールではないんだよ」とあの手紙に書いたことを想い出しました。
断捨離ではありますが、長男の手紙はさすがに捨てられませんでした。
9月26日(土)午後に開催した1日体験入学を無事に終えることができました。休日であるにも関わらず参加してくださいました生徒並びに保護者等の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。また、関係中学校におかれましては、御多忙のところポスターの掲示や生徒への文書配布、案内等をしていただきありがとうございました。
当日お手伝いや準備してくれた生徒の皆さん、部活動見学で対応してくれた皆さん、部活動や系列紹介の動画編集をしてくれた皆さん、ありがとう。あなたたちの姿が一番の情報発信です。生徒の代表として立派な姿を見せてくれました。また、プレゼン資料の制作を含め、過去のデータの使い回しではなく、すべて新しい形に作り替えてくれたことが何より嬉しかったです。お客様を迎え入れるときの気遣いを垣間見ることができ、皆さんの成長を感じました。
本校の教職員にもお礼を述べさせていただきます。今年度、年1回の体験入学を改め、計4回実施していただきました。私が言葉でお願いすることは簡単ですが、今まで取り組んだことのない新たな企画を総務部を中心にスケジュール調整や案内文書の作成、体験プログラムの準備など、裏事情は大変だったと推察します。御苦労をかけました。本当にありがとうございました。
ひとつのイベントが終わり、私たち教職員は、生徒に求めるのと同じように振り返りが必要です。実施してみて浮き彫りになった課題や反省、成果を丁寧に検証し、負の財産を次年度に持ち越さないようにしましょう。生徒も教職員もみんなが一生懸命に取り組んだわけですから、磨けばもっともっといいものになっていくはずです。
さて、5回目は12月に実施予定の『尚栄高校フェア冬』となります。その間、体験入学を計画していないことから、今後は個別に対応させていただきます。都合がつかず参加できなかった方、本校を進学の選択肢として考えている方、とりあえず本校を知りたい方等につきましては、遠慮なく本校にお問い合わせください。御連絡をお待ちしています。
今後とも、美唄尚栄高校をよろしくお願いいたします。
メカトロ・エンジニア系列の生徒が使用する工業系の実習室には、まちの工場で目にするような大型のマシン(工作機械)があり、鉄材等の加工に応じたマシンを利用して実習を行っています。
いつからなのかは定かではありませんが、長く稼働していなかったマシンを電子機械を専門とする先生が苦労を重ねて動作させるまでに漕ぎ着けました。マシンを動作させるためにはプログラミングをつくり、そのプログラムをマシンのコンピュータに転送しなければならないのですが、転送するための機器を探すところからのスタートでした。
古いマシンであることから、プログラムを格納するメモリの容量がわずかで、せっかくのプログラムも一気に転送することが困難で、ブロックごとに分けて転送しなければならないなど、相当な手間がかかる中で、放課後に粘り強く作業を積み重ねてくれました。その姿を私は何度か見てきました。同じ工業を専門とする者として、どれだけ大変だったかを私は理解できます。お疲れ様でした。
「まずは校長と教頭の分として作ってみました。校章と学校名を切削したプレートが何とか完成しました。メモリが小さいのでプログラムを小分けにするのと、切削ドリルの刃をその都度交換しなければならないので、ものすごく手間がかかって大変でした」動いていなかったモノを動かしたこと、新しいモノがあれば苦労しなくて済むのに、何が何でも動かし今後の実習で生徒に使わせるんだという熱意を感じさせるプレートです。校長室に足を運んでくれた先生の顔は、まさに職人、そのものでした。
AI時代です。合理的で効率的であることに着目される世の中です。ただ、AIで対応できないことがあります。人の手でなければ対応できないことは、この先も変わらずあり続けます。そのことを改めて考えさせられる出来事でした。
動かないのならそのままにしておけばいい。壊れているのなら仕方ない。手間がかかるから使わなければいい。故障しているからできない。そうしたことが当たり前になっていくと、将来的にサービスが行き届かなくなりどんどん衰退していきます。その行き着く先は、私たちの生活への支障、です。
何とか直す、必ず動かしてみせる - 熱意を持つことが大切なんだろう、と思う日々です。
御縁は大切にしなければなりません。たった一度、わずか数分しか会話のやりとりをしていないけれど、その出逢いが次なる展開へ。私は形式的な挨拶で別れるのではなく、ほんの少しの世間話を心掛けています。そうすることで自分の中にお相手の印象が残るからです。目の前を風のように去って行く人がほとんどなのに、どこか心に留まる人がいる・・・ここに御縁があるのかもしれません。
縁は必然ではなく偶然です。出逢いがなければ縁は生まれません。私はその偶然に助けられる人生を送ってきました(現在進行形です)。崖っぷちに立ったとき、考えてもなかなかそこに辿り着かないようなときに、ふと手を差し伸べてくれる方がいる。授かった御縁により解決できたことがいくつもあります。見えない糸と言いますが、私は経験的にその糸は存在すると思っています。
実はそのことをまたひとつ思わせてくれる出来事がありました。6月中旬に一般社団法人美唄青年会議所が主催した「つながる協働交流会」が開催されました。そこで私は八木原先生を紹介していただき、名刺交換と挨拶、そして短い世間話を交わしました。八木原先生は、ソープ(石鹸)にカービング(彫刻)をされる方であり、市内を中心に教室を開いて活動されています。
令和9年度の入学生から地域をフィールドにした学びをより充実させるため、『美唄学』を2年次、3年次の教育課程に新設します。地域で活躍されている方と本校の教育活動を今まで以上に強固なものにしていくことが私の仕事であり、毎日そのことを考えています。
実現するためには、まず出逢いが必要です。そうした中で、八木原先生と出逢うことができました(御縁がありました)。八木原先生の御厚意もあり、生徒向けにソープカービング授業を実施していただけることになりました。本日の授業に向けて調整してくれた家庭科の先生2名にも感謝です。ありがとうございます。
長く住んでいるのに意外とまちのことを知らない。美唄市でこのような活動をされている方がいるんだなぁ - それを生徒が知ることに大きな意味があります。型にはまった生き方ではなく、様々な生き方があるというこを私たち大人、学校は子どもたちに見せていかなければなりません。
自分の好きとするもの、自分が得意とするものを地域に還元する - それは決して夢物語ではなく実現可能であることを体験的に知って欲しい、と私は考えています。それが地域の課題を解決する手掛かりになり、あとは生徒個々のアイデアや独創性で自らのスタイルにしていけばいい。
