北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
祝 第59回北北海道学生書道展
団体賞 学校奨励賞受賞
特選受賞者 1年次生8名 3年次生2名
入選受賞者 1年次生14名 3年次生7名
展覧会 令和8年2月7日(土)10時から18時
令和8年2月8日(日)10時から15時
旭川市民文化会館 展示室
北海道美唄尚栄高等学校 全日制 総合学科
祝 第59回北北海道学生書道展
団体賞 学校奨励賞受賞
特選受賞者 1年次生8名 3年次生2名
入選受賞者 1年次生14名 3年次生7名
展覧会 令和8年2月7日(土)10時から18時
令和8年2月8日(日)10時から15時
旭川市民文化会館 展示室
私にはとても多く感じますが、どうやら今年の積雪は少ないらしいです。じゃ、例年はどれほど積もるのか - これ以上、を想像するだけでため息が出てきます。降ったり降らなかったりの繰り返しですが、昨年12月は毎朝毎夕10~15センチほどの雪がコンスタントに積もり、スコップを持つことが日常になりました。今日もかぁ、明日もかぁ・・・雪かきが最大のストレスでした。
2年間住んだ北見の冬はマイナス20℃前後まで冷え込みますが、ほとんど雪が降らず日中はきれいな青空が、夜は一面きらきらと星が輝きます。メリハリのあるきゅんっ、とした天気が私は大好きでした。そのような環境で過ごしましたので、私の中から冬の除雪という概念がすっかり消えていました。こちらに来て慌ててスコップを購入し、なんなんだこの雪は、と思いながら雪かきをしています。
今日は二十四節気の立春。冬に別れを告げ春の訪れの日。一日一日春に近づいていきます。外を見ると真冬の様相ですが、美唄は日中にかけて気温がプラスになるとのことです。春を感じられる一日になりそうです。
1月30日(金)はたくさんの生徒が校長室に訪問してくれた日。家庭学習に入る直前にお弁当を持った3年次生、1年次生は実習で作ったスコーンを持ってきてくれました。そして、授業の取組として提案のあったプレートの完成で3年次生が、フード系列の2年次生がパウンドケーキの試作を持って登場。一気にたくさんの生徒がやってきてお話を聞いたり写真を撮ったり。でも、すごく楽しく嬉しい出来事になりました。ありがとう。
今日は2年次生のパウンドケーキの話を。数種類のパウンドケーキを皿に載せ、それぞれに特徴があるので食べて欲しいと言うのです。改良に向けて材料の分量や手順を変えてみんなで考えながら作った、ということを私に一生懸命説明してくれるわけです。教員に言われるままに作れば、ほぼ何も考えないわけですから私を前にして詳しい説明はできません。でも、自分たちで「こうのように工夫して作ったんだ」となれば、そうした理由を含め材料、分量、手順を説明することができます。熱心に説明してくれる姿は頼もしかったです。こうしたことの繰り返しが人を成長させていくのだろうと感じました。
フード系列で言えば、人の口に入る製品を販売しています。販売することが目的ではありませんが、常に改良は必要です。本校にとって定番であっても、多くの人の定番とはなりません。誰にでも受け入れてもらえる定番を目指すために、例えば試食会で多くの意見をいただく、購入してもらった方にアンケート調査を行う(ラベルにアンケート用QRコードをつけたり、商品と一緒にアンケート用紙を入れる)などの工夫を重ねなければなりません。作りました、美味しかったです、は過去の学びの形であって、時代に即した今の学びは、何のために作るのか、それを作ったことによって何が生まれるのか、その効果は、作った先の課題と改善は・・・PDCAサイクルを確実に回していくことが求められます。
オーブンの前でケーキのスポンジの焼け具合や膨らみ具合を食い入るように眺めている、クッキーやクロワッサンを焼いているときの楽しそうな妻の姿を目にします。生徒も同じようにわくわくしながら、ドキドキしながら製品づくりをしているのだろうと思います。そうした両者の姿が私の中で重なり、自分もやってみるべきかと考えたりしています。
失敗か成功か、もう少しかき混ぜるべきだったか、粉が少なかったか、砂糖が多いか、卵の黄身は、白身は、バターは塩は・・・奥が深いから楽しいのかもしれませんね。
本校はものをつくる、体験的な学びを多く取り入れています。多感な高校時代、十代の早いうちにたくさんの経験を積めるのは貴重なことと考えます。私の高校時代、8割は教室の中で机を前に座り教科書とノートを開き黒板ばかり見ていました。おもしろい学校ですよ、本校は。
私は甘いものが大好きです。休日に自宅から札幌中心部や円山地区まで足を伸ばす30km程度のマラニック(ランニングとピクニックを掛け合わせたお遊び的な要素のあるもの)をするときは、道中出会うカフェやパン屋、ソフトクリームにケーキ屋、大福屋やお餅屋など、お店に入り飲食を一年をとおして心底楽しんでいます。真剣に走る日とお遊び要素の強いマラニックを織り交ぜながら走っています。
ウィークデーは、お店が閉店したあとの時間帯で美唄市内をランニングしますので、甘いもの、となったらコンビニエンスストアに駆け込み、購入させていただいています。何とも言えない食感やひとつ食べるとお腹いっぱいになるスコーンが好きで購入することが多いです。初めてスコーンを食べたとき、世の中にこんな美味しい食べ物があるんだと感動しました。クッキーでもない、パンでもない、ドーナツでもない。
スコーンの話をさせていただいたのは訳がありまして、先週金曜日のお昼に1年次生の二人がガチガチに緊張して校長室にやってきました。この日は3年次生と一緒にお弁当を食べることにしていましたので、入室したら3年次生がいたことでさらに緊張させてしまったようです。
「スコーンを作ったので、校長先生食べてください」「どうもありがとう。私スコーン大好きなんだよ」私は二人の緊張を和らげてあげようと「せっかくだから記念写真を撮ろう。ホームページに掲載しても大丈夫かな」と聞きますと「大丈夫です」と返事をしてくれましたので、一緒に並んだところを3年次生に撮影してもらいました。
校長室に入ってくるときの生徒、入ってきたあとにいろいろなことを喋る生徒の様子を見るのが好きです。私にとって大切な生徒ですが、私以上に保護者等の方にとっては可愛くて愛おしくて大切な子ども。そういう親心をいつも感じながら生徒とお話させてもらっています。
私は昨年3月、次男の岡山大学卒業を持って子育てを終えました。親らしいことをしてあげたか、と言われると不安になりますが、一応親としての責任を果たしました。その立ち位置から見える風景はそれまでのものと大きく変わりました。何が変わったのかは読者に想像していただきますが、私の人生観、教育観が変わりました。これは教頭から校長に立場が変わったから、というものではないことははっきりしています。
先ほど完成したプレートを受け取りました。気持ちのこもった世界にひとつしかない 校長室 のプレート。
今日から遡った数ヶ月前のこと。校内のプレート制作に係るプレゼン発表会を校長室で行いたいとの申し出があり、私は本校の生徒が学校に対してこんなにも熱い想いがあるんだ、と感動しました。自分の想いを何か形に残し捧げたい・・・少なくとも私には持ち合わせていなかった想いです。今を生きる高校生にこれだけのエネルギーがあるんだ、ということに驚かされた瞬間でもありました。
教頭から校長として採用され10ヶ月になりますが、プレート制作プレゼンが、校長として一番嬉しい出来事になっています。校長に話をしに行こう - その発想と勇気は、やはり私の人生の中にはなかったことであり、もう二度と戻れない高校時代を振り返りながら、もしかしたら大きなチャンスを逃してしまったかもしれないなぁ、もっと自分にもできたことがあったのではないかなぁ・・・何とも言えない後悔の念にとらわれています。
プレゼンの日から何度か授業を見に行きましたが、校長室 と書いたプレート大の半紙が何十枚も机上に載っていました。書いて書いて書いて・・・百、二百、いやもっと書いてきたのだろうと思います。
「校長先生は学校をまとめる方なので、力強さみたいなものを表現したいと思っています」プレゼンの時の言葉です。
明日からは、校長室に入る前にあえてプレートを見ようと思います。今以上に気を引き締め今以上に緊張感を持って業務に当たるために。
事務室のプレートも受け取りました。心温まる素敵なプレゼントをありがとう。
本校の生徒を誇りに思います。
一昨日の夕刻、華道部の3年次生2名が校長室に来てくれました。先週私のデスクに作品を置いてくれた生徒と現在職員玄関に展示している作品に携わった生徒です。
一年間ありがとう - その気持ちを込めて写真を撮らせてもらいました。彼らに続く後輩も含め、4月から今日まで月に一度お花を届けてくれたこと、本当に嬉しかったです。また、届けてくれる生徒とわずかですがお話する時間が持てたことも幸せなことでありました。
私はできるだけ自分から出会う生徒に声をかけ会話を楽しむようにしています。授業での関わりが持てないので、待っていても生徒は来てもくれないし話かけてもくれません。管理職としてわきまえることはわきまえつつ、それでも教諭時代に教室で生徒と関わっていた時のことが身体に染みついていますから、ついつい話かけてしまうわけです。くだらないことを言ったりしながら。生徒たちはどう感じているのかはわかりませんが、嫌な顔をせず接してくれています(私だけがそう感じているのかもしれませんが)。
支給タブレットで写真を撮り、写真を二人に渡しました。プリントしたものではなく、Airなんとかという形で一瞬で二人の端末に収められました。二人はスマートフォンの画面を食い入るように見ながら何かを語り合い楽しそうに笑っていました。こういう時間って大切だなぁ、と思いながら二人にの様子を見ていました。
今日ここでこの写真を撮ったな - そう想ってくれる日がいつか訪れてくれたら私は嬉しいです。
明日、昼食時間に3年次生と一緒にお弁当をいただくこととしています。何名が参加するのかはわかりませんが楽しみです。
27日(火)美唄市立東中学校で開催された『ジビエ給食試食会』に参加させていただきました。ジビエとはフランス語で、狩猟で得た野生鳥獣のお肉を意味する言葉です。
3年生の「美唄探求」において美唄の食材を活かしたレシピを考える活動の中から、実際に生徒が考案したメニュー『美鹿ボロネーゼ』が本日美唄市内の給食として提供されました。30日(金)の給食は『サスムコギ ビビンバ』が振る舞われるとお聞きしました。
悪七校長先生より資料をいただきましたので、ここで紹介いたしますが、『ふわふわぴぱおいマフィン』『シカタコス』『たまぽて』『ピパオイ カボッチャン』『近藤シェフの五つ星肉巻き』『BIBAガレット』『鹿肉ドライカレー』『秋がたっぷり美唄の 美もち』『美唄すぎる シカチュー探検隊』のメニューも作成されています。それぞれの班で考え実際に作って食べて、生徒は研究を重ねたようです。
美唄の食材として用いられたものは、サツマイモ、ジャガイモ、人参、玉葱、ハスカップジャム(本校のフード系列が製造)、ソーセージ(本校のフード系列が製造)、カボチャ、大根、醤油、味噌。そして、鹿肉です。教科書はありません。まさに「0から1を作り出す(美唄市長 桜井様の言葉)」その実践です。よく考えるとすごい学びだなと思います。自分たちで考えるしかない。美唄の食材って何だろう、まずはそこからスタートするわけですから。
40年前にはなかった授業です。決まったものが与えられて、与えられたものに疑問を持つこともなく、唯一正しい答えを手繰り寄せるために頭を働かせる・・・これが私の学びでした。スタンダードな生き方に軌道修正しながら中学高校大学と学んできたような。それが良いか悪いかではなく、そういうことが求められた時代でした。だから、今の学びがうらやましく感じます。
鹿肉については、株式会社Mt.代表取締役・HUNTER山本峻也様が狩猟したお肉です。試食会に先立ち、山本様から『いのちをいたたく』と題した講演があり、人間は生き物の命をいただいて生きている、ということについて深く考えさせられました。食の裏で生き物の命がある - 普段考えないことではありますが、改めて感謝の気持ちを持って食を摂らなければならないと思ったところです。短時間の講演ではありましたが、本校の生徒にも是非聞かせたい話でした。機会があればお願いします、と山本様に依頼しました。
生徒が考案したせっかくのメニューを持続可能な形にする必要があります。ただ作って美味しかったね、では意味はありません。それは40年前の私たちの学びです。作った先です。 このことについては本校の教職員にも伝えています。
「〇〇の取組を行いました」で完結せず、「取組を行ったその先の生徒はどうなのか」つまり、「それを作ってその先にどのように繋げていくのか」です。東中学校は給食センター等と今後も検討を重ね、持続可能な取組に繋げていく構想を持っています。本校もさまざまな取組を行っています。持続可能についてもっともっと考える必要があります。
「考えて作りました、作って試食しました、さらに美味しくするためにどうしたらよいかを考えました、私たちの作ったものを美唄市にどのように広めていくかを考察しています、給食メニューもいいけれど、食堂で提供できないでしょうか」この経験をしてきた生徒たちが本校に入学してくるわけです。そのことを肝に銘じ教育活動を展開しなければなりません。
※パスタの麺についても生徒が検討し、特注で作ってもらったとお聞きしました。
先週22日(木)、23日(金)の2日間、釧路市へ出張があり、昨日はお昼まで休暇を取得していたため、校長の小部屋を更新することができませんでした。本日より再開いたしますので、お付き合いください。
月に一度のお花の日です。久しぶりに校長室に入室し、その瞬間に視線を捉えたのは写真の生け花です。華道部が活動した日に私が不在だったことから、気を利かせてデスクに置いてくれたのでしょう。直接受け取ることができず残念でした。
お花って別に自己主張しているわけでもないのに、そこにあるだけで人を惹きつける - 不思議な力があります(そこにいるだけで人を惹きつける - 私にはそのような力はありません)。3年次生にとってはこれが高校生活最後の作品になります。どちらかと言うと寂しさが込み上げてきていますが、「ありがとう」と感謝しながら観賞させてもらっています。
高校3年間はどういう時間だったのかな。思い描いた時間になったのだろうか、良き友人良き教師に巡り会えただろうか、どんなことを身に付けたのだろうか、描いた進路を実現できたのだろうか・・・私はそのようなことを考えています。
私の長男は希望していた高校に通学することはできませんでしたし、次男の口からは入学した高校に対して満足度の高い話は出てきませんでした。彼らが3年間の高校生活を終え、大学に入学するときに「なんだかんだ言ってもまぁこの高校で良かったかな」と言うのを聞いて、初めて彼らの3年間は有意義だったんだな、と思ったのを覚えています。卒業して時間が経ってから高校への思いが押し寄せてくるものなのかもしれません。
3年次生は今月一杯は登校してきますから、美唄尚栄高校の3年間どうだった、と聞いてみたいと思います。
昨日の学習成果発表会は、多くの御来賓、保護者等の皆様をお招きし無事に終えることができました。出席いただいたすべての方に感謝申し上げます。
3年次生の皆さんは、総合的な学習の時間における1年間の取組とその成果について、余すところなく伝えることができたでしょうか。一生懸命にプレゼンしている姿を見て、学びの成果があったんだな、と私は思いました。大変お疲れ様でした。
「地域の課題を自分たちで見出し、課題解決に向けて何をどのように進めていくかを考えてください」いきなり問いを与えられたわけです。教科書はありません。解答もありません。教員からその手順を教えられたわけでもありません。与えられたのはグループ活動をすることと時間は約9ヶ月であること。
何もないところからスタートして形にすることの大変さを3年次生全員が感じたはず。自分の考えをまとめ発表する。他者の考えをしっかり聞く。批判ではなく建設的な意見を述べる。ばらばらの考えをひとつにまとめる。次の一歩を踏み出すためにどうする。地域に出るための折衝。試作と検証、改善。成果と積み残しになった課題の整理。桜井市長様が仰っていた『0から1を生む』ことの一端を学んだことは、これからの人生に必ず役立つ時がくると思います。
お仕えした校長先生から言われた言葉を私は今でも大切にしています。「課題を見抜いたら決して先送りすることなく先生の責任の下で課題を解決すること。次の人次の代のことを考えること。時代の変化を掴み新と旧を見極めること。言われなくても気付いて行動すること」まさに探究の精神です。
今日の表題「聞いてもらうための」について。発表会は終わってしまいましたが、今一度考えて欲しいことがあります。スライドや発表原稿の善し悪しは二の次三の次。静粛な場にふさわしい発表ができたかどうかを探究のテーマとして与えます。仲間のプレゼンはどうだったか、自分たちのプレゼンはどうだったか。多くの人に「聞いてもらうための」ものになっていたか。発表して終わりではなく、発表を終えて見えてきた課題の整理と検証を進めて欲しいと思います。
美唄駅前西口広場はイルミネーションで彩られています。16時30分を過ぎると辺りは薄暗くなってきますので、本校の生徒も部活動を終えて下校する際に目にしているのではないでしょうか。駅は街の玄関口になる場所ですから、こうした演出は来る者去る者の気持ちをほっこりさせてくれます。外国人観光客も多数見かけますので、きっと喜んでくれていると思います。
ごろんごろんとしたいくつかの雪山はかまくらでした。かまくらを見るとどういうわけかわくわくします。幼き頃に祖父が作ってくれたかまくらの中で、お茶を飲みながらおやつを囓った記憶が残っているからかもしれません。
お正月、弟家族も集まり賑やかに実家で過ごしました。前にも書きましたが、大晦日に家族で昔の写真を見たこともあって、実家でもお袋が保管している写真を出してもらいみんなで見ました。長男が4歳、次男が2歳(甥っ子、姪っ子も同じ歳)だと思うのですが、実家の庭に積もった雪で私がかまくらを作り、その中に4人を入れて撮った写真が出てきました。狭いから向こうに行けっ、こっちに来いっ、などと狭い穴蔵の中で4人が押し合いへし合いしながらきゃっきゃと騒いでいた覚えがあります。
「あっ、かまくらのこと覚えてるわ」「ごうちゃん、かまくら作ってくれて写真撮ったの覚えてるよ」二十年以上前のかまくらのことを4人とも覚えていました。私が祖父からもらったかまくらの記憶を、私もこうして子どもたちの記憶に残すことができたんだ・・・感慨深いものがありました。
デジタル世代の子どもたちではありますが、プリントされた写真の良さを感じたようです。「紙に残る写真っていいもんだね」紙は場所もとりますし重量もありますが、スマートフォンに記憶された写真をちゃっちゃっと指先ではじくように見るのとは訳が違い、一枚一枚に撮り手と映り手の魂みたいなものが宿るような気がします。これはデジタルの善し悪しではなく、アナログでしか味わえないものです。
さて、本日午後から、3年次生が地域を題材に総合的な探究の時間で取り組んできた成果を発表する学習成果発表会を行います。生徒の発想やアイデアが、今後の美唄市の街づくりの柱として採用されるかもしれません。いつか美唄市の活性化に携わる一人として関わることになるかもしれません。そう考えると興味深いです。
総合的な探究の時間の経験から、イルミネーションで彩られた駅前づくりのように、人の心に記憶を刻み込めるような、誰かの気持ちをやさしくするような、そのような美唄市の街づくりに尽力する人が本校から出てきてくれると嬉しいです。
今日の美唄ガチガチの冷凍庫。この冬一番の冷え込みだろうと思います。
借家から職場まで数百メートルの道中、足元はいつもよりぎゅっと堅く締まっており、ゆっくり瞬きをすると上下が凍結してふっつきました。昨年、一昨年と過ごした北見を想い出させるような朝になりました。
18歳まで過した空知では睫毛が凍ったり、鼻の粘膜が凍ったりするようなことは当たり前で、冬場はかなりの頻度でそうなっていた記憶があります。でも、いつの頃からかそのような日は数えるだけになってしまったような・・・そんな気がします。
ピンと張り詰めた冷ややかな空気に包まれた朝だからくっきり山並みが見られたのかもしれません。先週は猛吹雪、どんよりした空模様でこの山並みを見ることはできませんでした。久しぶりに見たような気がします。樺戸山系については校長の小部屋で何度か紹介しておりますが、堂々と、そして美しく、決して見飽きることはありません。
玄関で生徒のお迎えが終わった後、4階に上がって1年次生の教室⇒2年次生⇒3年次生と回ることを続けています。4階西側の窓からこの山並みを眺めるのが好きです。朝はもちろん、夕暮れ時も素敵な景色を見せてくれます。
励ましてくれたり背中を押してくれたり。考えごとの答えをくれたり慰めてくれたり。現実に直視することの大切さやずっと昔の記憶を呼び寄せてくれたり。勇気をくれたりやさしい気持ちにさせてくれたり。私にとっては大切な景色になっています。きっと私と同じようにこの山並みとこの景色を大切にしている人がいるのだろうな、と思います。
さて、明日から1年で最も寒い頃とされる大寒です。二十四節気は、1年間を太陽の軌道をもとに約15日ずつ24に区分し、それぞれに季節を表す名称がつけられていて、大寒はその最終節。大寒の最終日が2月3日の節分、その翌日が立春です。
北海道はこれからが冬本番で、今週は厳しい冷え込みになるとの予報が出ています。体調管理に気をつけて過ごしましょう。
久しぶりに星が輝く空。綺麗な星を眺めながら8キロのランニングを楽しみました。雪のないオンロードを走るのが一番ですが、ぎゅっぎゅっと雪の踏みしめる音を聞きながら走れるのはこの季節だけ。趣があっていいものです。
雪上に青い光が見えます。駅前から国道に向かう歩道に投影されていました。なんだろう、と思ってSTAY BIBAI様のホームページにアクセスすると、昨年から影絵スポットライトとして灯されているとのこと。写真を撮って借家まで戻る途中でもう一カ所灯されているところを見つけ、何だか得をした気持ちになりました。
美唄は一昨日、昨日午前中まで雪が降り続け、路肩の雪も一気に積み上がりました。さすがは豪雪地帯。北見に勤務していた2年間はマイナス20℃以下の寒さが日常でしたが、雪かきは数えるほどしかしていません。2年間楽をさせてもらったので、美唄における毎日の除雪は身体に堪えますし、何せ疲労が蓄積します。冷え込みか積雪かどちらを選ぶ・・・うむ、どちらがいいのでしょうか。
雪などものともせずに生徒は元気に登校しています。さすがは空知っ子です。ただ、ホワイトアウトになって身に危険を感じた場合は、①外に出ないこと②天候が落ち着くまで自宅で待機することをここで再度確認させてください。
