北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
1月末、雪道を走っている最中、左耳にはめていたイヤフォンが外れ地面に落ちてしまいました。あっ、と思ったときにはすでに遅し。色は違えど雪と同色の白、スピードを上げて走っているのでここで外れたと考えられる位置まで5メートルほど戻り、その辺りを中心に探しました。
10分ほど探しても見つからず、私はその場から妻に電話をかけました。自宅からそれほど遠くない場所でしたし、二人で探せば見つかるだろうと思ったのです。電話を切ってまもなく前方から走ってきた女性のランナーが私の前に立ち止まり「どうかしましたか」と声をかけてくれました。「イヤフォンを落としてしまって探しているところなんです」と言うと、「じゃ、私も一緒に探してあげますよ、どんなイヤフォンで何色ですか、落とした場所はこの辺ですか」と腰をかがめ一緒に探してくれました。
「それはAir●●●●だから、もしかしたらスマートフォンの位置情報で見つけられるんじゃないでしょうか」と何かにひらめいたように女性が言いました。実は私このイヤフォン、この日初めて使ったのでした。何のことやらさっぱりわかりません。ランニングで自宅を出る前に、妻が「このイヤフォンでJAZZでも聞きながら走ってみれば、すごく音がいいんだよ」と貸してくれたものでした。初めて使って無くす・・・なんという日なんだと我を恨みました。
そうこうしているうちに妻が到着し、女性とはお別れしました。同じランナーであることを差し引いても全く知らない人のものを親身になって探してくれるとは。感謝しかありませんし、もしも逆のことがあったらなら私も女性のように探してあげる人になろうと思いました。
妻のスマートフォンの画面を手がかりに位置情報で探すと、確かに外れたイヤフォンが反応し点滅しています。こっち側に行くと離れてる、逆側に歩くと近づいているなどと繰り返し同じような話をしながら探していると、外れたと想定される位置から私が立ち止まった5メートル先よりも、さらに3メートル先にイヤフォンが転がっていました。物理的に言えば自分の運動している方向と同じ方向に物体も運動しているので、後方ではなく前方に転がっていったものと思われます。普通に考えればそうなのです。ただ、冷静さを失っていました。
実はこのイヤフォンは長男が大学を卒業し社会人(現在3年目)になって初めてもらった給料で妻にプレゼントしたものでした。だから妻は大切に使っていましたし、その姿を幾度となく見てきましたので、見つからなかったら諦めてまた同じものを買えばいいというものでもありませんでした。ふたつとない大切なイヤフォンですから、私も必死でした。まずいマズイこまった困った。長男の顔と妻の顔が交互に浮かんでは消え久しぶりに動揺してしまいました。
校長室から見えるグラウンドの様子です。今日の話とは繋がらない写真ですが、ふとイヤフォンのことを想い出しましたので書いてしまいました。
勤務を終えて借家に帰り真っ先にすることは翌日のお弁当を作ることです。そのあとに夕食を作って食べてランニング。これがルーティーンです。単身赴任が長く続いていますので、これが生活のリズムになっています。このリズムが崩れると案配が悪いです。
先日妻が札幌からやってきて、帰宅するなり冷蔵庫を空け鍋にお湯を入れ米を研ぎ台所で一作業始めた私を見て、「何してるの」「これから明日の弁当づくりする」「そんなの私が作ってあげるよ」「いや自分でやるからいいよ」「だって帰ってきたばかりでしょ」「いつもこうだから」知らない人が見ると私の行動はいささか不可解なのかもしれません。
弁当を自分で作って思うことは、作ってくれたお袋や妻への感謝です。当たり前ではないと頭ではわかっていても、そうされることが日常になると、やがてそのことについて考えることすらなくなってしまいます。私だけかもしれませんが。
そのような私ではありますが、これだけは一応感謝の気持ちとして続けていることがあります。結婚してまもなく30年になりますが、初めてお弁当を持たせてもらった日から食後に弁当箱を洗って返してきました。(これも私のルーティーンになるのだろう、と書きながら思った次第です。)
恥ずかしいのですが、本日のお弁当です。仕切りは経費削減と環境に配慮し一切使用していません。
先日に引き続き、第59回北北海道学生書道展において、『特選』を受賞した1年次生8名の作品(写真の一部を加工しています。)を掲載いたします。受賞おめでとうございます。
筆を持ち半紙に文字を書いた最後はいつだろう・・・おそらく高校での書道の授業が最後、だと思います。それが高校1年生だったのか2年生だったのかも定かではありませんが、そうなると37年か38年全く書道をしていないことになります。
この歳になって、週に一度でも書に向き合うようなことをやってみたいと思うようになりました。歳というよりも本校に勤務し生徒の作品にたくさん触れる機会が多くなり、かなりの刺激を受けていることが影響しています。書によって、私の大切にする『無』をもうひとつ増やすことができるのではないか、実はそうした思いもあります。
