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校長の小部屋

ことば

 まちの本屋さんが好きで出逢った本屋さんには迷わず入っています。本に囲まれた空間にいるだけで幸せな気持ちになります。欲しいな、読みたいなと思う本はたくさんありますが、購入して自宅に増えていく本の取扱を考えると元の棚に戻してしまうことが多くなりました。腕時計やJAZZレコードは別として、もうこれ以上多くのモノをコレクションしていくことはやめました。むしろ、モノを減らしていく人生、そういう年齢に差しかかった自分をやけに考えるようになっています。

 これは一度読んだらもうこの先読まないだろう、と思う本は買わず、この先の人生で繰り返し読むな、と感じた本は購入します。そうした中、つい最近手にした本は、松浦弥太郎著「しあわせをはかるものさし ぬくもりのことば」です。タイトル通りのことばたちが納められていて、固まった気持ちやガチガチの肩をほぐしてくれるような一冊です。「そうやって生きていけばいいのか」「そんな考え方で生きていけばいいんだな」と思わせてくれます。

 『なんでもやってみる。』このことばがありました(要約)。「成功の反対は失敗ではなく、何もしなかったこと。成功や失敗はなく、何をするか、しないかにある。何かに取り組み、成果が出なかった。目標を達成できなかった。失敗に思えるかもしれないけれど、行動したことによって学びがある。何もしないことがいちばんよくない。いちばん大切なのは、何でもやってみる勇気。」実はこのことばを私は昔から実践しています。あぁ、自分は間違っていなかったんだな、と背中を押されました。

 これは着任してからずっと教職員にお伝えしてきたことばでもあります。「無理、できない、今までやっていないではなく、新たなことに取り組みたいと思ったら先送りせず躊躇わずにやってみましょう。その案が日の目を浴びずに消えてしまうのがもったいない。やってダメなら思い切ってやめてもいいし、改善して再チャレンジしてもいい。成果が出たらさらに良いものにするために知恵を絞りましょう。」

 何でもやってみるときに私が私自身を励ますことばがあります。著者のことばと並べるのは恥ずかしいのですが・・・

 ”それをやってみて失敗したからといって地球はひっくり返らない”

 つまり、それほど重大な局面は迎えない、ということです。だから、やってみます。

 シルバーウィーク5連休です。良き休日をお過ごしください。

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ありがとうと感謝する

 朝の打合せが終わって生徒玄関ホールで生徒を出迎え、午前9時にnote、インスタグラムへ記事を投稿します。その後、ブログの記事を書いて投稿。この席に座って1年半、私の朝のルーティーンとなっています。習慣とは恐ろしいもので、今や何も考えずとも(気づいたらそうしている)その行動になっています。

 ずっと昔、10年ほど続けたでしょうか、三十代の終わりくらいまでインターネット上に日記と大好きなJAZZを語る自らのホームページを持っていました。何気ない日常の記録、一枚のレコードやCDに対する想い・・・誰が読んでくれているかはわからないけれどずっと投稿していました。無料で持てるホームページでしたが、プロバイダ側の都合により無料提供が終了となり、移行するのが面倒でホームページは閉鎖しました。

 そうした経験もあり、学校の情報発信にかかる投稿は負担ではなく、むしろ楽しんでいます。読者の顔は見ることはできませんが、カウント数が増加していることを励みに今後もコツコツ取り組んでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 本日は、2年次生全員が社会体験実習で地域の方々にお世話になります。先ほど2台のバスに乗車し、体験させていただく場所に出発していきました。インターンシップ、キャリア教育と言われますが、地域の御支援と御協力があって成り立つ教育活動です。美唄市の予算に計上されているとは言え、こうしてバスがあてがわれ現地まで送ってくれることに感謝するとともに、私たちはその成果を地域に還元する責任があります。1年間の教育活動の一行事ではない、ということです。

 私もまだまだ未熟な人間で完全にそのようにはなりきれていないので偉そうには語れないのだけれど、当たり前と思うのではなく、ありがとうと感謝する気持ちを持つと仕事でも家庭でも遊びでも目の前に広がる世界や価値観が変わってくるように感じています。学校の情報を見てくれてありがとう、教育活動に協力していただいてありがとう、マラソン大会のエイドのボランティアありがとう・・・「どうして私が?」「なぜ自分だけ?」そのような気持ちは自然と消えてゆくような気がします。まとまりのない話になりました。

 さて、青年会議所のイベントに参加したとき、「美唄の夕陽がきれいなので地域おこしに活用できないか」と提案したグループがありました。せっかくのアイデア。市民に思い思いの夕焼け空を撮影してもらい(人は何につけても順位をつけたくなるけれど、決して順位を決める写真コンテストにするのではなく)、夕焼け空に対するその人のエピソードや想いをまとめてみたらどうだろう。インターネットで1写真1話ずつ配信したり、冊子を制作してみたり。胸打つ話に多くの市民が共感し、夕焼け空をゆっくり眺め、人生を豊かにできる人がさらに増えるのではなかろうか・・・

 夕方にランニングを楽しんでいる私はほぼ毎日美しい夕暮れを楽しんでいます。そして、今日一日にありがとうと感謝しています。私だけの夕焼け空ではなく、みんなに等しく与えられた夕焼け空です。見逃さないように意識して、その時間が巡ってきたら目をちょっと上に向けませんか。大きく広がっていますよ。

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自分の人生は自分で舵取りするもの

 本日、就職試験が解禁されます。本校の生徒も「いざ出陣」です。

 本校の場合は、大きく進学か就職を選択することになります。その割合は半々です。1年次生の『産業社会と人間』、2、3年次生の『総合的な探究の時間』を主軸に、ゆっくり時間をかけながら自らの将来を考察するキャリア教育を行っています。その上で進学を目指す生徒はオープンキャンパスに、就職を目指す生徒は応募前職場見学等に参加することで、所謂ミスマッチが起きないようにしています。

 高校3年生18歳でひとつの節目を迎え、多くはその先の人生について考えなければなりません。これは本校に限ったことではなく、どこの高校に所属していても同じように巡ってきます。自分の人生に答えがないから考えなければならないのだと思います。当然、不安や迷いは生じますが、自分の人生は自分で舵取りするもの。だから、おもしろい、のです。誰かが敷いたレールに乗る人生ほどつまらないものはない - 私はそう考えます。

 ほぼすべての生徒がこう言います。「自分は何をしたいのかがわかっていなかったから、尚栄の幅広い学びの中で自分探しをしたいと考えて進学した」中学校の卒業段階でその先に訪れる自らの将来像をそう簡単には描けるはずはない。私も描けなかった。あなただけが描けないのではなくみんな描けないのです。だから、ひとつのことだけではなく、広い世界を見るべきだと考えます。その広い、おもしろい世界を本校の学びの中で経験することにより、イメージを膨らませることができます。

 近い将来、特化的な思考よりも、広範にわたる視野や経験を持つ人が新たな価値を生み出していく、そんな時代がやってきます。いや、もうすでに到来しています。学歴や学力のこだわりは身を潜め、発想とアイデアで物事を動かしていく、そのような世界が広がり、誰にでもチャンスが訪れる社会になります。総合学科の高校がまさにその流れに沿うスタイルの学校と考えます。そうなっていかなければなりません。

 本校で過ごした時間で、生徒たちは今の自分にはこれがベスト、と判断できるレールを自分で敷いています。自分で決めた選択に自信と誇りを持って進んでいます。確実に成長を遂げています。立派です。

 

 追伸 写真は先日の校内運動会のものです。3年次生全員のエネルギーに私は勇気づけられました。私は歳をとっていきますが、いつまでも気持ちが若くいられるのは三十数年16歳17歳18歳のエネルギーをいただいているからなのかもしれません。これが教員の魅力なんだろう、と思います。

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振り返りと、姿で伝えるメッセージ

 自分が勤める学校を褒めるというのはどうも照れくさいです。でも、褒めます。本校は行事等を行うと必ず生徒に振り返りをさせています。させたらさせっぱなしにはしないということです。物事を客観的に捉え、自らの活動についてじっくり考えさせる。短い時間であっても大事にしなければならない取組です。

 校内運動会の振り返りをまとめたシートを読みました。『今回の校内運動会で学んだことは』の中にありましたよ、これが。「全力を出し切るのって大事なんだと思った」「全力でやることは大切」「全力を出すこと」「全力で挑む楽しさを学んだ」「全校生徒が全力で挑み自分自身の力をきちんと出している姿をみてこれからも頑張ろうということを学びました」嬉しかったなぁ、本当に。これを感じさせる授業が実践できていたということでしょう。担当の先生方、ありがとう。

 昨日のブログと重なりますが、全力を出し切らなければならない場面にふさわしい年齢があって、そこで間違いなく全力を出し切る - 当然ながら本人の意識に委ねられるところはあります。しかし、どうでしょうか。私は大人側の熱意に寄るところも大きいと考えます。そうさせるための仕掛けがあったかどうか。ここは先生方も振り返ってください。

 言い訳になりますが、100m走に生徒と一緒に出場したかったです(願望に終わりました。来年は出場させてください)。生徒に大人の全力を見せてあげたかった・・・先月末の北海道マラソン後に右膝を痛めてしまい、全力で走ることができない状態になりました。少しずつ良くはなっているもののLSD(キロ7分程度)がやっとです。無理をしたらしばらくランニングできないだろう、と判断してやめました。

 さて、私のことはさておき嬉しい出来事がありました。私と同年齢の先生が100mを生徒と走ったのです。勝ち負けではなく、力のすべてをかけて走った・・・大人の全力を生徒たちに見せることの意味は大きい。言葉ではなく姿で伝えるメッセージ。生徒に強烈なメッセージを投じたな - 私はそのように考えています。一緒にスタートを切った生徒は先に先に、それを追いかける大人の走り。感動的なシーンでした。ありがとうございました。

 話を変えます。本校のホームページのアクセス数が60万件を超え、昨日、教職員によるお礼のメッセージが投稿されたところです。本校の一日一日を楽しみに訪問してくれている方がいるのだ、と私たちは受け止めています。せっかくの訪問に応えられるような取組を続けなければなりません。

 「写真一枚と1行のメッセージ」これが私の口癖です。難しいことを書こうとしなければ、気軽な日記として書けます。着任来、手のかかる点検や決裁は省き、とにかくタイムリーに情報発信することを教職員にお願いしています。

 今後とも末永くお付き合いくだされば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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お手伝いありがとうございました

 校内運動会におけるPTA活動について、「何か協力をしたい」と前PTA会長からお話をいただいていたところでした。この思いは現PTA会長に引き継がれ、このたび冷たい飲み物を生徒に渡していただくという形で実現しました。受け取った生徒からは「ありがとうございます」という感謝の言葉とよく冷えた飲み物に感激の声が上がっていました。忙しい中でのお手伝い大変ありがとうございました。

 昨年度に引き続き保護者等の観覧スペースを設けました(写真中央の校舎とプールのあたりになります)。多くの方にお越しいただきました。お子様並びに本校の生徒の様子をお見せすることができ嬉しく思っています。また、見てもらえる、そのことによる生徒のモチベーションも向上したように感じます。

 走る跳ぶ投げるが苦手な生徒もとにかく全力で活動している、クラスの仲間を応援し競技終了後の成績発表では年次を問わず拍手で讃え合う。その姿は言葉では言い表せない感動的な光景でもありました。

 閉会式の講評(原稿なしの感じたままの話です)でも話したことですが、人は簡単に『全力を出し切れ』と言う。ただ、果たして人生で何回全力を出し切る場面があるだろうか。ここにいる生徒の皆さんは、体育の授業や運動系の行事で全力を出す場面はあるけれど、年を重ねるにつればったりとそうしたことが遠ざかってしまう。全力を出し切れと言う大人が全力を出し切ることはそう多くない。だから、小学生中学生高校生の活気盛んなこの時に全力を出し切ることは本当に大切なこと。その姿を見せてくれた生徒の皆さんに感動している・・・

 自分の全力を人に見られたくない、喜びを分かち合うことが格好悪い、真剣に向き合うことを避ける、などなど私の人生の中にある年齢期における恥ずかしい空白の時間があります。生徒一人ひとりの全力をまじまじと見せつけられることで、それを避けた自分を想い出しては情けなくなってしまいます。もう、戻ることはできません。後悔しかありません。その年齢でしか味わうことのできなかい大切なものはもう二度と拾うことはできません。私の失敗談です。

 さて、今回のお手伝いもそうですが、保護者等の方々は学校の活動に関わりたいと思ってくれています。学校としてお願いできることは遠慮せずに、逆にお願いされたことについては実現に向けて真摯に考えなければなりません。PTA会長から「今回の企画をこの先も続けていきましょうね」との言葉をいただきました。今後ともよろしくお願いいたします。

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0(ゼロ)から1(イチ)を生み出す力

 「0(ゼロ)から1(イチ)を生み出す力」昨年度、美唄市長桜井恒様からいただいた言葉です。

 昨日9月10日(木)総合的な探究の時間に取り組む3年次生の「探究学習中間発表会」を実施しました。3年次生はもちろんのこと、担当している先生方、そして当日の準備、運営に携わってくれた教職員に感謝します。また、御多忙にもかかわらず御参観くださいました方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。

 本校の探究学習については、3年前から地域をフィールドにした取組を進めています。まちづくりに貢献するために自分たちは何ができるかを地域の方々のお力をいただきながら取り組んでいるところです。

 約8ヶ月で課題を整理し課題解決に向けた提案に結び付けていくので、ゆっくりのんびりしている時間はありません。週1回の限られた枠組みの中で取り組まなければならないという難しさがありますが、それでもよくここまでの形にできたな、と感心しているところです。

 私から気がついたこと。①ポスターセッション形式ですから、1枚の模造紙にかけるエネルギーについて今一度考え直して欲しい(見てもらう、伝えるための気遣いを意識していたでしょうか。いつも話していますが文字の上手下手ではありません)②集まってきた人に聞いてもらえる声量になっていたかを検証して欲しい(事前に会場となる体育館で確認したでしょうか)③原稿を見ないでトークして欲しい(相手の顔を見てメッセージを伝えていたでしょうか)④いただいた意見を精査して欲しい(高校生にしか気づけないことと大人だから気づくことを掛け合わせていくことを意識したでしょうか)①から④までをやっつけ仕事ではなく、丁寧に時間をかけて取り組むことによってさらに素晴らしい発表になると思います。

 昔は与えられたことをただこなしていけば良かったわけですが、現在そしてこれからは何もないところ(0 ゼロ)から出発して、形を作り上げる(1 イチ)時代です。困難さはありますが、それ故の楽しさもあります。多くの大人(私も)が経験したことのない学びを経験している生徒がうらやましいです。

 積み重なった数字がまもなく60万訪問者数を迎えます。今後も本校の教育活動の情報発信に努めてまいります。何卒よろしくお願いいたします。

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ちょこっと寄って読んでいます

 4階にある図書館のここに座って数分間本を読んでいます。1話を5分程度で読むことができる短編集。気持ちの切替にはもってこいです。誰もいない静かな図書館は本の香りに包まれています。安らげる場所として私は大切にしています。

 今までいくつもの学校に勤務してきましたが、どこの学校も校舎の端の方に図書館が配置されていて、どうしてなんだろうなと疑問に感じてきました。上に上に端に端にとなってしまう図書館が生徒から遠い存在になっているのは学校の大きな課題だと思っています。本来はもっと近くにあるべき場所が遠くになっているのは残念です。

 図書局の生徒が放課後に活動していますが、訪れる生徒が少ないとのこと。本離れが進んでいる中、集客の工夫に頭を悩ませています。まずはすぐ手の届くところに本があるというのが理想。そうした環境を何とか作れないものか・・・考えるところです。

 インターネットで配信されているランニング番組を聴いて走っていると、最近は聴く読書を楽しんでいる方が多いらしいです。簡単に言えば、活字を目で追うのではなく、読んでくれているものを聴くということです。それはそれで楽しそうとは思うものの、私はやはり本を広げ読むのが一番だと思っています。

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ボランティア研究大会

 9月8日(火)本校において、北海道高等学校文化連盟空知支部第18回ボランティア研究大会を開催(参加校は岩見沢農業高校、岩見沢東高校、岩見沢緑陵高校、本校の4校)しました。ボランティアという共通の志を持った高校生がこうして集まると、これからの世の中もまだまだ大丈夫だぞ、と妙に心強く思ったりします。ボランティア精神は若い世代に確実に引き継がれている・・・何だか嬉しくなりました。

 本校が当番校ということもあり顧問の先生を始め生徒たちは準備等で苦労したと思います。用意された大会に参加することが多い中、こうして準備と運営に携われたことは貴重な経験です。人を迎えるに当たって何をしなければならないか。大会の成功は小さな気遣いができるかにかかっています。

 さて、私は開会の挨拶の中で次のことを話しました。「せっかくの機会ですから、自校の枠から飛び出して、他校の生徒とのコミュニケーションを積極的に図り、交流を深めて欲しいと思っています。自校のボランティア活動がさらに良きものとなるよう、また他校と連携できる取組がないかなどを考察しながら本日の時間を過ごしていただけると、ここに集まった意味があるのかな、と考えます」

 初めて会った人とコミュニケーションを図ることはとっても難しいです。いつからこのような形態がとられるようになったのかは定かではありませんが、ひとつのテーブルに見知らぬ人が一緒になってグループワークをすることが当たり前になっています。教頭会も校長会に参加してもグループが作られ、そこで協議・発表となります。

 誰が最初に口火を切るか・・・大人でも腹の探り合いみたいな雰囲気になります。私はその一瞬の沈黙が苦手なので誰から言われるともなく、真っ先に所属先と氏名を言って挨拶をするようにしています。そうすると「じゃ、次私が」という流れになっていきます。誰かが口火を切ったらそのあとは自然に流れていくわけです。最初が肝心です。

 どうなるんだろう、と心配半分生徒たちの様子を見ていましたら、スマホ世代、ゲーム世代と言われながらも、ぐるっと一周自己紹介を終えたあとしっかりコミュニケーション活動がなされていて安心しました。後半の体験活動は来客対応のため見ることはできませんでしたが、閉会式では満足した表情が伺えましたから、有意義な時間になったのだろうと思っています。

 最後に本校の部長の言葉です。「誰かを思うことからボランティア、防災を始める」誰かを思うことから・・・重くて深くてずしっとくる言葉でした。

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教職員の勉強会

 昨日から3日間、生徒は4校時授業(午前授業)です。午後からは成績処理や教職員の勉強会(研修会)となっています。昨日は日本医療大学ヒューマンデザイン学部共生社会デザイン学科橋本達志様をお迎えし、14時から特別支援教育に関する研修会を実施しました。

 本校では、定例の職員会議を行う日を5分短縮とし、確保した30分でミニ研修を行っているところですが、2時間、3時間を確保するとなると容易ではありません。貴重な時間を有効に活用するため、研修担当の先生方が頭を悩ませながら計画してくれたことに感謝しています。

 個人で勉強するのは当たり前ですが、全員が同じテーマで勉強することも大切です。いずれにしても学んだ成果を次のステップにつなげて欲しいと考えます。『課題を消費』することから『価値を創造』することが重要です。本校で今日からできることは何かを考えてスモールステップで実践していけば、学校としての力は必ずアップします。

 橋本様、御多忙にもかかわらず本校の研修会のために時間を割いていただきありがとうございました。

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美唄市立美唄中学校学校祭

 9月4日(金)昨年に引き続き美唄市立美唄中学校の学校祭に招待され、合唱コンクールの審査をさせていただきました。合唱の響きはいつ聞いても胸を打つものがあります。遠く懐かしい記憶を蘇らせてくれたり、心の琴線を震わせてくれたり。どうしてか涙が出てしまいます。どうしてなんだろう。

 あのとき、みんなと一緒に真剣に歌えば良かった・・・

 私はデタラメな中学生でしたから、クラスみんなで合唱など恥ずかしいことと思って、ふざけておかしな声を出したり歌わなかったり。真剣に歌う人たちに多大な迷惑をかけた記憶しかありません。ステージ前に整列しなかった記憶もあります。そのときはこれでいいんだ、と思ってやっていたことが、高校を卒業して大学、社会人となっていく過程で、みんなに申し訳ないことをしてしまったな、と反省や後悔する場面が多くなりました。それは今でも消えることはありません。これに限らず様々な迷惑をかけましたから、中学卒業後のクラス会等には一切顔を出していません。せめてものけじめです。合唱を聞くといつも中学時代の情けない自分を想い出します。恥ずかしいです。

 各学年2クラスの合唱からは、繰り返し繰り返し練習してきたんだろうな、と思わせる発声、ハーモニー、表現がありました。私のような生徒はどこにも見当たりませんでした(いるはずがありません)。みんな真剣でした。コンクールに向けての活動時間は、様々な感情に振り回された時間でもあったはず。一度は離れかけた気持ちも今日この時間にきっと心をひとつにすることができたんだろうな、と思います。

 合唱がすべての生徒を成長させた(合唱から逃げた私は成長できなかった) - 私はその成長した姿を見ることができて感激です。ありがとうございました。

 ステージに飾られた樺戸連山。中学校の校庭から見えるありのままの景色。素敵ですよね。

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運動会の延期

 本日の校内運動会はグラウンドのコンディションが悪く1週間後に延期。グラウンドは御覧のとおりです。

 昨日は雨こそなかったものの夕刻から遠いところで雷が鳴り出して、ゆっくりこちら側に近づいてくる感じでした。17時50分あたりから激しい雨が降り出すとともに、雷もひどくなりました。一気にバケツをひっくり返したような雨。人生で初めて経験した雨でした。

 校舎内にわりと多く生徒が残っていましたので、雷と雨がおさまるまで外には出ないこと、駐輪場で雨宿りはせず校舎に入ることを放送により指示しました。私がそうする前に退勤前の先生方が手分けをして生徒の対応をしてくれており大変助かりました。また、すべての生徒が状況を理解し対応してくれたのも良かったです。

 保護者等の方にお迎えに来てもらって、全ての生徒を引き渡し終わったのは19時10分。その頃には奈井江方面の空が雷で時折光っている状況でしたが、雨は何事もなかったかのようにすっかりやんでいました。職員玄関を出たすぐのところにマンホールがあるのですが、その蓋がガチャンガチャンと金属音を立て今にも吹き飛んできそうになっているのは恐怖でした。

 昨日も地球温暖化による気候変動の話を書いたところですが、まさにその日にこのような状況になり、いろいろ思うところがありました。みんな異常だとわかっている。その原因もわかっている。世界の国々もわかっている。でも、個人レベルで何をすべきなのかの肝心なメッセージがない。災害から身を守るメッセージと同時に環境を元に戻していくためのメッセージを発信すべきです。日本だけで1億人。この1億人一人ひとりが共通して小さなことを続けていけば、小さくとも何かが変わっていく - 私はそう考えるのですが・・・

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今月のお花

 職員玄関を入ると真っ先に目にするお花。朝の打ち合わせのために2階の職員室に行きますが、その入り口に飾られたお花。そして、生徒をお迎えする生徒玄関ホールに置かれたお花。毎朝校内3箇所で見ることができます。今回は鮮やかなオレンジ色の花が目を引きます。見事なオレンジ。この色を見たら朝一番みんな元気になるのではないでしょうか。

 自分にもできるかも。そう思っても簡単に生けられるモノではありません。主役をどうするか、脇役の配置、全体のバランス、そして自らの想いも入ってくる。簡単にできそうなことも実際やってみたら・・・そうした経験は誰しもお持ちですよね。やってみて初めてその難しさがわかる。

 上手に生けてるな、といつも思います。講師の先生の御指導のお陰ですが、生徒たちの腕も確実に上がっています。先日の書道の作品もそうですが、高校生がこうしたセンスやテクニックを持つことってすごいと思いますし、うらやましいです。

 暦は進んでいきます。九月に入りました。今年は夏と秋の線引きがしっかりできる季節の切り替わりになっているように感じます。だらだらといつまでも暑さが継続し、極端に短い秋が過去何年にも渡って訪れていました。久しぶりに秋を感じることができています。

 さて、本日(9月3日)の北海道新聞朝刊に深刻な記事(一部抜粋)がありました。
 『気温 数年で危機的水準』国連環境計画は、地球温暖化による気温上昇で、災害や健康障害などのリスクが危機的な水準に高まる報告書を提出。化石燃料からの脱却や再生可能エネルギーの拡大が必要と訴えた。

 日本のことで言えば、地球温暖化が原因と思われる災害が全国のあちらこちらで発生し、報道はその悲惨さだけしか伝えてきません。私はいつも戸惑いと疑問を感じています。その次のメッセージがないのです。直近で言えば線状降水帯による千葉県、富山県、石川県、青森県の被害。「こうした災害を防ぐために、私たちは地球環境に対して今日から何を始めなければならないのか」災害への対処は語られるけれど、災害を防ぐ話はありません。私は後者のメッセージが欲しいです。

 一人ひとりが小さなことに行動を起こしていけば、やがてそれは大きな課題の解決につながっていくはず - そのように考えます。

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一日防災学校

 昨日、9月1日は災害について考える一日として教育活動を実施しました。長い期間をかけて準備をしてくれた教職員に感謝いたします。生徒の皆さんは自分事として考えることができたでしょうか。

 日本各地、世界中で災害が発生しています。身近なことで言いますと、線状降水帯の発生により、千葉県、富山県、石川県に甚大な被害が出ています。また、一月前には熊本県で大きな地震が発生しました。他人事ではありません。いつ身の回りで災害が発生するかわからない状況になっています。

 今回の一日防災学校の取組について生徒向けの振り返りシートが配信されています。未回答の人は本日中に記入をお願いします。

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わずか数分が縮まらない

 北海道マラソン2026 - グロスタイム(号砲からの計測タイムが公式記録)3時間35分00秒。スタートラインに到達するまで2分。それを差し引いたとしても結果的に目標としていた3時間29分59秒には届きませんでした。時間にして3分、180秒。このわずかな時間を10年かけても縮めることができません。

 昨年は暑さにやられ3時間49分47秒。ゴール直後、両足が攣り歩けなくなり大通公園の芝生の上にひっくり返ったまましばらく立ち上がることができませんでした。夕刻、仲間と打ち上げをした会場で微熱と吐き気が襲ってきて具合が悪かったのを覚えています。おそらく軽い熱中だったと思います。過去10回のマラソンで最悪のゴールでした。

 自己ベストは3時間32分17秒。背中が見えてきたサブ3.5を超えることができません。全マラソンランナーの数%しか達成できないと言われる記録。手が届きそう、でも届かない。ゴールの喜びよりも悔しさだけが残るレースです。ゴール前3分、距離にすると600m。本校の陸上トラック2周分の遅れ。悔しくて悔しくて、昨晩、激しい筋肉痛の足で4キロのジョグと2キロのウォーキングをしました。ここからまた1年をかけて練習です。