全校集会の場において、私は生徒の皆さんに大きな宿題をひとつ与えました。「自分の身は自分で守ること」環境の変化、天候の変化、災害の発生はいつ起こるかわかりません。平時からすべての人が考えなければならないことです。
宣伝になりますが、本日16日(金)16時から美唄駅前西口広場にてイルミネーション点灯式が開催されるようです。
昨日、生徒は長い休業を終えて久しぶりの登校となりました。大切なスタートの日となりましたが、外は猛吹雪のホワイトアウト。気温も低く大荒れの天候となりました。外套も頭も真っ白にして生徒玄関をくぐってくる生徒は、ホールに立つ私に近寄ってきて「おはようございます」と声をかけてくれました。
今年度の年末年始の休みは土曜日と日曜日も含めて最大9連休。おそらく社会人になって一番長い休みかもしれません。子どもであっても大人であっても休みに入る前は気持ちがほっとして、心も軽くなります。少し休めるな、と思うだけで嬉しくなります。ただ、休みも後半に入り終わりがちらちら見え始めると妙に落ち着かなくなります。そうした経験をお持ちの方は多いと思います。
4日(日)夕刻に自宅から美唄の借家に戻りましたが、明日からの仕事のことを思うと、急に緊張しだしそわそわしている自分に気付きます。あれもある、これもしなければならない、久しぶりだからどうなっているだろうなどとあれこれ考えるとどんどん気持ちが重くなってきます。今回に限らず連休の最終日は不思議と私をそうした気持ちにさせてしまいます。
ここからは全校集会でお話したことです。「世間では、新年を迎え新たな気持ちでスタート、新たな目標や夢に向かって歩いていこうなどと言いますが、私は、そう自分を煽り立てる必要はないと思っています。心穏やかになるまでゆっくりゆっくり時間を過ごし、自分のペースやタイミングを掴んで欲しいです。久しぶりに登校してくるにあたって、わくわくしている人もいれば、緊張していたり、不安を抱えていたりなど、それぞれの心持ちでいるはずです。みんなが揃って、前向きな状態でいるとは考えづらいです。どちらかと言えば、後ろ向きの状態の人が多いと思います。自分のペースを掴むまで、焦らずに、でも一歩一歩進んでいきましょう。さて、年末年始。私は数年ぶりに家族揃って過ごすことができました。子どもが二人いますが、それぞれ大学生の頃は、青森県と岡山県に住んでいましたので、それぞれの用事で、札幌に帰ってくることはありませんでした。どちらも大学を卒業して、社会人になりましたが、そうなったらなったで、もう二度と家族が揃うことはないだろう、と思ったりしていたので、なんだかとても嬉しかったです。そのときに思ったことは、多少お金がなくても、交通事故や大きな怪我や病気をすることもなく、健康で過ごせていることが幸せであり、感謝しなければならない、ということでした。それ以上のものはないし、それ以上のことは望む必要はないと思いました。 - 私が、本日のスタートにあたり、皆さんに伝えたいことは、自分を大切にしてください、ということです。あなたが健康でいることが、あなたの保護者等の方にとって、最高の幸せにつながっています。(一部抜粋)」
3年次生はまもなく家庭学習期間に入ることから、登校する日も残りわずかになってきました。私の知らない2年間、生徒一人ひとりそれぞれが一日一日の登下校を繰り返し、その中で多くの困難を乗り越えながら今日を迎えている・・・立派に生きてきたんだなと思います。
3年次生とはお別れが近づいていますから、昨日も今日もちょっぴり寂しい気持ちになりながら「おはよう」と声をかけています。
たくさんの宿題と毎日の日記、読書感想文に絵を一枚、さらに自由研究、そして家の手伝い。小学校の長期休業はやることがたくさんありました。計画的に取り組むことが苦手だった私はそのすべてを後回しにして遊ぶことに専念し、明日から学校が始まるという段階にくると慌てて鉛筆を持ち、母親に怒られ半べそをかきながらやっていました。完成させて提出できたものはほとんどありませんでした。長期休業にいい記憶はありません。
いつだったか、何を書いたか忘れてしまいましたが、書き初めの宿題が出されたことがあって、広げた新聞紙の上に跪き、これまた母親に怒られながら半紙に筆を走らせていた記憶があります。落ち着きがなく集中力に欠けていた私には半紙に向き合う時間は大変苦痛でした。そんな私に無理矢理取り組ませようとしていた母親も苦痛だったと思います。他の子どもとどこか違う、なんてことを直接担任の先生から言われていた母親にとって、何とかしなければならないと大変なプレッシャだったはずです。
さて、美唄郵便局のフロアに本校生徒の作品が展示されているので昨日見に行きました。昨年芸術部の活動の中で書かれた作品ですから書き初めではありませんが、作品を眺めているときに、前段の書き初めのことを想い出してしまったわけです。嫌々書いていた私とは違って、ここに展示された作品は一字一字集中し、自由に思いのまま・・・そういう作品なんだということを強く感じました。
絵心もなく筆も立たなかった私には自分のもの(恥ずかしくて作品とは言えません)が展示された記憶がありません。多くの人に見てもらえる機会は人生においてそう多くあるわけではなく、そう考えるとうらやましい限りです。下校の途中に郵便局に寄って展示されている自分の友達の作品を是非見て欲しいと思います。
さて、本日から通常登校となりますが、外は吹雪いています。校長室の窓から100メートル先が見通せない状況です。周囲の状況に十分注意し登校してください。
先週は出張で不在にしていました。本日から校長室で業務を行っています。冬季休業は本日までで明日からいよいよ教育活動再開となります。生徒が登校し静かだった学校が賑やかになります。今から楽しみです。
冬場に借家を空けると気がかりは積もった雪のことと水道凍結のことです。年が明けた1日(木)空知の実家に帰省する前に借家に寄って雪かきを行い、4日(日)から借家での生活をスタートさせましたが、台所と洗面所の水廻りで3時間、浴室の水廻りに2日を要し、漸く水道を使えるようになりました。水が出たときは心から安心し嬉しくなりました。
5日(月)に再度水を落とし昨夕久方ぶりに借家に戻りました。車を運転しながら考えたことはやはり雪と水のことです。「駐車スペースどうなっているだろう」「すぐに水が出るだろうか」積雪10センチ、水はすぐに出てきました。雨が降ったりプラス気温になったりが影響したものと思われます。生活に影響が出ないことが一番ではありますが、通常とは異なる気象状況が要因であるとすれば、これは手放しでは喜べないことでもあります。
写真は本日の様子を撮影したものですが、本来はもっともっと積雪があるのにこの程度となっています。気温も高く暖かいです。
1月5日(月)仕事始めです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
年末年始にかけて、穏やかにお過ごしになられたことと思います。9連休の長い休みになりましたが、如何でしたでしょうか。過ぎてしまうとあっという間だったような。
どちらも社会人になりましたが、子どもたちが青森と岡山で大学生活を送っていたときは、アルバイトや旅行などそれぞれの用事で札幌に帰ってきませんでした。今回6年ぶりに家族が揃い静かな正月を迎えることができました。もう二度とないだろうと思っていたのですが、年末に妻の実家へ年明けに私の実家へ家族揃って出掛けることもできました。
大晦日から元旦にかけて自宅で過ごしたのも数年ぶりです。大学受験を控えていたとき以来かもしれません。昔の写真を見ようという話になり、二階の屋根裏の納戸からアルバムの一部を降ろしました。私が撮影してきた写真です。そこには二十五年前の私と妻、長男が写っており、そこからさらに数年後に次男が登場してくるという家族の変遷が記録されていました。懐かしいやら恥ずかしいやら、笑いの絶えない時間になりました。
さて、昨夕から美唄は雪に見舞われています。路肩の雪も高くなりました。本格的な冬はこれからです。
12月23日(火)フード系列の教員を講師にして、教職員(事務職員も含む)向けのそば打ち研修会を実施しました。以前、授業の中で2年次生の生徒がそばを打ち、是非食べてくださいと私のもとに届けてくれたことがあり、このときに教職員向けのそば打ち研修会を是非開催してください、と担当の教員にお願いしたのです。とうとう実現しました。
同じ学校に勤務していても、それぞれの系列、個々の専門、一人ひとりの授業、業務がありますから、隣に座っている先生が得意としていることだとか各系列が何に取り組んでいるのかは理解しづらい状況にあります。これは本校に限ったことではなく、他校でも同様です。誰かのことを知ろうと思ったら、時間をともにして話をしながら何かに取り組んでみるのが一番だと私は思っています。
今回は、『材料費約1000円で自宅で打てる3~4人前そば』をテーマに紹介していただき、参加者全員がそばを打ち茹であげ食すまでを体験しました。3時間の研修はとても有意義なものとなりました。1にコミュニケーション向上、2に経験の幅を広げる、3に新たな学び、4に楽しみや幸せ。私がこの研修に求めた4つの思いは達成できたと考えます。
さて、年越しそばと言いますが、調べてみますと江戸の中期頃にこの文化の起源があるようです。いろいろ謂れはありますが、(1)健康祈願(そばの実は雨風を受けてもその後の晴天で日光が当たると元気になることから、健康への縁起を担ぐ)(2)長寿祈願(細く長いそばは、延命や長寿につながる)(3)厄払い(そばは切れやすいことから一年の厄災や苦労を切り捨てて翌年に持ち越さない)
今年最後の『校長の小部屋』への投稿となります。縁起の良いそばで締めくくらせてください。
本校に着任して9ヶ月を終えようとしていますが、空知っ子そのものを思わせる素朴で素直な生徒に出逢えたことに幸せを感じます。自慢できる生徒たちです。
すべての保護者等の皆様にお会いすることはできませんでしたが、PTA活動や説明会、行事のたびに足を運んでくれ、学校を応援していただいていることにお礼申し上げます。
本校の教育活動を多方面から支えていただいております地域の皆様に対しましても感謝申し上げます。
そして、熱心に教育活動を行い、陰ながら本校の教育環境を整えてくれているすべての教職員の力により今日を迎えています。ありがとうございました。
今年一年、大変お世話になりました。来る年がすべての皆様にとりまして、幸せで素敵な一年になりますことを祈念して、挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。
子どもたちが幼稚園に通っていた頃、家族で沖縄へ飛びクリスマスを過ごしたことがあります。日中は長袖シャツ一枚、陽が暮れても薄手のジャンパーを羽織るだけで街を歩ける暖かなクリスマスでした。地球規模で見たときの日本は本当に小さくて、北海道から那覇までの約3000キロもほんのわずかな距離なのに、こんなにも季節が異なるんだということを体感する旅になったのを覚えています。
二十数年前のことを急に想い出したのは、雪が少なく暖かなクリスマスを迎えたからかもしれません。24日(水)のお昼休みにこの話を書いているのですが(たいてい翌日掲載分を前日に書いています)、天気予報のとおり雨がぽつりぽつりと空から落ちてきています。5年ぶりの雨のクリスマスイブらしいです。
雨が降らなければランニングをして普段と何ら変わらない夕食を食べる一夜になりそうですが、せっかくなのでデジタルオーディオプレーヤからクリスマスソングを流し、ちょっとだけクリスマス気分を味わおうと思っています。昨日、デザイン系列の3年次生が制作したクリスマスリースをいただいたので借家に飾って。
生徒からいろいろなものをいただいていますが、小さなお手紙が添えられているのがとても嬉しいです。作り手の気持ちが受け取る側に伝わりますし、ずっと大切にしようと思わせてくれます。ちょっとした気遣いではありますが、なかなかそこまで気が回らないものです。私も見習わなければなりません。
先日JAZZレコードのお店でたくさんのレコードを自分にプレゼントした話を書きました。このお店のマスターはかなりの御高齢ではありますが、年に数回オランダまでレコードを買い付けに行っています。世界中の中古JAZZレコードが集められ、世界中のバイヤーがこぞって購入するとお聞きしたことがあります。マスターのお眼鏡に叶ったレコードが船積みされ、やがてそれらがお店に届き、マスターの耳、目、手で一枚一枚厳正な検盤を終えた後、お店に商品として並びます。
いざ販売という段階になると、マスターから「お待ちしております」と書かれたお手紙が届きます。マスターの顔を見に行きたいな、どんなレコードが並んでいるのだろう、探しているレコードがあるだろうか、などとわくわくします。手紙って人の心を揺さぶる何か不思議な力があるな、と感じるのは私だけでしょうか。
それでは素敵なクリスマスをお過ごしください。
冷え込んだ12月23日(火)の朝、この景色を眺めることができました。
管理棟4階の一番奥の窓から見える樺戸連山は、真っ白な雪に覆われその美しい姿を朝陽に輝かせていました。とにかく美しい。
この山を前にして、あまりにちっぽけな自身の存在を思い知らされるとともに、ちっぽけながらも精一杯生きていくことの大切さみたいなものを感じる朝になりました。何十年何百年何千年変わることなくそこにあることの偉大さに圧倒されます。
私はカメラを持った野山の散策はしますが山登りはしません。いつかはしたいと思うことはありますが、ランニング、読書、レコード、薔薇、映画・・・などすべきことが多々ある中ではその優先順位はどうしても下方に押しやられます。時間が2倍、身体が2つあるといいな、といつも思います。
ただ、山岳小説(山に登ることを題材にした作品)は大好きです。井上靖、新田次郎、夢枕獏、笹本稜平、湊かなえ、樋口明雄、下村敦史、各氏の作品はほぼすべて購入し読了しています。中でも笹本稜平氏(1951年10月9日 - 2021年11月22日)の作品は、山の美しさ、恐ろしさ、クライマーの心情、友情、孤独、愛、生きることのすべてを描き切っていて、考えさせられることが多々あります。自分の知らない世界だからこそ知りたいというのはありますが、どの作品も自分がその山にいるような感覚を味合わせてくれます。気になる方は是非手に取って読んで欲しいです。
私が山岳小説に魅せられる理由は、極限において究極の選択をする主人公の心情に惹かれるからです。私の人生における選択は主人公の選択からすると足元にも及びませんが、それでも何か迷ったときやどちらかを選ばなければならないときに参考にしたことが多々あります。
「ふたつにひとつ、どちらかを選ばなければならないのなら、あえて困難を極める道を選べ」山岳小説の中にあった言葉です。どの著者のどの作品だったかがわからなくなってしまいましたが(付箋を付けておくべきだったな、と後悔しています)、私の人生の選択において力強く背中を押してくれた大切な言葉です。当然のことながら本の中では困難な道を選択した主人公が最後にはその道を選択したことに間違いはなかったという形に収束していくわけですが、私自身のいくつかの選択も今振り返ると間違ってはいなかったなと思います。
この景色が毎日目の前に広がる - これは本当に贅沢です。生徒が過ごす教室は南向きの窓ですから、残念ながら見ることはできませんが、廊下を挟んだ向かい側の教室を使用するときは是非見て欲しいです。
在学中にとても素敵な景色を見ていたんだよ - 生徒が高校時代を振り返るときのキーワードになってくれればいいなぁと思っています。
今日は樹氷が見られるかもと思い、駐車場脇の針葉樹を見に行きました。予想したとおりでした。陽が上がると解けるでしょうし、明日からのクリスマスは雨の模様ですので、一日早くクリスマスの雰囲気にぴったりな樹氷の贈り物をいただき、得をした気分です。
クリスマスプレゼントはどうしましたか?誰かのことを想ってプレゼントを用意したり、事前に約束したプレゼントを買いに出掛けたり・・・私は、今年ランニングを始めた妻に相当早い時期にクリスマスと誕生日を兼ねたプレゼントを贈りました。妻からは大きな大きなプレゼントをもらいました。
もうひとつ、毎年自分にクリスマスプレゼントを贈っています。健康でいられた自分に元気に働くことができた自分に中古のJAZZレコードを何十枚もプレゼントします。インターネットで購入するのではなく、札幌にあるJAZZレコードを扱うお店に足を運び時間をかけて探します。物欲がほとんどない私ですが、レコードとなると別です。いくらあっても欲しい。これが私が私に贈る最高のプレゼントです。
誰かが心惹かれて手にしたレコードは、やがて何かの事情で手放され、世界のどこかを彷徨い、巡り巡って私の手元に収まります。ジャケットは擦り切れ、ライナーノーツは茶色く色褪せ、レコードもプチプチノイズが入る。でも、それがまたいいのです。何とも言えない浪漫を感じます。
廃盤になったアルバムを何年、何十年も探して漸く手にできることがあります。滅多なことがないとこうはなりませんが、唐突に巡り合うことがあります。私にとって最高の出逢いで最高の幸せを感じる瞬間です。
真空管に灯をとおし、ターンテーブルにレコードを載せ針を落とす。一手間二手間かかりますが、最初の音が鳴り出すまでのわずかなじり、ジリ、じィー - この時の緊張感がレコードの魅力のひとつかもしれません。
開会式の挨拶を頼まれていましたので、あれこれ言うよりも先に生徒の拍手から体育祭をスタートさせたい、と思っていました。ステージの上に立つとすべての生徒の様子が見てとれます。生徒全員が拍手してくれました。本校の生徒の良いところです。ありがたいな、と思います。
何故拍手か - 目立たない地味な仕事をして本日の体育祭に結び付けてくれた執行委員への感謝の気持ちを持って欲しかったからです。私がいちいち言わなくても気付いている生徒もいます。その一方で言われて気付く生徒もいます。割合的には後者の方が多いのではないでしょうか。
誰かがお膳立てしてくれたものに乗るのが一番簡単で楽です。そのような環境下に置かれることの方が実に多いです。起こしてくれる、夕食を準備してくれる、お弁当を作ってくれる、学校まで送ってくれる、洗濯をしてくれる、雪かきをしてくれる、風呂を洗ってくれる。考えてみると〇〇してくれることが多くないですか。そして、そのことが当たり前になってしまい、『感謝』をずいぶん遠いところに置き忘れてしまっていませんか。
お膳立てしてくれた人の苦労や努力を頭の片隅に置き、「ありがとう」の気持ちを持っていれば、文句やわがままは出てこないと思います。感謝の気持ちを持って行動することができます。逆に、自分がお膳立てする側の立場だったら何ができるだろう。両方の視点からものを見られる人になって欲しいと思います。
立派なことを書きましたが、単身赴任で生活していると反省することだらけです。お弁当作ってくれて「ありがとう」を言ってなかったな。朝夕の御飯を用意してくれて「ありがとう」を言ってなかったな。洗濯してくれて「ありがとう」を言ってなかったな・・・〇〇してくれることが当たり前化していた自分に反省しきりです。自分で何でもやらなければならない状況になって改めて気付くわけです。そういう意味では不自由なことが多いですが、単身赴任も悪いものではありません。
本日が体育祭最終日です(この話、昨日のお昼に書きました)。閉会式で私はもう一度全校生徒と拍手します。
執行委員へのお礼と感謝の拍手。クラスメイトと楽しく活動し成長できたことに拍手。最後の大きな行事で仲間の大切さを教えてくれた3年次生への感謝を込めた拍手。そして、体育祭を全員で楽しく終えられたことに拍手。最後に、閉会式まで25分の待ち時間を静かに待てた全員に拍手!!
「校長先生ぇ、クリスマスプレゼントでーす」生徒玄関ホールで朝のお迎えをしている私の横にひょっこり現れた2年次生の女子生徒から小さなカルトナージュを受け取りました。「デザイン系列の授業で作ったので、ペン立てとかで使ってくださいね」そう言うと3階の教室に向かって階段を上がっていきました。
(写真を一部加工しています)
お菓子と手書きの小さな手紙が添えられていて、「ペンを入れたり、コーヒーや砂糖のスティックを入れたりもできますよ!」と書かれていました。ペンを入れるとインク等の汚れがついてしまうので、飴やスティックタイプのコーヒー、お茶を入れようかなと思っています。クリスマスプレゼントありがとうございました。大切に大切に使わせていただきます。
一文字一文字丁寧に書いたお手紙をいただくのはとても嬉しいです。私くらいの世代の方ですと当たり前のように手紙のやりとりをしていたはずです。私は当時お付き合いをしていた女性とこまめに手紙やはがきのやりとりをしていました。今は指先をしゃしゃしゃーっと滑らせて、ボタンを押して相手にメッセージを届ける時代です。デジタル世代の高校生が、アナログチックな形で相手に気持ちを届ける・・・感慨深いものがあります。
週末自宅に帰る車内のラジオからクリスマスソングが流れます。胸ポケットに小型ラジオを忍ばせて走る夜のランニングでも、DJがクリスマスにちなんだ話をしていて傍らにクリスマスソングがかかります。美唄には持ってきていませんが、自宅の部屋の棚にクリスマスソングだけで構成されたJAZZアルバムが何枚か入っていて、どういう訳かこの時期だけはターンテーブルに載せてそれらを聴きます。この時期が過ぎると、また1年後・・・ずっとこれを繰り返しているような感じがします(真夏にクリスマスソングは聴かないですよね)。時期的に聴きたくなるのかなぁ。
大学時代のクリスマスは、友達と、たった一人で、恋人と、というようにいくつかの過ごし方をしました。バブル経済真っ盛りから崩壊までが私の学生時代と密接につながっていて、当時12月は日本中が浮き足立っており、ひとりぼっちで迎えるクリスマスには冷たい視線が注がれていたような雰囲気がありました。とにかく派手で賑やかに、高価なプレゼントを - これがバブル期のクリスマス。
年内の大学の講義が終わり、新年を迎えるまでの残されたアルバイトの日数を数えながら、下宿の6畳間で寝っ転がりながら小説を読んでいる、いつもと何ら変わらない時間の中に、クリスマスを過ごした夜のことを想い出しています。下宿生のほとんどは帰省し、しーんと静まりかえった建物の中で、私は私なりのクリスマスの夜を静かに過ごしていました。懐かしいです。
先週、自宅に帰るとクリスマスの飾り付けがされていました。子どもたちが小さかった頃は、狭い居間に不釣り合いな大きなクリスマスツリーを飾ったものですが、それもいつの間にか処分し、2つ3つの飾りを壁に止めるだけになってしまいました。それでも妻は妻なりにクリスマスの雰囲気を味わいたいのだろうなぁ。
今年のクリスマスも猛吹雪にならない限り夜のランニングを楽しみ、夕食を作り、いつもと何ら変わらない時間を過ごします。単身赴任期間5年目になりますが、毎年同じことを繰り返していますが、これができれば他には何もいりません。
皆様、素敵なクリスマスを!