子どもたちが巣立ち、私も妻も自分を慈しむ時間をたっぷり持つことができる環境になりました。それまでできなかったことに向き合える新たなゆとりが生まれ、互いに干渉せず自分だけの時間を楽しむ、そのようなことを意識して生活しています。それぞれが自分の時間を大切にして生きていく・・・私の理想とする形が出来上がりつつあります。
『無』 - 何も考えずに、というのは困難なことで、私の『無』は、ただ走ることだけ、ただJAZZを聴くだけ、ただ本の世界に入り込むだけ、ただ写真を撮ることだけ、という時間の過ごし方になります。それ以外のすべてを排除する時間、排除できる時間を一日24時間の中に設け実践しています。
26歳から30歳後半までいろいろ苦しみましたから、自分を変える上でとにかく『無』を意識し、40歳あたりから意識せずとも『無』を実践できている自分を感じるようになりました。以後15年、現在もその状態は続いています。これってとても贅沢な時間だなと思います。
そうした中にもうひとつ書を入れられないか、と考えているわけです。そうすることで自分をさらに変えられるんじゃないかな、と思ったりしています。そんな甘いものではないっ、と書家に叱られそうですが・・・
どういう在り方が自分のウェルビーイングに結び付けられるのかはわかりません。ただ、私は誰かがそれを与えてくれるものではないと考えています。まずは、自分で自分のウェルビーイングを生み出していく、その努力が必要だと思っています。受け身ではなく自分から。子どもたちに求める学びと同じです。待っていても望んでいても自分の心には宿りません。まずは自分をウェルビーイングにできるものを見つけていくことが大切です。
生徒の作品からつながりのない私自身の話になってしまいましたが、授業としての書道から人生の趣味としての書道になると、それはそれで素敵だろうな。そういうウェルビーイングがあるな。そんなことを考えるとついつい楽しくなり、長話になってしまいました。
2月8日(日)旭川市民文化会館で開催された第59回北北海道学生書道展授賞式において、学校奨励賞をいただいてきました。
教科芸術において、科目書道Ⅰを履修している1年次生、選択科目で書道Ⅱを履修している2、3年次生の作品を出展し、団体賞として『学校奨励賞受賞』、『特選受賞』1年次生8名及び3年次生2名、『入選受賞』1年次生14名及び3年次生7名の結果をいただきました。ありがとうございました。そして、受賞した生徒の皆さん、おめでとうございます。
特選を受賞した3年次生2名の作品(写真の一部を加工しています。)を紹介いたします。高校生として最後の作品。保護者等の方はもちろんのこと多くの人に見てもらいたいとの思いで掲載いたします。
一文字一文字心を込めて書いている - 表現の仕方が適切かどうかわかりませんが、見えない力というか、何か強烈に訴えてくるものがあるというか、魂のこもったエネルギーのようなものを感じます。
会場には小学生から高校生までの作品がずらり展示されており、一つひとつ見ていく中で、文字、書く、ということについて深く考えさせられた次第です。私自身、文字を書くということを粗末にしてしまっています。反省することばかりです。
数多くある詞、その中で心に留まった詞を書く。今を生きる上できっと心の支えになっている大切な詞なのでしょう。私も高校時代を思い返すとき、そこにはそのとき聴いていた音楽がバックグラウンドミュージックとして自然に流れてきます。たった一節、その詞で救われ、心慰めてくれたり、崩れそうな心を支えてくれたり・・・そういう音楽と詞を私も確かに持っていました。
誰かの詞が誰かの心に留まる詞になる - 奥が深いです。
美唄市立中央小学校第4学年の総合的な学習の時間において、美唄市の特産品であるハスカップの加工について、製造から販売までを理解する取組が進められ、本校もお手伝いさせていただきました。フード系列でハスカップジャムの製造の手伝いを、商品販売に向けて情報通信マネジメント系列が瓶に貼付するラベルづくりの補助を担当いたしました。
6日(金)午後からコアビバイ様を会場に中央小学校4学年によるハスカップジャム販売会が開催され、会場には多くの地域の方が集まり、約70個のジャムはあっという間に完売となりました。製造からラベルづくり、そして販売までを経験した児童の皆さん大変お疲れ様でした。
また、販売の裏でポスターセッションも行われ、大きな声で一生懸命プレゼンをしている児童の姿も大変立派でした。私の小学生の頃を振り返ると、大勢の人の前で話をすることはできなかったです。恥ずかしいし緊張するし、話をする内容をまとめることもできなかった - そう思います。今の小学生はすごいです。
今年度、本校は市内小学校2校と中学校2校との間でさまざまな連携をさせていただきました。地域にある小中高の取組が今後も継続できるよう努力させていただきます。
5日(木)1、2年次生合同で分野別模擬授業を実施しました。『職業について正しく理解させ、望ましい勤労観や職業観を育成する』、『職業の内容・職業に就くための手順や、働くことの厳しさや楽しさなどを体験授業をとおして学ぶ』、『進路実現に向けた自己目標を立て、その準備のきっかけとする』ことを目的にしています。
専門学校10校の御協力の下、動物、スポーツ、放送・音響、保育、理美容、調理、医療、情報、工業の各分野に分かれ、2時間続きの授業を御準備いただきました。各校の関係者の皆様には本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。ありがとうございました。
