ブログ

校長の小部屋

スマートフォン

 3月4日(水)及び5日(木)は入学者選抜に係る学力検査と面接のため、更新を控えさせていただきました。

 子どもたちの周りではみんなスマートフォンを持っている - そうしたことは妻との会話やランニングチームの仲間からよく聞く話でした。以前は高校生から、それが小学生や中学生にまで下がってきている・・・持たせることは簡単なことではありましたが、私と妻との間で「高校に合格したら持たせよう」と決めていましたし、子どもたちもそれまで我慢するしかないと思っていたはずです。今考えると、一日でも早く持ちたかったんだろうな、と思ったりすることはあります。長男にもそうしましたから、当然2学年下の次男にも同じようにしました。次男の世代はおそらくほぼ全員がスマートフォンを持っていたのかもしれません。

 私立高校の合格は2月下旬にわかっていましたが、公立高校が第一志望でしたから、3月中旬の合格発表で桜が散った日は長男は泣き崩れ、「恥ずかしい、情けない、行きたくない」と部屋に閉じ籠もりました。「何がっ、恥ずかしいんだっ」と喉元まで声が出かかりましたが、それはここで言うべきではない、と私は自らをぎゅっと抑えました。抑えたはいいけれど、感情の高ぶりはなかなか収まりませんでした。

 このまま自分が家にいると良くないな、と考え、そそくさとジャージーに着替え、ジャンパーを羽織り、無言でランニングシューズを履いて外に出ました。あとのことは妻に任せようと思ったのです。あの晩、私は長男のことを考えるとともに父親としてこのあと何をすべきか、ただそれだけを考え、2時間ほど外を走っていました。あの2時間で考えていたこと - 

 私の転勤の都合で、小学5年生への切り替わりのタイミングで無理矢理新しい学校に転校させることになりました。引っ越すギリギリまで転校なんかしたくない、とめそめそ泣いていました。一緒に風呂に入った次男から、「いい考えがあるぞ、お父さんだけ札幌に行け」と言われもしました。子どもたちが納得するまでには結構な時間を要し、私は子どもたちにとって一時敵同然の存在でした。

 新しい環境になって少ししてから「なんか勉強しないとヤバいかも。前の学校と違ってのんびりしていられない感じがする。だから塾に行かせて欲しい」そう言った長男。私は何で小学生から塾なんだという怒りにも似た思いと、でも自分で考えて必要なんだと言った長男の気持ちを認めてあげないと、という複雑な思いの中で妻とどうするか話をしました。

 長男なりに転校してから今日までの5年間、焦りやプレッシャーを抱えながら受験を迎えたということ。転校させなかったらこんな思いをさせなくて済んだのかもしれないということ - 過去に遡って考えるとそもそもの原因が私の都合にあったのではないか・・・

 結局、私は手紙を書いて渡すことに決め、家に帰ったあと自室で夜遅くまでペンを走らせました(このことはずいぶん前にも書きましたので割愛します)。その手紙を渡したあと長男はいつもの顔に戻りました。「よし、今から約束のスマートフォンを買いに行くぞ」と私が言うと、長男は「わかった」と言い服を着替えました。これでいいんだ、ここから始まるんだ、と私は一人納得したのです。

 高校受験を迎えるとき、私はいつもわが家の顚末を想い出します。おそらく残り5年間この仕事に関わっている間は間違いなく想い出すだろうと思います。これも長男がくれた家族の大切な想い出です。

 受験生の皆さん、長きにわたる受験に向けた学習、大変お疲れ様でした。

0

しーん、と

 しーん、とした教室

 しーん、とした時間

 ここからスタートした8時35分
 もうここで教科書を開くことも
 もうここで向き合ってお弁当を食べることも
 もうここでスマートフォンの画面を覗くことも
 ありふれた日常は
 すべて想い出の中へ

 ここで終わる15時25分
 もうここで教科書をカバンに詰め込むことも
 もうここで空になったお弁当箱を持つことも
 もうここでスマートフォンで音楽を鳴らすことも
 ありふれた日常は
 すべて想い出の中へ