本日、明日は体育祭です。この日のために長い時間をかけて執行委員が放課後遅くまで準備に勤しんでくれました。先輩たちが退任し、新体制になって初めての大仕事でいろいろと大変だった思います。まずは、ここまでの準備、ありがとうございました。そして全校生徒の皆さん、運営してくれる執行委員に感謝して楽しんでください。
どこの学校でもスポーツに親しむ行事を設置していますが、美唄尚栄高校の特長だな、と思うことにポスターが掲示されるというものがあります。執行委員が作成するのではなく、それ以外の生徒が心を込めて描く - これはそうあることではありません。過日実施した校内運動会のときにもポスターが掲示されたのを見て、真っ先に感じたことです。学校から与えられた行事だから何となく参加する、というのではなく、主体的に行事に参加するんだ、という生徒からのメッセージとして私は受け取っています。
生徒玄関ホールに掲示していますから、全校生徒の目に触れています。ポスターを見て何かが劇的に変化することはないとしても、「体育祭楽しみだな」、「練習しないとな」、「怪我しないように参加しよう」などと、人の心に確実に何かを芽生えさせています。これって、とても大切なメッセージです。ポスターづくりをしてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。私はこのような学校に勤めることができて幸せです。
体育祭の開催期間、そして終了した後に、クラスの団結力が高まったり協調性がさらに深まってくれることを期待しています。
体育祭の目的を今一度確認します。
『体力の向上及びクラスや年次間の団結力や協調性を養う。』
目の前のお花からほんのり甘い香りが漂ってきます。鼻を近づけると青い花が香りを放っています。リューココリーネというお花です。
野山を歩き花の写真を撮るようになった頃、花の名前が知りたくてずいぶんと高価な図鑑を買いました。撮った写真と見比べながら、名前を覚えていった記憶があります。ただ撮るだけではなくて、名前とセットで覚えていくのはそれはそれでまた違った楽しみがあり、結構のめり込みました。覚えた花のページは端を折り、まだ折っていないページの花との出会いを楽しみに図鑑を眺めていました。
今年のことになりますが、妻からスマートフォンが図鑑の役割を果たすことを教わりました。写真を撮ってその写真を検索すると、一瞬で花の名前がわかるというものです。毎年、春から初夏にかけて庭にさまざまな宿根草を植えるため、妻といくつかのお店を周りますが、隣接するガーデンに咲く花を見て、「この可愛らしい花の名前は何というのだろうね」と当てもなく言うと、妻がさっと花にスマートフォンを向け、「〇〇だって」と答えます。「どうしてわかったの」と聞くと、「Google先生が教えてくれるよ」と。そうなのか・・・そういう調べ方ができるのか、と。
先週、生けている生徒にこの花の名前を聞くと「リューココリーネです」と教えてくれました。それから週が明けこの話を書いているのですが、花の名前をすっかり忘れてしまい、写真を撮って検索すると「リューココリーネ」と瞬時に表示されました。そうだ、そうだった。AI、すごい。
花言葉 - 『あたたかい心』『信じる心』
『あたたかい心』 - 相手を思いやり、いたわる優しい気持ちや精神
『信じる心』 - 物事を真実であると受け入れる感情や態度
どちらもAIの回答になります。なるほど、と納得させられる言葉です。
翻って自分はどうだろうか・・・ある側面ではできているけれど、そうではない自分もいるなと思ったり。一人の人間として、そうありたいと願うところではありますが、私にはまだまだ手の届かない遠い遠い心の有り様です。
それでも若いときの自分からは考えられないくらい心は変わりました。歳とともに物事の見方や考え方が大きく変化し、何でも許容でき心乱すことなく穏やかに対応できている自分を感じています。不思議ですが、肩に力の入らないとても楽な生き方ができています。
華道部の活動の日、教室に足を運ぶと生徒は真剣にお花を生けておりました。与えられる花材は同じであっても生ける4名それぞれの個性が表れます。主役の花、引き立てる花などどれに主眼を置くかによって作品は異なります。本当に奥が深いです。
生徒はうーん、と頭を動かし配置を考えながら、さーっと生けていきます。先生が最後にちょっとしたアドバイスを与えて完成です。完成後、スマートフォンを向けて自分の作品を撮影している姿は、前にも書きましたが、とてもいいなと感じます。家に帰って保護者等に見せて(いや、今は見せるのではなく写真をしゃっと送る)くれたらさらにいいのにな、と思いながら見ていました。
一見簡単そうに見えますが、センス良くお花を生けるのは難しい、ということを私は経験的に理解しています。自宅の庭に咲く花々を花瓶に挿して室内でも楽しんでいますが、思うような形にできません。私はそうしたセンスを持ち合わせていないようです。「花を切ったよ」と妻に渡し、妻が花瓶に挿す、という分担になっています。
活動が終わった後、作者の生徒に連れ添って3名が校長室にやってきました。うち1名は華道部に所属していますが、もう1名は仲の良い友達。3名とも3年次生ですから、順調にいけばもう少しで卒業となります。3年次生とはここまで9ヶ月のお付き合いですが、どの生徒も私にきちんと挨拶をしてくれますし、話しかけてくれたり、逆に話しかけても嫌な顔もせず笑顔で応えてくれる・・・どの生徒も可愛らしく、3月のお別れのことを考えると寂しい気持ちが込み上げてきます。
「オレ、校長室初めて入ったぁ」とこそこそ話をしています。生徒にとってはなかなか入る部屋ではないのでしょうね。「結構、いろいろな生徒が校長室来るんだよ」と言うと、「えっ、そうなんですか、何しに来るんですか」と目を大きくしているのがこれまた可愛らしい。「話をしに来てくれたり、何か持ってきてくれたりね」「へぇーっ」
今日あったことを明日想い出すことはできます。でも、その記憶は時間の経過とともにどんどん薄れていきます。あったことのすべてを記憶として残すことはできません。「せっかくだから3人並んで写真を撮ってあげるよ、そしてこの写真をホームページに掲載するよ」と言うと、「オレ、華道部でないから関係ない」などと3名がふざけあっています。こうしたところも高校生らしくていいものです。きっと私にも同じようなことがあったのかもしれないな、思いながら写真を撮りました。
私が撮った1枚のスナップ写真が、3名それぞれの高校時代の記憶を引き出す何かになってくれるのであれば嬉しいですし、そんな願いを込めて撮りました(撮った写真は生徒にお渡ししました。すごく喜んでくれました)。
みんなが楽しみにしている体育祭が近づいてきました。体育館での練習にも熱が入ってきている頃だと思います。3年次生にとっては、高校最後の大きな行事となりますから、各種目の優勝を目指して盛り上がっているのでないでしょうか。
12月11日(木)放課後16時過ぎの生徒会室では、執行委員の面々がパソコンの画面をのぞき込み、体育祭の準備をしていました。新しい執行委員として初の大仕事です。成功させよう、と力を合わせ黙々と仕事をしてくれています。
おそらくほとんどの生徒はこの姿を知らないはず。本当は全ての生徒に執行委員の姿を見て欲しいのですが、それは難しいので校長の小部屋にて紹介させていただきます。
誰かがやらなければならない、誰かがやってくれないと成立しない - こうしたことはコミュニティの中で必ず起こってきます。みんながそっぽを向けば次のステップに進まないことはわかっていても、自分から積極的にその誰かになろうとはしません。真っ先に頭に浮かぶのは、面倒なことに足を踏み入れる必要がない、ということです。私自身もかつてはその一人でした。
意を決してその誰かになってくれる人がいるのなら、そこは素直に応援してあげなければならないと私は考えます。自分の代わりにやってくれていると思ったら、文句ではなく感謝の言葉しか出てこないはずです。私はそういう心を持つ人を育てたいと思っています。何かをしてくれたら「ありがとうございます」と言える人になって欲しい。
4月に管理職員の初の打ち合わせをしたときに、私は「ありがとうございます」を互いに言える関係でいましょうね、と言わせていただきました。人間関係を築き上げるうえで一番大切なことと信じているからです。これは現在も実践中でありますし、私がこの仕事を終えるまで大切にしたいと思っています。
「ありがとうございます」すごく簡単な言葉ではありますが、相手を尊敬し、相手に感謝の気持ちがなければそう簡単に言える言葉ではありません。ただ、自分のためにやってくれているんだ、自分の代わりにやってくれているんだ、と発想を転換すれば、自然と「ありがとうございます」は言葉として出てきます。
少し難しい話をしましたが、執行委員のこの姿を見たら、体育祭で思い通りにいかないことやジャッジのミス、負けたイラ立ちなど個人的感情によって、周囲に迷惑はかけられないな、と思うはずです。いい形で完結させるために自分はどうあるべきか、そう考えるはずです。試合に負けるより勝つ方がいいに決まっています。ただ、それよりももっと大切なことがある、そのことを生徒の皆さんには知って欲しい。そういう体育祭であって欲しいと願っています。
こんなに真っ白になってしまいました。
最近は、出勤前の除雪、帰宅後の除雪で1日2回の除雪をしています。管理職になって苫小牧と北見に2年ずつ単身赴任し、どちらも冷え込みの厳しい街ではありましたが、雪が少なく、年に数回の除雪をするだけで済みました。札幌の自宅の除雪もここ数年間はしておらず、ずいぶん楽をさせてもらっていました。そうしたこともあって冬の除雪という概念が私の中からすっかり消えていました。
道内でも有数の豪雪地帯である美唄。中空知出身の私ですが、美唄は違うぞ、と感じる今日この頃です。そのような中にあっても、生徒は毎日元気に登校しています。登校までの道のりで真っ白になりながら、生徒玄関をくぐってきます。「おはようございます」が交わされる生徒玄関ホールに立ち、私は「この子たちは逞しいな」と思いながらお迎えをしています。夏場は自転車でさーっと登校できても、冬場は徒歩になります。てくてく歩きながら何を考え学校に向かってきているのだろう・・・いつもそうしたことを思ってしまいます。
私は冬以外は自転車で通学していました。雨の日も自転車でした。混み合うバスの車内が苦手でしたし、何より空いた座席に座ると先輩たちから睨まれたり、直接文句を言われることが嫌だったのです。それなら乗らない、と意地を張ったわけです。でも、冬だけはどうしてもバスを利用せざるを得なかったのです。仕方ないとは言え、私にとっては苦痛でした。
自分は何を考えて登校していたのだろう - 当然のことながら想い出すことはできません。学校のことよりも、別なことを考えていたのかもしれません。高校を出た後のこと、家を出ることへのあこがれ、好きな音楽やレコードのこと、途中になっている小説の続きのこと、恋人のこと、次に買おうと思っている服のこと、札幌でのライブのこと、学校帰りのボウリングのこと、行こうと思っている映画のこと、でも勉強のことも・・・こうしたことを考えて通学していたのかなぁ。
さて、車を運転する者として道路を歩いたり走ったりする歩行者として、冬の路面状況は大変危険で注意が必要です。道幅も狭くなり、交差点に積み上げられた雪で見通しも悪くなります。
生徒の皆さんは、登下校はもとより外を歩くときは、周囲の状況を的確に判断し、自分の命を守る意識を今まで以上に高めてください。
本校の教育活動に対し、株式会社岸本組様(美唄市光珠内)からは多大な御支援をいただいており、直近ではポータブルクーラーと大型扇風機の寄贈がありました。感謝の意を込めた感謝状贈呈式を6月上旬に執り行わせていただいた際、短い時間ではありましたが、岸本社長様と懇談いたしました。私は厚かましくも建設業における最先端技術(ドローン技術)を生徒に触れさせたい旨の話をしました。
「持ち帰ってすぐに検討します」と引き受けてくださり、まもなく授業プランを作成して所属職員とともに私のところに来てくれました。外でドローンを飛ばし、校舎全景を撮影した後に3Dプリンタで校舎模型を作り上げていく、というものでした。想像を超えるプランでありましたが、本校の授業スケジュールの都合もあり、秋の実施が困難になり、冬場の実施になってしまいましたが、室内の授業プランを再構築していただき、昨日(12月9日)とうとう実現したわけです。
私は、ドローンを操縦することの楽しさだけを知ってもらいたいのではなく、ドローンが何のために使われ、ドローンを使うことによって何ができるのかを知って欲しい。そして、最先端技術を活用した建設業と働く方々の生き生きとした姿に触れて欲しい。そこで働く自分の姿を想像し、進路の在り方を考えて欲しい。こうした思いがあります。今回は、美唄尚栄高校、そして前身の美唄高校の卒業生も岸本組様の一員として来校していただきました。身近な先輩たちの姿を見ることができたのは生徒にとって大きな意味があります。
岸本組様が高校に出前授業の形で関わるのは初めてのこととお聞きしました。全社員の4分の1を超える方々が御多忙な中、本校の生徒のために時間を割いて来校してくれました。社長様を始めとするすべての方に、この場をかりましてお礼申し上げます。ありがとうございました。
本日の取組が単年度で終了するのではなく、持続可能な取組になるようにしていかなければなりません。生徒に興味を持たせ、将来美唄市内の建設業界で活躍してくれる人材を育成する責任も私たちには課せられています。
長男が真冬の花火大会のチケットを送ってくれました。今年も夏から秋にかけてあちらこちらで花火の打ち上げがありましたが、今年はシーズン中に見ることはありませんでした。自宅周辺でも、いくつかの高校の学校祭で花火を打ち上げていたものの、どーん、どーん、と音の響きだけを聞きました。車で数分のモエレ沼公園の花火大会も音だけ、ずっと向こうの豊平川の花火大会もどーん、という音だけに終わりました。
空知川の河川敷に面した小さなアパートに住んでいた頃、土手の向こう側で打ち上げられる真冬の花火を妻と二人で見たことがあります。おそらく何かのイベントの一環だったような気がします。つーん、と冷え込んだ空に広がる花火を震えながら見た記憶があります。空気が澄み切っているからなのか、それはずいぶん綺麗に見えました。
あれは学校としても本当に大変な時期で、先生方のほぼすべてが学校祭そのものを実施することに疑問を抱えるような状況下で、でも、生徒会の先生方を中心に「学校として初めての花火を上げるんだ」と奔走していた姿を今でも覚えています。当時、私は3年生の担任でした。6人の担任が集まり、こうしようああしようと、自らのクラスと学年の安定に毎晩頭を揃えて話し合っていました。これは1学年も2学年も同様だったと思います。
グラウンドに上がった花火。私は、この花火が学校が変わる起点になったと思っています。総勢750人の生徒と教職員が打ち上がる花火に心をひとつにしました。連続する大輪の錦冠菊(にしきかむろぎく)「しだれ柳」が最後静かに暗闇に吸い込まれた後、そこにいたすべてが大きな拍手を送りました。すれ違いだらけだった心がひとつになったその瞬間に私は鳥肌が立ちました。「あぁ、これで大丈夫だ」と。「生徒会はすごいな」と。
花火を見ると私はいつもあのときのグラウンドを想い出します。人生で一番心に残る花火です。この日、打ち上がる花火にやはりあの時の花火が重なり、苦楽をともにした先生方の顔まで浮かんできました。教え子は33歳になっています。
花火が終わった後、リフトに乗って展望デッキまで上がりました。札幌の夜がきらきら輝いていました。「昨日が満月だったんだよ。でも、綺麗に見えるね」月の満ち欠けを気にしている妻がそっと言いました。
白く輝く月はくっきり夜空のたなびきを演出していました。
その昔は至る所に公衆電話がありました。駅やバスターミナルには複数台設置されていて、利用したい人が並んで自分の順番が来るのを待っていました。出先ではなくてはならない大切なものだったような気がします。
長く通話するなら100円を、そうでなければ10円玉を握りしめて、最後の10円玉を入れたら残り通話時間3分。間違っていなければ市外への通話時間はもっと短かったと思います。あれはたしか、中学生に上がるくらいのときに(40年前)テレフォンカードが普及し始めました。500円分、1000円分のテレフォンカードをもらうと嬉しかった。
これだけ携帯電話が普及したので、公衆電話そのものに目がいかなくなったのですが、本校の正門を出て左側30メートルほどのところに電話ボックスが設置されています。雪が積もったこの日もガラス張りの空間の中に緑色の電話機が灯されていました。
私は毎日の通勤で電話ボックスの横を通ります。そのたびに電話にまつわる数々の出来事を想い出します。公衆電話に限ったことで言えば、大学時代の下宿に設置された電話機と下宿から50メートル先にあった電話ボックスです。
「一年は玄関先の電話機の呼び出し音3回以内に出ること」これが下宿のルールでした。20名ほどが居住する大きな下宿で、入学式前に私を含めた1年生が全員入居した夜に、狭い6畳間に集合させられて先輩から言われた最初の言葉でもありました。1年生は5人でしたので、呼び出し音が鳴った瞬間に5名とも廊下に飛び出して電話機に走って行くようなことが毎日でした。
下宿の電話機に先客があると、私は歩いて電話ボックスに向かいました。そこにも先客があると近辺をぶらぶら散歩して時間を潰しました。そうやって一台の電話機を利用しました。これは私に限ったことではなく、おそらくみんながそうだったと思います。
当時お付き合いをしていた女性と時間を決めて電話機でつながることが楽しみでもありました。「22時ちょうどに電話するから」という具合に。約束はほとんどが守られましたが、その晩だけは父親らしき人が出て、何が気に入らなかったのかこっぴどく怒られた記憶もあります。すべて懐かしい想い出です。
気になって総務省のホームページを見ると、公衆電話の設置についてこのように書かれていました。『社会生活上の安全及び戸外における最低限の通信手段を確保する観点から、公道上、公道に面した場所その他の常時利用することができる場所又は公衆が容易に出入りすることができる施設内の往来する公衆の目につきやすい場所に、市街地においては概ね1km四方に1台、それ以外の地域においては概ね2km四方に1台という基準に基づき設置される』とのことです。
昨日に続き、展示の話になりますが、この写真はいかがでしょうか。
浴衣、ワンピース、エコバッグ、ポーチ、ペンケース、ポケットティッシュケースなど、布細工が所狭しと展示されています。
デザイン系列で学ぶ生徒の作品が展示された可愛らしい空間(廊下)です。生徒玄関と職員玄関から少し離れた位置にあるので、来校する全ての方の目に留まらないのが残念です。この場所はこの場所として、何とかしてもうひとつ展示場所を動線の多いところにしたい、と考えています。
ここは、4月に着任して校舎の全てを見て回り、いいなと思った場所のひとつです。これは特色のひとつになる、と思いました。パーっ、と明るく広がりを見せる可愛らしい空間 - 素敵だな、と。勤務してきた学校、出張等で訪問した学校など数々ある中で、このスタイルは見たことがありません。自慢できる場所のひとつです。
自分で作ったものを多くの人に見てもらえる機会は、そう多くあるものではありません。生徒にとって素晴らしい経験になりますし、こうした展示を積極的に行ってくれる教職員にも私は感謝します。今年度、北海道教育委員会は『生徒を主語にした教育活動』を掲げています。私はこうした取組が実践のそのひとつであると考えます。
この先の人生、忙しさの中で多くのことを犠牲にしたり後回しにしてしまったり、いつの間にか忘れてしまっていたり・・・慌ただしさの中で見失うものの多さに気付くときがきます。何かの拍子に、?となり、自分に向き合うときが必ず訪れます。
自分に何ができるだろうか、自分は何かに挑戦できるだろうか、自分が一番やりたいことは何なのだろうか・・・そのときに自分の手でひとつのものを作った経験が生かされるときが来るかもしれない。どこでどうなるかなんて誰にもわからないわけです。
もう一度、高校のときに作ったバックを作ってみようかなぁ - このことがきっかけになり、作品をインターネット上に紹介し、誰かが興味を示し購入してくれるかもしれない。趣味からやがて起業につながるという展開だってあるかもしれません。
レールに乗るしかなかった生き方が、今は自分でレールを敷いて生きていく時代に様変わりしています。『探究的な学び』、『体験的な学び』を大切にしている意味は多々ありますが、そのひとつに、「たったひとつの経験が自らのレールを敷き、生きていくことにつながっていくんだ」ということを生徒には知っていてもらいたいです。
高校時代に素晴らしい経験ができている自分を誇りに思ってください。
生徒が作ったものをみんなが見えるところに飾ったり掲示して欲しい、と何度かお話しました。最初は先生方も遠慮気味でしたが、廊下を歩くとたくさんの作品を目にすることができ嬉しいです。私よりも生徒が一番嬉しいと思います。
学校のことや生徒のことをこのブログ内で褒めるのもどうだろうか、と思いながら書きますが、生徒は誰一人として作品にいたずらするようなことがありません。8ヶ月様子を見てきていますが、皆無です。そんなこと当たり前でしょ、と思われるかもしれません。しかし、学校現場においてはこれが当たり前ではないということを私は経験的に理解しています。どこかがちぎられていたり剥がされていたり、引っ張ったり外したり・・・小さないたずらを私はたくさん見てきました。
過去に遡り、小さなほころびを見逃すことなく生徒を育ててきた教職員の賜だと思っています。いつまでもいつまでもこの状態が続いていくように、私たちは教育活動を行っていかなければなりません。
朝一番、そして、下校を迎える時間、私は生徒玄関に足を運び、ツリーのイルミネーションを点灯させています。多少の電気代はかかるかもしれませんが、輝くクリスマスツリーのもとに登校、下校して欲しいのです。気持ちのざわつきがもしかしたら穏やかになるかもしれない - そんな願いを込めて点灯させています。
12月1日(月)の放課後に、生徒会執行委員と担当の教員が中心となって飾り付けをしてくれました。私の身長(180センチ)を超える大きなクリスマスツリーです。飾り付けしてくれた皆さん、ありがとうございます。生徒玄関は、生徒が必ず2回通るところですから、クリスマスツリーを見て、毎朝毎夕気持ちがほっこりしてくれたら嬉しいです。私も嬉しくなって、2日の朝に記念写真を撮りました。
大人にとっては気にも留めない小さなことかもしれません。でも、多感な生徒にとっては大きなこと。私はクリスマスツリーの展示に大きな意味がある(信仰する宗教等の話は抜きにさせてください)、と思っています。いつからこの取組が始まったのかは確認していませんが、思いつき実行した最初の誰かを私は尊敬します。『生徒の喜ぶ姿を見たい』『生徒のためにやってあげよう』その思いが、こうして現在に至っているのですから。
生徒と教員の信頼関係の構築は、小さなことの積み上げです。生徒のためにやってあげられる小さなことを重ねていけば、それはやがて学校全体の雰囲気をも変える、そう信じています。
玄関に立っていると「クリスマスツリー飾ってくれたんですね」と生徒たちが私に話しかけてきます。きっと嬉しかったんだと思います。執行委員の生徒が登校してきたときに、「飾り付けありがとう」と私はお礼を言いました。いい笑顔で「はい」と返してくれました。
学校祭の終わりに先生方が集まった会で、12月にクリスマスツリーを展示することを聞きました。私はそこでひとつのアイデアを提案しました。そういうことがあってもいいよね、と。それが(ここでは書きませんが)実現するのかしないのかはわかりませんが、何か生徒に考えさせたらどうだろうか - ひとりそんなことを思っています。本校の生徒であれば安心してひとつ預けてやらせてあげていいだろう、と。
子どもたちが小さい頃、私が設計、製作したロボット工作をクリスマスプレゼントにしていました。まだ、何もわからない二人はセンサーの反応で走行するロボットをきゃっきゃっと床を這いながら追いかけていました。最後は線が切れて、シャーシが壊れて、というのが定番ではありましたが、20年以上も前のことがつい昨日のように思い出されます。私の手づくり電子工作プレゼントを喜んでくれた期間はあまりに短く、次は宇宙戦隊ロボット、野球盤、電子ゲーム機、テレビゲームのソフト、そして最後は哀しくもお小遣いになり、高校を卒業し家を出て行きました。
親父が何か作ってクリスマスプレゼントくれたよな。そのことを二人が覚えてくれていれば嬉しいのですが・・・またまた私のエピソードを書きました。
30万アクセスを迎えることができました。今後も本校の教員が、ホームページ、インスタグラム、noteを更新してまいります。お時間のあるときにお読みになっていただけますと幸いです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
昨日、午前中から午後まで美唄市内は強風が吹き荒れました。生徒が下校時刻を迎える頃には風は収まりましたが、校長室の窓ガラスはバタバタガタガタと割れんばかりの音を立てていました。
あっという間に12月です。今年も残すところ、というところになりました。生徒玄関に立ち、生徒を迎えていると、「今年もあと30日になりましたね」と1年次の男子生徒がニッ、と笑いながら私に話しかけてきました。「あと、30回寝たらお年玉がもらえるね」と私が言うと、「お年玉楽しみですねぇ」と言いながら階段を上がっていきました。4月、5月はどことなく中学生の雰囲気が残る1年次生でしたが、今ではすっかり高校生の顔になりました。みんな成長しました。
「おはようございます」と先に生徒から挨拶してくれるのが嬉しいです。これが当たり前のようで意外とそうでもないのです。学校の様子は、生徒の挨拶、生徒玄関の下駄箱の使い方、教室の整理整頓でほぼわかります。これができていないと次の段階(授業、行事)に進みません。長い時間をかけて積み上げてきた結果が現在であり、これを維持するとともに、現状に満足せずに更なる高みを目指して教育活動を行わなければなりません。
話はつながりませんが、昨晩のこと。風が止み、雨が上がったのを機に外に出ました。誰もいない美唄駅のホームです。もしかすると今晩から冬景色のホームに変わるかもしれません。
土曜日の夕刻、第69回全道学校書道展(札幌市民ギャラリー)に本校生徒の作品が展示されているので、妻と一緒に見てきました。小学生から高校生までの作品がずらり並び、見つけるのにかなり時間がかかりました。足を運んで自分の作品を見てくれていたら嬉しいな、と思いながら、でも、わざわざ札幌までは遠いだろうし・・・我が子の作品を是非保護者等の方に見て欲しいです。この写真から伝わればいいのですが。
今回展示された人もそうでなかった人も、作品づくりをしているときの自分を思い返してみてください。その時間だけは余計なことは考えず、集中して、無心に筆を走らせている自分がいませんか。
先を見通すことが困難な時代、複雑な人間関係の中で生きていますから、頭の中では常にあれやこれや考えてしまっています。見えない答えに不安を抱えたり、時間の流れについていけず疲れたりします。私も同じです。
私は過去に体調を壊した経験から、あえて考えない自分づくりを大切にしてきました。今も実践中です。物事に向き合わず逃げるということではなく、考えても答えが出ないもの、考えても仕方ないこと、考えても堂々巡りすること、考えても負のスパイラルになることについては、一切考えないことにしています。心に決めてその日から考えない自分になれたか、というとそうではありません。相当な時間がかかりましたが、そうするために、好きなことに集中する(無心になる)時間を一日の中に持つことを意識し実践してきました。それが功を奏したのか、今では肩に力の入らない楽な生き方ができています。
先ほどの話に戻りますが、書道はまさにそうした時間が作れる絶好の機会ではないでしょうか。一人ひとりの集中と無心が作品の全てになっている - そういうことを考えて作品を見ると、見方が変わると思います。
本日がテスト最終日。これが終わったら・・・と考えながら、この期間を過ごしてきたはず。部活動のスタート、来月の体育祭に向けた練習、アルバイト、まずは寝る、受験に向けた準備再開、友達の家へ、何かを一緒に食べに行く、などなど、それぞれの時間を過ごすのだろうな。テストが終わるのって、嬉しくて何故かわくわくしますよね。そんなことを思いながら、私は後ろからそーっと教室に入り、写真を撮らせていただきました。
さて、これが最後になるだろう(本当にそうなりました)と決意して受け持ったクラスの最後の文化体育大会。体育系種目にソフトボールがあって、そこでの優勝を目指し(24クラスの乱戦ですから優勝はすごいことです)、私の知らないところで生徒たちが集まって秘密の練習をしていました。そのことを知ったのは大会の数日前でした。「先生、オレたちね、実は朝とか夕方集まって練習してたんですよ。電子機械科の奴らに勝って優勝しますからっ、優勝したらみんなで焼き肉やりましょ、先生お金出してくださいよ」(残念会の焼き肉はしませんでしたが、卒業式前日に生徒がお店貸切の手配をして、卒業祝いの焼き肉をみんなでやりました)
学校の外でグローブやバットを持って集まり、わいわい楽しみながら練習していることが、とにかく嬉しかったです。どこに集まっていたのかはわかりませんし、どんな練習をしていたのかも定かではありませんが、こうしたことが高校時代の良き想い出として生徒たちの心に植え付けられるわけです。やがて、大人になりどこかに集まったときに、「あの時練習したけど、勝てなかったよなぁ」と懐かしむことができる - 今はわからないだろうけど、ずっと先にこのことがわかるはず。私はそう思って見守りました。
教室で見せる顔とは違った姿がグラウンドにありました。失敗を責めない前向きな言葉やスイングに一喜一憂する表情、ファーストベースに全速力で走る姿、ホームベースを踏むごとの歓声、勝った感激に抱き合い飛び上がる姿・・・生徒一人ひとりの成長を感じた瞬間でもありましたし、そのすべてが愛おしい時間でした。そうした姿を見ることが私は大好きでした。