高校卒業後の進路は大きく進学か就職になってきます。早い段階で上級学校の学びの一部に触れることで、自らの進路に向けて意識の変化につながったのではないかと考えます。
短い時間ですが授業の様子を見学させていただきました。興味を持った分野だから - ただそれだけでこんなにも生徒の表情は変わるんだな、ということを真っ先に感じました。みんないい顔で、楽しそうに授業を受けているのが印象的でした。
16歳、17歳で将来を決めるというのは難しいですよね。40年前の私もそうでした。自分にはたくさんの可能性があるんだ、何でもできるんだと思っていました。当然夢もありました。高校を卒業したあとの自分の人生と正面から向き合わなければならなくなったときに思い知らされた現実。
私はもう少し先延ばしし時間をかけて考える時間を大学に求めました。大学で親友と呼べる誰かを見つけたい、そうした強い思いもありました。就職を約束して高校に入った私の急な大学受験に両親はいい顔をしませんでした。「仕送りはできないから自分で学費や生活費を賄えるのなら」それが条件でした。
ずっと前に「将来どのようにして生きていくんだい」と高校生の長男に聞いたことがあります。「わかんない」、「決めてない」、「考えてもいない」そういう言葉が返ってきました。数年後高校生になった次男にも聞きました。長男と同じでした。「それを求めるために大学に行くから」二人の共通した考えでした。自分と同じ・・・そう思いました。
いくつか夢を諦めてきたけれど、未だに捨てきれない夢はやはり私にもあって、昨日も生徒の様子を見ていていいなぁと思いました。cafeやお菓子づくりをしっかり学び次の生き方につなげたい - そうした気持ちがさらに強まった自分がここにいます。
管理棟4階の廊下。SHR前の朝学習が静かに行われています。一人一人の学習は国語だったり数学だったり。端末の画面を見ながら各自のペースで取り組んでいます。入学したての頃は慣れない手つきで端末を操作していましたが、もう手慣れたものです。
それにしても時の過ぎるのは早いです。この前入学してきたと思ったらもう1年が経過しようとしています。あっという間です。
4階には1年次生のHR教室の他に書道教室があり、書道Ⅰ(1年次生の必履修科目)の授業で書いた作品をみんなが見られるように掲示されています。前に紹介しましたが、デザイン系列の作品展示やフード系列のメッセージボードなど、生徒の作品が校舎内の至る所で目にできるのは嬉しいです。また、仲間の作品を見ることにより、自らの良さや改善点等の気づきがあり、生徒の学びも深まります。
私は上手だとか下手だとかそういう基準ではなく、「個性そのものが表れた作品のおもしろさ」、「作品に込められた思い」 - そうしたことを私なりに解釈し、楽しく見させてもらっています。
子ども子どもしていた1年次生ですが、大きく成長を遂げた1年。自分で掲げた目標ですから、言葉だけではなく行動を持って達成して欲しいです。
写真につきましては一部加工しています。御了承願います。
私にはとても多く感じますが、どうやら今年の積雪は少ないらしいです。じゃ、例年はどれほど積もるのか - これ以上、を想像するだけでため息が出てきます。降ったり降らなかったりの繰り返しですが、昨年12月は毎朝毎夕10~15センチほどの雪がコンスタントに積もり、スコップを持つことが日常になりました。今日もかぁ、明日もかぁ・・・雪かきが最大のストレスでした。
2年間住んだ北見の冬はマイナス20℃前後まで冷え込みますが、ほとんど雪が降らず日中はきれいな青空が、夜は一面きらきらと星が輝きます。メリハリのあるきゅんっ、とした天気が私は大好きでした。そのような環境で過ごしましたので、私の中から冬の除雪という概念がすっかり消えていました。こちらに来て慌ててスコップを購入し、なんなんだこの雪は、と思いながら雪かきをしています。
今日は二十四節気の立春。冬に別れを告げ春の訪れの日。一日一日春に近づいていきます。外を見ると真冬の様相ですが、美唄は日中にかけて気温がプラスになるとのことです。春を感じられる一日になりそうです。
1月30日(金)はたくさんの生徒が校長室に訪問してくれた日。家庭学習に入る直前にお弁当を持った3年次生、1年次生は実習で作ったスコーンを持ってきてくれました。そして、授業の取組として提案のあったプレートの完成で3年次生が、フード系列の2年次生がパウンドケーキの試作を持って登場。一気にたくさんの生徒がやってきてお話を聞いたり写真を撮ったり。でも、すごく楽しく嬉しい出来事になりました。ありがとう。
今日は2年次生のパウンドケーキの話を。数種類のパウンドケーキを皿に載せ、それぞれに特徴があるので食べて欲しいと言うのです。改良に向けて材料の分量や手順を変えてみんなで考えながら作った、ということを私に一生懸命説明してくれるわけです。教員に言われるままに作れば、ほぼ何も考えないわけですから私を前にして詳しい説明はできません。でも、自分たちで「こうのように工夫して作ったんだ」となれば、そうした理由を含め材料、分量、手順を説明することができます。熱心に説明してくれる姿は頼もしかったです。こうしたことの繰り返しが人を成長させていくのだろうと感じました。