 3月3日の朝。玄関の出迎えが終わり、2階のフロアを歩きました。しーん、と静まりかえった教室に入ると、行儀良く並んだ机にまるで時間が止まったような感覚を覚えました。人がいなくなる寂しさとはこういうことなんだろうな、としみじみ感じています。

 卒業アルバムの後ろに真っ白なフリースペースが設けられたのはいつからなのでしょうか。卒業式が終わったあと何人も校長室に来て、「ここに書いてください」とお願いされました。笑顔の生徒、涙を流す生徒・・・一人ひとり思いが私には伝わりました。

 皆さんに出逢うことができて本当に良かったです。
 
 皆さんに出逢わせてくれた縁に感謝の意持ちでいっぱいです。

0

卒業おめでとう

 式辞

 「第15回北海道美唄尚栄高等学校卒業証書授与式」にあたり、PTA会長 〇〇〇〇様、同窓会長 〇〇〇〇様をはじめとする御来賓の皆様と保護者等の皆様の御列席を賜り、本式典を挙行できますことは、私ども教職員にとって大きな喜びであります。本日、御出席いただきましたすべての皆様に、教職員一同心より感謝申し上げます。
 ただいま、卒業証書を授与した卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
 皆さんが手にした一枚の卒業証書には、入学してからの3年間、1,095日の歩みが刻まれています。自らが積み重ねてきた努力、葛藤、悩み、そして喜びのすべてが凝縮された、大変価値あるものです。現在の皆さんは、三年前の入学式とは比べものにならないほど逞しく成長し、自信に満ちあふれています。その成長を心から誇りに思います。
 特色ある総合学科高校で自らの進路実現に向けて学びを深めながら、部活動で汗と涙を流し、放課後の教室で友と語り合い、各種行事における団結等をとおして社会性を身に付けてきた数々の時間は、人間を形作る大切なピースとなるとともに、その時間はすべて本校の歴史として刻まれました。目標に向かって努力し、時には壁にぶつかり、それらを仲間と共に乗り越えてきた経験は、これから皆さんが歩む長い人生において、折れない心の支えとなるはずです。どうか、自信を持って次のステップに進んでください。
 さて、生徒玄関に掲げた書を皆さんは毎日目にしてきました。〇〇教諭が書道展に出展した作品です。私はその力強い言葉に惹かれ、それがRADWIMPS(ラッドウィンプス)の野田洋次郎さんが書き下ろした「正解」という楽曲の一節であることを知りました。生徒に近いところでメッセージを発信したい、その気持ちで作品をいただきあの場所に掲げました。「答えがある問いばかりを教わってきたよ そのせいだろうか 僕たちが知りたかったのは いつも正解などまだ銀河にもない」この一節は、正に今を生きる皆さんの心の代弁であり、同時に強烈なエールであると受け止めました。「いつも正解などまだ銀河にもない」この言葉を、どうか皆さんの胸に深く刻んで欲しいです。
 これから足を踏み入れる社会は、かつてないほどの速さで変化を続けています。デジタル技術の飛躍的な進歩、生成AIの台頭、そしてグローバル化の進展。これらは私たちの生活を便利にする一方で、昨日までの「正解」が、明日には通用しなくなるような、予測困難な時代をもたらしています。このような「正解のない時代」の中で、戸惑いや不安を感じながら生きていくことになります。しかし、変化とは、見方を変えれば「新しい可能性」そのものです。古い枠組みが取り払われ、個人の創意工夫や熱意が、これまでにないほど大きな力を持つ時代が来ているということです。私から皆さんに大切にして欲しいことを2つお話します。
 1つ目は、「問い続ける力」です。「なぜそうなるのか」、「本当にこれでいいのか」という疑問を持つことが重要です。北海道という広大な大地は、かつて先人たちが未開の地に挑み、試行錯誤を繰り返しながら切り拓いてきた歴史があります。皆さんも、「当たり前」を疑い、自らの頭で考え抜くことを恐れないでください。最適解を導き出すのは皆さんです。
 2つ目は、「他者への共感と対話」です。多様性が重んじられる社会では、自分とは異なる背景や考えを持つ人々と協働することが不可欠です。「正解のない問い」に立ち向かうとき、最大の支えとなるのは仲間です。本校で育んだ6つの力(思考力、自己肯定力、意思疎通力、行動力、創造力、発信力)を発揮し、新しい価値を共に創り出せる大人になってください。
 本校で過ごした3年間で、皆さんは時にぶつかり、時に励まし合いながら、友情を育んできました。その経験こそが、財産です。相手の立場に立って考え、対話を通じて新しい価値を創造できる、心豊かな大人であって欲しいと願っています。
 最後になりますが、保護者等の皆様におかれましては、今日まで、深い愛情をもってお子様を育ててこられ、立派に成長されたその姿に、感慨もひとしおかと存じます。改めてお祝いを申し上げますとともに、これまでの本校への多大なる御理解と御協力に、深く感謝申し上げます。
 卒業生の皆さんは、ここまで自身の成長を支えてくれた保護者等並びに多くの方々への感謝の気持ちを忘れずに生きていってください。
 いよいよ別れの時です。皆さんが去った後の校舎は、寂しくなりますが、皆さんの新しい門出を祝し、豊かで幸せな人生を歩まれることを祈念し、式辞といたします。