 市民ランナーである私は順位には全く興味はありません(人と争うことは可能な限り避けています)。だから人に勝つ負けるのストレスは発生しません。格好をつけるわけではありませんが、自分との戦いです。今の私の人生を考えるとき、自分と唯一戦えるのはマラソンだけです。

 いつも37キロを過ぎると、本格的な自分との戦いが始まります。重くなった足をいかに前に出すか、残り5キロのラストスパートをキロ5分以内に持っていけるか。このふたつの自問自答。今大会は37キロ以降キロ5分20秒となり、それ以上速度を上げることができませんでした。まだまだ、です。

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魂が迫ってくる

 砂川市で開催された『令和8年度高文連空知支部秋季書道展・研究大会』に出展された本校生徒の作品を鑑賞してきました。空知管内8校から100を超える作品が展示されており、どの作品からも作者の魂が迫ってくるかのような力を感じました。

 高校から書道を始めた生徒(本校の生徒も)も多くおり、しかしわずかな時間でここまで成長していくことに驚きます。全ての作品が素晴らしかったです。

 本校の生徒の作品をずらり並べてみました。何度も何度も書いてきて最後に提出した作品です。

 生徒一人ひとりの想いが伝わってきますでしょうか。

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二人三脚

 体育大会の練習がグラウンドで行われています。二人で肩を組みひとつになって駆けてゆく姿。何だかいいですよね。相手のことを考えなければ思うように進めませんから。相手のことを考えてあげる・・・簡単なようで難しいけれど、大切にしなければならないことです。

 昨日も書きました。『勝ち負け』『遠くに飛ばした』『優勝した』は確かに大切なことかもしれない。でも、そんなことよりも大切なことがあるのだ、ということに気付かせてあげる教師、教育、学校でなければなりません。

 私は何の取り柄もない少年でした。勉強はからっきし、絵も書道もダメ。でも身体だけはでかい。運動会でリレーの選手になった時の親父の喜びようと、そうならなかったときの不機嫌さ。この両極端な姿を強烈に覚えています。親父は私にいったい何を求めていたのだろうか・・・そんなことをふと考えるときがあります。勝つことだったのか、選ばれることだったのか、目立つことだったのか。かけっこで1番にならなくても、グラウンドの砂に足を取られて転んでも、笑って肩を叩いてくれる親父でいて欲しかったな、と今さらながらに思います。

 さて、今週から学校生活がスタートし、漸く金曜日を迎えました。多くの生徒はほーっとしているのではないかと思います。緊張、疲れの中で過ごしていたわけですから。スタートの全校集会において「慣らし期間なんだよ」と教頭先生から話をしていただきました。自分のリズムやペースを取り戻すことができたのであれば、それで良し、です。

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高校生でしか見せない純粋な姿

 校内運動会が9月4日(金)に開催されます。校長室から見渡せるグラウンドで体育の授業が行われており、生徒たちがトラックを走りバトンの受け渡しの練習をしています。当日の種目は、個人種目である100m走、走り幅跳び、砲丸投げ、クラス種目の男女混合選抜リレー、年次種目の年次全員リレーです。校内に掲示された手づくりポスターが運動会に向けた気運を高めてくれています。作成してくれた生徒の皆さん、ありがとう。

 昨年のリレーで盛り上がった3年次生の姿が目に浮かびます。先頭を走り途中で抜かれて、でも必死に抜き返そうとしている。抜かれたことを責める者は誰ひとりいない。一生懸命な走者を一生懸命に応援する。ゴール後に抱き合って涙を流しながら飛び上がって喜ぶ姿 - 教師であれば一番見たい姿をありのまま見せてくれた・・・

 昨年度、会が終わったあとに前PTA会長とお会いした際「学校のために何かお手伝いできることがあればいいのですが」と相談を受けていたところでした。学校祭におけるお手伝いに全力投球で、それに続くものがないのは残念ということです。課題を突きつけられました。前会長の意思は現PTA会長に確実に受け継がれ、今年度初めて校内運動会でのお手伝いをいただけることとなりました。大変ありがたいことです。

 地域と連携した学校づくりは今や当たり前のこととなっています。どうしても外とのつながりに視点がいってしまいがちです。そうした中で私は次のことが気になっています。『地域の前に保護者等へのアプローチはどうなっていますか』

 保護者等にしっかり支えてもらってこその地域ではないか。地域には居住されている保護者等を含んでいます。一番近いところにいる保護者等の満足度を高められなければ地域連携はうまくいきません。保護者等がいつでも気軽に来ることができる学校 - 私は校内運動会がその役割を果たすと考えています。

 勝ち負け、遠くに飛ばした、優勝した、の前に私は若き子どもたちがひたむきに走り大きな声で仲間を応援し涙しながら喜び合う、高校生でしか見せない今だけの純粋な姿を教職員、そしてPTA役員、保護者等の方々に見てもらいたいと思っています。

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本との出逢い

 ここ数年読書量がめっきり減ってしまいました。忙しいから、というのではなく、読書をするエネルギーが急激に衰えてしまいました。2時間でも3時間でも、いや一日中読書をすることもあったのに、1時間と持たなくなってしまいました。年齢のせいなのかな、なんて思ったりしています。

 私が一番好きな作家は村上春樹氏で、氏の作品はほぼ全てを読了し、今でも繰り返し繰り返し読み続けています。特に高校生で手にした「ノルウェイの森」、大学時代で出逢った「国境の南、太陽の西」の二冊は、誰かを好きになるということはどのようなことなのかを心底考えさせられた作品です。

 実っているのか実っていないのかわからない恋愛をいくつかしていた時でもあり、どこか心が満たされずぼんやりとした毎日を過ごしていたので、のめり込むように読んだ記憶があります。私の青春を語る上でこれらの本は切っても切り離せない大切なものであるのと同時に、氏のファンであった私が同じく氏のファンだった妻と大学時代に出逢うという、何だか不思議な縁を感じさせるものにもなっています。

 さて、早稲田大学まで歩いて10分のところに長男のマンションがあり、今回の東京入りで念願の早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)を訪れることができました(無料で入場できます)。ここには氏の作品が全て並べられており、一つひとつを手にすることができます。また、氏の書斎の一部分や愛聴しているJAZZレコードの展示コーナーもあり、ファンにとっては見逃すことのできないスポットです(多くの人には興味のない場所なのかもしれませんが)。まちのど真ん中ではなく、氏の母校である早稲田大学の敷地内にあるのがいいのかもしれません。気になる方は是非足を運んでみてください。楽しめると思います。

 7月3日に発売された長編小説『夏帆─The Tale of KAHO─』を読み始めています。手元にはあったのですが、先に手にしていた小説を読むのに時間がかかり、漸く開くことができました。時代は変化し聞く読書が流行っているようです。それはそれで趣があり便利なような気がしますが、私は活字に目を走らせ頭で人物や風景を思い描きながら本を読むことが好きです。

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始業

 今日は朝から雨降り。いつもはグラウンドの向こう側の住宅街も見渡せるのに御覧のとおりです。

 長い休みを終えて昨日から生徒が登校しています。私は私用で東京におりましたので、全校集会の挨拶文を教頭先生にお渡しして読み上げていただく形をとらせていただきました。教頭先生に、生徒の皆さんにも申し訳ないことをしてしまいました。すみません。

 いつかはそうしたことがやってくるだろうとは思っていましたが、6月上旬に長男からいきなり電話がかかってきて、急転直下の話でびっくりするよりももう笑うしかないような展開になってしまいました。本来は東京にすぐに行きべきでしたが、スケジュール調整した結果が全校集会前後になってしまいました。

 教頭先生から伝えていただいたメッセージ(全文)

 一年前の夏と比べると身体への負担を感じさせない涼しめの夏だったような感覚がありますが、生徒の皆さんはどのような夏季休業を過ごしたのでしょうか。友達と遊んだり、家族で出掛けたりなど、有意義な時間になってくれたのであれば嬉しく思います。
 7月最後の全校集会で皆さんにお話したことですが、自分の命を守ることについては、長期の休業であっても学校生活が始まっても、自分自身で考え行動しなければなりません。交通事故を起こさない、交通事故に遭わない、熱中症から身を守ることなど、今日こうして全校生徒が集まる貴重な時間になっているわけですから、今一度、ここでしっかり考えてください。
 さて、昨年もこの場で話したことをもう一度言わせてください。
 皆さんに次のことを問いかけますから、少しだけ考えましょう。長期の休みに入る前の気持ちと、長期の休みが終わってこうして通常の生活に戻った気持ちの有り様について考えてください。
 どうでしょうか。夏季休業を迎えるときは心が軽くなり楽しく嬉しい気持ち、そして今は、身体がだるい、すっきりしない、憂鬱、気持ちが重い、学校を考えると不安、冬休みまでまだまだ長くて辛い。いかがでしょうか。
 私は8月11日から16日まで6日間連続で休暇を取りました。一番は仕事から離れられること、やりたいことができること、遠くに出掛けられることで、嬉しかったです。でも、17日から始まる通常の生活が一日一日近づいてくると気持ちが重くなり、特に16日の晩は、正直「仕事行きたくないな」と思いました。それでも行かなければならないわけです。
 皆さんも私と同じではなかったですか。大人でも子どもでもみんな同じなんだろうと思います。
 休み明けの初日です。それぞれにそれぞれの思いでここに集まっているでしょう。スタートラインは8月24日であっても、スタートダッシュはそれぞれ異なります。素晴らしい加速で前に進める人と、躓いて転んでそこから走り始める人もいます。中にはスタートラインに背を向けてしまう人もいるはず。
 だから特に今週はいきなり全力で走るのではなく、ゆっくりゆっくり歩きましょう。周りと一緒にならなければ、と自分にプレッシャを与えず、慌てずゆっくりゆっくり歩きましょう。もしも、体調が悪ければお休みする選択もあります。身体と心のバランスを整えていきましょう。
 最後になりますが、不安や悩みは誰にもあります。大人の私もあります。一人で抱え込んでモヤモヤするのではなく、友達、先輩、保護者等、担任の先生、部活動の先生、養護の先生、私に声をかけてください。言葉を出すだけで周りは気づき、気づいたからこそ話を聞いてくれたり、大切な言葉をかけてくれるようになります。誰かに助けてもらうことは恥ずかしいことではなく、本当に困ったことが解決する手掛かりになるんだと考えてください。
 皆さんに、身体と心の健康を意識した生活をお願いして、始業の挨拶とします。

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母校

 室蘭と登別の境目になる鷲別駅前通を山手に2キロほど直進していくと室蘭工業大学に突き当たる。室蘭市水元町を住所にするのだが、この界隈は学生のまちを感じさせる独特な雰囲気が漂っている。北海道大学のように利便性の良い札幌の中心部に位置しているわけではなく、室蘭の中心部(東室蘭)から4キロ離れた山間にあることから、付近は学生マンションやまだ一部残っている下宿、コンビニエンスストア1店舗、学生生協、飲食店が数軒、歩く人は学生か付近の住人のみ。ただこの一角は賑やかではないこの閑静さがいいのだ、と私は昔からそう思っている。

 卒業後一度ここを離れ、勤務の関係で再び戻って10年住んだ。たまたま妻の実家が室蘭ということから、毎年室蘭の地を踏むことができるのが嬉しい。室蘭は、私が生まれ育ったまちを捨て、自分の足で新たな一歩を踏み出した大切なまちであり、故郷に位置付けたまち。特に水元町界隈は私自身の心の拠り所としている場所である。

 卒業して32年。私は一度も欠かさず室蘭工業大学に足を運んでいる。ただここの空気を吸うためだけに。ただそれだけのために。自分が一番落ち着ける場所。原点に帰ることができる場所。そうした場所が自分の中にあることが幸せである。

 この日もやはり閑散としていた。お盆休みということもあるのだろう。キャンパス、住んでいた下宿付近をゆっくりランニングしたが、誰ひとりすれ違う人はいなかった。ただ寂しいとは思わない。これは32年前と何ら変わらない風景だから。だからいいのだ。

 大学に入学することによってお付き合いをしていた女性と別れ、気持ちを落としたまま下宿から大学までを往復していた自分。アルバイト先に向かうために利用した道路。授業が終わって真っ直ぐ向かった飲食店。中心街で時間を過ごしお金がなくて3キロ歩いた夜道。下宿に女性(妻)が訪ねてきたときの下宿住人の大騒ぎ。下宿のおばちゃん(通称)が作ってくれる大量カレー。一緒にテスト勉強をした親友の下宿。敷地内に車を駐車してフロントガラスにべったり貼り付けられた警告書。寂しい財布からCDを購入した大学生協。6畳一間の7号室。10円玉を落とし続けたサークル会館前の電話ボックス、・・・なんだろう、こうしたことが脈絡もなく頭を駆け巡る。

 生徒の皆さん、夏季休業も残りわずかとなりました。始業に向けて身体と心のバランスを整えていきましょう。

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グラウンド

 どうですか、この立派なグラウンド。野球場と300m陸上トラックが併設された本校のグラウンドです。トラックのある学校は道内では珍しいと思います。

 勤務を終えて借家で着替えて再びグラウンドへ。この夏これを何度も繰り返しました。夏季休業中の夕刻は教職員も退勤し、当然生徒もおりませんので、私は贅沢にもこのトラックを好きなように走ることができました。

 普段は農道やまちの中をだらだら走っていますが、気合いを入れたインターバル走、ビルドアップ走、ペース走で走り方そのものを再確認することもたまにしています。素人のトレーニングなのでどれほどの効果があるかわかりませんが、ぐるぐると同じコースを30周、50周することによりメンタル面は間違いなく鍛えられていると思います。

 写真は8月5日(水)18時30分前後に撮影したものになります。西に沈む太陽がきれいな夕焼け空をつくりはじめる中に、ちょっぴり涼しい風が流れています。

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二十二年ぶりのひまわりに

 「最後に来たのはいつだったっけ」「〇〇(長男)と●●(次男)もいて、お母さんも一緒に来たよねぇ」「そうだっけ、●●生まれていたかぁ」記憶が曖昧になってしまうほどの時が流れている。

 我が家のお盆休みはもう妻と二人っきり。長男はこの八月に電撃的に入籍し、次男は恋人と出掛けて帰ってこない。私はそれはそれでいいと思っている。子どもは自らの人生をしっかり元気に歩んでいるという証だし、思い返せば自分自身もまるっきり同じだったのだから。二十代なんてそんなものだと思う。たいした教育はできなかったけれど、自分の力でたくましく生きていける術を私も妻も伝えてきたわけだし、その役目をとうに終えた私たちはもう束縛されるものはないのだから自由なライフスタイルでいい。

 そんな妻と二人の静かなお盆休み。私は大きな大会を控えているので朝からお昼まで毎日ランニングとトレーニング。妻も誰にも干渉されず自分の時間を。合間を縫って互いの実家に一泊二日。行きたいところ見たいところを思いつきで語ってさーっと出掛けられるのがいい。

 私の実家から車で30分のひまわり。この場所に26歳から8年通い続けてどん底の状態から少しずつ這い上がっていったのだ(完全に這い上がれたのはさらに6年先)。もう思い出したくはないけれど、苦しんだ記憶が怒濤のように押し寄せてくる。よくも脱出できたものだ。ある意味奇跡である。なんの自慢にもならないけれど、あの14年間の経験が何にも動じない強い自分を作り上げたのだと思う。あれより恐ろしいことは私の人生にはもう起こらないと思っている。

 いつもは7月末から8月上旬が見頃となりお盆時期は枯れています。お盆時期に一番いい状態で見られたのは幸運でした。元気をもらいました。ありがとうございました。

 夏季休業も残すところ一週間となりました。生徒の皆さん、就寝時間と起床時間を正規の形に戻してくださいね。 

 カウンタが56万件を超えました。いつも御訪問ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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秋桜

 暑い日はあるにはあるけれど、それでも昨夏よりは過ごしやすい夏。朝8時、網戸を抜けてくる風はYシャツの長袖をめくった肌に冷やっと秋を感じさせる。

 子どもの頃に感じたお盆の風がよみがえってくる。それはずいぶんと懐かしい、もう長く感じることができなかった懐かしい風。あんなにぎんぎらだった夏も、お盆になるとまるで定規で線を引いたように季節は秋に入れ替わり、夏休みが終わる寂しさと、むしろそれよりも夏が行ってしまったことの虚しさで心が空洞になるのである。そのときの心の有り様は不思議だが今でも想い出すことができる。

 いつからそうなったのかわからないけれど、北海道の夏はとにかく暑いものになってしまった。だらだらと8月末まで、ひどいときは9月いっぱい気温が高めに推移し、秋風を感じる頃には身体も疲労しきってため息しか出ない。そのような時間を過ごしてきた記憶がある。秋が極端に短くなり加速度的に初冬に突入していく。

 まだ秋のことは考えたくないと思いつつも、ランニングコースの道端に早くも秋桜(コスモス)が咲いている。朝の日の出もやや遅くなり日の入りも少しずつ早まっている。時計の秒針が一秒一秒先へ進むのと同時に季節も確実に秋に歩を進めているのだ。

 さて、明日から学校閉庁日を含め16日(日)までのお盆休みに入ります。当ブログもしばし休憩時間をいただきます。

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生徒と一緒に

 8月6日(木)食品衛生責任者資格養成講習会に生徒と一緒に参加しました。一日いっぱい説明を聞く講習会なので、そうしたことに慣れていない生徒の様子が気になりましたが、全員が立派な態度で受講してくれて安心しました。昼食後は睡魔が襲ってきてそれとの戦いのような時間もありましたが、みんな最後まで受講し無事終了しました。

 食中毒の話が主で、食中毒予防には菌やウイルスを『つけない』『ふやさない』『やっつける』の三原則が大事で、どれかひとつ欠けるとダメとのこと。私もお弁当と夕食を作って食べていますから、改めて食との関わり方について考える良い機会となりました。

 今日から立秋。気温が30℃と予想され、秋の気配は全く感じません。引き続き熱中症と食中毒に気をつけて生活していきましょう。

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美唄の夕刻

 いつもの農道ランニング。その脇に黄色の花。青のキャンバスに刷毛をさーっと滑らせたかのような白の模様。向こう側に防風林とさらに奥に見える山並み。これが美唄の夕刻の風景です。

 どこにでも見かける花なのでその場でAIに質問したらオオハンゴンソウ。在来植物の生態系に影響を及ぼす恐れがある環境省指定特定外来生物なんだそう。風景になじんでいても困った花のようです。群生しているのをよく見かけるので、強い繁殖力を持っていると思われます。いつも花言葉を調べていますが、オオハンゴンソウは、正義(Justice)、公平(Fairness)、正しい選択(Right choice)、立派な(Mighty)、あざやかな態度(Vibrant attitude)とポジティブです。困った花だけどポジティブ・・・どう判断すればいいのだろう - そんなコトを考えながら10キロ1時間ほど走りました。

 テレビも新聞も熊本で発生した地震を伝えています。この空がつながったずっとずっと向こう側の、同じこの時間同じ日本の国で置かれている状況が全く異なっていることに戸惑いを感じます。複雑です。自分は何ができるんだろ、自分は何をしてあげられるんだろ・・・この1週間そのことを考えています。

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高校の夏休み

 本日も午後にこのブログを書いています。雨こそ降ってはいないけれど、昨日に引き続きどよーんとした灰色の空。校長室の網戸からは7月最後の日にしては涼しい風が入ってきて、レースのカーテンを揺らしています。

 部室に芸術部の生徒が集まって、出展に向けた最後の作業をしていました。自分の作品に刻印して完成のよう。今日の活動を終えると長めのレストに入るとのことです。お疲れ様です。

 高校で3度経験した夏休み。3年生のことははっきり覚えています。大学受験に向けた勉強だけで終わったから。朝から深夜まで外にも出ずに勉強ばかりしていました。「夏だというのにモヤシみたいに真っ白な顔して。勉強なんかしないで日焼けでもしろよ」親父に言われた言葉が今でも耳に残っています。中学生の前半は勉強を一切せず「高校行かんでいいから中学出たら家を出て働け」と言われ、勉強したらしたで「勉強しないで外で遊んで日焼けしろ」と言う。笑える話ではあるけれど、そのときは本当に腹が立ってどうしようもなかった。普通子どもが勉強していたら喜ぶだろうに。親父はいつも短絡的な言葉しか発しない人だった。

 1年生、2年生のことは想い出せません。たぶん午前中に部活動で、午後からは真っ直ぐアルバイト入りしていたと思います。大きなステレオ(システムコンポ)と服が欲しくて、そのためだけにお金を貯めていたから。何か印象的なことがないと忘れてしまうのですね・・・

 ここにいる生徒が、人生のどこかで高校時代の夏休みを思い返すようなことがあったとき、今日この日のことがしっかりよみがえってきたらいいな、なんて勝手にそんなことを考えて写真を撮りました。

 さて、当サイト53万5千アクセスをいただきました。アクセスすると真っ先に掲載される記事の数々は本校の教職員がこまめに更新してくれていて、授業や学校行事の様子、地域と連携した本校の教育活動を詳細にお伝えできているのではないかな、と思っているところです。1日に1500から2000アクセスをいただいていることが、本校の教職員にとって大きな励みになっています。本当にありがとうございます。

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静かに雨が降っています

 7月27日(月)から29日(水)の3日間、札幌市で研究会があり出張しておりました。研究会が終了して何名かで札幌駅周辺の喫茶店で珈琲を飲んでいたのが17時30分あたり。テレビ画面に熊本で発生した地震が映し出されていました。震度7。一昨日、昨日、そして本日と時間は経過していきますが、本日の空模様と同じで気持ちがどしーん、と重いままです。

 なかなかこのブログを書く気持ちにもなれず、結局退勤間際の時間帯になってしまいました。

 生徒も全員下校し校舎内はとても静かです。

 被災地では、酷暑の中停電と断水が続き、家屋が倒壊したり傾いてしまったり、道路も亀裂が走り交通にも甚大な被害が出ています。天災はある日突然訪れるわけですが、それをいつも覚悟しているとは言え、あまりにも酷い・・・

 一日でも早く穏やかな暮らしが取り戻せることを祈るばかりです。

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夏季休業に入ります

 7月24日(金)午後に全校集会を行って、明日から夏季休業です。部活動、お勉強、アルバイト、旅行、海水浴、キャンプなど様々な計画があることと思います。体調の管理と交通事故、水難事故に十分気をつけてお過ごしください。また、熱中症から身を守るため、水分補給と塩分の補給、外の状況を的確に判断し外出を控えるなど、我慢や無理をしない生活と行動をお願いします。

 全校集会におけるメッセージ(以下、掲載)

 明日から夏季休業に入ります。学校に登校しないだけで、おそらくどこにいても暑い日が続くことが予想されます。全ての家庭にクーラーが設置されているわけではないと思います。皆さん一人ひとりに暑さ対策と熱中症防止対策が課題として与えられることになります。安全に健康に過ごすためにどうすべきかを考えた生活が求められます。

 さて、先日の学校祭は昨年よりも数段盛り上がり、多くの人にお越しいただきました。皆さんの活躍が来校してくれた方全てに伝わったと考えています。前にも話をしましたが、学校の主役は、生徒である皆さん一人ひとりです。自分たちは何がしたいのか、自分たちはそのために何を考えて何をすべきなのか。このことを常に問いながら、高校生活を送って欲しいと願っています。

 5月から生徒の皆さんとおしゃべりタイムを続け、何とか半分の生徒と話をすることができました。協力してくれてありがとうございます。美唄尚栄高校の魅力とは何か。美唄尚栄高校の特色を打ち出すために何が必要か。こうしたことを話する中で、大変貴重な意見やアドバイスをいただきました。

 意見で一番多かったのは、行事をもっと増やしたい、でした。もしもそうしたいのであれば、ここにいる皆さん一人ひとりが考えてください。誰か任せではなく、自らの意見を言うことが大切です。しかし、言うならばその根拠と責任が伴います。言うだけ言わせてもらう、は誰も認めてはくれません。言った以上最後まで関わりを持ち、実現に向けて汗を流してください。そうすれば必ず実ります。

 今年度から中間考査、期末考査がなくなりました。2,3年次生はそれまで考査があったので、なくなったことに対する受け止めは1年次生以上に強いものがあるのではないでしょうか。皆さんを楽にしよう、先生方のテスト問題をつくる負担を減らしましょう、ということで無くしたわけではありません。一つひとつの授業を大切にし、今日習ったこと、昨日習ったことをしっかり身に付けていきましょう、というのがねらいです。今後も授業を大切にして学びを深めてください。

 最後になりますが、出掛ける機会が多くなると思います。お祭り、花火大会、キャンプ、海水浴、自転車での遠出など、開放的な気持ちから間違いを起こしてしまうケースも多くなります。交通事故、トラブル、水難事故など、この国のどこかで日々発生しています。自分には関係ないではなく、自分にももしかしたら・・・そう考えて行動してください。

 それでは良き夏季休業に。
 夏季休業明けに元気な姿で会いましょう。

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関心を持って見守る

 変わった色合いでギザギザのユニークな花びらが人目を引きます。自宅の庭に今年もエリンジウムが咲きました。トゲトゲした葉や花びらが秘密を守っているように見えることから「秘めた愛」、「秘密の恋」という花言葉を持ちますが、海外では触れるのを拒んでいるように見えることから「厳格」、「独立」といった花言葉となっているようです。

 見た目のとおりトゲがあるので、触れるとチクリと刺さって痛いのですが、白や黄色、ピンク、オレンジの花が多いので、この色が庭にあると表情が豊かになります。庭におろして3年目になりますが、今年は花の付きが多くなりました。もう一カ所別なところに植えた6年ものも元気よく咲いてくれています。

 今の家に住んで15年、限られたガーデンの中に次々とお花を植え育ててきました。宿根草と言っても冬を越せなかった花があり、種をダメ元で植えてそれが何年にも渡って花を咲かせたり、と様々な経験をしながら庭づくりをしてきました。手をかけすぎて枯らしてしまったり、手をかけなくとも大きくなったりするなど、どちらかと言えば思うようにならないことの方が多いです。

 私はたまたま教育に携わる人間ですから、花は子どもたちと同じだなと感じます。愛情をかけ過ぎても上手くいかず、ある程度構わなくても独自で育っていく。ただその判断は非常に難しい。何かの掛け合わせが良くて素晴らしい花を咲かせるのだとしたら、私は、手をかけすぎず、ある程度花独自の生命力に任せて見守ってあげることがいいのではないか - 何の根拠もなくそんなことを勝手に考えたりします。