フード系列で言えば、人の口に入る製品を販売しています。販売することが目的ではありませんが、常に改良は必要です。本校にとって定番であっても、多くの人の定番とはなりません。誰にでも受け入れてもらえる定番を目指すために、例えば試食会で多くの意見をいただく、購入してもらった方にアンケート調査を行う(ラベルにアンケート用QRコードをつけたり、商品と一緒にアンケート用紙を入れる)などの工夫を重ねなければなりません。作りました、美味しかったです、は過去の学びの形であって、時代に即した今の学びは、何のために作るのか、それを作ったことによって何が生まれるのか、その効果は、作った先の課題と改善は・・・PDCAサイクルを確実に回していくことが求められます。
オーブンの前でケーキのスポンジの焼け具合や膨らみ具合を食い入るように眺めている、クッキーやクロワッサンを焼いているときの楽しそうな妻の姿を目にします。生徒も同じようにわくわくしながら、ドキドキしながら製品づくりをしているのだろうと思います。そうした両者の姿が私の中で重なり、自分もやってみるべきかと考えたりしています。
失敗か成功か、もう少しかき混ぜるべきだったか、粉が少なかったか、砂糖が多いか、卵の黄身は、白身は、バターは塩は・・・奥が深いから楽しいのかもしれませんね。
本校はものをつくる、体験的な学びを多く取り入れています。多感な高校時代、十代の早いうちにたくさんの経験を積めるのは貴重なことと考えます。私の高校時代、8割は教室の中で机を前に座り教科書とノートを開き黒板ばかり見ていました。おもしろい学校ですよ、本校は。
私は甘いものが大好きです。休日に自宅から札幌中心部や円山地区まで足を伸ばす30km程度のマラニック(ランニングとピクニックを掛け合わせたお遊び的な要素のあるもの)をするときは、道中出会うカフェやパン屋、ソフトクリームにケーキ屋、大福屋やお餅屋など、お店に入り飲食を一年をとおして心底楽しんでいます。真剣に走る日とお遊び要素の強いマラニックを織り交ぜながら走っています。
ウィークデーは、お店が閉店したあとの時間帯で美唄市内をランニングしますので、甘いもの、となったらコンビニエンスストアに駆け込み、購入させていただいています。何とも言えない食感やひとつ食べるとお腹いっぱいになるスコーンが好きで購入することが多いです。初めてスコーンを食べたとき、世の中にこんな美味しい食べ物があるんだと感動しました。クッキーでもない、パンでもない、ドーナツでもない。
スコーンの話をさせていただいたのは訳がありまして、先週金曜日のお昼に1年次生の二人がガチガチに緊張して校長室にやってきました。この日は3年次生と一緒にお弁当を食べることにしていましたので、入室したら3年次生がいたことでさらに緊張させてしまったようです。
「スコーンを作ったので、校長先生食べてください」「どうもありがとう。私スコーン大好きなんだよ」私は二人の緊張を和らげてあげようと「せっかくだから記念写真を撮ろう。ホームページに掲載しても大丈夫かな」と聞きますと「大丈夫です」と返事をしてくれましたので、一緒に並んだところを3年次生に撮影してもらいました。
校長室に入ってくるときの生徒、入ってきたあとにいろいろなことを喋る生徒の様子を見るのが好きです。私にとって大切な生徒ですが、私以上に保護者等の方にとっては可愛くて愛おしくて大切な子ども。そういう親心をいつも感じながら生徒とお話させてもらっています。
私は昨年3月、次男の岡山大学卒業を持って子育てを終えました。親らしいことをしてあげたか、と言われると不安になりますが、一応親としての責任を果たしました。その立ち位置から見える風景はそれまでのものと大きく変わりました。何が変わったのかは読者に想像していただきますが、私の人生観、教育観が変わりました。これは教頭から校長に立場が変わったから、というものではないことははっきりしています。
先ほど完成したプレートを受け取りました。気持ちのこもった世界にひとつしかない 校長室 のプレート。
今日から遡った数ヶ月前のこと。校内のプレート制作に係るプレゼン発表会を校長室で行いたいとの申し出があり、私は本校の生徒が学校に対してこんなにも熱い想いがあるんだ、と感動しました。自分の想いを何か形に残し捧げたい・・・少なくとも私には持ち合わせていなかった想いです。今を生きる高校生にこれだけのエネルギーがあるんだ、ということに驚かされた瞬間でもありました。
教頭から校長として採用され10ヶ月になりますが、プレート制作プレゼンが、校長として一番嬉しい出来事になっています。校長に話をしに行こう - その発想と勇気は、やはり私の人生の中にはなかったことであり、もう二度と戻れない高校時代を振り返りながら、もしかしたら大きなチャンスを逃してしまったかもしれないなぁ、もっと自分にもできたことがあったのではないかなぁ・・・何とも言えない後悔の念にとらわれています。
プレゼンの日から何度か授業を見に行きましたが、校長室 と書いたプレート大の半紙が何十枚も机上に載っていました。書いて書いて書いて・・・百、二百、いやもっと書いてきたのだろうと思います。