     令和8年3月1日 北海道美唄尚栄高等学校長 日下 剛 

0

お菓子をいただきました

 20日、2名の生徒が校長室にやってきました。授業で作ったお菓子をわざわざ届けてくれました。ありがとう。持って行ったらと言われたのか、持って行こうとなったのかはわかりませんが、私はこうして校長室に来てくれるのが何よりも嬉しいです。

 前にも書きましたが、次男が「そもそも校長先生の顔も名前も知らないわ」と私に言ったことがあります。普通はそうなんだろうと思います。8間口生徒数960人の高校であれば、一度も話をしたことのない先生がいても不思議ではありません。ましてや校長、教頭と会話をすることなどなくて当たり前です。私も高校時代の校長先生の顔と名前が一致しません。そんなものだと思います。

 本校はこぢんまりした学校ですから、生徒との距離がとても近く、突然話しかけても生徒は驚くこともなく返答してくれます。コミュニケーションが円滑であることが一番いいところだと私は思っています。

 教諭時代の自分が抜けきらなくて、自分から生徒に話しかけることが多いな、と反省しています。ただ、闇雲に声をかけるのではなく、生徒一人ひとりの表情等を見て私の中できちんと整理しています。この仕事に就いてからは、特に意識している(染みついているのですが)ことです。

 顔色を見る - 私は物心ついた頃から父親の表情(顔色)を意識した生活をしてきましたから、おそらく誰よりもそこのアンテナは高いと思っています。それがいいことなのかどうかは別の話になりますが。

 美唄尚栄高校での私の1年がまもなく終わりを迎えます。日々の出来事や思ったこと感じたことを一枚の写真を付けて校長の小部屋に綴ってきました。読み返すことはしていませんが、パソコンに保存したファイルを数えたら、4月から本日まで177回アップしてきたようです。中身のない話でも、塵も積もれば山となります。

 いつもお読みになっていただきありがとうございます。

0

卒業式に向けて

 3月1日の卒業式まであとわずか。その式に向けて1,2年次生がピアノ伴奏で校歌を歌っています。あらかじめCDに録音した音源を流し、校歌をみんなで歌う - そのような校歌斉唱もある中で、味わいがあっていいものだな、と思いながら聴かせてもらっています。

 本校は科目「音楽」を設置していないため、校歌を歌うのは全校集会と儀式の時だけです。メロディラインはわかっていても、歌詞を覚えるまでには至っていないというのが現状です。歌詞とメロディは当サイト学校紹介のコンテンツで紹介していますので、是非アクセスしてください。心に染み入るきれいで流れるような詞が綴られており私は大好きです。