好き、得意と仕事は別物(昭和世代の私はまだこの考えが抜け切らないところもありますが)ではない、ということをこれからを生きていく若者には肌で感じ取ってもらいたい。もう時代は昭和ではなく、平成もひと昔前、令和真っ只中です。速いスピードで世の中は変わり、可能性も無尽蔵に広がっています。本校は、教育活動の中でそうした世界の一端をお見せできる学校だと思っています。
八木原先生、ありがとうございました。
※体験を希望される方は、八木原先生に直接お問い合わせください。
令和3年度から4年度の2年間、小樽の学校に勤務(教頭として2校目)しました。自宅から職場までの片道50キロの自動車通勤は冬場は大変でしたが、オンとオフを切り替えるのにはちょうど良い時間になったのを覚えています。張碓峠の頂上付近から行きは右手帰りは左手にぐーんと海が広がり、私はその海に毎朝毎夕「今日も始まるぞ」「今日も終わったぞ」と呟いていました。
小樽の2年間はコロナ禍真っ只中で、何をするにも真っ先に通知に基づいたコロナ対応を考え、マスク着用に手洗い、罹患した生徒や濃厚接触者の確認と教育局及び保健所への連絡、分散登校にオンライン授業、対面開催から紙面開催への調整・・・などなど、そのときは大変でしたが、今振り返ると一つひとつの対応が自らの経験値となり、管理職としての危機管理について身をもって知ることができたように思います。
そのような時期でしたから、せっかくの観光地小樽に勤務していても、うかうか出掛けることができず、仕事の想い出だけを残して離れることになりました。あれから5年半です。本当に時の流れるのは速い。管理職になって感じたことですが、教諭のときの2倍3倍速で時間が経過していきます。どうしてなんだろう。ただ、その時間に見る世界は、極めて濃厚です。これはその立場になった時に初めて理解できることだと思いますし、そこがやりがい、なのかもしれません。
さて、小樽のあとに北見、そして美唄で勤務することになりました。転勤を嫌う風潮があるようですが、私は多くのまちを見て回るべきだと考えています。今住むところだけがすべての世界ではありません。一步踏み出したそのまちの空気を吸って、そのまちにしかない魅力を肌で感じ、そこで出逢う人と縁を結ぶ。これは異動しなければわからないことです。住めば都 - まさにこのことばのとおりです。
自分が勤めたまちはいつでも気になります。恋しくなります。先日、妻と小樽に車を走らせました。勤務した学校を見たあと、当時足を運ぶことができなかった運河沿いをゆっくり歩きました。お仕えした校長先生や私を大切にしてくれた全日制、定時制の教職員の顔、楽しく過ごした2年間の想い出が次々溢れてきました。そのすべてが私の宝物になっています。
まちの本屋さんが好きで出逢った本屋さんには迷わず入っています。本に囲まれた空間にいるだけで幸せな気持ちになります。欲しいな、読みたいなと思う本はたくさんありますが、購入して自宅に増えていく本の取扱を考えると元の棚に戻してしまうことが多くなりました。腕時計やJAZZレコードは別として、もうこれ以上多くのモノをコレクションしていくことはやめました。むしろ、モノを減らしていく人生、そういう年齢に差しかかった自分をやけに考えるようになっています。
これは一度読んだらもうこの先読まないだろう、と思う本は買わず、この先の人生で繰り返し読むな、と感じた本は購入します。そうした中、つい最近手にした本は、松浦弥太郎著「しあわせをはかるものさし ぬくもりのことば」です。タイトル通りのことばたちが納められていて、固まった気持ちやガチガチの肩をほぐしてくれるような一冊です。「そうやって生きていけばいいのか」「そんな考え方で生きていけばいいんだな」と思わせてくれます。
『なんでもやってみる。』このことばがありました(要約)。「成功の反対は失敗ではなく、何もしなかったこと。成功や失敗はなく、何をするか、しないかにある。何かに取り組み、成果が出なかった。目標を達成できなかった。失敗に思えるかもしれないけれど、行動したことによって学びがある。何もしないことがいちばんよくない。いちばん大切なのは、何でもやってみる勇気。」実はこのことばを私は昔から実践しています。あぁ、自分は間違っていなかったんだな、と背中を押されました。
これは着任してからずっと教職員にお伝えしてきたことばでもあります。「無理、できない、今までやっていないではなく、新たなことに取り組みたいと思ったら先送りせず躊躇わずにやってみましょう。その案が日の目を浴びずに消えてしまうのがもったいない。やってダメなら思い切ってやめてもいいし、改善して再チャレンジしてもいい。成果が出たらさらに良いものにするために知恵を絞りましょう。」
何でもやってみるときに私が私自身を励ますことばがあります。著者のことばと並べるのは恥ずかしいのですが・・・
”それをやってみて失敗したからといって地球はひっくり返らない”
つまり、それほど重大な局面は迎えない、ということです。だから、やってみます。
シルバーウィーク5連休です。良き休日をお過ごしください。
朝の打合せが終わって生徒玄関ホールで生徒を出迎え、午前9時にnote、インスタグラムへ記事を投稿します。その後、ブログの記事を書いて投稿。この席に座って1年半、私の朝のルーティーンとなっています。習慣とは恐ろしいもので、今や何も考えずとも(気づいたらそうしている)その行動になっています。
ずっと昔、10年ほど続けたでしょうか、三十代の終わりくらいまでインターネット上に日記と大好きなJAZZを語る自らのホームページを持っていました。何気ない日常の記録、一枚のレコードやCDに対する想い・・・誰が読んでくれているかはわからないけれどずっと投稿していました。無料で持てるホームページでしたが、プロバイダ側の都合により無料提供が終了となり、移行するのが面倒でホームページは閉鎖しました。
そうした経験もあり、学校の情報発信にかかる投稿は負担ではなく、むしろ楽しんでいます。読者の顔は見ることはできませんが、カウント数が増加していることを励みに今後もコツコツ取り組んでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、2年次生全員が社会体験実習で地域の方々にお世話になります。先ほど2台のバスに乗車し、体験させていただく場所に出発していきました。インターンシップ、キャリア教育と言われますが、地域の御支援と御協力があって成り立つ教育活動です。美唄市の予算に計上されているとは言え、こうしてバスがあてがわれ現地まで送ってくれることに感謝するとともに、私たちはその成果を地域に還元する責任があります。1年間の教育活動の一行事ではない、ということです。
私もまだまだ未熟な人間で完全にそのようにはなりきれていないので偉そうには語れないのだけれど、当たり前と思うのではなく、ありがとうと感謝する気持ちを持つと仕事でも家庭でも遊びでも目の前に広がる世界や価値観が変わってくるように感じています。学校の情報を見てくれてありがとう、教育活動に協力していただいてありがとう、マラソン大会のエイドのボランティアありがとう・・・「どうして私が?」「なぜ自分だけ?」そのような気持ちは自然と消えてゆくような気がします。まとまりのない話になりました。