3年間、いいことも悪いこともたくさんありました。人と人が接触する学校は毎日がドラマであり、何も起こらないことはまずありません。私は起こらないことを望むのではなく、ドラマの脇役(主役は生徒です)として起きたことに誠実に向き合うことを意識してきました。実にさまざまな出来事がありましたが、その一つひとつが生徒一人ひとりを成長させ、教師としての私も成長させてくれました。特に最後となった担任業務の3年間は、40人が私にたくさんの宝物を授けてくれました。この仕事は、生徒に感謝なんだ、と思います。
テストの終わりに昔を懐かしませていただきました。
先日、誕生日を迎えました。東京に住む長男からはLINEギフト(時代を感じます)、次男(社会人1年目)は夕食代を持ってくれ、妻からは手袋ともうひとつ大きなプレゼントをもらいました。母からは毎年、お菓子とお祝い金が送られてきます。弟たちからはお祝いのメールが。幸せな55歳の誕生日になりました。
ひとつずつ歳を重ねていきますが、気持ちだけは20代、30代。ただ、肉体的にはそれなりの状態であることは否定できません。先日、ランニングウォッチが、何かの拍子にデータ解析したようで、いきなり40代前半である旨の画面を表示し、よしよし、と嬉しくなりました。どこかで測定してもらった血管年齢が60代と言われた妻が、あまりに失礼すぎる、とぷんぷん怒っていたのを思い出し、あまり得意にならないように小さな声で妻に伝えた次第です。
さて、私の弟たちもみんな50代になりました。不思議な感じがしますが、電気技師、ピアニストとしてそれぞれ活躍しています。父が早くに亡くなったこともあり、私は父親代わりであるとの意識をうっすらと持ちながら生きてきました。特に何かをしてきたわけではありませんが、幼き頃から父に「お前は長男なんだから」「長男らしく」と言われ続けてきたことも、そうさせた理由かもしれません。当時、私は大学生で、二人は高校生でしたから、いろいろと不便はあったのだろうと思いますが、さまざまな困難を乗り越え、今では私より立派に生きています。
何かあれば大学時代に戻りたい、と思っていましたが、もうそう思うことはなくなりました。私は静かに今の自分を受け入れ、50代である自分を楽しみながら生きています。その年齢を楽しむ余裕ができたのかもしれません。50代、それはそれでなかなかいいものです。
母からもらった小さな包み - 母からすれば私はいつまでも子どもなんだなぁ・・・そう思いながらこれを書いています。私にとっての誕生日は特別です。普段はゆっくり考えない母のこと、妻のこと、子どものこと、弟のこと、そして自分のことに思いを馳せる貴重な一日となります。
皆様の誕生日はどのような感じでしょうか。
授業の中でそばを打ち、できあがったそばを私のところに。味と風味を感じて欲しい、ということで音威子府産新そばと昨年の幌加内産そばを分けて持ってきてくれました。授業の中でそばを打つのは今年度初めての取組とのことです。この先も続けて欲しいです。今年のものと昨年のものでは、香りも味もこんなに違うんだなぁ、と思いながらいただきました。ありがとうございます。
私はそばは打てません。室蘭の高校に勤務していた時に、学科の研修旅行で一度だけ打ったことがありますが、それ一回きりです。持ってきてくれた生徒は家でもそばを打って家族で食べているとのこと。そんな生徒を私は心から尊敬します。
美唄尚栄高校はどんな学校何だろう - 私は衣食住をひとつに学べる学校と考えています。物事の基本や成り立ちを知る(文理教養)ことを土台にして、衣(デザイン)食(フード、デザイン)住(情報通信マネジメント、メカトロ・エンジニア)、つまり、人が生きていくために必要なことを学ぶ学校。そのすべてが揃った学校はそう多くはないはず。
人が生きていくための根幹になる『食べる』ことについて思いを巡らせるとき、食べることは基本中の基本ではあるけれど、食べる前のことができるかできないか、如何でしょう。自分で食材を選んで購入し自分の手でつくる。できる人できない人、している人していない人・・・そう簡単なことではないのではないでしょうか。
難解な問題を解ける力も必要かもしれませんが、私は人が生きていくために必要な知識と技術、技能を高校生の段階で身に付けることは大切だと思っています。私自身、高校生の時にこのようなスキルを身に付けていたらもっと違う人生があったかもしれない。退職後に専門学校に通うことをイメージしている私にとっては、60歳から身に付けることではなかったかもしれないな・・・と思うところです。早ければ早いほど良かったと。
「あなたたちは、長い人生の中で何かやろうと思ったとき、そばを打つお店を持ったり、パンのお店、ケーキのお店を持ったりできるよね、今習得している知識でそうした生き方を選択することができるよね。それって誰もができることではないからすごいことだよね。あなたたちがうらやましいよ」二人に話をしている自分がいました。
決して無責任な発言ではありません。もう、セオリー通りの生き方が求められる時代ではありません。いろいろなことに信念を持ちって挑戦し、実現していける時代です。今のスタンダードが、半年後、1年後、2年後には時代遅れになっている可能性もあります。レールに乗っていることだけが必ずしも安定を生むとは限らない時代になっています。
11月8日の記事「生活に生きる書 教室名を作成」で投稿しておりますが、「教室名を筆文字で書いてみる」という生徒の発案により、管理職に向けたプレゼンが行われました。私たちはこういうことをしたいのです、という強いメッセージが、我々管理職にも伝わり、是非お願いします、ということになりました。その後の様子です。
少し時間ができたので、タブレットを持ちながら3階と4階で行われている授業の様子を見て歩きました。私はいつも遠慮することなく教室の中にずかずか入っていきます。生徒も慣れているので別段驚くこともなく、いつも通りのスタイルを貫いています。私に手を振る生徒、こんにちはと声をかけてくる生徒、ぺこり頭を下げる生徒、居眠りの生徒・・・それがまた自然でいい。こういう所が本校の生徒の良いところで可愛らしところ、と思っています。どのクラスも落ち着いた授業が展開されていて、生徒は安心して学ぶことができる環境にあることもPRさせていただきます。
さて、熱心に筆を走らせる生徒が3名。書いて書いて書き続けている。ゴールは自らが納得したとき。完成ではなさそうですが、これだけ心を込めて丁寧に書かれたものならば、プレートが掲げられたときの重みを感じます。途中の過程を見ることができて本当に良かったと思いました。下の余白に自らの氏名が刻まれたプレートが校舎内に残るのっていいですよね。こんな素敵なプレートがある学校は日本中どこを探してもないのではないでしょうか。(写真の氏名は加工しております)
3年次生はまもなく高校卒業のゴールを迎えます。ゴールテープがちらちら見え始めてきている。私は3年次生とはここまで約9ヵ月のお付き合いしかありませんが、その間にも生徒一人ひとりが直面した課題や経験の一端を見聞きしています。楽しかっただろうな、辛かっただろうに、よく登校してきているよね、悲しみをどのように笑顔にかえているんだろ、社会に出る不安でいっぱいでしょ、このまま卒業しないで高校生でいたいよね・・・
みんなそれぞれに多くのことを抱えて生きている。私は生徒からそのような心の叫びみたいなものを感じ、いつも勝手に胸を目頭を熱くしています。私も高校3年生、たくさんのことを抱えて生きてきて、それと重なる部分がたくさんあって、でも、何とか乗り越えてきました。みんなも乗り越えられるはずです。
誰かの心のこもったメッセージは、受け取る人の心にじゅわっと奥深いところまで染み込んできます。必ず伝わります。心を込めて話す、心を込めて聴く、心を込めて想う、心を込めて受け止める、心を込めて書く、心を込めて・・・
いつか心を込めたプレート文字が完成し私のもとに届けられるのでしょう。そのとき、私は生徒の想いや願いをしっかり受け止め、感謝の気持ちで受け取ろうと思っています。
本日、不在となりますので、タイマー設定でこの記事を更新いたします。
いつも御訪問いただきましてありがとうございます。
11月18日 19時34分 美唄駅
私は、やはり、今夜もランニングシューズ(冬用)を履いて外に出ていました。
退勤時、職場から借家までの数百メートルを歩きながら、これからの晩御飯のことを考え、それを終えた後のランニングをどうするかを考え歩いていました。道路はこのとおり滑るし、寒いし、疲れているし、転んだら怪我をするし、面倒だな、どうしようかな・・・外に出ない理由をいくつも頭に並べて借家に到着です。
毎日ランニングをしている私でも、毎日走る走らないの葛藤をしています。軍配はいつも『走る』。どうでもいいような葛藤ではありますが、このことを13年間毎日繰り返せている自分はある意味幸せなんだろう、と思ったりしています。ずっと昔は、「えっ、走るの?こんな時間から」と妻に言われたものですが、 その言葉はいつの間にかなくなりました。「いつ帰ってくるの」「10キロだから1時間後」「その頃に合わせて風呂入れておくから」「わかった、お願い」
葛藤の末に走ると必ずいいことに巡り会えます。だから、やめられないのです。走らなければ見られなかった一瞬の景色は、お金に換えられない満足感を与えてくれる。これを知ってしまったが故のランニング。人はありきたりの景色じゃない、と言うでしょう。当たり前の日常でしょ、と言うでしょう。でも、私には感動的な景色です。外に出たことが正解だったな、と毎日思わせてくれる。私の感動した気持ちがこの写真から伝わればいいのですが・・・
作り上げる美しさよりも、そこにあるそのものが一番美しいのではないか、と思っています。まだまだ美唄の一部分にしか触れていませんが、町の名のとおり、美しい、です。
札幌の自宅は、徒歩3分、250メートルのところにJR駅があり、私の生活に密着していることもあり、行く先々で駅のある風景、電車が往来する風景が気になります。美唄を拠点としたランニングはいつも駅の界隈を走るコースになっています。
本校のホームページですが、一昨日から昨日の24時間で4500アクセスをいただきました。本校の教育活動を教職員が熱心に更新しております。これからも御覧ください。よろしくお願いいたします。
毎日デスクのお花を眺めています。花好きの私、ただそれだけで嬉しいです。
どうですか、この写真。こういう見方をすると違った世界を感じませんか?知らなかった世界が見えませんか?私の趣味とする写真やカメラのことはいくつかの話の中で書いてきたところですが、風景写真だけではなく、クローズアップした花の写真を撮ることも大好きです。
マクロレンズ越しに見る世界に魅力を感じたのは30代半ば。以後、花を求めてずいぶん野山を歩きました。私の山歩きは頂上を目指すものではないので、名もない裏山でも構いません。途中に咲く花が見られればそれでいい。足元に咲く花を撮影して、そこで満足したら入口だろうが三合目だろうが下山です。頂上を目指す人もたくさんいるのに、人って目的がさまざまで、それぞれ違っていておもしろいですよね。
作品の全体像は先日お見せしましたが、ここだけに着目した今日の写真と比べてみてください。全体からは見えなかったひとつ、しかもそのひとつを構成する細かな要素にまで目が行き届く・・・おもしろさがわかりますか。
学校も同じです。廊下から教室を覗く。そこには30人の生徒がいます。一歩教室に踏み込み、一人の生徒を見る。遠くからは見えなかったものが多々あることに気付く。私は『一歩踏み込む』ことを大切にしてきました。
26歳から30代半ば、出口が見えずあのどうしようもないどんよりした時間の中で、私は多くのものを見失ってきました。何を目指し何が大切で何を間違ったのか。これから自分は何を頼りに何を身に付け何をすべきなのか。辞めるべきか続けるべきか・・・重たいカメラバックを肩に提げ、三脚を左手に、首からぶら下げたカメラに縋って野山を歩きながら、そんなことを自問自答し写真を撮っていました。
望遠レンズでお花を引っ張ってくるのではなく、ゆっくり腰を下ろし、足元の小さな花に顔を近づけ目と鼻で感じ、マクロレンズをとおして一枚に納める - その繰り返しの中で私はぼんやりとした何かを掴みました。マクロレンズの世界の中に、暗闇だった空間にうっすら光が灯り、出口出口へと私を誘ってくれました(体調が良くなるまでにはそこからさらに5年ほどかかりましたが)。振り返ると本当に苦しい経験をしてきたな、と思います。いらない廻り道、でも、それはそれで良かったかも、と思ったりもしています。
遠く離れて外側だけから見るのではなく、思い切って一歩踏み込みそこだけに着目して見てみる。
考え方だけではなく、生き方さえも変える出来事になる・・・私自身の経験談です。
先日、学校見学会に参加していただいた美唄市立東中学校2年生に、メカトロ・エンジニア系列で製作したアクセサリーをお渡ししました。これを見て、私は『合格絵馬』ならぬ『合格かなうさ』だと思っていますが(どうか御利益がありますように)・・・
本校には公式マスコットキャラクター『かなうさ』が登録されており、私はこの『かなうさ』を何とか活用できないものか、と着任早々思案を巡らせ現在に至っています。北海道内の公立高校で公式マスコットキャラクターを持つ学校はそう多くないはずです。私自身本校で7校目になりますが初めてです。
他校にはない特色、せっかくのキャラクターなのだから活かすべきだ、と。せめて、美唄市にお住まいの方には「あっ、かなうさだ」と認知してもらえるくらいにはしたい、そう思っています。何か名案がありましたら御一報お願いいたします。
以前、デザイン系列の生徒が『かなうさクッキー』を焼いて私に届けてくれましたが、この写真の作品も本校の設備を活用して作られています。お金をかけて業者に発注するのではなく、あれこれ考えながら手づくりで、というのを大切にしなければなりません。そこに大きな意味があります。
さて、話は変わります。昨日も書かせていただきましたが、ホームページやインスタグラムを更新するにあたり、私は基本的に、美唄尚栄高校に通学している生徒とその保護者等が閲覧してくれるものでなければ、地域の方々は閲覧してくれないと思っています。身内が認めないものを他者が認めてくれるはずはありません。本校の生徒一人ひとりがフォロワーになってくれて初めて地域の評価に結び付くものと信じます。
小さなことでいい。極端なことを言ったら「今日雪が降りました」のタイトルで写真を一枚掲載し、1行文章を添えた日記をホームページにアップする。わずかそれだけでも、本校の様子をお伝えすることができる。だから、歩けば至る所に記事は転がっています、と私は先生方にお話ししています。
オホーツクのある高校の校長先生が支部の教頭会の講義の中でこのようにお話ししてくれたのが印象的でした。「インスタグラムを立ち上げたら、わずか数日で全校生徒のほとんどがフォロワーになってくれて、そこから口コミで一月も経たないうちにあっという間に1800くらいになったんですよ」学校を応援したいからそうなるんだよなぁ、私はそんなことを考えながら話を聞かせていただきました。自校も何とかしないとダメだと思い、すぐに先生方とインスタグラムを遅まきながら立ち上げ校内研修を行いました。
生徒と保護者等の学校満足度を高める方策は山ほどあります。そのひとつとして「かなうさ」を活かしたい。そのために、まずは生徒と保護者等の方に「かなうさ」の存在を知ってもらわなければなりません。クッキー、アクセサリ、次は。
どうするか・・・みんなで考えなければなりません。
11月13日(木)15時47分 雨上がりの夕暮れ
赤く染まってゆく西の空と水たまりのグラウンド - これが私の席から見えた景色です。
太陽の光にはさまざまな色が含まれていて、空が青く見えたり赤く見えたりするのは、太陽の光が大気を通り抜けるとき、大気中の窒素や酸素の分子にぶつかり散乱するからで、その光が空に広がります(理科の先生、合っているでしょうか)。夕暮れ時は太陽の位置が低くなり、太陽の光が地球上の大気を通る距離が日中よりも長く、青い光は散乱し赤い光は残って見る人に届くことから空が赤く見えます。
空は偉大なんだよぉ、と祖母が言うものだから、私は小学生の頃から空を見上げてお願いごとをしたり、空にまつわる詩を書いたりしていました。私は一風変わった子どもだったと思います(周りでそんなことをしていた子どもはいなかったので)。担任の先生に「他の生徒とずいぶん様子が違うようだ。専門的なところで診てもらったら」と言われ、かなりのショックを受けた、と母が昔に話してくれたことがあります。
この日もいろいろ考えながら夕焼け空に語りかけていました。答えは返してくれませんが、私のやることをすべて見守ってくれているような気がしました。これ以上望むことはないな、と妙に自分を納得させ、放課後の校舎の見回りに出発しました(この後の出来事が昨日の校長の小部屋につながります)。
さて、4月23日(95,730)からホームページカウンタをノートに書き込んで現在に至っています。11月14日(金)の朝から17日(月)の朝にかけて、実質3日間ですが11,304件のアクセスがございました。年内の30万件アクセスも見えてきました。
先日も書かせていただきましたが、読んでくれている方がいるということは、ホームページを日々更新する本校の教職員にとりましても大きな励みになります。
インスタグラムとnoteへの記事も投稿しております。是非御覧ください。
今後ともよろしくお願いいたします。
11月13日(木)の放課後のこと。
16時くらいにHR教室のある棟を歩きました。放課後は生徒の本当の姿が見られる時間なのでおもしろいです。今でも記憶に残っていますが、受け持ったクラスの生徒と過ごした放課後はとにかく楽しかったです。
お付き合いをしている他校の女の子のこと、アルバイト先の出来事、オンラインゲームでの対戦のこと、音楽談義、悩み相談、部活動の様子、ファッション、髪型・・・朝のおはよう、帰りのさよならだけでは見えない本音の高校生の姿がそこにはありました。その中にいる自分もまた高校生に戻ったかのようで、その世界観に幸せを感じていました。
ほとんどの生徒が下校している教室はとても静かです。でも、数名の生徒が教室や廊下に集まって何やら楽しそうに話をして盛り上がっています。それぞれのグループや仲良しがあるのでしょう。ノートを広げている生徒に何事か話しかけている二人。教室に入り「何をしているの」と聞くと、「テストがあるので勉強してました」ノートには英文がびっちり書かれていました。いきなり二人が「飴なめてたらダメじゃん」「なめてないよ」と行ったり来たりのやりとりをしだし、きっと私に何か言って欲しいようでふざけ出す。
廊下では4人がスマートフォンをのぞき込んで話しています。「なになに、何してるの」と聞くと「ゲームです」と画面を見せてくれました。「ここの4人はこのゲームが好きで、この中に出てくるキャラクターの中にそれぞれの推しがいるんです」短縮用語が飛び交い何が何やらわかりませんが、とにかく仲良く楽しくやっているので、それはそれで良し。
放課後の様子はあの頃と大きくは変わっていない、同じなんだ、といつも思います。それにしても、授業等で接することのない私が突然教室に入り、話しかけても何一つ嫌な顔をせずに会話してくれることもびっくりです。
さて、普段照明のともらない教室から光が漏れています。覗いたら華道部が活動していました。月一回校長室に作品のひとつが届けられるのですが、生けているところを見たことがなかった、しまった・・・月一回の活動なのでチャンスを逃していたとは言え、盲点だったな、と反省しつつ教室の中へ。講師の先生の指導を受けながら、生徒がお喋りしながらお花を生けていました。
完成後、自分で生けた作品をスマートフォンで撮影しており、その姿を見てなんだか嬉しくなりました。自分の作品なんだよ、という想いがその行動から垣間見えたからです。心を込めて生けたから愛情や愛着がわく・・・上手綺麗云々の前に、それ以上に大切なものがある。私はそこを大事にしたい。生徒の心に大切なものがしっかり育っている。嬉しかったです。
「どのようなイメージで作品づくりをしたの」と聞きましたら、「いつもは横に広がってしまうので、縦にすーっと伸び上がっていくのを意識しました」と答えてくれました。その言葉のとおりの作品です。「私、校長の小部屋見てます」とも言ってくれました。嬉しいの連続です。
その作品が私のところに届けられました。デスクに置き、正面から横から上からと眺めています。またまた贅沢をさせてもらっています。ありがとうございます。
11月13日(木)美唄市立東中学校の2年生全員と校長先生並びに関係の先生、保護者等の皆様をお迎えし、学校見学会を実施いたしました。先日は美唄中学校の皆様に来校いただき、本校にとりましても地元にある高校(美唄尚栄高校)をPRできる素晴らしい時間になりました。
地元にあっても学校の中に入れない、どのような雰囲気の学校なのかわからないなど、同じ地域にある義務高と高等学校はまだまだ遠い存在なのかな、と思っています。そうした中でも本校は長年、小学校と中学校と連携した教育活動を展開しておりますので、もっともっと交流が盛んになる取組を検討しなければならない、と考えているところです。
学校見学会につきましては、PRは本校の生徒が行いますので、このような機会は生徒を成長させる場になります。まさに両者にとってWin-Winです。東中学校並びに美唄中学校の両校が年間授業計画の中に、美唄尚栄高校見学会を盛り込んでいただいておりますことにこの場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございます。
歳を重ねてわかったことがあります。あくまでも私自身のことではありますが、近くのものを見ず、遠くのものばかりを見てしまっていた - このことを最近特に感じるようになっています。人はそれぞれに目指すものがありますから、今より便利なところ、出世、ブランド、肩書き、お金・・・など先を見続けて生きていく、私も空知の地元を捨てて地方に出て行った人間です。大学に入ったとき、これで故郷から離れられる、そしてもう故郷で生活していくことはないだろう、と思いました。そのとおり故郷を顧みることなく生きてきました。一方ですぐ下の弟は地元を大切にして生きている・・・この違いを私はどうしても考えてしまいます。
管理職として五十代を迎えた小樽、そして本校に勤務し、生徒たちの総合的な探究の時間の活動を見ていく中で、地元を粗末にしてはいけなかったんだ、という気持ちにさせられている自分がいます。空知に住む母親のことは常に気になるけれど、故郷の発展や将来という視点がまるっきり欠けていたことに気付かされました。遠くを望むことは決して悪いことではないと思いますが、そのことによって近くのものを見失っていたわけです。
美唄市は小さな町ではありますが、そこに住んでいても意外と知らないことが多いと思います。今回の学校見学会もそうです。冒頭で私は「美唄尚栄高校に今回初めて入った人」と訪ねたらほとんど全員が手を挙げました。こんなに近くにあっても遠いんだな、と。
総合的な探究の時間をとおして、地域学を取り入れた学校や地域に目を向けた教育活動が積極的に行われています。近くにあるものの良さにたくさん触れて、その上で遠くを見ていく - そうした逆転の発想で生徒を育てていくことが大切なのではないか(個人的に)、と考えているところです。
今朝のこと。
いつも西側のピンネシリ山系ばかり見ていて、その逆の東側の景色を眺めることはなかったな - そんなことを思いながら学校までの道を歩いてきました。どこを見て歩いてきたのかを想い出すことはできませんが、おそらく足元ばかりを見て歩いていたのでしょう。
もしかすると少し前から雪がかぶっていたのかもしれませんが、東側の山の雪景色を見ることができました。気温は昨日と比べると風は強いながらも暖かくて、平地に雪が降るような感じはありません。山の気温はかなり低いのかもしれません。
退職したら富士山登りに行こうね、と先日何かの会話をしているときに妻が言いました。そうだね、と私は簡単に返事をしましたが、何かのニュースで富士山もオーバーツーリズムの影響を受け、数珠つなぎの登山とマナーの悪さが課題になっているようです。それはそれとして3000メートル級の山をあと5年少しで登れるのかが不安です。
結婚してすぐの頃、妻と義父母の4人で黒岳に登山したことを想い出します。あれが私の初登山になります。頂上から見た景色はぼんやりとですが覚えています。登山道の脇に咲く花の写真も撮って歩きました。
長く忘れていた記憶が目の前に浮かぶ朝を迎えています。
さて、出勤してすぐに普段は使用していない4階の音楽室まで駆け上がり、そこから東側の山並みを撮影しました。過去に遡って本校にゆかりのある方々が、この場所からこの景色を眺めていたはずです。美唄を離れて暮らす方々が、本校のホームページからこの写真を見てくれていますと幸いです。
週末は自宅のある札幌に帰り、レコードを聴いたりランニングをして過ごします。朝食を食べてから15~30キロのランニングをすることが10年以上に及ぶルーティンですが、二月ほど前から妻もウォーキングとジョギングを始めたので、私のゴール地を丘珠空港緑地公園やモエレ沼公園に設定し、そこで妻と合流し一緒に歩いたり走ったりするようになりました。あれだけ走らない、と断言していたのに不思議です。
さて、自宅から3.5キロメートル離れたところに龍雲寺の大きな銀杏の木を見ることができます。鋤柄松太郎氏が新天地開拓の記念として植えたと伝えられ、樹齢は100年を超えています。私の住む北区内で唯一北海道自然環境等保全条例で保存樹に指定されています。植えたときはきっと小さなものだったのでしょうが、これが100年かと思わせる大木で迫力があります。
自宅周辺をランニングするか、遠くまで走るかはその日の気分や疲労度により変わりますが、長くやっているとお気に入りのコースができ、その数は何十本にもなります。例えば20キロにしようと思えばこのコースを、10キロはここを、というのがインプットされています。そのひとつに龍雲寺通過コースがあり、毎年、晩秋の龍雲寺に見事に色付いた銀杏を拝み、写真を撮らせてもらってます。
この写真は11月3日(月)のものになります。1週間後の9日(日)に再びここを通ったら葉は全て落ちてしまっていました。雪が残る歩道は積み重なった落ち葉でふかふかの絨毯になっていて、それはそれで趣はありましたが、今年は見頃の時間が極端に短かったような気がします。
日照時間の長い春から夏にかけて光合成で栄養を蓄え、秋になり日照時間が短くなると、光合成により生成される栄養が少なくなるため、光合成をやめて冬に向けて葉を落とす - これを百年を超える間(龍雲寺の銀杏だけではありませんが)繰り返し、現在に至っていることに驚かされます。生命の営みはすごいです。私のランニング・ルーティンなど遙か足元にも及びません。
絵と手紙をいただきました。私が毎日目にする樺戸山系をkitpasでやさしいタッチで描いた素敵な作品です。デスクマットに挟んで毎日見られるようにします。ありがとうございます。
絵を描ける - うらやましいです。私がまるっきり持ち合わせていない才能やセンスですから。どうしたら人の心を掴む絵が描けるのか。絵心のない私には全く理解できない不思議な世界です。
自分が描いた絵の講評で唯一覚えていること。それは小学校低学年まで遡ります。夏休みの宿題で、想い出の一コマを画用紙に描くというもので、私は弟たちと虫取り網を持って遊んでいる絵を描きました。
「どうしてあんたの絵の中の人はいつも全員真正面を向いているの。普通走ったり横を向いたりするでしょ」母から言われた一言です。自分では傑作だと思って母に見せたのに、ずいぶん困った顔をしてそう言われたので、私まで困ってしまいました。果たしてこの絵を提出していいものか、それとも書き直した方がいいものか。すごく困った出来事だったので、今でもその絵のことを中心にいくつかのエピソードが記憶されています。
夏休みが終わって教室後方の掲示板に貼られた絵を見たとき、母が言うようにクラスメイトの絵の中の人は横を向き、走ったり歩いたりしていました。私の絵だけが全員真正面を向いて笑っていました。クラスメイトとの違いをまざまざと思い知らされたこの日を境に、私は絵を描くことに抵抗感を持つようになりました。
昔話はこれくらいにしておいて、旅行鞄にスケッチブックとクレヨンを入れて、ちょこっと立ち寄った先の風景をささっと描けたらいいだろうな、と思ったりしています。私には手の届かない夢のような話でありますが・・・
※kitpas キットパス ガラスや鏡などのつるつるとした平滑面に発色良く描け、水拭きで簡単に消去できる、新しい絵具(えぐ)。お米からとれるワックスが原料です。(日本理化学工業株式会社のホームページより)神奈川県川崎市と美唄市の工場で製造・販売
やわらかな朝陽が差し込んでいます。1週間のスタートです。午後から天気が再び雨になるとのことですが、わずかな時間でも部屋の中に陽が入るのは嬉しいものです。
静かな朝の中で私はメールをチェックし、スケジュールを確認して、ホームページに掲載する写真と文章を作成します。事前に写真を撮って文章を書いておくことが多いのですが、今日は席に座り写真を撮り書き始めています。
毎日こうした朝を過ごしていますが、一通りの作業を終えたあたりに先生方が一人、また一人出勤してきます。職員玄関に出退勤を管理するQRコード読取器があり、出勤時にかざすと電子音が「キンコン」と鳴るので、「一日が始まるぞ」と思うわけです。
さて、先週、情報発信について記載させていただきましたが、昨年度北海道教育委員会(道教委)が各学校の情報発信を効果的に集約・発信する媒体としてnoteを導入しました。情報発信プラットフォームを構築し、各学校が効果的な情報発信をするとともに、道教委がそれらの情報を集約・発信することを目的としています。
マニュアルを読んで一日がかりで何とか公式ページを登録することができました。当面は本校のホームページに掲載した記事と並行させて運用していきますが、noteから他校の教育活動等も閲覧できますので、是非御覧ください。
北海道美唄尚栄高等学校公式note https://b-shoei-hs.note.jp
(11月5日 16時05分 4階西側に見える夕暮れ)
今年度、私が校長として掲げた方針のひとつに、『教育活動の積極的な発信』があります。勤務した学校の全てで校長先生が同じような方針を打ち出していましたが、達成に向けての道のりは言葉で言うほど簡単ではない、なかなかにハードルの高いものになっているな、と私は感じていました。