 無関心ではなく、関心を持って見守る。そうすると、想像以上の花を咲かせてくれるような、そんな気がします。

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アジサイ(紫陽花)

 昨年ここを知ったときは、夏が終わり秋に差しかかっていました。たまたま夕刻のランニングをしているときにここを通ったのです。いつもは通らない空知神社の遊歩道。残念ながらアジサイの時期はとうに過ぎ、一年後の一番いいときに見なければ、と借家に戻りました。そして、この日。

 我が家のアナベル(アメリカアジサイ)は白とピンク。これが10日前から見頃を迎え満開になりました。だから、ここも、と思って行きました。グッドタイミングでした。

 調べると地域の有志や団体が中心となって、空知神社横の遊歩道に植樹を行い、美唄の名所にしようと行動したとのこと。地元の方がカメラを持って写真を撮っていたので、当初の目的は十分に達成できていると思います。100メートルほどの遊歩道に白や青、ピンクのアジサイが満開になっていますので、お早めにどうぞ。

 アジサイ(紫陽花)の花言葉は、移り気、辛抱強さ、和気藹々。土壌によって色が変わることから「移り気」。花が長持ちするから「辛抱強さ」。小さな花が密集して咲くから「和気藹々」そのとおりだな、と思う花言葉ですね。ちなみに我が家のアナベルは、土壌に関係なく白は白、ピンクはピンクです。

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ガパオライス

 7月17日(金)一般社団法人おもてなし美唄市国際交流協会ease様が主催、市民講座「タイ料理の会」を本校にて実施しました。美唄市はタイ王国や台湾との人的交流を進めていて、本校においてはフード系列が中心となって両国との交流を深めています。

 調理を指導するタイの大学生(美唄市地域おこし協力隊)、台湾大学生6名、美唄市民、サポートスタッフが参加し、盛大に開催されました。

 講座はグループごとに分かれ、コミュニケーション活動を含めた調理で大変楽しいプログラムになっていました。私はスマートフォンを持ち込んでいましたから、翻訳アプリを活用して大学生とコミュニケーションを図りました。

 今の翻訳はすごいですね。スマートフォンに話しかけると一瞬で中国語に変換され、相手に言葉を伝えることができますし、その逆もまた素早い変換により、時間的なストレスを感じないでコミュニケーションが図れます(本当はスマートフォンを介さずに会話ができるといいのだけれど)。

 大人気マンガで、異次元ポケットからひみつ道具翻訳の食べ物が出てきて、それを食べることで異国語の会話ができるようになる。この道具に限らず、50年も前に見ていたアニメの世界が現実のものになっていることにただただ驚きます。それを想像できた漫画家の発想にも驚かされます。

 次男が大学時代にフランス、イタリア、韓国の旅をしたときのこと。帰省したときに話を聞いたら、スマートフォンがあれば何も怖いものはないよ。会話だって困らないし、どこ行きたいここ行きたいとなっても交通機関も全部調べられるし。自分で調べて予約だってできるから、旅行業者とおさないで行くのが一番だよ。人を頼らなくても別に世界中どこでも行けるから、父さんも母さんも行っといで。

 会が終了したあとに次男が言っていたことを思い出しました。実際に使ってみてそのとおりだな、と思った次第です。

 ちなみにガパオライス、とても美味しかったです。先日の料理の話ではありませんが、自宅でも簡単に作れそうです。

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AIに相談した1週間分のレシピ

 7月8日(水)午前11時の授業風景。家庭科フードデザインの授業で肉じゃがを調理しています。この日、フード系列ではスターゼンミートプロセッサー株式会社石狩工場から講師をお招きし、豚肉加工の実演・体験授業が行われる(トップページ ブログ7/9で紹介済)など、ひとつの学校で食に関わる授業が複数展開される一日となりました。すごい学校だなぁ、おもしろい学校だなぁ、我が校のような学校が全国至る所にあればいいのになぁ、と思った一日でもありました。

 何度も書いていますので、またかと思われてしまうかもしれませんが、人が生きていく上で『食』が一番大切。私など高校を卒業するまで親が毎日食事、お弁当を準備してくれましたから、それが当たり前になっていて、『食』について考えることは全くありませんでした。大学は朝夕賄い付きの下宿生活で、日曜日だけは自分で何とかしなければならず、そのときに『食』が提供されることのありがたさを感じた次第です。

 私は単身生活が続いていますので、こうした授業を受けている生徒がうらやましくもあります。お弁当を作り夕食を作って生活をしていますが、そんな胸を張って言えるようなことはしていません(できません)。健康を気遣ってとにかく野菜を摂取していますが、茹でるか炒めるか焼くかのどれかしかなく、料理の幅がありません。いつも同じような食事になっています。

 AIに相談したらいい答えが返ってくる時代です。「夕食の献立を考えています。食材はじゃがいも、玉葱、人参、鶏の胸肉、レタス、小松菜、キャベツ、豆腐、しめじ、ホウレンソウ、長ネギ、卵があります。調味料は、塩、砂糖、醤油、ごま油、こしょう、みりん、サラダ油、マヨネーズ、鰹節、ほんだしがあります。調理方法を含めて、今週1週間分の献立とその作り方を教えてください。出来上がった夕食は全て写真付きで提示してください。」と入力したら、私のマンネリ化した夕食の世界は思い切り広がるはず。思い立ったが吉日と言います。今、AIにそのまま質問してみました。25秒で次のレシピを紹介していただきました。

 月曜日 主菜:鶏胸肉とキャベツの甘辛炒め
     副菜・スープ:じゃがいもと人参の和風スープ
 火曜日 主菜:お肉なし肉じゃが風(豆腐とゴロゴロ野菜の煮物)
     副菜・スープ:小松菜のお浸し
 水曜日 主菜:鶏胸肉のコク旨マヨネーズ炒め
     副菜・スープ:レタスとちぎり豆腐の和風サラダ
 木曜日 主菜:ほっこり親子皿(ご飯なし親子丼の具)
     副菜・スープ:キャベツと人参の和風マヨコールスロー
 金曜日 主菜:豆腐としめじのふんわり卵とじ
     副菜・スープ:ホウレンソウのごま油和え
 土曜日 主菜:ポテトとキャベツの和風ジャーマンポテト
     副菜・スープ:レタスとネギのスープ
 日曜日 主菜:鶏胸肉と野菜のフライパン蒸し(ポン酢風タレ)
     副菜・スープ:ほうれん草と卵のお吸い物 

 当然作り方も教えてくれています。これは作れそうです。ただ、『まず最初にお伝えしなければならないのですが、私はAIであるため、実際に完成した料理の写真を用意してお見せすることができません。ご期待に沿えず申し訳ありません!』そうなんですね。できないこともあるのですね。でもそのうちもっと進歩して実際に調理までしてくれる機械やロボットが登場することになるのかもしれません。

 若いうちに多くの経験があれば、こうしてレシピをいただいても軽い気持ちで台所に立てると思うのです。だから生徒の活動を見ているといつもうらやましい気持ちになります。もしも中学校3年生に戻って受験先を考える機会があったとしたら、私は(あくまでも個人として)『食』を学べる本校のような学校を選択します。

 長い話になりました。申し訳ございません。

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ひまわり

 夏、ひまわり(向日葵)の季節ですね。日に向かう花。そのとおりの花ですよね。

 ずたずたにやられてしまった自分を立て直してくれた花がひまわりです。私にとって特別で大好きな花です。

 小学校の中庭に学級園(畑)があって、正確には思い出せませんが、2年生が朝顔、3年生がひまわり、4年生がヘチマ、5年生がひょうたんを栽培しました。6年生はその学校から転校して別な小学校で過ごしたのでわかりませんが、きっと学年に合わせた栽培カリキュラムになっていたと思われます。

 学級園に咲いたひまわりは茎が自分の手首を超えた太さで、花は2メートル3メートル高い所にありました(背が小さかったのでえらい高い所に咲く花だなと思いました。実際は今の私の背丈くらいのところに咲いていたのだと思います)。ぎんぎらぎんに注ぐ太陽光にすーっ、と立ち上がった鮮やかな黄色。今でもそのときの印象が目に焼き付いています。「ひまわり、好きだな」と思いました。ですから小学校3年生の頃からひまわりに特別な想いを持っていたことになります。

 26歳を迎える年の秋口に突然のめまいに襲われ、その日を境にして私の身体と心は昨日までのものとは全く異なるものとなりました。わずか1日を挟んで人って変わってしまうのですね(今だから簡単に言ってしまえますが本当に苦しかったです)。

 逃げるような気持ちでカメラ片手に近隣の風景を切り取るようなことを始め、巡り巡って北竜町のひまわり畑に辿り着いたとき、一面黄色の世界に心が奪われました。ここから自分は変われる、変わっていかなければならない、と思いました。ひまわりが私の全てを受け止め、背中を押してくれたように感じました。以後、欠かさずに夏のひまわりに逢いに行きました(調子が戻ったな、と実感できた時にはもう40歳になっていました)。小学3年生のひまわりが暗闇の中に小さな光を照らし続けていてくれたのだと思っています。本当にありがたいです。私のつまらない話が長くなりました。

 さて、華道部員は3年次生2名と1年次生1名です。先日、1年次生の部員と「おしゃべりタイム」でお弁当を一緒にいただきました。「生けるのが上手になったね」と褒めると「ありがとうございます」と笑顔で応えてくれました。「お花が好きなので華道部に入りました」「3年次生が引退したら一人になるかもしれないけれどずっとずっと続けるんだよ」高校生でお花が好きって、いいですよね。その気持ちをずっとずっと持っていて欲しい。

 生徒玄関ホールに2つの作品、職員室前にもう1つ展示しています。花はいつまでも元気に咲いているわけではありませんが、与えられた命を全力で、ぎゅっと水を吸い上げ一日でも長く咲こうとしています。その姿からいろいろなことを考えさせられます。

 52万アクセスをいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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学校祭から夏季休業に

 蒸し暑い日が続いています。体調いかがですか。しっかり食べて水分とって睡眠時間を確保できていますか。

 先週末、「クーラーどうしようね」と妻が家電量販店の広告を見ながらぼそりと言いました。私は曖昧な返事をしましたが、そろそろ潮時かもなと思ったりもしています。オホーツク北見の2年間で究極の暑さを体験したこともあって、石狩や空知の暑さは何とも感じない身体になっていますが、それを知らない妻は違います。暑いのでしょう。

 冷房なしの借家(職場も)は毎日35℃で煮えたぎっており、これがだらだらと約一月半続く夏です。私は扇風機と台所の換気扇を回して2年間凌ぎました。夕食を作っている最中に汗だく、夕食を食べて汗にまみれ、その後のランニングでさらに汗だく。すごい夏でしたが、この経験が私の暑さ感覚をごろっと変えてしまったような気がします。

 さて、学校祭が無事終了し校内は何事もなかったかのような静けさです。夏季休業まで残すところ10日となり、生徒の関心事は学校祭から夏季休業に切り替わった感じです。切替の早さにびっくりです。ただ、3年次生は卒業後の進路に向けての活動が本格化しています。オープンキャンパスや応募前職場見学の参加、応募書類の準備等で熱い熱い夏になります。誰もが経験する18歳の節目。私はその頃受験に向けた勉強を朝から晩までしていました。高校3年生の記憶は、勉強、だけです。

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『妙夢』~アルテピアッツァ美唄

 7月9日(木)本校のPRポスター掲示の許可をいただいた関係各所へ挨拶回り。急なお願いにも関わらず「いいですよ、貼らせていただきます」とのお返事が嬉しいです。併せて「可愛らしいデザインでいいですね」とのお声もいただいており、それはそれで嬉しいです。ポスターの下方にホームページ、インスタグラム、note、youtubeのQRコードを印刷してあるので、多くの方にアクセスしてもらいたいなと思っています。

 安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄様に久しぶりに訪問しました。先日、本校の1年次生が宿泊研修でお世話になったのですが、私は昨年のゴールデンウィークにランニングを兼ねて行ったきりなので2回目です。昨今のクマ騒動がありますからランニングで向かうのはもう難しい状況なのが残念です。子どもがまだ幼稚園に通っていた頃に空知の実家に帰省する途中で寄ったことがありますが、いつ来ても時間の流れが変わらない場所だなと思います。

 『妙夢』

 私はここに立ち2015年に初めてフルマラソンを完走(4時間28分5秒 総合順位5823/10017)したことを想い出します。ゴール後に首にかけてもらった完走メダルが『妙夢』だったのです。ゴール後、涙が溢れて止まりませんでした。そもそも走り始めたのは2013年。仲間が倒れたこと、妻の大病の克服に向けた日々が重なったことがランニングを始めたきっかけです。励ましたい - ただそれだけでした。一気に押し寄せてくる感情を抑えることができず、肩に回されたフィニッシャータオルでしばらく顔を隠し目頭を押さえていました。

 人それぞれに自由に過ごせる場所。ここは何を想ってもいいし何を考えてもいい。

 さて、今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。応援していただける学校になるよう一層努力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

 御協力いただきました関係者様(敬称略)7月9日現在
①コメリハード&グリーン美唄店 ②イエローグローブ美唄店 ③岩本写真館 ④仙中里 ⑤ツルハドラッグ美唄南店 ⑥コープさっぽろびばい店 ⑦長栄堂 ⑧ケーキヤマシタ ⑨タケマツスポーツ ⑩大坪仏壇店 ⑪ハウジングサイトウ ⑫そばまつき ⑬丸吉 ⑭マルダイはやし ⑮株式会社美唄自動車学校 ⑯コインランドリーリベラ ⑰ハマナスクラブ ⑱美唄郵便局 ⑲吉岡布団店 ⑳パナプラザいとう ㉑きものブティックホンゴウ ㉒JAびばい直売所ららマルシェ ㉓つぼ八美唄店㉔サンキ美唄店 ㉕青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ㉖喫茶鹿 ㉗的場旅館 ㉘美唄市営温水プールすいーむ ㉙美唄市総合体育館 ㉚藤観光 ㉛アンテナショップPiPa(ふるさと美唄応援店舗) ㉜ツルハドラッグ美唄店 ㉝ヤマダ電機テックランド美唄店 ㉞すぎうらベーカリー本店 ㉟株式会社宮北鉄工所 ㊱株式会社宮北鉄工所cosmo美唄南 ㊲美唄市立図書館 ㊳美唄市体育センター ㊴美唄市郷土資料館 ㊵アルテピアッツァ美唄 ㊶美唄市民会館

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祭のあと

 7月10日(金)、11日(土)2日間の尚栄祭を無事終えることができました。多くの方々に御来校いただきました。ありがとうございました。

 

 閉祭式での挨拶文(原文のまま)

 ここにいる半分の生徒さんとしかお喋りはできていませんが、『魅力ある学校って何だろう』ということを話すると、ほぼ全員が『行事が楽しい学校じゃないでしょうか』『行事が楽しい学校に人は集まります』そう言います。

 第16回尚栄祭のフィナーレです。やりきった感、ありますか。全てを出し切りましたか。そして、自分のいる学校の、尚栄祭が楽しい、行事が楽しい学校と感じてくれましたか。皆さんを見ていると満足感に溢れています。どうか、楽しかったことを妹、弟、中学生に是非伝えてください。ここにいる皆さんの声が一番の宣伝、コマーシャルになります。どうかプレゼンターになってください。

 さて、私から皆さんにお礼を言わせてください。「尚栄祭を何とか盛り上げていきたい」そのことを私なりにずっと考えていました。何をすべきか、できることは何だろう。そうした中で、『学校祭までカウントダウン企画』を3年次生に持ちかけました。毎回とはならなかったけれど、順繰り回しながら、インスタグラムに更新して学校祭を迎えることができ、私は本当に嬉しかったです。ねらい通りになったかどうかはわかりませんが、できたことに感謝です。皆さん、ありがとうございました。

 先生方にも感謝します。尚栄祭を少しでも盛り上げようと、展示や販売に力を注いでくれました。●●先生のギター演奏、〇〇先生・□□先生・△△△先生のダンスも尚栄祭に花を添えてくれました。そして、※※先生、生徒会執行委員に寄り添って準備をしてくれてありがとうございました。

 これからも行事は続きます。もしかすると新たな行事が生まれるかもしれない。皆さんに伝えます。行事を自分たちがどのようにしていきたいかをしっかり考えること。誰かがやってくれるのを待つのはもうやめること。言うだけではなくて実現に向けてしっかり汗をかくこと。

 想いを形にしたいけどどうしたらそれを実現することができるだろうか - そのことを粘り強く考えてください。それを実現することによってどのような効果があるだろうか、失敗しないようにみんなのものにするのはどうすべきか。考えなければならないことはたくさんあるけれど、乗り越えた先に、自分の手で、自分たちの声で、新たなものを生み出すことができます。そこに大きな意味があり、大きな喜びがある。

 行事は与えられるものではなく、ここにいる皆さんが作り上げていくものです。それが皆さんが言う『行事が楽しい学校』につながっていくと信じています。皆さんならそれができると思います。

 最後になりますが、尚栄祭を何とか盛り上げよう盛り上げようと考え、実践してくれた生徒会執行委員の皆さん、ステージに上がってください。

 さぁ、皆さん、尚栄祭を4月から時間をかけて準備してくれた生徒会執行委員の方々に、感謝の意を込めて拍手を送りましょう。

 ありがとうございました。

 そして、ここにいる生徒の皆さん、本校の先生方、PTAバザーのお手伝いをしてくれた保護者等の方々、尚栄高校に足を運んでくれた人々、そして素敵な時間を過ごすことができた自分に、もう一度拍手をお願いします。

 ありがとうございました。

 以上で閉祭にあたっての挨拶といたします。

        北海道美唄尚栄高等学校長 日 下   剛

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尚栄祭1日目から2日目へ

 発表が終わってすぐの集合写真。若い、ってただそれだけでいい。まるで顔でも洗ったかのような汗に濡れた表情に自らの高校時代を重ねている自分。同じだったのだ、自分も。そう思うと瞼が熱くなる。頬を伝う涙がとまらない。若い、ってただそれだけで素晴らしい。

 今年度は生徒たちがこうしたいということが実現できている - 私はそう評価しています。昨年度は先生方の手を借りなければ乗り切れない、そんな様子が至る所に見られました。体育館内で先生方が顔を引き攣らせ休む間もなく走り回っていたけれど、今年度は生徒がリードできていて、先生方も余裕の姿。そうできるだけの準備をしてきたということなのでしょうが、言葉通りの生徒主体となっています。成長を感じます。

 今日は一日中雨になりそうです。ただ、午前10時からの一般公開に向けて生徒も保護者等の方もお迎えの準備を進めています。是非お越しください!

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学校祭

 7月10日(金)外は生憎の雨。北海道には梅雨はない、と言われているけれど、今朝の気象予報士の言葉では「梅雨のような天気ではなく、もう梅雨と言っていい天気です」北海道も梅雨が訪れる気候に変わってしまったということでしょうか。本日と明日は尚栄祭。私たちの想いは届くことなく梅雨模様の2日間になりそうです。

 高校3年生の学校祭は、中庭で炭火をおこしヤキトリと焼きトウキビを販売しました。トウキビは親父が市場の仲買人に雇われていたこともあって、一本50円あたりで大量に用意してくれて、トラックの荷台に積んだトラックで学校まで届けてくれた記憶があります。あのとき私は親父に何と言ってトウキビの話をしたのだろう。もしかしたらお袋伝いに耳に入れてもらったのか。おそらく後者のような気がする。会話の記憶がどうしても蘇ってこないのです。

 そんなことはどうでもよくて、でも高校最後の学校祭はところどころはっきりと覚えています。あの頃はBOOWY(バンド)が流行りで、体育館を会場にした演奏はそのバンドの楽曲で盛り上がり、本当は上がるなといわれていたステージにわちゃわちゃと駆け上がって踊りました。楽しかったなぁ、本当に。

 形は変われど生徒にとって学校祭は特別なんだな - この仕事に就いていつも思うことです。こんなにも熱くなれるのはどうしてなんだろう・・・若い、ってただそれだけでいい。

 私にとって33回目の学校祭がまもなく始まります。

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人は人と触れ合ってこそ

 7月7日(火)付け北海道新聞朝刊社会面に「SNS漬け」子ども深刻の見出し。高校生に注目して抜き出すと、『自分のスマホを持っている』99.1%、『1日のインターネットの平均利用時間』6時間44分(なんと1日の4分の1)、『SNSなどコミュニケーションに使う』93.2%と、まるで小さなスマートフォン1台に支配されてしまったかのような生活スタイルになっています。どうしたものか・・・

 居間に固定電話が存在感をはなっていた時代。呼び鈴が鳴るとどきっとして家族に緊張が走ったことを想い出します。幼き頃の電話は親のもの、高校生の頃の電話は親に知られたくないものでした。子機付きの電話すらなく、親が寝静まった22時約束の恋人との電話は小声でささやく妙にときめく人生最高の時間でした。もし、あのときにスマートフォンがあったら180度違う世界を見ることができたのかもしれないけれど、私は、固定電話で良かったなと思っています。不便でいろいろ気を遣う面倒な電話ではあったけれど、それはそれで良かった。

 スマートフォン世代の我が校の生徒たち。家に帰ったらSNSでつながる友達も、こうして放課後にお喋りしながら一緒に行動している。これだけでも学校祭の準備作業をしている意味があるな、と感じています。スマートフォンでつながる世界を否定はしないけれど、でも、やはり人は人と触れ合って生きていくからいいのです。

 おそらくそんなことはまるっきり考えもせずここで時間を過ごしているかもしれない。でも、いつか、この日のこの時間がどれほど大切だったかに気づくときがくるはず。それを次の世代に語り継いでいくことが一人ひとりに課せられた宿題なんだろうと考えます。

 記事より ~ スマホ依存を防ぐために推奨される利用時間は、高校生で2時間以内が目安。

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この時間を大切に

 今週末に学校祭(第16回尚栄祭)を控え、午後から準備の時間としています。6月末から準備を進めているクラスもありますが、いよいよ終盤に突入しました。これはあくまでも私の想像ですが、各クラスドラマの連続だったはず。ドラマから目を背けず、この時間を大切にして欲しい。その先に、成長につながる何かがある、私はそう思っています。

 思い通りにならなくて苛立ったこと、言葉の掛け違い、感情のぶつかり合い、喉まで出かかった言葉を飲み込む、誰かのダンスにみんなで笑い、わかってもらえず涙する、絵の具を散らかし、自分の部屋でダンスの振り付けを確認し、あちらこちらから段ボールをかき集め・・・一人ひとりにそれぞれのドラマがある。談笑、葛藤、衝突、歓喜、相談、仲直り。みんなが向かうべきゴールは学校祭でも、そこに至るまでのステップはみんな異なる。その経験こそが宝。

 何かに挑戦しようとするとき、そこには必ず軋轢が生じます。これは何も高校生活の中だけに訪れるものではなく、生きていく上では避けては通れないものです。解決に向けての教科書はありません。最後は仲間を信じ許し認めてあげること。この中にしか答えはないような気がします。

 さて、短い動画を撮ってインスタグラムに、と思っているのですが、先日生徒から指導されました。「校長先生、インスタに動画上げるのをやめてください、私たちのクラスで何やるかバレてしまうじゃないですか」私は「ごめんなさい」と謝りました。そうか、ネタバレ、か。

 写真なら各クラスの作戦が漏れないだろう。それでもいろいろ気を遣いながら写真を撮って回っています。

 17時45分、後片付けをして18時下校を報せる放送が流れました。本日の準備お疲れ様でした。

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職人

 7月3日(金)生産現場におけるものづくりの溶接についての最新技術を学ぶことを目的に、株式会社道央メタル(美唄市東5条南6丁目7-28)様をお招きし、メカトロ・エンジニア系列2年次生を対象に溶接技術講習会を実施しました。第一線で活躍されている職員の溶接技術を目の前で見ること、プライドを持って仕事をしている姿を見ることで、生徒には相当な刺激があったと思います。

 本校も溶接に限らずものづくり、製品づくりをしている学校です。つくることだけに目線を合わせるのではなく、何のためにつくるのか、実際につくってそれがどうなるのかなど、いつも先生方に話をしていますが、つくった先の姿を考える必要があります。つくっておしまいではないということです。

 人に使ってもらうことは人に喜ばれることにつながります。がたがたぐらつかないためにどうしなければならないか、触って怪我をしないようにするためにどのような加工が必要か、長く使ってもらうためにはどうすべきか、壊れたらしっかり直すことが可能か。使ってもらう人からの意見を聞き改良や改善に努めることも必要です。つくったらつくった責任があるということです。

 そう簡単に技術を持った一人前の職人にはなれません。10年15年の年月がかかるでしょう。苦労して辛抱してその積み重ねの先に腕一つで家族を支え会社を支える職人になることができる。今は時代が変わって丁寧に時間をかけて指導してくれるようになってきていますが、それでも覚悟が必要です。

 生徒と一緒にひととおりの作業を見学させていただきました。一日も早く家を出たくて看板職人になろうと考えていたことがありました。看板屋の工場を何度も覗きに行ったものです。あの頃は筆を振るったらすぐに世界が広がると信じていた。結局小さな世界で小さなことしか考えていなかった・・・職人になる覚悟などひとつもなかったな、と恥ずかしながら思った次第です。

 有意義な時間になりました。本校の教育活動に御理解と御協力を賜り感謝申し上げます。
 
 ありがとうございました。

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合同チームの夏

 第108回全国高等学校野球選手権南・北海道大会1回戦(対 滝川西高等学校)が6月27日(土)岩見沢市営球場において開催され、砂川高等学校との合同チームで出場しましたが、1対11で残念ながら敗退となりました。

 本校の選手は小学校、中学校と野球経験がほぼない中で入部して活動していますが、試合では着実に練習の成果が表れていることを感じさせるプレーが見られたところです。

 試合が終わった後にミーティングが行われ、最後に撮った集合写真です。選手はもちろんのこと、応援に駆けつけた生徒たちの心にもこの夏の記憶がしっかり焼き付いたと思います。

 大変お疲れ様でした。

 

 砂川高等学校の公式noteも是非御覧ください。
  https://sunagawa-hs.note.jp/n/na66f28a5fc55

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ババロアと水ようかん

 「フードデザインの授業でババロアと水ようかんを作ったので食べてください」3年次生の女子生徒が校長室に。いつも思うのだけれど、食を学び食を考え食を作る学校 - いいですよね。私ごとではありますが、もしも生まれ変わって再度人生を送れるとしたら、間違いなく食に携わる生き方をします(別に生まれ変わらなくても今からでもできるのですが)。そのためにそれが実現できる学校で学びたい。本校に勤務できたからこの気持ちがより一層強くなりました。食の大切さに気づかせてくれた生徒の皆さん、本当にありがとう。