さて、青年会議所のイベントに参加したとき、「美唄の夕陽がきれいなので地域おこしに活用できないか」と提案したグループがありました。せっかくのアイデア。市民に思い思いの夕焼け空を撮影してもらい(人は何につけても順位をつけたくなるけれど、決して順位を決める写真コンテストにするのではなく)、夕焼け空に対するその人のエピソードや想いをまとめてみたらどうだろう。インターネットで1写真1話ずつ配信したり、冊子を制作してみたり。胸打つ話に多くの市民が共感し、夕焼け空をゆっくり眺め、人生を豊かにできる人がさらに増えるのではなかろうか・・・
夕方にランニングを楽しんでいる私はほぼ毎日美しい夕暮れを楽しんでいます。そして、今日一日にありがとうと感謝しています。私だけの夕焼け空ではなく、みんなに等しく与えられた夕焼け空です。見逃さないように意識して、その時間が巡ってきたら目をちょっと上に向けませんか。大きく広がっていますよ。
本日、就職試験が解禁されます。本校の生徒も「いざ出陣」です。
本校の場合は、大きく進学か就職を選択することになります。その割合は半々です。1年次生の『産業社会と人間』、2、3年次生の『総合的な探究の時間』を主軸に、ゆっくり時間をかけながら自らの将来を考察するキャリア教育を行っています。その上で進学を目指す生徒はオープンキャンパスに、就職を目指す生徒は応募前職場見学等に参加することで、所謂ミスマッチが起きないようにしています。
高校3年生18歳でひとつの節目を迎え、多くはその先の人生について考えなければなりません。これは本校に限ったことではなく、どこの高校に所属していても同じように巡ってきます。自分の人生に答えがないから考えなければならないのだと思います。当然、不安や迷いは生じますが、自分の人生は自分で舵取りするもの。だから、おもしろい、のです。誰かが敷いたレールに乗る人生ほどつまらないものはない - 私はそう考えます。
ほぼすべての生徒がこう言います。「自分は何をしたいのかがわかっていなかったから、尚栄の幅広い学びの中で自分探しをしたいと考えて進学した」中学校の卒業段階でその先に訪れる自らの将来像をそう簡単には描けるはずはない。私も描けなかった。あなただけが描けないのではなくみんな描けないのです。だから、ひとつのことだけではなく、広い世界を見るべきだと考えます。その広い、おもしろい世界を本校の学びの中で経験することにより、イメージを膨らませることができます。
近い将来、特化的な思考よりも、広範にわたる視野や経験を持つ人が新たな価値を生み出していく、そんな時代がやってきます。いや、もうすでに到来しています。学歴や学力のこだわりは身を潜め、発想とアイデアで物事を動かしていく、そのような世界が広がり、誰にでもチャンスが訪れる社会になります。総合学科の高校がまさにその流れに沿うスタイルの学校と考えます。そうなっていかなければなりません。
本校で過ごした時間で、生徒たちは今の自分にはこれがベスト、と判断できるレールを自分で敷いています。自分で決めた選択に自信と誇りを持って進んでいます。確実に成長を遂げています。立派です。
追伸 写真は先日の校内運動会のものです。3年次生全員のエネルギーに私は勇気づけられました。私は歳をとっていきますが、いつまでも気持ちが若くいられるのは三十数年16歳17歳18歳のエネルギーをいただいているからなのかもしれません。これが教員の魅力なんだろう、と思います。
自分が勤める学校を褒めるというのはどうも照れくさいです。でも、褒めます。本校は行事等を行うと必ず生徒に振り返りをさせています。させたらさせっぱなしにはしないということです。物事を客観的に捉え、自らの活動についてじっくり考えさせる。短い時間であっても大事にしなければならない取組です。
校内運動会の振り返りをまとめたシートを読みました。『今回の校内運動会で学んだことは』の中にありましたよ、これが。「全力を出し切るのって大事なんだと思った」「全力でやることは大切」「全力を出すこと」「全力で挑む楽しさを学んだ」「全校生徒が全力で挑み自分自身の力をきちんと出している姿をみてこれからも頑張ろうということを学びました」嬉しかったなぁ、本当に。これを感じさせる授業が実践できていたということでしょう。担当の先生方、ありがとう。
昨日のブログと重なりますが、全力を出し切らなければならない場面にふさわしい年齢があって、そこで間違いなく全力を出し切る - 当然ながら本人の意識に委ねられるところはあります。しかし、どうでしょうか。私は大人側の熱意に寄るところも大きいと考えます。そうさせるための仕掛けがあったかどうか。ここは先生方も振り返ってください。
言い訳になりますが、100m走に生徒と一緒に出場したかったです(願望に終わりました。来年は出場させてください)。生徒に大人の全力を見せてあげたかった・・・先月末の北海道マラソン後に右膝を痛めてしまい、全力で走ることができない状態になりました。少しずつ良くはなっているもののLSD(キロ7分程度)がやっとです。無理をしたらしばらくランニングできないだろう、と判断してやめました。
さて、私のことはさておき嬉しい出来事がありました。私と同年齢の先生が100mを生徒と走ったのです。勝ち負けではなく、力のすべてをかけて走った・・・大人の全力を生徒たちに見せることの意味は大きい。言葉ではなく姿で伝えるメッセージ。生徒に強烈なメッセージを投じたな - 私はそのように考えています。一緒にスタートを切った生徒は先に先に、それを追いかける大人の走り。感動的なシーンでした。ありがとうございました。
話を変えます。本校のホームページのアクセス数が60万件を超え、昨日、教職員によるお礼のメッセージが投稿されたところです。本校の一日一日を楽しみに訪問してくれている方がいるのだ、と私たちは受け止めています。せっかくの訪問に応えられるような取組を続けなければなりません。
「写真一枚と1行のメッセージ」これが私の口癖です。難しいことを書こうとしなければ、気軽な日記として書けます。着任来、手のかかる点検や決裁は省き、とにかくタイムリーに情報発信することを教職員にお願いしています。
今後とも末永くお付き合いくだされば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
校内運動会におけるPTA活動について、「何か協力をしたい」と前PTA会長からお話をいただいていたところでした。この思いは現PTA会長に引き継がれ、このたび冷たい飲み物を生徒に渡していただくという形で実現しました。受け取った生徒からは「ありがとうございます」という感謝の言葉とよく冷えた飲み物に感激の声が上がっていました。忙しい中でのお手伝い大変ありがとうございました。
昨年度に引き続き保護者等の観覧スペースを設けました(写真中央の校舎とプールのあたりになります)。多くの方にお越しいただきました。お子様並びに本校の生徒の様子をお見せすることができ嬉しく思っています。また、見てもらえる、そのことによる生徒のモチベーションも向上したように感じます。
走る跳ぶ投げるが苦手な生徒もとにかく全力で活動している、クラスの仲間を応援し競技終了後の成績発表では年次を問わず拍手で讃え合う。その姿は言葉では言い表せない感動的な光景でもありました。
