北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
8月6日(木)食品衛生責任者資格養成講習会に生徒と一緒に参加しました。一日いっぱい説明を聞く講習会なので、そうしたことに慣れていない生徒の様子が気になりましたが、全員が立派な態度で受講してくれて安心しました。昼食後は睡魔が襲ってきてそれとの戦いのような時間もありましたが、みんな最後まで受講し無事終了しました。
食中毒の話が主で、食中毒予防には菌やウイルスを『つけない』『ふやさない』『やっつける』の三原則が大事で、どれかひとつ欠けるとダメとのこと。私もお弁当と夕食を作って食べていますから、改めて食との関わり方について考える良い機会となりました。
今日から立秋。気温が30℃と予想され、秋の気配は全く感じません。引き続き熱中症と食中毒に気をつけて生活していきましょう。
いつもの農道ランニング。その脇に黄色の花。青のキャンバスに刷毛をさーっと滑らせたかのような白の模様。向こう側に防風林とさらに奥に見える山並み。これが美唄の夕刻の風景です。
どこにでも見かける花なのでその場でAIに質問したらオオハンゴンソウ。在来植物の生態系に影響を及ぼす恐れがある環境省指定特定外来生物なんだそう。風景になじんでいても困った花のようです。群生しているのをよく見かけるので、強い繁殖力を持っていると思われます。いつも花言葉は、正義(Justice)、公平(Fairness)、正しい選択(Right choice)、立派な(Mighty)、あざやかな態度(Vibrant attitude)とポジティブです。困っているけれどポジティブ・・・どう判断すればいいのだろう - そんなコトを考えながら10キロ1時間ほど走りました。
テレビも新聞も熊本で発生した地震を伝えています。この空がつながったずっとずっと向こう側の、同じこの時間同じ日本の国で置かれている状況が全く異なっていることに戸惑いを感じます。複雑です。自分は何ができるんだろ、自分は何をしてあげられるんだろ・・・この1週間そのことを考えています。
本日も午後にこのブログを書いています。雨こそ降ってはいないけれど、昨日に引き続きどよーんとした灰色の空。校長室の網戸からは7月最後の日にしては涼しい風が入ってきて、レースのカーテンを揺らしています。
部室に芸術部の生徒が集まって、出展に向けた最後の作業をしていました。自分の作品に刻印して完成のよう。今日の活動を終えると長めのレストに入るとのことです。お疲れ様です。
高校で3度経験した夏休み。3年生のことははっきり覚えています。大学受験に向けた勉強だけで終わったから。朝から深夜まで外にも出ずに勉強ばかりしていました。「夏だというのにモヤシみたいに真っ白な顔して。勉強なんかしないで日焼けでもしろよ」親父に言われた言葉が今でも耳に残っています。中学生の前半は勉強を一切せず「高校行かんでいいから中学出たら家を出て働け」と言われ、勉強したらしたで「勉強しないで外で遊んで日焼けしろ」と言う。笑える話ではあるけれど、そのときは本当に腹が立ってどうしようもなかった。普通子どもが勉強していたら喜ぶだろうに。親父はいつも短絡的な言葉しか発しない人だった。
1年生、2年生のことは想い出せません。たぶん午前中に部活動で、午後からは真っ直ぐアルバイト入りしていたと思います。大きなステレオ(システムコンポ)と服が欲しくて、そのためだけにお金を貯めていたから。何か印象的なことがないと忘れてしまうのですね・・・
ここにいる生徒が、人生のどこかで高校時代の夏休みを思い返すようなことがあったとき、今日この日のことがしっかりよみがえってきたらいいな、なんて勝手にそんなことを考えて写真を撮りました。
さて、当サイト53万5千アクセスをいただきました。アクセスすると真っ先に掲載される記事の数々は本校の教職員がこまめに更新してくれていて、授業や学校行事の様子、地域と連携した本校の教育活動を詳細にお伝えできているのではないかな、と思っているところです。1日に1500から2000アクセスをいただいていることが、本校の教職員にとって大きな励みになっています。本当にありがとうございます。
7月27日(月)から29日(水)の3日間、札幌市で研究会があり出張しておりました。研究会が終了して何名かで札幌駅周辺の喫茶店で珈琲を飲んでいたのが17時30分あたり。テレビ画面に熊本で発生した地震が映し出されていました。震度7。一昨日、昨日、そして本日と時間は経過していきますが、本日の空模様と同じで気持ちがどしーん、と重いままです。
なかなかこのブログを書く気持ちにもなれず、結局退勤間際の時間帯になってしまいました。
生徒も全員下校し校舎内はとても静かです。
被災地では、酷暑の中停電と断水が続き、家屋が倒壊したり傾いてしまったり、道路も亀裂が走り交通にも甚大な被害が出ています。天災はある日突然訪れるわけですが、それをいつも覚悟しているとは言え、あまりにも酷い・・・
一日でも早く穏やかな暮らしが取り戻せることを祈るばかりです。
7月24日(金)午後に全校集会を行って、明日から夏季休業です。部活動、お勉強、アルバイト、旅行、海水浴、キャンプなど様々な計画があることと思います。体調の管理と交通事故、水難事故に十分気をつけてお過ごしください。また、熱中症から身を守るため、水分補給と塩分の補給、外の状況を的確に判断し外出を控えるなど、我慢や無理をしない生活と行動をお願いします。
全校集会におけるメッセージ(以下、掲載)
明日から夏季休業に入ります。学校に登校しないだけで、おそらくどこにいても暑い日が続くことが予想されます。全ての家庭にクーラーが設置されているわけではないと思います。皆さん一人ひとりに暑さ対策と熱中症防止対策が課題として与えられることになります。安全に健康に過ごすためにどうすべきかを考えた生活が求められます。
さて、先日の学校祭は昨年よりも数段盛り上がり、多くの人にお越しいただきました。皆さんの活躍が来校してくれた方全てに伝わったと考えています。前にも話をしましたが、学校の主役は、生徒である皆さん一人ひとりです。自分たちは何がしたいのか、自分たちはそのために何を考えて何をすべきなのか。このことを常に問いながら、高校生活を送って欲しいと願っています。
5月から生徒の皆さんとおしゃべりタイムを続け、何とか半分の生徒と話をすることができました。協力してくれてありがとうございます。美唄尚栄高校の魅力とは何か。美唄尚栄高校の特色を打ち出すために何が必要か。こうしたことを話する中で、大変貴重な意見やアドバイスをいただきました。
意見で一番多かったのは、行事をもっと増やしたい、でした。もしもそうしたいのであれば、ここにいる皆さん一人ひとりが考えてください。誰か任せではなく、自らの意見を言うことが大切です。しかし、言うならばその根拠と責任が伴います。言うだけ言わせてもらう、は誰も認めてはくれません。言った以上最後まで関わりを持ち、実現に向けて汗を流してください。そうすれば必ず実ります。
今年度から中間考査、期末考査がなくなりました。2,3年次生はそれまで考査があったので、なくなったことに対する受け止めは1年次生以上に強いものがあるのではないでしょうか。皆さんを楽にしよう、先生方のテスト問題をつくる負担を減らしましょう、ということで無くしたわけではありません。一つひとつの授業を大切にし、今日習ったこと、昨日習ったことをしっかり身に付けていきましょう、というのがねらいです。今後も授業を大切にして学びを深めてください。
最後になりますが、出掛ける機会が多くなると思います。お祭り、花火大会、キャンプ、海水浴、自転車での遠出など、開放的な気持ちから間違いを起こしてしまうケースも多くなります。交通事故、トラブル、水難事故など、この国のどこかで日々発生しています。自分には関係ないではなく、自分にももしかしたら・・・そう考えて行動してください。
それでは良き夏季休業に。
夏季休業明けに元気な姿で会いましょう。
変わった色合いでギザギザのユニークな花びらが人目を引きます。自宅の庭に今年もエリンジウムが咲きました。トゲトゲした葉や花びらが秘密を守っているように見えることから「秘めた愛」、「秘密の恋」という花言葉を持ちますが、海外では触れるのを拒んでいるように見えることから「厳格」、「独立」といった花言葉となっているようです。