そう思いながらも、学校が当然やらなければならないことですから、4月に先生方にお願いしました。6月には教頭先生を講師に『ホームページの更新方法』、総務部主催の『インスタグラム及びYouTubeへの投稿』の校内研修会を実施しました。
朝家を出て夕方帰ってくるまでの8時間、子供がどのような表情でどのように過ごしているのか、今日何を学んで何を身に付けたのか - 保護者等の方が一番知りたいところです。また、本校の教育活動を見てみたい、知りたいと思う地域の方の想いにも答えなければなりません。インターネットを介して本校にアクセスしていただいたのに、記事が一月も更新されていなければそれは失礼に当たります。このことは肝に銘じなければなりません。
おそらく私の性格が左右しているのだと思いますが、「何でも一緒にやらなければ気が済まない」人間です。一方向的に伝達することを好みません。格好をつけて書くわけではありませんが、伝達するだけのことを裏付けできる自らの実践がなければ自分自身を納得させられません。自分が納得できないことは人様も納得させられない、と考えます。これは生徒に対しても教職員に対しても同じです。
お願いするのならお願いするだけのことをしなければならない、というのが私のスタンスです - 私は下手ながらもものを書くことに抵抗がありませんので、自ら撮った一枚の写真をつけて自分ができる範囲の情報発信を行っています。そうしている間に先生方がこまめに記事を上げてくれるようになりました。更新の敷居が下がったのだと思います。これほど嬉しいことはありません。
学校ほど話題豊富なところはないな、と私は思っています。『情報発信 = 学校行事』、『情報発信 = 部活動』と狭い範囲に限定してしまうと、多くのことを見逃してしまいます。変化の連続である学校は歩けば歩くほど情報を手にすることができます。難しく、そして堅く考えずに小さな気づきを発信していけばいい。ただそれだけのことです。
「今日、こんなことがありました」を私たちが発信していく。「今日、こんなことを知りたいです」と保護者等、地域の方が閲覧する。1日200あったかどうかのアクセス数が、10月末に2000から一昨日は3000を超える訪問者を迎えるまでになりました。インスタグラムのフォロワーも増加中です。これほどありがたいことはありません。
見てくれている方がいる - これは私たちにとって最高の励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。
超伝導物質を作る - 大学時代の研究テーマでした。ある条件が整うと電気抵抗が0になる物質で、よく耳にするリニアモーターカーの走行に応用されています。当時、室蘭工業大学では城谷研究室が目指す化合物を作ることができなかったので、高温下高圧下の実験設備がある東京大学の物性研究所に出向き、できあがった化合物の物性は筑波の高エネルギー研究所で寝ずの実験で検証しました。
室蘭港からフェリーで大洗港、大洗から鹿島臨海鉄道で水戸、水戸から常磐線で北千住で降車し、地下鉄千代田線で乃木坂まで行き(当時物性研究所は六本木にありました)、徒歩で研究所まで。それは一大旅行になりました。
超伝導物質を作るところから検証までには約2~3週間程度の時間を要するため、その間は東京と茨城に長期滞在しました。遊ぶときは遊びましたが、徹夜徹夜の連続で大変でした。
私が挑戦した化合物は超伝導物質にはならず、半導体の特性を示すものばかりでしたが、わずか一年で日本最高峰の施設で時間を過ごせたのは幸運なことでした。本当は大学に残る道もありましたが、悩んだ末に今の仕事を選びました。どちらが良かったのかはこの歳になっても未だ結論は出ていません。
11月4日(火)にメカトロ・エンジニア系列2年次生を対象にした『半導体講座』を実施しました。上述の経緯があることから、個人的にこの日を楽しみにしていました。報道等で話題になっていますので、千歳市に次世代半導体の製造拠点となるRapidus(ラピダス)が進出することはすでに御承知おきかと思います。
2027年に量産が開始される予定になっており、今後、本校の卒業生や本校で学ぶ生徒が活躍する企業になると思います。北海道、日本全体に新たな可能性をもたらすプロジェクトが動いていることにわくわくします。
50分の講演でしたが、半導体が身近なところに存在し、誰もがその恩恵を受けていることがわかりましたし、半導体の将来の姿を丁寧に説明していただき、生徒は興味を持って話を聴くことができたと思います。
本校は、地域の方々や各機関の御協力のもと充実した教育活動を展開しています。いつも並々ならぬ御理解と御支援を賜り感謝申し上げます。
「ここに(勤めている、通学している)のは、あなたがここで果たすべき役割があり、何かしらの使命があってのこと。文句を言わず置かれた場所で精一杯の努力をすることが大切です。思ったような(仕事、学び)ができなくても、今目の前に与えられた(仕事、学び)に目を背けず誠意を持って取り組めば、それがあなたの肥やしになり、そうした姿に目を留めた誰かがあなたを認めてくれる」これは私の経験に基づくものであり、今でも大切にしている私自身のスタンスでもあります。先生、そして生徒にもこの話をしました。
先日、出張先においてかつての同僚と顔を合わせる機会がありました。「毎日ホームページで先生のブログ見てますよ」時間がなくて一言二言しか話できなかったが残念、と思っていたら翌晩にわざわざ電話をくれました。
彼にはよく上述の話をしました。「この環境だからこの仕事に出会い自らのスキルを高めることができる。自分が本当にやりたいことができなくても、今はそういう時間なんだと自分に言い聞かせて、いい仕事をしなさいよ」私が彼と接したのはわずか2年間でしたが、自身としっかり向き合いながら成長していく姿を見ることができたのは本当に嬉しかった - そのような記憶があります。
私は物事の考え方を180度変える生き方を心掛けています(現在進行形です)。環境を嘆かない(その環境で最高の生き方をすればいい)、文句を言わない(そうしている間にどんどん時間は経過しプラス要素が何もない)、定年退職後に始める(数十年数年先の夢を見ず今すぐできることはする)、慌てない(くることがわかっているのだから前もって準備しておく)誰かに押しつけようなどとはまるっきり思ってもいませんが、肩に力が入らずすっきりした気持ちで生活できています。
さて、話は変わりますが、カメラを持って秋の風景を切り取る時間を過ごしています。管理職になってから6年間休んでいた写真ですので、腕は相当落ちてしまいましたが、また少しずつゆっくりのんびりカメラ旅を始めようと思っています。
(11月2日 札幌市中島公園の秋 写真の一部を加工しています)
(10月30日 8時36分)
生徒玄関で生徒を迎えた後、まずは4階へ上がり3階、2階の順番でHR教室の様子を見て回っています。着任してから今日まで静かで落ち着いた朝を迎えています。
4階の窓から西側に広がる景色を見るのが好きです。何度も転勤を繰り返してきたわけですが、校長として着任した最初の朝の緊張はそれまでのものとは違っていました。そうした中でこの景色を見たのを今でも覚えていますし、その日の想いや感覚を私は一生忘れることはないと思います。それくらい印象に残る朝でした。
高校を終えるまで私の目の前にあった風景です。この風景の中で走り回り、親に叱られ祖父母に甘えてきました。陽が暮れるまでキャッチボールをして、教科書など広げずに本ばかり読み、やがて心が荒んでわがまま放題になり、そのことから多くの人たちを傷つけ、傍らで将来に不安を抱えながら、いくつかの恋愛を繰り返し、空知を離れたいがために大学に進学しました。
長いようで短い人生の中で、私は何かを捨てて何かを掴んでこの場所に戻ってきました。私は確かに変化している。でも、この山は何も変わらないあの頃のまま・・・
僕の目の前のピンネシリ山系に雪渓が見えるようになりました。
もう雨なら雨でいいや、そう思って外に出ました。平日は静かな夜の町をゆっくりとランニングするのを日課にしています。静寂な空間で感じるのは自らの足音と呼吸のみ。私はこの時間がとても好きです。
前の晩はゴウゴウと激しい風が雨を巻き散らしていたので外に出ることを諦めました。2日連続でランニングを休むことに歯がゆさがあり、行くしかないと意を決したわけです(こうしたことはいつもあります)。冷え込みが強くいつ荒天になってもおかしくない状況ではありましたが、幸運なことに小さな雨粒が時折頬に当たる、その程度の夜でした。
国道沿いから幹線の向こう側に橙色の街灯に浮かび上がる銀杏の木を見つけたので、その場所まで走りました。決して大きな木ではありませんが、見事な色付きでしばらく見入ってしまいました。そのとき空から雪が降ってきて、それはそれでロマンチックな空間が演出され、私だけの特別な時間を過ごすことができました。これまた幸運です。雪と冬はどうしても好きになれないけれど、この日、この時間でなければ出逢えなかった風景。ためらわずに外に出て良かったな、と思いました。
(10月28日 19時 美唄市西1条南2丁目付近)
本当はしっかりとしたカメラでシャッタスピードを3秒程度におとし、傍らにヘッドライトを点した自動車が抜けていけば流れるような光と雪の軌跡を残せたのに・・・スマートフォンで手ぶれしないギリギリのところで撮りましたが、やはり思い描いたような写真を残すことはできませんでした。仮に急いで家に戻りこの場所に20分後にやってきたとしても、同じ景色には出逢うことはできません。写真は、そのとき、を切り取るものなのです。残念です。
自動車を運転していると気付かない風景でも、自らの足で歩みを進めることでそれまで見逃してきた多くの風景に出逢えます。私のランニングが続いている理由のひとつは、「見えなかったものを見つけられる魅力を知ってしまった」ことです。これは知った人にしかわからないおもしろさです。
教育の世界にも相通じるものがあるように思います。その日その瞬間に見せる生徒の表情や仕草 - これを見逃さないためには、足で稼ぐことは必須です。とにかく近くまで行って様子をキャッチする。私は今でも実践しています。
これから出張で札幌に向かいます。明日は更新いたしません。素敵な3連休をお過ごしください。
4階の掲示板
私の余計な言葉はいりません
一つひとつの作品に
言葉では語り尽くせない
深い深いメッセージがある
「忘れていないよ」
いつまでも
忘れないでいることが
誰かの支えになり
誰かへの応援になる
私はそう思っています
今朝のテレビニュースですが、標高300メートルの大倉山(札幌市)はもさもさと雪が降り真っ白な世界になっていました。いよいよだな、と思って外に出たら、私の頭上から雪が落ちてきました。朝7時5分、今年初の雪です。美唄市の初雪になるのでしょうか。
見学旅行から帰ってきてからずっと天気がぐずついていて、雨ばかり降っています。晴れた日がほぼない状況です。青空が見たい、そう思います。
朝、校舎内を回っています。4階奥の西向きの窓から灰色がかった空の中にぼんやりと冠雪したピンネシリ山系を望むことができました。この写真からわかるでしょうか・・・
北海道新聞の記事に、一日に全く読書をしない小中高生が50%を超えるという記事を見つけました。(無作為に抽出した同一の親子)。今の時代ですから本ではなく端末で読書を楽しむ子どもたちも多いのかもしれませんが、何とも残念な調査結果です。
長く本に親しみ、本から多くの世界を教えてもらった私から言わせてもらえば(あくまでも個人的に)、読書をするかしないかの人生は180度異なる - そのくらい大きなことと考えます。でも、これは自分自身に言えることであって、他人に強いるものではありません。
私の経験から読書は誰かに強制されるものではありません。話題となっている本やベストセラーを買い揃え宣伝しても本を手にする人が増えません。お金があるから読むとかお金がないから読まないでもありません。買わなくても学校の図書室や街の図書館で無料で借りて読むことができるわけですから。
物心ついたときから身近に本があり、仲間と走り回るより本の世界に自分を置き、授業の合間に本を読み、大学の講義の半分は(それは大げさですが3割から4割りは)読書に明け暮れてきた私です。札幌で勤務した8年間の電車通勤は格好の読書の時間となりました。年齢を重ねるごとに気力が薄れ読量こそ激減しましたが、それでも月に2~3冊を読破しています。要は習慣ですし、自分の趣味の範疇に読書があるかどうかではないかと思ったりしています。
読書する人を増やす議論ではなく、例えば右手を伸ばしたところに本があったり、教室の後ろの棚に本が並んでいたりする中で、何となくその本を手に取る人が一人いて、一冊読み終えた後に「おもしろかったなぁ」と次の一冊を広げる・・・そうした場所が誰かのためにあればいいのでは、と思ったりしています。
今朝、『モチモチの木』があるだろうか、と図書館に足を運びました。残念・・・ありませんでした。斎藤隆介・滝平次郎さんの絵本は一冊もありませんでした。無性に読みたくなっているので、土曜日北海道大学の銀杏並木を見に出掛けるので、その帰りに書店に寄ろうと思っています。
本校の図書館は4階にあります。今まで勤務した学校もほとんどが4階(最上階の端っこ)。小樽と北見の高校は2階でした。それぞれの学校事情はありますが、どうしてか上を好むようです。
子どもたちがそれぞれ中学3年生になったとき、気になる学校の見学会に参加することから、私も教育関係者ということもあり、いくつかの学校を見学させてもらいました。個人的に本が好きなので図書館の配置が気になり、教室で授業を受けている生徒よりも図書館を真っ先に見に行きました。結局、長男は1階に、次男は2階に図書館を配置する高校に進学しましたが、生徒全員の動線上にある図書館っていいなぁ、と思います。本好きな人がさーっ、と本のある空間に入り、そこで自分の時間を過ごしていく。ぱらぱらページをめくったり、本棚に並べられた背表紙のタイトルや著者名を眺め、この一冊に広がる世界を想像する・・・そんな時間を過ごせる図書館。本離れ、読書をしない人が加速度的に増えているのは、時代背景からもわかるような気がしますが、動線は大きな要因なのかなぁ、と勝手に思ったりもします。
図書館の反対側になる南向きの窓から見える景色が雨上がりの秋を漂わせていました。こういう現象を気象学的に?何というのかはわかりませんが、少しだけ早く出勤したことで目にできた風景です。何かいいことがあるかもしれないぞ、と勝手に思ったところです。
ここのところずっと雨が降って、日に日に気温が下がってきています。体調管理に気を付け素敵な週末をお過ごしください。
朝一番、私たちをあたたかく出迎えてくれるお花。職員玄関と生徒玄関、そして職員室前に飾られています。本校は節電に取り組んでいますので、生徒が活動する場所を除いた玄関や廊下は陽が入らないため薄暗い状態になっています。スイッチONで全ての箇所を明るくすることは可能ですが、限られた経費を大切に使わせていただくために、本校だけではなく全ての学校が知恵を絞って節電や節約に取り組んでいます。
ここのところどんよりとした空模様で雨が降り続いています。雨、というだけで気持ちも下がってしまいますが、傘を閉じ玄関の扉を開けると、一点そこだけが明るい。真っ先に目がそこに留まります。おそらく来校された方も「あらっ」と感じてくれるはずです。
華道部のある学校は本校がそうしているようにお花を校内に飾っていると思いますが、私は本校で働いて良かったなと思うことの一つは『お花が身近にある』ことです。学校現場は日々様々なことが発生します。それは生徒も教職員も。人と人が接する現場ですから当たり前です。私は何もないことを願っている暇はないと思っています。私の働く上でのスタンスですが、何かある前に一手を打つ、何かあったらどのように対応するか、そのことを31年間自分に言い聞かせています。想定しておく準備しておくことの大切さ。これをしておけばバタバタ慌てることはありませんし、自信を持って対応できる。
話が逸れてしまいました。そういう現場ですから浮き沈みは不定期に訪れます。「あぁ今日はこんなことがあったなぁ」そんなことを考えながら階段を降りてきて玄関まで歩いてきたときに、一瞬お花に目が留まる。肉体的な疲労や精神的な疲れ、イライラやがちがちになった肩、少しだけいいことがあった気持ち、部活動に向かう意気込み、気の進まないアルバイトに行く気の重さ、明日の授業の組立、家族のこと、友達のこと、自分のこと・・・みんなそうしたことを考えながら歩いている。そんな時のお花。自分の気付かないところで何かしらの支えになってくれたり励ましてくれたり慰めてくれたり褒めてくれたりしている。私はそう思っています。
もしかすると私だけの感覚なのかどうかわかりませんが、お花を見ているその瞬間だけは、花の形、色、香りのことだけで心が動いています。それ以外のことはやはり一瞬ではありますがすっぽり心の中から消えています。これがお花がくれたプレゼントなのではないか。お金に変えられない大切な時間を与えてくれているような気がする。ふと、我に返った時に余計なことが心の中から消えいた瞬間を感じる自分が好きです。自宅庭のお花にのめり込む理由はこの感覚の中にいたいからなのかもしれません。
思いを込めて生けたお花。作品を飾ってくれる生徒と顧問の先生、御指導いただいています講師の先生に感謝いたします。
朝のテレビニュースでは、北見赴任時の2年間(4月から10月)何度も自動車を走らせた石北峠が映し出され、真っ白な世界を大型トラックが雪煙を上げながら上川方面に向かって走行していました。山間部や峠に降るものはもう雨から雪に変わり、それはこれから少しずつ平野に降りてきます。
黄褐色に衣替えしたトチノキが眼前にあります。九月はたくさんのトチの実を付け、やがてそれらは落下し一面トチの実だらけになります。今年初めてトチノキを知り、初めてトチの実を手にしました。
ただ、45年前に担任だった本多先生が、斎藤隆介作、滝平二郎絵の『モチモチの木』という絵本を私たちに読んでくれて、その時にモチモチの木がトチノキで、トチの実を粉にして餅にまぶしてふかして食べる、という話を私は忘れずに覚えています。溢れるように本多先生のことが想い出されますが、斎藤隆介作、滝平二郎絵の作品は他にも有名なものがあり、『八郎』『花さき山』『ベロ出しチョンマ』『三コ』『半日村』・・・どれも心に沁みる話です。本田先生がそれらを読んでくれるのをみんな楽しみにしていました。
小学生の、しかも低学年の出来事はそう多く記憶できないのではないかと思いますが、そうした中にあって本多先生と絵本の記憶がここまで鮮明に残っているのは、先生の魅力が普通のものではなかったことと、一種独特な版画と子どもの心を的確に捉える語り口にあるのではないか - そう考えたりしています。私の学年だけ16名しかいない小さなクラスでしたが、おそらく全員が本多先生と絵本のことを覚えているのではないかと思います。
多くの人と出会い、多くの人と別れ・・・そのような人生を送ってきました。残念ながら忘れてしまった人もたくさんいます。何でもかんでも覚えていたら頭がパンクしてしまいますから、私は忘れてしまっていいと思っています。忘れて、新しいことが記憶されて、それでいいと。ただ、本多先生と絵本のことは最後まで忘れないだろうと思います。一人の人間にそれだけの記憶を植え付けてしまう人間力とは何なのだろう。私は一人の教育者としてそこまでの教育や関わり合いができたのだろうか・・・
私は節目節目で良き出逢いに巡り会う徳を持った人間だと感じることがあります。その一人が小学校の担任の本多先生、中学校の佐藤先生、高校の廣瀬先生、大学の城谷先生、大学で出逢った親友K、そして妻、40歳でのマラソン仲間。困ったときに助けてくれた大切な方々です。
モチモチの木が深いところまで考えさせてくれる一日です。
本校の図書館に蔵書されているといいのですが。
窓の外にはちらっと青空が見られ校長室にも陽射しが入ります。夏場は肌にまとわりつくような太陽光線にぐったりしてしまいますが、この季節のものはどこかそんな夏を懐かしく思い返さすような感覚に陥ります。
秋の空は移り気で、晴れているなと思っていてもいきなり灰色の空に切り替わり、ぽたぽたと冷たい雨を落としてきます。そうかと思えば青空が一気に広がったり。これからは雨が霙に、やがて雪になり大地を真っ白な世界に変えていきます。
冬が、雪が好きな人には申し訳ないのですが、私には憂鬱な季節の到来です。二十代が終わるまでは、スキーにのめり込み指導員を目指してゲレンデ通いなどしていましたが、それ以降はロッヂでベンチの温め役です。子どもたちと一緒に滑ったスキーも片手ほどで、私はロッヂで「もう帰る」と子どもたちが言うのを待っていました。もうスキー場に足を運び滑走するということはないだろうな、と思います。
さて、冬の話を書きたいのではなく、お花の話です。月一回の楽しみが昨日でした。お昼休みに華道部の女子生徒がお花を校長室に持ってきてくれました。陽射しで明るくなったり空模様が怪しくなり急に暗くなる本日の校長室でしたが、デスクにお花を置いた途端に華やかになりました。綺麗だな、と思いながらしばらく眺めていました。こんな贅沢させてもらって幸せだな、といつも感謝しています。
「いつもは学校で生けているのですが、今回はイベントに参加して生けた作品です」と説明してくれました。
「それでは、写真を撮りましょうか。大丈夫ですか」と私が尋ねますと、「はい、大丈夫です」と笑顔で答えてくれました。扉一枚でつながる事務室に声をかけ、事務主任さんにiPadを渡しシャッタを押してもらいました。
保護者等の方がお子様の作品を見てくれるといいのですが・・・写真ではなく、直接見たいということでしたら是非御連絡ください。
(写真の掲載については許可をいただいております)
10月16日(木)タイ王国ストリースムットプラカーン校(Streesmutprakan School)より、教育旅行の一環として13名(校長、副校長、日本語教師、生徒8名、随行員)が本校を訪問しました。
ストリースムットプラカーン校は、タイ王国サムットプラカーン県に所在する大規模な中等教育機関であり、1938 年(仏暦 2481 年)に教育省により設立されています。現在、中学1年生から高校3年生までの教育課程を提供しており、学業面及び人格面の両方で優れた生徒を育成してきており、在籍する生徒数は3000名とのことです。
生徒8名はフード系列の3年次生と異文化理解と人的交流を目的とした国際交流プログラムを実践しました。ゲームなどを通して、互いの文化に触れ、コミュニケーションを深めたあと、タイのグリーンカレーを一緒に調理して食べました。最後にプレゼント交換をしてお別れとなりました。
校長室で通訳さんを介して2時間程お話しさせていただきました。英語ですと単語からもしかしたらこのようなことをお話されているのかな、と想像を膨らませることができるのですが、タイ語となるとそうはいきません。通訳さんのありがたみをひしひしと感じた次第です。
「これからはメールでやりとりしませんか」と校長先生から提案があり、「おっ、これは困った」と咄嗟に思ったところですが、端末の翻訳機能を活用すればいいのよ、と校長先生が仰り、さっそく私の端末にタイ語から日本語に翻訳したメールを送ってくれました。なるほど。「互いに翻訳したメールでやりとりしましょう」と校長先生は右手の親指を立ててぐりっと大きな瞳で笑いました。「オーケー」と私も親指を立てて約束しました。
あとから思ったことですが、端末の翻訳機能があれば、変換に係るタイムラグはあっても会話も成立します。便利な時代になりました。大学の卒業前に次男がフランス、イタリアなどのヨーロッパ、韓国に旅に出ました。ツアーではなく、全て自前で。その次男が言っていたことを想い出します。「スマートフォン一台あれば世界のどこでも行けるし困ることはないんだよ」私には遠い話のように思っていましたが、目先に迫った状況になってきました。勉強しなければなりません。
学校を数日離れておりましたので、本日数日ぶりに更新いたします。閲覧数を見てびっくりしています。22万件を超えるアクセス数となりました。
いつも御覧いただきありがとうございます。
子どもたちがいない家の中はがらんとしてしまい、私と妻の二人では部屋を持て余すような状況になっています。いつか子どもたちがいなくなったらここよりも広い子ども部屋に移ってがつんとJAZZ三昧だな、と思っていましたが、結局そのままこの部屋でJAZZのレコードやCDを聴いています。子ども部屋はあらかた片付けられてはいますが、いつ帰省してもいいように、と妻がある程度の状態を保ったままにしています。私も別に慌てるものでもないのと、移動させるのが面倒でもあり、この部屋でいつまでも時間を過ごしています。
高校から大学に上がって、半年先には見向きもされなくなるミュージックに飽きてしまい、アメリカの古い映画音楽やコーラスグループの音楽を聴くようになりました。次から次に聴いていくうちに、そのいくつもがスタンダードナンバーとしてJAZZ演奏されていることを知り、そこからJAZZにのめり込みました。「日下、変わった音楽聴いているな」と友人や下宿仲間に言われたこともあります。確かに私の周りではJAZZを聴く者など誰もいませんでした。
大学を卒業して、自分で給料を稼ぐようになると自由になる小遣い銭も増えたので、休日は旭川、札幌、時には東京に出てJAZZのCDやレコードを買いました。それは今でも続いていて、私の宝物はどんどん増え続け一向に片付きません(妻にとってはガラクタのようですが)。お金がなくなると、土曜日23時からNHK-FMで放送されるJAZZ番組(長寿番組で現在も2時間の放送枠で聴くことができます)をチェックして、気に入った曲やアーティストをメモ帳に書き留め、次回購入のヒントにしたりしていました(現在もしています)。
週末自宅に帰ると、思い入れのある一枚一枚に囲まれる部屋で、自分で作った真空管アンプに灯を入れ、ターンテーブルにお気に入りのレコードを載せています。その時間が私にとって至福の時となります。ライナーノーツに目を通し、読みかけの本を開き、居眠りを・・・それもまた至福の時です。
秋は深まりましたが、まだまだ芸術の秋です。素敵なお時間をお過ごしください。
10月11日(土)イオンモール札幌発寒において、さんフェア2025第1回北海道農業高校収穫祭inイオンが開催され、本校も参加しました。事前に準備していた生産品の販売とパン製造の実演及び販売を行いました。本校を含めて道内11校の農業科のブースが設けられ、多くのお客様で賑わっていました。
多くの人に注目される中で作業をして、自分で作ったものが自分の目の前で売れていくという経験は、滅多にできるものではないことから、生徒たちにとって貴重な学びになったと思います。安全に作業すること、安心して買ってもらうことについては、授業中に繰り返し聞いてきたことだと思いますが、その意味するところが理解できたはずです。参加した生徒と4名の先生方大変お疲れさまでした。
午前の早い時間に妻と一緒にイオンに足を運び、生徒が作った焼きたてのあんパンを購入しました。「あんパン、って実はすごく難しいんだよ。あんがきちんと真ん中にくることは簡単じゃないんだから」パン教室に何年も通って、多くの技術を身に付けた妻はそう言いながらあんパンを半分に割り、「あぁ、きちんと真ん中にきているよ」と嬉しそうな顔をして齧りました。「美味しいよ。いいなぁ、パンを焼ける授業があるなら、私、サポート役で生徒と一緒にやりたいよ。そういう学校があったのなら間違いなく入学してたなぁ」
本校のフード系列で毎日パン作りをしているわけではありませんが、実習の中で様々なパンの作り方を学んだことがきっかけとなり、家庭でもパンを焼き、その趣味が講じてやがてパンを販売するお店を持つ・・・そうした将来が拓けていく可能性がある。私はまるっきりの夢物語ではなく、実現可能な夢であると思っています。商いは簡単なことではありませんから、経営に関する勉強は求められますし、更なる美味しいパン作りの研究や修行も必要でしょう。その努力を積み重ねた先に、本校で学んだ生徒が美唄市内でパンのお店を出店してくれたらどんなに素敵だろう - そんなことを考えながら真ん中にきているあんパンを私も齧りました。
この日、生徒たちの活躍に背中を押されました。私も自身の夢の実現に向けて負けてはいられないな、と。
3泊4日の見学旅行を無事終えることができました。保護者等の皆様には旅行費用並びに旅行に係る準備等をしていただき感謝申し上げます。御負担をおかけいたしましたが、充実した研修を行うことができ、当初の目的を達成することができました。大変ありがとうございました。
見学先、宿泊先において、生徒は最高の笑顔を見せてくれました。両手にたくさんのお土産を下げ、ぬいぐるみやキャラクターの被り物を纏い、楽しそうに語らう姿を見ていると、教え子たちと過ごした見学旅行のことや自らの見学旅行のことを想い出しました。みんな同じなんだなぁ・・・そう思いました。
時間が流れ、生徒たちがやがて子を持つ親になり、五十代六十代と歳を重ねる中で、3泊4日の見学旅行はどんどん点のような記憶になっていくわけですが、それでも何かの拍子にこの日のことを想い出すとき、凝縮された数々の出来事が一気に膨らんでくる - 私自身の経験から、そのような日がいつかくる、そう思っています。
仲良くしている友達とのお買い物、深夜のおしゃべり、歴史的な建造物をバックに並んで撮った写真・・・一人ひとりの心にしっかり焼き付いているはずです。いつまでも大切にしまっておいてください。
見学旅行の引率のため、しばらく小部屋の更新を控えておりました。久しぶりにホームページを開きましたら、21万5千を超えるアクセス数となっておりました。
いつも御訪問ありがとうございます。
明日から2年次生は3泊4日の見学旅行です。私も引率しますので、今晩はスーツケースに衣類等を詰め込む準備をします。今週から北海道は一気に秋が深まるようで、今朝はそのとおりに空気が冷え込んでいました。薄手のコートが欲しいな、と思わせるような感じでした。旅行先となる関西は日中は25℃を超えるようで、夏物のスーツがちょうど良さそうです。