「校長先生は学校をまとめる方なので、力強さみたいなものを表現したいと思っています」プレゼンの時の言葉です。
明日からは、校長室に入る前にあえてプレートを見ようと思います。今以上に気を引き締め今以上に緊張感を持って業務に当たるために。
事務室のプレートも受け取りました。心温まる素敵なプレゼントをありがとう。
本校の生徒を誇りに思います。
一昨日の夕刻、華道部の3年次生2名が校長室に来てくれました。先週私のデスクに作品を置いてくれた生徒と現在職員玄関に展示している作品に携わった生徒です。
一年間ありがとう - その気持ちを込めて写真を撮らせてもらいました。彼らに続く後輩も含め、4月から今日まで月に一度お花を届けてくれたこと、本当に嬉しかったです。また、届けてくれる生徒とわずかですがお話する時間が持てたことも幸せなことでありました。
私はできるだけ自分から出会う生徒に声をかけ会話を楽しむようにしています。授業での関わりが持てないので、待っていても生徒は来てもくれないし話かけてもくれません。管理職としてわきまえることはわきまえつつ、それでも教諭時代に教室で生徒と関わっていた時のことが身体に染みついていますから、ついつい話かけてしまうわけです。くだらないことを言ったりしながら。生徒たちはどう感じているのかはわかりませんが、嫌な顔をせず接してくれています(私だけがそう感じているのかもしれませんが)。
支給タブレットで写真を撮り、写真を二人に渡しました。プリントしたものではなく、Airなんとかという形で一瞬で二人の端末に収められました。二人はスマートフォンの画面を食い入るように見ながら何かを語り合い楽しそうに笑っていました。こういう時間って大切だなぁ、と思いながら二人にの様子を見ていました。
今日ここでこの写真を撮ったな - そう想ってくれる日がいつか訪れてくれたら私は嬉しいです。
明日、昼食時間に3年次生と一緒にお弁当をいただくこととしています。何名が参加するのかはわかりませんが楽しみです。
27日(火)美唄市立東中学校で開催された『ジビエ給食試食会』に参加させていただきました。ジビエとはフランス語で、狩猟で得た野生鳥獣のお肉を意味する言葉です。
3年生の「美唄探求」において美唄の食材を活かしたレシピを考える活動の中から、実際に生徒が考案したメニュー『美鹿ボロネーゼ』が本日美唄市内の給食として提供されました。30日(金)の給食は『サスムコギ ビビンバ』が振る舞われるとお聞きしました。
悪七校長先生より資料をいただきましたので、ここで紹介いたしますが、『ふわふわぴぱおいマフィン』『シカタコス』『たまぽて』『ピパオイ カボッチャン』『近藤シェフの五つ星肉巻き』『BIBAガレット』『鹿肉ドライカレー』『秋がたっぷり美唄の 美もち』『美唄すぎる シカチュー探検隊』のメニューも作成されています。それぞれの班で考え実際に作って食べて、生徒は研究を重ねたようです。
美唄の食材として用いられたものは、サツマイモ、ジャガイモ、人参、玉葱、ハスカップジャム(本校のフード系列が製造)、ソーセージ(本校のフード系列が製造)、カボチャ、大根、醤油、味噌。そして、鹿肉です。教科書はありません。まさに「0から1を作り出す(美唄市長 桜井様の言葉)」その実践です。よく考えるとすごい学びだなと思います。自分たちで考えるしかない。美唄の食材って何だろう、まずはそこからスタートするわけですから。
40年前にはなかった授業です。決まったものが与えられて、与えられたものに疑問を持つこともなく、唯一正しい答えを手繰り寄せるために頭を働かせる・・・これが私の学びでした。スタンダードな生き方に軌道修正しながら中学高校大学と学んできたような。それが良いか悪いかではなく、そういうことが求められた時代でした。だから、今の学びがうらやましく感じます。
鹿肉については、株式会社Mt.代表取締役・HUNTER山本峻也様が狩猟したお肉です。試食会に先立ち、山本様から『いのちをいたたく』と題した講演があり、人間は生き物の命をいただいて生きている、ということについて深く考えさせられました。食の裏で生き物の命がある - 普段考えないことではありますが、改めて感謝の気持ちを持って食を摂らなければならないと思ったところです。短時間の講演ではありましたが、本校の生徒にも是非聞かせたい話でした。機会があればお願いします、と山本様に依頼しました。
生徒が考案したせっかくのメニューを持続可能な形にする必要があります。ただ作って美味しかったね、では意味はありません。それは40年前の私たちの学びです。作った先です。 このことについては本校の教職員にも伝えています。
「〇〇の取組を行いました」で完結せず、「取組を行ったその先の生徒はどうなのか」つまり、「それを作ってその先にどのように繋げていくのか」です。東中学校は給食センター等と今後も検討を重ね、持続可能な取組に繋げていく構想を持っています。本校もさまざまな取組を行っています。持続可能についてもっともっと考える必要があります。
「考えて作りました、作って試食しました、さらに美味しくするためにどうしたらよいかを考えました、私たちの作ったものを美唄市にどのように広めていくかを考察しています、給食メニューもいいけれど、食堂で提供できないでしょうか」この経験をしてきた生徒たちが本校に入学してくるわけです。そのことを肝に銘じ教育活動を展開しなければなりません。