見た目のとおりトゲがあるので、触れるとチクリと刺さって痛いのですが、白や黄色、ピンク、オレンジの花が多いので、この色が庭にあると表情が豊かになります。庭におろして3年目になりますが、今年は花の付きが多くなりました。もう一カ所別なところに植えた6年ものも元気よく咲いてくれています。
今の家に住んで15年、限られたガーデンの中に次々とお花を植え育ててきました。宿根草と言っても冬を越せなかった花があり、種をダメ元で植えてそれが何年にも渡って花を咲かせたり、と様々な経験をしながら庭づくりをしてきました。手をかけすぎて枯らしてしまったり、手をかけなくとも大きくなったりするなど、どちらかと言えば思うようにならないことの方が多いです。
私はたまたま教育に携わる人間ですから、花は子どもたちと同じだなと感じます。愛情をかけ過ぎても上手くいかず、ある程度構わなくても独自で育っていく。ただその判断は非常に難しい。何かの掛け合わせが良くて素晴らしい花を咲かせるのだとしたら、私は、手をかけすぎず、ある程度花独自の生命力に任せて見守ってあげることがいいのではないか - 何の根拠もなくそんなことを勝手に考えたりします。
無関心ではなく、関心を持って見守る。そうすると、想像以上の花を咲かせてくれるような、そんな気がします。
昨年ここを知ったときは、夏が終わり秋に差しかかっていました。たまたま夕刻のランニングをしているときにここを通ったのです。いつもは通らない空知神社の遊歩道。残念ながらアジサイの時期はとうに過ぎ、一年後の一番いいときに見なければ、と借家に戻りました。そして、この日。
我が家のアナベル(アメリカアジサイ)は白とピンク。これが10日前から見頃を迎え満開になりました。だから、ここも、と思って行きました。グッドタイミングでした。
調べると地域の有志や団体が中心となって、空知神社横の遊歩道に植樹を行い、美唄の名所にしようと行動したとのこと。地元の方がカメラを持って写真を撮っていたので、当初の目的は十分に達成できていると思います。100メートルほどの遊歩道に白や青、ピンクのアジサイが満開になっていますので、お早めにどうぞ。
アジサイ(紫陽花)の花言葉は、移り気、辛抱強さ、和気藹々。土壌によって色が変わることから「移り気」。花が長持ちするから「辛抱強さ」。小さな花が密集して咲くから「和気藹々」そのとおりだな、と思う花言葉ですね。ちなみに我が家のアナベルは、土壌に関係なく白は白、ピンクはピンクです。
7月17日(金)一般社団法人おもてなし美唄市国際交流協会ease様が主催、市民講座「タイ料理の会」を本校にて実施しました。美唄市はタイ王国や台湾との人的交流を進めていて、本校においてはフード系列が中心となって両国との交流を深めています。
調理を指導するタイの大学生(美唄市地域おこし協力隊)、台湾大学生6名、美唄市民、サポートスタッフが参加し、盛大に開催されました。
講座はグループごとに分かれ、コミュニケーション活動を含めた調理で大変楽しいプログラムになっていました。私はスマートフォンを持ち込んでいましたから、翻訳アプリを活用して大学生とコミュニケーションを図りました。
今の翻訳はすごいですね。スマートフォンに話しかけると一瞬で中国語に変換され、相手に言葉を伝えることができますし、その逆もまた素早い変換により、時間的なストレスを感じないでコミュニケーションが図れます(本当はスマートフォンを介さずに会話ができるといいのだけれど)。
大人気マンガで、異次元ポケットからひみつ道具翻訳の食べ物が出てきて、それを食べることで異国語の会話ができるようになる。この道具に限らず、50年も前に見ていたアニメの世界が現実のものになっていることにただただ驚きます。それを想像できた漫画家の発想にも驚かされます。
次男が大学時代にフランス、イタリア、韓国の旅をしたときのこと。帰省したときに話を聞いたら、スマートフォンがあれば何も怖いものはないよ。会話だって困らないし、どこ行きたいここ行きたいとなっても交通機関も全部調べられるし。自分で調べて予約だってできるから、旅行業者とおさないで行くのが一番だよ。人を頼らなくても別に世界中どこでも行けるから、父さんも母さんも行っといで。
会が終了したあとに次男が言っていたことを思い出しました。実際に使ってみてそのとおりだな、と思った次第です。
ちなみにガパオライス、とても美味しかったです。先日の料理の話ではありませんが、自宅でも簡単に作れそうです。
7月8日(水)午前11時の授業風景。家庭科フードデザインの授業で肉じゃがを調理しています。この日、フード系列ではスターゼンミートプロセッサー株式会社石狩工場から講師をお招きし、豚肉加工の実演・体験授業が行われる(トップページ ブログ7/9で紹介済)など、ひとつの学校で食に関わる授業が複数展開される一日となりました。すごい学校だなぁ、おもしろい学校だなぁ、我が校のような学校が全国至る所にあればいいのになぁ、と思った一日でもありました。
何度も書いていますので、またかと思われてしまうかもしれませんが、人が生きていく上で『食』が一番大切。私など高校を卒業するまで親が毎日食事、お弁当を準備してくれましたから、それが当たり前になっていて、『食』について考えることは全くありませんでした。大学は朝夕賄い付きの下宿生活で、日曜日だけは自分で何とかしなければならず、そのときに『食』が提供されることのありがたさを感じた次第です。
私は単身生活が続いていますので、こうした授業を受けている生徒がうらやましくもあります。お弁当を作り夕食を作って生活をしていますが、そんな胸を張って言えるようなことはしていません(できません)。健康を気遣ってとにかく野菜を摂取していますが、茹でるか炒めるか焼くかのどれかしかなく、料理の幅がありません。いつも同じような食事になっています。
AIに相談したらいい答えが返ってくる時代です。「夕食の献立を考えています。食材はじゃがいも、玉葱、人参、鶏の胸肉、レタス、小松菜、キャベツ、豆腐、しめじ、ホウレンソウ、長ネギ、卵があります。調味料は、塩、砂糖、醤油、ごま油、こしょう、みりん、サラダ油、マヨネーズ、鰹節、ほんだしがあります。調理方法を含めて、今週1週間分の献立とその作り方を教えてください。出来上がった夕食は全て写真付きで提示してください。」と入力したら、私のマンネリ化した夕食の世界は思い切り広がるはず。思い立ったが吉日と言います。今、AIにそのまま質問してみました。25秒で次のレシピを紹介していただきました。
月曜日 主菜:鶏胸肉とキャベツの甘辛炒め
副菜・スープ:じゃがいもと人参の和風スープ
火曜日 主菜:お肉なし肉じゃが風(豆腐とゴロゴロ野菜の煮物)
副菜・スープ:小松菜のお浸し
水曜日 主菜:鶏胸肉のコク旨マヨネーズ炒め
副菜・スープ:レタスとちぎり豆腐の和風サラダ
木曜日 主菜:ほっこり親子皿(ご飯なし親子丼の具)
副菜・スープ:キャベツと人参の和風マヨコールスロー
金曜日 主菜:豆腐としめじのふんわり卵とじ
副菜・スープ:ホウレンソウのごま油和え
土曜日 主菜:ポテトとキャベツの和風ジャーマンポテト
副菜・スープ:レタスとネギのスープ
日曜日 主菜:鶏胸肉と野菜のフライパン蒸し(ポン酢風タレ)
副菜・スープ:ほうれん草と卵のお吸い物
当然作り方も教えてくれています。これは作れそうです。ただ、『まず最初にお伝えしなければならないのですが、私はAIであるため、実際に完成した料理の写真を用意してお見せすることができません。ご期待に沿えず申し訳ありません!』そうなんですね。できないこともあるのですね。でもそのうちもっと進歩して実際に調理までしてくれる機械やロボットが登場することになるのかもしれません。
若いうちに多くの経験があれば、こうしてレシピをいただいても軽い気持ちで台所に立てると思うのです。だから生徒の活動を見ているといつもうらやましい気持ちになります。もしも中学校3年生に戻って受験先を考える機会があったとしたら、私は(あくまでも個人として)『食』を学べる本校のような学校を選択します。