 教頭としてお仕えした校長先生に今後の我が身の在り方を御相談させていただいたときの話になります。「先生がこの先校長に採用されて、そうなれば卒業式で卒業証書を渡すことになるけれど、生徒が階段を一步一步上がってきて自分の前に立ち、ぐっと顔を上げたその瞬間に見せる生徒の表情を是非見てもらいたいんだよ。その表情を見ることができるのは校長だけだから。私はそのときに自分が校長になって良かったなと思えるんだよ。先生にはそれを是非その景色を見て欲しいと思っている」

 自分の器、自分の性格、自分がこの先目指すもの、残された教員生活の締めくくり方、教頭職と校長職、絶対に譲れなかった自分の中での決め事・・・教頭として5年目を迎え、私はこれからの生き方について深く深く考えるようになっていました。私の気持ちを受け止めてくれた校長先生からは本当に多くのアドバイスをいただきました。気持ちの整理をつけるまでにはかなりの時間を要しましたが、振り返るともうそこには感謝の言葉しかありません。

 校長先生が仰った「是非見て欲しい景色」その日が近づいています。そのとき私は生徒一人ひとりの表情から何を受け取り何を思うのだろうか・・・緊張もしますが楽しみでもあります。

0

この時期は

 雪解けが一気に進みました。主要な道路は乾いた舗装が見えています。陽射しも春を感じさせるものに変わってきました。真っ白だった校地内も雪がわずかに残っている、そのような感じになってきました。

 私には十分すぎるほど多かったのですが、職場内で雪の話をすると今シーズンの美唄の積雪はずいぶんと少なかったようです。毎朝毎夕10センチ以上の積雪があり、雪かきするのが苦痛でした。例年はこんなものではない・・・豪雪地帯恐るべしです。ただ、ありがたいことにここ10日間ほど雪かきをしていません。この調子で春に向かってくれるといいのですが。

 昨日の午前中、札幌で打合せがあり、午後の遅い時間に美唄に戻りました。札幌市内も路肩にこんもりと積み上げられた雪が嵩を落とし、歩道を歩く人の姿を運転席から確認できるようになりました。

 お昼過ぎ、制服を着た女子高校生数名が嬉しそうに手を取り合い横断歩道を渡って、そのままファストフード店に入っていきました。この時間にどうしたんだろ、とは思いましたが、おそらく先生方の会議等により午前授業になったのでしょう。異なる制服を着た高校生の姿もありましたので、どこの学校もこの時期ならではの状況になっていると思われます。先生方は忙しいけれど、生徒の立場からするといつもより早く帰宅できる、何だかそれだけで嬉しいですよね。わかるような気がします。

 本校も年度末を迎え会議が立て込んでいますし、入学者選抜試験等の準備で慌ただしくなっています。生徒の皆さんには、短縮授業等で落ち着かない状況になり迷惑をかけますが、校内外の生活に十分気をつけてお過ごしください。

0

中間登校日に

3年間使い続けてきた下駄箱

同じ場所に出し入れしてきた上靴と外靴

もう二度とは戻らない高校生の自分

さよならの日が近づいている

出会いと別れ

笑顔と涙

ある日は手をつなぎ

今日突然仲がこじれ

雨に打たれて帰った日

吹雪の中で髪を濡らした日

すべてを共にしたリュックも

今はすっかり色褪せて

右手になじんだお弁当も

今日でおしまい

口げんかで家を飛び出した日も

あの人に会える朝を楽しみに歩いた日も

一步一步

一日一日

下駄箱だけは待っていた

そこに変わらず立っていた

ありがとう

今までどうもありがとう

 

 本日、3年次生は中間登校日。今まで使ってきた下駄箱の清掃を行いました。きれいになったことが、余計にお別れという現実を実感させるものになり、私はなんだか感傷的になっています。