※パスタの麺についても生徒が検討し、特注で作ってもらったとお聞きしました。
先週22日(木)、23日(金)の2日間、釧路市へ出張があり、昨日はお昼まで休暇を取得していたため、校長の小部屋を更新することができませんでした。本日より再開いたしますので、お付き合いください。
月に一度のお花の日です。久しぶりに校長室に入室し、その瞬間に視線を捉えたのは写真の生け花です。華道部が活動した日に私が不在だったことから、気を利かせてデスクに置いてくれたのでしょう。直接受け取ることができず残念でした。
お花って別に自己主張しているわけでもないのに、そこにあるだけで人を惹きつける - 不思議な力があります(そこにいるだけで人を惹きつける - 私にはそのような力はありません)。3年次生にとってはこれが高校生活最後の作品になります。どちらかと言うと寂しさが込み上げてきていますが、「ありがとう」と感謝しながら観賞させてもらっています。
高校3年間はどういう時間だったのかな。思い描いた時間になったのだろうか、良き友人良き教師に巡り会えただろうか、どんなことを身に付けたのだろうか、描いた進路を実現できたのだろうか・・・私はそのようなことを考えています。
私の長男は希望していた高校に通学することはできませんでしたし、次男の口からは入学した高校に対して満足度の高い話は出てきませんでした。彼らが3年間の高校生活を終え、大学に入学するときに「なんだかんだ言ってもまぁこの高校で良かったかな」と言うのを聞いて、初めて彼らの3年間は有意義だったんだな、と思ったのを覚えています。卒業して時間が経ってから高校への思いが押し寄せてくるものなのかもしれません。
3年次生は今月一杯は登校してきますから、美唄尚栄高校の3年間どうだった、と聞いてみたいと思います。
昨日の学習成果発表会は、多くの御来賓、保護者等の皆様をお招きし無事に終えることができました。出席いただいたすべての方に感謝申し上げます。
3年次生の皆さんは、総合的な学習の時間における1年間の取組とその成果について、余すところなく伝えることができたでしょうか。一生懸命にプレゼンしている姿を見て、学びの成果があったんだな、と私は思いました。大変お疲れ様でした。
「地域の課題を自分たちで見出し、課題解決に向けて何をどのように進めていくかを考えてください」いきなり問いを与えられたわけです。教科書はありません。解答もありません。教員からその手順を教えられたわけでもありません。与えられたのはグループ活動をすることと時間は約9ヶ月であること。
何もないところからスタートして形にすることの大変さを3年次生全員が感じたはず。自分の考えをまとめ発表する。他者の考えをしっかり聞く。批判ではなく建設的な意見を述べる。ばらばらの考えをひとつにまとめる。次の一歩を踏み出すためにどうする。地域に出るための折衝。試作と検証、改善。成果と積み残しになった課題の整理。桜井市長様が仰っていた『0から1を生む』ことの一端を学んだことは、これからの人生に必ず役立つ時がくると思います。
お仕えした校長先生から言われた言葉を私は今でも大切にしています。「課題を見抜いたら決して先送りすることなく先生の責任の下で課題を解決すること。次の人次の代のことを考えること。時代の変化を掴み新と旧を見極めること。言われなくても気付いて行動すること」まさに探究の精神です。
今日の表題「聞いてもらうための」について。発表会は終わってしまいましたが、今一度考えて欲しいことがあります。スライドや発表原稿の善し悪しは二の次三の次。静粛な場にふさわしい発表ができたかどうかを探究のテーマとして与えます。仲間のプレゼンはどうだったか、自分たちのプレゼンはどうだったか。多くの人に「聞いてもらうための」ものになっていたか。発表して終わりではなく、発表を終えて見えてきた課題の整理と検証を進めて欲しいと思います。
美唄駅前西口広場はイルミネーションで彩られています。16時30分を過ぎると辺りは薄暗くなってきますので、本校の生徒も部活動を終えて下校する際に目にしているのではないでしょうか。駅は街の玄関口になる場所ですから、こうした演出は来る者去る者の気持ちをほっこりさせてくれます。外国人観光客も多数見かけますので、きっと喜んでくれていると思います。
ごろんごろんとしたいくつかの雪山はかまくらでした。かまくらを見るとどういうわけかわくわくします。幼き頃に祖父が作ってくれたかまくらの中で、お茶を飲みながらおやつを囓った記憶が残っているからかもしれません。
お正月、弟家族も集まり賑やかに実家で過ごしました。前にも書きましたが、大晦日に家族で昔の写真を見たこともあって、実家でもお袋が保管している写真を出してもらいみんなで見ました。長男が4歳、次男が2歳(甥っ子、姪っ子も同じ歳)だと思うのですが、実家の庭に積もった雪で私がかまくらを作り、その中に4人を入れて撮った写真が出てきました。狭いから向こうに行けっ、こっちに来いっ、などと狭い穴蔵の中で4人が押し合いへし合いしながらきゃっきゃと騒いでいた覚えがあります。
「あっ、かまくらのこと覚えてるわ」「ごうちゃん、かまくら作ってくれて写真撮ったの覚えてるよ」二十年以上前のかまくらのことを4人とも覚えていました。私が祖父からもらったかまくらの記憶を、私もこうして子どもたちの記憶に残すことができたんだ・・・感慨深いものがありました。