長い話になりました。申し訳ございません。
夏、ひまわり(向日葵)の季節ですね。日に向かう花。そのとおりの花ですよね。
ずたずたにやられてしまった自分を立て直してくれた花がひまわりです。私にとって特別で大好きな花です。
小学校の中庭に学級園(畑)があって、正確には思い出せませんが、2年生が朝顔、3年生がひまわり、4年生がヘチマ、5年生がひょうたんを栽培しました。6年生はその学校から転校して別な小学校で過ごしたのでわかりませんが、きっと学年に合わせた栽培カリキュラムになっていたと思われます。
学級園に咲いたひまわりは茎が自分の手首を超えた太さで、花は2メートル3メートル高い所にありました(背が小さかったのでえらい高い所に咲く花だなと思いました。実際は今の私の背丈くらいのところに咲いていたのだと思います)。ぎんぎらぎんに注ぐ太陽光にすーっ、と立ち上がった鮮やかな黄色。今でもそのときの印象が目に焼き付いています。「ひまわり、好きだな」と思いました。ですから小学校3年生の頃からひまわりに特別な想いを持っていたことになります。
26歳を迎える年の秋口に突然のめまいに襲われ、その日を境にして私の身体と心は昨日までのものとは全く異なるものとなりました。わずか1日を挟んで人って変わってしまうのですね(今だから簡単に言ってしまえますが本当に苦しかったです)。
逃げるような気持ちでカメラ片手に近隣の風景を切り取るようなことを始め、巡り巡って北竜町のひまわり畑に辿り着いたとき、一面黄色の世界に心が奪われました。ここから自分は変われる、変わっていかなければならない、と思いました。ひまわりが私の全てを受け止め、背中を押してくれたように感じました。以後、欠かさずに夏のひまわりに逢いに行きました(調子が戻ったな、と実感できた時にはもう40歳になっていました)。小学3年生のひまわりが暗闇の中に小さな光を照らし続けていてくれたのだと思っています。本当にありがたいです。私のつまらない話が長くなりました。
さて、華道部員は3年次生2名と1年次生1名です。先日、1年次生の部員と「おしゃべりタイム」でお弁当を一緒にいただきました。「生けるのが上手になったね」と褒めると「ありがとうございます」と笑顔で応えてくれました。「お花が好きなので華道部に入りました」「3年次生が引退したら一人になるかもしれないけれどずっとずっと続けるんだよ」高校生でお花が好きって、いいですよね。その気持ちをずっとずっと持っていて欲しい。
生徒玄関ホールに2つの作品、職員室前にもう1つ展示しています。花はいつまでも元気に咲いているわけではありませんが、与えられた命を全力で、ぎゅっと水を吸い上げ一日でも長く咲こうとしています。その姿からいろいろなことを考えさせられます。
52万アクセスをいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
蒸し暑い日が続いています。体調いかがですか。しっかり食べて水分とって睡眠時間を確保できていますか。
先週末、「クーラーどうしようね」と妻が家電量販店の広告を見ながらぼそりと言いました。私は曖昧な返事をしましたが、そろそろ潮時かもなと思ったりもしています。オホーツク北見の2年間で究極の暑さを体験したこともあって、石狩や空知の暑さは何とも感じない身体になっていますが、それを知らない妻は違います。暑いのでしょう。
冷房なしの借家(職場も)は毎日35℃で煮えたぎっており、これがだらだらと約一月半続く夏です。私は扇風機と台所の換気扇を回して2年間凌ぎました。夕食を作っている最中に汗だく、夕食を食べて汗にまみれ、その後のランニングでさらに汗だく。すごい夏でしたが、この経験が私の暑さ感覚をごろっと変えてしまったような気がします。
さて、学校祭が無事終了し校内は何事もなかったかのような静けさです。夏季休業まで残すところ10日となり、生徒の関心事は学校祭から夏季休業に切り替わった感じです。切替の早さにびっくりです。ただ、3年次生は卒業後の進路に向けての活動が本格化しています。オープンキャンパスや応募前職場見学の参加、応募書類の準備等で熱い熱い夏になります。誰もが経験する18歳の節目。私はその頃受験に向けた勉強を朝から晩までしていました。高校3年生の記憶は、勉強、だけです。
7月9日(木)本校のPRポスター掲示の許可をいただいた関係各所へ挨拶回り。急なお願いにも関わらず「いいですよ、貼らせていただきます」とのお返事が嬉しいです。併せて「可愛らしいデザインでいいですね」とのお声もいただいており、それはそれで嬉しいです。ポスターの下方にホームページ、インスタグラム、note、youtubeのQRコードを印刷してあるので、多くの方にアクセスしてもらいたいなと思っています。
安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄様に久しぶりに訪問しました。先日、本校の1年次生が宿泊研修でお世話になったのですが、私は昨年のゴールデンウィークにランニングを兼ねて行ったきりなので2回目です。昨今のクマ騒動がありますからランニングで向かうのはもう難しい状況なのが残念です。子どもがまだ幼稚園に通っていた頃に空知の実家に帰省する途中で寄ったことがありますが、いつ来ても時間の流れが変わらない場所だなと思います。
『妙夢』
私はここに立ち2015年に初めてフルマラソンを完走(4時間28分5秒 総合順位5823/10017)したことを想い出します。ゴール後に首にかけてもらった完走メダルが『妙夢』だったのです。ゴール後、涙が溢れて止まりませんでした。そもそも走り始めたのは2013年。仲間が倒れたこと、妻の大病の克服に向けた日々が重なったことがランニングを始めたきっかけです。励ましたい - ただそれだけでした。一気に押し寄せてくる感情を抑えることができず、肩に回されたフィニッシャータオルでしばらく顔を隠し目頭を押さえていました。
人それぞれに自由に過ごせる場所。ここは何を想ってもいいし何を考えてもいい。
さて、今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。応援していただける学校になるよう一層努力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
御協力いただきました関係者様(敬称略)7月9日現在
①コメリハード&グリーン美唄店 ②イエローグローブ美唄店 ③岩本写真館 ④仙中里 ⑤ツルハドラッグ美唄南店 ⑥コープさっぽろびばい店 ⑦長栄堂 ⑧ケーキヤマシタ ⑨タケマツスポーツ ⑩大坪仏壇店 ⑪ハウジングサイトウ ⑫そばまつき ⑬丸吉 ⑭マルダイはやし ⑮株式会社美唄自動車学校 ⑯コインランドリーリベラ ⑰ハマナスクラブ ⑱美唄郵便局 ⑲吉岡布団店 ⑳パナプラザいとう ㉑きものブティックホンゴウ ㉒JAびばい直売所ららマルシェ ㉓つぼ八美唄店㉔サンキ美唄店 ㉕青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ㉖喫茶鹿 ㉗的場旅館 ㉘美唄市営温水プールすいーむ ㉙美唄市総合体育館 ㉚藤観光 ㉛アンテナショップPiPa(ふるさと美唄応援店舗) ㉜ツルハドラッグ美唄店 ㉝ヤマダ電機テックランド美唄店 ㉞すぎうらベーカリー本店 ㉟株式会社宮北鉄工所 ㊱株式会社宮北鉄工所cosmo美唄南 ㊲美唄市立図書館 ㊳美唄市体育センター ㊴美唄市郷土資料館 ㊵アルテピアッツァ美唄 ㊶美唄市民会館
7月10日(金)、11日(土)2日間の尚栄祭を無事終えることができました。多くの方々に御来校いただきました。ありがとうございました。
閉祭式での挨拶文(原文のまま)
ここにいる半分の生徒さんとしかお喋りはできていませんが、『魅力ある学校って何だろう』ということを話すると、ほぼ全員が『行事が楽しい学校じゃないでしょうか』『行事が楽しい学校に人は集まります』そう言います。
第16回尚栄祭のフィナーレです。やりきった感、ありますか。全てを出し切りましたか。そして、自分のいる学校の、尚栄祭が楽しい、行事が楽しい学校と感じてくれましたか。皆さんを見ていると満足感に溢れています。どうか、楽しかったことを妹、弟、中学生に是非伝えてください。ここにいる皆さんの声が一番の宣伝、コマーシャルになります。どうかプレゼンターになってください。