0

お昼御飯を一緒にいただきながら

 今朝、夕張高校の熊谷校長先生が更新したnoteを拝見し、素晴らしい取組をなされているなと関心しました。実は不定期ではありますが、私も若手教職員とざっくばらんな話をするため、昼食を一緒にする時間を設けてきました。面と向かって一対一で話をするよりも昼食を摂りながらの方が会話も弾むだろうと考えました。私から堅い話をするのではなく、できるだけ言葉を引き出すことに心掛けてきました。成果はあったな、と個人的に思っています。

 それであれば生徒とも。そう思って昨年秋に声をかけると早速お弁当を持ってやってきてくれました(写真は家庭学習に入る直前のもので、ホームページに掲載することを約束していました)。以後何度も開催していますが私はもっぱら聞き役です。でも、一番聞きたいことは「美唄尚栄高校を選択した理由」「美唄尚栄高校の魅力」「美唄尚栄高校の良さ」「美唄尚栄高校の改善点」「美唄尚栄高校で学んできたことに対する満足度」「美唄尚栄高校の今後」何となく話題を振って生徒の会話を聞いている、この時間は大変有意義です。生徒の思いを直接聞ける、これからの学校づくりについて考えさせられる意見がたくさん出てきます。かなり確度の高いヒントとして受け止め、そこに私のアイデアと合致する部分があるか否かをその都度整理させてもらっています。

 担任業務を担っていたとき、たまにお弁当を持って教室に行きました。机を向かい合わせて生徒の会話を聞いている時間が大好きでした。朝はSHRが始まる相当前から教室に行き、入ってくる生徒の表情を見ながら他愛もない会話をして、放課後の清掃では話しかけてくる生徒の声を聞いていました。そこで出てくる話のほとんどは、別れた寄りが戻ったなどの彼らにとっては一大事の恋愛模様が主でしたが、一人ひとりが16歳17歳18歳の今を精一杯生きているんだな、と感じさせるものばかりでした。授業では見られない意外な一面、これをキャッチできる有効な時間であり、結局高校時代の自分と同じだな、ということに気付かせてくれる嬉しい時間でもありました。

 ぽろっ、と本音が聞ける・・・その瞬間を私はとても大切にしています。そこには『信頼』が必要です。信頼される生き方は私の永遠のテーマで、信頼される生き方を目指しその努力を惜しむことはありません(なかなか辿り着きませんが)。誰も信頼しなかった十代にたった一人信頼できる佐藤先生がいてくれたことが今の私につながっている、それがあるからです。現在の言葉で言うならば「ウザい」それくらいいつも私のそばで声をかけてくれ行動してくれました。そうした中でぽろっ、と本音が言えた唯一の先生でした。この人がいてくれて良かったな、そのことに気付いたその気持ちを私は今でも忘れることはありません。

 声を聞く - 大切なことであるのはみんなわかっています。その場面づくりをどうするかが大きなポイントです。私の実践がヒントになるかどうかはわかりませんが、いずれにしても、待っていても訪れない(先日も書きましたが)、これは明らかです。出しゃばらない程度にアプローチしながら、意見が聞ける有意義な時間を今後も作っていこうと思っています。

0

卒業アルバム

 3年次生が家庭学習期間に入っており、校内は静かな毎日が続いています。2年次から興味ある科目を自分で選択して授業に参加するスタイルの学校ですから、10分間の休み時間は各教室に移動する生徒の動きがあり賑やかになります。足音、笑い声、楽しそうな会話などなど、1階の校長室にいる私の耳にも聞こえてきます。

 秋が深まるまで校長室の扉を開放していましたので、移動途中にひょっと中を覗いていく生徒やわざわざ「こんにちは」と挨拶してくれる生徒がいたりして、楽しく過ごさせていただきました。冷え込みが強くなって以降は閉め切りです。早く暖かくなって扉を開け放つ日がくるのを一人楽しみにしています。