 さて、生徒とのおしゃべりタイムは続いています。ある生徒が座席に座るなり「私が作ったお菓子ですので校長先生どうぞ」と紙袋を差し出しました。おそらく前の晩に作ったのでしょう。美味しそうなスイーツが入っていました。このようなことをして欲しくてお話する時間を設けているわけではないのだけれど、高校生がここまでの気遣いができることに私はただただ驚いています。教師生活33年目、初めての出来事です。お菓子美味しかったです。本当にありがとうございました。

 気温が高めに推移するようです。放課後の学校祭準備、休日に登校してダンスの練習や展示物の準備等をすることと思いますが、ついつい夢中になって水分補給を忘れてしまった・・・ということがないようにしてください。

 また、保護者等の皆様にお願いです。教室に冷房装置を備えておりますが、十分な冷却には至っておりません。お子様に持たせるお弁当に保冷剤を入れてください。よろしくお願いいたします。

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まちに応援される学校へ

 今年度の学校PRポスターを持ってまちを歩いています。担当の先生が半年かけて作成したものでできるだけ多くの人に見てもらいたいなと思っています。見てもらって初めてポスター本来の役割を発揮しますので。事前に電話をかけてから、時には飛び込みで訪問しているのですが、まちの人は本当にあたたかくて「いいですよ、貼りますよ」と言ってくれます。

 学校の教育を学校の中だけで完結する時代はとうに終わり、いかに地域の方々と力を合わせて学校づくりをしていくかが問われる時代。あれこれ考えて躊躇するのではなく、思い切って一步踏み出すことが大切です。「じくじく考えていないでまず動け」私が私自身の背中を押す、長く大切にしている言葉です。そこに座って考えている時間がもったいない。その間に2つ3つのタスクをこなすことができる。考えることはそのあとでも十分できます。

 さて、夕刻のランニングの前半は農道を走り、後半は美唄駅周辺、12号線沿い、そして商店街を抜けて借家までの10キロを走ります。ここ最近通りに面したお店の窓ガラスに本校のポスターが掲示されているのを目にします。本当にうれしいです。勝手なお願いにも関わらず快く御協力をいただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

 ポスターの掲示によって、私たちが望む入学者の増加に直結するかはわかりません。いや、そんな簡単なものではないと承知しています。私は校長として、まずは「まちから応援される美唄尚栄高校」にしていくためのきっかけづくりと開き直って行動しています。

 まちを歩けば本校のポスターをあちらこちらで目にすることができる(エスコンフィールドに向かう道中に球団の旗が取り付けられている) - それは大げさで届かぬ夢ではありますが、数年先にそうしたことがここ美唄のまちの中にできあがればいいな、と思っています。そのためには、本校が質の高い教育を実践し地域に貢献できる生徒を育成している、と理解していただかなければなりません。

 今後もポスター掲示の依頼で訪問させていただきます。その際はどうぞよろしくお願いいたします。

 御協力いただきました関係者様(敬称略)6月30日現在
・コメリハード&グリーン美唄店 ・イエローグローブ美唄店 ・岩本写真館 ・仙中里 ・ツルハドラッグ美唄南店 ・コープさっぽろびばい店 ・ケーキヤマシタ ・長栄堂 ・タケマツスポーツ ・大坪仏壇店 ・ハウジングサイトウ ・そばまつき ・丸吉 ・マルダイはやし ・株式会社美唄自動車学校 ・コインランドリーリベラ ・ハマナスクラブ ・美唄郵便局 ・吉岡布団店 ・パナプラザいとう ・きものブティックホンゴウ ・JAびばい直売所ららマルシェ ・つぼ八美唄店 ・サンキ美唄店 ・青の洞窟温泉ピパの湯ゆ~りん館 ・喫茶鹿 ・的場旅館 ・ピパオイの里プラザ ・美唄市営温水プールすい~む 

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夕刻の部室

 夕暮れ迫る部室
 そこだけは流れていかない時間
 動きを忘れた空気に
 懐かしき高校時代が蘇る

 学校って不思議なところです。自分は一年一年歳をとってゆくのだけれど、巡り会う生徒はいつも十六十七十八なのです。繰り返されるこの潮流の中に自分の時間軸は確実に先へ先へと伸びていきます。時は先へ先へ進んでゆくのだけれど、いつも過去と現在を往還できる楽しみがある。それって一部の限られた人にしか経験できない特殊なものです。私はこのことが教職の魅力なんだろうな、と思っています。

 高校を卒業した後の人生において、自らの高校時代を想い出すことはどれほどあるだろうか。それは年齢を重ねるごとに遠く遠くに押しやられていく - 多くの人はきっとそうなんだろう。ただ、私は違う。高校時代がいつも隣にある。

 私はこの仕事に就いたときから(32年前から)高校生の記憶に浸ることができています。そうしたことは頻回に訪れます。職が違ったらおそらく滅多なことでない限り高校時代を想い出すことはなかっただろうと思います。だから何か特別なものをもらったような感覚があります。想い出せたから何か素晴らしいことがあるというわけでもないのですが、ふと蘇ってくる高校時代の記憶に穏やかで幸せな気持ちになれる。教職というのはすごいな、と思います。

 教職員のなり手不足は深刻な問題となっています。原因はさまざまです。ただ、誰でもなれない特別な職だからこそ、一部の人にしか届かない特別な世界を見たり触れたりすることができる。私が語ることのできるのは『自らの高校時代がずっと自分の近くにあっていつまでも色褪せていかない』ということだろうか。見かけは年齢相応になっても気持ちはいつまでも高校生でいられる(ような)。

 私たちはその職に携わる者として、常に生徒たちに教職の背中を見せていかなければなりません。私たちの姿を見て生徒たちは教職を考えるわけです。私も中学時代の担任、佐藤先生にあこがれたから今があります。

 夕刻の部室 - なんとなく寂しさが漂う。その一方で一日が事故なく無事に終わることへの感謝。明日のドラマへの期待感・・・私はこうした風景の中に時を過ごすのが好きです。

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珈琲教室

 「高校生は珈琲を飲みませんっ」3年次生の生徒との『おしゃべりタイム』で言われ本校の自動販売機ラインナップ変更につながった話は前に書きました。そのことをきっかけとして生徒が飲みたい飲み物に入れ替わっています。すべてが生徒の望み通りになるには珈琲が売れ切れなければならないので、私もたまに自動販売機にコインを入れ珈琲をせこせこ購入しています。

 私は気取ったお洒落な高校生でしたから(自分で言うのも恥ずかしいのですが)ブラックの珈琲を好んで飲んでいました。今ではカフェという言い方をしますが、学校帰りに喫茶店に寄り珈琲を飲んでいました。学校にも珈琲クラブが存在し自分で焙煎するおもしろい企画があり、煎った珈琲の飲み比べも頻繁でした。

 大学時代アルバイトをしていた会社の真裏に室蘭でも有名な自家焙煎珈琲のお店があって(ずっと前に閉店してしまいました)、カウンタに座ってマスタと話をしながら珈琲を飲み、帰りがけにいくつかの豆を買って下宿でも珈琲をドリップしていました。以後お付き合いした何人かの女性といつも珈琲を飲み、やがて知り合った妻と30年以上珈琲の時間を楽しんで現在に至っています。振り返ると私にはたくさんの珈琲の風景があったように思います。

 土曜日、妻と珈琲教室に参加しました。実は5月に申し込んだところ応募多数により急遽抽選となり選考から漏れてしまいました。その後講師の先生の計らいにより今回臨時で実施してくれることになったのです。本当にありがたいことです。2時間の講座でしたが実技を伴うとてもいい時間になりました。もっともっと珈琲の勉強がしたいと思いました。何せ奥が深いのです。

 60歳以降をどう生きるか - 4年半後に迫った人生の節目。私はその日がやってくるのを実はとても楽しみにしています。カフェを、という気持ちは日増しに高まっていますが、それがすぐに叶えられないとしても、私は60歳からスタートする(スタートさせる)新たなステージにわくわくしています。安定という言葉を捨て、冒険へのスタートとチャレンジにする。一度しかない人生、その舵を自分の力で切っていくために、講師の先生が自らの経験をもとに語った「何でもチャレンジする生き方」 - 私の背中を力強く押してくれたのは間違いありません。

 珈琲教室に参加した休日に当サイトの訪問者数が50万を超えたようです。いつも御訪問いただきありがとうございます。毎日訪問者数をノートに書いていますが、昨年(令和7年6月30日)は133,916件と記録されていました。

 50万、という数字がどのような意味を持っているのかはわかりませんが、少なくとも本校の教職員の情報発信に対する意識は従来のものから高めることができただろう、と私は評価しています。「見てくれる方がいるのだから常に新しい話題を提供しなければならない」 - この意識を私たちはいつまでも忘れてはなりません。

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今まで気づきませんでした

 美唄駅の東側。夕刻のランニングではほぼ毎日この周辺を通っています。昨日は電車の不具合なのか、札幌に向かう特急列車が出発できずにいたようです。ホームには状況を報せる放送がわんわんと鳴っていて、なんだろうとホームを見ていたときに一面に咲いている赤い花が目に留まりました。

 もしかして、薔薇か?と近づいていくと、やはり薔薇でした。その他にもさまざまなお花が咲いていて、今まで大事なものを見逃していたことに残念な気持ちやら自分の視野の狭さを反省するやら、なんだか損をしてしまったような気分になってしまいました。薔薇は盛りを過ぎた感じではありましたが、まだまだ見応えがありますので気になる方は是非出掛けてみてください。

 美唄駅周辺は花壇が整備されていていいなと思います。美唄聖華高校、本校の生徒も花壇整備でお手伝いしているところですが、そうした活動の中からお花に興味を持つ人たちが増えていくとそれはまた素敵な話だなと思ったりしています。

 さて、学校祭カウントダウン企画も全校での取組になってきました。同じ生徒ではなく順繰りバトンリレーのようにつながっていって欲しい - 私の思い描いたことが生徒の手で実現できています。高校生にとって学校祭は大きなイベントですから、『尚栄祭』に向かって心をひとつに(全校で心ひとつにできる行事はそう多くはありません)盛り上がってくれたら幸いです。

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あの頃の声が聞こえてくる

 朝から学校で顔を合わせ放課後はグラウンドで野球をやって家にカバンを置くなり広場に集合。夕暮れが深まっていく頃、誰が声をかけるでもなく決まったように「じゃ、明日。バイバイ」立ち並んだハモニカ長屋に灯り始めた電灯の明かりの中に帰って行く・・・

 1年と半年過ごす美唄で一番気に入った場所。夕暮れ迫るこの風景の中に私はいつも少年時代のことを想い出す。あの頃に見た夕暮れと同じだから。走り回った日々、何がおかしかったのかいつまでも響く笑い声、さっきまで仲良く遊んでいたのに突然始まったケンカ、長屋をぐるり取り囲む砂利道道路の自転車レース、道路に掘ったビー玉ゲームの穴 - 懐かしい記憶が次々浮かんでくる。みんな泥だらけになるまで遊んだ日々がつい昨日のことのように感じるのはどうしてなんだろう。

 先日、美唄青年会議所主催の「つながる協働交流会」に参加しました。関係団体が集まり美唄市を活性化するためのイベント等についてグループワークを行い、それを発表するという企画でした。各班から今すぐにでも実現できそうなアイデアが提案され、その中に美唄市の風景写真を集め、その一枚一枚を組み合わせたモザイクアートを制作する企画がありました。思い思いの風景を組み合わせ、さらにひとつの作品にしていく。これはおもしろいな、と思いました。本校の行事にも取り入れることができそうな企画です。

 私は車を運転してあちらこちら出掛けることには消極的です。そこにあまり魅力を感じないのです。自分の足で歩いたり走ったりしながら目の前に広がる風景を楽しむことが好きで、そこに座って大きく息を吸い込み風を感じる時間があればそれでいい(変わっていますよね)。カメラで風景を切り取りながら脳裏に浮かんできたことにただ思いを馳せる時間が好きなのです。やはり変わっていますよね(小学校の先生に変わった子どもだ、困った子どもだとずいぶん言われていたようです お袋談)。

 さて、皆さんは美唄市のどこの風景が好きですか?どこから見る風景がお薦めですか?コンテストのような格式張ったものだと手が出しづらいので、競い合うのではなく市民が切り取った風景をどこか一カ所で見られるイベントがあると素敵だろうな、と考えています。どうでしょう、やってみませんか!

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少しだけお見せします

 今年も薔薇が咲きました。ほんの一部分ですがどうぞ。いつもは6月3週目で満開を迎えるけれど今年は1週遅いようです。これを書いている今日あたりが満開になっているはず。そばで見ることができず残念。私の分まで妻や近所の方が見てくれればそれで良しとしましょうか。

 先週の土曜日、お世話になった先輩夫婦が我が家に来てくれました。薔薇を見ながら珈琲を飲み他愛もない話を - 少し前に奥様が体調を壊してしまい、それが少しずつ快方に向かっていると伺っていたので、それなら気晴らしに薔薇を見に来てください、とお誘いしていたのです。喜んでくれたのでもうそれだけで良し、です。

 妻が大きな手術を終え退院して家に戻ってきた年の初夏から私のガーデニングが始まりました。身近なところに花が咲いていればきっと気分も晴れるだろう、そんな想いでせこせこ土をつくり少しずつお花を植えてきました。そういう私も先の不安を紛らわせたかったのです。

 以後13年かけて今の庭になりました。小さな株だった薔薇たちも大きく成長したくさんの花をつけ、周りの花も次から次に咲いてくれます。併せて妻も私もとりあえず健康に過ごせています。感謝しかありません。

 一昨年昨年と何が悪かったのかアプリコットがかなり弱ってしまいこのまま枯れてしまうかも、と落ち込んでいたのですが(私にとっては薔薇は子どもなので)、オレンジ色の薔薇が漸く元気を取り戻し、4年目にしてこれでもかというくらいの蕾をつけてくれています。薔薇は甘やかしても(肥料をやり過ぎても)ダメですし、厳しすぎても育ちません。子育てと同じく難しい。だから、おもしろい。

 先輩が「北見から帰ってきて美唄から自宅が近くなって良かったね」と言われ、すかさず妻は「帰ってきても午前中にランニングをして、午後からはずっと庭にいるんですよ」と。そのとおりの休日を過ごしている私は「走って薔薇や花をいじって一日を終えるのが何よりの幸せなんだよなぁ、それ以外のことはいらないかな」と答えました。こんな私の生き方が先輩夫婦や妻に受け入れられたのかはわかりません。私はそれだけあれば満足でありそれ以上のものは何も望んでいません。そこに私自身の幸せがあるからです。

 「それじゃ、また来るね」そう言って二人は車に乗り込み大きく手を振りながら帰って行きました。元気になれるきっかけをこの庭から、花たちからプレゼントできたなら、もうそれ以上何も言うことはありません。

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宿泊研修から学校祭まで

 デスクのお花を時折眺めながら仕事をしています。考えごとをしていてもお花が気持ちを切り替えてくれます。ありがたいことです。

 1年次生の宿泊研修を無事終えることができました。昨年度まで4月に実施していたものを今年度から6月に変更しました。4月に実施しても6月にしてもそれぞれにねらいがあります。昨日の解団式の様子を見ていると、生徒の満足度は高く成果があったと考えます。「話を聞くときの姿勢を身に付ける」ことを大きなテーマとしていたようで、このことについてはこれからの学校生活でも全教職員でバックアップしていくことを確認したところです。

 もう30年も前のことなので正確には覚えていませんが、高校に入学して5月か6月に宿泊研修に行った記憶があります。深川の施設に2泊3日。学校生活にも慣れていなかったしクラスメイトともまだそれほど親しくなっていない時期でした。自分のいるクラスでこのような感じですから他のクラス(5クラス)とはほぼ親交ゼロ。行きたくない、という気持ちが先行していたように思います。しぶしぶ参加しました。

 オリエンテーリングで山歩き、グラウンドでソフトボール、体育館で校歌や応援歌の練習、夜は焚き火を囲んでクラス発表を行うなど、ギチギチのプログラムに自由時間はありませんでした。そうしたこともあり、2段ベッドで10人部屋の室内で消灯22時以降が唯一安らぎの時間となりました。

 わずか2拍3日ではありましたが、それまで知らなかったクラスメイトの一面に触れることができ、研修を終了した後はスムーズにコミュニケーションを図ることができるようになりました。宿泊研修が私の高校生活の潤滑剤になったのは間違いありません。1年次生一人ひとりが感じとったものが私の経験と一致するかどうかは別として、私のように行きたくなかったけれども、行ったことで一步でも二歩でも前進できたとするならば、その自分を是非褒めてあげてください。乗り越えた自分の勇気に拍手を送ってください。

 さて、学校祭に向けた準備がスタートしています。学校全体で盛り上がって欲しいと考え、ずいぶん前に3年次生の女子生徒に「カウントダウン企画」を持ちかけました。校長独自のお願い企画。どうなるかな、なんて思ったこともありましたが、とにかく私は生徒の取組に期待しました。なんとかしてくれるだろう、と。

 生徒のアイデアは豊富です。感心します。もっともっと生徒を信じてもっともっと任せてあげる - 私たちが見ることのできなかった景色をたくさん見せてくれるはずです。その景色を生徒と教職員、そして保護者等の皆様と見ていきたいと考えています。

 学校祭カウントダウン動画をインスタグラムに掲載していますので、是非御覧ください。

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展示

 6月19日(金)午後から学校案内ポスターを車に積んで各商店を回りました。いきなりの訪問で御迷惑をおかけしました。快く受け取ってくださり感謝申し上げます。今後も回らせていただきますので、その際は何卒よろしくお願い申し上げます。本来は私どもからお願いするところではありますが、掲示が可能でございましたら御連絡をいただきたいと思います。すぐにお持ちいたします。

 10数軒回ったあとに美唄郵便局に寄り、本校の作品展示コーナーを覗きました。校内にも生徒が製作した作品を展示しておりますが、地域の方々に見ていただくことで本校の教育活動を知ってもらえる機会になることから、美唄郵便局様には感謝いたします。ありがとうございます。総務課長様からも今後の展示についてのお話がありましたので、長くこの取組が続いていくよう本校も考えていかなければならないと思っています。

 美唄尚栄高校は数々の再編を繰り返し、開校15年目を迎えました。市内には本校にゆかりのある方々が数多く御活躍されている半面、地域の方々とお話すると本校の教育活動がまだまだ知られていないことを感じます。若者向けにはインスタグラムによる情報発信が有効で、ただその一方でインターネットを介しただけの情報発信では魅力のすべてを伝えることはできません。

 生徒募集に目がいきがちですが長くお住まいになっている方々と本校を結ぶ取組も重要です。両輪で情報発信していくことをみんなで考えていかなければなりません。

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月一回のお花

 「父の日を意識ました。ここにカーネーション、そして初夏の涼しさがここにあって、お皿も青色で」彼女は今回のコンセプトについて話してくれました。父の日なんですねぇ・・・忘れていました。真っ赤な薔薇も数輪。いつもお花を届けてくれてありがとう(他の生徒の作品は職員玄関前に展示中です)。お時間があれば是非見に来てください。

 先日、東京から二番目の弟が札幌入りしたのを機にお袋も我が家へ。併せて大阪に住む私の従兄弟夫婦と叔母、市内在住の従兄弟と叔母(二人の叔母はお袋の姉)が札幌に揃い顔を合わせることになったのです。i叔母と従兄弟とは15年ぶりの再会。

 「ずいぶん白髪が増えたね」とお袋。それもそうです。今年57歳になるわけですから。お袋の隣に座る弟も髪の毛が薄くなっている。すぐ下の弟は仕事の関係で来ることはできなかったけれど、髪の毛は真っ白。私と21歳違いのお袋も喜寿を迎え、身体もひと回り小さくなり背中も丸くなってきたような。

 46歳で亡くなった親父の歳を私たちは優に超え、今年で大学を卒業する弟の娘を最後に全員が無事子育てを終える。人生100年時代に『現役引退』という言葉は死語なんだろうが、最近やけに世代交代していくことの意味を考えてしまう。子どもの結婚や孫が生まれ、私たちは祖父母になりお袋は曾祖母になっていく・・・流れ流れて世代はどこまでも継承されていくのだ。人って、すごい存在。

 さて、いただいた薔薇を見てわくわくしています。1週間ぶりに自宅に帰りますが、おそらく我が家の薔薇もいい感じになっていると想像します(先週は咲き始めでした)。それが一番の楽しみです。明日は先輩夫婦が我が家にやってきて薔薇で珈琲タイムを約束しています。

 皆さんも良き週末を!

 49万アクセスいただきました。いつも御訪問ありがとうございます。

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まずはやってみましょ

 嬉しいことが続いています。あちらこちらに蒔いた種が芽吹いてきました。嬉しいです。こんな嬉しいことはありません。

 人って、失敗したらどうしようとか誰かに批判されたらどうしようと真っ先に考えますよね。自分を守るために、それなら最初からやらない方がいい、と。私にもそうしたことはありましたが、皆さんも似たような経験があるのでは。

 特に管理職になってからは、何かをしたい、でも・・・となる先生方にこの言葉をかけてきました。「失敗しても地球がひっくり返るような大惨事にはならないからまずはやってみましょうよ。それでダメだったらどうすればいいかの改善策を考えましょ。意味が見いだせなかったら思い切ってやめましょ。やる前から決めつけたり批判するのはやめましょ。やるからにはみんなに応援されるようにやりましょ。楽しさを感じながらやりましょ」これは私が新しいことに挑戦するときに自らを励ますメッセージにしている言葉でもあります。

 今年度は残念ながら募集定員を満たすことができず、通常は2クラスなのに1クラスのスタートとなりました。悔しさや歯がゆさ、期待に応えられなかった責任を背負って学校経営に当たっています。どうする、何をする、何を変える、何を訴える、何を維持する、何を守る・・・毎日毎日そのようなことを考えています。

 教職員一人ひとりが今自分にできることを考え実践してくれています。多くの学校が図書館の利活用に頭を悩ませていますが、利用してもらうための図書館づくりがスタートした模様。ホームページもインスタも毎日更新してくれています。授業改善に向けた取組も私の手の離れた所でしっかり動いている。生徒も学校祭が近づいてきてわくわく盛り上がっている様子。何だか昨年以上に生徒の笑顔が見える・・・

 やってみることの裏に当然最悪を想定しなければなりません。ただ、最悪の想定に力を注ぐとマイナス思考になり新たな挑戦を避けたくなる。それが人間の心理です。最後は一步を踏み出す勇気しかないと思います。

 継続してきたことが成果に結び付いていないのであれば、それはその先も成果は望めません。意味のないことに無駄なエネルギーを注がない。そのためには挑戦するしかない。私はそう考えます。

 昨夕、麦の畑を横目にランニングを楽しみました。

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よく辛抱したよ

  自宅の庭にたくさんの花が咲いてくれています(アストランティア)

 40歳で石狩の大規模校に異動し2年目に希望通り5回目の担任業務を与えられました。当時の校長先生から「教職としてどのような締めくくり方を考えているの」と問われ、「生徒と常に接することができる担任として60歳定年で卒業担任であることを目指します」と答えました。今は65歳定年となり、しかも私の描いた最終ゴールとは大きくかけ離れてしまいました。それはとても残念なことでもありますが、いずれにしても私は60歳を教職人生の節目にすると決めています。残り4年と少し。

 「管理職に興味はないのか」「管理職の道に進まないか」とそのときに言われ、私はきっぱりお断りしました(以後校長先生がお代わりになってもずっと声をかけられました)。生涯担任、の決意に変わりはなかった(今も同じです)けれど、毎度言われると自分の中に、もしかしたら・・・(繰り返し言われるとそうなるのでしょうか)となってきて、この担任業務が最後になるかもしれない、と考えるようになりました。結局私にとってこれが最後の担任業務となりました。

 昨日、数年ぶりにかつての生徒から電話がきました。男の子39人、女の子が1人のクラスでした。その女の子から「先生、間違ってかけちゃいました」元気のいい笑い声が聞こえました。いいのです、間違って。すごく嬉しい電話でした。「わたし、29歳ですよ、もう。30歳が見えてきました。9ヶ月になる女の子の母親なんですよ、私。でも、先生が勧めてくれた会社に今も勤めています。辞めようと思ったことは何度もありましたが、現場に出て今も働いてます。この会社に勤めることができて本当に良かったです。大きな会社だから信用度も高くてマンション買っちゃいました」

 取得した資格を生かし電気技術者として現場で活躍したい、これが彼女の希望でした。当時、現場は男社会という時代でしたから、希望を叶えてあげるために私はつながりのある会社へ片っ端から電話をかけ、会社まで足を運び彼女の売り込みをしたことを覚えています。電気に関する国家資格をいくつも取得していることも後押しとなり、今の彼女にふさわしいと考えられる一番最適な会社を紹介し採用となりました。

 卒業後、彼女は何度か学校に顔を出しそのたびに会社への不満や人間関係の話をしていきました。これは続かないかもしれないな、と思ったのですが、私は「辛抱した先にいいことがあるぞ」と励ましの言葉をかけ続けてきました。その後しばらく連絡がなくての昨日の電話。「辞めてませんよ」よくもまぁ12年・・・本当に立派。「本当によく辛抱したなぁ、立派だよ」

 電話を切った後、いきなり蘇ってきた記憶 - あれはどうしてそうなったんだろう。私は彼女を厳しく叱りつけたのです。私の前で彼女はもう顔がなくなるくらい泣きじゃくっていたけれど、それでも私は芯を貫きとおしやさしい言葉をかけませんでした。「泣いて何が変わるんだっ」と。

 あのときは私は教師としてではなく、父親として叱っていた。そのことは覚えています。その出来事があってから彼女はしばらく私に声をかけてくることはなかったけれど、私は気を遣って声をかけることはしなかった。少し離れた位置から彼女を見守っていました。決してあなたを無視してはいないからね、あなたを40人の1人としてきちんと見ているからね、と - 懐かしい想い出の一コマです。

 管理職になって8年目に入りました。担任への思いはあのときと何ひとつ変わってはいません。ふと寂しさを感じることもありますが、立場が変わったからこそ見えてくる風景があり、それ相応の生徒との関わり方があることを毎日実感できています。それはそれで良かったのかな、と近頃思うようになりました。

 それにしてもあの40人がまもなく30歳になるわけです(1回目が48歳、2回目が43歳、3回目が39歳、4回目33歳)。信じられません。私もずいぶん遠くまで歩いてしまいました。