さて、私から皆さんにお礼を言わせてください。「尚栄祭を何とか盛り上げていきたい」そのことを私なりにずっと考えていました。何をすべきか、できることは何だろう。そうした中で、『学校祭までカウントダウン企画』を3年次生に持ちかけました。毎回とはならなかったけれど、順繰り回しながら、インスタグラムに更新して学校祭を迎えることができ、私は本当に嬉しかったです。ねらい通りになったかどうかはわかりませんが、できたことに感謝です。皆さん、ありがとうございました。
先生方にも感謝します。尚栄祭を少しでも盛り上げようと、展示や販売に力を注いでくれました。●●先生のギター演奏、〇〇先生・□□先生・△△△先生のダンスも尚栄祭に花を添えてくれました。そして、※※先生、生徒会執行委員に寄り添って準備をしてくれてありがとうございました。
これからも行事は続きます。もしかすると新たな行事が生まれるかもしれない。皆さんに伝えます。行事を自分たちがどのようにしていきたいかをしっかり考えること。誰かがやってくれるのを待つのはもうやめること。言うだけではなくて実現に向けてしっかり汗をかくこと。
想いを形にしたいけどどうしたらそれを実現することができるだろうか - そのことを粘り強く考えてください。それを実現することによってどのような効果があるだろうか、失敗しないようにみんなのものにするのはどうすべきか。考えなければならないことはたくさんあるけれど、乗り越えた先に、自分の手で、自分たちの声で、新たなものを生み出すことができます。そこに大きな意味があり、大きな喜びがある。
行事は与えられるものではなく、ここにいる皆さんが作り上げていくものです。それが皆さんが言う『行事が楽しい学校』につながっていくと信じています。皆さんならそれができると思います。
最後になりますが、尚栄祭を何とか盛り上げよう盛り上げようと考え、実践してくれた生徒会執行委員の皆さん、ステージに上がってください。
さぁ、皆さん、尚栄祭を4月から時間をかけて準備してくれた生徒会執行委員の方々に、感謝の意を込めて拍手を送りましょう。
ありがとうございました。
そして、ここにいる生徒の皆さん、本校の先生方、PTAバザーのお手伝いをしてくれた保護者等の方々、尚栄高校に足を運んでくれた人々、そして素敵な時間を過ごすことができた自分に、もう一度拍手をお願いします。
ありがとうございました。
以上で閉祭にあたっての挨拶といたします。
北海道美唄尚栄高等学校長 日 下 剛
発表が終わってすぐの集合写真。若い、ってただそれだけでいい。まるで顔でも洗ったかのような汗に濡れた表情に自らの高校時代を重ねている自分。同じだったのだ、自分も。そう思うと瞼が熱くなる。頬を伝う涙がとまらない。若い、ってただそれだけで素晴らしい。
今年度は生徒たちがこうしたいということが実現できている - 私はそう評価しています。昨年度は先生方の手を借りなければ乗り切れない、そんな様子が至る所に見られました。体育館内で先生方が顔を引き攣らせ休む間もなく走り回っていたけれど、今年度は生徒がリードできていて、先生方も余裕の姿。そうできるだけの準備をしてきたということなのでしょうが、言葉通りの生徒主体となっています。成長を感じます。
今日は一日中雨になりそうです。ただ、午前10時からの一般公開に向けて生徒も保護者等の方もお迎えの準備を進めています。是非お越しください!
7月10日(金)外は生憎の雨。北海道には梅雨はない、と言われているけれど、今朝の気象予報士の言葉では「梅雨のような天気ではなく、もう梅雨と言っていい天気です」北海道も梅雨が訪れる気候に変わってしまったということでしょうか。本日と明日は尚栄祭。私たちの想いは届くことなく梅雨模様の2日間になりそうです。
高校3年生の学校祭は、中庭で炭火をおこしヤキトリと焼きトウキビを販売しました。トウキビは親父が市場の仲買人に雇われていたこともあって、一本50円あたりで大量に用意してくれて、トラックの荷台に積んだトラックで学校まで届けてくれた記憶があります。あのとき私は親父に何と言ってトウキビの話をしたのだろう。もしかしたらお袋伝いに耳に入れてもらったのか。おそらく後者のような気がする。会話の記憶がどうしても蘇ってこないのです。
そんなことはどうでもよくて、でも高校最後の学校祭はところどころはっきりと覚えています。あの頃はBOOWY(バンド)が流行りで、体育館を会場にした演奏はそのバンドの楽曲で盛り上がり、本当は上がるなといわれていたステージにわちゃわちゃと駆け上がって踊りました。楽しかったなぁ、本当に。
形は変われど生徒にとって学校祭は特別なんだな - この仕事に就いていつも思うことです。こんなにも熱くなれるのはどうしてなんだろう・・・若い、ってただそれだけでいい。
私にとって33回目の学校祭がまもなく始まります。
7月7日(火)付け北海道新聞朝刊社会面に「SNS漬け」子ども深刻の見出し。高校生に注目して抜き出すと、『自分のスマホを持っている』99.1%、『1日のインターネットの平均利用時間』6時間44分(なんと1日の4分の1)、『SNSなどコミュニケーションに使う』93.2%と、まるで小さなスマートフォン1台に支配されてしまったかのような生活スタイルになっています。どうしたものか・・・
居間に固定電話が存在感をはなっていた時代。呼び鈴が鳴るとどきっとして家族に緊張が走ったことを想い出します。幼き頃の電話は親のもの、高校生の頃の電話は親に知られたくないものでした。子機付きの電話すらなく、親が寝静まった22時約束の恋人との電話は小声でささやく妙にときめく人生最高の時間でした。もし、あのときにスマートフォンがあったら180度違う世界を見ることができたのかもしれないけれど、私は、固定電話で良かったなと思っています。不便でいろいろ気を遣う面倒な電話ではあったけれど、それはそれで良かった。
スマートフォン世代の我が校の生徒たち。家に帰ったらSNSでつながる友達も、こうして放課後にお喋りしながら一緒に行動している。これだけでも学校祭の準備作業をしている意味があるな、と感じています。スマートフォンでつながる世界を否定はしないけれど、でも、やはり人は人と触れ合って生きていくからいいのです。
おそらくそんなことはまるっきり考えもせずここで時間を過ごしているかもしれない。でも、いつか、この日のこの時間がどれほど大切だったかに気づくときがくるはず。それを次の世代に語り継いでいくことが一人ひとりに課せられた宿題なんだろうと考えます。
記事より ~ スマホ依存を防ぐために推奨される利用時間は、高校生で2時間以内が目安。
今週末に学校祭(第16回尚栄祭)を控え、午後から準備の時間としています。6月末から準備を進めているクラスもありますが、いよいよ終盤に突入しました。これはあくまでも私の想像ですが、各クラスドラマの連続だったはず。ドラマから目を背けず、この時間を大切にして欲しい。その先に、成長につながる何かがある、私はそう思っています。
思い通りにならなくて苛立ったこと、言葉の掛け違い、感情のぶつかり合い、喉まで出かかった言葉を飲み込む、誰かのダンスにみんなで笑い、わかってもらえず涙する、絵の具を散らかし、自分の部屋でダンスの振り付けを確認し、あちらこちらから段ボールをかき集め・・・一人ひとりにそれぞれのドラマがある。談笑、葛藤、衝突、歓喜、相談、仲直り。みんなが向かうべきゴールは学校祭でも、そこに至るまでのステップはみんな異なる。その経験こそが宝。
何かに挑戦しようとするとき、そこには必ず軋轢が生じます。これは何も高校生活の中だけに訪れるものではなく、生きていく上では避けては通れないものです。解決に向けての教科書はありません。最後は仲間を信じ許し認めてあげること。この中にしか答えはないような気がします。
さて、短い動画を撮ってインスタグラムに、と思っているのですが、先日生徒から指導されました。「校長先生、インスタに動画上げるのをやめてください、私たちのクラスで何やるかバレてしまうじゃないですか」私は「ごめんなさい」と謝りました。そうか、ネタバレ、か。