飛行機の搭乗は年末年始以来ですので10ヵ月ぶりです。北見に単身赴任していたとき、女満別-丘珠間の飛行機を何度も利用しました。自動車ですと高速道路を利用しても5時間ほど要しますし、特に冬場は交通事故のリスクを避けるため、片道35分の飛行機に搭乗していました。早割ですと片道8000円なので懐にもやさしかったです。
丘珠空港から自宅までは自動車で10分もかかりませんので、妻に迎えに来てもらうとドアtoドアで1時間の移動でした。積極的に飛行機に乗りたいか、というとそうではありませんが、この時ほど飛行機のありがたみを感じたことはありませんでした。早い。離陸してシートベルトの着用サインが消えて機内サービスのアップルジュース(いつもこれをいただきました)を飲み終えると着陸態勢に入ります。19時15分に離陸、20時15分には自宅の玄関です。
丘珠から女満別に向かう飛行機は風向きによって離陸する向きが変わり、西寄りの風だと飛行機はぐるっと旋回して我が家の上空を飛行します。今度はいつ帰れるだろうか・・・私は小さな窓からこの辺だろうと思われる自宅周辺を眺めては寂しい気持ちになっていたのを覚えています。
北見での毎晩のランニングにおいて、19時20分頃に女満別を飛び立った飛行機がパッ、パッ、とライトを点滅させて私の頭上を大雪山旭岳方向に飛行していきました。あと30分後に丘珠、そしてこの飛行機に乗っていれば50分後に自宅なんだよな、と思って眺めていました。遠い300キロ先の自宅。今度この飛行機に乗る日のために明日も精一杯仕事をしなければならないな、と自らを励ましていました。
飛行機の話から私の単身赴任にまつわる話になってしまいました。丘珠空港を飛び立つ飛行機の写真です。
生徒たちが満足できる見学旅行になることを心から願っています。
一生懸命になっている友を応援し、走った結果を讃え、リレーのゴールにみんなで跳びはねながら喜びを分かち合う。肩を組み、円陣を組み、心をひとつに声を上げる。思い切り助走をつけて跳び、ピストルの号砲でゴールをめがけて全速力、重い球を力の限り向こう側へ飛ばし、大勢でひとつのことに歓喜する時間。そのような機会は人生にそう多くは訪れません。
人は簡単に一生懸命になりなさい、とは言うけれど、自らの肉体のエネルギーをゼロまで出し切る一生懸命って、人生に何回もあるわけではない、と私は思います。私は市民ランナーですから、年に数度は立ち上がれないくらいの一生懸命はありますが、それはたまたまのことであって、そうでなければ、おそらく高校時代を最後としていただろう、と思ったりしています。
だからこそ、今、高校生のこの時にその貴重な時間を全身で味わって欲しい。勝っても負けても、1位でも転んでも、運動が得意でも苦手でも、人生の良き一コマを心に焼き付ける時間にして欲しい。一回一回の限られた機会を大切にして欲しい。私はそう願っています。
恥ずかしい話ではありますが、中学校の陸上競技会のような行事で、全員が100m走を走らされる競技があり、素直でなかった私は意味もなく手を振りながらスタートからゴールまで歩きました。あとのことは全く覚えていません。その記憶しか残っていません。こんな私をみんなはどう見ていたんだろうか。冒頭で書かせていただいたような一生懸命に跳ぶこと走ること飛ばすこと、そして、などとという記憶がありません。寂しい限りです。
全校生徒が揃う機会は滅多にないので、運動会の開会式前に撮影しました。そのときに、失敗したな、もったいないことをしたな、うらやましいな、と思った次第です。まさに、後悔先に立たず、です。
「それってどうしてなんだろ」1年次生の『現代の国語』で取り組んでいる疑問の探究について、9月2日、3日の中間発表会の様子を校長の小部屋でお伝えしました。その続きとなる発表会が先日行われました。約一月の間に内容やスライドに磨きがかかり、バージョンアップしたプレゼンとなりました。
真っ先に感じたことはプレゼン力が上がったな、ということです。みんなの前に一人で立つことに抵抗感を持たず、堂々と発表する姿は立派でしたし、質問や提案に対して臆することなく、自らの考えを主張している姿に一人ひとりの成長を感じました。環境が人を変えると言いますが、まさにそのとおりだなと思います。
このような取組が総合的な探究の時間における発表や就職活動における面接、大学入学選抜試験におけるプレゼン等に結び付いていきます。相手に理解してもらうためには、自らが理解していなければならない。そのためには、物事を掘り下げて学習する必要がある。
本授業のシラバスを改めて読み返しています。生徒に対し「良いプレゼントは何か、そのためにどのような要素が必要かを考える」とありました。翻って教育職にある私たち向けに言葉を置き換えると「良い授業とは何か、そのためにどのような要素が必要かを考える」となります。教職員一人ひとりに与えられた永遠の課題であり、課題解決に向けた永遠の取組が求められます。
9月27日(土)午後から一日体験入学を実施しました。多くの中学生と保護者等の皆様の参加を得て、無事に終了することができました。今回、所用等で参加が叶わなかった方がいらっしゃいましたら、放課後等に校舎の案内や説明をさせていただきますので、本校までお問い合わせください。
この日の午前中、デザイン系列の2、3年次生3名と担当の先生が校長室を訪れました。デザイン系列の体験を選んだ中学生にお渡しするクッキーとポケットティッシュケースの詰め合わせを私にも、ということでした。心のこもったお手紙が入っていて、この日のために時間をかけて製作し、準備してきた生徒たちの気持ちが伝わってきました。参加してくれた中学生にあなたたちの気持ちは伝わったと思いますよ。
(写真の一部を加工しています)
ホームページに掲載するけど写真大丈夫、と聞くと「はい、大丈夫です」と生徒たちが了承してくれました。訪れた生徒と一緒に写真を撮ってもらうことが多いのですが、純粋で素直な高校生の姿を見られるのが嬉しいです。みんないい表情で学校生活を送っています。異年次(学年が異なる)であっても仲良く交流しながら学校生活を過ごせるところもいいな、と思います。
さて、相当昔のことになりますが、私の子どもも高校受験を前にあちらこちらの学校説明会に参加していました(残念ながら当時私が勤務していた学校の体験入学には参加してくれませんでしたが)。あの学校は学校祭が楽しそうだ、国公立大学進学実績に魅力がある、毎日宿題がたくさん出るらしい、家から遠い、制服がない、入試の当日点数を〇〇点くらいとらないとヤバい・・・などと、帰ってくるなり妻にあれこれ話していた姿が目に浮かびます。私はアドバイスらしいことは一切言わず(無関心だったわけではありません)、ただ黙って見守っていました。教育機関に勤めている私が口を挟むと、子どもの選択に何かしらの影響を与えてしまうかもしれない、と思ったからです。いくつか的を絞った高校の中から、自分がここで3年間を過ごしたい、そう思った学校で高校生になってくれれば、それでいいと考えていました。
二人の子どもが高校受験と大学受験で私と妻をハラハラさせてくれたあの時間を、親として積極的に体験したいとは思いませんが、振り返れば、合格の喜びと思いが叶わなかった子どもの涙、大学受験に向けて勉強する日々・・・子どもたちからいい想い出をもらったかもしれないな、と考えたりもします。
保護者等の皆様も高校受験を控え落ち着かない日々をお過ごしのことと思います。出願先が決まるまでの間、お子様の思いや悩みを真っ直ぐに受け止め、自らの経験を含めて語ってあげてください。
御参加いただきました皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
9月26日(金)美唄市立東中学校学校祭の合唱を参観させていただきました。その前に開催された美唄中学校学校祭の合唱コンクールで、鳥肌が立つ感動を味わってからというもの、今日のこの日を私は密かな楽しみにしておりました。一人ひとりの声が重なり体育館に響く歌声は、忘れかけていた遠い昔の懐かしい記憶を呼び起こし、私の心をじーん、じーんと震わせ、何とも不思議な世界に誘っていくのです。
(8月26日 校長の小部屋 正解など で掲載)
3年生の『正解』本校の教職員が書におさめた『いつも正解などまだ銀河にもない』の『正解」。それまで全く知らなかったのに、書を見た後にインターネットでこの曲を聴き、繰り返し歌詞を読みました。その曲がピアノ伴奏に導かれ、「この先に出会うどんな友とも・・・」と合唱が始まったとき、私は不覚にも目頭を熱くしたわけです。
小学校から一緒に過ごすことが当たり前だった友とあと半年でお別れになる・・・迫ってくる現実(高校受験、卒業、新たにスタートする高校生活)に不安を抱えながらも、今を精一杯生きている生徒たちの歌声に、私は「大丈夫だよ、君たちなら大丈夫」と心の中で静かにエールを送っていました。心をひとつにして歌ったこの曲、この歌詞がいつまでも君たちを支えているのだから大丈夫。
振り返ると、私の十代から二十代前半までの人生は、教科書に書かれていないこと、誰も教えてくれなかったことに翻弄されていた気がします。あの頃の自分は常に何かに怒りを感じ、ひたすらに寂しくてひたすらに虚しかった。ケンカした友への詫びの入れ方、父親への向き合い方、強がる自分の在り方、好きになった女性への感情の伝え方、告白されたときの断り方、親友の見つけ方、将来の叶え方、フラれたときの割り切り方・・・毎日そんなことばかりを考え、手元にある小説を片っ端から貪り読み、ラジカセのカセットテープから流れてくる歌詞をノートに書き留め、正解を見つける旅をしていました。そうして何かをあきらめ、何かを手にしてあの灰色の時間をくぐり抜けてきました。
あくまでも個人的にですが、『正解』の歌詞は中学生や高校生の心を的確に捉えていると思います。「答えがすでにある問いなんかに用などはない」、「僕たちが知りたかったのはいつも正解などまだ銀河にもない」、「解答用紙はあなたのこれからの人生」 - このようなメッセージがあの時にあったなら今頃自分はどうなっていただろう・・・
この歌が、見えない何かを追い求める若者たちを時にやさしく包み、時に力強く支えてくれる、私にはそう聞こえます。
東中学校の生徒の皆様、素敵な合唱ありがとうございました。
お昼にフード系列の男子生徒が校長室にやってきました。「製造した食品を食べてみてください」と元気な声で言った後、私にお皿を渡してくれました。肉製品でしたが塩分もちょうど良く大変美味しかったです。ありがとうございます。せっかく訪問してくれたので、会話を楽しもうと私もあれこれ質問したりするのですが、それに対して嫌がることもなく一生懸命に答えようとする姿がとにかく可愛らしいです。
(写真の一部を加工しています)
さて、10月11日(土)『さんフェア2025 第1回北海道農業高校収穫祭inイオン』が札幌市のイオンモール札幌発寒で開催(午前9時から)されます。本校のフード系列も出展し、生徒が実演と販売を行いますので、是非お越しください!また、各学校の生徒たちの活躍も見ていただけると幸いです。
4月から今日に至るまでさまざまな生徒が校長室を訪ねてきます。いい表情、困った表情、怒りの表情、涙ながらに・・・そこでの話は個人的なことでもありますから、詳しいことは控えさせていただきますが、一人ひとりが悩みや葛藤を抱え、それでも精一杯生きているということを感じます。「この子たちはこの子たちなりに考え、一生懸命生きているんだ」私は聞き役として9割、残る1割は人生の先輩としてアドバイスすることに徹し、生徒と接するよう心掛けています。
すっきりした表情で校長室を出て行った生徒たちと日々言葉を交わすことがない分、数ヶ月ぶりに話をすると生徒の成長を感じます。毎日接していると小さな成長を感じるとることは難しいのですが、時間は人を確実に成長させています。5度の担任業務を振り返ってみても、スモールステップを見過ごしてしまい(多忙な日々の中で見取る余裕がないというのが現実です。これではいけないのですが)、卒業段階で一人ひとりの成長を感じて涙していた自分がいます。生徒が訪ねてくるといつも教え子たちとのやりとりを想い出し、あんなことがあったな、こんなことがあったな、と一人懐かしんでいます。
今思っていることをそのままキーボードで打ち込んでいますので、フード系列の話の展開からまったくつながりのない話になってしまいました。申し訳ございません。
本日は土曜日ですが、生徒は午前中登校して授業を行い、午後から一日体験入学を行います。
華道部の生徒2名が校長室にやってきました。今月の花を持ってきてくれました。ホームページに掲載することを了承してもらい、付き添ってきた男子生徒に写真を撮ってもらいました。「夏から秋に季節が移り変わって行く様子を表現しました。明るい色から暗い色に変化していくように」生徒の思いが生け花に伝わっています。ありがとうございます。
(写真の一部を加工しています)
デスクに花とネームプレートを並べ、そのネームプレートには、花に由来した何とも素敵なお名前が表記されており、名付けた方の思いがすごく伝わってきました。名前の由来を聞いているかもしれませんが、そうでないのだとしたら、是非聞いて欲しい。そしていつまでも自分の名前を大切にして欲しいな、と願いながらこれを書いているところです。
以前にも書きましたが、私は自分の名前にコンプレックスを持ってある一時期を過ごしてきましたので、余計に人様の名前が気になります。名前をしっかり背負えるようになったのは大学生になってからで、それ以前は人から名前を呼ばれることが嫌でした。間違いなく自分の名前が呼ばれる入学式、卒業式、表彰式は私にとって人生最悪の日でした。今考えると苗字は先祖に、名は祖父にとても失礼なことをしたな、とは思いますが、当時は本当にきつかったです。
入学式の式辞や私の名前が記載された賞状を生徒にお渡しするとき、最後に北海道美唄尚栄高等学校長日下剛と自分の口で読み上げます。そのたびに、あんなに自分の名前が嫌だったのに、自分の名前を自分でしっかり言えたぞ、と思っている自分がいます。おそらくこの先もそう思う自分は私の中から消えないと思います。それはそれで仕方のないことかもしれませんが、ただ、胸を張って名前を言える自分になれたことが、名付け親である祖父に対するせめてもの報いになるのかもしれないと思っています。
昨日の校長の小部屋では、読書の秋を楽しみますと書きました。本日の新聞でデジタル教科書を正式な教科書として位置付け、次期学習指導要領が小学校で全面実施される予定の2030年度から導入を想定しているとのことです。私見は述べませんが、情報化の波が加速度的に押し寄せてきていることを改めて実感します。
校内を回ることが多いのですが、たまに図書室を覗いています。朝一番、夕方遅くに入室すると当然誰もいない静かな図書室なのですが、思うことは、本に囲まれた空間で過ごす素晴らしさをどうしたら生徒たちに伝えられるだろうか、ということです。本離れが進み、手軽な端末の中で物事が完結していくような世の中にあって、一冊の本を手にさせることや読書の良さ、図書室の活用を勧めることの難しさを感じます。
17歳、高校生のときに村上春樹著「ノルウェイの森」を読んだ衝撃は今でも忘れません。読後に押し寄せてきた一種独特な脱力感と無力感は、それまで感じたことのない不思議な感覚で、しばらくの間何も手につかなかったことを覚えています。
人を好きになること、生きていくことの意味、これから自分が行くであろう大学とは何なのか、自分とは、大人になるとは、親友とは・・・当時私が抱えていた複雑な思いのすべてが、この上下2巻に集約されていました。自分は何者でどこに向かっていくのか、誰も教えてくれない、結局は自分で見つけなければならないんだ、と教えてくれた作品で、高校2年生から現在に至るまで、何度も繰り返し読んでいる愛読書です。年齢とともに当然受け止め方は変化していきますが、読むたびあの時の17歳の自分に戻れる本でもあります。
大学時代に出会った妻もたまたま著者のファンだったこともあり、以後三十数年かけてふたりで書店をや古本屋を回って作品のすべてを購入し読んできました。先日自宅に帰ったとき、居間にずいぶん昔の著者の本が置かれていたので、妻も時折読み返しているみたいです。妻とは好きな作品は異なりますが、私は先に書いた「ノルウェイの森」ともう一冊大切にしている作品があり、それは大学時代に読んだ「国境の南、太陽の西」です。個人的に一番好きな作品です。気になる方は是非読んでみてください。
さて、本校の図書室にも村上春樹さんの本が置かれています。上記の作品は残念ながら棚には入っていませんが、最近の作品がいくつか並んでいて、中には映画(ドライブ・マイ・カー)で取り上げられた短編が納められた一冊もあります。生徒の皆さん、是非手にしてください。
デジタルもいいけれど、本の重みを感じながら、一枚また一枚とページをめくり、見たこと感じたことのない世界に触れられる読書を楽しんで欲しいと思っています。たかが一冊、されど一冊です。一冊の中に自分の知らない世界が広がっています。
あんなに暑かった夏はどこへ行ったのか・・・今年は秋の訪れが早いのか、9月に入ってから急に肌寒く感じることが多くなりました。数日前、大雪山系の初雪の便りをニュースで知りました。このまま秋が深まっていくのか、と思うと寂しくなります。
食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋とも言われますが、食欲は別として、私は欲張りにも読書と映画、スポーツを楽しんでいます。読書は一度ハマってしまうと次から次に本を手にし、本が切れてしまうと落ち着かなくなる、所謂活字中毒の状態になってしまいます。今晩から読み始める本を含め手元に4冊揃えたので、読書をたっぷり楽しもうと思っています。
切れ目の良いところで本を閉じた後は、インターネットで映画を楽しんでいます。途中居眠りをして何が何だかわからなくなり、同じ映画を何度も繰り返して見ている始末ですが、配信されている映画が多く飽きることがありません。
平日の夕食後はランニングを楽しんでいます。陽が暮れるのが早くなり真っ暗な中を気をつけて走っています。そんな中、私を見つけた生徒が「校長先生、こんばんは」と声をかけてくれます。いきなりなのでびっくりしますが、知らぬふりではなくきちんと挨拶してくれるのが嬉しいです。休日は午前中に20~30キロのランニング、午後から花の手入れをするのが10年来の日課になっています。
(札幌市東区 モエレ沼公園)
今までウォーキングや水泳を趣味にしていた妻が、ここ最近短い距離のランニングを始めました。昨日も自宅から自動車で5分のモエレ沼公園に行き、1周3.75キロを一緒に走り2周目をゆっくり歩きました。5キロを休まずに走ることを目標にしている、とのことで、いつか長い距離を一緒にランニングできたらいいな、とにわかに期待しているところです。
私は本校の教職員に対して「自分の働き方を自分でコントロールし、プライベートの時間を充実させてください。幸せになること、ウェルビーイングであることについて、それは誰かが与えてくれるものではなく、自らそうあるために自ら作り出していくものです。自分がそうした意識や行動をしていくと、周囲もまた幸せになり、ウェルビーイングになっていきます」と話をしています。これは私自身の経験から言えることでもあります。
どんなに忙しい中にあっても、プライベートの時間を充実させることは可能です。後回しにせず、今この時に実現させていく、そのようなライフスタイルを確立して欲しいと思います。
9月19日(金) 国土交通省北海道開発局様、一般社団法人空知建設業協会様が主催する「学校キャラバン」が開催されました。高校生に向けて建設業の魅力を発信することを目的に、地元建設企業の若手職員による仕事紹介や作業体験が行われました。お忙しい中、本校生徒の教育活動に御尽力を賜り感謝申し上げます。
日本の総人口が減少するなかで、65歳以上人口が増加することにより高齢化率は上昇を続け、2040年には約35%、2050年には37%、2070年には39%に達すると推計されています。建設業のみならず産業の担い手の確保が急務になっています。建設業の労働力が不足すると、受注できても着工ができない、インフラの維持が困難になるなど社会的な影響が懸念されます。
例えば、一軒の家を建てるとき、基礎工事(根切り・地業・防湿シート張り・捨てコンクリート・配筋工事・コンクリート打設)、配管工事、足場工事、建方工事、屋根工事、サッシ・ベランダ工事、電気工事、断熱工事、クロス貼り工事、外壁工事、外構工事など数多くの工事があり、それぞれの技術に特化した多くの職人さんが携わります。建設業界の人手が不足すると工事が遅れ、半年で引き渡されていた新築住宅が、1年も2年も待たされてしまい、さらに経費も嵩むという事態が発生します。
電力会社に就職した次男が先月言っていたことです。「電気の技術屋さんが足りないから、受注はあっても工事ができないんだよ。何ヶ月も先延ばしになっていたり、仕方なく断っているケースもあるんだよな。オレ、高校選ぶとき工業高校への進学なんて一切考えもしなかったけれど、お父さんが教えてきた生徒は貴重なんだな、と思ったわ。工業高校の生徒や専門的なこと学ぶ生徒をしっかり育てて、社会がそういう生徒を大切にしていかなければ、この先困ったことがたくさん出てくると思うわ」
今回の「学校キャラバン」により、生徒は本校で学ぶことが社会でどのように生かされていくのか、建設業の具体的な話から自らの果たす役割とは何なのか、ということを理解することができたのではないかと思います。
努力の上に花が咲く
この言葉をインターネットで検索しましたら、学校法人中村学園(中村学園大学)の創立者、初代理事長である中村ハル氏が、晩年若い世代の学生たちへ贈り続けた言葉であることを知りました。ずいぶん昔から聞いてきた言葉でもあり、私も生徒たちに努力することの大切さを語るとき、真っ先に引用した言葉でもあります。遅ればせながら言葉が生まれた背景を知ることができました。
冒頭数行書いたところで8年前の我が長男の顛末を想い出しましたので、少しだけ書かせてもらいます。高校の部活動は、小学校から続けてきたサッカーではなく、全く経験したことのないフェンシング部に入部しました。部活動だけではなく遊んで帰ってくることもあったと思いますが、帰宅は毎晩10時11時、休業日は朝から夕方まで出掛けたままで、家でも顔を合わせない日がほとんどでした。大学に行きたい、なんて言っていたけれど、いったいいつ勉強しているのだろうか・・・と私はいつもそんなことを思っていました。
競技人口が少ないので、インターハイや国体などの全国的な大会に出場することはもとより、本州の遠征も何度も行っていました。2年生の夏に宮城県気仙沼で開催されたインターハイに出場し、こんな時でもないとな、と私も会場に行って観戦しましたが、結局これが長男にとって最後の試合になりました。大会が終わり秋が深まった頃、長男からLINEメッセージを受け取りました。
ここから残り1年、どれだけ努力しても全国の選手に勝つことはできないことがわかった。今まで勉強もおろそかになっていたから、勝てないことを承知した上で練習に打ち込むのではなく、大学受験に向けた努力をすることにした。このままだと、部活で結果を残せない、大学にも入学できなくなるかもしれない。中途半端な高校生活にしたくない。道具の購入や部活のためにかなりのお金を使わせてしまったから申し訳ないけど、いろいろ悩んだ結果、部活をやめることにした。これからは勉強することにする。部活でやりきった感はあるし - 私は、悩んで出した君の結論を尊重するよ、と返信しました。
花が咲いたのか咲かなかったのか・・・それは当の本人だけが感じること。でも、私は長男が部活動に、受験勉強に努力してきた過程を遠巻きに見てきたので、どんな形であれ花は咲いたんだろう、と思っています。仮に花が咲かなかったとしても、何かに向かって一生懸命になった努力は長男の足元を固め、生きていく上で貴重なものを手にしたはずだ、と思っています。
生徒の書が、ずいぶん昔のことを想い出させてくれました。ありがとうございました。
(画像の一部を加工しています)
失敗は成功のもと - 一度でうまくいくことはほとんどなく、何回も失敗を積み重ねた末、成功するのがふつうである。失敗に気をおとしてはいけない。(新修ことわざ辞典より)
この書、筆をとった生徒はどのような経緯から「失敗は成功のもと」を題材にしたのでしょうか。失敗した自分を奮い立たせるために書いたのか、それともこれから挑戦する自分を励ますために書いたのか・・・聞いてみたい気がします。
月並みな言葉ですが、生徒の皆さんには「失敗を恐れず果敢に挑戦して欲しい」と思います。失敗することを恥ずかしいとか情けないと思うのではなく、挑戦しなければ成功することもないんだ、と思考を変えて欲しい。挑戦に失敗は付きもの、と開き直って欲しい。
私は仕事もプライベートもずいぶん失敗してきました。そのたびに頭を下げて詫びを入れ、二度と同じ失敗をしない、と決意してきました。身勝手な行動によって、人を困らせたり不愉快にさせてしまった数々の失敗については、成功のもとではなく、後悔として40年以上引きずるものとなっていますが、それ以外の失敗については成功云々は別として、私という人間を形成していく上で必要なことでした。
人の心に傷を付ける失敗をしないこと。不愉快にさせる失敗をしないこと。失敗を真摯に受け止めること。失敗を認め謝罪すること。反省して次に繋げていくこと。失敗しても諦めないこと。同じ失敗を繰り返さないこと。挑戦した結果の失敗をバネにすること。これは私のスタンスです。
もうひとつ。挑戦しなければならないとき、って必ず人生に訪れます。格好を付けて書くわけではありませんが、私の経験から、ふたつにひとつを選択しなければならないとき、「やる」、「やらない」のいずれかは「やる」を選んで挑戦して欲しい。あえて茨の道、つまり挑戦することを選ぶ・・・そこで失敗することになっても後々後悔することはありませんので。
失敗は成功のもと、です。とても重みのある言葉です。改めて考えさせてくれた作品に感謝します。ありがとうございました。
本校のホームページに訪問していただく件数が毎日1000件を超えるようになりました。ありがとうございます。
本校は、「かなうさ」というマスコットキャラクターを持っています。尚栄の『尚』の文字をモチーフに、そして、尚栄なら夢がかなう、という言葉を掛け合わせて名付けられた可愛らしいマスコットです。
本校のホームページにアクセスすると校舎の写真が写し出されますが、その真ん中に跳び箱を跳ぶピンク色の「かなうさ」のイラストを見ることができます。『尚』の文字に見えると思います。学校独自の公式マスコットキャラクターを持つ学校はそう多くはないので「かなうさ」をどうにか活用できないか・・・4月からずっと考えています。
ずいぶん前にデザイン系列の生徒がクッキーを焼いて校長室にやってきました。タグは昨年度のものになっていますが(サンプルなので気にしないでください)、一日体験入学でクッキーをプレゼントするとのこと。「試作なので食べてください」ということですが、なんだか可哀想でいつまでも食べられずにいます。
夢(手元のある国語辞典より) - 将来実現したいと思う事柄。希望。それでは希望とは - こうあって欲しいと願い望むこと。似たような言葉で使われる目標は - めあて。
小さいときにはたくさんあって、大人になると失っていくもの・・・一般的にどうなのでしょうか?寂しいけれど、現実を知るにつれて失っていくものなのかなぁ。私は多くの夢を捨ててしまったかも。でも、捨てると新たに見つけるのも、また夢ではないかな、と思います。
そうした中で見つけた夢のひとつ。それは、六十歳を境にしたそれ以後の人生についての夢です。ずいぶん前から持ち続けてきた夢ではありますが、ここまで先延ばしになり、あと5年半のところに迫ってきました。詳しくは書きませんが、お店を持ちたいと思っています。妻に言うといつも笑われますが、私はかなり本気です。その夢を叶える第一歩として専門学校に通うことを考えています。実現に向けて一歩一歩歩んでいこうと思います。
十代を生きる生徒の皆さんはたくさんの夢を持っているはずです。無理だではなく、叶えようと思い続けて欲しい。どこでチャンスが巡ってくるかわからないわけですから。
5月中旬から校長室の入口扉を開放しています。その扉の付近から、こそこそこそっと小さな声で喋っている生徒の声が聞こえてきました。
とんとんとん - 校長室の扉がノックされました。
「校長先生、とら焼きとどら焼きを作ったので食べてください」頭から足下まで真っ白なユニホームに身を包んだフード系列の3年次生が、はにかみながら校長室に入ってきました。訪問してくる生徒はみんなそうなのですが、はにかみ表情が可愛らしくて、いつも私の心を穏やかにさせてくれます。まだまだ子どもなんだなぁ、と思ってしまいます。「せっかくだからホームページに載せる写真を撮ろうよ」と声をかけ、4人で並んで撮りました。
「どうしてとら焼きなの」と聞きましたら「皮がとらの模様だからです」と返ってきました。なるほど、言われてみれば、です。餡は入っていませんでしたが、とら焼きもどら焼きもどちらも美味しかったです。ありがとうございました。
とら焼きとどら焼きは、今後開催されるいくつかのフェアで販売する予定になっていますので、手に取ってもらえると嬉しいです。製造の様子を本校インスタグラムに掲載しております。御覧ください。
https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
みんなで楽しく作って、できあがったものを品評して、何が上手くいって何が足りなかったのかをみんなで考える。それを元に改良していく。大人になってからではなく、多感な高校時代にこのような体験ができることに、私は大きな意味があると考えます。
変化の激しい時代、人生100年時代と言われています。生徒たちの将来は働く期間が長くなり、マルチステージの時代になります。学んで働き、学んで働き・・・を繰り返す人生になっていくものと思われます。
【課題】どうしたらとら焼きの皮になるのか 【情報の収集】まずは調べなければならない 【情報の整理・分析】調べたことをまとめる 【まとめ・表現】実際に作ってみる これを繰り返していく。変化が激しく予測困難な時代だからこそ、常に【課題】が降りかかってくるわけですから、学びのサイクルは延々と続いていきます。本校で実践している学び方が、課題解決に向けたひとつの手段として役に立つと思っています。
9月27日(土)の体験入学の受付をしています。是非、お越しください!!