閉会式の講評(原稿なしの感じたままの話です)でも話したことですが、人は簡単に『全力を出し切れ』と言う。ただ、果たして人生で何回全力を出し切る場面があるだろうか。ここにいる生徒の皆さんは、体育の授業や運動系の行事で全力を出す場面はあるけれど、年を重ねるにつればったりとそうしたことが遠ざかってしまう。全力を出し切れと言う大人が全力を出し切ることはそう多くない。だから、小学生中学生高校生の活気盛んなこの時に全力を出し切ることは本当に大切なこと。その姿を見せてくれた生徒の皆さんに感動している・・・
自分の全力を人に見られたくない、喜びを分かち合うことが格好悪い、真剣に向き合うことを避ける、などなど私の人生の中にある年齢期における恥ずかしい空白の時間があります。生徒一人ひとりの全力をまじまじと見せつけられることで、それを避けた自分を想い出しては情けなくなってしまいます。もう、戻ることはできません。後悔しかありません。その年齢でしか味わうことのできなかい大切なものはもう二度と拾うことはできません。私の失敗談です。
さて、今回のお手伝いもそうですが、保護者等の方々は学校の活動に関わりたいと思ってくれています。学校としてお願いできることは遠慮せずに、逆にお願いされたことについては実現に向けて真摯に考えなければなりません。PTA会長から「今回の企画をこの先も続けていきましょうね」との言葉をいただきました。今後ともよろしくお願いいたします。
「0(ゼロ)から1(イチ)を生み出す力」昨年度、美唄市長桜井恒様からいただいた言葉です。
昨日9月10日(木)総合的な探究の時間に取り組む3年次生の「探究学習中間発表会」を実施しました。3年次生はもちろんのこと、担当している先生方、そして当日の準備、運営に携わってくれた教職員に感謝します。また、御多忙にもかかわらず御参観くださいました方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。
本校の探究学習については、3年前から地域をフィールドにした取組を進めています。まちづくりに貢献するために自分たちは何ができるかを地域の方々のお力をいただきながら取り組んでいるところです。
約8ヶ月で課題を整理し課題解決に向けた提案に結び付けていくので、ゆっくりのんびりしている時間はありません。週1回の限られた枠組みの中で取り組まなければならないという難しさがありますが、それでもよくここまでの形にできたな、と感心しているところです。
私から気がついたこと。①ポスターセッション形式ですから、1枚の模造紙にかけるエネルギーについて今一度考え直して欲しい(見てもらう、伝えるための気遣いを意識していたでしょうか。いつも話していますが文字の上手下手ではありません)②集まってきた人に聞いてもらえる声量になっていたかを検証して欲しい(事前に会場となる体育館で確認したでしょうか)③原稿を見ないでトークして欲しい(相手の顔を見てメッセージを伝えていたでしょうか)④いただいた意見を精査して欲しい(高校生にしか気づけないことと大人だから気づくことを掛け合わせていくことを意識したでしょうか)①から④までをやっつけ仕事ではなく、丁寧に時間をかけて取り組むことによってさらに素晴らしい発表になると思います。
昔は与えられたことをただこなしていけば良かったわけですが、現在そしてこれからは何もないところ(0 ゼロ)から出発して、形を作り上げる(1 イチ)時代です。困難さはありますが、それ故の楽しさもあります。多くの大人(私も)が経験したことのない学びを経験している生徒がうらやましいです。
積み重なった数字がまもなく60万訪問者数を迎えます。今後も本校の教育活動の情報発信に努めてまいります。何卒よろしくお願いいたします。
4階にある図書館のここに座って数分間本を読んでいます。1話を5分程度で読むことができる短編集。気持ちの切替にはもってこいです。誰もいない静かな図書館は本の香りに包まれています。安らげる場所として私は大切にしています。
今までいくつもの学校に勤務してきましたが、どこの学校も校舎の端の方に図書館が配置されていて、どうしてなんだろうなと疑問に感じてきました。上に上に端に端にとなってしまう図書館が生徒から遠い存在になっているのは学校の大きな課題だと思っています。本来はもっと近くにあるべき場所が遠くになっているのは残念です。
図書局の生徒が放課後に活動していますが、訪れる生徒が少ないとのこと。本離れが進んでいる中、集客の工夫に頭を悩ませています。まずはすぐ手の届くところに本があるというのが理想。そうした環境を何とか作れないものか・・・考えるところです。
インターネットで配信されているランニング番組を聴いて走っていると、最近は聴く読書を楽しんでいる方が多いらしいです。簡単に言えば、活字を目で追うのではなく、読んでくれているものを聴くということです。それはそれで楽しそうとは思うものの、私はやはり本を広げ読むのが一番だと思っています。
9月8日(火)本校において、北海道高等学校文化連盟空知支部第18回ボランティア研究大会を開催(参加校は岩見沢農業高校、岩見沢東高校、岩見沢緑陵高校、本校の4校)しました。ボランティアという共通の志を持った高校生がこうして集まると、これからの世の中もまだまだ大丈夫だぞ、と妙に心強く思ったりします。ボランティア精神は若い世代に確実に引き継がれている・・・何だか嬉しくなりました。
本校が当番校ということもあり顧問の先生を始め生徒たちは準備等で苦労したと思います。用意された大会に参加することが多い中、こうして準備と運営に携われたことは貴重な経験です。人を迎えるに当たって何をしなければならないか。大会の成功は小さな気遣いができるかにかかっています。
さて、私は開会の挨拶の中で次のことを話しました。「せっかくの機会ですから、自校の枠から飛び出して、他校の生徒とのコミュニケーションを積極的に図り、交流を深めて欲しいと思っています。自校のボランティア活動がさらに良きものとなるよう、また他校と連携できる取組がないかなどを考察しながら本日の時間を過ごしていただけると、ここに集まった意味があるのかな、と考えます」
初めて会った人とコミュニケーションを図ることはとっても難しいです。いつからこのような形態がとられるようになったのかは定かではありませんが、ひとつのテーブルに見知らぬ人が一緒になってグループワークをすることが当たり前になっています。教頭会も校長会に参加してもグループが作られ、そこで協議・発表となります。
誰が最初に口火を切るか・・・大人でも腹の探り合いみたいな雰囲気になります。私はその一瞬の沈黙が苦手なので誰から言われるともなく、真っ先に所属先と氏名を言って挨拶をするようにしています。そうすると「じゃ、次私が」という流れになっていきます。誰かが口火を切ったらそのあとは自然に流れていくわけです。最初が肝心です。