写真なら各クラスの作戦が漏れないだろう。それでもいろいろ気を遣いながら写真を撮って回っています。
17時45分、後片付けをして18時下校を報せる放送が流れました。本日の準備お疲れ様でした。
7月3日(金)生産現場におけるものづくりの溶接についての最新技術を学ぶことを目的に、株式会社道央メタル(美唄市東5条南6丁目7-28)様をお招きし、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象に溶接技術講習会を実施しました。第一線で活躍されている職員の溶接技術を目の前で見ること、プライドを持って仕事をしている姿を見ることで、生徒には相当な刺激があったと思います。
本校も溶接に限らずものづくり、製品づくりをしている学校です。つくることだけに目線を合わせるのではなく、何のためにつくるのか、実際につくってそれがどうなるのかなど、いつも先生方に話をしていますが、つくった先の姿を考える必要があります。つくっておしまいではないということです。
人に使ってもらうことは人に喜ばれることにつながります。がたがたぐらつかないためにどうしなければならないか、触って怪我をしないようにするためにどのような加工が必要か、長く使ってもらうためにはどうすべきか、壊れたらしっかり直すことが可能か。使ってもらう人からの意見を聞き改良や改善に努めることも必要です。つくったらつくった責任があるということです。
そう簡単に技術を持った一人前の職人にはなれません。10年15年の年月がかかるでしょう。苦労して辛抱してその積み重ねの先に腕一つで家族を支え会社を支える職人になることができる。今は時代が変わって丁寧に時間をかけて指導してくれるようになってきていますが、それでも覚悟が必要です。
生徒と一緒にひととおりの作業を見学させていただきました。一日も早く家を出たくて看板職人になろうと考えていたことがありました。看板屋の工場を何度も覗きに行ったものです。あの頃は筆を振るったらすぐに世界が広がると信じていた。結局小さな世界で小さなことしか考えていなかった・・・職人になる覚悟などひとつもなかったな、と恥ずかしながら思った次第です。
有意義な時間になりました。本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。
ありがとうございました。
第108回全国高等学校野球選手権南・北海道大会1回戦(対 滝川西高等学校)が6月27日(土)岩見沢市営球場において開催され、砂川高等学校との合同チームで出場しましたが、1対11で残念ながら敗退となりました。
本校の選手は小学校、中学校と野球経験がほぼない中で入部して活動していますが、試合では着実に練習の成果が表れていることを感じさせるプレーが見られたところです。
試合が終わった後にミーティングが行われ、最後に撮った集合写真です。選手はもちろんのこと、応援に駆けつけた生徒たちの心にもこの夏の記憶がしっかり焼き付いたと思います。
大変お疲れ様でした。
砂川高等学校の公式noteも是非御覧ください。
https://sunagawa-hs.note.jp/n/na66f28a5fc55
「フードデザインの授業でババロアと水ようかんを作ったので食べてください」3年次生の女子生徒が校長室に。いつも思うのだけれど、食を学び食を考え食を作る学校 - いいですよね。私ごとではありますが、もしも生まれ変わって再度人生を送れるとしたら、間違いなく食に携わる生き方をします(別に生まれ変わらなくても今からでもできるのですが)。そのためにそれが実現できる学校で学びたい。本校に勤務できたからこの気持ちがより一層強くなりました。食の大切さに気づかせてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。
さて、生徒とのおしゃべりタイムは続いています。ある生徒が座席に座るなり「私が作ったお菓子ですので校長先生どうぞ」と紙袋を差し出しました。おそらく前の晩に作ったのでしょう。美味しそうなスイーツが入っていました。このようなことをして欲しくてお話する時間を設けているわけではないのだけれど、高校生がここまでの気遣いができることに私はただただ驚いています。教師生活33年目、初めての出来事です。お菓子美味しかったです。本当にありがとうございました。
気温が高めに推移するようです。放課後の学校祭準備、休日に登校してダンスの練習や展示物の準備等をすることと思いますが、ついつい夢中になって水分補給を忘れてしまった・・・ということがないようにしてください。
また、保護者等の皆様にお願いです。教室に冷房装置を備えておりますが、十分な冷却には至っておりません。お子様に持たせるお弁当に保冷剤を入れてください。よろしくお願いいたします。
今年度の学校PRポスターを持ってまちを歩いています。担当の先生が半年かけて作成したものでできるだけ多くの人に見てもらいたいなと思っています。見てもらって初めてポスター本来の役割を発揮しますので。事前に電話をかけてから、時には飛び込みで訪問しているのですが、まちの人は本当にあたたかくて「いいですよ、貼りますよ」と言ってくれます。
学校の教育を学校の中だけで完結する時代はとうに終わり、いかに地域の方々と力を合わせて学校づくりをしていくかが問われる時代。あれこれ考えて躊躇するのではなく、思い切って一步踏み出すことが大切です。「じくじく考えていないでまず動け」私が私自身の背中を押す、長く大切にしている言葉です。そこに座って考えている時間がもったいない。その間に2つ3つのタスクをこなすことができる。考えることはそのあとでも十分できます。
さて、夕刻のランニングの前半は農道を走り、後半は美唄駅周辺、12号線沿い、そして商店街を抜けて借家までの10キロを走ります。ここ最近通りに面したお店の窓ガラスに本校のポスターが掲示されているのを目にします。本当にうれしいです。勝手なお願いにも関わらず快く御協力をいただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
ポスターの掲示によって、私たちが望む入学者の増加に直結するかはわかりません。いや、そんな簡単なものではないと承知しています。私は校長として、まずは「まちから応援される美唄尚栄高校」にしていくためのきっかけづくりと開き直って行動しています。
まちを歩けば本校のポスターをあちらこちらで目にすることができる(エスコンフィールドに向かう道中に球団の旗が取り付けられている) - それは大げさで届かぬ夢ではありますが、数年先にそうしたことがここ美唄のまちの中にできあがればいいな、と思っています。そのためには、本校が質の高い教育を実践し地域に貢献できる生徒を育成している、と理解していただかなければなりません。
今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。その際はどうぞよろしくお願いいたします。
御協力いただきました関係者様(敬称略)6月30日現在
・コメリハード&グリーン美唄店 ・イエローグローブ美唄店 ・岩本写真館 ・仙中里 ・ツルハドラッグ美唄南店 ・コープさっぽろびばい店 ・ケーキヤマシタ ・長栄堂 ・タケマツスポーツ ・大坪仏壇店 ・ハウジングサイトウ ・そばまつき ・丸吉 ・マルダイはやし ・株式会社美唄自動車学校 ・コインランドリーリベラ ・ハマナスクラブ ・美唄郵便局 ・吉岡布団店 ・パナプラザいとう ・きものブティックホンゴウ ・JAびばい直売所ららマルシェ ・つぼ八美唄店 ・サンキ美唄店 ・青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ・喫茶鹿 ・的場旅館 ・ピパオイの里プラザ ・美唄市営温水プールすい~む
夕暮れ迫る部室
そこだけは流れていかない時間
動きを忘れた空気に
懐かしき高校時代が蘇る
学校って不思議なところです。自分は一年一年歳をとってゆくのだけれど、巡り会う生徒はいつも十六十七十八なのです。繰り返されるこの潮流の中に自分の時間軸は確実に先へ先へと伸びていきます。時は先へ先へ進んでゆくのだけれど、いつも過去と現在を往還できる楽しみがある。それって一部の限られた人にしか経験できない特殊なものです。私はこのことが教職の魅力なんだろうな、と思っています。