夏にさよならしなければならない - 九月の夕暮れはいつも美しいのだけれど、私をセンチメンタルにしてしまう・・・
9月10日 明治通りと美唄川の交差付近にて(写真を補正)
夕食後のランニング。見上げる空はわずかに残る朱色が早送りされ、たちまちのうちに濃紺に染まっていきます。この日もそうでした。1分、2分と言ってはいられない加速度感。空の色は駆け足で切り替わっていきました。もう少し近づいたところから、なんて思いながら夕暮れに向かって走りましたが、もうこれ以上行くとこの空を切り取ることができない、と諦めて写真を撮りました。
ずっと遠くから演歌のような音楽が時折風に混ざって聞こえてきました。空知神社秋季例大祭の初日。秋祭りのスタート。音源はおそらくそこからのもの。
否応にも秋の訪れを私に伝えてきます。目の前を通り過ぎる赤とんぼ、道ばたに落ちてしまった葉、黄金色の田、道路沿いのすすき、草むらのコオロギの声、そして肌に感じる風・・・
本日で単元まとめテストが終了します。3年次生は来週から解禁される就職試験に向けた準備、久しぶりの部活動やアルバイト等が再開されます。学校帰りにお祭りに寄っていく人も多いのかな。
本校の生徒にも秋の時間が訪れています。
美唄市立美唄中学校の学校祭企画の目玉でもある合唱コンクール。かねてより浅利校長先生から「審査員をお願いします」とお声がけをいただいたこともあり、わくわくしながら訪問させていただきました。
最後に合唱を聴いたのは、次男の中学校の卒業式。その前となると2年遡った長男の中学校の卒業式になります。8年前、10年前のことになります。どちらも公立高校の合格発表前で、親としては子どもが卒業する喜びの裏で合否の行方にそわそわしている、そんな複雑な胸中だったのを覚えています。合唱(たしか大地讃頌だったような)の歌声とともに、脈絡もなく溢れ出してくるさまざまな想い出に浸りながら、私はただただ目頭を押さえていた - この歌声のどこかに、間違いなく自分の子どもの想いが混じっているんだ、そう思いながら聴いていました。
さて、1番手は2年1組「COSMOS」。表現のしようがないのですが、ピアノ伴奏から心にぐっ、とくるものがあって、最初の歌声がピアノに載った瞬間に鳥肌が立ちました。合唱の善し悪しではなく、子どもたち一人ひとりの想いがひとつに重なって私の胸にどーん、と迫ってきました。
すごい - それ以上の言葉は出てきませんでした。本当に感動した時って、言葉は出てこないんですね。それともうひとつ、歌詞の一部ですが、ここがとても素敵でした。「君も星だよ みんなみんな 時の流れに 生まれたものなら ひとり残らず 幸せになれるはず」(ミマス作詞)こういう素敵な言葉を大人になっても、いつまでも心に留めておいて欲しいです。
6つのクラスの合唱は、それぞれのクラスの特徴が表れていて、同じ曲なのに全く違う表現があって素晴らしかったです。ひとつの曲に生徒一人ひとりの想いが乗せられて最後はひとつの歌声になって響く・・・合唱の奥深さに心が打たれました。
ひとつの歌声にするまでにさまざまな苦労があったはず。それを乗り越えた一人ひとりの心には合唱が終わったという現実だけではなく、かけがえのない大切なものが植え付けられています。美唄中学校の生徒の皆さん、感動をありがとう!
自校に所属していない子どもたちの写真撮影はできませんので、今日の写真は、合唱コンクールが終了した後に浅利校長先生といただいた給食です。美唄市の給食は食材にこだわっており大変美味しい、と各方面から評判が高いとのことです。そのとおり美味しかったです。ごちそうさまでした。
校門前のひまわりが満開になりました!!
私の朝を出迎え帰りを見送ってくれるひまわりです。
さて、少し難しい話をさせてください。
こうなんだ、と決めつけてしまうとそこだけしか見えなくなります。特に若いときは狭い世界のさらに小さなひとつのモノしか見えない - 私自身の経験から言えることでもあります。それで失敗したこと、周りの人に不快な思いをさせてしまったこと・・・私にはたくさんあります。
(立って撮影)
誰かに教えてもらったことではないけれど、カメラを持ってさまざまな被写体や風景を切り取っていくときに、立ったりしゃがんだりするだけで、ファインダ越しに見えてくる像が大きく違ってくることを覚えました。望遠レンズで引っ張ってくるよりも、そこまで足を運んで像を結ぶと遠くからは見えなかったものが見えてくることを知りました。そんなことは当たり前なのですが、意外と人は気付いていない。
(座って撮影)
学生時代にカメラを始めたとき、上から見下ろすだけの単調な写真を撮っていたけれど、体調を崩して再スタートしたカメラは目線を合わせてシャッタを押すことが多くなりました。花を撮影することが多かったのですが、マクロレンズで撮影する時など、私は草むらに身を横たえ20センチや30センチまで花に顔を近づけて撮影をしていました。
離れた位置からはただの花びら一枚でも、ぐーん、と近づくと花びらの筋やそこに載る花粉の粒まで撮し込むことができるわけです。おもしろくてずいぶんのめり込みました。嫌なことを忘れ、心の中に蓄積した負の荷物を捨てられる時間でした。自分自身のモノの見方が如何につまらないものだったか - この時期に教えられたことでもありました。
そうした経験の中から少しずつ自分自身が変わっていったんだろうと思います。そういう意味では、あの長い時間も決して無駄ではなかったと思います。一方向の高い所から、ではなくて、ぐるーっと回って目線を下げた所から見てみる。被写体の一番いい所に触れることができるはずです。
目線を合わせる、視点を変える - 始めてみませんか!
本校のホームページの閲覧誠にありがとうございます。昨日から本日にかけての1日で1400件のアクセスがありました。インスタグラムも更新しておりますので、是非御覧ください。ありがとうございます。
9月4日(木) 探究学習中間発表会を実施しました。7月25日に実施する予定でしたが、高温下による熱中症を防ぐため延期させていただきました。進路活動(就職)が本格化する3年次生には、発表会に向けた準備で負担をかけることになりましたが、この日の発表を見て単純に中止にしなくて良かった、と思いました。3年次生の皆さん、本当にお疲れ様でした。また、本校にお越しくださいました皆様に対しましてもお礼を申し上げます。ありがとうございました。
9つのブースが用意されました。「商品開発(グッズ)」「商品開発(食品)」「道の駅」「防災」「健康」「広報・SNS」「若者が集まる場所(フード)」「若者が集まる場所(娯楽)」「若者が集まる場所(イベント)」生徒たちが一つ決めたテーマに対して調査し議論を重ねてこの日の発表に繋げました。
汗を流しながら説明する姿、真剣な表情で語る姿、予期せぬ質問に一生懸命に答える姿・・・教室では見ることのできない3年次生の姿に触れ、私は感動しました。場慣れしている今なら私もできると思いますが、37年前の高校3年生だった自分にこれができたか・・・生徒の姿からそうしたことも考えさせられました。生徒にはさまざまな可能性があるんだな、と思います。
もしかしたら実現できるかもしれない - そう思わせるアイデアが詰まっています。仮に実現できなかったとしても、誰も気付かなかった発想が詰まっています。この発表で終わり、来年1月までの取組で終了ではもったいないな、と思います。
この後、地域の関係機関と打合せを重ねていくグループもあると聞いていますので、原石をさらに磨き、輝くものにしていって欲しいです。
美唄市長桜井様の言葉をもう一度。
「ゼロから1を生み出す力がこれからは必要となります」
5月21日 齋藤農場(齋藤実様)様の田んぼにおいて、美唄市食育事業の一環で行われた田植えに、美唄市立東小学校5年生と本校のフード系列2年次生4名が参加したことを以前紹介させていただきました(5月27日 校長の小部屋 掲載)。
9月4日 稲刈りのスタッフとして、フード系列2年次生5名が現地に向かい、小学生が行う作業の指導や刈った稲をまとめて縛るなどの手伝いをしました。地域の方々と直に触れ合える体験の場を提供してくださいました、美唄市教育委員会様や齋藤様に感謝申し上げます。
実るほど頭を垂れる稲穂かな - この日、田んぼの縁に立ち、黄金色に染まった稲を見渡しているときに、この言葉が浮かんできました。実るほど頭を垂れる稲穂かな、と小さな声で口ずさみながら、これはきっと今何かをしっかり考えなさい、というサインなんだろう、と私は受け止めました。
稲は成長すると実をつけていきますが、つければつけるほどその実(頭)の重みで垂れ下がってきます。「立派な人、人格者ほど謙虚な姿勢である」という例えです。そのとおりだな、と思います。
いつのことか忘れましたが「謙虚であれ」と教わったことがあります。自分の能力を誇らず素直な態度でいなさい、と説かれました。自分が自分が、ではなく、相手を重んじなさい、と。何の時だったかなぁ・・・思い出せません。もしかしたら母親から、いや、中学校の担任佐藤先生から言われた言葉かもしれません。
私も人生の後半を走っているわけですから、さまざまな体験や経験を積んできました。これは人に負けないぞ、ここまでやってきた、というプライドは当然あります。ただそのことを以てして、得意になることがないように、といつも自分に言い聞かせています。見せつけようとしない、つまりは、うちに秘めておけばいいのだ、と。これからもそのような生き方をしていこうと思います。
この日、小学生は泥だらけになりながら稲を刈っていました。子どもたち一人一人にとって、今日の出来事が素敵な想い出として記憶されるといいな、と思います。
9月3日(水)4校時 1年次生(1組)で実施していた現代の国語「疑問の探究」についての授業の一コマです。
「一つのことに集中すると周りの音が聞こえづらくなるのはなぜか」「なぜ人には感情があるのか」「季節ってなぜあるのだろう」「人はなぜ、戦争という愚かな手段を手に取るのか」「なぜ一重の人と二重の人がいるのか」「なぜ同じ日本なのに方言があるのか」「アフリカはなぜ発展しないのか」「ミラという星はどうして明るさ、色が変わるのだろうか」「なぜ学校があるのか」「なぜ身長が高い人と低い人がいるのか」「あくびを見てなぜつられるのか」「ジョギングとランニングの違い」「人は死ぬとどうなるのか」「宇宙は無限なのか」「雲が美味しそうなのは、なんでだろうか」「なぜ日本語話しているのか」「なぜ人は夢を見るのか」「なぜ自分たち大人の言ってることが正しいと言えるのか」「なぜ猫派と犬派がいるのか」
こうしてすべてを並べて見てみると、確かに「なぜ?」であり、私自身が生徒一人ひとりに胸を張って「こうだからね」と答えられないな、と・・・
生徒は自分の疑問について調べ、相手に理解してもらえる伝え方を考え、発表に結び付けています。昨日、美唄市長桜井様が本校にお越しになり、1年次生と3年次生にこのような言葉をかけてくれました。「ゼロから1を生み出す力がこれからは必要となります」まさにそのとおりだな、と思いました。なぜ?というゼロのスタートから自分なりの答え1を見つけていく。考えさせられます。
私は「人はなぜ、戦争という愚かな手段を手に取るのか」「ミラという星はどうして明るさ、色が変わるのだろうか」「なぜ人は夢を見るのか」「ジョギングとランニングの違い」の4つの発表を聞かせてもらいました。ただ調べたことを列記して発表するのではなく、自分の考えを含めた発表になっているのが良かったです。
ランナーの私は「ジョギングとランニングの違い」の発表が興味深かったです。発表した生徒は図書室で関連する本を見つけ、それを元に考えをまとめたとのこと。図書室に足を運び、本を手にし、ページをめくる - そのことも私としては嬉しかったです。ランニングシューズによる走行スピードの効果について調べてね、と生徒にお願いしましたので、次回の発表を楽しみに待ちたいと思います。
一生懸命に話す姿、真剣に聞く姿がとても良かったです。生徒たちはすごいな、と感心しました。真剣に聞くことは小さな頃から家庭でも学校でも求められますので、ある意味できて当たり前かな、と思います。しかし、どうでしょうか。一生懸命に話すことって生徒だけではなく、私たち大人を含めてできるでしょうか。特に、昭和世代の私たちはできないのでは、と思ったりしています。
自分が高校生の時にこのような授業はありませんでしたし、人前で発表をするなんてこともありませんでした。時代が大きく変わってきていることを実感します。今、目の前にいる生徒がこうした経験を積むことは、これから先の人生のどこかの場面で必ず生かされると思います。
花が好きなので、花の話題が続いて申し訳ございません。ただ、嬉しいので書かせてください。
ずっと待っていた花が校門前の花壇に咲きました。たくさんの蕾がついていますが、このひまわりが一番最初で、そしてひとつだけ咲いています。そのことによって花壇がぱーっ、と明るくなりました。わずか15センチほどの小さな花なのに、これだけの輝きを放てるのはどうしてなのでしょうか。
ひまわりに対する私の特別な想いについては、以前書かせていただきました。どこにでもある、どこでも目にする花ではありますが、私にとっては思い入れの強い花になります。あの頃、自分はひまわりに救われた・・・やはり、考えるのはそのことです。
暖かい日が続いていますから九月に入った実感が沸いてきません。でも、夜風が変わってきました。もう、夏のものではありません。体調を壊さないようにしてください。
小さな花壇ですが、手入れをしてくれる生徒と教職員がいるというのも、実は私が嬉しいことのひとつでもあります。
来週には九月のひまわりが満開になるような気がします。楽しみです。
1年次生で実施している現代の国語「疑問の探究」についての授業を見学しました。相手の理解が得られるような話し方を工夫しよう、という単元で、生徒それぞれが感じた疑問(なぜ?)について、各自調べ学習を行い、そこで得た知識をまとめた上でプレゼンし、それを聞いた生徒が質問や提案をするという取組です。
「なぜオーロラが発生するのか」「音楽はなぜ生まれたか」「なぜ自然にあるものが燃料となるのか」「なぜ左右で視力は違うのか」「なぜ人は夢を見るのか?」「なぜ人を嫌いになるのか」「なぜだめと言われたことはやりたくなるのか」「推しに対する心理的感情と人々による理解、定着」「色覚異常について」「なぜ色弱の人とそうじゃない人がいるのか」「人はなぜすぐに行動できないのか」「人の目の色の違いについて」「死んだらどうなるのか」「なぜ色々な言語が発達したのか」「なぜ人は悲しい時に涙が出てくるのか」「不老不死について」「黒板はなぜ緑なのか」「宇宙はどうやって出来たのか?」「なぜ1日は24時間なのか」「いじめについて」「血液型はみんな違うのか?」
どうです?こうした疑問にすぐに答えられますか?私は自信がありません。教科担任の意図するところとかけ離れてしまうと申し訳ないのですが、「これってどうなんだろう」と疑問に思ったことを自分で調べてみる力って、とても大切だと思います。誰かに聞くことですぐに解決することもあるのでしょうが、私はそれだけではいけないと考えます。
これは私のスタンスですが、躓いたら徹底的に調べます。調べた結果をもとにアタックします。それでも解決しなければ、再び考えて何度もアタックします。その上でエラーが出たら、「ここまでこのようにやってみたけれど、このエラーを改善するのに何が必要でしょうか」と質問します。自分で理解できるギリギリまで攻めます。きちんと理解するのは努力が必要です。
物事の本質をしっかり理解できていなければ、エラーのない答えを教えてもらっても、次の応用に繋げていくことができません。その状態で人を理解させることなどできない - そのことを大学の研究室で城谷先生から学びました。
城谷先生から固体物理学のあることについて質問されて、教科書に書いてあることを勉強して答えても、「それってどうして」「どうしてそうなるって言えるの」と間髪を入れずに、どうしてどうしての質問が飛んでくるわけです。その時に言われたことが「日下くん、調べたことをそのまま答えるのではなくて、どうしてそうなるかを勉強しないとダメだよ、そこが一番大切なことなんだから」このことが今も私の中にしみついています。だから仕事をしていても「これってこれでいいの?」と問うている自分がいます。
それにしても生徒たちの「なぜ?」確かに「なぜ?」です。確かな答えがあるのかないのかも私にはわかりませんが、短絡的にインターネットで検索するだけではなく、図書館に足を運んで本を手にとり、答えを探す旅もして欲しいな、と思います。汗をかいた努力は必ず人を成長させるので。
普段見ることのできない生徒の一面に触れられて、とても興味深い時間でした。
ヨーロッパ原産のアストランチアという素朴でかわいらしいお花があります。お店で購入すると一株800円ほどの結構高めの宿根草です。我が家では白とピンク、赤い3種の花が6月中旬から咲き始めます。上手に育てると数年後に見事な株になり、40センチほどの草丈でたくさんのお花をつけます。
開花期間は約一ヶ月で7月も終わる頃、花は終わってしまいますが、十分に乾ききった花をハサミで切って、庭の空きスペースに埋めて一冬越させると、翌年、そのうちの数カ所から芽を出します。確率からいうと10%ほどでしょうか。
毎年、ゴールデンウィークあたりからいろいろな花の芽が土の中から顔を出すので、それを楽しみにしています。中でもアストランチアの発芽があると、ついつい嬉しくなって「芽が出てきてるよ」と妻を庭に呼びます。そうして二人でのぞき込んでいます。
11月後半から3月上旬までの長きにわたる冬を乗り越えて命を芽生えさせる・・・その生命力に毎年感動させられます。命ってすごいな、生きるってすごいな、と。私にとっての花々はそういうことをまじまじと考えさせられるものでもあります。
華道部の生徒が生けたお花が今月も校内に飾られています。御覧ください。
華道部の活動が終わった後に、男子生徒がお花を届けてくれました。4月から部員が月替わりで校長室にお花を届けてくれて、そのたびに校長室に見事な彩りを与えてくれます。何がいいか、それは生徒が生けたということ、そして花の美しさです。
(8月28日放課後 写真掲載については本人の了解を得ております)
彼は前回4月25日(校長の小部屋には4月30日に掲載しておりますので、是非御覧ください)、私が着任してすぐに届けてくれましたので、生徒の作品がひと回りし、2ローテ目に入ったことになります。毎月毎月、届けてくれた生徒と話をして写真を撮らせていただき、こうして紹介できるのが私にとって密かな楽しみになっています。こんな贅沢をさせてもらっていいのだろか、といつも思っています。
私は彼に言いました。「この先卒業して、大人になってもたくさんのお花に触れる人生を送って欲しいと思うよ。そういう素敵な人になって欲しいよ」と。
自分の気持ちを穏やかにさせてくれるものを何かひとつ持って欲しい、という強い思いが私にはあります。たまたま私は花だったりJAZZだったりするわけですが、誰にも邪魔されずに、そのことだけに時間を使える - その時間が、ふと我に返ったときに、弱腰になっている自分を助けてくれていたり、決断を迫られる局面での自分を支えてくれていたりする・・・私の人生の中にはそうしたことがいくつもあります。
自分の経験にはなかったので余計にそう思ってしまいますが、多感な高校時代に花に触れられるのっていいですね。私は、高校生の頃、花など見向きもしなかった。他に触れるべき見るべきものがたくさんあったということなのでしょうが、たくさんの美しい花を見逃してきてしまった我が人生が残念でなりません。
多くの生徒が校長室に足を運んでくれます。廊下を歩いていても、教室に入ってもすぐに声をかけてくれます。素晴らしい生徒たちが在籍する学校に勤務できていることに感謝しています。本校のホームページに御訪問いただき、生徒たちの姿を感じとっていただけますと幸いです。
お盆明けの話です。
O先生がひょっこり校長室に。「校長先生、日本一危険な神社に行ってきましたので」何が危険か・・・そこに辿り着くまでの参道の過酷さが由縁になっているようです。写真を拝見しましたが、高所恐怖症、閉所恐怖症の私には無理です。
無事に辿り着いたO先生は、御朱印の他に2枚の応援メッセージカードを私にくれました。本当に心のこもった、私ごときのためにわざわざ時間を割いて描いてくれたそのお気持ちが心底嬉しかったです。宝物にしたいと思います。ありがとうございます。
O先生は、着任早々私の走っている姿を絵にしてくれたことがあり、その絵から芸術センスの高い方だな、と思ってそうした話をさせていただいたら、そのとおり絵心のある先生でした。素敵なセンスをお持ちで、そのデザイン性や発想に驚かされます。私は絵がまったく描けませんので、小学校の図工が嫌いでした。絵の具で濃淡をつけて・・・などと言われるとたちまち調子が悪くなるような人間です。人それぞれいろいろな才能があるんだな、と思います。
北海道マラソンを控え、にわかに緊張が高まってきていますが、市民ランナーの私は、前を走る誰かを追い抜いて少しでもいい順位を目指す、というものではありません。誰かと勝負して勝たなければならないというレースではなく、あるのは自分との勝負だけです。抜かれようが追い越そうがそれはどうでもいいわけです。
自分の中に掲げた目標に対して、自分の力だけで挑戦していく、ただそれだけです。格好をつけて書くわけではありませんが、マラソンは、私にとって素直に自分と向き合い、自分と戦いができる唯一のものになっています。
その目標を達成するまで、あと2分少々というところまで辿り着いたのを最後に、何年も遠ざかったまま手の届かない状態が続いています。初めて完走できたあの時は、わき上がる感情に涙が止まらなかったのに、もう完走が目標ではなく、タイムを目指すマラソンになっています。
簡単に言うなよ、とトップアスリートに叱られそうですが、100メートル走で10秒00と9秒99、わずかコンマ01秒を縮めるのと同じくらい、私にとって2分という時間は困難な数字になりつつあります。しかし、諦めてはいません。
2枚の応援メッセージが、ゴール7キロメートル手前で思いっきり背中を押してくれるといいのですが・・・
本校の見学旅行は2年次生で実施しており、今年度は10月7日(火)から10日(金)の3泊4日、行き先は関西方面(大阪、京都)です。
8月27日(水)5、6校時で生徒向けの説明会を行い、本日夕刻より保護者等に向けた説明会を実施いたします。まだ先のことと思っていましたが、一月先に迫ってきました。出発に向けて本格的な準備がスタートしています。生徒も見学旅行を楽しみにしていると思います。
指折り数えて12回見学旅行の引率をしました。沖縄3回、九州3回、関西・関東・東海5回、道内1回となります。直近の関西方面の見学旅行は2年前で、広島県→大阪府→京都府の行程になります。原爆ドーム、厳島神社、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、金閣寺、清水寺でなかったかと思います(たくさんの引率で記憶が曖昧になってきています)。