どうなるんだろう、と心配半分生徒たちの様子を見ていましたら、スマホ世代、ゲーム世代と言われながらも、ぐるっと一周自己紹介を終えたあとしっかりコミュニケーション活動がなされていて安心しました。後半の体験活動は来客対応のため見ることはできませんでしたが、閉会式では満足した表情が伺えましたから、有意義な時間になったのだろうと思っています。
最後に本校の部長の言葉です。「誰かを思うことからボランティア、防災を始める」誰かを思うことから・・・重くて深くてずしっとくる言葉でした。
昨日から3日間、生徒は4校時授業(午前授業)です。午後からは成績処理や教職員の勉強会(研修会)となっています。昨日は日本医療大学ヒューマンデザイン学部共生社会デザイン学科橋本達志様をお迎えし、14時から特別支援教育に関する研修会を実施しました。
本校では、定例の職員会議を行う日を5分短縮とし、確保した30分でミニ研修を行っているところですが、2時間、3時間を確保するとなると容易ではありません。貴重な時間を有効に活用するため、研修担当の先生方が頭を悩ませながら計画してくれたことに感謝しています。
個人で勉強するのは当たり前ですが、全員が同じテーマで勉強することも大切です。いずれにしても学んだ成果を次のステップにつなげて欲しいと考えます。『課題を消費』することから『価値を創造』することが重要です。本校で今日からできることは何かを考えてスモールステップで実践していけば、学校としての力は必ずアップします。
橋本様、御多忙にもかかわらず本校の研修会のために時間を割いていただきありがとうございました。
9月4日(金)昨年に引き続き美唄市立美唄中学校の学校祭に招待され、合唱コンクールの審査をさせていただきました。合唱の響きはいつ聞いても胸を打つものがあります。遠く懐かしい記憶を蘇らせてくれたり、心の琴線を震わせてくれたり。どうしてか涙が出てしまいます。どうしてなんだろう。
あのとき、みんなと一緒に真剣に歌えば良かった・・・
私はデタラメな中学生でしたから、クラスみんなで合唱など恥ずかしいことと思って、ふざけておかしな声を出したり歌わなかったり。真剣に歌う人たちに多大な迷惑をかけた記憶しかありません。ステージ前に整列しなかった記憶もあります。そのときはこれでいいんだ、と思ってやっていたことが、高校を卒業して大学、社会人となっていく過程で、みんなに申し訳ないことをしてしまったな、と反省や後悔する場面が多くなりました。それは今でも消えることはありません。これに限らず様々な迷惑をかけましたから、中学卒業後のクラス会等には一切顔を出していません。せめてものけじめです。合唱を聞くといつも中学時代の情けない自分を想い出します。恥ずかしいです。
各学年2クラスの合唱からは、繰り返し繰り返し練習してきたんだろうな、と思わせる発声、ハーモニー、表現がありました。私のような生徒はどこにも見当たりませんでした(いるはずがありません)。みんな真剣でした。コンクールに向けての活動時間は、様々な感情に振り回された時間でもあったはず。一度は離れかけた気持ちも今日この時間にきっと心をひとつにすることができたんだろうな、と思います。
合唱がすべての生徒を成長させた(合唱から逃げた私は成長できなかった) - 私はその成長した姿を見ることができて感激です。ありがとうございました。
ステージに飾られた樺戸連山。中学校の校庭から見えるありのままの景色。素敵ですよね。
本日の校内運動会はグラウンドのコンディションが悪く1週間後に延期。グラウンドは御覧のとおりです。
昨日は雨こそなかったものの夕刻から遠いところで雷が鳴り出して、ゆっくりこちら側に近づいてくる感じでした。17時50分あたりから激しい雨が降り出すとともに、雷もひどくなりました。一気にバケツをひっくり返したような雨。人生で初めて経験した雨でした。
校舎内にわりと多く生徒が残っていましたので、雷と雨がおさまるまで外には出ないこと、駐輪場で雨宿りはせず校舎に入ることを放送により指示しました。私がそうする前に退勤前の先生方が手分けをして生徒の対応をしてくれており大変助かりました。また、すべての生徒が状況を理解し対応してくれたのも良かったです。
保護者等の方にお迎えに来てもらって、全ての生徒を引き渡し終わったのは19時10分。その頃には奈井江方面の空が雷で時折光っている状況でしたが、雨は何事もなかったかのようにすっかりやんでいました。職員玄関を出たすぐのところにマンホールがあるのですが、その蓋がガチャンガチャンと金属音を立て今にも吹き飛んできそうになっているのは恐怖でした。
昨日も地球温暖化による気候変動の話を書いたところですが、まさにその日にこのような状況になり、いろいろ思うところがありました。みんな異常だとわかっている。その原因もわかっている。世界の国々もわかっている。でも、個人レベルで何をすべきなのかの肝心なメッセージがない。災害から身を守るメッセージと同時に環境を元に戻していくためのメッセージを発信すべきです。日本だけで1億人。この1億人一人ひとりが共通して小さなことを続けていけば、小さくとも何かが変わっていく - 私はそう考えるのですが・・・
職員玄関を入ると真っ先に目にするお花。朝の打ち合わせのために2階の職員室に行きますが、その入り口に飾られたお花。そして、生徒をお迎えする生徒玄関ホールに置かれたお花。毎朝校内3箇所で見ることができます。今回は鮮やかなオレンジ色の花が目を引きます。見事なオレンジ。この色を見たら朝一番みんな元気になるのではないでしょうか。
自分にもできるかも。そう思っても簡単に生けられるモノではありません。主役をどうするか、脇役の配置、全体のバランス、そして自らの想いも入ってくる。簡単にできそうなことも実際やってみたら・・・そうした経験は誰しもお持ちですよね。やってみて初めてその難しさがわかる。
上手に生けてるな、といつも思います。講師の先生の御指導のお陰ですが、生徒たちの腕も確実に上がっています。先日の書道の作品もそうですが、高校生がこうしたセンスやテクニックを持つことってすごいと思いますし、うらやましいです。
暦は進んでいきます。九月に入りました。今年は夏と秋の線引きがしっかりできる季節の切り替わりになっているように感じます。だらだらといつまでも暑さが継続し、極端に短い秋が過去何年にも渡って訪れていました。久しぶりに秋を感じることができています。
さて、本日(9月3日)の北海道新聞朝刊に深刻な記事(一部抜粋)がありました。
『気温 数年で危機的水準』国連環境計画は、地球温暖化による気温上昇で、災害や健康障害などのリスクが危機的な水準に高まる報告書を提出。化石燃料からの脱却や再生可能エネルギーの拡大が必要と訴えた。
日本のことで言えば、地球温暖化が原因と思われる災害が全国のあちらこちらで発生し、報道はその悲惨さだけしか伝えてきません。私はいつも戸惑いと疑問を感じています。その次のメッセージがないのです。直近で言えば線状降水帯による千葉県、富山県、石川県、青森県の被害。「こうした災害を防ぐために、私たちは地球環境に対して今日から何を始めなければならないのか」災害への対処は語られるけれど、災害を防ぐ話はありません。私は後者のメッセージが欲しいです。
一人ひとりが小さなことに行動を起こしていけば、やがてそれは大きな課題の解決につながっていくはず - そのように考えます。