高校を卒業した後の人生において、自らの高校時代を想い出すことはどれほどあるだろうか。それは年齢を重ねるごとに遠く遠くに押しやられていく - 多くの人はきっとそうなんだろう。ただ、私は違う。高校時代がいつも隣にある。
私はこの仕事に就いたときから(32年前から)高校生の記憶に浸ることができています。そうしたことは頻回に訪れます。職が違ったらおそらく滅多なことでない限り高校時代を想い出すことはなかっただろうと思います。だから何か特別なものをもらったような感覚があります。想い出せたから何か素晴らしいことがあるというわけでもないのですが、ふと蘇ってくる高校時代の記憶に穏やかで幸せな気持ちになれる。教職というのはすごいな、と思います。
教職員のなり手不足は深刻な問題となっています。原因はさまざまです。ただ、誰でもなれない特別な職だからこそ、一部の人にしか届かない特別な世界を見たり触れたりすることができる。私が語ることのできるのは『自らの高校時代がずっと自分の近くにあっていつまでも色褪せていかない』ということだろうか。見かけは年齢相応になっても気持ちはいつまでも高校生でいられる(ような)。
私たちはその職に携わる者として、常に生徒たちに教職の背中を見せていかなければなりません。私たちの姿を見て生徒たちは教職を考えるわけです。私も中学時代の担任、佐藤先生にあこがれたから今があります。
夕刻の部室 - なんとなく寂しさが漂う。その一方で一日が事故なく無事に終わることへの感謝。明日のドラマへの期待感・・・私はこうした風景の中に時を過ごすのが好きです。
「高校生は珈琲を飲みませんっ」3年次生の生徒との『おしゃべりタイム』で言われ本校の自動販売機ラインナップ変更につながった話は前に書きました。そのことをきっかけとして生徒が飲みたい飲み物に入れ替わっています。すべてが生徒の望み通りになるには珈琲が売れ切れなければならないので、私もたまに自動販売機にコインを入れ珈琲をせこせこ購入しています。
私は気取ったお洒落な高校生でしたから(自分で言うのも恥ずかしいのですが)ブラックの珈琲を好んで飲んでいました。今ではカフェという言い方をしますが、学校帰りに喫茶店に寄り珈琲を飲んでいました。学校にも珈琲クラブが存在し自分で焙煎するおもしろい企画があり、煎った珈琲の飲み比べも頻繁でした。
大学時代アルバイトをしていた会社の真裏に室蘭でも有名な自家焙煎珈琲のお店があって(ずっと前に閉店してしまいました)、カウンタに座ってマスタと話をしながら珈琲を飲み、帰りがけにいくつかの豆を買って下宿でも珈琲をドリップしていました。以後お付き合いした何人かの女性といつも珈琲を飲み、やがて知り合った妻と30年以上珈琲の時間を楽しんで現在に至っています。振り返ると私にはたくさんの珈琲の風景があったように思います。
土曜日、妻と珈琲教室に参加しました。実は5月に申し込んだところ応募多数により急遽抽選となり選考から漏れてしまいました。その後講師の先生の計らいにより今回臨時で実施してくれることになったのです。本当にありがたいことです。2時間の講座でしたが実技を伴うとてもいい時間になりました。もっともっと珈琲の勉強がしたいと思いました。何せ奥が深いのです。
60歳以降をどう生きるか - 4年半後に迫った人生の節目。私はその日がやってくるのを実はとても楽しみにしています。カフェを、という気持ちは日増しに高まっていますが、それがすぐに叶えられないとしても、私は60歳からスタートする(スタートさせる)新たなステージにわくわくしています。安定という言葉を捨て、冒険へのスタートとチャレンジにする。一度しかない人生、その舵を自分の力で切っていくために、講師の先生が自らの経験をもとに語った「何でもチャレンジする生き方」 - 私の背中を力強く押してくれたのは間違いありません。
珈琲教室に参加した休日に当サイトの訪問者数が50万を超えたようです。いつも御訪問いただきありがとうございます。毎日訪問者数をノートに書いていますが、昨年(令和7年6月30日)は133,916件と記録されていました。
50万、という数字がどのような意味を持っているのかはわかりませんが、少なくとも本校の教職員の情報発信に対する意識は従来のものから高めることができただろう、と私は評価しています。「見てくれる方がいるのだから常に新しい話題を提供しなければならない」 - この意識を私たちはいつまでも忘れてはなりません。
美唄駅の東側。夕刻のランニングではほぼ毎日この周辺を通っています。昨日は電車の不具合なのか、札幌に向かう特急列車が出発できずにいたようです。ホームには状況を報せる放送がわんわんと鳴っていて、なんだろうとホームを見ていたときに一面に咲いている赤い花が目に留まりました。
もしかして、薔薇か?と近づいていくと、やはり薔薇でした。その他にもさまざまなお花が咲いていて、今まで大事なものを見逃していたことに残念な気持ちやら自分の視野の狭さを反省するやら、なんだか損をしてしまったような気分になってしまいました。薔薇は盛りを過ぎた感じではありましたが、まだまだ見応えがありますので気になる方は是非出掛けてみてください。
美唄駅周辺は花壇が整備されていていいなと思います。美唄聖華高校、本校の生徒も花壇整備でお手伝いしているところですが、そうした活動の中からお花に興味を持つ人たちが増えていくとそれはまた素敵な話だなと思ったりしています。
さて、学校祭カウントダウン企画も全校での取組になってきました。同じ生徒ではなく順繰りバトンリレーのようにつながっていって欲しい - 私の思い描いたことが生徒の手で実現できています。高校生にとって学校祭は大きなイベントですから、『尚栄祭』に向かって心をひとつに(全校で心ひとつにできる行事はそう多くはありません)盛り上がってくれたら幸いです。
朝から学校で顔を合わせ放課後はグラウンドで野球をやって家にカバンを置くなり広場に集合。夕暮れが深まっていく頃、誰が声をかけるでもなく決まったように「じゃ、明日。バイバイ」立ち並んだハモニカ長屋に灯り始めた電灯の明かりの中に帰って行く・・・
1年と半年過ごす美唄で一番気に入った場所。夕暮れ迫るこの風景の中に私はいつも少年時代のことを想い出す。あの頃に見た夕暮れと同じだから。走り回った日々、何がおかしかったのかいつまでも響く笑い声、さっきまで仲良く遊んでいたのに突然始まったケンカ、長屋をぐるり取り囲む砂利道道路の自転車レース、道路に掘ったビー玉ゲームの穴 - 懐かしい記憶が次々浮かんでくる。みんな泥だらけになるまで遊んだ日々がつい昨日のことのように感じるのはどうしてなんだろう。
先日、美唄青年会議所主催の「つながる協働交流会」に参加しました。関係団体が集まり美唄市を活性化するためのイベント等についてグループワークを行い、それを発表するという企画でした。各班から今すぐにでも実現できそうなアイデアが提案され、その中に美唄市の風景写真を集め、その一枚一枚を組み合わせたモザイクアートを制作する企画がありました。思い思いの風景を組み合わせ、さらにひとつの作品にしていく。これはおもしろいな、と思いました。本校の行事にも取り入れることができそうな企画です。
私は車を運転してあちらこちら出掛けることには消極的です。そこにあまり魅力を感じないのです。自分の足で歩いたり走ったりしながら目の前に広がる風景を楽しむことが好きで、そこに座って大きく息を吸い込み風を感じる時間があればそれでいい(変わっていますよね)。カメラで風景を切り取りながら脳裏に浮かんできたことにただ思いを馳せる時間が好きなのです。やはり変わっていますよね(小学校の先生に変わった子どもだ、困った子どもだとずいぶん言われていたようです お袋談)。
さて、皆さんは美唄市のどこの風景が好きですか?どこから見る風景がお薦めですか?コンテストのような格式張ったものだと手が出しづらいので、競い合うのではなく市民が切り取った風景をどこか一カ所で見られるイベントがあると素敵だろうな、と考えています。どうでしょう、やってみませんか!