どの見学旅行においても同じですが、たくさんのお土産を買って、美味しいものを食べて、両手いっぱいに自分用の服やぬいぐるみを持ち、笑顔でホテルを歩き回る生徒たちの姿が浮かんできます。今回もきっとそうした生徒の姿をたくさん目にすることになるのだろうな、と思います。楽しみです。
令和4年度、管理職として沖縄の見学旅行の引率をしました。コロナ禍での旅行でしたので、出発から帰着まで気が抜けませんでした。新型コロナウイルスに罹患した生徒が出て、沖縄まで保護者の方に来てもらうなどの対応もありました。
私が在籍した学校は旅先を変更をしながらも見学旅行を実施しましたが、令和2,3年度は、見学旅行そのものを中止した学校も多かったはずです。
たった一度しかない高校時代に、それも一番の楽しみとなるであろう見学旅行が中止になってしまった、涙をのんだ先輩たちがこの日本に数多くいることを私たちはいつまでも忘れてはなりません。
4泊5日の沖縄が九州長崎に変わり、関西に変更せざるを得なくなり、そこもダメで東京を外した関東で2泊3日、よしこれで行けるぞと思ったところで、再度東北に旅先を変えざるを得なくなり、青森の下車は認められず岩手とその帰りに函館なら寄れる - 出発したのは3月中旬。とにかく中止にしない、ただそれだけを思って奔走しました。こうしたことが数年前にあったわけです。行かせてあげることができた、ただそれだけでした。当時の生徒たちは現在、自分たちの見学旅行のことをどう思っているのだろうか・・・気になります。
夏季休業明けの登校で全員が目にした作品。そしてそれはこれから毎日目にすることになります。みんなの目に留まる位置に、青春真っ盛りのみんなを支えてくれるであろう書を掲げました。本校の先生が書いた作品です。作品の素晴らしさは当然ではありますが、万人が思いつきもしないであろうこの芸術的な言葉の綴りが、今を生きる高校生の道標になるはず、と私は思っています。
8月上旬に第3回教育大学旭川校書道研究室卒業生展が札幌市で開催され、招待状をいただいたこともあり足を運びました。恥ずかしながら筆も立たず、見せられるような字も書けない私ではありますが、人生で初めて『書の存在感』、『書のエネルギー』のようなものを感じました。数々の作品を目にし、「これはすごい」 - あまりに圧倒的で、もうそれ以上の言葉が出てこないのです。書き手の想いや魂がまざまざと迫ってきて、下手なコメントを述べるくらいなら、ただ黙って作品の前に立ち、感じるものをすべて全身で受け止めればそれでいいんだ、と思いました。
この日、偶然にも教頭先生も会場にいらしたので、「作品を校内に展示して生徒に見せたいですね」という話になり、実はこれが冒頭の経緯となったわけです。大切な作品を惜しみなく提供してくれた先生に感謝いたします。
「正解」という野田洋次郎さんの曲と詞を昨日インターネットで拝聴・拝見しました。静かな美しい曲でありながら、メッセージ性の高い、実に心に沁みる奥深い素敵な音楽と詞でした。できることなら高校生の時に聴きたかったな、と真っ先に思いました。夢があっても結局は既定路線に身を委ねるしかないのか、という葛藤や不安、怒りと諦めの中で、それでも一歩一歩現実に向かっている自分にもやもやしていたあの頃に出会っていたら、自らの心の有り様をやさしく包み込んでくれたはず。もしかしたら別な答えを探す旅に勇気を持って踏み出せたかもしれない・・・今さらですがそんなことを考えたりしています。大学時代からほぼJAZZしか聴いてこなかったので、日本の世の中にこんな素敵な音楽があったことに驚きも感じています。これからは音楽についてもう少し広くいろいろなものを吸収していく必要がありそうです。
生きる、ということは、1足す1が2となるような、きれいな答えと正解ばかりではありません。そのほとんどは銀河のような空間の中で、自分の立ち位置すら曖昧な状態にありながらも、これかもしれないという光を見つけ、自分の足でその光を掴みにいくような、そんな旅を続けていくことなんじゃないか、と思います。誰かが放った正解のような光が、自分が探している正解を照らすものにはならない。自分の進むべき道は自分で拓きなさい。正解などないのだから自分で正解を見つけなさい。野田洋次郎さんの意図するところとはかけ離れているかもしれませんが、私はそう考えています。
日曜日の夕方 - 「明日生徒が元気に登校してくれるだろうか・・・」妙に緊張して心臓がばくばくしました。
昨日25日(月)久しぶりの登校日になりましたが、私は朝の目覚めと同時に再び緊張し、その状態で職場に入りました。一月に及ぶ長い休暇になりましたので、ぎゅっとネジを締め直したかのような生活に生徒がうまく順応できるだろうか、そのことが心配だったわけです。
朝の登校の様子、全校集会でステージから見た生徒の表情に曇りがなかったので、ひとまずほーっとしてはいますが、御家庭におかれましては、いつも以上にお子様の様子に気を配っていただき、話を聴いてあげたり問いかけをしたりして、コミュニケーションを図るようお願いいたします。何かございましたら学校へ連絡をください。
私も学校閉庁日を含め、長めの休暇を取得しました。自分の実家と妻の実家で一泊ずつお盆をしてきました。もう子どもたちを伴った帰省ではなく、私と妻の二人だけの帰省です。ずいぶん前のことになりますが、子どもたちがサッカーと野球の少年団に所属していて、毎年、練習や試合のスケジュールの穴を見つけて、それぞれの実家へ帰省していたことが懐かしく思い出されます。もう同じような時は二度とやってはこない、そのことは理解していても、にぎやかだったお盆と年末年始の帰省に思いを馳せる自分がいたりします。
さて、話を元に戻します。校舎内を歩いて生徒の様子を見て回っています。私が教室の後ろから突然入っていっても別段驚く様子もなく、普段通りに振る舞ってくれるのが嬉しいです。先生方も最初の授業ですから、生徒の表情を見ながら工夫した取組をしているのが見てとれます。生徒と先生が会話のキャッチボールを交わしながら授業に向かっているのがとてもいいです。
並んで廊下を歩く姿、笑い声、体育館から聞こえる歓声、お弁当袋を下げた姿、駐輪場の自転車、ホールのベンチに腰掛ての談笑・・・生徒がいると学校が元気になります。
教室後方のロッカーに鞄が入りました。整理整頓された使い方がおわかりになると思います。当たり前、といってしまえばそれまでですが、私が教室に入った時に真っ先に見るところです。こうした小さな箇所に学校のすべてが現れてきます。
みんなで利用する場所だからきれいにする。つまり、教室は自分の部屋ではなく、みんなの部屋 - 私はそのように考え行動する心豊かな生徒を育てたいと思っています。それができて始めて次の段階の学びにつながっていきます。これは私自身の教育のスタンスでもあります。
本日、学校生活2日目を迎えます。
約一月にわたる夏季休業を終え、本日登校日を迎えます。身体が重い、すっきりしない、憂鬱、冬休みまでまだまだ長いなぁ・・・そうした気持ちで今日を迎えているのではないかな、と思います。
休み明けの初日。それぞれにそれぞれの思いで登校してくるはずです。今日というスタートラインは同じであっても、スタートダッシュはそれぞれです。素晴らしい加速で前に進める人と、躓いて転んでそこから立ち上がり走り始める人もいます。今週は、いきなりシフトアップするのではなく、ゆっくりゆっくりの加速でいきましょう。慌てずに自分のスタートダッシュを切ってください。
始まりに当たり、生徒の皆さんにお願いです。多様な人がいる中で私たちは生きています。思いやりに欠ける行動や言動、わがままな考え方、自分を中心にした生き方、人の気持ちを考えない生活は、他者を傷つけ、他者を不愉快な気持ちにさせます。人との関わり方について、自分自身はどうなんだろう、ということについて思いを馳せて欲しいな、と思っています。
朝、7時18分にこの記事を書いています。あと40分後に皆さんが登校してきます。どきどき心臓が鳴っています。私も緊張した朝を迎えています。
恥ずかしくてあまり大きな声では言えませんが、大学の講義中は読書ばかりしていました。もちろんすべてではありませんが、哲学の講義の時に教授に見つかり、こっぴどく叱られたことがありました。「き・みっっ、ここからデテいきなさいっ」いつもは穏やかな教授でしたが、この日は鬼の形相で私を睨みつけていました。私のクラスで、大学生にもなって、しかも教授から叱られたのは、私だけだと思います。
「すみませんでした」と私は謝罪し、素直に講義室から退室しました。隣に座っていた親友が後から「日下な、お前が悪いんだから、教授の部屋に直接行って、もう一度謝罪してこい、そうしなかったら単位出してもらえないぞ」と心配してくれたこともあり、翌日謝罪しました。その後どうなったかについては、今この場に私がいることで想像してください。
小さな頃からずっと本に触れてきました。祖母がいつも本を読んでいたことと、母親が童話集を定期的に買ってくれたことが影響しているのだと思います。居間に一台のテレビがありましたが、私たち兄弟3人が番組を見られる時間は6時から8時までに放映されていたマンガのいくつかだけでした。それも父親の機嫌を伺いながらでしたので(ほとんど機嫌が悪かったのですが)、連続的に続いていく物語性のあるマンガですと、一話を見逃すと虫食いになり、突然展開が変わるためずいぶんと案配が悪いものになりました。テレビの前に子ども3人が笑い話しながらワイワイ楽しそうにしているところに、父親は自然に入り込むことができなかったのだろうと思います。テレビを見たくても落ち着いて見ることができないので、私いつも祖母の隣で本を読んでいました。そうした背景もあって、母親は月に一冊本を買ってくれたのかもしれません。
現在に至るまで読書を続けておりますが、高校生、大学生の頃は月に5~10冊ほどを同時に読み回していました。ずいぶんとエネルギーを要する読書をしていました。もう、今はそんな読み方はできません。私は、登場人物の一人を自身に投影した読書をするので(これは今も変わりません)、10冊も抱え込んで読んでしまうと、10個の世界に生きている状況になってしまい、何が何だかわからなくなりました。それでも見たことのない世界に自分が生きているような気がして、とてもいい時間を過ごせたように思います。
今朝、本校の図書館でずらり並ぶ本の中から、伊与原新(いよはらしん)さんの「宙わたる教室」を見つけました。定時制高校の科学部を舞台にした物語ですが、実は少し前にNHKドラマで放映されたのを私は見ていました。すごくいい話なので紹介いたします。
本のある空間が好きです。時間があると街に出掛け本屋さんで時間を過ごします。苫小牧では定時制課程の勤務でしたので、午前中は図書館に行って本を読んでいました。北見では週末はランニング後にカフェでのんびり本を読んでいました。
電子媒体で読書できる時代になりましたが、やはり一冊の本を手に取り、その重さを感じながら珈琲を飲みゆっくり活字を楽しみたいと思っています。
本校ホームページへのたくさんの御訪問ありがとうございます。
生徒が「尚栄いいところ」を書いてくれましたので、ここに紹介いたします。このように書かれています。そのまま引用させていただきます。生徒の生の声ですので説得力がありますよ。
『幅広い分野を学ぶことができる』
『個性あふれる人がたくさんいるところ!』
『元気いっぱいな人が多いところ!!』
『元気いっぱいの挨拶が聞こえてくる!』
『設備が整っているところ。』
『将来の夢に合わせて知識や技術を深めることができる。』
『実習が多くていろんな経験ができる!』
『空知唯一の総合学科 選択科目が多くやりたい授業ができる』
『自分に合った授業が選べる!! 資格をたくさんとれる!! 行事が楽し い!! 先生がやさしい!!』
『駅が近い 先生と生徒が仲良い 行事が楽しい 部活が豊か』
『カリキュラムが充実している 先生が優しい あいさつが活発 資格取得ができる テニス部が強い 授業がおもしろい! バイト、部活、生徒会の両立が可能!!!! 行事が充実!』
『近くにすき家がある!! 近くにセブンがある! 先生がやさしい! 生徒がやさしく、明るい!! 授業がおもしろい!』
それぞれの学校にいいところがあります。もちろん本校にもいいところがたくさんあります。今日はいいところを自慢するのではなくて、今、これを書いている私が思っていることをそのまま書きます。
いいところを探す人生を送れたら幸せになれるのではないか - そんなことを考えています。簡単なようですが、どうでしょうか・・・逆を探すことが多くないでしょうか。逆を探すと気持ちがどんどん荒みます。ものの見方考え方の視点が、その後の人生を大きく左右するような気がします。人生を豊かなものにするかしないかは、その多くが他者に左右されるのではなく、結局は自分自身の考え方ひとつにあるのではないかと思います。
たくさんのセミナーや研修会に参加してきた中で、「グループを組んだ人のいいところを見つけて付箋に書きましょう」というような時間を与えられることが何度もありました。きっとこうしたところに行き着くのだろうな、と改めて思っているところです。
4月着任した際に「新たな企画、取組に対しては、どのようにすればそれが実現できるかの視点で考える」ことを先生方にお願いしました。これは私自身の生き方に寄るところが大きいのですが、2つの選択肢の一方に偏って決めつけないことを大切にして欲しいということです。
人は深く考える前から否定的な方向に偏って物事を捉えてしまう傾向があります。それはもしかしたら間違ってはいないのかもしれませんが、そこに固執してしまうと、せっかくのGoodアイデアがかき消され、次の世界を見るチャンスを失ってしまいます。これほどもったいないことはありません。
否定的な見方ではなく、肯定的な見方で見てみよう - 生徒の言葉から考えさせられました。
ありがとうございました。
ぎゅっ、と暑いお盆休みになりました。皆様はどのようなお盆休みを過ごされたでしょうか。普段会えない方とゆっくりお話をしたり、旅行に出掛けたりなど良き時間を過ごせたことと思います。
私は妻の実家と自身の実家の両方に帰省し、その足で先祖供養をしてきました。故人の面影はその時点の記憶で止まったままですが、それぞれの母親は確実に老いており(その分自分も歳をとっているわけですが)、何とも言えない複雑な思いの中で時間を過ごしていました。そうさせてしまうもうひとつの理由は、帰省するたびに空き家が増え、建物が取り壊され空き地が目立つようになっていることにもあります。記憶の中の景色と一方的にかけ離れていく現実の狭間で、母親の老いに直面するのは切ないものがあります。
東京に転勤して以来2ヶ月ぶりに会った長男は、恋人と揃って顔を出し、庭でのバーベキューを終えるとそそくさと帰って行きました。私もずっとずっと昔に同じようなことをしていたな、と思いながらも、それでも久しぶりに家族が揃い元気に過ごしていることを喜べたのは良かったなと思います。私と妻の母親は私たちの帰りを待ち、私たちは子どもの帰りを待っている・・・そうしたことが繰り返されていくのかなと思います。
自宅から6キロメートルほど離れた所に、頭上を飛行機が通過する私の大好きな場所があり、毎日ランニングでその場所に向かい、ひとり芝生に座り繰り返される離着陸を眺めていました。それぞれの想いを乗せた旅立ちとそれぞれの想いが詰まった到着に、帰省することの意味や歳を重ねていくことの意味をぼんやり考えていました。
さて、学校はまだ夏季休業期間ですので、進路活動や部活動で登校する一部の生徒の姿しかなくとても静かな時間が流れています。まだまだ暑い日が続きそうです。体調の管理には十分気をつけてください。
雨に当たったらそれはそれで仕方ないかな、と覚悟して外に出ました。そこまでしてランニングする意味がありますか - そう問われても私は「意味はないけれどランニングするのです」と答えるしかありません。自分でもよくわからないのです。
1時間をかけてゆっくり市内をランニングして、ゴールとなる借家までもう少しというところの西の空。ぎりぎり雨にも当たらず、偶然にもこの空を見ることができて、やっぱり外に出て良かったな、と思いました。こういうことが答えなのかな、なんて思ったりしています。
(8月5日 18時59分 写真を一部補正しています)
前の日の夜、お袋から、お盆遊びに来るのかいとのLINEメッセージがありました。そういう時期なんですね。親になって、子どもたちが大学生、社会人として巣立っていった時、お盆と正月に子どもたちが自宅に帰ってくるのを楽しみにしている - そんな自分にふと気がついた瞬間がありました。と、同時に、今まで深く考えなかった子を想うお袋の気持ちにも触れたような気がしました。よくわからないけれど、何かがぐーっ、と胸に迫ってくる・・・そんな瞬間でした。
36年前、親父と過ごした最後の夏です。いや、過ごしたと言えるだろうか。私は親友とふたりで大学の夏季休業を利用して北海道一周の旅をして、その帰りに少しだけ実家に寄って室蘭に戻りました。数時間の滞在。親の気持ちも何も考えず、自分の遊びだけを優先して自由気ままな時間を過ごしていました。
あの時、親父もお袋も何も言わなかったけれど、「あんた、もう帰ってしまうのかい」もしかしたら私の背中にそう言いたかったのではないか・・・そんなことを今さら考えています。
さて、本校も来週は学校閉庁日に入ります。良きお盆休みになることを心より願っております。
先日、帯広工業高校で開催された北海道高等学校工業教育研究集会に参加しました。『高等学校における工業教育の果たす役割の重要性に照らし、研究集会を通じて、工業教育に携わる者としての専門性を向上させるとともに、工業教育の一層の充実・発展を図る』ことを目的に、毎夏開催されているものです。
夏季休業期間中の先生方はのんびりしているか、と言ったらそうではありません。授業や部活動等で時間が割かれないこの時に、スキルアップを図るため、全道各地で開催される研修会に参加し、他校の先生と情報交換を行ったり、オンラインやオンデマンド研修で教科指導や生徒指導等に係る資質能力を高めています。
さて、その帯広工業高校で生徒手づくりのお土産をいただきました。廃材を生かした人形です。本校も実習費は限られていますから、かつては捨てられていた材料を無駄なく有効に利用しています。どこの学校も無駄なく最後まで使い切る、そうした取組を進めています。
見れば「そうか」となりますが、100人いたら100通りのアイデアが出てきて、例えば、①この写真の頭の部分が正六面体だからサイコロにしよう ②上部となる一面にボール盤で単純に穴を開けて鉛筆立てにしよう ③積み木の一部材にしよう・・・すでに3つのアイデアが浮かびます。一個ではなく二個組み合わせたら、四個組み合わせたら「あっ、よくあるキューブカレンダーつくれるかも」これでアイデア4つ目。1分間で私は4つのアイデアを提案できました。
自慢するわけではありませんが、私は結構なアイデアマンだと思っています。その私からしても生徒の発想は思いつきもしない新しい世界を見せてくれます。そこがおもしろい。この写真を見なかったとして、この人形を思いつくでしょうか・・・アイデアを提案した生徒と形にした生徒に感服します。
アイデアと工夫が先行き不透明な社会を生き抜く術になる、と私は考えます。学力の高さや学歴ではない、発想の豊かさが新基準になる世界がすでに到来しています。アイデアと工夫を大切にする工業高校や本校のような総合学科で学んだ生徒たちが、新たな価値観を生み出し、魅力的な社会を創りをしていく - 私はそう信じています。
(校舎4階から)
7月中旬過ぎの猛烈な暑さがありましたから、それと比較するといくらか過ごしやすい日が続いています。しかし、ジメジメと蒸し暑く、洗い立てのYシャツに袖を通した瞬間から背中のあたりが肌にまとわりついてきて、どうもすっきりしません。
先日、朝のニュースを見ていましたら、ススキの開花が秋の判断に用いられているとのこと。間違っていたら申し訳ないのですが、函館は例年(昨年?)よりも12日早いススキの開花を迎えた、と気象予報士が話していました。秋の気配など全く感じませんが、季節は夏から秋に向かっているということなのでしょう。
そう遠くない昔のような気がしますが、お盆を節目に吹く風が夏のものから秋のものに、それはまるで決まりごとのように、肌感覚で誰でもわかるような形で季節の移行を告げてきました。夏の日にさよならするのがさみしくて、やがて赤とんぼが空を飛ぶのが切なくて・・・そうした少年の頃の記憶が今でも残っています。
借家の庭のあたりから、自宅に帰ると隣の空き地から、ぎーっ、とキリギリスの鳴き声が聞こえます。夕刻のランニング中に、みーんみーん、と蝉の声が聞こえました。みんな夏を精一杯生きているんだな、と思って過ごしています。
生徒の皆さん、保護者等の皆様お元気にお過ごしでしょうか。まだまだ暑い日が続きます。体調に気をつけてお過ごしください。
全国各地で水難事故が発生しています。暑いと人は水辺に集まります。川、湖、海で過ごす時間に十分お気をつけください。
(7月26日 美唄月形線沿いのひまわり)
札幌の自宅に帰る途中、フロントガラスのずーっと向こう側に広がる鮮やかな黄色の絨毯が目に留まりました。この時期ですから『ひまわり』です。ひまわりは私にとって特別な花です。一色の黄色は近づくにつれ、それは一本一本、一つひとつの花の表情が織りなす黄色に変化していきます。路肩に車を停め、私はひまわり畑の端に立ち、ずっと昔に見続けてきたひまわりのことを考えていました。
前にも書きましたが、20代半ばに体調を壊し、心も身体もこてこてにやられてしまったときに、カメラを車に積んで北竜町のひまわり畑に何度も通いました。29歳で次の学校に転勤しましたから、夏の北竜町で4年間ひまわりの写真を撮っていたことになります。
誰のことも気にせずに、ただ自分の信念を持ち、太陽に向かって鮮やかに輝きながら凛と立つその姿に、私はずいぶん励まされ勇気づけられました。また、一本一本のひまわりが共に支え合いながら一つの黄色を作り上げている姿に感動しました。なんだかそこにいると、手の施しようがなかった心の荷物をひとつずつ捨てられるような感覚の中で、自分が何に迷いどうありたいのかについて素直に向き合うことができました。あの数年間は間違いなくひまわりに何かを求め、ひまわりから自身の進むべき道を教えてもらっていました。
ひまわり(向日葵)は、太陽神にちなんだ「あなただけを見つめる」という花言葉を持ち、愛や信頼の象徴とも言える花です。これだけ多くのひまわりが、しっかり自分を見てくれている - あの頃は本当にそう思いながら自らを奮い立たせ生きていました。以後、15年にも及ぶ苦しい時期を過ごしましたが、振り返るとそれは決してマイナスではなく、自分を成長させるいい時間であったように思います。
話は変わります。有名な映画ひまわりを知っていますか。ずいぶん昔の戦争と恋愛をテーマにしたイタリア映画ですが、この映像に映し出されるひまわりの風景はもう圧倒的に美しくて言葉を失います。是非見て欲しいと思います。
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