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支えられている

 6月15日(月)の16時、株式会社岸本組(美唄市光珠内652-17)様への感謝状贈呈式を執り行いました。昨年度末に本校の教育活動の充実と発展のため、ジェットヒータ2台を御寄贈いただきました。暑さ対策ばかりに焦点が当てられがちですが、暖房施設のない箇所は冬場はぎゅっと冷え込みます。運動部の活動や行事の受付業務でよく使う生徒玄関ホール、体育館での教育活動等で使わせていただきます。ありがとうございました。

 感謝状に添えて本校のフード系列で製造した各種製品の詰め合わせをお渡ししております。いつもは箱詰めしておりますが、今回は初めてデザイン系列の生徒Sさんが作成したバッグに詰め合わせました。Goodアイデア!こうした系列コラボレーションは、本校の魅力及び特色化に欠かすことができない取組です。枠組みにとらわれない挑戦をどんどんしていきましょう。

 学校が地域に支えられていることを実感します。地域の中にある高校、学校がどれだけ大切なのか、そのことをいつも考えさせられます。私が通学した実家からほど近い小学校と中学校は今は存在しません。地域からふたつの学校、母校がなくなってしまいました。45年前は新興住宅地で子どもたちが溢れかえり、道を歩けば誰かと出会うことができました。家がどんどん建ち、建前の餅巻きが至るところで行われ活気に満ち溢れていました。

 先日、出張帰りに実家にちょこっと寄りましたが、老人ばかりの住宅地になり、行く度に更地が目立ち閑散としていました。学校がなくなるともう人は入ってこない。私も今から地元に戻って生活していこうとは思わない。学校の存在は町の行く末を左右する - 学校関係者だから余計に感じてしまうのかもしれません。

 学校と地域がWinWinになるために何をすべきだろう。これが私が抱えるテーマのひとつです。昨日も岸本様の経営されている会社の人材や資源を生かした教育活動についてお話させていただきました。おもしろいことができそうです。どうせ学ぶのであれば地域の教科書・教材を活用し生徒には楽しくおもしろく学んで欲しいと思っています。

 さて、この場をお借りして本校の関係者にお礼を。まずは贈呈式の準備をしていただいた教頭先生には日程の調整、感謝状の作成、報道機関への連絡、当日の運営に感謝します。ありがとうございました。生徒会長Tさんの台本を見ない心のこもったお礼の言葉は大変立派で感動しました。ありがとうございました。バッグを製作したSさんのあたたかな気持ちがとても嬉しかったです。ありがとうございました。

 そして、いつも本校を応援してくださる多くの皆様、ありがとうございます。

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プライド

 授業中、後方から静かに入っていくと私を見つけた生徒が隣に座るクラスメイトに小さな声で「校長来た」「来た来た」と合図を送ります。私の顔を見てニヤっ、と笑顔を見せる姿が愛らしい。真っ先そう感じるようになったのは、しばらく教壇から離れてしまったことに起因するものかもしれませんが、やはり自らの教育観が年齢とともに変わってきているということなんだろうと思います。感覚が変わっていく自分に、もうあの血気盛んだった頃の自分は戻ってはこないのだろうな・・・そんなことを思う日々です。

 さて、本日の教職員朝の打合せにて。「昨日の模擬面接で美唄市の職員になりたい生徒がいて、その生徒が受け答えの中で美唄尚栄の存続に自分なりに貢献していきたいからそこを目指す、そう言ったんですね - 」担当した教職員からの報告でした。

 私は朝から涙が出ました。本校に対する思い。嬉しかった。心が震えました。プライドを持って本校に入学してきた。プライドを持って本校で学校生活を送っている。プライドを持って本校を卒業し生きていく。

 嬉しかったです。わずか17歳18歳の子どもがそう考えて本校で学び、先の人生を考えている。私たち大人の心に火を付けてくれた、私はそう思っています。

 ありがとう。

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思い込みって

 昨日(6月9日撮影)投稿した写真と同じ花(6月10日撮影)です。道路の脇に除虫花が満開に咲き誇っています。冬場は道幅が狭くなるのでここのランニングはしていませんが、そうでない季節は車通りの少ないこの道路沿いのランニングを楽しんでいます。特に夕暮れが最高。沈む夕陽が橙に空を染める時間帯は「あぁ、生きていて良かった」と思います。

 幸せってなんなのだろう。どこにそれを見つけるかは人それぞれ。モノを買ってその瞬間だけに感じる幸せもそのひとつですし、誰かと一緒にいることも幸せにつながる。私の場合は、昔から続けてきたカメラワークがそのヒントをくれたように思います。お金を貯め込まなくても、ぎょろぎょろ探さずとも、今、目の前にあるもの足元に広がるもの頭上に見えたものが幸せに直結していく・・・辛くて苦しくてカメラに逃げ場を求めた二十代後半から四十になるまでの長く暗いトンネルの出口に待ってくれていた答えです。

 このことに気付いてからの私は気持ちがとても楽になりました。どんなに忙しくても、怒りが込み上げてきても、せつなくなっても心穏やかにできる幸せを自分の手で簡単に掴めるようになったからです。だから私は毎日ウェルビーイングです。9日、10日の幸せ時間は、除虫花の風景の中にありました。

 さて、本題。私、この花マーガレットと記憶して約50年生きてきました。間違いでなければ、実はマーガレットではなく除虫花らしいです。調べると両者はまったく異なるものです。思い込みで50年・・・

 今あるものをこうだと決めつける生き方をやめましょう、とニュアンスは違えど教職員や生徒に伝え続けています。誰が決めたかわからない小さな世界を飛び越え、その外側を積極的に見ましょう、ということです。そうするとそこに矛盾や疑問が生じてくる。それを考えていけばいい。私がマーガレットと思い込んで(決めつけて)きた50年で誰にも迷惑をかけたわけではありませんが、除虫花だということを知り新たな価値観が生まれました。

 生きてゆく・・・そういうことではないでしょうか。

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長男からの電話

 予想もしていなかった妻からの電話でした。びっくりするというよりも次に出てくる言葉が浮かんでこない - これは今までに経験したことのない感覚でした。電話を切って5分ほどして長男から電話が入りました。長男が私に電話をかけてきたのは初めてではなかろうか。その電話で、子どもだった長男が立派な大人になったことを認識させられるとともに、もう手の届かない遠いところに行ってしまったかのような、妙に複雑な思いにとらわれてしまいました。

 父子仲がどうしたこうしたではなく、私も親父に電話をかけた記憶はない。いや、中学校に上がってから高校を卒業するまで会話はゼロ。極端なことを言えばただ同じ家に住んでいただけ。大学受験のことも母親には話をしたが親父には一切話をしなかった。あるとき母親から「あんたさ、お父さんになんで大学受験のこと言わないのさ。私がお父さんに怒られたんだからね。自分の口でちゃんと言いなさいよ」それでも私は言わなかった。

 大学に合格してまもなく、「お父さんの会社の人が室蘭に知り合いがいて下宿を紹介してくれたんだって。今度の休みに見に行くって言ってるよ」こんなことすら親父は母親を仲介役として言わせた。会話の成り立たないこんな親父は嫌だ、とあれだけ思っていたのに、結局私も同じような父親になってしまった。そうは言っても親父と決定的に違うのは私と子どもの関係性は良いということである。

 子どもたちが大学受験をそれぞれ迎えたとき、妻はすべてを把握していたようだが、私には一切相談も報告もなかった。本州の大学に行くようだ - それ以上のことは知らなかった。だから弘前大学、岡山大学を受けることを知ったのは共通テストを終えた1月末。全くもって私のやってきたことと同じ。親子の血は争えない、そんなことを思ったのだが、それはそれで私は素直に嬉しかった。18歳以降の自分の人生は自分で切り拓け、と育ててきたからである。そのとおりになってくれたことがただただ嬉しかった。

 10分くらい話をしただろうか。「怒られるかなと思ってさ」と長男。「26にもなる大の男をつかまえて今さら怒るわけないだろ。もう立派な大人なんだからさ」と私。「あとはさ、とにかく筋をとおせよ。お父さんが言いたいのはそれだけだ」私は電話を切りました。
そして翌日妻からLINEが届きました。私、泣いちゃった、と。

 子どもって不思議ですよね。親の知らないところでどんどん成長し、いつの間にか大人になっています。中学生、高校生は多感な時期ですから、一体何を考えているのだろうかと思ってしまいますが、前後左右廻り道をしながらも着実に一步一步進んでいきます。あれやこれやと手を差し伸べなくとも、本校の生徒も着実に成長を遂げています。そんな生徒と毎日接し頼もしく感じています。

 当サイト1週間で1万件超えのアクセスをいただいております。毎日ありがとうございます。ここに書く私のブログは脇に置き、トップページのトピックスは本校の教職員がマメに更新してくれています。こんな嬉しいことはありません。学校の情報発信とはなんぞや - 本校の教職員の意識の変化が右肩上がりになっているのを日々感じています。自分の学校の職員に感謝の言葉を述べるのはおかしいかもしれませんが、この場を借りて

『ありがとうございます』

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オープンスクール

 昨日はあいにくの雨。ウィークデーにもかかわらず本校のオープンスクールにお集まりいただきありがとうございました。5月に引き続き今回が2回目です。本校のことがお分かりになったでしょうか。次回3回目(7月22日(水))は、本校の生徒が製作、製造している作品及び製品、食品の販売を兼ねた体験型の楽しいオープンスクールを開催いたします。近日中に御案内いたしますので多数の参加をお待ちしております。

 ホームページ、インスタグラム、noteを活用して情報発信を行っておりますが、自身の五感で学校の様子を知っていただくのが一番と考えます。年に一度の体験入学で本校を知ってもらうのは不十分であり、昨年度から「月に一度の見学会、説明会を実施して学校に来てもらい企画をお願いします」と本校の教職員に訴えていたところです。

 多岐にわたる業務で本校の教職員は職員室に設けられている自席にゆっくり座って・・・などと悠長な時間を過ごしてはいません。1日の7時間45分の勤務時間の中で座っていられる時間は2時間もありません。そんな中でまた校長がひとつ仕事を降ろしてきたぞ、となるわけです。教職員に動いてもらう以上は、校長も動かなければバランスが成り立たない、と私は考えます。

 私の仕事の基本姿勢は「言った以上やらせっぱなしではなく自身も深く関わる」です。自分ができることはやる。ここを大事にしています。昨日もいきなりのプレゼン15分を入れてしまい、総務部長にはスケジュール調整で迷惑をかけてしまいましたが、そういう意味です。すみません。

 今まで自分が積み重ねてきたこと、今まで関わってきた業務のスキルを惜しみなく出し切ることで、教頭先生を含めた教職員の業務がスムーズに進みます。さーっ、と資料をお渡ししたりアイデアをお話しする - それが役に立つかはわからないけれど、一から考えて積み上げさせていく労力や時間はもったいない。無駄を省く。限られた時間を有効に大切に使い切る。ただそれだけです。

 人を成長させる方法はいくつもあります。私は一から積み上げてスキルを高めてきた人間です。自分で考えて考えて挑戦していく過程は確かに勉強にはなりました。経験してきたことが別な企画に繋げられたり、新たな企画がおりてきても(教頭時代の校長先生からの宿題も)別段慌てることなく進められたからです。その一方で培ったスキルを人に与えることなく自分だけのものにしておくのはどうなんだろ、と考えてきました。宝を眠らせていったい何になるのか、ということです。例えば、一からではなく五や六までの基盤をつくってあげて、残りを四にも十にもしてもらう方がいいのではないか、と。これは正解ではないかもしれませんが・・・

 今年度からスタートさせたオープンスクール。昨日の話ではありませんが、『しか』を『も』に置き換える発想。「〇〇しか来てくれません。ありがとうございました」この表現成り立ちませんよね。「〇〇も来てくれました。ありがとうございました」こうなりませんか。『しか』を『も』にするだけで、そこに「ありがとうございました」の感謝の気持ちが表れる。

 参加いただいた皆様、企画運営に力を注いでくれた教職員の皆様

 「ありがとうございました」

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クワガタ

 

夕刻のこと。借家の玄関前でクワガタのお出迎え。もうクワガタが活躍する季節なんですね。

 小学生の頃、クワガタを追いかけて街灯の下を歩き回りそこら中の木を揺すっていました。夏休みのラジオ体操は6時30分だったけれど、朝の5時から虫かごを持ってクワガタを探し回る日々。しーん、と静まった朝に仲間と集まることが妙に嬉しくて、そのときのドキドキ感やわくわく感は今でも想い出すことができます。クワガタだけを追いかけていた、あの純粋な少年の心を再び取り戻すことができたならどんなに素敵だろうか・・・玄関前に腰を下ろし私は一匹のクワガタにそんなことを考えていました。

 約50年も前の少年だった私。環境は明らかに変化しているけれど、環境に適応しながら50年もの間脈々と命を紡いできたクワガタ。夕食後にランニングのため再び玄関を開けたときには、もうその姿はありませんでした。

 先週は2年間住んでいた苫小牧への出張、そして6日(土)、7日(日)は岩見沢市で北海道高等学校PTA連合会大会空知大会へ出席しました。こうしてどんどん時間は過ぎていきます。本日は午後からオープンスクールを開催します。管内から多くの中学生と保護者等の皆様が来校されます。

 本日の朝の打合せで私は先生方に再度この話をしました。「〇〇しか」ではなく「〇〇も」、『しか』ではなく、『も』と考えましょう、と。言葉を換えるだけで物事の捉え方が180度変わります。これしか ⇒ こんなにも、どうですか?変わりませんか?

 PTA連合会大会で鈴井貴之氏の講演を聴くことができる貴重な時間をいただきました。「固定概念にとらわれず新たな発想で物事を考えていくことの必要性」のお話があり、まさに私と同じだ、と思いました。背中を押される言葉でした。ありがとうございました。

 変わること、変えることって恐ろしいことではありません。むしろ自分たちの手で新しいことに挑戦できる喜びがある。今の在り方が本当に正しいのだろうか、今の時代にマッチしているのだろうか・・・枠組みは常にその形と大きさを変えられる自由度を持っています。今を与えられている私たち(生徒と教職員)が作り上げていくものです。

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珈琲

 いつも御訪問いただきありがとうございます。

 本日の午後、明日にかけて会議があり不在となります。次回更新は来週とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 3年次生と校長の『おしゃべりタイム』の中で、自動販売機のラインナップ変更の提案がありました。「私たち高校生はそもそも珈琲は飲みません」この件については不覚ですが私の視点には全く留まっておらず、ハッとさせられるものになりました。私は高校時代からブラックの珈琲を好んで飲んでいましたし、学校のクラブ活動に珈琲焙煎もあったので珈琲が身近でした。ただ、生徒と同じように、子どもが高校生のときに私が丁寧にドリップした珈琲を勧めてもまったく口にしませんでした。

 本件については、生徒会執行委員に話をすると素早く動いてくれて、現在新しい飲料水が並んでいます。あまり飲まれない珈琲が売れたら残りの商品も順々に入れ替わっていくと思いますので乞うご期待!

 言われて気付く校長もどうなんだろ、と私自身は反省しています。自分が自動販売機を利用しないから、は理由にはなりません。誰のための自動販売機なのか(誰のための学校なのか) - このことをその日以来ずっと考えています。現在地からもっともっと低いラインまで階段を降り、そこから見える景色をしっかり眺める必要がある、勉強になりました。生徒の皆さん、気付かせてくれて本当にありがとう。

 さて、空が好きです。昔から(祖母から空の星にじいちゃんがいる話を聞いた日から)空を眺めています。のんびり走る夕刻のランニングでは橙に染まる空が鮮やかで言葉を失います。いくら趣味とは言っても家を出るまでは「足がだるい」、「今日は休もう」などと走ることに後ろ向きになる日もやはりあります。それでも途中空を見ると面倒でも外に出て良かったと、必ず思います。 

 『空を見上げることありますか?』
 『一日の中にゆっくり空を眺めれれる時間を持っていますか?』
 『今日から見上げてみませんか?』

 きっと、いいことがありますよ。

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美唄市立美唄中学校体育祭

 昨日、6月2日(火)の美唄中学校にて。

 雨天延期となっていた体育祭は、爽やかな西風が流れる最高の天気の下に開催されました。午後から岩見沢に出張となるため、午前の競技(100m走、800m走、1500m走、ハンドボール投げ、走り幅跳び)を見学させていただきました。色とりどりのはちまき姿の生徒がグラウンドを駆け巡り、飛び跳ねながら応援する生徒たちの姿はいつの時代も一緒です。見ているだけで幸せな気持ちになります。

 今、私はあれだけ振り回された二人の子どもの学校行事や少年団の活動、中高部活動の応援の一切が手元からなくなりました。当時はその日が来ることを首を長くして待ち望んでいました。子どもの活躍とは裏腹に週休日や祝日の送迎、役員業務、保護者間の人間関係の構築など、特に妻が疲弊していたからです。そうして5年前、次男の高校卒業を最後に子どもが中心となる我が家のイベントは終了しました。

 この4月、自宅の向かいの男の子がかつて次男が所属していた野球少年団に入りました。休みの日になると朝からグラウンドに出掛け、練習が終わって帰って来るなり父親と玄関先でキャッチボールをしている - 十数年前の私と次男の姿が浮かび無性に懐かしくなっている自分。ただ、もう二度とあのキャッチボールは戻ってはきません。「〇〇(次男の名前)もまるっきり同じだったよねぇ、キャッチボールばかりしていたよね」私と妻の週末はいつもこの話になります。

 お年寄りが年に一度の運動会を楽しみしているということはよく聞く話です。孫でもない子どもたちの運動会なのに・・・子育て中はよくわからない話ではあったけれど、家庭の中から子どものイベントごとがなくなると、それはそれで手持ち無沙汰になり地域の子どもたちの活躍する姿が恋しくなります。そう感じるようになったのは、やはり歳をとったということなのかもしれません。

 ただ全力で走る。ゴール後に芝生に倒れ込む。ありったけの力で投げる。踏切板を思い切り蹴って跳ぶ。大きな声でクラスメイトを応援する。友の活躍に手を取り合って喜ぶ。純粋に、ひたむきに、ただそれだけに打ち込む姿はいつ見てもいいものです。

 涼しい風が吹いていたとは言え、高温下での体育祭の運営は熱中症対策等を含めた多くの御苦労があったことと推察いたします。校長先生を始めとする教職員の皆様、大変お疲れ様でした。

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フォロワー

 

 「最近、インスタたくさんあがっていていいと思いますよ」校長と生徒の『おしゃべりタイム』において、そのようにお話をしてくれた3年次生がいました。嬉しかったなぁ、とても。自校の生徒が見てくれることが一番嬉しい。自分の通っている学校を気にしている証だからです。

 オホーツクのある高校の教頭として2年勤務したとき、当時の北見柏陽高校の後藤校長先生(昨年度役職定年されました)の実践をお聞きする機会があって、そのときに自校のインスタグラムの話がありました。「インスタグラムに記事をアップしたらものの1週間で生徒のほとんどがフォロワーになってくれて一気に1000を超えました。ただ見てねと言っただけなんですけどね」

 その話を聞いて、自校の生徒がフォロワーにならないインスタグラム(情報発信)であれば、保護者等を含め地元の方にも見てもらえない、と思いました。身内に応援されることにより初めて外からの応援がいただけます。

 昨日、高体連で全道出場を決めた選手と高野連の大会に出場する選手たちの壮行会を実施しました。会が終わり体育館から校長室に戻る途中、生徒玄関ホールに選手が待機していたので、「さぁ並んで。みんなで写真を撮るからね」と言うと、さっさと2列に並んでくれました。何ひとつ嫌がることなく素直に応じてくれる。そういうところが本校の生徒の素晴らしいところでもあります。

 3年次生のアドバイスにより短い動画をインスタグラムに投稿するよう心掛けています。今の私にはテクニックがありませんので見たままの形になっております。時間に余裕ができましたら、動画を加工する技術を生徒から教わろうと思っています。

 46万6千アクセスいただきました。いつも御覧いただきありがとうございます。

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一年前に

 5月30日(土)朝。スピードトレーニングを兼ねた20キロオーバーのランニング。自宅から南下し札樽自動車道沿いの新道まで出て東区の繁華街を抜けたあと百合が原公園に立ち寄って自宅に戻りました。その日のコンディションや気分によって15キロ、10マイル、20キロ、30キロを走ります。自宅は北区ですが東区-中央区、西区-中央区など3区を跨ぐオリジナルコースも何本も持っていて、街の風景を楽しみながら走っています(美唄市においてもオリジナルコースを持っています)。ランニングの醍醐味はこういったところにもあるのだろうな、と思ったりしています。

 この日は数々の花が楽しめる百合が原公園を差し込んだランニングを楽しみました。フジの花が満開で甘い香りが漂う棚の下での休憩。写真を撮り妻にLINEで送信。帰宅後直ちにシャワーを浴びて、妻と連れだって再びフジ棚の下へ向かいました。

 ちょうど一年前もここで妻と時間を過ごしました。長男が転勤で東京に行くことが正式に決定し5月末で札幌を離れる、そんな時でした。長男と恋人が遠距離恋愛になりいったいどうなるんだろ、と妻は心配していたけれど、本当は遠くに行ってしまうことへの寂しさの方が強かったのだろうと思います。あれから一年、あっという間です。

 「仕事の質ややりがいが札幌勤めの時と違いモチベーションが上がるわ。札幌に戻ってきても物足りないからもう東京でいいかな。そもそも東京おもしろいし」こんなことを長男が語っていたのは正月に帰ってきたときだったろうか。もうすっかり東京人になった長男に私は頼もしさを覚えました。もうどこに行ってもひとりで生きていける。

 幼稚園の入園式のときに同じ組に所属する子どもたちが担任の先生の後ろについて元気よく入場してきて、一番体のでかい長男はぎゅっと唇を噛みしめ困り果てた表情で最後に妻と手をつないで入ってきました。座席に座っても振り返っては保護者席に座る妻や私を
探していました。控えめで気持ちの小さい子どもだったけれど、小学生でサッカーを始めるようになってから何にも動じない人間になっていきました。

 隣の妻は何を考えていたかはわかりませんが、私は東京を感じた長男と入園式のことを想い出していました。

 また来年、この場所で、フジの花と香りを楽しみたいと思っています。

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こんな風に見えていたのだろうか

 5月27日(水)5校時、6校時の1年次生の教室

  私は空席に座りこの場所から見える風景の中に自らの高校時代を想い出そうとしていた。出席順番に並んだ私の座席は確か廊下側2列目の前から4番目。8メートル四方に40人ギチギチのすし詰めの中に、まだこの時期は緊張して座っていた。左右前後ろの人とはかろうじて会話は成り立ったけれど、自席から離れた人には思うように声をかけられなかった。もう40年も前。

 つい最近のことのように想い出されるのにずいぶんな年月が流れてしまった。あの座席から自らの40年後を想像したこともなかったし、40年後の今日この座席からあの日の自分を想い出す日が来ることも想像していなかった。うむ、40年・・・

 黒板を背に教壇に立ちクラスメイトと向き合ったことが果たしてあっただろうか。しかもそこで5分10分自らの考えたことを発言する(それは私がもっとも苦手とすることだった・・・)。いくら考えても思い浮かんではこない。毎日毎日決められた座席に座り先生の言葉を聞き黒板の文字だけを見ていた。そんな自分しか浮かんでこない。

 さてさて、プレゼンの質は脇に置いておいて、今の生徒は小学校、中学校においてグループワーク、ディスカッション、プレゼンが授業の中で普通に行われていることから、ガチガチに緊張して困惑する姿はありません。場慣れしているといった感があります。この日はあらかじめ設定された職業を各グループで調べ発表するというものでした。小学生や中学生の将来なりたい職業ランキングに名を連ねる職業から初めて聞く職業まで、世の中にはたくさんの職業があることを理解できたのではないかと思います。そうした意味では大きな成果があったはずです。

 この席から見える生徒たちはもう立派な高校生の姿になっています。2ヶ月前は中学生だったのに。制服姿も様になっていて違和感もありません。今しかないこの瞬間を、ここでしか体験できない高校生活をたっぷり味わってください。

 チャイムが鳴って席を立った瞬間に私は40年前の高校生から56歳のオジさんに戻りました。56歳の現在地、もう高校生には戻れないということです。

 週明けから高温になる見込みです。ジャージ登校にはなりますが、水分の補給や食中毒対策に向けてお弁当袋に保冷剤を入れるなどの対応をお願いします。

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参加と参画

 昨日のGUIDEBOOKに引き続き、ポスターも完成しました。市内外の中学校、各施設等にお配りいたしますので、その際はお手間を取らせますが校舎内への掲示をよろしくお願いいたします。

 担当の先生が職員室内にポスター案を提示し投票してもらうともに、生徒の声や意見交換を重ねながら作成してきたものです。ポスター作成担当の先生にすべてお任せというスタイルから脱却しました。大きな進歩です。本校で働く教職員の声、本校で学校生活を送る生徒の声が形になりました。長期間にわたる作業ありがとうございました。

 3年次生徒との『おしゃべりタイム』で次の言葉がありました。「何を学びたいか考えてもわからなくて、たくさんの選択肢がある尚栄なら何かが見つかると思った」「中学時代は不登校だったけれど、尚栄なら近いし安心して通えるかなと思って受験した」「〇〇系列で学んだ先に就職があって、間違いなく進路を決められる学校だと思った」「将来就職か進学か決められなくて尚栄にしたけど自分のやりたいことが見つけられた」「今の学校生活に満足している」「いい友人に恵まれて楽しい毎日です」

 『おしゃべりタイム』の目的は、教育相談ではなくて学校の現在と未来について意見交換することにあります。意見交換というよりも意見をいただいています。大人視点では気づけなかった生徒視点の言葉に、ハッとさせられることばかりです。そのほとんどを私は見逃していました。自動販売機のラインナップ、SNSの動画発信、校則、行事の在り方、みんなの前で声を上げられない生徒への配慮、学校の見せ方、体験入学や説明会の在り方・・・多くのヒントをもらってすぐにできることはすでに実行しています。実行しなければ意味がないのですから。

 参加ではなく参画。学校づくりは、生徒の参加ではなく生徒の参画である - このことを勉強させられる毎日です。これからの学校の魅力化、特色化を考えるとき、今現在本校を選び入学してくれた生徒の視点まで私たちは腰を屈め、そこで同じ景色を見なければならないのだろうと思います。(注 「参画」とは、単に場に加わるだけでなく、企画・計画・意思決定の段階から主体的に関わり、責任を持って意見や行動で物事づくりに加わることを意味する。「参加」よりも深い関与を表す語)

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北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026