今年も薔薇が咲きました。ほんの一部分ですがどうぞ。いつもは6月3週目で満開を迎えるけれど今年は1週遅いようです。これを書いている今日あたりが満開になっているはず。そばで見ることができず残念。私の分まで妻や近所の方が見てくれればそれで良しとしましょうか。
先週の土曜日、お世話になった先輩夫婦が我が家に来てくれました。薔薇を見ながら珈琲を飲み他愛もない話を - 少し前に奥様が体調を壊してしまい、それが少しずつ快方に向かっていると伺っていたので、それなら気晴らしに薔薇を見に来てください、とお誘いしていたのです。喜んでくれたのでもうそれだけで良し、です。
妻が大きな手術を終え退院して家に戻ってきた年の初夏から私のガーデニングが始まりました。身近なところに花が咲いていればきっと気分も晴れるだろう、そんな想いでせこせこ土をつくり少しずつお花を植えてきました。そういう私も先の不安を紛らわせたかったのです。
以後13年かけて今の庭になりました。小さな株だった薔薇たちも大きく成長したくさんの花をつけ、周りの花も次から次に咲いてくれます。併せて妻も私もとりあえず健康に過ごせています。感謝しかありません。
一昨年昨年と何が悪かったのかアプリコットがかなり弱ってしまいこのまま枯れてしまうかも、と落ち込んでいたのですが(私にとっては薔薇は子どもなので)、オレンジ色の薔薇が漸く元気を取り戻し、4年目にしてこれでもかというくらいの蕾をつけてくれています。薔薇は甘やかしても(肥料をやり過ぎても)ダメですし、厳しすぎても育ちません。子育てと同じく難しい。だから、おもしろい。
先輩が「北見から帰ってきて美唄から自宅が近くなって良かったね」と言われ、すかさず妻は「帰ってきても午前中にランニングをして、午後からはずっと庭にいるんですよ」と。そのとおりの休日を過ごしている私は「走って薔薇や花をいじって一日を終えるのが何よりの幸せなんだよなぁ、それ以外のことはいらないかな」と答えました。こんな私の生き方が先輩夫婦や妻に受け入れられたのかはわかりません。私はそれだけあれば満足でありそれ以上のものは何も望んでいません。そこに私自身の幸せがあるからです。
「それじゃ、また来るね」そう言って二人は車に乗り込み大きく手を振りながら帰って行きました。元気になれるきっかけをこの庭から、花たちからプレゼントできたなら、もうそれ以上何も言うことはありません。
デスクのお花を時折眺めながら仕事をしています。考えごとをしていてもお花が気持ちを切り替えてくれます。ありがたいことです。
1年次生の宿泊研修を無事終えることができました。昨年度まで4月に実施していたものを今年度から6月に変更しました。4月に実施しても6月にしてもそれぞれにねらいがあります。昨日の解団式の様子を見ていると、生徒の満足度は高く成果があったと考えます。「話を聞くときの姿勢を身に付ける」ことを大きなテーマとしていたようで、このことについてはこれからの学校生活でも全教職員でバックアップしていくことを確認したところです。
もう30年も前のことなので正確には覚えていませんが、高校に入学して5月か6月に宿泊研修に行った記憶があります。深川の施設に2泊3日。学校生活にも慣れていなかったしクラスメイトともまだそれほど親しくなっていない時期でした。自分のいるクラスでこのような感じですから他のクラス(5クラス)とはほぼ親交ゼロ。行きたくない、という気持ちが先行していたように思います。しぶしぶ参加しました。
オリエンテーリングで山歩き、グラウンドでソフトボール、体育館で校歌や応援歌の練習、夜は焚き火を囲んでクラス発表を行うなど、ギチギチのプログラムに自由時間はありませんでした。そうしたこともあり、2段ベッドで10人部屋の室内で消灯22時以降が唯一安らぎの時間となりました。
わずか2拍3日ではありましたが、それまで知らなかったクラスメイトの一面に触れることができ、研修を終了した後はスムーズにコミュニケーションを図ることができるようになりました。宿泊研修が私の高校生活の潤滑剤になったのは間違いありません。1年次生一人ひとりが感じとったものが私の経験と一致するかどうかは別として、私のように行きたくなかったけれども、行ったことで一步でも二歩でも前進できたとするならば、その自分を是非褒めてあげてください。乗り越えた自分の勇気に拍手を送ってください。
さて、学校祭に向けた準備がスタートしています。学校全体で盛り上がって欲しいと考え、ずいぶん前に3年次生の女子生徒に「カウントダウン企画」を持ちかけました。校長独自のお願い企画。どうなるかな、なんて思ったこともありましたが、とにかく私は生徒の取組に期待しました。なんとかしてくれるだろう、と。
生徒のアイデアは豊富です。感心します。もっともっと生徒を信じてもっともっと任せてあげる - 私たちが見ることのできなかった景色をたくさん見せてくれるはずです。その景色を生徒と教職員、そして保護者等の皆様と見ていきたいと考えています。
学校祭カウントダウン動画をインスタグラムに掲載していますので、是非御覧ください。
6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。
10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。
美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。
生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。
「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。
先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。
「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。
46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。
さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。
皆さんも良き週末を!
49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。
嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。
人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。
特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。
今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。
教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・
やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。
継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。
昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。
自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)
40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。
「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。
昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」
取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。
卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」
電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。
あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。
管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。
それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。
6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。
感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。
学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。
先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。
学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。
さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。
そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。
授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。
さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。
私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。
嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。
ありがとう。
昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。
幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。
このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。
さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・
今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。
生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。
予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。
父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。
大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。
子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。
10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。
子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。
当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて
『ありがとうございます』
昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。
ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。
多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。
私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。
今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。
人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・
今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。
参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様
「ありがとうございました」
夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。
小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。
約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。
先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。
本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?
PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。
変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。
いつも御訪問いただきありがとうございます。
本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。
本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!
言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。
さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。
『空を見上げることありますか?』
『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
『今日から見上げてみませんか?』
きっと、いいことがありますよ。
昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。
雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。
今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。
この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。
お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。
ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。
涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。
「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。
オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」
その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。
昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。
3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。
46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。
5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。
この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。
ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。
「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。
幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。
隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。
また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。
5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室
私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。
つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・
黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。
さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。
この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。
チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。
週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。
昨日のGUIDEBOOKに引き続き、ポスターも完成しました。市内外の中学校、各施設等にお配りいたしますので、その際はお手間を取らせますが校舎内への掲示をよろしくお願いいたします。
担当の先生が職員室内にポスター案を提示し投票してもらうともに、生徒の声や意見交換を重ねながら作成してきたものです。ポスター作成担当の先生にすべてお任せというスタイルから脱却しました。大きな進歩です。本校で働く教職員の声、本校で学校生活を送る生徒の声が形になりました。長期間にわたる作業ありがとうございました。
3年次生徒との『おしゃべりタイム』で次の言葉がありました。「何を学びたいか考えてもわからなくて、たくさんの選択肢がある尚栄なら何かが見つかると思った」「中学時代は不登校だったけれど、尚栄なら近いし安心して通えるかなと思って受験した」「〇〇系列で学んだ先に就職があって、間違いなく進路を決められる学校だと思った」「将来就職か進学か決められなくて尚栄にしたけど自分のやりたいことが見つけられた」「今の学校生活に満足している」「いい友人に恵まれて楽しい毎日です」
『おしゃべりタイム』の目的は、教育相談ではなくて学校の現在と未来について意見交換することにあります。意見交換というよりも意見をいただいています。大人視点では気づけなかった生徒視点の言葉に、ハッとさせられることばかりです。そのほとんどを私は見逃していました。自動販売機のラインナップ、SNSの動画発信、校則、行事の在り方、みんなの前で声を上げられない生徒への配慮、学校の見せ方、体験入学や説明会の在り方・・・多くのヒントをもらってすぐにできることはすでに実行しています。実行しなければ意味がないのですから。
参加ではなく参画。学校づくりは、生徒の参加ではなく生徒の参画である - このことを勉強させられる毎日です。これからの学校の魅力化、特色化を考えるとき、今現在本校を選び入学してくれた生徒の視点まで私たちは腰を屈め、そこで同じ景色を見なければならないのだろうと思います。(注 「参画」とは、単に場に加わるだけでなく、企画・計画・意思決定の段階から主体的に関わり、責任を持って意見や行動で物事づくりに加わることを意味する。「参加」よりも深い関与を表す語)
長い時を経て今年度の学校案内パンフレット『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』が完成しました!昨年私は「今までのパンフレットから脱却し、すべてを見直し学校のすべてがわかる形に作り替えてください」と先生方にお願いしました。以後半年、構想を練り写真と原稿を集めて、第1稿、第2稿、第3稿・・・と修正と訂正を繰り返して出来上がった大作です。大変な思いをさせて申し訳なく思っておりますが、私の想像を超えるパンフレットにしてくれました。担当された先生、本当にありがとうございました。感謝しています。
『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』につきましては、今後学校説明会等で配布させていただきますが、本校のホームページトップ『お知らせ』又は『学校案内』のいずれからもダウンロードできますので是非御覧ください。
前年度踏襲が負担なく過ごせる一番楽な道です。同じことを繰り返していれば考えなくていい。それで成果があるのであればそのまま続けていけばいいけれど、そうでないのであればそれらを捨てて新たな形を求めて挑戦しなければなりません。私は先生方に伝えています。「新たなことに挑戦してそれが失敗したのなら思い切ってやめる、そしてまた新しいことを考えましょう」と。そこに仕事の魅力ややりがいがあることを私は経験的に理解しています。変化は確実に人を変えます。
教頭時代に開校60周年記念式典、全道PTA大会、工業高校イベントの課題研究発表大会など、経験したことのない大きな業務を立て続けに担当することになり、正直、マイった、どうしよう、タイミングが悪かったな・・・と不運を責めました。下がっていく気持ちを盛り返せたのは、経験値を上げるために良かったじゃない、この流れを知っていたらこの先困ることはないよな、と思い込ませたことでした。挑戦する、挑戦しなければならないとき、私は最後にはそのように考えます。苦しいけれど楽しんで仕事をしています。挑戦を楽しみ仕事を楽しみお給料をいただく。私のモットーです。
今年度は新たなことに挑戦しています。定期考査の実施をやめました。新しい形の教育課程編成に着手しています。学校PRの形も見直しています。みんなで良い形にしていきましょう。
先日、第1回目を終えたオープンスクールは、来月2回目を実施します。7月にはフェアを兼ねた体験型の見学会を実施します。たくさん参加してくれるに越したことはないけれど、私は人数が●人しか集まりませんでした、ではなくて、●人も来てくれたという発想で物事を見て欲しい。「しか」を「も」に置き換えるだけで考え方、生き方が変わりませんか。初めての企画に●人も参加してくれたことを前向きに捉え、もっとこうすれば、次回はこうしよう、と改善にエネルギーを注ぐ集団になって欲しい。それが私の願いでもあります。
自分の取扱説明書(自分のトリセツ)。1年次生の学校設定科目『産業社会と人間』の成果物が廊下に掲示されています。特徴(性格、好きなこと、苦手なこと)、活用方法(こんなときに力を発揮します、こんなときに機嫌が良くなります、こんなときに機嫌が悪くなります、そんな時はこうしてください)、自由に一言などの項目に基づいて各自記載しています。このように時間が与えられて自分のことをじっくり考えるというのはいいことだなと思います。
じゃ、私の取扱説明書(私のトリセツ)。特徴(性格:物静かでひとりを好む、好きなことにこだわる、無駄なことに手を出さない 好きなこと:ガーデニング、JAZZレコード蒐集・鑑賞、珈琲を飲む、ランニング、読書、カメラ 苦手なこと:高い所)、活用方法(ゴールを決めて走るときに力を発揮、薔薇の手入れをしてるときは機嫌が良くなる、段取りの悪い仕事には機嫌が悪くなる、決まったゴールから前に遡って逆算し計画を立て動いてください)自由に一言(一度きりの人生、端から端まで楽しみましょう)
自由に一言には、たくさん話しかけてください、友達になって欲しいという言葉が多く記載されていました。最初は緊張している様子が見られましたが、最近は登下校、授業、HR内においてみんな明るい表情で活動しており、円滑なコミュニケーションが図られているように感じています。たくさんの友達ができたということでしょうか。
急に想い出しました。ずっと昔、妻にこんなことを言われました。「誰にも邪魔されない時間を求める人だってわかっているから、それを感じる時はそーっとしてあげるようにしている」この言葉を聞いたときの背景はここには書けませんが、きっと私の取扱に気を遣ってくれたのだろうと思います。
自分を知る、相手を知る。たいていはトリセツはありませんから会話をして行動を見て理解していくしかないのでしょう。人とのつながりが続く人生において、知ることは永遠のテーマなのかもしれません。
「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。
今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。
十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。
本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。
さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。
ありがとうございます。
主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。
私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。
昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。
さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」
自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。
昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。
今日は写真2枚。
18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)
生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。
そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。
いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。
さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。
進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。
学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
note https://b-shoei-hs.note.jp/
さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。
今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。
3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。
前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。
それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。
学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。
さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。
夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。
我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。
自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。
尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。
冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。
今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。
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