昨日、9月1日は災害について考える一日として教育活動を実施しました。長い期間をかけて準備をしてくれた教職員に感謝いたします。生徒の皆さんは自分事として考えることができたでしょうか。
日本各地、世界中で災害が発生しています。身近なことで言いますと、線状降水帯の発生により、千葉県、富山県、石川県に甚大な被害が出ています。また、一月前には熊本県で大きな地震が発生しました。他人事ではありません。いつ身の回りで災害が発生するかわからない状況になっています。
今回の一日防災学校の取組について生徒向けの振り返りシートが配信されています。未回答の人は本日中に記入をお願いします。
北海道マラソン2026 - グロスタイム(号砲からの計測タイムが公式記録)3時間35分00秒。スタートラインに到達するまで2分。それを差し引いたとしても結果的に目標としていた3時間29分59秒には届きませんでした。時間にして3分、180秒。このわずかな時間を10年かけても縮めることができません。
昨年は暑さにやられ3時間49分47秒。ゴール直後、両足が攣り歩けなくなり大通公園の芝生の上にひっくり返ったまましばらく立ち上がることができませんでした。夕刻、仲間と打ち上げをした会場で微熱と吐き気が襲ってきて具合が悪かったのを覚えています。おそらく軽い熱中だったと思います。過去10回のマラソンで最悪のゴールでした。
自己ベストは3時間32分17秒。背中が見えてきたサブ3.5を超えることができません。全マラソンランナーの数%しか達成できないと言われる記録。手が届きそう、でも届かない。ゴールの喜びよりも悔しさだけが残るレースです。ゴール前3分、距離にすると600m。本校の陸上トラック2周分の遅れ。悔しくて悔しくて、昨晩、激しい筋肉痛の足で4キロのジョグと2キロのウォーキングをしました。ここからまた1年をかけて練習です。
市民ランナーである私は順位には全く興味はありません(人と争うことは可能な限り避けています)。だから人に勝つ負けるのストレスは発生しません。格好をつけるわけではありませんが、自分との戦いです。今の私の人生を考えるとき、自分と唯一戦えるのはマラソンだけです。
いつも37キロを過ぎると、本格的な自分との戦いが始まります。重くなった足をいかに前に出すか、残り5キロのラストスパートをキロ5分以内に持っていけるか。このふたつの自問自答。今大会は37キロ以降キロ5分20秒となり、それ以上速度を上げることができませんでした。まだまだ、です。
砂川市で開催された『令和8年度高文連空知支部秋季書道展・研究大会』に出展された本校生徒の作品を鑑賞してきました。空知管内8校から100を超える作品が展示されており、どの作品からも作者の魂が迫ってくるかのような力を感じました。
高校から書道を始めた生徒(本校の生徒も)も多くおり、しかしわずかな時間でここまで成長していくことに驚きます。全ての作品が素晴らしかったです。
本校の生徒の作品をずらり並べてみました。何度も何度も書いてきて最後に提出した作品です。
生徒一人ひとりの想いが伝わってきますでしょうか。
体育大会の練習がグラウンドで行われています。二人で肩を組みひとつになって駆けてゆく姿。何だかいいですよね。相手のことを考えなければ思うように進めませんから。相手のことを考えてあげる・・・簡単なようで難しいけれど、大切にしなければならないことです。
昨日も書きました。『勝ち負け』『遠くに飛ばした』『優勝した』は確かに大切なことかもしれない。でも、そんなことよりも大切なことがあるのだ、ということに気付かせてあげる教師、教育、学校でなければなりません。
私は何の取り柄もない少年でした。勉強はからっきし、絵も書道もダメ。でも身体だけはでかい。運動会でリレーの選手になった時の親父の喜びようと、そうならなかったときの不機嫌さ。この両極端な姿を強烈に覚えています。親父は私にいったい何を求めていたのだろうか・・・そんなことをふと考えるときがあります。勝つことだったのか、選ばれることだったのか、目立つことだったのか。かけっこで1番にならなくても、グラウンドの砂に足を取られて転んでも、笑って肩を叩いてくれる親父でいて欲しかったな、と今さらながらに思います。
さて、今週から学校生活がスタートし、漸く金曜日を迎えました。多くの生徒はほーっとしているのではないかと思います。緊張、疲れの中で過ごしていたわけですから。スタートの全校集会において「慣らし期間なんだよ」と教頭先生から話をしていただきました。自分のリズムやペースを取り戻すことができたのであれば、それで良し、です。
校内運動会が9月4日(金)に開催されます。校長室から見渡せるグラウンドで体育の授業が行われており、生徒たちがトラックを走りバトンの受け渡しの練習をしています。当日の種目は、個人種目である100m走、走り幅跳び、砲丸投げ、クラス種目の男女混合選抜リレー、年次種目の年次全員リレーです。校内に掲示された手づくりポスターが運動会に向けた気運を高めてくれています。作成してくれた生徒の皆さん、ありがとう。
昨年のリレーで盛り上がった3年次生の姿が目に浮かびます。先頭を走り途中で抜かれて、でも必死に抜き返そうとしている。抜かれたことを責める者は誰ひとりいない。一生懸命な走者を一生懸命に応援する。ゴール後に抱き合って涙を流しながら飛び上がって喜ぶ姿 - 教師であれば一番見たい姿をありのまま見せてくれた・・・
昨年度、会が終わったあとに前PTA会長とお会いした際「学校のために何かお手伝いできることがあればいいのですが」と相談を受けていたところでした。学校祭におけるお手伝いに全力投球で、それに続くものがないのは残念ということです。課題を突きつけられました。前会長の意思は現PTA会長に確実に受け継がれ、今年度初めて校内運動会でのお手伝いをいただけることとなりました。大変ありがたいことです。
地域と連携した学校づくりは今や当たり前のこととなっています。どうしても外とのつながりに視点がいってしまいがちです。そうした中で私は次のことが気になっています。『地域の前に保護者等へのアプローチはどうなっていますか』
保護者等にしっかり支えてもらってこその地域ではないか。地域には居住されている保護者等を含んでいます。一番近いところにいる保護者等の満足度を高められなければ地域連携はうまくいきません。保護者等がいつでも気軽に来ることができる学校 - 私は校内運動会がその役割を果たすと考えています。
勝ち負け、遠くに飛ばした、優勝した、の前に私は若き子どもたちがひたむきに走り大きな声で仲間を応援し涙しながら喜び合う、高校生でしか見せない今だけの純粋な姿を教職員、そしてPTA役員、保護者等の方々に見てもらいたいと思っています。
ここ数年読書量がめっきり減ってしまいました。忙しいから、というのではなく、読書をするエネルギーが急激に衰えてしまいました。2時間でも3時間でも、いや一日中読書をすることもあったのに、1時間と持たなくなってしまいました。年齢のせいなのかな、なんて思ったりしています。