 長い時を経て今年度の学校案内パンフレット『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』が完成しました!昨年私は「今までのパンフレットから脱却し、すべてを見直し学校のすべてがわかる形に作り替えてください」と先生方にお願いしました。以後半年、構想を練り写真と原稿を集めて、第1稿、第2稿、第3稿・・・と修正と訂正を繰り返して出来上がった大作です。大変な思いをさせて申し訳なく思っておりますが、私の想像を超えるパンフレットにしてくれました。担当された先生、本当にありがとうございました。感謝しています。

 『北海道美唄尚栄高等学校 GUIDEBOOK 2026』につきましては、今後学校説明会等で配布させていただきますが、本校のホームページトップ『お知らせ』又は『学校案内』のいずれからもダウンロードできますので是非御覧ください。

 前年度踏襲が負担なく過ごせる一番楽な道です。同じことを繰り返していれば考えなくていい。それで成果があるのであればそのまま続けていけばいいけれど、そうでないのであればそれらを捨てて新たな形を求めて挑戦しなければなりません。私は先生方に伝えています。「新たなことに挑戦してそれが失敗したのなら思い切ってやめる、そしてまた新しいことを考えましょう」と。そこに仕事の魅力ややりがいがあることを私は経験的に理解しています。変化は確実に人を変えます。

 教頭時代に開校60周年記念式典、全道PTA大会、工業高校イベントの課題研究発表大会など、経験したことのない大きな業務を立て続けに担当することになり、正直、マイった、どうしよう、タイミングが悪かったな・・・と不運を責めました。下がっていく気持ちを盛り返せたのは、経験値を上げるために良かったじゃない、この流れを知っていたらこの先困ることはないよな、と思い込ませたことでした。挑戦する、挑戦しなければならないとき、私は最後にはそのように考えます。苦しいけれど楽しんで仕事をしています。挑戦を楽しみ仕事を楽しみお給料をいただく。私のモットーです。

 今年度は新たなことに挑戦しています。定期考査の実施をやめました。新しい形の教育課程編成に着手しています。学校PRの形も見直しています。みんなで良い形にしていきましょう。

 先日、第1回目を終えたオープンスクールは、来月2回目を実施します。7月にはフェアを兼ねた体験型の見学会を実施します。たくさん参加してくれるに越したことはないけれど、私は人数が●人しか集まりませんでした、ではなくて、●人も来てくれたという発想で物事を見て欲しい。「しか」を「も」に置き換えるだけで考え方、生き方が変わりませんか。初めての企画に●人も参加してくれたことを前向きに捉え、もっとこうすれば、次回はこうしよう、と改善にエネルギーを注ぐ集団になって欲しい。それが私の願いでもあります。

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自分のトリセツ

 自分の取扱説明書(自分のトリセツ)。1年次生の学校設定科目『産業社会と人間』の成果物が廊下に掲示されています。特徴(性格、好きなこと、苦手なこと)、活用方法(こんなときに力を発揮します、こんなときに機嫌が良くなります、こんなときに機嫌が悪くなります、そんな時はこうしてください)、自由に一言などの項目に基づいて各自記載しています。このように時間が与えられて自分のことをじっくり考えるというのはいいことだなと思います。

 じゃ、私の取扱説明書(私のトリセツ)。特徴(性格:物静かでひとりを好む、好きなことにこだわる、無駄なことに手を出さない 好きなこと:ガーデニング、JAZZレコード蒐集・鑑賞、珈琲を飲む、ランニング、読書、カメラ 苦手なこと:高い所)、活用方法(ゴールを決めて走るときに力を発揮、薔薇の手入れをしてるときは機嫌が良くなる、段取りの悪い仕事には機嫌が悪くなる、決まったゴールから前に遡って逆算し計画を立て動いてください)自由に一言(一度きりの人生、端から端まで楽しみましょう)

 自由に一言には、たくさん話しかけてください、友達になって欲しいという言葉が多く記載されていました。最初は緊張している様子が見られましたが、最近は登下校、授業、HR内においてみんな明るい表情で活動しており、円滑なコミュニケーションが図られているように感じています。たくさんの友達ができたということでしょうか。

 急に想い出しました。ずっと昔、妻にこんなことを言われました。「誰にも邪魔されない時間を求める人だってわかっているから、それを感じる時はそーっとしてあげるようにしている」この言葉を聞いたときの背景はここには書けませんが、きっと私の取扱に気を遣ってくれたのだろうと思います。

 自分を知る、相手を知る。たいていはトリセツはありませんから会話をして行動を見て理解していくしかないのでしょう。人とのつながりが続く人生において、知ることは永遠のテーマなのかもしれません。

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塩パン

 「校長先生、パン作ったので持ってきました」廊下を歩いていると元気一杯の女子生徒2名が駆け寄ってきました。この春からフード系列で学ぶ生徒です。校長室まで案内し「持ってきてくれた生徒とは必ず写真を撮っているからここに立って」と言うと「校長先生真ん中で」とふたりがそれぞれ左右に立ちこの写真となりました。いつも事務職員に撮影してもらっています。ありがとうございます。

 今回で2回目のパンづくりと聞いています。前回よりも納得のいくパンになったのでしょうか。授業の様子はインスタグラムへ動画投稿しておりますので是非御覧ください。楽しみながらパンづくりしている姿を見ることができると思います。

 十数年前に妻が大きな手術をして、それから数年後体力が回復して始めたのがパンづくりでした。札幌中心部の教室に通い本格的なパンを焼いて帰ってきました。自宅にもいくつかの機械や器具を揃え、パンの焼き上がりの香り漂う週末になりました。小麦粉のパン、米粉のパンに包まれた家になりました。家を建てるときにケーキやお菓子を焼くためにガスオーブンにしたのも功を奏しました。オーブンの窓をずっとのぞき込んでいる姿を見て、パンは幸せを運んでくるのかもしれないな、と思いました。

 本校の授業でいつもパンづくりをしているわけではありませんが、こねたり焼き上がりを見たり・・・そんな時の生徒はみんな幸せで楽しそうに見えます。自分で作ったパンを食べる嬉しさや美味しさを全身で味わっているんだろうな、と思います。

 さて、当サイト45万件を超えるアクセスをいただきました。3年次生とのおしゃべりタイムの中で「親が見ていると言っていました」そのような言葉をいくつもいただきました。嬉しかったです。先日訪問させていただいた市内の企業の社長様を始めとする従業員の方々からも閲覧のお話がありました。先週開催したオープンスクールの中で参加いただいた保護者等の方からも「見ています」との声をいただきました。

 ありがとうございます。

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作品を飾りましょう

 主に1年次生が使用する管理棟4階。廊下の壁に家庭基礎の授業で製作した作品が展示されていました。個々が折った作品が合わさりさらにひとつの作品になっています。自分の作品を多くの人に見てもらえるのっていいですよね。学校の中が明るくなり雰囲気も良くなります。

 私は着任時から「遠慮せず作品を飾ってください」と先生方に言っています。見られることの意識と見ることの意識を育てる契機になると考えるからです。自身に立ち返ってみてどうでしょうか?見ることはあっても見られることは少ないと思いませんか。見られる機会をあえてつくってあげることも私たち教職員の仕事です。
 
 デザイン系列の作品、書道の作品、総合的な探究の作品、理科実験の作品などなど校舎の至る所に作品が展示されていて嬉しいです。その様子は先生方がホームページにアップしてくれていますので御覧になった方も多いと思います。

 昨日のブログにも書かせていただきましたが、どれひとついたずらされない。これは生徒に両方の意識が育っているから、です。学校はお勉強だけを教えるところではありません。試験の点数よりも一番大切なことは『心』を育てることです。私の教育方針です。

 さて、おしゃべりタイムの中から生徒がこのようなことを教えてくれました。「インスタグラムは写真もいいけど20秒以内の動画を投稿したら多くの人が見ると思います。長い文章は読みません。1,2行のコメントを添えるだけでいいです。長々書いても主は写真と動画です。できればリール動画で投稿した方が効果あります」

 自分がいいと思ってもそうではないんだなと思いました。これもおしゃべりタイムの時間を設けなければ気付かなかったことです。ありがとうございます。情報を発信する、ということだけにとらわれてしまっていないか。『情報発信』≠『情報を広める』 - 両者はつながっていないわけです。貴重なアドバイスになりました。

 昨日、書道の時間にさっそくタブレットを使って短時間の動画を撮影しました。今までは動画の録画ボタンを押したことはありません。カメラ撮影のみでした。即実行即実践。これからは視点を変えて取り組んでみます。たまにインスタグラムも覗いてください。

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お花の展示から

 今日は写真2枚。

 18日(月)職員玄関に入って最初に目にしたお花。お花が出迎えてくれました。出張で学校を空けている間に華道部の活動があったようです(講師の先生、いつも御指導ありがとうございます)。作品と一緒に置かれたネームプレートを見たら1年次生の名前が記載されていました。先月、先輩の後ろについて校長室にやってきて作品に水を差していた生徒の初作品になるのかな。(ネームプレートの名前は加工しています。)

 生徒玄関にも3年次生の作品が展示されています。月に一度、みんなの目に触れるところに展示してきましたが、いたずらされたことが一度もありませ。これって当たり前のように思われますが、意外とそうではないのが学校です。「校長、学校の自慢をしてください」と質問されたら、私はこのことを真っ先に言います。どこの学校の生徒にも負けない
本校生徒の素晴らしいところです。

 そこにあるだけでいい。関心があろうがなかろうが、ただそこに輝きはある。お花は言葉は発しませんが、輝きを放って心を包んでくれる。その輝きの一端はみんなに届いています。どんよりした気持ちを明るくしてくれたり、考えごとを忘れさせてくれたり、やさしく穏やかな気持ちにしてくれる。

 いつまでも安心して展示ができる学校づくり人づくりをしなければなりませんね。

 さて、朝の生徒玄関でのお迎えの後ぐるりHR教室を回っています。高体連、高文連大会期間に入っていますので、教室内は空いた机が多数あり少し寂しい状況になっています。3年次生の朝のSHRでは、卒業後の進路に向けて行われている三者面談の経過状況と今後の動きについて担任が話をしていました。いつまでも高校生ではいられないんだよな、と思いながら教室後方で話の一部を聞かせてもらいました。

 進学か就職のどちらかに分かれていくはず。悩みどころではあると思いますが、選んだ先を歩くのは、自分。実感は沸かないかもしれないけれど、自分にしっかり向き合って考えることでしか答えは出ません。それが、生きていく、ということだと私は考えます。難しいことかもしれませんが必ず答えはありますから焦らずじっくり考えていきましょう。

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生徒に委ねる

 学校の様子をホームページ、インスタグラム、noteでお伝えしています。先生方が授業や部活動の様子をタイムリーに掲載していますので是非御覧ください。私はここにブログを置き写真一枚と思ったこと感じたこと考えたことを引き続き書いていきますのでお付き合いください。
 
 インスタグラム https://www.instagram.com/bibai_shoei_highschool/
 note https://b-shoei-hs.note.jp/

 さて、新年度の始業を迎えた全校集会において、私から生徒にお願いしたことがあって、そのひとつに「生徒の手でnoteの更新」をあげさせてもらいました。出張や会議が一段落し、昨日(5月18日)漸く初投稿が叶いました。写真を撮り記事を書いてくれた生徒ARさん、ありがとう。自らのインスタグラムに投稿するのとは勝手が違うので何を書いたらいいのか迷ったと思います。

 今後、多くの生徒に関わってもらうnoteにしていきたいと考えております。高校生目線のおもしろい写真と記事になっていくことを期待しています。どうぞ楽しみに。なお、noteからインスタグラムにもスライドさせていきます。

 3年次生とのおしゃべりタイムは、不在とする日が多く当初のスケジュール通りには進んではおりませんが、ぼちぼち行っています。お昼に割当たった生徒はお弁当を持って(保護者等の皆様、お弁当づくり大変なことと思います)校長室にやってきます。入ってくるなり「小学校から今までこんなことしたことありません」と言った生徒がおりました。私もそのような経験はありません。だからおもしろいのです。

 前例がないからやらない、というスタンスを私は好みません。プラスになるであろうことには挑戦してみる。失敗したら次のことを考える。「失敗しても地球はひっくり返らない」何かに挑戦するときいつも自分に言い聞かせる言葉で、どこか大船に乗った気持ちになれるのがいい。おしゃべりタイムが成功するか失敗するかはわかりませんが、私は生徒から大変貴重なヒントをもらっています。これには感謝です。

 それらは大人目線、教員視点からは見えてこないものばかりです。本来は私が気付いてあげなければならないわけですが。気づきを与えてくれた生徒に対しては「ありがとう。そして今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げています。謝って終わりではなく、聞いた以上実現可能なことについては先送りすることは考えていません。改革に待ったなし、ですから。

 学校の主役は誰か。主役は生徒です。主役が満足できる学校づくりをしなければならないことを私たちは理解しています。そのために日々努力しています。ただ、そこに生徒の思いが込められているだろうか・・・主役を脇に置いて先生方が良かれと思って動いていないだろうか・・・もうそれは昭和、平成半ばまでのスタイルです。時代に即した学校づくり - このことはおしゃべりタイムで毎度感じます。
 
 美唄尚栄高校で過ごす主役たちを輝かせるために、私たち教職員が考えることは山ほどあります。でも、突破口はすぐそこにある。『言わせる』こと、『聴く』こと、『信じる』こと、『やらせてみる』こと、『生徒に委ねる』ことじゃないかと思っています。

 さて、冒頭の写真について。菜の花といえば空知の滝川市が有名です。でも、我が町美唄の菜の花畑も綺麗ですよ。鮮やかな黄色の絨毯が広がっています。ここは本校から月形に抜ける道路沿いに眺めることができます(長く見られる風景ではないのでお早めに)。

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我田引水

 夕暮れのランニングで水の引かれた田んぼを目にすることができました。美唄にふさわしい美しい風景です。景色と不釣り合いだけれど写真を撮りながら「我田引水(がでんいんすい)」という言葉があるよなぁ・・・ふと、そんなことを思いました。

 我田引水(がでんいんすい)自分にだけ都合がよいように物事を解釈したり、主張・行動したりすることを表す四字熟語。どうでしょうか。こうしたことに思い当たることはありませんか。

 自分は正しい、間違っていない、何かを守りたいなど、そのようなときに垣間見えるのが「我田引水」ではないでしょうか。私にも若かりし頃そうしたことがありましたが、それはいつの頃からかなくなりました。冷静さを取り戻したときに、自分の姿が相手にどのように映っていたかを考え恥ずかしくなったからです。それは決して褒められるような姿ではなくて、見栄えが悪く、情けなく、敬遠される - 最後は意地を張ることになり、引くに引けなくなる。そうしたことに気付いたからです。

 尖っていた中学生の頃によくお袋に言われたことがあります。「あんたの都合のいいように世の中回っていないんだよ」そのたびに「うるせぇ」と辛口を返していたけれど、生きれば生きるほどそのとおりでした。お袋のくれた言葉ってそれだけの意味があったんだな、後にそう思う場面がいくつもありました。

 冷静になって考えてみる。落ち着いて考えてみる。一步引いて考えてみる。相手の気持ちを考えてみる。相手の話を聴いて考えてみる。自分に間違いがなかったかを考えてみる。そうすると「我田引水」にはなりません。誰にとっても居心地の良い環境を作り出せます。私の経験に基づき書かせていただきました。

 今週、小学校の授業で田植えが行われます。本校の生徒もお手伝いすることになっています。私も昨年に引き続き参加させていただきます。

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また、ひとり

 岡山大学を卒業し電力会社勤め2年目に入った次男が市内のマンションに引越ました。1年間は自宅から通勤しお金を貯めるとのことで社会人のスタートを切り、なんだかんだとあっという間にその1年は過ぎました。目的としていた貯金ができたのかはわかりませんが。

 前にも書きましたがここ10年で我が家の出たり入ったりの騒動はすさまじいものがあります。令和元年は教頭に昇任した私と弘前大学に合格した長男の引越、令和3年は私が異動により自宅に戻り次男が岡山大学に合格で引越、令和5年は私が北見に長男が卒業で自宅に、令和6年は長男が市内のマンションへ引越、令和7年は私が美唄で次男が卒業で自宅に戻り長男は東京へ引越、そして今回。この引越に翻弄されたのは妻です。毎度毎度「どうしてこうなるんだろ」と疲れた表情と張りのない声で妻がぼやくのを私はただ聞くことしかできませんでした。

 「また私ひとりになっちゃうな。寂しくなるな。来月から働くからいいけれどそうでもなかったら一日誰とも喋らない毎日になるんだよね。ゴウちゃんはまだいいよ、一人で住んでいても日中は会話があるでしょ」

 唐突にお袋の顔が浮かんできました。平成2年に親父が病で亡くなり、当時弟二人が高校生でしたから彼らが家を出てから30年以上一人で生きてきたわけです。ずっと働きに出ていましたし、社交的な人ですから会話がまるっきりない生活を送ってはいなかったはずですが、ひとり、で寂しい思いをしていたのだろうな・・・そんなことを急に考えてしまったのです。

 あんたの人生なのだから親のことを考えずにあんたの力で生きていきなさい。一度出た家に戻ってこないこと - お袋はよくそう口にしていました。確かに私はその言葉のとおり生きてきました。お袋の強がりなのか、それとも経済的な余裕がなく長男から順番に巣立っていってもらわなければ困るからなのか・・・でも、妻の発した言葉からもしかしたらお袋も同じような気持ちを抱えていたのかな、と思ったのです。

 大きな家ではありませんが2階に設けた子どもたちの2部屋はこれで完全に使われることはなくなりました。これを機会に断捨離して、空いた部屋の片方を私のオーディオ部屋に、もう片方を妻の趣味の部屋に衣替えすることを考えています。レコードが増えて手狭になっていたのでちょうどよい機会かもしれません。

 5月10日(日)14時07分 グラウンドのトラックを走っていたときの上空です。飛行機雲を見ることができました。

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経験

 メカトロ・エンジニア系列は工業を幅広く学ぶことができます。工業高校の●●科となりますと、●●に特化した学びになります。例えば電気科であれば電気、というように。本校は、機械、電子機械、電気、情報、建築を体験をとおして学べるおもしろいスタイルをとっています。工業に限ったことではありませんが、電気なら電気だけですべてが成り立つわけではなく、そこには機械や情報など多くの技術が組み合わさっています。幅広く学ぶことで見えてくる世界が変わってきます。

 私は電気専門でこの世界に飛び込みました。最初に勤めた学校では電気科と電子科が合体した学科で、当時のH学科長から「電気のプロはわかったから電気は捨てて、これからは電子のプロになってください」初っぱなからわけのわからないお言葉をいただきました。電子回路を理解してものをつくりなさい、ということを指示され、学科長がささっと書いた電子回路を渡され回路づくりをするような日々になりました。こんなはずじゃなかったとは思いましたが、何もわからないのでとにかく一から勉強しました。

 2校目は機械科に所属しました。「機械科の中で電気をしっかり教えるように」と校長先生に言われての異動でしたが、I学科長に「ここは機械科だから電気はいらない」と職員室で言われました。悔しくて涙が出ました。自分は何のためにここに来たのだろう、と。初日から辞めることを考えて一年後、機械ができる自分になればいいのではないかと突然ひらめいたわけです。私と同い年の実習助手の先生にお願いして、生徒が下校したあとに旋盤、板金、溶接、鋳造などひととおり教えてもらいました。

 この2つの経験がどれほど私を高めたか・・・後に何度もこのことを思いましたし、2名の学科長との出逢いが私の教職としての幅を思い切り広げてくれました。感謝しかありません。スペシャルなことに磨きをかけることも大切ですが、右と左にある世界にも目を向けていくことで自分に備わるモノが増えていくことを教えてくれたわけです。『物事を負に捉えるのではなく正に捉える』私のスタンスが生まれたきっかけでもあります。これは私の生き方をも変えました。本当にありがたいことです。

 電気のプロではありますが、機械も電子もそこそこわかる。機械と電子のプロフェッショナルではないけれど、そこに躊躇することなく立ち入ることができる自分がいます。本校のメカトロ・エンジニア系列で学ぶ生徒を見ていて、何故かそこに自分の過去を照らし合わせてしまいます。幅広く多くのことを学べ、と。

 すべては経験です。経験があるかないかはその先の人生に何かしらの影響を及ぼす、と私は考えます。経験は宝物です。

(本日から不在ですが、前日のタイマ設定でアップしました)

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カラフルタワー

 濃さの異なる塩水(食塩の量を20g、15g、10g、5g)に絵の具で色をつけて、フラスコに濃い順番に一つずつ入れていくと、カラフルな水の層をつくることができます。生徒は液体の比重を理解するため食塩水のカラフルタワーの実験に取り組んでいました。最初に仮説を立てて実際にやってみてその結果どうなるか。仮説のとおりであれば良し、仮説のとおりにならなかったのであればどうしてなのかを考える。教科担任は何も言わずただ見守っていました。答えは自分で見つけなさい、ということです。手取り足取り教えることがすべてではないんだよな、と改めて思ったところです。

 私は一人の生徒に質問しました。「綺麗に色分けされた食塩水だけど撹拌したらどうなるんだろ」たいていは色分けに満足して終わるのでしょうが、意地悪な私はそう生徒に問いかけました。うむ - 生徒は期待と不安交じりにかき混ぜました。さて、答えはどうなるのか。ただそうなったんだではなく、〇〇だからこうなるんだというものを是非掴み取って欲しい。

 実験をしている生徒は楽しそうでした。教室で受けている授業と表情が異なります。もともと選択科目ですから興味津々で参加しているのですが、その姿を見ている私も楽しい気持ちになりました。

 私は選択科目のある高校で学ぶことはなかったので本校の学びのスタイルに興味があります。以前勤めた後志管内の学校も多岐にわたる選択科目があって毎日授業を見て回るのが楽しかったです。

 城谷教授のもとで超伝導物質をつくる研究をしていました。大学時代のことです。ゼミはとにかく厳しかったです。「何故」の攻撃がすさまじかった。私が「これは〇〇〇になります」と言うと「それは何故」と先生が説明を求めてきます。それに対して返答すると再び「何故そうなるの」これが延々続きます。最後の最後は答えられなくなりただただ周りに助けを求める状態に追い込まれる・・・これは先生の意地悪ではありません。先生が求めたことは根拠です。教科書に書いてあるからそうなんだではなく、本質を理解して物事を語りなさいよ、ということです。勉強になりました。

 興味のあることを深く学べる学校っておもしろいですよ。おもしろいから学びが深まるわけです。

 さてしばらく出張等で不在となります。次回の更新は来週です。また来週お会いしましょう。

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作品づくり

 大抵の人はつくることよりも購入することを考えてしまう。いや、そもそもつくることを考えないかもしれません。これから先こうした傾向はさらに強まっていくような気がします。それがいいことなのかどうなのかはわかりませんが。

 管理職になって8年目。この間つくることがなくなってしまいました。それ以前は真空管アンプやFMラジオ、ラジコン、トランシーバなど、役に立つのかはわからないけれど回路図を書いては部品を集め、ハンダごてを右手に電子工作に明け暮れていました。真空管は別として、ほとんどはマイクロコンピュータを回路に組み込みますから、プログラミングもしなければなりません。エラーを修正してはプログラムを転送することを幾度も幾度も繰り返して漸く完成となります。

 お店で2千円程度で売られているラジオも自分で一からつくるとなると5千円程度かかってしまう。レジをとおせば一瞬、つくれば20日。これならやはり商品を購入するとなってしまいますよね。ただ、ここは決定的に違います。『つくることによって本質を理解することができる。理解できた喜びから次なるものをつくりたくなる』

 教科書に書かれた文字を右から左に読んで理解できたからといって、ものがつくれるとは限りません。意外とつくれないと思います。ものづくりは経験とセンスがモノをいうからです。とにかくつくり込まなければ身に付きません。

 デザイン系列の授業でクラフトテープでカゴをつくっていました。説明書を読むだけで終わればそれは唯の読書で終わりです。じゃ、つくってみよう。ここから一人ひとりの世界がスタートします。編み方のコツを掴めばオリジナルの作品をつくることもできます。役に立つ立たないの損得ではなく、つくった経験が新たな挑戦に結びつき、誰かに喜ばれたり自らのウェルビーイングにつながったりしていく。これって素敵なことですよね。教科担任が「じゃここまでやってみて」と指示していますが、コツがわかっておもしろくなって先に先に作業を進行している・・・わかる、その気持ち。ハマると手も気持ちも前に前に進んでしまいます。そこがおもしろさ。ものをつくる魅力。

 教科書に書かれたことをただ記憶に留めておく時代はとっくに終わりました。私たちが高校生の時は知識のある人が優秀、知識偏重でした。今は知識だけでは世界は渡っていけません。それを知って次にどうしていくのかが問われる時代です。

 体験的に学びを深めていく本校の教育のおもしろさを多くの人に知って欲しいと思っています。本校の教育活動に興味を持たれた中学生や保護者等の方がいらっしゃいましたら、いつでも御連絡ください。その都度対応させていただきます。

 43万6千アクセスをいただきました。ありがとうございます。

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初めての作品

 高校に入学したら部活動どうしようかな - 私もそうしたことを考えました。40年も前のことになります。えっ、あれから40年も過ぎてしまったのか。1秒1分1時間を積み重ね前に進んでいく。時は止まらない。積んで積み重ねて1261440000秒。この数字がどれくらいすごいものなのかはわかりませんが、とにかく高校に入学してから歩んできた秒数(時間)です。

 私は落ち着きがなく周囲に迷惑をかける子どもでした。授業中に立ち歩き人を叩いて回ったり、気に食わないことがあると唾をかけたり。ほとんどは忘れてしまいましたが、これだけは今でも鮮明に覚えています。私はあるときテル(通称)に唾をかけ、それを知った担任の先生が泣いているテルに対して「唾をかけられた人の気持ちをわからせるためにあなたも日下くんに同じことをしなさい」と鬼の形相で言ったその日の出来事です。とにかくこんなことばかりしていて、親も学校も困らせていました。

 どうしてそのようなことをしたのかは自分でもわかりません。恥ずかしく情けなくとても自慢できるようなことではありません。戻れるのであればそんなことをしない自分になりたい・・・父にも母にも先生にも叱られてばかりで、でも近くにいた祖父母はやさしくて私にとってはそこが安らぎの場であり唯一の居場所でした。何かそうしたところに原因があるのだろうな、と私なりに考えています。