 1月の校長会でお話しさせていただいたある学校の校長先生は、年間をとおして校長室の扉を開放しており、生徒が時折来室してお話することがあると伺いました。それを聞いて私も開けようとは思ったものの、目の前の玄関から流れてくる冷気には勝てませんでした。寒がりで冷え性の私にはやせ我慢でも厳しいものがあります。申し訳ないな、と思っています。

 今朝、卒業生代表で答辞を読み上げる生徒が書いた原稿を読ませていただきました。そして先ほど今年度の卒業アルバム(学校保管用)が一冊届けられました。今、その卒業アルバムは私の手元にあります。私の知っている今年の1年、私の知らない2年間。どのような思いで3年間を過ごしてきたのか - そのことが伝わる言葉が綴られていました。そうだったんだな、と思えば思うほど胸に込み上げてくるものがあり、目頭が熱くなる朝になりました。

 だから、私が彼らより先に卒業アルバムを開くわけにはいかない、と思いました。本来は見て点検、確認すべきなのでしょうが、それは教頭先生と担任の先生にお任せします。

 私は、卒業式が終わったあとにゆっくり彼らの時間と足跡を追いかけることにします。

0

 

 本日、株式会社道央メタル様の御協力により、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象とした技術講習を開催いたしました。美唄市のものづくり企業として、プレス、板金加工、機械加工、溶接・組立、塗装等の業務で御活躍されております。
 
 本校のメカトロ・エンジニア系列では、機械系の実習の中で金属加工を行っていることから、自らの学びの先にある世界を知るきっかけになりますし、地元で自らの夢や将来の実現ができる、そのようなことも感じられたのではないかと思います。大変貴重な時間になりました。ありがとうございました。

 実は美唄中学校の浅利校長先生が道央メタル様との御縁をつないでくださいました。その後、関係する教員が道央メタル様と面会、直接訪問させていただきながら、漸く本日を迎えることができました。

 「縁」 - よく使う言葉です。そして、人はどこかで「縁」を感じて生きているような感じがします。人と人とのつながりに限ったわけではなく、物事のつながりをも含めた宇宙的で究極的な(上手く表現できませんが)何かを持ったものだと思います。ある人との出会いから次の人とのつながりを生む・・・御縁は大切にしなければなりません。

 話は変わります。2040年(もうそう遠くない日)AI・ロボット分野に携わる人材が330万人日本で不足するとされています。不足すると世の中どうなるだろうということを最近よく考えます。小さなエリアで考えると、雪が積もっても除雪が入らない(重機オペレータ不足)、家を建てることが決まったが着工が遅れる(建築会社の人手不足)、道路が凍結により穴が開いている(工事に係る人がいない)、自動車が故障して動かない(見てもらうまでに相当な時間がかかる)、エレベータが調子悪い(則修理に来てくれず階段を使うしかない)・・・

 昨今、人が足りない、それを担う人がいないと言う言葉をよく耳にするようになりました。課題解決の糸口が見えず、ますます不便で不自由な世の中になっているのを実感します。「父さんが育ててきた工業高校生って実はすごい存在だよね。大切にしないとこれからの産業が成り立たなくなるよね。働くようになってわかったわ」普通科高校、大学は文系だった次男が私に言った言葉です。気付いてくれたことが私は嬉しかったです。でも、気付くだけでは社会は成り立ちません。

 本校は総合学科高校です。衣食住に直結する系列(私はそう考えています)を抱える本校での学びは間違いなく2040年の地域を支える力になります。その頃、あなたの年齢は30歳前半。社会の中の主役です。

 技術講習の講師である工場長様の姿を拝見し、自らの手掛けたものが多くの人に喜ばれ、地域社会に大きく貢献しているんだ、という職人としてのプライドを感じました。

 刺激を受けました。ありがとうございました。

 

※35万アクセス到達となりました。御訪問誠にありがとうございます。当サイトの他にインスタグラム及びnoteによる教育活動の情報発信も行っております。是非、御覧ください。

0