私が一番好きな作家は村上春樹氏で、氏の作品はほぼ全てを読了し、今でも繰り返し繰り返し読み続けています。特に高校生で手にした「ノルウェイの森」、大学時代で出逢った「国境の南、太陽の西」の二冊は、誰かを好きになるということはどのようなことなのかを心底考えさせられた作品です。
実っているのか実っていないのかわからない恋愛をいくつかしていた時でもあり、どこか心が満たされずぼんやりとした毎日を過ごしていたので、のめり込むように読んだ記憶があります。私の青春を語る上でこれらの本は切っても切り離せない大切なものであるのと同時に、氏のファンであった私が同じく氏のファンだった妻と大学時代に出逢うという、何だか不思議な縁を感じさせるものにもなっています。
さて、早稲田大学まで歩いて10分のところに長男のマンションがあり、今回の東京入りで念願の早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)を訪れることができました(無料で入場できます)。ここには氏の作品が全て並べられており、一つひとつを手にすることができます。また、氏の書斎の一部分や愛聴しているJAZZレコードの展示コーナーもあり、ファンにとっては見逃すことのできないスポットです(多くの人には興味のない場所なのかもしれませんが)。まちのど真ん中ではなく、氏の母校である早稲田大学の敷地内にあるのがいいのかもしれません。気になる方は是非足を運んでみてください。楽しめると思います。
7月3日に発売された長編小説『夏帆─The Tale of KAHO─』を読み始めています。手元にはあったのですが、先に手にしていた小説を読むのに時間がかかり、漸く開くことができました。時代は変化し聞く読書が流行っているようです。それはそれで趣があり便利なような気がしますが、私は活字に目を走らせ頭で人物や風景を思い描きながら本を読むことが好きです。
今日は朝から雨降り。いつもはグラウンドの向こう側の住宅街も見渡せるのに御覧のとおりです。
長い休みを終えて昨日から生徒が登校しています。私は私用で東京におりましたので、全校集会の挨拶文を教頭先生にお渡しして読み上げていただく形をとらせていただきました。教頭先生に、生徒の皆さんにも申し訳ないことをしてしまいました。すみません。
いつかはそうしたことがやってくるだろうとは思っていましたが、6月上旬に長男からいきなり電話がかかってきて、急転直下の話でびっくりするよりももう笑うしかないような展開になってしまいました。本来は東京にすぐに行きべきでしたが、スケジュール調整した結果が全校集会前後になってしまいました。
教頭先生から伝えていただいたメッセージ(全文)
一年前の夏と比べると身体への負担を感じさせない涼しめの夏だったような感覚がありますが、生徒の皆さんはどのような夏季休業を過ごしたのでしょうか。友達と遊んだり、家族で出掛けたりなど、有意義な時間になってくれたのであれば嬉しく思います。
7月最後の全校集会で皆さんにお話したことですが、自分の命を守ることについては、長期の休業であっても学校生活が始まっても、自分自身で考え行動しなければなりません。交通事故を起こさない、交通事故に遭わない、熱中症から身を守ることなど、今日こうして全校生徒が集まる貴重な時間になっているわけですから、今一度、ここでしっかり考えてください。
さて、昨年もこの場で話したことをもう一度言わせてください。
皆さんに次のことを問いかけますから、少しだけ考えましょう。長期の休みに入る前の気持ちと、長期の休みが終わってこうして通常の生活に戻った気持ちの有り様について考えてください。
どうでしょうか。夏季休業を迎えるときは心が軽くなり楽しく嬉しい気持ち、そして今は、身体がだるい、すっきりしない、憂鬱、気持ちが重い、学校を考えると不安、冬休みまでまだまだ長くて辛い。いかがでしょうか。
私は8月11日から16日まで6日間連続で休暇を取りました。一番は仕事から離れられること、やりたいことができること、遠くに出掛けられることで、嬉しかったです。でも、17日から始まる通常の生活が一日一日近づいてくると気持ちが重くなり、特に16日の晩は、正直「仕事行きたくないな」と思いました。それでも行かなければならないわけです。
皆さんも私と同じではなかったですか。大人でも子どもでもみんな同じなんだろうと思います。
休み明けの初日です。それぞれにそれぞれの思いでここに集まっているでしょう。スタートラインは8月24日であっても、スタートダッシュはそれぞれ異なります。素晴らしい加速で前に進める人と、躓いて転んでそこから走り始める人もいます。中にはスタートラインに背を向けてしまう人もいるはず。
だから特に今週はいきなり全力で走るのではなく、ゆっくりゆっくり歩きましょう。周りと一緒にならなければ、と自分にプレッシャを与えず、慌てずゆっくりゆっくり歩きましょう。もしも、体調が悪ければお休みする選択もあります。身体と心のバランスを整えていきましょう。
最後になりますが、不安や悩みは誰にもあります。大人の私もあります。一人で抱え込んでモヤモヤするのではなく、友達、先輩、保護者等、担任の先生、部活動の先生、養護の先生、私に声をかけてください。言葉を出すだけで周りは気づき、気づいたからこそ話を聞いてくれたり、大切な言葉をかけてくれるようになります。誰かに助けてもらうことは恥ずかしいことではなく、本当に困ったことが解決する手掛かりになるんだと考えてください。
皆さんに、身体と心の健康を意識した生活をお願いして、始業の挨拶とします。
室蘭と登別の境目になる鷲別駅前通を山手に2キロほど直進していくと室蘭工業大学に突き当たる。室蘭市水元町を住所にするのだが、この界隈は学生のまちを感じさせる独特な雰囲気が漂っている。北海道大学のように利便性の良い札幌の中心部に位置しているわけではなく、室蘭の中心部(東室蘭)から4キロ離れた山間にあることから、付近は学生マンションやまだ一部残っている下宿、コンビニエンスストア1店舗、学生生協、飲食店が数軒、歩く人は学生か付近の住人のみ。ただこの一角は賑やかではないこの閑静さがいいのだ、と私は昔からそう思っている。
卒業後一度ここを離れ、勤務の関係で再び戻って10年住んだ。たまたま妻の実家が室蘭ということから、毎年室蘭の地を踏むことができるのが嬉しい。室蘭は、私が生まれ育ったまちを捨て、自分の足で新たな一歩を踏み出した大切なまちであり、故郷に位置付けたまち。特に水元町界隈は私自身の心の拠り所としている場所である。
卒業して32年。私は一度も欠かさず室蘭工業大学に足を運んでいる。ただここの空気を吸うためだけに。ただそれだけのために。自分が一番落ち着ける場所。原点に帰ることができる場所。そうした場所が自分の中にあることが幸せである。
この日もやはり閑散としていた。お盆休みということもあるのだろう。キャンパス、住んでいた下宿付近をゆっくりランニングしたが、誰ひとりすれ違う人はいなかった。ただ寂しいとは思わない。これは32年前と何ら変わらない風景だから。だからいいのだ。