 この話を書きたかったわけではありません。余計なことを想い出して書いてしまいました。そういう子どもでしたから父が誰に吹き込まれたのかはわかりませんが、ある日突然私をトラックに乗せ(トラックが自家用車でどこに行くのもトラックでした)何も言わず剣道の道場に私を連れて行ったのです。父が剣道着を身につけた人に丁重な姿勢で歩み寄り一言二言言って頭を下げていました。そんな父を見たのは初めてのことでびっくりしたわけですが、それよりも驚いたことは私の意見を聞くでもなくこの日に加入の手続がなされたことでした。「これから毎週火曜日と金曜日の18時からお前はここに来ることになったぞ」父が私の剣道を見に来てくれたことはありません。この日、この1回限りです。私の行動を正すために剣道をさせる、というのが悩んだ末の父の結論だったのかもしれません。

 結局、高校3年生まで剣道を続けました。小学校の野球チームにも所属し、中学では1年生の途中まで野球部に所属しました。いろいろなことがあって(詳しくは書きません)途中で退部しました。高校では別な部活動も考えましたが、そのままの流れで剣道部に入部しました。中学生までは道場備え付けの防具を借りて練習していたので、自分の防具で剣道をしたかったわけです。ずいぶんと高級な防具を買ってもらい3年間剣道に打ち込みました。ですから私は有段者です。

 3年生の高体連で3回戦4回戦と勝ち進んで全道が見えたところで敗退。私はここで剣道ときれいにおさらばすることにしました。もう二度と剣道はしない。防具と竹刀はもう長いこと実家の納戸に眠っています。

 本日の写真は、少し前のものになります。作品づくりをした生徒さんごめんなさい。 もっと早くに掲載してあげれば良かった・・・高校に入って初めて生けたお花はどうでしたか。お花の美しさは当然のことお花自身が発するやさしさやあたたかさに触れられたかな。毎日作品の横を通るすべての生徒もきっと何かを感じてくれているはず。これから先も華道部でお花と向き合う素敵な時間を過ごしてください。

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大型連休

 待つと長くて来てしまうとあっという間。5月の大型連休も終わってしまいました。本日から通常の生活がスタート。何となく身体が重たい・・・これって私だけではないのかもしれません。

 早い桜に連休中の雪と20度を超える気温。風も強く不思議な連休でもありました。次男は大学時代を過ごした岡山に飛び、長男は仕事を兼ねて数日だけ帰ってきたけれど、もう昔のように家族が揃った時間は持てなくなりました。子育てから手が離れ子どもは子どもの生活、私と妻もそれぞれの時間の過ごし方になりました。いつの間にか家族のスタイルが変わってしまいました。

 長男を新千歳空港まで送った帰り道、妻と長沼で軽い飲食を兼ねた8キロのランニング、さらに南幌にも車を停めて6キロのランニングを楽しみました。普段は通過するだけの町ですが、ランニングでぐるぐる駆け巡ると町のつくりや数々のお店と出会うことができ、それはそれで楽しい時間になりました。次はガーデニングで有名な恵庭を走り、庭づくりを勉強しながらランニングしようと話をしているところです。

 結局、ランニングとガーデニングに明け暮れました。自宅から距離にして2キロメートルのところに桜並木があります。大きな公園の遊歩道に沿って桜が綺麗に咲き誇ります。自分の足でそこに向かい来年まで見納めになる桜の下でひとり静かな時間を過ごしました。誰にも邪魔をされない贅沢な時間になりました。

 さて、気温が高くなりそうです。20度、25度という日が出てきます。油断をすると熱中症の危険が出てきますから、こまめな水分補給をしましょう。

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良き連休を

 生徒の皆さんへ。連休を楽しみにしていたはず。部活動の練習や練習試合で予定が埋まっている人や家族との旅行、アルバイト・・・それぞれの過ごし方がありますが、昨日の交通安全・防犯教室における講話のことを頭の片隅において生活してください。特に自転車に乗るときは自動車や歩行者に注意してください。

 やはり今年の桜は10日ほど早かったかも。毎年ここの桜(札幌の新川通)を見に来ています。ゴールデンウィークの後半に満開になりますが今年は4月末の週末で満開でした。

 桜を早く見られるのは嬉しいけれど環境の変化がそうさせているのだとしたら複雑です。来年はゴールデンウィーク後半に満開になって欲しい。

 昨夕、国道沿いを歩いていましたら「あれっ、校長先生?」と声をかけられました。愛犬と散歩中の女性でした。「そうですが」「なんか似ているからそうではないかなと思って声をかけました」

 2年次生の生徒の保護者の方でした。私は直接お話をしたことはありませんが、きっと学校へお越しの際に特徴的な私の顔を見て記憶してくれていたのでしょうね。嬉しいような、緊張するような。校長は町の顔、という言葉をずいぶん前に誰かから聞いたことがありますが、本当にそうなんだなと改めて思った次第です。気を引き締めなければなりません。お声をかけていただきありがとうございました。

 短い距離をお話しながら歩きました。「今年の1年生少なかったんですね。私の子どもの時も人数少なかったけれど、少ないと寂しくなりますよね」「今新しい取組をしていきますのでお気づきのことがあったらいつでも御意見をください。いただいた意見が何かを変えるきっかけになると思いますので」このようなお話をしてお別れしました。

 さて、話は変わりますが、皆さん、良き連休をお過ごしください。

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ありがとうございました

 4月25日(土)本校で開催した授業参観並びにPTA総会ですが、無事に終了いたしました。ありがとうございました。

 今年は、授業参観に多くの保護者等の方がお越しになり、生徒の様子を見ていただくことができました。PTA総会の出席が少なかったのが心残りではありますが、相馬PTA会長の離任と新PTA役員が決定し安心しているところです。学校はPTA役員の方々だけではなく、すべての保護者等の皆様のお力添えをいただき活動を行っていく場でもあります。今後とも御理解と御協力をお願いいたします。

 PTA総会に出席することでPTA会費の取扱や行事計画等を知っていただくことができます。出席するとPTA役員やクラス役員をお願いされるということは一切ありませんので、次年度お気軽に参加ください。

 出張等が続きますので、不定期な更新になるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします。

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地元企業様との御縁

 昨年、美唄市立美唄中学校の浅利校長先生から株式会社道央メタル様を御紹介いただき、メカトロ・エンジニア系列の工業科の教職員が工場見学に伺った、これが縁結びのなれそめになります。私は浅利校長先生から話を受けたあとにホームページを拝見し、数多くの金属加工品を製造されていることを知りました。特にメカトロ・エンジニア系列を選択した生徒が、自らの学びの先にある姿をイメージできる大変興味深い業務を展開されています。

 その後話が進み、昨年度末に工場長様を始めとするスタッフがわざわざ本校に来校し、メカトロ・エンジニア系列の生徒向けに出前授業を行ってくれました。最先端の工作機械を使った金属加工について説明をいただき、生徒にとって大変有意義な時間になりました。工業を専門とする私にとても勉強になりましたし、ものづくりが好きですから働いてみたいなとも思いました。

 前置きはこのくらいにしますが、以前に名刺ケースにまつわる話をブログ内に記述させていただきましたが、ホームページを見て真っ先に心打たれたのがまさに道央メタル様が製造された『名刺ケース』です。私の宝物として、またそのデザイン性から広がる人とのつながりを楽しみに毎日ポケットに入れています。こだわりのアイテムです。

 さて、御縁をいただきたことに感謝していたところに、道央メタル様のお心遣いにより製作された校章エンブレムが届けられました。設計から製造、完成まで3週間を要したまさにこだわりとプロ魂を感じるエンブレムです。

 美唄尚栄高校がここに開校(平成23年4月1日)してから15年が経過し、今までの歴史への敬意とこれからの躍進に向けた象徴的な校章エンブレムである、と受け止めさせていただいております。ここに集う生徒たちが普段から目にできる場所への展示と入学式及び卒業式等の式典や集会時等において演台に飾りたいと考えています。

 生徒向けのお披露目が終わったあとは、職員玄関から入って左手に設置された賞状等を飾る収納ケースで展示いたします。本校にお越しの際は是非御覧ください。

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成長

 昨年度末、本校にとっては大きな転換がありました。『定期考査の実施を廃止する』としたわけです。この4月からその形で動いています。スタートしたばかりですからさまざまな課題は出てくると思いますが、こまめな情報交換と職場内の研修を繰り返して、本校にふさわしい評価スタイルの確立に向けて勉強していきましょう。

 私が感激したのは『廃止したこと』ではなく、これが先生方の声の中から発議され分掌で検討を繰り返し会議のテーブルに上がってきたことでした。学校現場ではここが一番難しく壁が高いのです。よくぞやってくれました - 組織の成長を感じた瞬間でもありましたし、心の中で先生方に対して大きな拍手を送りました。

 数年前に教頭として勤務した学校で、観点別評価の適切な実施に向けて教務部長と一緒に勉強し、どのように学校に落とし込んでいくかを話し合いました。そこで一致した意見は定期考査の廃止でした。その日、その時間の授業で生徒の変容を見取っていくのですから定期考査の実施は必要なのか、となったのです。校長先生に説明申し上げ背中を押していただきました。そこから先生方と議論を重ね結果的に廃止となりました。管内初、おそらく全道でもそう例のないケースだったはずです。

 そのときと今回の本校での動きはまったく異なります。私のような管理職は教育の動向にアンテナが高いのは当たり前で、時代に合わせた学校改革を常に考えています。あぁなれば、こうなれば、ということを考え、それをどのように実現させるかに頭を使う毎日です。その一つひとつを先生方に気付かせてボトムアップで組織を変えていく、またはその逆にトップダウンで変えていく、選択肢はどちらかしかないわけですが、可能な限り前者であるのが望ましいわけです。

 これだけ時代が変化していますので、学校現場もその時代の流れに乗っていかなければならないと考えています。私はこのことを着任早々から先生方にお伝えしています。20年30年前に決められたことが今の時代にあっていないのはいわば当たり前で、学校、教職員、生徒がWin-Winになれるようにどうすべきかを目指すことがストレスフリーになります。踏襲したり昔からこうだからに縛られるとお互いが窮屈になり、答えはすぐ手の届くところにあるのに別な着地をして混乱する。せっかく使うエネルギーならば効果と意味のあるものにすべきです。

 本校の先生方に感謝していることは、必要なものや変えたいことを見つけ動いてくれるようになったことです。自分たちの手で変えることができた、という体験はやりがいや自信につながります。そして次なる疑問や?(はてな)の気づきを生み出します。これが課題解決に向けた一步になり改善に向かっていきます。あとは循環していくだけです。コツを掴めばとにかく回転します。

 誰かの思いやアイデアはまずしっかり聴く - はなから否定するのではなく、「実現できたらおもしろいよね」「実現させるためにどうしたらいいだろ」という姿勢で聴いてみる。本来、変わることっておもしろいことなのですから。小さなことにみんなで磨きをかけていけば学校全体を変える大きな原動力になる。私はそう考えます。

 さて、生徒の皆さん、考査がなくなったという言葉に喜んではいられませんよ。すでに評価の在り方について文書も発出していますし教科担任からも説明があったと思いますが、今日受けたその授業の学びの成果が評価されています。一時間一時間の授業が、今まで以上に重要になった、と考えなければなりません。

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18歳の薔薇

 今年度最初の生け花が届けられました。いつもありがとう。予算があると活動回数も増えるのだけれど、そうならずに申し訳ないなと思っています。華道部員の指導は市内在住の方にお願いしていて、やさしく丁寧な指導により生徒のセンスや技術が毎回向上しています。

 「18歳になった最初の華道部だったのでいろいろ思いながら生けました」私はいつもどのような想いで作品づくりをしたのかを聞いています。「そうなんだ、18歳になったのはいつなの」こんな会話のやりとりをさせてもらって、顧問の先生に写真を撮ってもらいました。18歳を幸せに迎えられたようで何よりです。

 後ろからニューフェースも。どうやら新入部員が入ったようです。水差しを持って先輩の後ろについて歩く姿が何とも言えず初々しい。高校時代に花に触れる時間を持てるのって素敵です。これからも楽しんで続けてください。

 18歳の私、いったい何をしていたのだろう。少なくとも花は見ていなかったなぁ。大学に行くことにしたので勉強はしていた。勉強漬けの夏休みに「お前さ、夏なんだから外で遊んで日焼けするのが高校生だろ。部屋に閉じ籠もって勉強ばかりしてモヤシのように白くていいのか」と親父に言われて、中卒のあんたに言われたくないと口を返したなぁ。勉強を放棄した中学時代に隠した通知表がなぜか親父の手元に渡って、「棒とアヒルしか並んでいないな、中学出たら働け」と言い放ったくせに、いざ勉強したらしたで文句を言う。このあたりの出来事はおもしろいくらい記憶に残っている。おそらく親父と言葉を交わした最後くらいのことだからかもしれない。友達ともたくさん遊んだけれど何かひとつ満たされていない自分を感じていたなぁ・・・でも、私は18歳を全力で生きていました。考えて考えて考えて生きていました。

 18歳って人生の節目になるのでは、と考えています。次の段階にどのように歩を進めるか。自分の人生の行く末を考えなければなりません。ただ、自分の可能性は現実に勝り目の前に開拓できる広大な敷地が広がっています。道ではなく敷地です。私の18歳は道がたくさん用意されていました。どの道を歩むかを考えるだけで良かった。しかし、今は敷地を切り拓き歩む道を自らが作れる時代。仮に道が用意されていたとしても道の脇の敷地を自らの思いで切り拓いていく時代です。決められもしないし決められてもいない。だから目の前の小さなことにとらわれるのではなく自分の周りをぐるっと眺め、18歳の自分の立ち位置を確かめて欲しい。

 また余計な想いを書いてしまいました。真っ赤な薔薇、情熱の薔薇が18歳のエネルギーにふさわしい。

 今しかない高校時代を大切にお過ごしください。

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2週間

 入学してから2週間が過ぎましたね。高校生活のペースに慣れましたか。登校してひととおりの授業を受け、給食からお弁当になり部活動を終えて自宅に戻る - 一日の流れを掴むことができたでしょうか。朝のHR教室を後ろから覗かせてもらいましたが、その後ろ姿からはまだまだ緊張がほどけていないような雰囲気を感じました。もう少し時間がかかりそうですね。

 私は高校に入学してからしばらくの間は座席周辺にいる人としか話ができませんでした。広範にわたる中学校から寄せ集められた40名が狭い教室にぎちぎち詰め込まれ、私は何をどう振る舞って良いのか戸惑う日々でした。だから毎日が緊張でした。自分の高校生活はいったいどうなってしまうのだろう・・・不安も大きかったです。

 教室にいなければクラスメイトと連絡がとれない時代でした。家には固定電話はありましたが、わざわざ電話をかけることはありませんでした。教室で昨日の不手際を謝り明日の約束をする。つまり、面と向かって言葉を交わして物事が成立するわけです。スマートフォンはなく、SNSも通話アプリもないのですから、そうするしかなかったわけです。困ることは何ひとつなかったけれど、もしも便利なものがあったら私の高校時代は変わっていたのだろうか・・・

 わずか37年でアニメキャラクタの異次元ポケットにあったであろう機器が普及し、アプリを介して友達になっていくような時代に様変わりして、どのような姿が良いのかもわからなくなってしまいました。ただ、アプリで繋がるにしても真っ先にすることは互いに言葉を交わすところから。言葉を交わすきっかけ、道具になるのであればそれはそれでいい、と考えるべきでしょうか。

 中学校から高校、高校から大学、大学から社会人の間に10回環境が変わりました。変化するたびに人も仕事も生活スタイルも変わってしまい、緊張やら気を遣いすぎたりと心がどしーんと疲れます。ただ、日本はいいですよね。ちょうど1ヶ月が過ぎたところで休息できる連休がありますから。タイミングとしてベストな時期です。そこで一度呼吸を整え次のステップを踏んでいきましょう!

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桜、見つけました

 19時15分。腕にLEDライト、胸ポケットにラジオを入れて外に出ました。ぽつん、と小さな雨粒が顔に当たるのを感じながらも、外に出た以上は雨が多少強くなろうが決めた距離は走ります。私には雨も雪も関係はありません(ムキになっているわけではありません)。習慣、とは恐ろしいものですね。

 私はラジオ世代で、今でもラジオ番組を楽しんでいます。居間に一台のテレビを家族揃って見るという環境ではなかったことから、私は小さな頃からラジオを聴いていました。野球、音楽、バラエティと、スピーカからの音声から想像を膨らませ、頭の中に映像化することを好んでいました。好きが乗じて短波ラジオを買って海外の番組を聴き、英和辞書片手にラジオ局に手紙を書くようなこともしていました。そうすると返信カードが届くんですよ、あなたはリスナーだと。海外の消印が押されたカードがとにかく嬉しかった。

 さて、夜のランニングはラジオをかけながら走っています。周囲にラジオの音が聞こえると、ここに私がいますというアピールになります。美唄市内はそうでもありませんが、自宅に帰ると歩道を歩く人が多いので、真っ先に音で人が近づいていることを知らせてあげるのが親切だろう、と私なりに考えてのことです。暗がりでいきなり背後から人が接近してきたら驚かせるのでそうさせないように。

 結局誰ともすれ違いませんでしたがいいことがありました。美唄で今年初の桜を見ることができたのです。雨の気配はあったけれど家を出て良かった。やめていたら見ることができなかった桜です。

 総合福祉センター敷地の一本桜。三分咲きといったところでしょうか。街灯に照らされて咲いていました。

 桜、いいですね。

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みんなそうなるといいね

 「手術記念日なんだよ」「それじゃ、ケーキ買わないとダメだよね、で、いつだっけ」「だって今日だよ、もう遅いじゃん、でも13年かぁ、早いなぁ」夕食での妻と私の会話でした。長男が中学生になるタイミングで入学式を見届けてからの手術でした。それは妻のたっての願いでもありました。記念日と言ってのけるほどのメンタルの強さに私は正直負けたなと思いました。自分なら果たしてそう言えるだろうか・・・私はやはりそこまで強くはないはず。ただ、あの出来事があったから、ふと訪れる幸せな時間を愛おしく感じることができています。

 私たちにとっての13年は、過ぎ去ってしまえば言葉のとおりあっという間だったかもしれないけれど、自らの命と向き合ってきた妻の13年とそれをただ見守ってきた私の13年は、言葉では言い尽くせない長い長い時間でもありました。そんな簡単にやり過ごせる時間ではありませんでした。

 この冬の札幌は大雪に見舞われ妻は除雪により右腕を痛め、先日知人に教えてもらった円山(札幌)にある整体の先生に予約を入れ診てもらったようです。先生が身体に触れ治療に入る前にこう言ったらしいです。「消化器系が弱くそこから痛みが発生していますね。自分の思いや考えを上手に言えない性格で、それ故我慢したり自分の中に無理矢理思いを押し込めてしまってそれが原因で消化器系に負担をかけてきたんですね」13年前に手術したことなど話もしていないのに、身体のツボやその人が発する気を捉えて原因を突き止めたのがすごいです。わかる方にはわかるのですね。東洋医学って不思議ですよね。

 さて、妻に一人ひとりの生徒と面談ではなくおしゃべりを昼休みと放課後に校長室で30分間しているんだよ、と話をしたら妻が私にこう言いました。「私、自己表現できない人の気持ちすごくわかるよ。言いたいけど言えないその気持ち。私はずっとそうだったから。人を不愉快にさせないためにいつも気を遣って我慢ばかりしてたから。だからね、生徒の気持ちを聴いてあげる先生の存在ってとても大事だと思う。世の中の学校の先生がみんなそうなるといいね。生徒が思いを言えるようになれば消化器系に負担をかけない人が増えて私みたいにならなくて済むからね」妻は笑いました。なんだか妙に説得力のある言葉でときり、としました。

 私も経緯は違えど真っ直ぐに話を聴いてくれた先生がいたから今があります。最初はずいぶん失礼な物言いや態度をとったものですが、毎日のように私の前に現れては声をかけてくる先生にやがて心を開くことができたわけです。一人の先生の存在は人生を変えるほどの影響力がある。私は実体験からそう思っています。

 モエレ沼公園内に咲いていたエゾエンゴサクです。この花の花言葉は 「妖精のような」「幸せな時間」「静かな喜び」です。本日の話とわずかながらつながるでしょうか。

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運が・・・幸福が・・・

 春一番に咲く花。キバナノアマナ。花言葉が素敵です。「運が向いてくる」「幸福が訪れる」

 昨日、金曜日に仕事で東京から札幌に戻ってきた長男を新千歳空港まで送り、その帰り道南幌町で開催されているイベントを覗いて、午後2時から今年初めてのモエレ沼公園で妻と軽いランニングを楽しみました。この公園は自宅から自動車で5分のところにあり、園内が円形で1周3.75kmとなっており、周回で距離がわかりやすいのとビルドアップやスピード走に使い勝手が良く、私は誠に勝手ながらホームグランド、聖地として利用させていただいております。

 その園内に早春の花が咲いていました。エゾエンゴサクと御覧のキバナノアマナ、そしてイチゲも。やはり例年より1週間は早い開花です。桜の枝もピンク色の蕾で染まり、今週末にはちらほら花が咲くような雰囲気です。もしかするとゴールデンウィーク前に満開になるかもしれません。

 それにしても冒頭に書いた花言葉いいですね。誰もが待っていた春に「運が向いてくる」「幸福が訪れる」なんていうのはわくわくしますよね。いいことがありそうな。意外と身近なところで咲く花ですから見かけたら屈んで見てください。上を向け前を向けと言ってしまいますし言われますけど、私はそうは思いません。後ろを振り返り下を向いて歩いてもいいじゃないですか。そうすることによって見えるものがあるのですから。上と前ばかりだと見失うものも多く疲れますよね。

 生徒とのおしゃべりタイムをお昼休みと放課後に行っています。「私の母がホームページ見てます。掲載された写真を見てこれあなたじゃないとか話をします。校長先生が書いている日記も毎日読んでいるみたいです。今日私が校長先生と話をするのも母は知っています。」そうなんだぁ。そういう家族間の会話がしっかりなされていることが嬉しかったです。私が高校生の頃は親とほぼ会話なし。母に何か言われても「あぁ」「わかった」「知らない」「うん」だけ。父とは会話した記憶がない。

 会話が面倒だったからか。年頃だったからか。一方的に会話を拒んでいたからか。私は家に帰ると自室に閉じ籠もり小説を読み音楽を聴いていた。階下で「御飯だよ」の母の声。私は「あぁ」と返事をし階段を降りる。そそくさと夕食を食べまた自室へ。高校3年間は毎日これの繰り返しでした。もう少し話をすべきだったか・・・今さらですが。

 自分がこうだったから子どもたちも私と同じでした。妻とはそこそこ会話を楽しんでいたようですが、私とはほとんど会話はなかったかな。私がくだらない言葉でちょっかいをかけても構ってくれず無視。そういうこと自体が煩わしい。それもわかるような気もしますが、反応なしは正直寂しかった。もしかすると父も私と同じ感情を抱えていたか。

 おしゃべりタイムは、多くの発見や気づきを私に与えてくれます。進路相談や教育相談の場ではありません。美唄尚栄高校をさらに魅力的にするためにおしゃべりしています。生徒の皆さんは堅くならずに気楽にお越しください。

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 私は極端な寒がりです。身体が一度冷え切ってしまうと一日中ざわざわして、特に手が異常に冷たくなります。冷え性なのか血流が悪いのかはわかりませんが、冷えた手が身体全体を冷やしてしまうような感じになります。10月から4月が終わるまでこれが続きますから、かなりしんどいです。握手をしたらあまりの冷たさに相手の方はびっくりすると思います。ちょっとした隙間風だったり、足元に冷気を感じたときには手がかじかんでしまっていて、パソコンでの作業に限らず何も手に付かない状態になります。本当に困ったものです。でも、これからしばらくは大丈夫です。

 さて、本当は一年中開放したいのですが上述の事情から校長室で冬ごもりしていました。ここのところ少しずつ暖かくなってきましたから、御覧のとおり校長室の扉を開放しています。いつでもウェルカムです。

 昨年度は生徒がひょっこりのぞき込んだり、校長室ってこうなっているんだと小さな声でささやき合ったりする様子が見られました。ノックして入ってくる生徒も多数おりました。閉めきっていると感じることのできない生徒の様子に触れることができ、そこが楽しいです。教職員も校長(私)を近くに感じられるでしょうからメリットがあるのでは、と勝手に思ったりしています。

 話は変わります。自宅の庭も花たちの芽があちらこちらから顔を出し始めています。雪が消えて真っ先に花を咲かせるのはクリスマスローズです。「クリスマスローズ咲いたよ」と妻が教えてくれたのは先週のこと。小さな一株を庭に降ろしたのは8年くらい前になるでしょうか。漸く咲いた花から毎年種を採っては庭の隙間に種を蒔き少しずつ増やしてきました。雪の下になること数年、時をかけて株が成長しあちらこちらで可愛らしい花を咲かせています。

 たっぷりお花に関われる季節がやってきました。暴雨や積雪により薔薇のアーチや支えが破損したのでまずはそれを直すところからスタートです。そうした作業を含め朝から晩まで庭で過ごす時間を持てることが私にとっては一番の幸せです。

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 北海道もどうやら桜が咲いたようです。例年よりも2週間ほど早いのでしょうか。桜が咲くのはとても嬉しいのですが、環境の変化によって早まっているのだとしたら複雑です。道央ですとゴールデンウィークに咲く - これは子どもの頃から変わることなく近年まで脈々と続いてきたように思います。今年度だけが早いのか・・・そうであって欲しいです。

 4月、新入生、新入社員という言葉をよく耳にします。環境がいきなり変わって、自分の立ち位置がわからなくなる時期です。隣にいる人が要領よく生活しているのを見ると、自分は出遅れてしまったなとか早く周りに合わせていかないとマズイなと焦ってしまいます。そうなると自分のことよりも周囲のことばかり気になって、自分のパフォーマンスが発揮できなくなります。スタートを切ったばかりです。ゆっくりやりましょう。

 昨日のニュース番組で新入社員のマナー教室の様子を伝えるコーナーがあり、そこでは電話対応、名刺交換、印鑑の押し方、挨拶の仕方等が丁寧に語られていました。大学を卒業してすぐにこの世界に入った私。当時、マナーを教えてくれる方はいませんでした。ですから、私は私なりに考えて行動したのを覚えています。あとは人の動きを観察して真似をするようにしていました。

 入学式の飾り花の桜が職員玄関で咲いています。

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習熟度別の授業

 数学は習熟度別の授業を展開しています。授業中に後ろ側から入ってみました。単元『集合』になるのでしょうか。教科担任とのやりとりがとても楽しそうです。教科担任が私を見て「校長先生、私の授業みんなわかりやすいと言ってくれています」と胸を張って言うものですから、私は「わかりやすいと思う人手を挙げて」と生徒に聞いたら、なんと全員が真っ直ぐに手を挙げました。本当にそうだから手を挙げたんだな、と思える手の挙げ方でした。生徒は素直です。すべての学校に言えることですが、生徒の授業評価を私たち教職員はしっかりと受け止め、授業改善に励まなければなりません。