デジタル世代の子どもたちではありますが、プリントされた写真の良さを感じたようです。「紙に残る写真っていいもんだね」紙は場所もとりますし重量もありますが、スマートフォンに記憶された写真をちゃっちゃっと指先ではじくように見るのとは訳が違い、一枚一枚に撮り手と映り手の魂みたいなものが宿るような気がします。これはデジタルの善し悪しではなく、アナログでしか味わえないものです。
さて、本日午後から、3年次生が地域を題材に総合的な探究の時間で取り組んできた成果を発表する学習成果発表会を行います。生徒の発想やアイデアが、今後の美唄市の街づくりの柱として採用されるかもしれません。いつか美唄市の活性化に携わる一人として関わることになるかもしれません。そう考えると興味深いです。
総合的な探究の時間の経験から、イルミネーションで彩られた駅前づくりのように、人の心に記憶を刻み込めるような、誰かの気持ちをやさしくするような、そのような美唄市の街づくりに尽力する人が本校から出てきてくれると嬉しいです。
今日の美唄ガチガチの冷凍庫。この冬一番の冷え込みだろうと思います。
借家から職場まで数百メートルの道中、足元はいつもよりぎゅっと堅く締まっており、ゆっくり瞬きをすると上下が凍結してふっつきました。昨年、一昨年と過ごした北見を想い出させるような朝になりました。
18歳まで過した空知では睫毛が凍ったり、鼻の粘膜が凍ったりするようなことは当たり前で、冬場はかなりの頻度でそうなっていた記憶があります。でも、いつの頃からかそのような日は数えるだけになってしまったような・・・そんな気がします。
ピンと張り詰めた冷ややかな空気に包まれた朝だからくっきり山並みが見られたのかもしれません。先週は猛吹雪、どんよりした空模様でこの山並みを見ることはできませんでした。久しぶりに見たような気がします。樺戸山系については校長の小部屋で何度か紹介しておりますが、堂々と、そして美しく、決して見飽きることはありません。
玄関で生徒のお迎えが終わった後、4階に上がって1年次生の教室⇒2年次生⇒3年次生と回ることを続けています。4階西側の窓からこの山並みを眺めるのが好きです。朝はもちろん、夕暮れ時も素敵な景色を見せてくれます。
励ましてくれたり背中を押してくれたり。考えごとの答えをくれたり慰めてくれたり。現実に直視することの大切さやずっと昔の記憶を呼び寄せてくれたり。勇気をくれたりやさしい気持ちにさせてくれたり。私にとっては大切な景色になっています。きっと私と同じようにこの山並みとこの景色を大切にしている人がいるのだろうな、と思います。
さて、明日から1年で最も寒い頃とされる大寒です。二十四節気は、1年間を太陽の軌道をもとに約15日ずつ24に区分し、それぞれに季節を表す名称がつけられていて、大寒はその最終節。大寒の最終日が2月3日の節分、その翌日が立春です。
北海道はこれからが冬本番で、今週は厳しい冷え込みになるとの予報が出ています。体調管理に気をつけて過ごしましょう。
久しぶりに星が輝く空。綺麗な星を眺めながら8キロのランニングを楽しみました。雪のないオンロードを走るのが一番ですが、ぎゅっぎゅっと雪の踏みしめる音を聞きながら走れるのはこの季節だけ。趣があっていいものです。
雪上に青い光が見えます。駅前から国道に向かう歩道に投影されていました。なんだろう、と思ってSTAY BIBAI様のホームページにアクセスすると、昨年から影絵スポットライトとして灯されているとのこと。写真を撮って借家まで戻る途中でもう一カ所灯されているところを見つけ、何だか得をした気持ちになりました。
美唄は一昨日、昨日午前中まで雪が降り続け、路肩の雪も一気に積み上がりました。さすがは豪雪地帯。北見に勤務していた2年間はマイナス20℃以下の寒さが日常でしたが、雪かきは数えるほどしかしていません。2年間楽をさせてもらったので、美唄における毎日の除雪は身体に堪えますし、何せ疲労が蓄積します。冷え込みか積雪かどちらを選ぶ・・・うむ、どちらがいいのでしょうか。
雪などものともせずに生徒は元気に登校しています。さすがは空知っ子です。ただ、ホワイトアウトになって身に危険を感じた場合は、①外に出ないこと②天候が落ち着くまで自宅で待機することをここで再度確認させてください。
全校集会の場において、私は生徒の皆さんに大きな宿題をひとつ与えました。「自分の身は自分で守ること」環境の変化、天候の変化、災害の発生はいつ起こるかわかりません。平時からすべての人が考えなければならないことです。
宣伝になりますが、本日16日(金)16時から美唄駅前西口広場にてイルミネーション点灯式が開催されるようです。
昨日、生徒は長い休業を終えて久しぶりの登校となりました。大切なスタートの日となりましたが、外は猛吹雪のホワイトアウト。気温も低く大荒れの天候となりました。外套も頭も真っ白にして生徒玄関をくぐってくる生徒は、ホールに立つ私に近寄ってきて「おはようございます」と声をかけてくれました。