大学に入学することによってお付き合いをしていた女性と別れ、気持ちを落としたまま下宿から大学までを往復していた自分。アルバイト先に向かうために利用した道路。授業が終わって真っ直ぐ向かった飲食店。中心街で時間を過ごしお金がなくて3キロ歩いた夜道。下宿に女性(妻)が訪ねてきたときの下宿住人の大騒ぎ。下宿のおばちゃん(通称)が作ってくれる大量カレー。一緒にテスト勉強をした親友の下宿。敷地内に車を駐車してフロントガラスにべったり貼り付けられた警告書。寂しい財布からCDを購入した大学生協。6畳一間の7号室。10円玉を落とし続けたサークル会館前の電話ボックス、・・・なんだろう、こうしたことが脈絡もなく頭を駆け巡る。
生徒の皆さん、夏季休業も残りわずかとなりました。始業に向けて身体と心のバランスを整えていきましょう。
どうですか、この立派なグラウンド。野球場と300m陸上トラックが併設された本校のグラウンドです。トラックのある学校は道内では珍しいと思います。
勤務を終えて借家で着替えて再びグラウンドへ。この夏これを何度も繰り返しました。夏季休業中の夕刻は教職員も退勤し、当然生徒もおりませんので、私は贅沢にもこのトラックを好きなように走ることができました。
普段は農道やまちの中をだらだら走っていますが、気合いを入れたインターバル走、ビルドアップ走、ペース走で走り方そのものを再確認することもたまにしています。素人のトレーニングなのでどれほどの効果があるかわかりませんが、ぐるぐると同じコースを30周、50周することによりメンタル面は間違いなく鍛えられていると思います。
写真は8月5日(水)18時30分前後に撮影したものになります。西に沈む太陽がきれいな夕焼け空をつくりはじめる中に、ちょっぴり涼しい風が流れています。
「最後に来たのはいつだったっけ」「〇〇(長男)と●●(次男)もいて、お母さんも一緒に来たよねぇ」「そうだっけ、●●生まれていたかぁ」記憶が曖昧になってしまうほどの時が流れている。
我が家のお盆休みはもう妻と二人っきり。長男はこの八月に電撃的に入籍し、次男は恋人と出掛けて帰ってこない。私はそれはそれでいいと思っている。子どもは自らの人生をしっかり元気に歩んでいるという証だし、思い返せば自分自身もまるっきり同じだったのだから。二十代なんてそんなものだと思う。たいした教育はできなかったけれど、自分の力でたくましく生きていける術を私も妻も伝えてきたわけだし、その役目をとうに終えた私たちはもう束縛されるものはないのだから自由なライフスタイルでいい。
そんな妻と二人の静かなお盆休み。私は大きな大会を控えているので朝からお昼まで毎日ランニングとトレーニング。妻も誰にも干渉されず自分の時間を。合間を縫って互いの実家に一泊二日。行きたいところ見たいところを思いつきで語ってさーっと出掛けられるのがいい。
私の実家から車で30分のひまわり。この場所に26歳から8年通い続けてどん底の状態から少しずつ這い上がっていったのだ(完全に這い上がれたのはさらに6年先)。もう思い出したくはないけれど、苦しんだ記憶が怒濤のように押し寄せてくる。よくも脱出できたものだ。ある意味奇跡である。なんの自慢にもならないけれど、あの14年間の経験が何にも動じない強い自分を作り上げたのだと思う。あれより恐ろしいことは私の人生にはもう起こらないと思っている。
いつもは7月末から8月上旬が見頃となりお盆時期は枯れています。お盆時期に一番いい状態で見られたのは幸運でした。元気をもらいました。ありがとうございました。
夏季休業も残すところ一週間となりました。生徒の皆さん、就寝時間と起床時間を正規の形に戻してくださいね。
カウンタが56万件を超えました。いつも御訪問ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
暑い日はあるにはあるけれど、それでも昨夏よりは過ごしやすい夏。朝8時、網戸を抜けてくる風はYシャツの長袖をめくった肌に冷やっと秋を感じさせる。
子どもの頃に感じたお盆の風がよみがえってくる。それはずいぶんと懐かしい、もう長く感じることができなかった懐かしい風。あんなにぎんぎらだった夏も、お盆になるとまるで定規で線を引いたように季節は秋に入れ替わり、夏休みが終わる寂しさと、むしろそれよりも夏が行ってしまったことの虚しさで心が空洞になるのである。そのときの心の有り様は不思議だが今でも想い出すことができる。
いつからそうなったのかわからないけれど、北海道の夏はとにかく暑いものになってしまった。だらだらと8月末まで、ひどいときは9月いっぱい気温が高めに推移し、秋風を感じる頃には身体も疲労しきってため息しか出ない。そのような時間を過ごしてきた記憶がある。秋が極端に短くなり加速度的に初冬に突入していく。
まだ秋のことは考えたくないと思いつつも、ランニングコースの道端に早くも秋桜(コスモス)が咲いている。朝の日の出もやや遅くなり日の入りも少しずつ早まっている。時計の秒針が一秒一秒先へ進むのと同時に季節も確実に秋に歩を進めているのだ。
さて、明日から学校閉庁日を含め16日(日)までのお盆休みに入ります。当ブログもしばし休憩時間をいただきます。
8月6日(木)食品衛生責任者資格養成講習会に生徒と一緒に参加しました。一日いっぱい説明を聞く講習会なので、そうしたことに慣れていない生徒の様子が気になりましたが、全員が立派な態度で受講してくれて安心しました。昼食後は睡魔が襲ってきてそれとの戦いのような時間もありましたが、みんな最後まで受講し無事終了しました。
食中毒の話が主で、食中毒予防には菌やウイルスを『つけない』『ふやさない』『やっつける』の三原則が大事で、どれかひとつ欠けるとダメとのこと。私もお弁当と夕食を作って食べていますから、改めて食との関わり方について考える良い機会となりました。
今日から立秋。気温が30℃と予想され、秋の気配は全く感じません。引き続き熱中症と食中毒に気をつけて生活していきましょう。
いつもの農道ランニング。その脇に黄色の花。青のキャンバスに刷毛をさーっと滑らせたかのような白の模様。向こう側に防風林とさらに奥に見える山並み。これが美唄の夕刻の風景です。
どこにでも見かける花なのでその場でAIに質問したらオオハンゴンソウ。在来植物の生態系に影響を及ぼす恐れがある環境省指定特定外来生物なんだそう。風景になじんでいても困った花のようです。群生しているのをよく見かけるので、強い繁殖力を持っていると思われます。いつも花言葉を調べていますが、オオハンゴンソウは、正義(Justice)、公平(Fairness)、正しい選択(Right choice)、立派な(Mighty)、あざやかな態度(Vibrant attitude)とポジティブです。困った花だけどポジティブ・・・どう判断すればいいのだろう - そんなコトを考えながら10キロ1時間ほど走りました。
テレビも新聞も熊本で発生した地震を伝えています。この空がつながったずっとずっと向こう側の、同じこの時間同じ日本の国で置かれている状況が全く異なっていることに戸惑いを感じます。複雑です。自分は何ができるんだろ、自分は何をしてあげられるんだろ・・・この1週間そのことを考えています。
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