 私の場合、中学校に入学して真っ先に数学につまずきました。これが転落の人生につながっていきます。わからない、つまらない、邪魔をする、先生の言うことに反発する、これが国語社会理科英語の主要教科に波及し、体育、技術にも広がっていく・・・わからないのであれば先生に聞けばいいのに、その姿をクラスの人に見せたくなくて、どんどん深みにハマっていく感じになっていきました。すべて自分が悪いわけですが、先生や周りのせいにして逃げていた・・・これが恥ずかしながらある一時期の私の姿です。

 生涯学習 - その意味は多岐にわたりますが、私の場合はまず中学生の頃に戻り、ほぼ空白にしていた時間の学習を取り戻したい。戻したところで人生はやり直せないところまで進んでしまってはいるけれど、その年齢でしか得られない何か大切なものを置き忘れてしまったと思うからです。放課後に個人的に勉強を教えてくれた佐藤先生のおかげで、置き忘れになるはずだったもののいくつかは取り戻すことはできたわけですが。本当に失敗しました。

 長男が高校受験の勉強をしていたとき、「父さん、この問題どうやってやるのか教えて」と質問されました。私の苦手とする中学の数学です。20分くらいかかって私なりに答えを導き、得意になって長男に説明しました。「答えは同じでもそのやり方なら時間がかかりすぎてだめだ」「どうして」「限られた時間の試験で他の問題に手が付けられなくなる、もっと効率よく解ける方法ないの」「ないな」「じゃもう聞かない」そのあたり(解答するための)の思考回路が私の中で断絶してしまっていることを感じた瞬間でした。こうしたところに綻びが出てくるわけです。

 数学の習熟度別授業からずいぶんと話が広がってしまいました。

 1週間で1万アクセスずつカウンタが上がっております。美唄尚栄高校の生徒を応援してくださりありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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尚栄高校でなら夢は叶うさ

 本校の公式マスコットキャラクタの『かなうさ』

 尚栄高校の”尚”と夢は”叶(かな)うさ”を掛け合わせた可愛らしいキャラクタです。「尚栄高校でなら夢は叶うさ」尚の中に口の字がありますが、この口が跳び箱になっていて、かなうさが跳び箱を跳んでいる。発想がいいですよね。グッド・アイデアです。

 かなうさを何とかしたい - 昨年からずっと考えていることです。写真は工業系列の教員が3Dプリンタで昨年製作してくれたもの。もっと小さいサイズにして全校生徒に配布してカバンやリュックに下げてもらったらどうだろう。暗がりで歩いたときに車のヘッドライトに反射するキーホルダにしたらどうだろう。制服の上着(左側のラペル(下襟)にある「フラワーホール」に付ける)に付けるピンバッジにしたらどうだろう。ぬいぐるみが流行っていますからカバンに下げられるくらいの大きさで作ったらどうだろうか・・・アイデアは多々あるのですが、何かおもしろい意見等があればお寄せください。

 そんなの意味がない、と言ったり聞いたりすることないですか。簡単に口にしてしまいがちですが、私は意味がないものってないと思います。かなうさもそうです。意味があってキャラクタになっています。ただただ眠らせておくのはもったいない。意味があるのだから意味を持たせる何かを生み出したいのです。それは今ここで働く教職員が中心となって考えなければなりません。道立学校で公式キャラクタを持っている高校が果たしていくつあるでしょうか。調べてはいませんがそう多くはないはず。そういう特異性のあるものだからこそ利用しない手はないと。

 フラワーホールに校章を付けてもらっていますが、その横にかなうさピンバッジを並べて付けたら良さそうだな、と思ったりしていますが如何でしょうか。インターネットでいろいろ調べてみると300個の大量受注で6~7万円ほどで製作できるようです。そうすると1個あたり300円。手に届きそうな金額かなと思うところです。

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生徒との『おしゃべりタイム』はじめます

 本日からスタートします。3年次生から一人ずつ順番に実施してすべての生徒と最低1回は校長室でおしゃべりを楽しむ企画です。校長と『面談』するとなると、堅苦しくなりますから、名のとおりの『おしゃべりタイム』と銘打ちました。お昼休みに当たった人はお弁当持参です。放課後は飲み物持参で構いません。肩を張らずにやっていきましょう。緊張せずに自分の順番がきたら足を運んでください。

 昨年度、声掛けをせずとも多くの生徒が私のところに訪れてくれました。それとは別に着任時から本企画を考えていたところであり、1年間宙ぶらりんになってしまったことに今さらながら反省しています。前3年次生はすでに卒業してしまい、貴重な機会を見す見す逃してしまった・・・思いついたら即実行を信念とする私ですが、何故やらなかったのだろう。後悔先に立たず。

 道内の公立高校は本校に限らず生徒数の確保に頭を悩ませています。それぞれの学校が素晴らしい特色や魅力を発信し、一人でも多くの生徒に入学して欲しいと必死です。当然、私も毎日そのことを考えています。地域、つまり外に向けた情報発信にウェイトを置きがちだけれど、足元をもっと見る必要があるのではないか。このことは教諭の時からずっと考えてきたことで、32年間私は私なりに力を尽くしてきたつもりです。今目の前にいる生徒に対してどのようにアプローチするか。これを無くして外への発信はないと考えます。

 大人(教職員)が良かろうと思って取り組むことが、もしかしたら子ども(生徒)の感覚と大きなズレがあるのではないか。私はその感覚に戸惑いズレた時代を過ごした経験がありますから、人より敏感です(現在進行形です)。先週の校長の小部屋では、そのズレたことを悔やむ話を書きましたが、ズレたことにより掴んだモノもあるということです。そう考えると少しはプラス要素になったのかもしれませんね。

 子ども(生徒)が本校で見ている景色を上手に発信することで、新しい形の美唄尚栄高校が見えてくるような気がするのです。私も教職員も、「そこは見えていなかったな」というたくさんの盲点に気付かせてくれるのではないか。これはあくまでも私個人の考えですから、やってみて失敗したらまた次を考えます。

 「やりもしないでマイナスだけを探す人生はつまらない。やってみたから新たな景色に出会うことができる。その景色が明るいのであればさらに前に進めばいいし、暗いのであれば一度原点に戻って次の景色を見に行く準備をすればいい。その時間にこそ意味がある」何の格言でもありませんが、これが私の考えで、これに基づいて今まで歩いてきました。

 さて、生徒たちは私に何を語ってくれるのでしょうか。会話の中から私は生徒たちからたくさんのヒントを得られるわけで、それが楽しみでなりません。

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嬉しい出来事

 入学式演台の飾り花を職員玄関前に展示中です。生徒の皆さん、ちょこっと足を運び見てください。綺麗ですよ。

 大学に行ったのは先にある人生の在り方を考えたとき、どうしてもそのワンステップ必要だったからです。電力会社で働くか、それとも何となく目標としていた恩師(教員)のようになれるのであればそこを目指すのもいいだろうということで。もしも教員になるのであれば、私は中学や高校ではなく小学校の教員になりたかったです。残念ながらそこは叶いませんでした。

 物事すべてに反発し中学校における学びを一方的に拒んでいた時期があったので、ギリギリ首の皮一枚で進めた高校からは教育大学を目指すことは困難でした。時すでに遅し - それも人生ではありますが、このことについてはのちに悔やむことになりました。自らが招いたことですから仕方ないのですが、本当に取り返しのつかない無駄な時間を過ごしてしまった、と。あのようなことをして得をしたことはひとつもなかったな、と。だから高校では心入れ替え、これでもかというほど勉強をしました。すべてを取り戻すことはできませんでしたが。

 高校ではたくさんの友人に出会い楽しい時間を過ごしました。でも、私には何か物足りなかった。それは友人はいるけれど、親友が一人もいないということでした。高校を卒業した後このままでは親友のいない人生を過ごすことになるかもしれない、という寂しさと焦りみたいなものがありました。だから、先に書いた理由もありますが、親友と出会うために自分には大学が必要だと考えました。これが一番大きな理由です。私自身の大学進学の理由がこれですから、子ども二人がそれぞれ大学に進学したときの理由は、大学の4年間で自分のやりたいことを見つける、でした。そのようなことで果たしていいのでしょうか・・・

 さて、親友はどうなったということですが、運良く一人と出逢うことができました。一人いればもうそれで十分です。大学に行って良かったことはこの出逢い。詳細はまたいつかどこかの場面で書けるといいのですが、実はその親友の故郷がここ美唄市です。そこにどのような巡り合わせか私が昨年から生活することになりました。出逢ったときからいつかこういうことになるような縁がきっとあったのでしょうね。見えない糸、って本当にあるのかもしれません。

 親友には兄弟がいて、実はそのお子様が本校に入学してくれました。そのことを入学式が終わった一昨日の晩、ちょうどランニングを終えて着替えているときに親友からのLINEで知ることとなりました。気を遣って入学式が終わるまで私に黙っていたのだと思います。そういうことができる奴なのです。だから親友になれたのだろうと思います。

 家族や兄弟のことは親友が大学時代に私に紹介してくれて、以後いろいろとお世話になったのですが、当時はまだ幼くて小学生でした。いつの間にか親となり、立派に子どもを育て本校に入学させてくれたのです。ずいぶん前置きが長くなりました。嬉しくて嬉しくてもう言葉が出てきません。

 36名が元気に登校し入学式を無事終えることができました。目標とする41名以上には届きませんでしたが、数多くある高等学校の中から美唄尚栄高校を選択し入学してくれて本当にありがとう。その後押しをしていただきました保護者等の皆様大変ありがとうございました。心より感謝申し上げます。

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入学おめでとう

 4月8日(水)、多くの御来賓並びに保護者等の皆様の御列席のもと、第16回入学式を挙行いたしました。新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。

 

 式辞

 ただいま入学を許可しました三十六名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。
 本日、ここに、PTA会長 ●●●●様、美唄市長 桜井 恒(ひさし)様を始め、御来賓の皆様と新入生保護者等の皆様の御列席を賜り、令和8年度第16回入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとって大きな喜びであります。本日、御出席をいただきましたすべての皆様に、教職員一同、心より感謝申し上げます。
 新入生の皆さんが、めでたく本校の生徒となりますことに、私たち教職員、並びにすべての在校生とともに、心から歓迎いたします。
 今日から、高校生活をスタートするにあたり、こんにちまで皆さんに愛情を注ぎ、大切に育ててくれた、保護者等の皆様を始め、小学校、中学校で御指導いただいた、先生方に感謝する気持ちを持ち、これからの高校生活において、学業や部活動、友人との関係を築く中で、将来の夢を実現させるため、充実した毎日を送ることを期待いたします。
 さて、私たちは今、先行きの見えない社会の中で生きています。技術の進化により、一昔前は夢物語の中にあった世界が、目の前に現実のものとして広がっており、生活環境はめまぐるしく変化し続けています。このような時代を生き抜くためには、物事の本質を見極め、「自分の人生を舵取りする力」と「これからの社会の創り手となる力」を身に付けなければなりません。本校で過ごす3年間のその先にある人生を豊かにするため、高校生活の一日一日を大切に過ごしてください。
 皆さんの新しい門出に際し、私から3つのメッセージを贈ります。
 1つ目、自分だけの「問い」を持つこと。
 私たちは今、正解のない時代を生きています。AI(人工知能)が瞬時に答えを提示してくれる便利な世の中ですが、だからこそ大切なのは「提示された答え」を鵜呑みにするのではなく、「なぜそうなるのか」「自分はどう思うのか」という自分自身の問いを持たなければなりません。学びとは、単に知識を蓄えることではありません。未知のものに出会ったとき、自ら問いを立て、調べ、考え、自分自身が納得できる答え、「納得解」を見つけ出すプロセスそのものです。高校生活の中で、ぜひ多くの「なぜ」に出会い、知的好奇心の翼を大きく広げてください。
 2つ目、多様性を認め、対話を楽しむこと。
 育ってきた環境も、得意なことも、将来の夢も異なる多くの仲間がここに集まっています。自分とは違う意見や価値観に出会ったとき、それを「拒絶」するのではなく、「発見」として受け止めてください。ぶつかり合うことを恐れず、対話を重ねることで、自分一人の視点では見えなかった景色が見えてくるはずです。他者の痛みに寄り添い、互いの個性を尊重し合える関係を築くこと。それは、これから皆さんが社会に出ていく上で、最も重要な力の一つとなります。
 最後に、失敗を「成長の糧」にすること。
 新しい環境では、思い通りにいかないことや、壁にぶつかることもあるでしょう。しかし、失敗は恥ずかしいことではありません。挑戦した証であり、成長するための貴重なデータです。「失敗した」という事実で立ち止まるのではなく、「次はどうすればいいか」と前を向く強さを持ってください。本校は、皆さんが安心して失敗し、何度でもやり直せる場所でありたいと考えています。私たち教職員は、皆さんの挑戦を全力で応援し、支えていくことを約束します。
 3年間の高校生活を全うした先には、再び人生の岐路を迎えます。そこで、たたずんでしまうのか、積極的な進路選択ができるのか、それは、いかに皆さんが充実した高校生活を送るかにかかっています。努力、時間、仲間を大切にして、有意義な高校生活を送っていただきたいと思います。
 そして保護者等の皆様、本日はお子様の御入学、誠におめでとうございます。この場をお借りし、保護者等の皆様にお願い申し上げます。子どもたちの成長には、学校と家庭、そして地域が手を取り合い、同じ方向を向いて歩んでいくことが不可欠です。思春期という多感な時期、子どもたちは時に反抗し、時に悩み、立ち止まることもあるかと思います。そんな時は、どうぞ焦らず、温かく見守ってあげてください。私たちも、一人ひとりの可能性を最大限に引き出せるよう、誠心誠意、教育活動に邁進してまいる所存です。お子様の健やかな成長のためには、学校とご家庭との信頼関係が不可欠です。何かご心配なことがあれば、どうぞ遠慮なく『相談』という形でお聞かせください。共に解決の道を探っていければ幸いです。本校の教育活動に、御理解と御協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
 結びに、御多忙の中、御臨席を賜りました御来賓の皆様、御列席をいただきました保護者等の皆様方に重ねてお礼を申し上げますとともに、本日入学された新入生の大いなる健闘と成長を心から期待して、式辞といたします。

   令和8年4月8日
          北海道美唄尚栄高等学校長 日 下   剛

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美唄中学校入学式にて

 4月7日(火)美唄市立美唄中学校の入学式に出席させていただきました。担任の先生の呼名に体育館の隅々まで響き渡る「はい」がとても印象的でした。起立したときの凜とした姿も素晴らしかったです。

 小学生、そして中学生までは大きな声で返事をしたり大きな声で歌ったりするのに、高校生になるとたちまち声を出さなくなるのはどうしてなんだろう・・・真っ先にそんなことを考えてしまいました。

 たぼだぼだけど折り目の付いた真新しいブレザーもやがてちょうど良いサイズになっていくのでしょうね。そうなった頃には次のステップ(高校)を考えなければなりません。ここにいる生徒たちが美唄尚栄高校を選び、美唄尚栄高校で学んでくれると嬉しい。そうした学校にしなければならないな、と思ったところです。

 今日から中学校での新生活がスタートしますね。緊張が続く毎日になりますが、焦らず慌てず自分のペースでスタートを切ってください。多少みんなからスタートが遅れたとしても、長い目で見ればどこかで追いつき、3月の卒業式は一緒になります。

 右に合わせなければ前に追いつかなければと我を見失うのではなく、まずは自分の立ち位置を確認するところから始めて見てはどうでしょうか。担任の先生やクラスメイトと会話をしながら小学生から中学生に切り替わった自分を確かめてみる。そうして少しずつ少しずつ慣れていけばいいのではないでしょうか。

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自転車の乗車ルール改正

 4月1日から16歳以上の自転車の交通違反に反則金の納付を通告できる交通反則切符(青切符)制度が始まりました。スマートフォン使用のながら運転が1万2千円、二人乗り3千円、イヤフォン装着5千円、歩道走行6千円など。反則金があるから注意しましょうではなく、まずは自分の命を守るため、歩行者等との事故を防ぐためと考えることが大切です。本校の生徒も明日から自転車での通学となります。今一度、ルールを確認して自転車の乗車をお願いします。また、ヘルメット着用は努力義務ではありますが、可能であれば着用をお願いします。

 今年も交通安全運動に参加しました。ちょうど1年前も同じ場所で旗を持ちました。交通事故を防ぐためには、やはりスピードを出さないことが一番なんだろうと思います。自動車を代えてから、アクセルを踏むと一気に加速するので恐ろしくなり、ついついゆっくり運転になってしまいます。「遅すぎて後ろの車に迷惑になるでしょ」といつも妻に叱られています。先日は助手席に乗った次男にも叱られました。

 車の性能がどんどん向上しているにしても、この狭い日本でスピードが出る車が果たして必要なんだろうかと運転するたびに考えます。高速道路で100キロメートル走行なわけですからそれ以上のスピードはいらないように思うのは、車そのものの構造を知らない人間の勝手な考えになるのでしょうか。私などメータのMaxが80キロの車で十分なのですが。

 私は平日は自動車を運転しませんが、週末は自宅に帰りますから片道1時間ハンドルを握ります。昔から運転がそれほど好きではありませんし、交通事故のリスクを減らすためできるだけ運転しないようにしています。1週間分の食料を買い込んで美唄に戻ってきますので、特に不自由はありません。

 個人的な用事(本が欲しい、レコードを見たい、服を買いたいなど)で買い物に出掛けるときは、夏でも冬でもランニングバッグに着替えを詰め込み目的地まで走って向かいます。できるだけ自動車を利用せず中心街まで距離稼ぎをしながら20キロほど走ります。今年は雪解けが早かったせいか自転車に乗車する方を多く見かけました。歩道を猛スピードで走行したり、スマートフォンで音楽を聴くのはいいとしても大音量だったり、横隊で走行したり。マナーの善し悪しについてはいつも思うことはあります。

 歩道を歩く人も自転車走行する人も、そして自動車を運転する人も交通安全を意識した生活を送ることが求められます。

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お弁当バッグ

 先日、転出する教職員からいただいたお弁当バッグを本日から使わせてもらっています。ありがとうございました。コーヒーが大好きで毎日大きいボトルを持ち歩いていますから、お弁当箱とボトルを入れてもたっぷり余裕があり、特に夏場は熱中症対策でもう一本ボトルを入れますので、バッグのサイズ感が個人的にとても嬉しいです。

 毎日お弁当を作っています(いや、詰め込んでいます)。代わり映えしない毎日同じような食材です。これをほぼ繰り返しています。それでも自分で研いだお米を炊いて湯がいた野菜類を食べると、毎日同じでも美味しいです。野菜はブロッコリ、アスパラ、スナップエンドウ、インゲン、ホウレンソウ、小松菜、オクラが主です。

 そうでした。今はいいのですが学校がスタートしますとお弁当づくりが始まります。朝からまた大変になりますが、お子様の健康維持のため、保護者等の皆様よろしくお願いいたします。そして、生徒の皆さんは、お弁当を持たせてくれる保護者等への感謝を忘れずに。

 学年末休業日学年始休業日はそれぞれ7日ずつ、計14日間与えられています。この間、本校の若手教職員と校長室で昼食をともにしました。生徒が登校してくると慌ただしくなりますから、そう頻繁に一緒に食べることはできなくなります。教職員の動きや表情等を観察しながら、今日なら一緒に食べられるかな、というタイミングで声掛けさせてもらっています。

 昨年度も教職員、生徒と一緒にお弁当を食べる機会を設けました。会食しながらですとざっくばらんな話ができておもしろいですし、人柄や人間性など新たな発見ができるのがとてもいいです。形式的に面と向き合って話をしなければならないこともありますから、そこには管理職と教職員の距離幅を変えてはいけません。上手に使い分けです。お弁当を食べながらという接し方はお勧めです。意外と本音が聞けたりしますし、私がどのような人間なのかを知ってもらうにも好都合です。

 トップページにもありますがアクセス数40万件(1年前は9万件弱でした)を超えました。私が書いている校長の小部屋は脇に置いておき、トップページのトピックスを教職員がしっかりアップしてくれるようになったのが嬉しいです。1年前に教職員にお願いしたことができている - これほど嬉しいことはありません。一人でも二人でも実践してくれると、それがやがて五人、六人と自然に広がりやがて全体のものになっていきます。

 私は中味は薄くとも書くことに抵抗がないので、座席に座って真っ先に頭に浮かんだことを記しています。写真一枚を入れることがそうしたことをスムーズにさせてくれているのかもしれません。学校は話題豊富なところですから、いつもより少しだけ見るポイントを変えると発見の連続になります。そこを取り上げてホームページに掲載すればいいと私は思っています。こんなことは掲載できない、と難しく考えるからアップへの敷居が高くなり更新は途絶えます。

 自分の上げた記事を読んでくれている方がいます。当然そこにはそれ相応の責任を伴います。でも、こうしてカウンタが1日1000件、2000件と増えていくのは、書き手である本校の教職員の励みになりモチベーションの高揚につながっていることは間違いありません。

 今後とも末永くお付き合いくだされば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

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教え

 何度もこの風景を掲載して話をさせていただいております。私の自慢ですのでどうぞ御覧ください。今日は屋上から撮影しました。いつもより一段、二段高いポジションから撮っていますので、見えてくるものが違うと思います。1年前にもここに上がりました。私は各学校の屋上に着任したその日に上がっています。ただ風景を眺めたい、からではありません。

 教頭として初めて勤務した学校は市内で一番の高台にある歴史に名だたる伝統校でした。そこで2年間お仕えした校長先生からはたくさんのことを学ばせていただき、その教えの数々は今も管理職である私の教訓として生きています。今考えると芸術派で新感覚の校長先生、発想が豊かであり古きものにとらわれないおもしろいセンスをお持ちの方でした。そう考えていいんだ、そうしてもいいんだ、と毎日が発見の連続で楽しい時間でした。

 私は手術、退院直後の着任でしたから、極端に体力は落ち患部はじくじくと痛く、あろうことか借家のトイレからは水漏れ、瞬間湯沸かし器は破損、風呂のガス追い焚き機器が破損、水道管の劣化により水が使えないなど、もう毎日が泣きたくなるような生活を3週間、ほぼ4月はこれで終わりました。この時ほど、情けないと思ったことはありません(これも今だから笑えるエピソードです)。

 でも、仕事は別でした。昨日までは教諭、今日から教頭です。校長先生、教職員から「教頭先生」「教頭先生」と呼ばれ、体調がどうしたこうしたと言っていられない状況になりました。全力全開の対応に、こんなにも変わってしまうんだな、と感じる毎日でした。

 私の性格と言いますか、とにかく先回りして準備をし安心しておきたい、次から次に舞い込んでくる仕事にゆとりを持って向き合いたい、期限があったら4、5日前までに、こうくるだろうと思ったことは事前に調べておく、など一風変わった側面を持っています(損な性格です)。簡単に言うなら慌てたくないということです。ですから、教諭時代にたくさん経験した主任級の仕事で「どうなっているの」と言われたことがありません。いや、言われるのが嫌だったから言われないようにしていました。言われると言われた自分に腹が立ってしまうのです。これは生まれ育った環境の中で身体に染みついてしまったのだろう、と思っています。

 4月のある日、校長先生に「教頭先生、そう言えば校舎の屋上に上がってみたの」と言われました。まったく意味がわかりませんでした。躊躇している私に校長先生はこう仰いました。「南側1キロメートルに海があるでしょ。もしも津波警報が発令されたら教頭先生どうします。高台にあるから安心ですか。垂直に逃げるとき一番高いところは学校のどこになるの」

 私は、はっ、としましたし脂汗をかきました。その視点がまるっきり抜けていました。恥ずかしながら考えもしなかったわけです。そして、やはり自分のふがいなさに腹が立ちました。校長先生がその日私にくれた大切な言葉です。「言われる前にどうすべきかを考えて行動すること。とにかく気がつくようにアンテナを高く張ること。おかしいと思ったこと、現状にそぐわないものは、気がついた者の責任で変えること。あとは教頭先生が考えて仕事をすること」校長先生から言われたのはこの一回だけでした(何も言われないように小さな頭で考え考え行動しました)。

 7年前のことを想い出しました。思いが想いに変わるほど時は流れてしまいました。あの日から私はどれほど成長したのだろう・・・

 先日も書きましたが、人は必ず自分に何か大切なものを残します。いや、残してくれます。それがいったい何なのかに目を向けると新たな自分づくりができると私は考えます。

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春の風景

 美唄市総合体育館から美唄中学校の裏通り(農道)をどこまでもランニングするのが好きです(雪が降ってからはドライバーに迷惑をかけるのでここを走ることは遠慮していました)。昨日、夕焼けがきれいになるだろうな、と思い春の夕刻をのんびりランニングしました。

 どしんと構えた樺戸山系に守られた広大な畑とこの色、この匂い - こうした風景をずっとずっと遠い昔に見ていたような、ここを通るといつも懐かしい気持ちになります。

 空知の生まれ故郷に戻って生活を組み立て直すということは、もう私の人生には訪れないと思われます。ただ、自分の原点は空知にあるんだ、と実感させるのはこのような風景の中にある風の匂いや自然の彩りだったりします。人って、ふとしたときに自分の立ち位置がどこにあるのかを知りたくて原点を求めるのかもしれませんね。私はその頻度が高いかもしれません。

 町が衰退し少子高齢化が加速度的に進む美唄市。人が集まる観光スポットは多々あります。でも、どうでしょうか。わざわざ施設を整えなくてもこうした美しい風景を活用したら。サイクリングで回るツアーを企画したり、農業を営む方が作った野菜や果物を少しずつランニングバックに詰め込むマラニック(マラソンとピクニックを織り交ぜたエンジョイ型ランニング)イベント、5キロ・10キロ・15キロ・20キロのウォーキングコースを巡るスタンプラリーウォーキング、フォトコンテスト・・・いろいろなことができるのでは。

 ランニングをしているときは、タイムと呼吸、疲労具合、身体の乾き具合くらいしか考えないのですが、昨日は珍しく楽しいイベント企画を考えていました。と、いうのは美唄に住んでいらっしゃる方が(本校の生徒や教職員を含め)この風景を知っているのか、知らないのであればそれはずいぶんともったいないことだな、と思ったからでした。

 美唄には美しい風景があります。どこを切りとっても絵になる素敵な町です。写真の腕前が上がればもっといい形で紹介できるのですが(今年は本格的にカメラを復活する予定です)。

 さて、入学予定の皆さん、準備は進んでいますか。まもなく入学式がありますから生活リズムをしっかり整えましょうね。

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