今年度の年末年始の休みは土曜日と日曜日も含めて最大9連休。おそらく社会人になって一番長い休みかもしれません。子どもであっても大人であっても休みに入る前は気持ちがほっとして、心も軽くなります。少し休めるな、と思うだけで嬉しくなります。ただ、休みも後半に入り終わりがちらちら見え始めると妙に落ち着かなくなります。そうした経験をお持ちの方は多いと思います。
4日(日)夕刻に自宅から美唄の借家に戻りましたが、明日からの仕事のことを思うと、急に緊張しだしそわそわしている自分に気付きます。あれもある、これもしなければならない、久しぶりだからどうなっているだろうなどとあれこれ考えるとどんどん気持ちが重くなってきます。今回に限らず連休の最終日は不思議と私をそうした気持ちにさせてしまいます。
ここからは全校集会でお話したことです。「世間では、新年を迎え新たな気持ちでスタート、新たな目標や夢に向かって歩いていこうなどと言いますが、私は、そう自分を煽り立てる必要はないと思っています。心穏やかになるまでゆっくりゆっくり時間を過ごし、自分のペースやタイミングを掴んで欲しいです。久しぶりに登校してくるにあたって、わくわくしている人もいれば、緊張していたり、不安を抱えていたりなど、それぞれの心持ちでいるはずです。みんなが揃って、前向きな状態でいるとは考えづらいです。どちらかと言えば、後ろ向きの状態の人が多いと思います。自分のペースを掴むまで、焦らずに、でも一歩一歩進んでいきましょう。さて、年末年始。私は数年ぶりに家族揃って過ごすことができました。子どもが二人いますが、それぞれ大学生の頃は、青森県と岡山県に住んでいましたので、それぞれの用事で、札幌に帰ってくることはありませんでした。どちらも大学を卒業して、社会人になりましたが、そうなったらなったで、もう二度と家族が揃うことはないだろう、と思ったりしていたので、なんだかとても嬉しかったです。そのときに思ったことは、多少お金がなくても、交通事故や大きな怪我や病気をすることもなく、健康で過ごせていることが幸せであり、感謝しなければならない、ということでした。それ以上のものはないし、それ以上のことは望む必要はないと思いました。 - 私が、本日のスタートにあたり、皆さんに伝えたいことは、自分を大切にしてください、ということです。あなたが健康でいることが、あなたの保護者等の方にとって、最高の幸せにつながっています。(一部抜粋)」
3年次生はまもなく家庭学習期間に入ることから、登校する日も残りわずかになってきました。私の知らない2年間、生徒一人ひとりそれぞれが一日一日の登下校を繰り返し、その中で多くの困難を乗り越えながら今日を迎えている・・・立派に生きてきたんだなと思います。
3年次生とはお別れが近づいていますから、昨日も今日もちょっぴり寂しい気持ちになりながら「おはよう」と声をかけています。
たくさんの宿題と毎日の日記、読書感想文に絵を一枚、さらに自由研究、そして家の手伝い。小学校の長期休業はやることがたくさんありました。計画的に取り組むことが苦手だった私はそのすべてを後回しにして遊ぶことに専念し、明日から学校が始まるという段階にくると慌てて鉛筆を持ち、母親に怒られ半べそをかきながらやっていました。完成させて提出できたものはほとんどありませんでした。長期休業にいい記憶はありません。
いつだったか、何を書いたか忘れてしまいましたが、書き初めの宿題が出されたことがあって、広げた新聞紙の上に跪き、これまた母親に怒られながら半紙に筆を走らせていた記憶があります。落ち着きがなく集中力に欠けていた私には半紙に向き合う時間は大変苦痛でした。そんな私に無理矢理取り組ませようとしていた母親も苦痛だったと思います。他の子どもとどこか違う、なんてことを直接担任の先生から言われていた母親にとって、何とかしなければならないと大変なプレッシャだったはずです。
さて、美唄郵便局のフロアに本校生徒の作品が展示されているので昨日見に行きました。昨年芸術部の活動の中で書かれた作品ですから書き初めではありませんが、作品を眺めているときに、前段の書き初めのことを想い出してしまったわけです。嫌々書いていた私とは違って、ここに展示された作品は一字一字集中し、自由に思いのまま・・・そういう作品なんだということを強く感じました。
絵心もなく筆も立たなかった私には自分のもの(恥ずかしくて作品とは言えません)が展示された記憶がありません。多くの人に見てもらえる機会は人生においてそう多くあるわけではなく、そう考えるとうらやましい限りです。下校の途中に郵便局に寄って展示されている自分の友達の作品を是非見て欲しいと思います。
さて、本日から通常登校となりますが、外は吹雪いています。校長室の窓から100メートル先が見通せない状況です。周囲の状況に十分注意し登校してください。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
1   | 2   | 3   | 4   | 5   | 6   | 7   |
8   | 9   | 10   | 11   | 12   | 13   | 14   |
15   | 16   | 17   | 18   | 19   | 20   | 21   |
22   | 23   | 24   | 25   | 26   | 27   | 28   |
29   | 30   | 31   | 1   | 2   | 3   | 4   |